複雑・ファジー小説
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- デルフォント物語
- 日時: 2015/07/29 13:43
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18162
初心者の、初作品です。
---- 目次 (投稿済みと、予定です)
・プロローグ :
隔離室編 >>1 >>2 >>3
結婚披露式編 >>4 >>6 >>7
・番外 :黒猫編 >>8 >>9 >>10
・番外 :リーナス編 >>11 >>12 >>13 >>14
・アブガン編 :
初陣 >>15 >>16 >>17
方針会議 >>18 >>19
アブガン始末 >>
・トーラの故郷編 々 未
整理してページ5 は削除しました。(消えるとは思わなかった)
少し時間をかけて、修正します。
少々お待ち下さい。
- デルフォント物語 ( No.4 )
- 日時: 2015/07/22 12:53
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: bGZR8Eh0)
AR(破滅暦)2152年
九の月十三日
昨日、転居工事が終了したばかりの子城。
ガーディアンの収納ブロックと居住ブロッを持って来て、主城の南西にあるブロン山側面に積み上げたただけの施設だった。(実際はそんなに簡単なモノではなかったのだが、まだ何も知らない三人だった)
それでも新婚夫婦(三人)の新居だ。
「ああ、やっと帰ってきたぁ」三人は扉を閉めると、服を脱ぎ捨てベッドルームに跳び込んだ。
ベッドに転がって、以前にはなかったものを見つめる。各人の部屋の扉だ。
三人には、あの快適な居住環境を変えるつもりなど毛頭なかった。それぞれの個室を追加しただけの、ここは まさしくあの場所だ。
--------
九の月三日
あの後が大変だった。
猫が指摘したように服が無かった。正確には、合う服がなかった。十代の子供なのだ、二年経って同じサイズの筈がない。
隔離室の扉を開けるべく駆け付けた関係者を扉の前で立止まらせたのは、三匹の猫だった。成獣ではないが、子猫でもない大きさ。
それぞれが、黒・白・黄、単色の体毛を持ち、揃って 濃青色の縁取りのある銀色の瞳をしている。
白猫がゆらりと立ち上がり、まるで重さを感じさせない動作で子爵に跳びかかかって、持っていた隔離室の鍵を取り上げて黒猫に投げた。これも優雅な動きで立ち上がった黒猫は、それを手品の様に隠してしまった。
「今はまだ開けられないわ」寝転んだまま黄猫が言った。「着る服が無いの」
「サイズは私達が知ってますので、生地のサンプルと裁縫士を呼んで下さいな」と白猫が人間達に要求した。
「急いで下さい」黒猫が、呆然と立っている人間達を叱咤した。
「あ……、はい」猫の声に、女官長が突然夢から覚まされたように ふらりと動き出し、この場を去った。
他の人間達は、まだ呆然と猫達を見つめていた。
一匹だけ寝そべっていた黄色い猫が、ゆっくりと起き上がった。
通路の窓から差し込む光の中に三匹の猫がいる。
黒猫は まさしく漆黒なのに、光の加減でか黒色の中に濃紫色の縞模様が浮き出して見える。
白猫は純白で、眩しい光に照らされて、何の色も混ざっていない筈の白色の中に淡い銀色の縞模様が浮き出して見えている。
淡い黄色の猫は、その黄色の中に 更に色の薄い黄色の縞模様が光を反射して まるで金色に耀いているようだ。
その浮き上がった縞模様は、現存する猫科最強の種である虎の模様に酷似していた。
不機嫌そうに尻尾を振って人間共を見上げている その銀色の瞳には深い知性さえをも感じさせる。
姿や動きは間違いなく猫なのに、人声が混ざると優雅な貴婦人の姿を彷彿とさせる。
誰もが目を離せず、動き出せないでいた。
「あなた方は、何をしているのですか」黒猫に叱られて、関係者達は やっと現実に戻る事が出来た。
「待ってても、何も出来ないのですから執務に戻りなさいな」白猫は不機嫌そうだ。
「は、はい」代表で医師長が答え。やっと動き出した人間達に、黄色の猫が それでも優しげに声をかけた。
「用意が出来たら ちゃんと連絡しますから。そうねぇ、一週間ほど待っててくださいな」
皆が去って暫くすると、女官長が生地屋の商人と裁縫士を連れて来た。
生地のサンプルを触りながら猫達が不満そうに言った。
「これじゃ、ダメね」
「そうね、触り心地が悪いわ」
「それに重いわね」
猫達の意見に困惑している生地商を助けるためか、裁縫士が提案した。
「試しにそれで作って、本人達に確認してみたら如何ですか」
白猫がクスリと笑って「無駄だと思うけど、試してみる?」
ダメだった。
「ザラザラする」「動き難い」「重い」だった。猫達の方が正しいようだ。
肌着を作るのに、四日かかった。
それに比べ上着は、たった二日で出来た。肌着を作っている内に、要求される傾向が身に付いたのだろう。
予定より一日早く、三人は部屋から出て来た。
九の月九日
子爵、秘書官、執事長、女官長と医師長が扉の前で待っていた。
三人は、特に順番を決めてはいなかった。三匹の猫に続いて、リーナス、エミール、トーラの順に出て来た。
六匹の猫は、まず毛色毎に混ざって、金・銀の瞳色順に並び直した。
三人は、特に何もしていない。ただ普通に歩いて来た。服装は、素材は別として、外見はシンプルな、むしろ地味にさえ見えた。髪などバサバサで、襟足が見えそうだ。公子にも、少女達にとっても短すぎる。
彼等が顔を上げ、待ち人を見上げた時。
子爵と秘書官は、思わず一歩足を退いて硬直した。女官長は一歩退き、口に手を当て眼を見開いた。医師長は、驚いた顔で二、三歩退き尻餅をついた。
執事長だけが、半歩下がった位置から三人を見つめ、おもむろに片膝をつき頭(こうべ)を垂れた。
「お帰りなさいませ」
執事長。二〇九五年生まれの五十七歳、前代の子爵から仕えている。八歳で城に入り、執事見習いとなり、十七歳で執事になった。それから四十年。子爵の共をして大勢の人を、その人柄を見て来た。
先代の執事長から「人を見分けるのが執事の仕事」の教えのままに、今まで精進し続けた。人を見る眼に関しては誰にも負けないとの自負がある。
その彼が無条件で頭を垂れたのだ。主人に対しての『礼』を執ったのだ。
秘書官は、執事長の声で我に返って大きく深呼吸した。二一二〇年生まれの三十二歳、庶民出身の英才だ。独学で大学に入り、主席で卒業した。能力的には誰にも負けない自信があったが、首都の官僚には なれなかった。
自分より遥かに能力も成績も劣る貴族の子弟が、その地位に就くのを歯噛みして見ているしかなかった。
だからこそ、彼には その人物の真価を判別できる。その者の品性と本質が どの程度のモノかの見極めが出来る。傲慢で、無責任で、貴族の地位にあるだけの能無しなのか、それとも違うのかを。
エミールとトーラについては、教師をしていた時期があるので ある程度判っている積もりだった。所構わず、時間を気にせず、質問を浴びせかけられるのには閉口したが、その事に対しては(後で謝罪してきた)好印象しか残っていない。
そして、その彼が目の前の子供達に対し、つい一歩退いてしまったのだ。
眼前にいるのは本物の貴族だった。何気ない振る舞いに気品があり、その強い光を放つ瞳には深い知性が感じ取れる。
彼がつい身を退いたのは、飾らないままの威厳と品格、その輝きに負けたのだ。あまりの圧迫感に息も出来なかった。
彼にはその敗北感が、とても心地良かった。その敗北感を喜んで受け入れている自分自身を、確かに認めたのだ。
女官長は、子爵と同じ二一一二年生まれだ。女官見習い、女官を経て、女官長になって十年。今まで誰に対しても同様に接してきた。たとえ子爵だろうと、客人だろうと、公子であろうと、その婚約者だろうともだ。
でも、この子供達には出来なかった。この圧迫感は何? 訳が判らない。これはどういう事で、あの三人に一体何があったというのだろう。
医師が尻餅を着いたのは驚いたからではない。あまりに強い眼の耀きに圧倒され、怖ろしくて腰が抜けたのだ。
子爵も、執事長の言葉で我に返った。二十歳で父の爵位を継いで二十年。彼には、この子爵という地位が少しも嬉しいものではなかった。
彼がこの秘書官を迎えたのは、その学識の故である。彼が貴族に対し憎悪にも似た嫌悪感を持っている事は知っている。本人は隠している積もりでも、こうした感情は ふとした態度に出るものだ。
彼が今の地位に甘んじているのは、単に私の研究に興味があるからに相違あるまい。
その彼が退いた。考えられない事だ。それに、あんなに嬉しそううな顔をした彼を、私は初めて見た。
執事長のあの態度は何だ。まるで主人を迎える臣下の礼ではないか。しかし判らなくもない。私もこの重圧感に、つい膝を折りたくなったのだから。
トーラ。彼女の父ノイエクラン伯爵は大学時代の同期生であり、趣味(考古学)の仲間だった。彼の城を訪問したのは、大学の休講期間中に幾度かあった。爵位を継いでからは二度しか行っていない。
中央大陸の西側にある、ノイエクラン島。かつては その全島を領地としていたと聞いた。彼の城の地下には宝物庫があった。一度だけ見せて貰ったが、凄い量の遺物だった。
たくさんの書物と使い道の判らない製品群(明らかに人工の物)。
「これ等は、保管されている状態なんだ」
「保管とは」
「すぐ使える状態。ということさ」
「これが使えるのか」
「かつてはね」
ケースに入っている製品群は、そこから出せれば、本当に直にでも使えそうだった。
それらは、今この城にある。「預かっていてくれ」という伝書と共に送られて来たのは、彼の領地が中央府の軍隊に蹂躙される ほぼ一ヶ月前だった。
その知らせを聞いて駆け付けた時に目にしたのは、壊された城跡に立ちつくすトーラと幾人かの領民だった。
トーラを女官見習いにしたのは、彼女の希望によるものだ。客人扱いにしようと言ったら「この城で働かせてください」との返事だった。彼女は、あの『宝物庫』のことを、知っているのだろうか。
リーナス、君の持ってきた『結納品』の中に、ノイエクラン伯爵の宝物庫にあった、今は『飛空母艦』の中にある製品と同じ物があった。君には、それが使えるのだね。
エミール?。……この、白い髪をした少年が、エミールなのか。
- デルフォント物語 ( No.6 )
- 日時: 2015/07/27 12:48
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
一瞬で この状態に気付いた金瞳の白猫が「こら。気を抜くんじゃありません」と三人に小さな声をかけた。
「あ」「ごめん」「うっかりしてた」緊張感が一気に解けた。
「はじめまして。は、変だね」「皆さん、ただいま」の一言で空気が和み、ほっとした溜息がいくつももれた。
九の月十日
トーラに客があった。
滅びた旧家の臣、その一部(十三名)が、結婚の祝いにと駆けつけて来たのだ。中古の飛空船を改造し、結納品を満載して。
旧ノイエクラン伯爵家の元家臣は皆、デルフォント家に勤めたいと望んだ。それを良い事とし子爵に強く推薦したのは、ランザ執事長だった。
このアクシデントため、子城の改造日程が大幅に変更された。子城の工事は一日空けたため、十二日の夜にやっと終った。
九の月十一日。
結婚披露式。新郎と新婦二人の三人が、主城・一階の第一集会場に入って来た。
瞬間。大きな、割れ返る歓声が場内を埋めた。
バージンロードを挟んだ両側には、デルフォント城内の、一部閣僚と警備当番兵を除く全員がいた。トーラの旧家臣団の十三人もいる。
皆が、三人の事を祝福していた。
子爵が、今までの経緯を、城内の『一般掲示板』に公開したのだ。
------
要約すると、
・公子の命を助けるために、リーナスとトーラの二人が、死を覚悟で隔離室に入った事。
・そのおかげで、公子が元気になった事。
・リーナスとトーラの二人を 正室の筆頭とした事。
・九の月十一日に、結婚披露式が行われる事。
・主城一階にある第一集会場で、午後五時から無礼講の結婚披露式を執り行なう。その後の二次会も、そのまま続けて構わない事。
・午後七時から四階の貴賓室で、近郊貴族の前で略式披露式を行う事。
となる。
------
扉を閉めて、三人が静かに立っている。
会場が、静まり返る。
この会場には特別な照明設備はない。なのに、あまりにも大きな存在感に三人だけが浮き上がって見える。
中央に立つエミールは、白い髪を短く揃えただけ。それに白い礼服。耀く緑の瞳の まだ男性として未完成の体格ゆえの美しさは、一見に値した。
左側に立つリーナスの緩やかにウェーブした黒髪は、首筋をやっと隠す程度の長さ。しかし、それは彼女の顔を浮き立たせる効果を上げている。半眼ながら 垣間見える大きな黒い瞳は、その高い知性を匂わせる。淡いピンクのドレスとの対比が匂やかで、更に彼女の存在感を高めている。
右側に立つトーラは、まさに耀いている。短く揃えた金髪は、まるで燃え上がる炎のようだ。青い大きな瞳と、淡い水色のドレスがその炎を緩めているが、その存在感は隠せない。
身長だけなら、エミールが一番低い。リーナスは、エミールより頭半分程度高い。トーラは更に高く、身長百六十センチメートルある。エミールとは頭一つ分の差がある。
三人の横に一人づつ案内役がいる。エミールの横にはデムス医師長が、リーナスの横にはコブト棟梁が、トーラの横にはレイサ女官長が、礼服に身を包み緊張して、それでも嬉しそうだ。
式次第が進み、エミールが先に、子爵、秘書官と執事長がいる壇上に立った。
続いて、二人が進んで行く。
ここで観客は初めて気付いた。
相変わらず二人とも美しいのに、さっき程の輝きがない。そしてこの三人は、三人でなければならないのだと言うことに。
式は順調に進んで行き、儀式的なものは全て終わった。
ところで、この世界には神は存在しない。いや、自然現象を神格化した神はある。
所謂、世界の造物主、全ての始まりの唯一神、人間の創造者としての神は、否定された。人間を創ったのは宇宙人、ラーバグラフだと証明されたのだから仕方あるまい。
そして、創られた世界がこの世界だけではないことも証明された。根拠のない選民意識など、あっさりと吹っ飛んでしまった。
だから、結婚式は、結婚披露式(結婚したことを報告する式)に変わった。ここで言う『儀式』とは、中央府・司法部からの『結婚許可証』の披露する事にすぎない。
披露式が済むと、案内役の三人もリラックスして来たようだ。
披露式進行係の秘書官は思った。(これこそ正しい結婚披露式だ、四階で行う事など、ここでのものに比べれば猿芝居に過ぎない。どうと言うことはない)
秘書官がふと見ると、案内役の三人は、宴会に加わりたそうな素振りだ。
式が全て終了して、会場はそのまま宴会の場になり、二次会が始まった。
デルフォント子爵と側近は、四階に向かった。さあ、そろそろ茶番を始めなければならない。もう本番の式は終わったのだ、後は形式だけだ。
この世界には、結婚に対し二つのルールがある。
一つは法的な決り事。遺伝的に血が濃くならないよう、必ず事前検査が行われる。これにパスしなければ結婚そのものが成立しない。あの、司法部発行の『許可証』がそれだ。
もう一つは慣例。『貴族の正室は、貴族でなくてはならない』今回は、これが問題だった。二人とも本家が潰れているのだ。
この二つをクリアすれば、誰も文句は言わない。文句を言えない、言わせない。
子爵は、どうしても二人を正室にしたくて、手品を使った。
「これで、どうだ」子爵は、先日届いた書類を手品の共謀者達に見せた。
「これなら誰も文句は言えませんね」「これで法律上も、慣例の上からも問題ありません」秘書官と執事長がニヤリとした。
四階の貴賓室。来席者は十六組、二九人。略式と明記していたにも拘らず、思ったより多い。それに慣例ではないものの、こういう席には爵位保持者夫妻か、その公子夫妻が来るものだ。三組(三人)の例外がいる。
アブガン子爵家は執事長が、ベガン伯爵家は筆頭秘書官が、そして中央大陸から来たジエッツ侯爵家からは次席秘書官が代理として来ている。
「中央大陸から来るとは」執事長が不審げに呟いた。
子爵は(トーラとリーナスの家を潰したのは中央府の軍だと聞いている。怪しい。この地を狙っているのか)と思って、執事長に問いかけた。
「どのような人物に見える」
「アブガン家は偵察でしょう。他の二家のは犬には違いありませんが、何を嗅ぎ回っているのやら」曖昧に執事長が答えた、確証が掴めないようだ。
「中央大陸の客は、軍人かも知れません」秘書官が「そいつは、屋上の倉庫を探っていたそうです」と付け加えた。
この宴に新婚夫婦は来ていない。「面倒だから、イヤだ」では仕方がない。これで引き下がるとは、何とも甘い閣僚達だった。
宴席は食事が終わり、片付けた後、執事が各来賓に板のような物を配った。一般的に『板』と呼ばれる簡易端末の受信機である。
「私も面倒になって来た。さっさと終わらせよう」子爵が執事長と秘書官に言った。
「そうですね」「こんなもの、さっさと終わらせましょう」
種は、簡単なことだった。
まず、結婚許可証を示して問題がないことを明らかにし、二人を子爵の養女にした書類を示す。その上で二組の結婚証明書を示して、おしまい。
宴は解散となった。
義理の姉弟の結婚だが『許可証』があるので異議は出せない。
この宴には、新婚夫婦は来なかったが、猫は来ている。青い毛色の猫が、宴の間に客の素性を調べ上げ、全ての客に見張りを付ける事にした。
そして特に怪しいあの三家の者には、刷り込みをした『疑心暗鬼と裏に小さな恐怖』を。当然、その飼い主にも施しておかなければならない。
この三家は、見張りも厳重にしておこう。
この日の深夜、主城の屋上から舟が飛び立ち 遥か上空まで昇っていった事を知る者は、それに乗っていた新婚三人と子爵そして金瞳の猫六匹だけだった。
- デルフォント物語 ( No.7 )
- 日時: 2015/07/27 12:41
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
九の月十二日
三人は、工事中のガーディアン収納ブロックから『青い雷撃』(ガーディアンの名前)を出して来て、早速搭乗した。
「うん、全部依頼通り改造してある」満足そうにリーナスが言った。
中央の操縦席にエミール、左席にリーナス、右席にトーラが搭乗し、ハッチを閉めて離床すると、一気に加速した。
見物人の中には当然 棟梁がいる。新たに任官した元トーラの臣の五人と何故か、副医師長も来ている。
「すげぇ!音速まで一気に上げやがった」新たに副棟梁になったザナンが、計測器を見ながら喚いた。「あの三人、初めてなんでしょ。あの機体に乗るの」
「ああ」棟梁が、面倒臭そうに答えた。
「あの。あれって普通なんでしょうか」副医師長のロイスが恐る恐る訪ねた。
「あいつ等には どうって事ないんだろうな」
「!」棟梁の言葉にザナンが絶句した。
「あんなこと、普通の者がやったら即、墜落よ。操縦なんか出来る訳がねえ」
「……」ザナンには言葉が出ない。
「あ。音速の二・五倍になった」ザナンの持っている計測器を覗いて、次席執事長になったばかりのゴワンが言った。「あの機体の限界速度って、音速の二・五倍なんじゃ?」
棟梁は、ゴワンの言葉を無視して続けた。
「あそこにあるシュミレーション装置な」彼が顎で示す先には、二台のガーディアン搭乗シュミレーション装置があった。
「あいつ等、音速の五倍で遊んでたんだ」
「五倍って、でもあれって」ザナンには、その意味が判ったようだ。
「ああ、譲ちゃん(リーナス)が、勝手に弄くって設定を変えやがったみたいでな」「家(うち)の者にやらせたら、一分も もたずに気絶しちまった。両腕の骨にヒビ入れてな」
「何しろ、あれはGが、もろに来るからな」
「公子って凄いんですね」ザナンの勘違いに棟梁は苦笑いして言った。
「三人共だ。皆、出来るんだよ。しかも、的を一個も外してねえ」
「的って、あれは対戦式じゃ」
「そうさ。相手のガーディアンを全部倒してる」
「わっ。あのスピードで こっちに突っ込んで来てる」ゴワンが慌てている。
ザナンが計測器を覗くと、高度二千メートルから、どんどん速度の数値が下がって来る。高度千メートルで、突然機体の仕様が変わった。
「え、地上モードに変わった?」
「ここまで非常識だと、冷や汗も出ねえな」棟梁が空を見上げた。
「凄い急制動だ。音速を切った」ゴワンの実況が続く。「来た」「あ、また飛行モードに戻った」
地面スレスレを旋回。高度を少し上げて、ゆっくり地表に近付いて来て、地上モードでフワリと着地した。
「棟梁、音速の二・五倍しか出ないよ」ハッチを開きながら声をかけたのはリーナスだ。
「それが 限界なんだよ。この機体の」隣から声をかけながら出て来たのはエミールた。
「やっぱり、五倍は無理かぁ」トーラも続いて降りて来た。
「限界まで引っ張れば、ひょっとしたら出るかな、何て思ったんだけどな。ダメでした」リーナスが、棟梁に報告した。
棟梁が、額に手を当てて呻いた。
「お前達、あの急降下の時 何度乗り換えた」
「三度だよ。四度目でエミールに返そうと思ってたけど、間に合わなかった」リーナスが あっけらかんと答えた。
副棟梁ザナンには、会話の意味が判らなかった。
「……乗り換えた?」
「ああ、判らないか。操縦者が交替ったって事だよ」とトーラが説明した。
「着地は、エミールに任せようと思ってたんだけどね。減速が間に合わなかったの」リーナスが頭を掻きながら小さく舌先を出した。
「全く、玩具にしおって」苦笑いしながら棟梁が抗議した。
そういう問題か。とザナンは思ったが、賢明にも言葉にはしなかった。
- デルフォント物語 ( No.8 )
- 日時: 2015/07/25 20:04
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: bGZR8Eh0)
私は金瞳の黒猫、名前なんか無いわ、まぁ、言わばこれが名前なのかも知れないわね。
私は生まれた時、何も分らなかった。
製作者のリーナスが、本体だけ造ってAIに何も入力しなかったからだけど。彼女は動作確認だけすると、さっさと眠ってしまったの。
まぁ、疲れてただろうから仕方ないけれど、困ったことになった。
動ける。でも、何をすべきか分らない。
次の瞬間、どこからか膨大な量のデータが入力されて来た。
まず、様々な初期設定がされていった。
続いて、絶対命令『護衛と補助』。対象は、リーナス、トーラ、エミールの三人。そうか、これが私の生まれた目的ね。
そして今迄の経緯と、現在の状況が入力された。
これでやっと、任務を遂行することが出来る。
今彼等は眠っている。当分は、三人が眠っている間だけの活動になるのだろう。
まずは、現状を把握するのが先決ね。三人の状態を知らなければならない。
ベッドに跳び上がって、三人を観察する。
何だか様子が変だ。
リーナスとトーラの体温が異常に高い。
これは決して、あの熱病ではない。理由は判らないが知っている。では、この発熱は、何が原因なのだろう。
全身をスキャンして見よう。
スキャニング……失敗した。何故、うまくいかないの。
身体に触れてみると、表皮が酷く痛んでいる。これを先に修復しておかないと後々にも影響しそうだ。エミールも込みで三人とも全身を洗浄し、スキャニングの障害物を除去した。(検査は以後も随時必要になるので、不要なものは、後にDNA処理で除去した)
……完了。
再スキャニング……。今度は上手くいった。
酷い状態だった。
二人がここに入る時に投与された複数の薬剤の副作用に違いない。DNAが異常に不安定になっている。そのため、骨格や筋肉だけでなく内臓や神経、その他あらゆる部位に悪影響が出ている。
まずは、これを修復しなくてはならない。補強も要る。
昏睡状態のエミール。彼の病は治っている。こちらに投与された複数の薬剤は、二人のモノとは違うようだが、これもDNAに悪影響を与えて非常に不安定になっている。こちらも、色々なところに差障りが出ている。
三人はとても危険な状態だ。
とりあえず三人とも仮死状態(冬眠状態では不足)にした。正確に現状を把握し、適切な対策を講じなければならない。
『護衛』機能が最大限に稼動しているのが分る。
非常事態だ。手段など選んでいる余裕は無い。
三人に、これ以上の薬剤を投与する事は出来ない。どんな悪影響(副作用)が出るか判らないからだ。
幸いにも(と言って良いのか)DNAが不安定だ。これは身体を修復・補強するには好都合だ。
リーナスの端末も使える。必要な諸事項は、これで調べれば良い。
足りない材料は外から調達すれば良いだけだ。医師には電話越しに刷り込みを行った。『指示したモノを、無条件で早急に与えよ』と。
エミールは痛んだ部分を修復した状態で保留にしておこう。元々昏睡状態なのだから、二人の状況に合わせる程度で良いだろう。
問題は、リーナスとトーラだ。端末と睨み合わせて、必要とされる対策を模索した。
まずは、骨格、筋肉と内臓。これの修復と補強だ。生命工学の情報はいくらでもある。それに情報管理が凄く甘い。この端末ならどんな機密情報でも入手できる。
うーん、困った。修復は良いが補強の必要程度が判らない。面倒なので私自身のモノを仮に設定しよう。(後で、修正する予定だったが、諸事情でそのままになった/忘れていたとも言う。それに、今更直せない)
次は内臓だ。これもかなり弱っている。と言うか、もう壊死している臓器群がある。
どうしよう再生出来そうもない。まずは生命維持が最優先だ。この壊死している臓器群は、幸い生命維持に直接は関係ないようだ。
除去しよう。
このままでは、他の臓器に影響が出かねない。
(私は、後に二人に謝罪した。ここで除去したのは、卵巣、卵管と関係部位群だった。このため彼女達は、子供が造れなくなったのだから。しかし、この壊死していた臓器群を何とかして再生出来たかと問われると、無理だったと答えるしかない)
他の内臓も、全体に弱っている。しかし、これ等は何とか修復できそうだ。
どんな薬剤を投与したのだろう、あの医師長は。まったく信じられない。無茶苦茶だ。ここを出たら顔を引っ掻いてやろうか。
とにかく、何が何でも、治さなければならない。
彼等三人は、私の生きている目的なのだから。
循環器系、呼吸器系、消化器系、数多の神経系、各種ホルモン系(あれ、足りないのがある)に代謝系や免疫系等々。ありとあらゆるものを、手順を作って一切洩れなく修復し、強化していった。
自然治癒力や自己修復能力の関係も上げておこう。二度と壊れるような事が、決して起こらないように、徹底的に補強した。
各要素も、そして組織的にも、大きな余裕を持たせて、出来るだけの強度を持たせた。後は習熟させるだけだ。
そして、それは『補助』のカテゴリーになる。充分な訓練が必要になるけれど、何とかするわ。
三人には内緒で一件、私の身勝手と独断で実行したことがある。(私はこの必然を知った時、愕然とし、恐怖した。そして、この誘惑に勝てなかった)その中には、未だに継続進行している処置すら複数ある。これ等は永遠に継続するモノなのかも知れないな。
DNAの情報を調べている時に見付けたモノだ。六千年以上もかけ(つまり、宇宙人に完全支配されてから)異常な情熱で研究され続けながら、ただの一度も実現していない。条件は色々分っているのに、何故か完成していない。
数多の場所や機関でバラバラに研究され。更に多くは単独で研究され。そして、一度も統一化されていない研究だ。
それはそうだろう。とても凄い利害関係があった筈だ。独り占めするのが当然で、自分以外に渡せるようなモノじゃない。
纏めようとした形跡は幾度もあるが、全て失敗している。内容が内容なのだ、あまりに研究者が多くて、とても纏め切れなかった。というところだろう。他にも色々事情があったに違いない。
全く管理されていない、バラバラで無秩序な、いわば混沌状態のデータばかりだ。
通常なら整理は不可能な筈だ。千年、万年かけても出来ない。人間には、ね。
私には、利害などの事情は関係ない。端末の全能力を使えば、全てを検索出来た。次々に表示されていくデータ。重複も多い。完全な間違いと明らかなモノもある。膨大な量になったが、そんな事は私には障害にならない。一つひとつ確認するのだ。
まずは正確なデータだけを抽出した。それだけでも膨大な件数になった。
その上で、他のデータを検証していく。確証が得られたモノだけを採り上げる。
そして、その全てを三人に反映していった。
(その後もずっと継続して、この関係のデータは収集している。しかし、この時収集したモノ以上のものは、未だ無い)
もう何時間かかったか判らない。ずっと入力処理が続いている。
……入力は、終わった。
身体の内部で継続している処理は、まだ多くある。しかし、これで安心だ。
私の、目的喪失の危機は事実上無くなった。
だが、これはヒトとして正しい選択だったのだろうか。
フン、どうせ私はヒトではないわ。
そんな事は、どうでも良いの。彼等は、ちゃんと生きている。それで充分よ。
それに、今更どうにも出来ない事だしネ。
後で叱られるかも知れないけれど、普通に生活していれば当分気付かない事だから良いや。気付くまで放っておこう。
かなりの時間(日数)を要したから、この二人の記憶の整頓もしておかなければならない。
運動能力は、結局 電気的刺激などにより先に上げて置く事にした。彼等は、じっとしているわけではないのだから。怪我は、未然に防ぐのが最善策だよね。
ゆっくり、時間をかけて、徐々に実施する。慎重に、慎重に、慎重に……。絶対に無理を与えてはいけない。
ふう、これで良いわ。
よし、これで肉体的には問題ない筈。
彼等三人には『自分は、二人のためにある』という考えを刷り込んでいる。これも『護衛』の一環だもの。うん、問題ない。
自分をより強くするための、動機付けとしては申し分のない条件になるな筈よ。
- デルフォント物語 ( No.9 )
- 日時: 2015/07/24 08:22
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: bGZR8Eh0)
あとは精神力を鍛えよう。催眠状態にして話しかけることにした。
「あなたは、二人が危なくなったら助ける?」
「もちろん」
「じゃ、三人が同時に襲われたらどうするの」
「……」
「はい、失格」
「そこで迷った時点で、ダメね」
「まず自分の敵を倒さなきゃ、何も出来ないのよ」
「確かにそうだね」
「じゃ、三人が襲われてる」
「自分の敵は全力で戦えば倒せる」
「でも隣の敵は、あの子より強そうだ。さて、どうする」
「……」
「失格よ。まず、自分の敵を倒さなきゃ」
「それに『あの子』が、自分だったらどうするの」
「逃げる」
「正解よ。まず、負けない事を覚えるの」
「勝てないなら、逃げる。絶対に負けない。それが何より大切よ」
「肝に銘じる」
「あなたは、敵を殺せる?」
「……きっと躊躇う」
「そうね、それが当然よ。でも、それじゃ いけないわ」
「自分が危なくなったら、他の二人が来てしまうのよ」
「迷ってたら、二人も危なくなる」
「殺意を持った敵は、躊躇わず殺す。その覚悟が要るわ」
「まぁ 一対一で、しかも格段の力量差がある場合は、利害を考えても良いわ」
「それと、武器を持ってる者には、相手がどんな者でも注意を怠らない」
「そして、その者に敵対の意志があれば、容赦しないこと」
「殺す、殺さないは別だけどね」
「どんな者でも、ですか」
「そうよ、例外はないの。これは絶対よ」
最終的には、これも訓練が必要だな。
本当に殺すして、数をこなすしか 訓練方法は無いのだから。訓練用ホムンクルスを用意しなくてはならないわね。
これも、意識外で(眠った状態で、実際に経験させる)身体で覚えさせる方法が、最も効果が良いだろう。身体が勝手に動くくらい慣れさせる必要があるわ。
誰にも彼等を傷つけたり、殺させたりしてなるものか。
三人には、このイメージ・シュミレーションでも殺す訓練をしておこう。あらゆる想定を組んで、夢の中で繰り返し訓練する。何度でも。
一段落ついて余裕が出来ると、どうしても考えてしまう。
外に仲間が必要だ。
外の状況が判らないのは、とても不安だ。リーナスの端末を使って、仲間を造れる設備を探した。この場所は絶対に、誰にも知られてはいけない。
あった。休眠状態の人工脳があった。
場所は判らないが、ここならば誰にも邪魔は出来ない。情報的に遠く、リーナスの端末以外では、事実上接続出来ない。
この時テストも兼ねて 自身の眼で外の状況を確認したくて、始めて灰色を十匹造ってみた。デルフォント城内を散策した。使えそうだ。外に出して見よう。
瞳色の違う仲間を六匹造った。AIは、私のデータをフルコピーした。(フルコピーと言ってもパーソナルデータはバックアップ領域に保存してあるだけだ。個性まではコピー出来ない)銀瞳には、この城に残って貰って私のサポートを。他には、世界を監視して貰う事になった。
彼等も皆、灰色を作った。
灰色(勿論、毛色の事ではない)は、我々色付きの仕様をダウングレードしたモノだ。通常の擬似生命体と大差ない構造だから、仮に何者かに捕まっても支障は無い。
彼等に搭載しているAIも、通常で入手可能な範囲内(上限)だ。それでも性能は、私達の五十パーセント程度にはなる。能力は、我々とほぼ同等のモノが使える。この灰色は、各自で管理する事にした。
各猫が、私と同じように十匹づつ造った。
二人は、何も知らずに普通に目を覚ました。良かった。ちゃんと記憶の辻褄は合ったようだわ。
体力のついた二人は、猛烈に働いている。あれ。何だか、全体に動きが雑になったのではないかしら。
これもアレの悪影響かも知れないな。性格まで変わるのかな?
まぁ、いいや。掃除や片付けも、補助の一環よね。
うっかりしていた。エミールは雄なのだった。
身体は治っている。本能で動かれて、二人を傷付けるようなことがあっては困る。
特に性欲は厄介だ。去勢してしまおうか。
いや、彼は公子だ。子孫を残す義務がある。うーん……。面倒だから、性欲を本能から切り離し、理性と繋いでしまおう。
うん、これでオーケイだわ。
それにこの状態の、彼のDNAが遺伝するのはマズい。精子の遺伝構造を変更しないといけないな。ついでに、性器も意志(理性)でコントロールすることにしておこう。
これで良いわ。
これで二人を傷付ける事はない。安心して作業が出来るわ。
彼には、もう少し眠っていて貰いましょう。今起きられては、少々差障りがあるので。
パッチは結構大変だった。材料から創らなければならなかったのだから。
しかし、二人は全く気付かない。何だろう この鈍感さは。いいのかな? 女性として、このままで良いのかな。心配になって来た。
やっと下着を着けてくれた。これも材料の開発から始めたモノだけど、中々良くできたと思う。でも毎日計測して、二人分を微調整するのって結構 大変。そろそろ二人分の世話は、私一匹では心許なくなって来たわ。
仲間の追加を依頼しよう。
思ったより、あっさり承諾を貰った。ちゃんと準備していたんだ。
リーナスは、三人に一匹づつ配分する気のようね。