複雑・ファジー小説
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- デルフォント物語
- 日時: 2015/07/29 13:43
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18162
初心者の、初作品です。
---- 目次 (投稿済みと、予定です)
・プロローグ :
隔離室編 >>1 >>2 >>3
結婚披露式編 >>4 >>6 >>7
・番外 :黒猫編 >>8 >>9 >>10
・番外 :リーナス編 >>11 >>12 >>13 >>14
・アブガン編 :
初陣 >>15 >>16 >>17
方針会議 >>18 >>19
アブガン始末 >>
・トーラの故郷編 々 未
整理してページ5 は削除しました。(消えるとは思わなかった)
少し時間をかけて、修正します。
少々お待ち下さい。
- デルフォント物語 ( No.15 )
- 日時: 2015/07/28 14:19
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
当時は、エミール・ジラン・デルフォント子爵公子と呼ばれていた。
初陣の日。それは、彼が十二歳になって半年目の月だった。
AR(破滅暦)2153年
五の月十四日
エミールは、デルフォント子爵に現状を説明していた。
「……、アブガン子爵軍から、いつ襲撃があるか判りません。危険なので上の階には行かないようにと徹底したいので、許可を頂きたいのですが」
「自由民に対する自治権を明確に意思を示した書類と、その待遇の調整が必要です」
子爵は今日も、虚ろな表情で、黙ってエミールの顔を見ていた。そして、ふと気付いたとように作り笑顔で言葉を出した。
「あぁ、良いよ、好きなように。……何でも、して構わないから」上滑りな、気持ちのこもっていない返事だ。そして足を引摺るようにして この場を去る。まるでエミールから逃げるかのように。
声をかけようとして、エミールが躊躇っている。
結婚披露式以後、少しづつ、しかし確実に、子爵と公子の関係が怪しくなっていく。心がうまく噛み合わず、ギクシャクししているという感じだ。
それが、外から見ても はっきり分るようになって来た。最近は特に目に付く。閣僚達も不安そうだ。
トーラには、何故こんな風になったのかまるで見当がつかなかった。(何か対処したいものだが、こればかりは当事者に任せるしか方法がないのかも知れない。それに、今は あまり時間がない。まずはこちらを進めてしまおう)
リーナスも何か感じたようだが、この件についてはトーラの意見に同意した。
黒猫が不機嫌そうな様子をしている。子爵の態度が気に喰わないようだ。白と黄色は、黙って見ている。
本日付けでエミールは、主城内に戒厳令を敷いた。期限は五の月末日まで。
この時点において三人は、敵は『アブガン子爵軍』と『人身売買ギルド基地(一ヶ所)』しか念頭になかった。これだけでも充分脅威なのだが。
領土の境に滞空している三隻の飛空艦。不気味ではあるが、形状から見て税務軍のモノに違いない。施政府の官僚は名目がなければ動かない。何も問題は無い筈だ。
エミールは、全ての非常装置・保安設備・警報装置・ビデオ等の記録機器を、自ら配置確認し、作動も確認もした。
敵は空から来る可能性もあるのだ。警戒し過ぎて悪い筈がない。
私家軍を一度解散させ、義勇兵を募った。軍事長トグルと副官ラズリに従って、城の基底部防御と城下の治安維持に当って貰う。負傷者は少ないに越した事はない。
猫は、いつの間にか消えていた。それぞれ、勝手に動いているようだ。
「これを、持って行きたいのだけど」ガーディアン格納庫で今夜する、子城の西にある南タウラ山での、自由民との打合せ準備をしていると、リーナスが何か大きなモノを連れてやって来た。十五メートルもある巨大な影が、格納庫の外に見える。
(あぁ、あれか)エミールとトーラは その影の正体を、当然知っている。
「少し弄っただけなんだけどね。きっと役に立つよ」エミールとトーラは肩を竦め、まぁ良いかという表情をした。今まで散々言って来たモノだ。
同日(五の月十四日)夕方、南タウラ山。
リーナスは、自由民達に いくらタゴン(旧・税務軍制式ガーディアン)を改造して使うように説得しても判って貰えないため、今回は現物を持って来た。
それを見た自由民の技術者は「何だ、これは」と言って目を剥いた。
「これ、図面よ。要らないかな」リーナスが不敵な微笑を造りながら(全く旨くいっていない)図面データの入っているテープをクルクル回している。
タゴン・改1号機に乗込んで、あちこち弄っていた操縦士が叫んだ。
「こいつは良い! 改造だぁ。すぐに取りかかれー!」
タゴン・改が自由民の制式ガーディアンになった瞬間だ。
そして、自由民達のリーナスを見る眼が一変した。変な娘から、怖ろしい娘へと。
五の月十五日
この日エミール達三人は 自由民の頭領アルバから、人身売買ギルドのアジトが複数ある事、それが強力な兵器で武装している事。その背後にベガン伯爵家がいる可能性が高い事を聞いた。
「ギルドのアジトって、何ヶ所あったの」トーラが不安そうな顔で聞いた。
「ここのとは別に、七ヶ所もありやがった」
「タゴンの改造を急がないとならないな」エミールが考え込んで呟いた。
「五十体くらいは、要るんじゃないの」リーナスだ。
「背後については、リジーが調査中だ。ひょっとしたら、中央府の行政部が絡んでるかも知れん」
タゴン・改が、十体になった。
五の月十六日
三人はここで始めて、ジエッツ侯爵の名前を聞いた。
「全部こいつが仕かけたモノだ。人身売買の件も、アブガン侯爵の件もだ」
「こいつは胡散臭いな」「奴は行政部から依頼を受けて、ヤバい仕事を専門にやってるらしい。私家軍が滅法強いそうだ」
「行政部と人身売買ギルドが繋がっているようだな」
「何でそんな情報を知ってるのかな? そっちの方が怖いよ」リーナスが不安そうな顔をした。
「『蛇の道は蛇』ってな」
五の月十八日
タゴンの改造は、どんどん進んでいる。
「何とか間に合いそうね」とリーナスが ホッと肩の力を抜いた。
タゴン・改はもう、三十体以上完成している。
- デルフォント物語 ( No.16 )
- 日時: 2015/07/29 13:07
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
五の月二十一日
それは三人が『人身売買ギルドのアジト』攻略法の詳細を、自由民の頭領達と検討している時だった。
タゴン・改は予定数より多く完成し(五十七体)、分配も済んだらしい。
「この、タゴン・改を先頭にすれば……、七ケ所一斉にやれば良いわ」リーナスの話が終わった。
(さて、彼等はどう出るか)回答待ちだ。三人は寛いでいた。
午後十時二十分。
戦闘は突然始まった。
「城が燃えている!」
見張台からの緊急連絡だ。
驚いて会議中の皆が、窓から見下ろすと主城の尖塔が燃えていた。
「何があった」
「火の玉が何個も、あれは、きっとガーディアンだと思う」「それが城に、城の尖塔に突っ込んだんだ」
「信じられん、ガーディアンを弾丸代わりに使ったと言うのか」
「あの三隻の飛空艦隊か」
「くそ。まさか攻撃して来るとは思わなかった」
「いや、違う」「形状が違うのが、もう一隻いる。こいつが攻撃して来たんだ」
「あいつらは、税務府の艦隊じゃなかったのか」
「行政部に『貸し出し』されたモノかも知れんな」
エミール達三人は、結論を頭領達に任せ『青い雷撃』に搭乗して跳び出した。
その時、猫から連絡が入って来た。
「遅れてごめんなさい」
「その艦はジエッツ侯爵のよ」
「それについて、提案があるのだけれど……」
地上ギリギリを飛ぶ。
山の陰から子城の影に入り、主城に回り込む。
後部を向けている三隻の飛空艦を、肩の砲で撃ち落した(ように見せ、後は猫に任せた)。三隻は豪快に炎を噴き出して落下した。
旗艦は他と形状が違うので明確だ。正面を向いている。脅しに操航エリアを、威力を落して砲撃し、主城の屋上にいる黒鎧(敵だ)を機銃で軽く攻撃した。
詳しくは判らなかったが、城の者 幾人かが敵と対峙していたように見えた(この時、執事長、秘書官とその配下達が、敵の正体を探っていた。敵自らが、己の素性を明かすように、話題を操っていたそうだ)。
視覚内の敵は皆、旗艦に逃げ込んで行く。
城内に入り込んだ敵は、猫から無力化した。と連絡があった。
敵の指揮官らしい服装が乗込んだのを見計らい、砲撃を加える。
グラリと艦が傾斜すると(もちろん猫の仕業だ)艦尾から飛空艇が飛び出した。これも予定通り。海の方へ逃げる。これは、好都合だ。
旗艦の駆動部を一射して、炎を噴き不時着したように見せかける。後は猫に任せた。
飛空艇は、かなり速い。高速艇だ。
(これくらいなら、剣で斬り落とせる)と思ったエミールは『青い雷撃』を一気に八千メートルの高度まで上昇させて、滞空計測。
音速の二倍で降下した時の、敵との接触位置を割り出し、艇の中央より少し前部を狙って斬り裂くつもりだったが、衝撃波攻撃に切り替えた。(猫が、その飛空艇は壊してしまうには勿体ないわ。と言ったからだ)
再計測。音速の二・五倍まで加速し、一直線に艇に近接して急旋回する。衝撃と、その轟音で飛空艇がフラフラっと揺れて失速し、不時着した。(猫さん、後は頼むよ)
当然ながら、指揮官は飛空艇より更に高速な、脱出舟(ポッド)を使った。
これには、強力な電磁バリアが張ってあるようだ。
(でもね、そんなモノは何の役にも立たないのよ)トーラが哀れみを込めて見た。
(強力な電磁バリアを無効化する兵器なんて、きっと始めてでしょうね。よーっく、覚えておくが良いわ)リーナスが にっこりと微笑んだ。
(これには驚くだろうな)とエミールは思いながら、一撃だけ。だが、発射ボタンは二度押している。威力を落として当て、今回は逃してやる。
弾丸(?)は舟を掠めて、すぐ先で大爆発。直撃したら木っ端微塵だ。(これを見れば、飛空艦の撃墜にも真実味が増すだろう)
撃ち落としてしまっては、せっかくの猫の計画が無駄になる。
これでジエッツ侯爵は、デルフォント家の恐ろしさを身に沁みて思い知ったに違いない。「今度は殺される」と。わざと外した事は、彼にも理解出来た筈だ。
最初の飛空艦に一撃を加えてから、約三十分で戦闘は終了した。
獲物は、飛空艦四隻。内一隻は特別仕様だ。諸々の装備品も使える。
後で知ったことだが、黒鎧の兵士・七千六百人も使える。指揮官設定は、もう猫が変更してある。
(リーナスの調べによると、黒鎧の兵士は人間ではない。ホムンクルスでもない。
擬似生命体の運動脳と その神経を使った、所謂オートマタの一種らしく、命令通りにしか動かない。黒鎧は外皮と同じで脱着できない。だが改装は出来るらしい)
主城のことが心配ではあったが。まだだ。
本来の計画はこれからだ。今、帰る事は出来ない。
エミール達は本来の計画である、人身売買ギルドの掃討準備にかかる。
主役の自由民に連絡して、上空で待機した。
「アルバ自由民大頭領殿」
「どうなったのかな。他の頭領との話し合いは済んだかい」エミールが結果を求めた。
「大頭領はやめろ。頭領代表で良い」
「リジーのテープも見た。これで十分だ」
「全員一致で、お前達の計画に乗ることになった。もう三十分もすれば、全ての配置が完了する」
「了解。こちらも準備に入る」
午前0時を少し過ぎたころ、リジーから連絡のあった通りベガン伯爵家御用達の飛空船が来た。
「馬鹿じゃない。こんな目立つ船を使うなんて」と呆れ声でリーナス。
自由民軍に攻撃開始の合図を発信し、眼下にいる船を難なく制圧した。
そして、アジトの出入口(裏口)を攻撃して塞いだ。
もうひとつの出入口(正面)に向かいながら、三人で再確認する。
「そうよ。正面からの突撃は、彼等『タウラ山の自由民軍』でなくてはならないわ」
「これで自由民は、もう山賊じゃなくなる」
「これこそが、本当の目的だものね」
正面攻撃隊は、タゴン・改を先頭に進んだ。十体のタゴン・改は壁になる。と同時に、アジト入口砦に設置された兵器を無力化することが出来る。少しづつ、確実に侵攻して行けば良い。
味方には被害者を決して出さない事と、アジト内の施設は なるべく壊さないように頼んである。
アジトを完全制圧し、ギルドの首領や幹部、ベガン家関係者を拘束し、二千人以上の領民を解放して、ここの作戦が完了した。
アブガン子爵領内等に散在する七ヶ所のアジト(ここに比較すれば小さい規模らしい)でも、同じように攻略している筈だ。
そして、全てのアジトの「制圧が完了した」という連絡が揃ったのは、翌朝の午前五時過ぎだった。ゆっくり時間をかけたのだ。
五の月二十三日
デルフォント子爵の葬儀が略式で執り行われた。
親族(エミール、リーナス、トーラ)と閣僚の代表、そして『タウラの自由民』の代表(大頭領)が列席していた。
あの時、子爵は尖塔で執務をしていたらしい。
尖塔五本に対し、ガーディアン八体をミサイルのように打ち込んで破壊した。
併設されている倉庫は無事だった。ということは、最初から倉庫が狙いだったようだ。現場にいた秘書官、執事長、次席秘書官、次席執事長も同意見だ。
エミールは、自分の心の中に 何故悲しみが無いのかを知っている。仕方がない事も判っている。だが肉親の死を悲しめないのだ。苦い罪悪感が残った。
式の後、自由民大頭領が三人の所へ来た。「……。すまねえな、四日後にサラマンド(アブガン領主のガーディアン)が来る。これ以上やると、仲間に死人が出る」
「いいえ、充分よ。後はこちらで何とかするから安心して」とトーラが微笑んだ。
「それより、お願いしてた『アブガンの商人街』のこと。誰も逃さないように手配してちょうだいね」リーナスが真剣な顔で確認した。「彼等は、許せない」
「負けるって、ことは考えてもいないか……」アルバ大頭領は言いかけて、頭を掻きながら返事に変更した。「ああ、手配は済んでるよ。誰も逃がしゃしねえ。特に『死の商人』共はな」
- デルフォント物語 ( No.17 )
- 日時: 2015/07/28 14:25
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
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「あの連中の親玉、ジエッツ侯爵が『鍵を探せ』って、言ってたらしいね」エミールの右側でトーラが言うと。
「結局、倉庫ごと持って行くつもりだった、みたいだけれどね」エミールが答えた。
「鍵って、その中に入ってる変な形の玉(ぎょく)のことかな」とリーナスが、三人が結婚披露式の翌日に子爵から貰ったロケット。各人の名が刻印された、結婚披露式の時の写真が入っている お揃いの、さっき風呂に入る時に外した、その、エミールのモノを指差して言った。
「そんなモノ、入ってないよ」ロケットを開けてエミールが答えた。
「ここが開くのよ」リーナスが、裏蓋をカチリと開いた。
確かに変な形の(直径八ミリメートル程の球形の先に端部が鉤形に曲がった四ミリメートル位の棒が付いている)モノが入っていた。真紅のソレは、内側から光を発するように輝いている。球形部分だけでなく、小さな鉤状の部分も輝いている。
「何、これ」リーナスが驚いた顔で言った。「この前は こんなに輝いてなんて、なかったのに」
「どれ どれ……」とトーラが覗く。そして、息をつめた。
「こんなところに、何故……」ゆっくりエミールの方を見て、リーナスを見て、そして言った。
「ねえ、今度の件が片付いたら、一緒に私の故郷に行ってくれないかしら」「……彼等も一緒の方が良いかも知れないな」
「えっ。なぜ」
「何かあるのかい」
答えはなかったが、考え込んでいるトーラの顔は真剣だった。
「うん良いよ」「ああ、構わないよ。行こう」リーナスとエミールは、笑顔で答えた。
五の月二十七日
国境だったソベリン川から、五キロメートル位アブガン側に入った地点で『青い雷撃』とデルフォント親衛隊(元黒鎧。今は鎧の色も形も違っている)は、サラマンドと対峙した。アブガン軍の兵士達は、既に後方に引いている。
エミールも親衛隊を後退させた。
上空五百メートルには、税務軍の(モノと思われる)飛空艦が七隻滞空している。
互いに名乗りをあげると、飛空艦七隻の内 先頭の艦から舟が出て来た。
操航士二人と役人服二人が乗っている。
エミールがふと後方を見ると、両秘書官、両執事長と何故かコブト棟梁の顔があった。舟に乗って、こちらを見ている。
上空の舟中の、役人の一人が立ち上がり(座っている方は書記だろう。何か書いているようだ)話し始めた。
「この戦闘、税務府・税務管理官ベラサント侯爵が立会い人となる」と言った。
エミールは、やっぱり税務軍だったと安心した。同時に(戦争に立会人なんか要るのかな)と思ったが、黙っていた。
「大勢の観客だねぇ」エミールの右隣から、座席を中央に移動させながらトーラが言った。
「装備込みだと、この子の五割増しの体格ね。右腕の高周波振動槍に、左の電磁砲、あれって所謂散弾だね。背中の重火器も凄いわね」左からリーナスが、緊張感の全くない声で言った。
「えーと。四肢の強化は済んでるのよね」トーラが気分を引き締めるため確認すると。
「当然。全体の反応速度も上がってるわよ」と微笑みながらリーナス答えた。
「じゃ、行くよ」トーラが声をかけ跳び出したのは、サラマンドが左腕を上げる動作に入るのと同時だった。
勝負は一瞬で決着した。『青い雷撃』が内懐に入り込み、左手の砲と右手の槍を前腕部ごと斬り落し、コマンドモジュールに剣を突き付けるまで、サラマンドは何も出来なかった。
(さすが! トーラは素早い)リーナスが心の中で絶賛した。
「降参しろ。まずは、背中の重火器の照準を外せ」エミールが険しい声で命じた。
コマンドモジュールに剣先を当てると、ジュッ。と音がしたように穴が明いた。三十代後半に見える男が、眼を見開いて冷や汗を流している。
「わ、わかった。降参する。突かないでくれ」
『青い雷撃』に乗っている三人は、サラマンドの背中に装備されている重火器 全ての照準が外され、銃口が上を向いたのを確認して終わったと思った。
そして、エミールの席を中央に戻した。
誰も気を抜いたつもりはなかったが、アブガン子爵が小声で呟いているのを聞き逃した。
「……負ける訳にはいかない。負けたら殺される……殺される……」
上空の舟が降りてきた。
「勝者、デルフォント子爵家公子エミール」自称立会人が声を上げるのと、サラマンドの背中の電磁砲が火を噴いたのは、どちらが先だっただろう。
税務官の乗った舟に着弾し、煙をあげながら堕ちて来た。とっさにエミールは『青い雷撃』を操作してそれを受け止め、地上にそっと降ろした。
振り向いてサラマンドに向かおうとした時、レドウ次席秘書官が叫んだ。
「だめだ公子。税務官の戦いに手出ししてはいけない」
デルフォントの舟が、すぐそこまで来ていたのだ。
「その通り。先程の助力は感謝するが、これからは手出し無用に願おう」税務官が乱れた服を直しながら言った。書記は何かを書いている。
「ふん。偉そうに」とリーナスが口を尖らせた。
エミールは、飛空艦がなぜ反撃しないのか訝しんだが、トーラの「この前の黒鎧と一緒で、命令がないと何も出来ないんだよ」の言葉に、そうかも知れないと思った。
じゃあ、なぜ命令しない。
サラマンドが、次々にミサイルを発射した。
税務官の方を見ると、何か慌てて喚いている。声が入って来ないないので事情は判らないが、不都合が起こっているらしい。
税務官が緊張した顔で『青い雷撃』を見上げた。
「……デルフォント子爵公子殿」声が入って来た。
「何でしょうか」とぼけている訳ではない。事情がまるで判らない。
税務官は、意を決したように言葉を続けた。
「き、貴殿を……」
轟音が背後からして振り向くと、飛空艦七隻の内、五隻が火を噴いて落下していた。
「貴殿を、税務府・税務管理部・長官代理の権により『税務管理部・特命軍少尉』に任じる」「あのガーディアンを倒してくれ!」
「えっ?」
「公子。早く!」税務官が絶叫した。
エミールが、『青い雷撃』の剣でサラマンドのコマンドモジュールを両断した時には、飛空艦は一隻しか残っていなかった。その一隻も被弾している。
大穴が明いてるのに、それでも降りて来ない。
(本当に命令がないと何も出来ないんだ)エミールは思った。
この時、エミール達三人は自分達がアブガン子爵を殺害したことを認識していたが、ソレについては何とも思っていなかった。
操縦席の後ろで、黒猫が満足そうに頷いているのに気付いた者はいなかった。
デルフォントの四閣僚が税務官と話をしている。閣僚達の方が有利に捲し立てているようだ。
棟梁が操航士の手元の装置を弄っている。
「きっと、さっきの着弾で命令用の無線器が壊れたのよ」とリーナスが言った。書記は、ひたすら五人の言葉を記録している。
税務官が、修理の済んだ無線器を受け取り 命ずると、やっと飛空艦が着陸した。
税務官と書記、そしてデルフォントの四閣僚が(デルフォントの)舟で、着陸した飛空艦に向かった。
「後は、政治的決着待ちだねぇ」「あぁ、そうだね。ゆっくり待とうよ」トーラとリーナスが伸びをしながら言った。
(そうするより仕方ないな)とエミールも思った。
四時間以上かかって、ようやく話が着いたようだ。
エミール達三人は、その間 ガーディアンの中で、座席を丸くしてカードで遊んでいた。(リーナス。やっぱり君は強い)エミールの一人負けだ。二位は当然、トーラだ。
税務官は、修理もそこそこに(開口部にパッチを当てただけで)、残った一隻の飛空艦を駆って引き上げた。ついでに主城の倉庫を証拠物件として艦に積み込んで、丸ごと持って帰ってしまった。
ここの後片付けは、こちら任せ(料金は後日払い)になったらしい。
税務軍の飛空艦が去って、城に帰る準備をしていたら、墜落したはずの六隻の飛空艦が忽然と現れた。しかも、全くの無傷で。あったはずの残骸は消えていた。
「また お前達の仕業かい」座席の後ろを向いて、エミールは猫達に微笑みかけた。
「まぁね」黒猫の言葉に、リーナスも隣で微笑んでいる。
「もう、私家軍は要らないね」トーラの言葉はもっともだ。
何故なら元黒鎧兵は、これで一万六千人を超えることになった。これは、どう考えても親衛隊としは多すぎる数だ。
- デルフォント物語 ( No.18 )
- 日時: 2015/07/29 13:37
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
AR(破滅暦)2153年
五の月二十九日
「これはどういう意味かな」エミールは主城の執務室で、秘書官と執事長から紙束を受け取り、読んだものを順に左隣のリーナスに渡しながらの質問だった。
この世界では、所謂、植物を加工した『紙』は使用されていない。『紙』と一般的に呼ばれているモノは、極薄い不透明(白が多い)なプラスチックが主流だ。他の材料を使う場合もあるが、植物を使う事は皆無だ。植物を減らす事は重犯罪に該当するのだから。
「何か変じゃない? 説明してほしいのだけれど」リーナスも疑問を示す。
「二階級特進なんて、爵位にもあるんだね」トーラはリーナスから紙束を受け取って、それを見ながら言った。
「いえ、そうではありません」次席秘書官が否定した。「手続き上は正しいのです。父君が『伯爵・侯爵待遇』になられている事を明記したものです」
「それで日付が五の月一日なんだ。遅配と言う訳ね」トーラが嘲笑うように言った。
「侯爵って国王扱いだったよね。じゃ私たち王妃様なんだ」リーナスは茶化して、そして真顔で言った。「それは良いとして」
良いのか? とエミールは突っ込みたくなったが我慢した。
「ジエッツ侯爵と人身売買ギルドについてはどうなるの」
「何もなかったじゃ、済まされないのよ」「証拠もあるしね」リーナスは容赦しない。「公開しちゃおうかなぁ」
「ジエッツ侯爵は、二重の意味で許せない」エミールも真剣な顔で同意した。
「ジエッツ家も、ベガン家も破滅ね」トーラも容赦しない。「もっとも、それだけじゃ済まさないけれど」
「その通りだ。税務官が揉み消すつもりなら、公開するまでだ」エミールの態度も硬い。
「その件では、それぞれの家から通知が来ています」と次席執事長。
「ベガン伯爵家からは、『次席秘書官が勝手にしたことではあるが、当家にも管理不行届きの責任があるので、五百億ダラッツの見舞金を出す』と来ております」
「ふーん。見舞金ね。で、ジエッツ家は千億くらい出すのかな」とは、リーナス。
「いえ。もっと凄いです」と秘書官。「まずは、見舞金は三千億ダラッツです。加えて、税金……、いや『献納金を、デルフォント家が続く限り、全額払い続ける』と、正式文書で税務府に提出したようです。税務府の受領書と共に写しが同封されています」
「ふ、太っ腹ねぇ。先払いなんだ」さすがのリーナスも引いている。
「まだある、これは何だ。こんな所に任官した覚えはないぞ」エミールが不愉快そうな顔をして、紙束をリーナスに回す。
「サラマンドを倒す直前に喚いていた、あれよ。きっと」とリーナスの手元を覗きながらトーラが答えを予想した。
「そうです、あれです。五の月三日付けで『任官証/デルフォント侯爵公子エミール・ジラン・デルフォントを、税務府・税務管理部・特命軍少尉に任じる』とあります」「侯爵となっているのは慣例によるものかと思われます。侯爵以上しか任官させたくないからだと思われます」執事長と秘書官が答えた。「先程の『侯爵待遇』は、このためではないでしょうか」
「これは?」エミールが疑問を挟む。「給料明細と、特命任務遂行の褒賞金?」
「給料が二百万ダラッツ。これ月給だよね」「褒賞金が百億ダラッツって、何なの」リーナスとトーラが不審そうに確認した。
「給料と褒賞金は、エミール公子のものです」「飛空艦九隻を堕とした(ことになっている)サラマンドを倒した賞金と、あの後片付けの代金ではないかと」二人の執事長が説明した。
「これで公子は、特命軍に任官決定です。免官はあり得ません」と秘書官。
「慣例で、褒賞を受けた者の罷免はありません」次席秘書官が答えた。「それに、これで我が領内は、税務府の『絶対防衛保護対象領』になりました」
「うん?」
「なに、それ」
「デルフォント家を攻撃するとは『税務府に敵対する』と同義になる。という事です」
「あっさり恐ろしい事を言うのね」とトーラ。
「じゃ、中央府から来たこれは何だろう」
「ジエッツ侯爵がした『わるさ』の謝罪が目的ね」リーナスが覗き込んで言った。「これで目を瞑れって訳ね」
「中央府発行の『鎖国認可証』無期限とはね」エミールは呆れ顔だ。
「完全に独立国扱いだよね。しかも『税務府』に守られた」リーナスも同じ気持ちを示した。
「君達。ひょっとして、あの四時間で これらを決めちゃったのかい?」
四人の有能な閣僚は、頭を下げただけで何も言わなかった。そして、彼らにとってトーラの次の言葉は、まさしく褒め言葉に違いない。
「この家の閣僚って、凄く悪辣なんだ」
「今更だけど。まぁ良いか」エミールは、諦め顔で言った。
その時、数枚の紙束を持って執事が入って来た。
「少々お待ちを。先程『タウラの自由民大頭領』から、これ等の追加承認の依頼が来ております」「ご確認ください」
受け取ったエミールは首を傾げた。
「何だ、これは?」と言いながらリーナスに回した。
「あはは。さすが、元山賊。やることに抜け目がない」とリーナスが微笑んだ。
「そうか あのビデオがあれば、ベガン伯爵家を強請り放題だものね」トーラにも判ったようだ。
「ベガン家は自由民に、毎年三千トンの食料を賠償として払う事になってるよ」と呆れ顔のリーナス。「ここ(デルフォント家)には、自由民から、毎年千トンの食糧を納税するってさ」「別に納税なんて、しなくても良いのに」エミールが微笑んだ。
四人の閣僚は(そんな事、言って良いのか)と思い、呆然としていた。
「あ。そうだった。これを頼むね」エミールが、さっきから何か書いていたモノをリーナスとトーラに渡し、確認を促した。二人は、何だか意地の悪い笑みを浮かべてそれを執事長に渡した。
それを読んだ四人の閣僚は愕然とした(あまりにも、決断が速い)。声も出なかった。
その紙には、自筆でこう書かれていた。
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五の月三十日付・布告。
「AR2153年・六の月一日
デルフォント領国は、上記日付より『鎖国政策』を実施する。
異議ある者の出国については、理由を問わず容認する。
猶予期限は十五日間。
尚、六の月十六日以後に許可なく出国者は厳罰に処する」
発行者:エミール・ジラン・デルフォント
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四閣僚から、手続き等の詳細について聞いていた三人は、ついに切れた。
もう午後十時を過ぎている。夕食を挟んで六時間にもなる。
「疲れた」エミールが欠伸をした。
「飽きた」「眠い」リーナスとトーラが文句を言った。
「もう。政治なんて面倒くさい」
「女官長や棟梁の意見はどうなのさ。ちゃんと聞いて来たの」
「『タウラの自由民』については別格だよ。あそこは自治区だからね。税金も取らないし、建前上は援助もしない。 何かやってくれたら『ありがとう』で良いけど、依頼はできないよ。彼らは、あそこに居るだけで充分なんだ」
「良心に対して恥じないものなら、全部好きにして良いからさ。君たちで処理してくれないかな」
「こんな事に時間かけるのって、それこそ無駄だと思わない」
「それにね 僕たちは、十二歳と十三歳。まだ子供なんだよ、忘れないでね」
閣僚達は、確かにそうだと思った。
ここまで、この御三方がやってくださったのだ。現場の者達と共に良く考えて、良い領国を創ろう。と頷きあった。使命を自覚したのだ。
エミール達三人は、四閣僚の顔を見て微笑んだ。これなら大丈夫だと。
「明日、三階の大会議室に集まってください。全員だよ」エミールが言うと。
「警務長(軍事長改め)、棟梁、女官長、医師長も全員だよ」リーナスが追加した。
「正・副共全員ね」トーラが更に追加した。
「その時、方針を決めるからね」エミールが会議の終了を告げた。
- デルフォント物語 ( No.19 )
- 日時: 2015/07/29 13:39
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
五の月三十日
大きな会議室だ。
ここにはデルフォント領国の首脳幹部十二人と六色の猫(金瞳)、そして新設された親衛隊の兵師隊十二人が集まっている。会議室の外にも兵士隊六人が警備に立っている。
これからデルフォント領国の、将来のの基本方針を決めるのだ。
「まず、決めなければならないことを済ませてしまおう」とエミールか切り出した。
「出島については、既に準備にかかって貰っていますが、問題はありませんか」リーナスが改まった顔で質問した。
「順調に進んでいます。ところで『トーラ美術館』の敷地は あんなに広くする必要があるのでしょうか」ラズリ警務長が発言した。
「あれでも、不安なのですがね」執事長が答えた。「秘宝館も拡張が必要です」
「出島の管理と政治関係については、最終的にワンド秘書官に最高責任者になって頂きたい」エミールが秘書官に向かって指示した。
「そうね、対外的にはデルフォントの顔は変えない方が良いわね」「その代わり内政は、レドウ秘書官。お願いしますね」リーナスとトーラが追加指示した。
「ラズリ警務官は出島の、トグル警務官は内政の治安維持をお願いします」とエミール。
「部下の選任は、それぞれにお任せしますが」とトーラ。「出来るだけ新人を使ってください。訓練も含めて お願いしますね、育成が必要だと思いますので」
「両執事長は、済みませんが兼任してください。全てを把握して頂く必要から、分けるのは良くないと判断しました」とエミール。「お二人には、国政のバランサーになって頂きたいと思います」
「うん。適任だね」「お願いしますね」リーナスとトーラ。
「女官長。質問なのだけど。女性であることが惜しいという人材は、今迄に何人も ご存知だと思いますが」「現時点で、そう思われる方は おいででしょうか」とエミールが話題を変えた。
「目の前に。お二方おいでです」トエル女官長が答えた。
「いや。女官の中に」とリーナスが慌てて遮った。
「お二方以外では、……そうですね数人いますかね」レイナ女官長がトエル女官長に確認しながら言った。「中々頭脳明晰な娘がいます」とトエル女官長。
「今、領内にある学校は、初等校と高等校が二校づつでしたね」「それを各地区に造りたい」「高等校は難しいかも知れませんが せめて初等校は、そうですね二十校以上になるかな」「造って。男女関係なく学ばせたいと思っています」と三人が話した。
「大学も造りたいね。中央大陸の大学に負けないようなのを」とリーナス。
「色々な制約がないから、こっちの方が良くなるよ。きっと」とトーラ。
「学校を造るのですか」「教師もいないのに、どうするのですか」両秘書官が不安を示す。
「君達が居るじゃない」リーナスが二人を見ながら言った。「足りなければ、募集すれば良いのよ」
「大っぴらに出来ないなら、自由民のルートを使わせて貰えば良いのさ」エミールが続けた。「何とでもなるよ」
「農業、工業、商業の技能士。音楽、絵画、美術や工芸の技術士、動力系の技職士も増やしたい」「棟梁。伝手があったら有能なヒトをスカウトしたいの。紹介してね」リーナスが夢を語る、出来ない事じゃない。「棟梁や、技職系のヒト達にも、教師をしてほしいのよ。男女関係なくね」
「男女を無理やり同じ場所で学ばせる必要はないけれど、誰でもが学べる施設は必要だと思うの」トーラも述べる。
「対象は、領民全員ですか」とワンド執事長。「大変な経費がかかります」
「本当は、そうしたいところだけれど、無理だろうね」とエミール。「対象はアブガンだよ。領主関係者と商人街の子供達を教育してみたい」「ベースが出来てるから良いと思うけど、どうかな」
「まさか、側室を」ロイス医師長が驚いた顔で言った。
「そうよ。側室も対象よ。彼女達は、ある意味 自領から捨てられた人間だと言えるわ」「拾っても良いじゃない」トーラが笑顔で答えた。
「出来れば、商人街の子供も男女問わず全員ね」リーナスが続けた。
「しかし、側室の役目は……」トエル女官長が疑問を起こした。
「それは、本来正室の役目でしょ」「私達には無理だけどね」トーラとリーナスが苦笑しながら言った。
「他にも正室が来るかも知れませんし、側室にも子供を望む者がいるでしょう」とレイサ女官長がフォローに回った。
「側室だって人間なんだからね。子供を産む道具になるより、こっちの方が良いと思うよ」「才能はどこに隠れたいるか判らないからね、大規模に探そうよ」リーナスの希望は大きい。
「確かにそうですね。基本的な事を教えれば、才能の有無は判ります」「加えて、技能・技術・技職系の選択肢もあるとなれば、中々良い学校が出来るかも知れませんね」とランザ秘書官が賛意を示した。
「しかし、裏切りは起きないでしょうか」とトグル警務官。
「それは、心配しても仕方ないね」エミールが苦笑しながら言った。「やりたい者には、やらせれば良いさ」
全猫は(そんな事は、絶対させない!)と誓った。
「親衛隊には猫達が、有象無象の教師より有能な者を検討している。執事や、女官の基礎教育程度なら、問題なくこなせるよ」エミールが猫達を見て、リーナスに向かって言った。
猫達は頷いて了解の意を示した。
「その他については、色々案はあるのだけれど未だ考察中というところね」リーナスが全員に結論を促した。
「判りました。基本方針はこれで勧めます」ワンド秘書官が代表で答えた。
「あっと、そうだった。私達は明日から遊びに出かけるからね。後は宜しく」リーナスが会議を締めくくった。
それは、彼等に対する 全権委任の言葉だった。