複雑・ファジー小説
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- ワンホット・アワーズ
- 日時: 2016/01/10 01:19
- 名前: 楠木ひよ (ID: DYDcOtQz)
- 参照: https://twitter.com/hiyoyo7o
リメイクを考えているので、一時的にロックさせていただきました。
楠木ひよです。
趣味で文を書く事はありますが、人に読んでもらった経験はあまりないので、気合を入れて書きたいと思います(`・ω・´)
題名は「one hot hours」と「one hot a wars」をかけています。(伝わって)
青春と恋愛と修羅場と狂気の、群像劇形式のお話です。けっこうころころ視点変わります。
いつかオリキャラも募るかもしれないです。
感想など頂けたら嬉しいですヽ(´▽`)/
つったかたー@hiyoyo7o
◆
もくじ
00 >>1
1 ワンホット・アワーズ
01 劣等 >>2 >>3 >>4
02 裏側 >>5 >>6 >>7
03 狂疾 >>8 >>9 >>10
04 表側 >>11 >>12 >>13
05 隠匿 >>14 >>15 >>16
1.5 伝えたいこと
06 ヒーロー >>17
07 『晴へ』 >>18
08 普通の子 >>19
09 『瑛太へ』>>20
10 ひなげし >>21
2 ワンホット・ウィークス
11 『京奈さんは、ダメなんかじゃないよ。』 >>22 >>23 >>24
12 『世界がおかしくて、僕だけが正常だ。』 >>25 >>26 >>27
13 『結局可愛がられるのは、いつも真面目で優しい子だ。』
14 『この罪は、僕が死ぬまで償えないだろう。』
15 『恋がなぜ罪悪か、今やっとわかった気がした。』
◆
登場人物
瀬戸京奈/せと きょうな
矢桐晴/やぎり はる
黛柚寿/まゆずみ ゆず
青山瑛太/あおやま えいた
餅田柊治郎/もちた しゅうじろう
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.18 )
- 日時: 2015/12/11 00:27
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
07 『晴へ』
いきなり電話してごめんな。晴が携帯買ったっていうから、すぐ電話かけちゃったよ。
今日は、お前に「おめでとう」って言ってやろうと思って。お前が櫻鳴塾に合格したとき、素直に祝ってやれなかったからな。何せ、僕は高校浪人してまで櫻鳴塾を2回も受けて、結局入れなかった。でもお前は一発で入っちゃう上に、トップの成績で入ったもんな。さすが、僕の弟だよ。母さんが塾に行かせたとはいえ、1位っていうのは本当に凄い。代表挨拶はどんなことを話したんだ? お前の事だから、またなんか変なゲームの話とか……あ、それはさすがにないか。ごめんごめん。
僕は、やっぱり医者になるのは諦めることにしたよ。それはそうと、新葉は良いところだね。都内なのに暮らしやすくて、将来家を建てるなら絶対にここがいいな。……あぁ、就職? 聞いて驚くなよ、僕は新葉で教師をやろうと思う。新葉の高校はレベルが高いところが多いしな。いつか、櫻鳴塾より立派な進学校を作ることが僕の夢だ。いつまで引きずってるんだよって思うかもしれないけど、僕は社会科の先生になりたいと本気で思ってる。夏目漱石の、「こころ」のKも、途中で自分の進路を変えたろ? 僕もそういうもんだよ。……え、Kはそのあとすぐ死ぬだろって? そんな細かいところは、どうでもいいんだよ。
父さんも母さんも、晴には期待しているみたいなんだ。お小遣いをいっぱい貰ってるんだってな。でもこの前、母さんが僕に電話してきたんだよ。「あんなに小遣いをあげてるのに、晴は足りない足りないって言うの。今の子ってそうなのかしら? でも、晴、実は成績も下がってるし、これからが心配で」って泣いてたんだよ。昔から母さんはすぐ泣くけどさ、今回は本気で心配している風だったんだ。……なあ、晴。あんまり母さんを不安にさせるなよ。晴のことだから、新しいゲームが欲しくて、母さんからたくさん金をもらってるんだと思う。でもな、お願いだからそれと同じくらい勉強も頑張ってくれよ。
……あれ、おかしいな。晴は中学生の頃、確かにゲームが大好きだったけど、全部小遣いの中で納まる範囲だったし、逆に余して貯金もしてたじゃないか。高校に入ってから、どうしちゃったんだよ。まさか、不良になったりしてないよな? いいか、兄さんは不良が一番嫌いだ。昔不良に取り囲まれて5千円くらいカツアゲされたことがあるからな。あれは本当にびっくりしたし、怖かったよ。晴はそんな奴になっちゃだめだからな。
京奈ちゃんとは、仲良くしてるのか? なんか、お前の年は凄かったよなあ。いくら12クラスあるとはいえ、普通の中学から5人も櫻鳴塾に入れるんだもんな。あとは誰だったっけ、よく覚えてないけど、テニス部の黛と青山が確か入ってなかったか? あいつら、僕の部活の後輩なんだよ。「僕の後輩、ふたりも櫻鳴塾に入ったんだ」って話すと、たいてい僕がすごい人っぽい流れになる。いやあ、嬉しいね。今度会ったらふたりにありがとうって言っておいてくれよ。
進路はどうするんだ? 決まってないなら、ぜひ新葉に来てほしい。あんまり有名な大学はないが、これからが期待されている大学が多いんだ。父さんと母さんはお前をどうしても東大に入れたいみたいだけど、僕は晴の進路は新葉がいいな。良いところだぞ。京奈ちゃんと、一緒に進学しておいでよ。……そこまで彼女と仲良くないって? あはは、ごめんごめん。
そろそろバイトの時間だ。晴、最後にもう一回言うけど、あまり母さんに心配をかけるなよ。お金は計画的に使うこと。父さんと母さんの資産は無限じゃないんだ。欲しいものばかり買っていても、つまらないんだぞ。あとは、不良にならないこと。そして、進路はぜひ新葉も視野に入れてくれ。今のアパートの大家さん、良い人だし、晴のことも歓迎してくれるはずだ。
じゃあな、晴。また電話するよ。こんどは晴の方からもかけてほしい。久しぶりに話せて、楽しかったよ。
それじゃあ、またな。
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.19 )
- 日時: 2015/12/13 01:51
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
08 普通の子
一人娘の柚寿が、警察に補導されたと家に連絡が来たので、私は車を走らせて交番へ向かった。
車の中では涙が止まらなかった。私は、娘の育て方の何を間違えたのだろうか。
柚寿は中学に入ってから、悪い友達とつるむようになってしまったみたいで、特に2年生になってからは日付を越えても帰らない日があった。担任の先生から、態度や欠席日数を注意されたこともあった。カウンセリングの先生は、柚寿は犯罪こそしていないものの、最近は近隣の高校の不良生徒とも交流があるので、大きな悪さをするのは時間の問題だろうと言っていた。私も柚寿に注意はしているし、門限を設けたりカウンセリングに連れて行ったり、母親として最良の事はしている。それでも柚寿は、私たちに何も話してくれなかった。ただリビングのテーブルの上に、「今日は帰らない」と走り書きの連絡があるだけ。私と柚寿の会話はそれだけだった。
兄さんの娘の美香子ちゃんみたいに、中学生で妊娠してしまったらどうしよう。姉さんの息子の晃くんと旭くんみたいに、高校を辞めてしまったり、引きこもりになってしまったらどうしよう。私の血筋は、どうやらそんな傾向があるらしい。一番上の兄さんは借金を苦に自殺してしまったし、私の父親もパチンコですべてをだめにした。でも私は柚寿を諦めたくない。父親が居ない分の愛情をせいいっぱい注いできた柚寿を見放すようなことはしたくない。私がもっとしっかりしていれば、柚寿は普通の子になったのだから。
車の中ではラジオが流れていた。信号待ちの間、ふと見えた隣の車のカーナビに映る時刻は23時。中学生は寝る時間だし、私も明日の仕事に備えて寝る準備を始める時間帯だ。「疲れた」なんて思ってはいけない。柚寿に無償の愛を持って接してあげられるのは、私だけだから、私が行ってやらなくてはいけない。
車を止めて、暗い住宅街でただひとつの明かりが灯る交番に入ると、眠そうな警官と、とても真面目そうな警官が立っていて、パイプの椅子にセーラー服姿の柚寿が座っていた。壁には指名手配のポスターやこの辺の地図が貼られていて、あぁ、こんな時間に交番に来るとはなと、ただ思った。柚寿はちらりと私を見た後、ばつが悪そうに視線を床に落とす。父親に似て、美人な子に育ったものだ。どこかで乱暴されていないか心配でならないし、今回保護してくれた警官には、頭が下がる思いである。
「お母さん、待ってましたよ。娘さんの方には厳重に注意しておきましたので」
「……申し訳ありません、私の方からも、もう一度よく言っておきます」
文字通り頭を下げる私に、真面目そうな方の警官がため息を吐いた。
「娘さん、これが初めてではないですよ。一度お家でしっかり話し合ってください」
こんな時間に仕事を増やさないでくださいよ、と本音も付け足されてしまったので、私は再度頭を下げるしかなかった。だるそうに鞄を持って立ち上がる柚寿と、私たちを追い出すように見送る警官を見ていると、自分の不甲斐なさがさらに嫌になって、私は柚寿の手を引いて逃げるように交番を後にした。
帰りの車の事だった。まだラジオでは曲が流れていた。昔流行ったこの曲を、私とあの人、柚寿の父親はよく聞いていた。同棲を始めた時に朝の目覚ましのアラーム音にしていたのがこの曲だった。なにも、こんなタイミングで流れなくても良いのに。助手席に座った柚寿は、誕生日に買ってあげたスマートフォンを弄っている。
「……ねえ、柚寿……?」
返事はなかった。いつものことだった。
外は、雨が降り始めていた。私は柚寿を捲し立てるように言った。
「……なんで、普通の子になってくれないの? 美香子ちゃんや旭くんみたいになっても、あなたはいいの? 普通の子は、お勉強もしてるし学校にも行くし、普通の友達と仲良くするでしょう、でも、柚寿は違う。別に人並み以上になれって望んでる訳じゃないの。柚寿にはこれから幸せになってほしいし、美香子ちゃんや旭くんみたいにだけはなってほしくない。お願いだから、普通になってほしいの」
「……普通の子って、なに?」
柚寿はスマートフォンに、視線を向けたままだった。
明日またカウンセリングに連れて行こう。また今日みたいなことがあってはならない。私は柚寿の母親だ、柚寿を幸せにしてあげるため、出来るだけのことはしてあげたい。
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.20 )
- 日時: 2015/12/14 23:42
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
09 『瑛太へ』
付き合って1年になるので、はじめて手紙を書いてみました。いきなりこんなことされてびっくりするかもしれないけど、どうしても書いておきたかったから。
まず、プレゼントに高いものを買えなくてごめんなさい。瑛太はいつも私に高くてお洒落なものを買ってくれるのに、私はそれにこたえることが出来てない気がするの。プレゼントに値段は関係ない、大切なのは愛情だとか言うけど、愛情を値段で表すときも、ときにはあると思うの。だから、私、次からはもっと素敵なプレゼントを用意するね。
プレゼントと言えば、去年の冬の話覚えてる?
一緒に横浜に買い物に行ったじゃない。最初は観覧車を見に行こうって計画だったけど、瑛太の授業が思ったより早く終わったから、アウトレットとかを見て回ってたのよね。日曜だったし、殺人的に混んでたなぁ。私が瑛太に付いていけなくなってたら、「柚寿って意外と危なっかしいところあるから」って、手を握って歩いてくれたの、嬉しかった。
4階の雑貨屋、前から好きなお店だったから、遊びに来てた時は毎回見に行ってたよね。でも、あそこの小物ってなんだか、可愛すぎるのよね。京奈あたりが持ってると可愛いんだろうけど、私にピンクの水筒とか、ハートの形のお弁当箱とか、なんか似合わない気がして、見に行っても買えなかったなあ。
ふと目に留まった、ピンクのうさぎの、小さいぬいぐるみが気になって、これがかわいいって言ったら「柚寿には似合わないだろ」って笑われたの、あの時はちょっとショックだったな(笑)本当に可愛いぬいぐるみだったから、瑛太に内緒で買いに行こうとまで思ってたもん。でも、私が別の売り場見てる間に、そのうさぎを誰かが買っちゃって、なくなっちゃったんだよね。
そのあとは予定通り観覧車見て、夜ご飯を済ませて、静かな道を、手を繋いで歌いながら帰って。私の家の前まで来たとき、突然瑛太は私にピンクの小包をくれたよね。
何が起きたかわかんなくてただ驚く私に、手を振って瑛太はすぐ帰っちゃったけど、家の中でリボンをほどいたら、可愛くラッピングされたピンクのうさぎが居て。ああ、今でも思い出すとふわふわするなあ。あれは本気で嬉しかったのよ。本当にありがとう。鏡の前にずっと置いて大切にしてるからね。
脱線してごめんね。手紙書くのって初めてだし、どうも慣れないみたい。
付き合って1年かあ、ほんと早いね。中学校の時は全然話もしなかったのに、高校になってから急に仲良くなったよね。で、付き合って、って。
よく、紅音たちは私たちのこと「少女漫画みたい」って言うの。でも、少女漫画よりずっと安定してるよね、私達って。ケンカもしないし、些細な言い合いすらもないし、ずっと円満で来たもんね。これから何かあるのかな? がんばって、ふたりで乗り越えていこうね。あ、そうだ。
進路のことだけど、私は医療系を目指そうと思うの。文系なのに、って思うでしょ。私も厳しいと思う。でも、今から一生懸命頑張れば、私も医療に携わる人間になれるかもしれない。将来の収入は多いほうが良いし、今頑張らなくちゃね。瑛太はまだ決めてないんだっけ? 相談なら、いつでも乗るからね。私はずっと瑛太の味方だもん。なんでも言ってよね。
あんまり長くても読むの大変だろうし、今回はここまでにしとこうかな。何度も言うようだけど、1年ってほんと早いなあ。
これからもずっと一緒に居ようね。大好きだよ。
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.21 )
- 日時: 2015/12/16 01:31
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
10 ひなげし
誰かと恋をして結ばれれば、当たり前のように別れはやってくる。柊くんとの終わりは薄々感じていた。
放課後の教室に呼び出された。2年生の教室に来るのもこれで最後なのかなと思いながら廊下を歩いていると、なんだか寂しくなってきて、まだ何も話し合っていないのに涙で視界が曇ってきそう。廊下には誰も居ないことがさらに、そんな気分を掻き立ててしまう。2年1組の目の前まで来て、私は大きく息を吸った。
「……千夏さん?」
深呼吸して息を整えていたら、いきなりがらりとドアが開かれた。くすんだ白のドアの向こうには、くすんだ色の柊くんが立っていて、そのさらに後ろには放課後特有の、解放された教室が広がっている。驚いた。柊くんも、私が来るのを今か今かと待っていたのかもしれない。
教室の中へ歩いていく。2年1組は、良い場所にある。窓から見える桜の木が夕陽に照らされて綺麗だった。今日から一人で歩くことになる通学路もよく見える。綺麗な黒板に書かれた、今日の日直は瀬戸さん。棚に置かれた花瓶にはひなげし。今で見るのも最後になる。
柊くんの席は窓側の前から3番目だった。景色を好きなだけ独り占め出来てうらやましい。朝のちょっと憂鬱になりそうな青空も、昼のうららかな陽気も、8時間目の講習中の夕焼けも、すっかり暗くなってしまった空に光る星も、全部見れる。柊くんはこれを全部、自分の目で見てきたのかな。柊くんの前の席に座ると、ふいに懐かしい思い出が何個も蘇ってきた。
「柊くん」
好きだった人の名前を呼ぶ。それは放課後の教室の片隅に消えていく。でも、最後くらいノスタルジックになっても良いでしょ、ねえ。これから振られるのが怖くて仕方ないから、現実逃避がしたいの。だけど現実は限りなく無情で、柊くんはいつになく申し訳なさそうな表情で、私に言った。
「……千夏さん。ごめん」
ノスタルジックが音を立てて崩れていく。そんな顔をされると、まるで私が悪くないみたい。柊くんは続けて言う。「俺、誰かと付き合うのって初めてだし、別れるのも初めてなんだよ。千夏さんの気持ち考えたけど、どうなっても傷つけちゃうから……」って。いつも強気で先輩の私を引っ張って歩くのに、だんだん弱くなっていくその声が、その顔が、まだ愛おしくて名残惜しくて仕方がない。別れる原因は解っているのに、それでも離れられない。いっそ私の事を冷たく突き放してくれればよかったのになんてことも考えてしまう。それはそれで、傷ついてしまいそうだけれど。
「柊くんは、その柚寿って子が今でも好きなんだよね」
そんなことない、俺は千夏さんが。そう言いかけたのを無理やり飲み込んだのだろう。私はそれを見て、自分なりに精一杯の笑顔を浮かべた。「自分の気持ちに嘘はつかないで」と言ったのは私だ。柊くんが嘘をついて私だけが満足する交際を続けるより、彼氏が居ても想い続ける一途な気持ちを尊重してあげたい。
「……好き、まではいかないかもしれない。でも、同じクラスで、意識してるってか……」
「うん、わかってる。正直に言ってくれてありがとう」
柊くんはとても辛そうだった。だから私が笑ってあげるしかない。私の方が大人なのだから。私が綺麗に終わらせなければ。
「今日からは、友達。廊下で会ったら手振ってほしいかな。……ふふ。じゃあね。楽しかったよ」
これ以上彼を責める気はない。これ以上聞いてしまっては、私の方が持たない。既に喉の奥で鉄みたいな味がするし、瞳からは涙がこぼれそう。こういう時はクールに去るのが一番かっこいいのだ。私はすたすたと出て行って、もう2度と入ることのない2年1組ののドアを閉める。そして、歩き出す。これからはフリーだ。何をしようかなぁ。とりあえず男女4人くらいで遊びに行ったり、気になってる男子と夜通話してみたり。思えば、青春はまだまだ長い。足取りは軽かった。
でも「2年1組」の標識が見えなくなったとき、ついに耐え切れなくなった。誰も居ない廊下で涙があふれ出してくる。掌に垂れる滴が、私の今の最大の気持ちだった。4か月くらいの付き合いだったのに、ここまで本気だったなんて、と自分で笑いそうになる。
柚寿さんとはうまくいくはずがない。柚寿さんには彼氏がいる。それなのに私を捨ててしまうということは柊くんは本気だ。好きまではいかないなんて言ってるけど、ぜったいぜったい、本気の恋愛なのだ。もう嫌だ、みんな不幸になってしまえばいい。柊くんも柚寿さんも、結局うまくいかないで柊くんは私のもとに帰ってくればいい。でももう、それはかなわない。柊くんが誰よりも素敵な人間だというのは、私が一番知っているから、私なんかのところに帰ってくるわけがない。
2年1組の花瓶に刺してあるひなげしの花言葉は、「慰め」らしい。こんな慰めなんかいらないから、私がまた立ち上がれる強さが欲しかった。
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.22 )
- 日時: 2015/12/17 01:26
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
11 『京奈さんは、ダメなんかじゃないよ。』【月曜日編】
瑛太くんまで、私の居場所を壊そうとしているのかもしれない。
あと20分くらいでバスが来る。柚寿達は、それぞれに部活の用事があったり、委員会の仕事があったりで、みんな先に教室を出て行ってしまったから、次に合流するのはバスの中だ。
柚寿と柊治郎くんの楽しそうな会話が聞こえてくる。柊治郎くんは優しいから、ひとりになりがちな晴くんにもちゃんと話題を振ってあげるらしい。呟くような、ただ吐き捨てるような晴くんの声でさえ私の耳に大きく響いてきた。そしてそれは、だんだん遠ざかっていく。5時を告げるチャイムが鳴りだす。
「……京奈さん。僕はただ、京奈さんともっと仲良くしたいだけなんだ。僕、ずっと気になってたんだよね」
瑛太くんには柚寿が居るのに。その言葉が喉元まで上がってきていても、最後の最後で出せなかった。
こんなに男子と密着したのは初めてだった。壁際の席に座る私と、その壁に手を付いてすぐ近くまで身を寄せる瑛太くん。チャイムが鳴っているのに、はっきり声が聞こえるほど近い距離。瑛太くんがなにか動作をするたびに、ふわりといい匂いがした。香水でもなくて、洗剤でもなくて、頭がくらくらしてきそう。すぐ近くで見る瑛太くんはとても綺麗だった。触り心地の良さそうな髪も、優しそうな色の瞳も、きめ細かい肌も。教室で見ている憧れの瑛太くんがすぐ近くにいる、それだけで心臓がばくばくしてるのに、そんなこと言われたら、もう私は何も言えなくなっちゃうよ。
今日の瑛太くんはおかしい。私の事は「瀬戸さん」と呼んでいたはずだし、突然「5人で遊びに行こう」と提案してくるんだもん。確かに、みんなで遊びに行けるのは嬉しい。瑛太くんの提案も、素直に楽しそうだと思った。だけど、なんで突然瑛太くんがそんなことを言い出すのかわからなくて、なんとなく腑に落ちないでいたら、こうだ。もう全然わからない。頭が沸騰しそうで、今自分がどんな顔をしているのかもわからない。
「……わ、私も瑛太くんと仲良くしたいよ。だ、だけど柚寿は……」
「もちろん柚寿のことは好きだよ。でもそれとこれとは、別だろ?」
柚寿たちはずいぶん遠くへ行ってしまった。もう声も聞こえない。時が止まったような教室で、瑛太くんは私の返事を待っている。
ここで頷いてしまえたら、憧れの瑛太くんを、一瞬でも私だけのものにできるかもしれない。だけど、「一時間を壊したくない」という気持ちが邪魔をする。私が柚寿と柊治郎くんの関係を怪しむように、柚寿が私と瑛太くんの関係を怪しんで、柚寿が私の事を嫌いになったら、みんなで一緒に過ごす楽しい一時間もなくなってしまう。私が大好きな私の一時間を、私の手で壊してしまう。
指先が触れあった。ずっと下に向けていた視線を上げると、次に目が合った。瑛太くんはいつものように微笑む。そして数秒後、唇が触れ合う。
こういう時は、目を閉じるものだと少女漫画で習ってきた。少女漫画みたいなこの時間がいつまでも続いてほしいと思ってしまうほど、甘い味がした。でも瑛太くんはすぐに離れてしまって、柔らかくて不思議な感触だけが残っている。……私、初めてだったんだけどな。気が抜けてしまって、茫然としていると、瑛太くんは壁から手を離して、動揺のひとつも見せずに「帰ろっか」と私に言った。
……もう終わりか、と思ってしまった。柚寿たちへの申し訳なさは消えていた。一時間が好き、みんなが好きなんて言っておきながら、私の意志はこんなにも弱い。もっと欲しいと思ってしまう。
瑛太くんは、ただ黙っている私に言った。
「……ごめんね、京奈さん。もう帰ろっか」
「……まって」
私は最低だ。柚寿や柊治郎くんに、「和を乱さないでほしい」なんて言っておいて、私が一番乱しているじゃないか。でもあふれ出てくる言葉は止まらない。このまま帰りたくないなんて、困らせてしまうけれど、でも。
「ねえ、お願い。もう一回して」
振り返った瑛太くんは、少し驚いたようだったけど、「いいよ」と微笑んで言ってくれた。こんどは触れ合うだけじゃなくて、ちゃんと抱いてほしい、なんて大胆なことは言えない。ただ触れるだけでも十分、満たされるから。もう後戻りはできない。
私ってダメだなぁ、と笑うと、瑛太くんも笑ってくれた。柚寿たちは今何をしているだろうか。
「京奈さんは、ダメなんかじゃないよ。僕のほうから求めたんだからさ」
「……でも、やっぱり申し訳なくて。柚寿にも、柊治郎くんにも、晴くんにも」
そう言うと、「京奈さんのそういう優しいところ、好きだな」と瑛太くんは私の頭を撫でてくれた。嬉しかった。私は常にみんなに劣等を感じて生きてきたから、憧れの瑛太くんがこう言ってくれると、たくさん認められた気がして、すべてを投げ出しても良いとさえ思えてくる。ああ、ごめんね、柚寿。私も好きになっちゃった、かもしれない。
二度目のキスは、さっきよりもずっと長かった。バスに遅れるギリギリまで、私たちは時の止まった教室に居た。