複雑・ファジー小説
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- デルフォント物語
- 日時: 2015/07/29 13:43
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18162
初心者の、初作品です。
---- 目次 (投稿済みと、予定です)
・プロローグ :
隔離室編 >>1 >>2 >>3
結婚披露式編 >>4 >>6 >>7
・番外 :黒猫編 >>8 >>9 >>10
・番外 :リーナス編 >>11 >>12 >>13 >>14
・アブガン編 :
初陣 >>15 >>16 >>17
方針会議 >>18 >>19
アブガン始末 >>
・トーラの故郷編 々 未
整理してページ5 は削除しました。(消えるとは思わなかった)
少し時間をかけて、修正します。
少々お待ち下さい。
- デルフォント物語 ( No.1 )
- 日時: 2015/07/27 13:10
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
AR(破滅暦)2150年
九の月三日
リーナス・シャクラ。十歳。この城の 公子の婚約者。軽く内側にウェーブのかかった腰の辺りまである黒髪。顔の大きさに比べると大きすぎる眼。その深く黒い瞳の少女が、領主デルフォント子爵の、書斎の前で静かに控えている。
「入りなさい」リーナスが応えを受けて書斎に入ると、そこにはもう一人少女がいた。数少ない、彼女の友人でもある。
トーラ・エリン。十一歳。元貴族の女官見習い。肩のあたりで揃えられたクルクル巻き毛の金髪。切れ長の大きな眼と強い意志を示すように輝く瞳は青い。背丈は、リーナスより頭ひとつ分高い。
「二人とも知ってはいるだろう。詳細までは知らぬだろうが」子爵が話し始めた。「公子は病床にいる」
二人は軽く頷いた。(城中、その噂でもちきりだ)
「公子の病気は空気感染の熱病だった」(過去形? 治ったのかな)
「医師の話では、今のところ症状は安定している。しかし合併症の恐れがあり予断は許されないとのことだ」
「城の一区画を改造して、そこに彼を隔離してある」
「常駐での看護が必須なだが、リスクが高過ぎて看護士を中に入れられない」
「医師は出来る治療は全て済んだ。と言っている」
「病気については、約八十パーセントの確立で治っているらしい。
しかしそれは、その医師が調合した薬が効いていた場合の話だ。効いていなければ十パーセントにも満たないと言っていた」
二人の少女は同時に思った(私に何か出来る事があるのだろうか)と。
「二人に願いがある。強制は出来ないので断って貰っても構わない。それならそれで諦めもつく」
二人は、子爵の願いが何なのか分った気がした。
「あの隔離室に入って、完治するまで看病して貰えないだろうか」
(やっぱりね)
リーナスは、まだ見たことのない公子を思った。
(赤っぽい髪に、緑の瞳だと棟梁が言っていた。どうせ もう帰るところはないのだ。未来の王子様のために死ねるなら、それも良いかかも知れない)
トーラも公子の顔を知らない。
(私には、もう何処にも行くところがない。ならば誰かを救うために、ここで死ぬのも良いかな)
「私は良いですよ。隔離室に入ります」リーナスは軽く会釈し、微笑を浮かべて答えた。
トーラは、真剣な顔で答えた。「私も入ります」
子爵は涙を流しながら、二人の手をとった。
「本当にありがとう。心から感謝する。
三人で、無事に隔離室を出られたならば、必ず、必ず相応の礼をさせて頂く」(おおげさな態度だな。まぁ、自分の子供の命がかかっているのだから当然かな)
すぐに医者が呼ばれて、隔離室への入室準備が始まった。
必要と思われる様々な事を教えられ、質問と回答が飛びかった。
リーナスが猫を一緒に持ち込みたいと言うと、医者が拒否した。
「その猫は入れられないよ」
「人工物なのですが」
「中で別のを作れば良い」
二人は、予防にと注射を三本も射たれ、「あ。これも」四本になった。
リーナスは他にも持ち込みたい物が多くがあった。それは何とか了解を得たようだ。
髪を刈られ、体中を内も外も洗浄された。真新しい、滅菌済みの下着と、ダランとした白いワンピースを着せられた。
ふと気が付くと、二人はもう隔離室の中にいた。
「即死じゃなかったね」トーラが溜息ついて呟いた。
「あの病気は、潜伏期間が半年から一年だと言ってたでしょ。少なくとも一年間は出られないわ」「大事を取って、一年半ってところね」リーナスが返事をした。
まさか返事があるとは思わなかったトーラは、リーナスのいる方を向いた。
電話が鳴った。
「はい」トーラが出た。
「そこには、二年間入っていて貰うよ」医師長だった。
「盗聴してたの!」声が荒い。
「何の事かな。そこにはカメラも録音機もないよ。プライベートルームだからね」
「電話は、♯9で私に直通だから。何か用があるるなら必ず私を通すように」
「そこに入れるには、必ず殺菌が必要だからね。公子だけでなく、君達も無菌状態なのだから、とても危ないんだ」
「わかりました」不機嫌な顔をしたまま、トーラが受話器を置いた。
「わぁ、広いバスルーム。小さなプールみたい」
「トイレは別なんだ。ここも広い」
「調理場も広いや」リーナスが、室内あちこちを荒らし回っている。
「皆、三人で入れるようになってるのよ」呆れt顔でトーラが解説した。
「あ、ベッドルームだ」(聞いてない)
「あ。居た」「……」リーナスの声が急に止んだ。
トーラもベッドルームに向かった。
リーナスがベッドの脇で口を塞いで立ち尽くしていた。
トーラは(ベッドも三人用なんだ。これだと大人が五人は寝れそうね)などと思いながら目線を動かして……、見た。
悲鳴をあげそうになった。(これが公子?)
リーナスは涙を浮かべて、それでもじっと見つめていた。
そこには、真っ白な、小さな男の子が横たわっていた。(十歳か。小さいな)
髪も、眉も、唇も、全身の皮膚さえも、体中全ての色素が抜け落ちたような白さ。
トーラがそっと瞼を開いてみると、瞳が赤い。(でも胸が動いている。呼吸はしている。……生きてはいるんだ)
「瞳が赤いってことは色素欠乏だね。これって薬のせいなのかな」リーナスが、さっきとは打って変わったように冷静に分析した。
「とにかく準備をしましょう」(そう、実際の看護は明日からだ)
「水も、食事も口移しだったよね」(内臓の働きを保つため)
「座らせてするのだったね」(食道にちゃんと通らないと窒息するから)
リーナスが、公子の身体を起こそうとした。
「……重い」
「力の抜けた人間は、凄く重いって本当なんだね」
「頸に注意してね」(頭が重いので、骨が折れたり神経が切れたりする)
二人の看護士の仕事(のような事)が始まった。
「食後には、体を動かすようにって言ってたね」
「これがストレッチ用の器械ね」
「先に身体と頸を固定して。手足は、その後。だったね」
「だめよ。頸より身体を先に固定しないとだめよ。首が絞まっちゃう」
一日目が終わった。
トーラは眠ってしまった。
リーナスは自分の荷物を解いてなにやら弄っている。。
(まずは、猫を組立てなきゃね)
黒猫だった。
組立てて。起動確認して。すぐベッドに戻った。
二人は次の日から大忙しだ。
一人は必ず公子の傍にいなくてはならない。公子を移動させるときは、必ず二人がかりになる。心身ともに全く余裕が無い。
最初の内はマニュアル通りにやっていた。が、すぐに面倒になって来た。
「この部屋、暑くない」と言いながらワンピースを脱いだ。
室内管理温度は、摂氏二十五から二十七度。快適な室温じゃないだろうか。
公子は暫く前から素裸だ。脱がせたり、着せたりが面倒になったのだ。
やがて、二人も下着を着けるのを止めてしまった。理由は同じだ。
「どうせ誰も見ていないんだし、いいや」
寝るのも、三人ゴチャドチャだ。公子の横だったり、足元だったり。午後九時に眠って、朝起きた時、寝た時と同じ場所にいた事がない。
公子は丸坊主だ。まぁ、当然と言えば当然の処置だ。
黒猫の使命は『護衛と補助』。
黒猫は二人より遥かに常識を弁えていた。この部屋にいる三人が服を着ていない事が変だという事を知っていた。同時に、それが仕方のない事だという事も分っていた。
二人が眠った後、毎日、徹底的に、部屋中の掃除をした。滑ったり転んだりするのは、もっての外だ。まず第一に、この二人が無事でいなければ何も始まらない。
二人は そういう些細な事に関して、全く無頓着だった。いや、あまりに忙しくて無頓着になってしまったのかも知れない。
黒猫はリーナスの端末の操作法を知っている。
黒猫は考えた。
護衛。ここにいる限りでは問題ないが、外に出たらどうするのか。補助についても、この場所では何とか出来ているが、外で同じように出来るのか。
黒猫は外の事を知る必要性を早くから知り、対策を検討していた。
外に仲間を造らなければいけない。
二人が就寝した後、黒猫は外で自分の代わりに動く仲間を造れる施設を探した。
条件は、絶対に、誰にも、知られる事がない場所。この条件は難しいが必須でもある。
世界中をそれこそ隈なく探し回って、そして遂に見つけた。
そこがどんなところだろうと、条件さえクリアしていれば構わなかった。
そこの人工脳を支配し、同じ毛色(黒色)の仲間を造った。銀・赤・橙・緑・青・紫の瞳色を持つ仲間だ。AIには黒猫のデータをフルコピーした。
そして、活動を開始して貰った。
目的はひとつ。三人のために世界を、その現実を把握すること。
それは、猫達がこの世界の在りようが、決して正しものではない事を既に知っていた証といえる。(この時、探索範囲を広げるため、それぞれの猫が始めて少数の『灰色』を造った)
黒猫は二人が怪我をする可能性を吟味し、事前に排除するのが習慣になっていた。
(こちらも習慣になって来たリーナスの端末を使用した読書や動画の鑑賞も、すべて情報収集の一環だろう)
黒猫は常識ではなく、二人の健康上での問題に気付いていた。
下着を着けさせないといけない。
トーラはリーナスより胸が大きい。乳首が時々物に当たって不快そうな顔をしている。
猫は端末を検索して『パッチ』を探し当てた。しかし接着剤を使用する このタイプは汚染されるので使えない。しかも雑な作りだ。仕方なく猫は自作することにした。
素材を吟味し、丁寧に作成して、二人が寝ている内にそっと装着した。
黒猫は、全く気付かない二人に対し、少し複雑な気分がした。(良いのかこれで)
下半身の方はどうしよう。こちらは気付かれずに装着するのは不可能だ。何とか説得して着けて貰うしかない。
「排泄器をガードするものを装着すべきだと思います」黒猫がリーナスに提案した。
「ダメよ。鬱陶しいし、脱着が面倒だわ」
「不健康です。水に濡れても支障のない物にしますから、一日に十度も脱着する訳ではありません。我慢して着用してください」
黒猫が自分達の事を心配して言っているのが判るので、了承せざるを得なかった。
「仕方ないなぁ」
それは水着のような物になった。
撥水性能が高く、伸縮性が良く、肌触りの柔らかい細い繊維(これも手作り)で全体を作り、局部のみ材料を厚くして肌に密着する。
太腿の上部と腰の部分で固定するようになっている。脱着も凄く容易な構造に作ってある。
しかしこれは、ピタリと合わないと使えない。だから はっきり使い分けるため色分けした。相談してリーナスは淡いピンク、トーラは淡い水色に決まった。
更に問題が出た。トーラが「胸が揺れるのが鬱陶しい」と言い出したのだ。
下半身用に使用した繊維を使って、頸の付け根から肩の部分を固定部にして背中から乳房を支えるようにした、肺を圧迫しないように留意してある。乳首のパッチはそのままだ。当然、脱着も考慮されている。
リーナスも欲しがったので作成した。これも色分けした。が(しなくても間違うことはないのに)と黒猫は思った。
これ等は、伸縮性はあるもののミリメートル単位の微調整が必要な仕組みになっている。サイズが少しでも変わり、合わなくれば着用時に不快感を与えてしまう。常時使って貰うためには、毎日の計測が必須条件になった。
更に忙しくなった黒猫は、リーナスに訴えた。
「仲間を造ってください」
「このままでは支障が出ます」
「うん。判った。すぐ造る」
白色と淡い黄色の毛色をした仲間が出来た。もう、用意はしてあったようだ。
「記憶は、黒のをコピーしてね」
「でも、この二匹は、もう少しの間 夜だけの活動にしてほしいの」
「三人が揃うまで。ね」
白と黄色の猫も、黒猫に習って仲間を造った。
そして、新たな毛色の金瞳を外に造る事になった。青・橙・赤の毛色をしたそれらの仲間も、同様に瞳色の違う仲間を造り、大きく活動範囲を広げた。ただし、黒・白・黄三色の銀瞳はデルフォント城に残り、金瞳のサポートにまわって貰う事になった。(それぞれが『灰色』を大量に造った。その総数は六万匹を超えた)
- デルフォント物語 ( No.2 )
- 日時: 2015/07/27 13:05
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
いつの間にか(もう、日付など分らない)公子の、脱色されたようだった身体には色が戻り、瞳は緑色になっていた。髪の色は まだ白い。
そして、公子が眼を開けた。
だが、すぐに閉じてしまった。
トーラが慌てて電話口に駆けつけ、♯9。「公子が眼を開けました」
ベッドルームに戻ると、リーナスがまた眼を開けた公子に抱きついて泣いていた。トーラも泣きながら公子に抱きついた。
公子はゆっくりと回復していった。
最初は、眼を開けるのがやっとだったのに、頸に力が入るようになった。
意識はまだ、はっきりしないようだ。
でも頸が安定すると作業が随分楽になった。
そして、ついに意識が回復した。「公子の意識が戻りました」
意識が戻ってからは、急激に回復が速くなった。
最初は驚いた顔で二人を眼で追っていた。
良く考えてみれば、目の前で下着姿の女の子が(中々の美少女としておこう)二人も走り回っているのだから驚いて当然だった。
意識は戻っても話せないし、身体が動くようになった訳でもない。
水分摂取も食事も まだ口移しだし、トイレや風呂も二人が一緒だ。
二人には、声が出るようになるまで随分かかったような気がした。そして話せるようになった事で大変な事が判った。
「……はい。記憶が無いようです」
公子が、最初に下着を欲しがったのはこの頃だった。
「面倒だからダメよ」きっぱりと否定されたが。
そして、この部屋は、一気に うるさくなった。
公子が、やたらと話しかけて来るのだ。二人の事や、自分の事(公子の事については資料を貰っている)を知りたがった。
だから、その内三人の間に隠し事が出来なくなった。
もちろん話せない事や話したくない事はそれぞれにあるが、それも含めて隠せなくなった。(意識しなくても、これは話したくない事、これは話せない事だという区分が出来るようになった)
自力で、体を動かせるようになるには、今少しの時が必要だった。
まだ歩くのは無理だけど、ベッドの上でなら転がれる。
四つん這いにもなれないが、動けるのが嬉しそうだ。
ある日、食膳と一緒に封筒が入っていた。中にはメモと結婚証明書が入っている。
メモには『証明証を見てくれ。夫の欄の 公子の名前のところに、君達で彼の拇印を押してほしい。妻の欄には、二人でサインをして拇印を押してほしい。二人とも正室だ。
公式には、リーナスが正室、トーラは側室になる。だが、しかし立会人の名前を見てほしい。この城内で、いや、このデルフォント領内でトーラの事を側室と呼ぶ者はいない。
このような事でしか君達に感謝を表せない今の私を許してほしい』とあった。
この書類の書式はデルフォント家の家伝用のものだ。今年の年号とページ番号0、トップページだ。
二人は立会人の欄を見た。秘書官、執事長、軍務長、女官長をはじめ各部門の長の名前が書かれている。
リーナスは棟梁の名前を見つけて苦笑した。「わしは現場が好きなんじゃ。長にはならん」なんて言ってたのに。
「君達は、僕の お嫁さんになってくれるのかい。だったら嬉しいな」公子の顔が、二人の隙間から証書を覗いていた。四つん這いになって。
「はい」「もちろん」
四足歩行から二足歩行までは手間取った。エミール(呼び方を変えるようにと、うるさく言う)は這ってトイレに行こうとした。
「こら。ベッドから落ちる」
「怪我をしたらどうするの」
「甘えるんじゃない!」
結局、二人に両側から支えられて連れて行かれることになった。
そして、一人の支えで行けるようになり。
一人で行けるようになった。
やっとエミールに下着の着用が許可された。トランクスだ。これは黒猫製ではない。
だが、風呂には一緒に入っている。習慣になったらしい。三人とも、一人では寂しいのだ。
「え。まだ一ヶ月も経っていないの」エミールがちゃんと歩けるようになったことを報告した時、残り時間を確認して判明した。
することがない。何をしよう。エミールとトーラは困惑した。
トーラが思い付いた。「そうだ、秘書官さんに頼もう」
「秘書官さんを呼んでください」
「勉強を教えて」
本(教科書)を差し入れて貰って勉強を始めた。秘書官の直通回線も確保した。分らなければ聞けば良い。
秘書官にとっては、とんだ迷惑だったが……。
「ちょっと来て」リーナスだ。
そこには、三匹の猫がいた。
不思議そうな顔をしている二人を見て、(あぁ)という表情を浮かべリーナスは説明を始めた。
「これらは、私が造ったの」
「黒色はエミール用で、そっちの黄色いのがトーラ用。私のは、この白い色の猫」
「ピンクにしようと思ったんだけどね」
「ピンクの猫なんて いないわ」白い猫が、つんとして答えた。
「私はこの色、気に入ってるけどね」黄色い猫は、フワリと身体をくねらせて喋った。
「私の色は普通すぎて面白みがないけね。エミール、どうぞ宜しくね」黒猫も喋った。
今までは、わざと黙ってたのだ。とエミールは始めて知った。
「じゃ、そういうことで」とリーナスは別の事を始めようとした。
待って、さっぱり分らない。とエミールが言おうとしたら。
「待って。ちゃんと説明して」トーラの方が速かった。
「それは、ガード……じゃない。『護衛と補助』用よ。何があるか分らないからね」「今は、歩いて喋ることしか出来ないけど、色々考えてるから安心して」
二人は呆然として見詰め合った。
そんな事とは関係なく、リーナスは何か考えながら白猫と話している。
「問題はGなんだよね……」「ここまでだと……」
猫は凄く有能だった。歩いて喋るだけなんてとんでもない。秘書官より遥かに有能な教師になった。何しろ分り易い。学力は、秘書官が驚くほど急激に向上した。
リーナスは当たり前のように「あぁ、個人設定してるからね」で、済ませてしまった。
(それって 簡単な事なの)二人は首を傾げた。
「することがないなら、それやっててみたら」リーナスが手元の作業を休めずに、顎で示す。
「ガーディアンのシュミレーション装置よ。ゲーム要素も入ってるよ」
「こんなもの、どこから」トーラが呆れた顔で聞いた。
「棟梁からの差し入れよ」「結構面白いよ」
「あなたはしないの」
「ちょっとね。今は、こっちが忙しい」と手元に目を戻す。
「本物のマニュアルもあるよ」今度は目も向けない。
確かに面白い。でも、何だか物足りない。
もう一台来て、対戦できるようになった。
三人が順番を決めて、機種を変えながら対戦する。高速型(子爵家のガーディアンを設定している)、万能型、突撃方、人型じゃないのもある。エミールがやっぱり強い。でも二対一(ガーディアンの数ではない。念のため)ならトーラとリーナスの勝ちになる、作戦勝ちだ。
「ちょっと来て」ある日、リーナスに呼ばれて近づくと、パッ、パッと光った。そして自分に向けて、もう一度、パッ。
目の前に白い影が残った。
「何よ。それ」
「虹彩認証よ」
「棟梁と、私達。合計四人。一人分残っているけど良いか」
「さて、どうやってこれを棟梁に返そうかな」
不審そうな顔をしている二人を見て。
「ああ、これね。本物に乗るとき必要なの」
「本物に乗る気なの」
「当然よ。何のためのシュミレーション装置だと思ってたの」リーナスは先の先まで考えていたのだ。
リーナスは、箱を置いて他の装置をいじり始めた。
- デルフォント物語 ( No.3 )
- 日時: 2015/07/27 13:00
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
「バレー?」リーナスは、皆でバレーとやらを覚えようと言った。
何でも、紀元前の遥か昔にあったという武道らしい。連続写真の静止画残っている。
バレーは身体の柔軟性を必要とするし、型が非常に難しい。風呂の中で練習することになった。ここでなら倒れても怪我をしなくて済む。
リーナスは身体を動かしながら話し始めた。「他にも、カラテとか、スモウとか、クンフーとか徒手の格闘技はたくさんあるんだよ。でもね、他のは動きが止まるのよ。バレーの静止画は、型を示しているだけの演武じゃないかな」
「連続技を連写してるのね」とトーラ。
「エミールなら分るんじゃない。次の動きの準備ができてるって」
「そうだね。単体の写真の位置では、動きが終わっていないね」
「他の武道とは筋肉の質が、多分違うのよ。破壊力もあるだろうけど、ずっと柔軟で発条(ばね)があり強靭だと思う」
「上を見て」
見上げるとバスルームの天井近くを球形の物が回転しながら前後左右に走り回っている。
「何よ、これ」
「エミールなら表面に書かれてる文字が見えるんじゃない」
「うーん。一文字のなら見えるけど、文章はダメだ」
トーラには一文字のも見えない。
「私達には……」リーナスはトーラを見て「一文字のも見えない」と言った。
ここの風呂は、一辺十五メートルの正方形で、深さは周辺を除いてトーラの胸の下辺りまである。水温はあまり高くしていない。温水の感覚があっている。
熱くないので のぼせるような事はないものの、一時間もすると へばって動けなくなる。
「まだまだね」「でも面白いな」「そうだね」
風呂での運動に最初に順応出来たのはトーラだった。次にリーナス。エミールは少し遅れたが付いて行けている。
目の訓練は全く逆の成績だ。こちらでは大差は付かなかったが。
エミールは、バレーの型を一通り流しながら(随分と楽に動けるようになっている)、これは何の役に立つのかな。と ふと疑問に思った。
「ねえ……」
「これはね」リーナスが待ってたように話し始めた。
「実際の戦闘では、基礎体力の向上程度かな。剣を上手に使えるエミールなら、かなり強くなってる筈だよ」
「でも、眼の運動も含めて、本来はガーディアンの操作に役立つ訓練なんだ」
「良質な筋肉による瞬発力の向上と動体視力。絶対役に立つよ」
「でもね、これだけじゃ足りないのよ」
「感性というか。直感とか勝負運かな。これがなければいけないの」
二人が怪訝な顔をしている。
「私達には、充分あるものなんだよ」
「だって、私達は今ここにいる。これは奇跡的な強運なんだ」
「エミール、君は私達がこの部屋に来なかったら、死んでいたかも知れない。
ここに入って良いと思える境遇の、加えて君に近い年齢の少女が何人この城の中にいたと思う?」
「トーラ、私達だってそうなんだよ。
私達がこの時期に、この城にいて、この隔離室に入ろうという気持ちにならなければ、今はなかった。エミールと会うことはなかった」
「その強運を使う。いや、引張り込むための、これは訓練と勉強なんだよ」
目的がはっきりすれば、やる気も出る。
三人の能力はメキメキ上達し、学力も秘書官が絶賛する程になった。
ただ、学力以外は比較対象が無かったため、猫の勧めるままに能力を高めていった。
そう、猫達だけが彼等の能力を把握していた。……筈だった。
リーナスは、どこからか色々なデータを仕入れて来る。
「これを見て。きっとカラテやクンフーが一般化して舞踊になったモノだと思うわ」動画だった。
「そうだね、似たような型をしてる」
「これは『タイキョク』って名前に変わってる」
「こっちも見て」これも動画だ。
「『ザツギダン』ってなってるけど」
「うん、バレーの舞踊化したモノだね。静止画の途中の部分ってこんなだったんだ」
「静止画で判らなかった部分や、初めて見る型もたくさんあるね」
三人は、それぞれの得意分野を深めていき(猫の補助が大きい)、一人が身に付けた技能は他の二人も使えるようになった。
例えば、エミールの剣の技能は、一対一ならエミールの勝ちだが、二対一だと勝てない。トーラのバレーの技能も同様だ。(それらは隔離室を出る頃には ほぼ互角になった)
リーナスの頭脳だけは桁外れだったが二人はアイデアを提供できたし、彼女は自分の持つ資料を隠すようなことはしなかった。
だから、こんなこともある。
「ねえ、『アンキ』って面白くない?」トーラが見つけた。
「飛び道具が多いわね」
「使えそうなのもあるよ」
「護身用には良いね」
「現代風にアレンジできないかな」
「確かに面白いわね」リーナスが興味津々に答えた。
「こんな考え方もあるんだね」エミールが端末を見せながら言った。
「どういうことだろう」リーナスには判らないようだ。
「ふーん」トーラには、何となく判るような気がした。
「あのね」エミールが解説する。「僕達が訓練して来たのは、相手の動きを先読みして攻撃なり防御なりをしてる」
「うん」
「その時、無意識だけど集中力が相手だけに向かってる」
「まぁ、当然だね」
「そこに隙が生まれる。という考え方なんだ」
「それで、どうするの」リーナスが対策を催促する。
「こういう状態を考えて。正面に猫が三匹いてタッチされたら負けね。そして後ろに二人がいて、同じくタッチされたら負け。どうすれば良いと思う」
「勝てないね」二人で即答だ。
「その状態になったら、勝ち目は無いよ」
「その対策さ。『気を散らす』って在る。これは全体を観察して、その状態に持って行かない。自分に有利なように持って行くってことだと思う」
「なるほど、一対一とは限らないものね」
しかし、これは思っていたより難しかったようだ。これを身に付けるのは大変だ、いや。無理だった。
三人に力量差は無い。得意分野を使われると一対一でも敵わない。それに猫は素早く、三匹が連携してくる。練習場所は風呂の中、動きが縛られている。
結果的には最後まで(隔離室を出た後も)誰も勝てなかった。だが、これはとても良い訓練になったようだ。
彼等は最初は除外していた格闘技にも興味を示した。
それぞれに工夫してバレーに取り入れていく。
そして、それを他の二人もマスターした。
バレーはどんどん変化していく。そして最初とは全く違うものに変わり、更に変化し続けている。
ここには、世界中の情報を検索出来る端末がある。
彼等は面白がって、何でも練習した。そして全て出来るのが、同じ人間がしている事なのだから当然だと思っていた。
そんなこと通常では、絶対に あり得ないのに。
猫達はいつもそれぞれの主人の傍にいる。
そして主人の望みの全てを『補助』して来た。主人達の望みを叶えるためには、それこそ何でもした。
そして、自覚もなくやり過ぎた。
AD2152年・九の月三日
トーラは十三歳、リーナスは十二歳、エミールは まだ十一歳。
明日、この部屋から外に出ることができる。
三匹の猫は、ワクワクが止まらない三人を見て溜息をついた。
「ハァ」「こんな当たり前の事がこの方達には判らないのでしょうか」
「言わないと いけないのでしょうね。このままじゃ大恥をかきますもの」
「そうだよね、はぁ」
「今日こそ言っておかないと」
「彼等ならこのまま飛び出してしまうかも知れないわ」
「それはとても良くないわよね」
「人間だからね」
エミールが、深刻そうに話し合っている猫達に声をかけた。
「何か問題でもあるのかい」
三匹が一斉に振り向いた。
「あります!」
「大問題です」
なになに、とリーナスとトーラも寄って来た。
「あなた方は、もう……。外で着る服のこと、ちゃんと連絡されましたか」
「……え」
三人は、外では服を着なければならないことをすっかり忘れていた。
三人がこの隔離室から出るのは一週間後に延期された。