複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:29
- 名前: 狐 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224
獣人の住む国ミストリアの次期召喚師、ファフリ。
召喚術の才が見出せず、父王に命を狙われることとなった彼女は、故郷を捨て、逃亡の旅に出るが……。
国を追われた彼女が背負う、残酷な運命とは──?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは! 銀竹と申します!
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の一作目です。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-400
〜目次〜
†登場人物† >>1
†用語解説† >>2
†序章†『胎動』 >>3 >>6-9
†第一章†──安寧の終わり
第一話『隠伏』 >>10 >>13-16
第二話『殲滅』 >>17-19 >>22-30
第三話『策動』 >>35-46 >>52 >>55-58 >>67-68
†第二章†──邂逅せし者達
第一話『異郷』 >>71-79
第二話『果断』 >>80-93
第三話『隘路』 >>94-107 >>112-118
†第三章†──永遠たる塵滓
第一話『禍根』 >>119-137
第二話『慄然』 >>138-143 >>145-160
第三話『落魄』 >>161-186
†第四章†──対偶の召喚師
第一話『来訪』 >>187 >>190-225
第二話『慧眼』 >>226-237 >>240-243 >>245-251
第三話『偽装』 >>252-286
†第五章†──回帰せし運命
第一話『眩惑』 >>287-319
第二話『決意』 >>320-330
第三話『帰趨』 >>331-333 >>336-355
†終章†『光闇』 >>356-357 >>359
†あとがき† >>360
五分くらいで大体わかる〜闇の系譜〜(ミストリア編)序章〜三章 >>144
PV >>244
作者の自己満足あとがきとイラスト >>367-370
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる——。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは——。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
………お客様………
夕陽さん
はるさん
カナタさん
Rさん
羽瑠さん
ヨモツカミさん
まどかさん
ゴマ猫さん
ルビーさん
四季さん
Garnetさん
瑚雲さん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・>>10 >>30 >>83 >>207にとりけらとぷすさんによる挿絵を掲載いたしました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
・2021年2月1日、サーフェリア編・下が完結しました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.123 )
- 日時: 2017/08/14 23:18
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
トワリスは、二人に向き直った。
「とりあえず、物資がないのも問題だし、追っ手のことを考えると引き返してる時間もない。今は、トルアノの中で何が起きてるのか、調べるのがいいと思う」
トワリスの言葉に、ユーリッドが頷いた。
「ああ、そうだな。さっきの門番に、理由だけでも聞いてみるか」
「……さっき断られたばかりだから、取り合ってもらえるか分からないけどね」
ユーリッドは、トワリスの脇を抜けて、外郭の門の前に立つと、大声で言った。
「おい、誰かいるか!」
響いた声は、誰にも届かなかったのか、しばらく、辺りはしん、と静まり返っていた。
だが、ユーリッドが再び声を出そうとすると、ぎぎっと微かに音がして、門が拳一つ分ほど開いた。
「……誰だ」
鋭い声で、門の隙間からユーリッドを睨んだのは、先程の門番の獣人だった。
門番は、その目にユーリッドを映すと、苦々しげに言った。
「さっきの連れか。言っただろう、街には誰も入れられない。帰ってくれ」
「ちょっ、ちょっと待った!」
すぐさま閉じられそうになった門を、あと少しのところで押さえつけて、ユーリッドは身を乗り出した。
「なんで駄目なんだ。ここは宿場町だろう? 理由を聞かせてくれないか」
ユーリッドの言葉に、門番は、門を閉めようとした手を止めて、警戒した様子で口を開いた。
「……あんたたち、どこから来たんだ。王都か?」
「ああ、そうだ。ノーレントだ」
ユーリッドがこくりと頷くと、門番はすっと目を細めた。
「……そうか、じゃあやっぱり、中央と北大陸にはまだ伝染してないんだな」
「伝染……?」
訝しげに問い返すと、門番は、ユーリッドを睨むように見つめた。
「病だよ……南大陸からの。ついに、トルアノにまで発病者が出たんだ」
その言葉に、トワリスが反応した。
ノーレントまでの旅途中に知り合った、南大陸に渡ったと言う商人──ホウルの言葉が、脳によみがえる。
トワリスは、ユーリッドの横に駆け寄ると、門番にぐっと顔を近づけた。
「病って、どんなものですか? もしかして、虚ろな目をして、さまようようになるっていう……」
細まっていた門番の目が、はっと開かれる。
「し、知ってるのか、あんたら……」
門番は、次いで門を大きく開けると、ユーリッドとトワリス、そしてその後ろに控えていたファフリを見つめた。
そして、ユーリッドの腰にある剣を見て、顔色を変えた。
「あんたたち、もしかしてミストリア兵団から派遣された兵士なのか!? そうなんだろう! そうだと言ってくれよ!」
門番は、突然すがるようにユーリッドの胸元に掴みかかると、必死の形相でそう言った。
ユーリッドは、一瞬たじろいで、否定の言葉を述べようとしたが、すぐに口を閉じて、ちらりとトワリスを見た。
この門番の態度を見るに、兵士だと名乗れば街に入れてもらえるかもしれない。
トワリスも、同じことを考えているようだった。
ユーリッドは、ごくりと息を飲んで、門番に視線を戻すと、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、そうだ。俺達はミストリア兵団から派遣されてきた」
途端、門番はその場に崩れ落ちて、震えながら涙を流した。
「ああっ、ありがとう、ありがとう……! てっきり、もう見捨てられたのかと思っていたけど、ちゃんと、文書は王都に届いていたんだ……!」
手を合わせて、門番は何度も何度もユーリッドたちに頭を下げる。
その光景に、三人は顔をしかめて、思わず顔を見合わせた。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.124 )
- 日時: 2016/01/04 00:31
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: WO7ofcO1)
* * *
最後に一口、残っていた猪肉の角煮を口に放り込むと、ユーリッドはため息をついた。
こんなに豪華な食事をしたのは、旅に出て以来初めてで、疲れきった身体は、大いに満足している。
しかし、自分は兵士だという嘘をついたがために得たこの贅沢は、なんとも受け難いものであった。
(まさか、こんな優遇されるとはなあ……)
ユーリッドは、居心地が悪そうに頭を掻いて、崩していた足を正し、再び座り直した。
門番に泣きつかれた、あの後。
結局ユーリッド達は、街に引き入れられ、頼んだ旅支度を整えてもらった上に、宿まで用意してもらった。
それも、旅人用の安宿とは思えない、食事から寝床の世話まで全てしてくれるような、上客用の宿である。
流石、ミストリア屈指の宿場町というだけあって、届いた保存食や装備なども、かなり充実したものであったし、正直、予想以上の待遇に助かった点も多々ある。
だが、それで素直に喜ぶほど、ユーリッドたちは楽観的ではなかった。
(このまま関所に送り出してもらえるとは、思えないな……)
ユーリッドは、小さく嘆息した。
トルアノは本来、旅人や商人たちの行き交う、賑わいのある街である。
それなのに、今のトルアノは、まるで死んだように静かだった。
もちろん、来た者を拒んでいるから獣人が少ない、という理由もあるのだろうが、それだけじゃない。
町民ですら外には出ず、塞ぎ混んだように部屋に閉じ籠っているのだ。
その原因は、門番の言っていた病で、間違いないだろう。
そう考えれば、兵団が派遣されたと聞いて、門番が目の色を変えたのも頷ける。
兵士ならば、蔓延している病のことを召喚師リークスに伝えることができ、そうすれば、勅令で医師団が動くからだ。
ユーリッドは、横に座って、同じく浮かない表情で食事をしているファフリとトワリスの方に向いた。
「……なあ、街に入れてもらったのはいいけど、どうする? 兵団から派遣されたなんて嘘だし、もし何かあったら……。街の獣人たちには悪いけど、こっそり抜け出すか?」
ユーリッドは、周囲を窺いながら、小声でそう言った。
すると、トワリスが箸を置いて、首を横に振った。
「……旅支度もしてもらったし、賛成したいところだけど……ごめん。その病とやらを、調べたいんだ。私は残るよ」
それを聞いて、ファフリが首をかしげた。
「……トワリスは、その病のことを知ってるの? なんだか、症状のこととか、知っているような口振りだったけど……」
トワリスは、少し困ったように口を閉じて、黙りこんだ。
今更、ファフリやユーリッドを信用していない、なんてことはない。
しかし、自分がサーフェリアから来たこと、サーフェリアに襲来したあの虚ろな目の獣人と、ホウルの言っていた南大陸の病に関係があるのか調べていることなどは、言う気にはなれなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.125 )
- 日時: 2017/08/14 23:32
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
三人の間に、しばらくの沈黙が流れる中。
不意に、失礼します、という声が壁越しに聞こえてきて、部屋の襖が開いた。
入ってきたのは、宿の従業員らしき女たちと、腰の曲がった老いた獣人であった。
女たちは夕食の乗った盆を片付けた後、すぐさま部屋を出ていったが、老いた獣人は、部屋に残った。
上品に薄黄色の髭を整えている狐の獣人は、曲がった腰を庇いつつ、ゆっくりとその場に正座をする。
「兵士様、よくぞお越しくださった。私は、トルアノの町長、トバイと申します。長旅でお疲れでしょう。今宵はこちらで一夜、ごゆるりとお過ごしください」
そう言って、深々と頭を下げたトバイに、ユーリッドは眉を下げた。
「いや、あの……色々と良くしてくれて、ありがとうございます。ただ、急ぎの旅なので、出来れば明日の早朝にはもう出発したいのですが──」
「明日ですって?」
トバイは、長い眉毛を押し上げるように目を開くと、がばりと顔をあげた。
「そんな、明日だなんて。兵士様は、召喚師様のご命令で、病人の様子を見にトルアノに派遣されたのではないのですか? 文書は、召喚師様に届いたのではないのですか?」
捲し立てるように言って、トバイはユーリッドに顔を近づけた。
すると、その傍らにいたファフリが、すかさず口を開いた。
「門番の方も、そう言ってましたね。その文書というのは、リークス王に宛てたものなんですか?」
落ち着き払ったファフリの声に、トバイも幾分か興奮をおさめた様子で、答えた。
「……そうです。トルアノに例の病人が出てから、我々はもう何通も召喚師様に文書と使いの者を出しています。トルアノの医術師では対処できませぬから、どうにかして頂きたいと。しかし、返事はおろか、どなたも派遣される様子がない。一度、兵士様がその役を申し出て下さったこともあったのです。それなのに……何故、召喚師様はお応え下さらないのか。我々も、どうすれば良いのか分からず……」
「兵士? トルアノに常駐の兵士なんていましたか?」
ユーリッドが問うと、トバイは小さく首を振った。
「いえ、宿泊されていた方が申し出て下さっただけで、正確には分からないのですが……貴方のその、紋様の彫られた剣の柄。それと同じようなものを、お持ちになっていたので、ミストリア兵団の方かと思いまして」
「……なるほど」
ユーリッドは、返事をしながら、思わずどきりとして、剣の柄を握りこんだ。
この柄の紋様は、確かにミストリア兵団の証であるし、それを持っていたというのなら、トバイの言う通り、その獣人は兵団の者だったのだろう。
しかし、実はユーリッドのもつ柄の紋様は、一般のものとは違い、現在は使われていないものだ。
ユーリッドの剣は、かつて兵団長であった父の形見であり、通常より複雑に彫り込まれているのである。
一見変わらないように見えるが、よく柄の部分を見ていた者が見れば、ユーリッドが兵士ではないと気づいてしまうだろう。
ユーリッドは、気を取り直してから、トワリスの方を一瞥して、トバイを見た。
「トバイ町長、俺たちはまだ下級兵ですから、召喚師様にトルアノの文書が届いたのかどうか、分かりません。でも、病人の様子を俺達にも見せてください。さっきも言った通り、急いでいるので、今お願いします」
今、という言葉に焦ったのか、トバイは一瞬、戸惑った顔をしたが、すぐに安心したような表情になった。
これで、病人たちの情報がノーレントに届くと思ったのだろう。
そんな彼の様子に、ひどく罪悪感を感じながら、ユーリッドは病人たちの元に案内するよう、トバイに言った。
病について調べても、召喚師に伝えることなど、今のユーリッドたちには出来ない。
それでも、この場を切り抜けて南大陸に渡るには、こうする他なかったのである。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.126 )
- 日時: 2016/02/20 17:22
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
荷物を持ち、一度宿の外に出ると、ユーリッドたちは小さな石造りの建物に案内された。
その建物には、入口が一つしかなく、窓などもなかったので、中は外の夜闇よりもずっと暗かった。
二重になっている扉の、一つ目を開けたとき。
トバイが、懐から布を三枚取り出して、それで口元を覆うように、ユーリッドたちに指示をした。
ユーリッドたちは、大人しくそれに従うと、トバイに促されて二つ目の扉を開け、部屋に入る。
部屋の中は、壁に数ヵ所配置されている燭台の明かりしかなく、随分と薄暗かった。
だから、目が慣れるまでは、床に何人横たわっているのか、よく分からなかった。
トバイが持っていた手燭を翳すと、茣蓙(ござ)の上に寝かされている二人の獣人が、ぼんやりと闇に浮かび上がる。
茣蓙に寝かされている獣人の内、一人は、まだ二十歳にも満たないだろうという若者だった。
彼は、目を閉じたまま微動だにせず、その微かに開いた口は、生者のものとは思えぬ、虚ろな穴のようだった。
その奥に寝ているもう一人の獣人は、肩の辺りまで毛布ですっぽりと覆われており、どのような状態で寝かされているのか、はっきりとは分からない。
しかし、唯一出ている顔は、まるで火傷を負ったように崩れていて、目鼻立ちすらはっきりとしていなかった。
トバイは、口に当てた布を更に手で押さえながら、くぐもった声で言った。
「最初に感染したのは、この奥にいるシュテンという炭鉱夫です。彼は出稼ぎに南大陸に渡り、帰ってきた数日後、突然倒れ、そのまま動かなくなりました。息はしていますが、まるで全身の皮膚が溶けるかのように崩れ始め、今ではこのような有り様です。こちらのカガリという少年は、南大陸には行っていません。五日前に、近くの川に釣りに行って、帰ってきたときには症状が現れていました」
トバイは、静かにユーリッドたちに向き直った。
「シュテンとカガリに、接点はありません。手掛かりが少なすぎて、我々にはどうすることもできませぬ。この原因不明の病が伝染性のあるものなのか、それとも何か他に要因があるものなのか、それすらも分かりません。けれど、病が南大陸から徐々に北上し、このトルアノを侵食し始めていることは事実です」
トワリスは、じっとカガリの顔を見て、それから爛れたシュテンの顔を見つめた。
「症状は、倒れて動かなくなること、皮膚が崩れること、それ以外にはありませんか?」
トワリスの問いに、トバイが口を開こうとすると、足元の暗がりから別の声が聞こえた。
「……いいえ、時々、何かを思い出したように起き上がりますわ」
答えたのは、トバイではなく、カガリに寄り添うようにうずくまっていた、一人の中年の女性であった。
闇に紛れていてよく見えていなかったが、どうやら、トワリスたちが部屋に入ったときから、カガリに付き添っていたようだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(ミストリア編) ( No.127 )
- 日時: 2016/02/20 17:24
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
トバイが、カガリの母親です、と告げてから、彼女の肩に手を置く。
すると、目の下に色濃い隈のできたその女性は、掠れた声で続けた。
「普段は、声をかけても、何をしても、死んでしまったように全く動かないんです。けれど、時々起き上がって、まるで何かを探しているかのように歩き回り、しばらくしたらまた倒れて、動かなくなるんです。その時のこの子の目には、生気もないし……カガリとは別人のようで……。もう、私、どうしたらいいか……」
カガリの母は、そう言って両手で顔を覆うと、涙を流す。
トワリスは、その様子を眺めながら、目を細めて再びカガリを見た。
幽鬼のようにさまよう、という証言は、完全にホウルと一致しているから、やはりこの病は南大陸で流行っているものと同一なのだろう。
そして、この病は徐々に南大陸から北にまで広がっている。
ここまでは、間違いなさそうである。
しかし、この病にかかった獣人が、サーフェリアに来ていた獣人と同じなのかどうか、根本的なところがまだ、トワリスの中では引っ掛かっていた。
(普段は全く動かない、ということは、サーフェリアに来ていた獣人とは違うのか……?)
じっくりと記憶を探りながら、ホウルの言葉や、サーフェリアに現れた獣人の様子を思い出す。
皮膚が爛れるという症状が、末期のものであるとして、サーフェリアではその症状が出る前に捕獲して処刑していたと考えれば、そこの相違点は解決できる。
だが、サーフェリアに来ていた獣人は、こんな穏やかなものではなかった。
常に徘徊し、出会い頭に襲ってくるような、そんな状態だったのである。
幽鬼のよう、死人のようという点では一致しているが、このシュテンやカガリと同じ獣人だとは、思えなかった。
(……とにかく今は、まだ判断材料が少なすぎる)
トワリスは、壁にかかっていた燭台の一つを取り外し、蝋燭の炎をカガリの顔に近づけると、トバイに視線をやった。
「少し、調べさせて頂いても良いですか?」
「え、ええ、それは、もちろん……」
トバイは言ってから、なにか困った様子で口ごもった。
「し、しかし……この部屋に長時間いるというのは……」
伝染性の病だったら、移るかもしれない。
トバイの言いたいことは、これだろう。
身内のこととはいえ、奇病の危険に晒されるというのは、誰でも恐ろしいはずだ。
すぐにそう察すると、トワリスはなるべく柔らかな口調で言った。
「……そうですね。では、お二人は外に出ていて下さい。調べるのは、私達だけでやりますから」
「……ですが……」
トバイは、一度躊躇ったように俯いて、カガリの母と顔を見合わせた。
だが、やがて、ふと顔をあげると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……わかりました。私達は、この石室の外におりますので、何かあればお申し付け下さい」
「はい、ありがとうございます」
トバイとカガリの母は、再び深々と頭を下げると、静かに石室から出ていった。
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