複雑・ファジー小説

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ワンホット・アワーズ
日時: 2016/01/10 01:19
名前: 楠木ひよ (ID: DYDcOtQz)
参照: https://twitter.com/hiyoyo7o


リメイクを考えているので、一時的にロックさせていただきました。

楠木ひよです。
趣味で文を書く事はありますが、人に読んでもらった経験はあまりないので、気合を入れて書きたいと思います(`・ω・´)

題名は「one hot hours」と「one hot a wars」をかけています。(伝わって)
青春と恋愛と修羅場と狂気の、群像劇形式のお話です。けっこうころころ視点変わります。
いつかオリキャラも募るかもしれないです。

感想など頂けたら嬉しいですヽ(´▽`)/

つったかたー@hiyoyo7o

もくじ
00 >>1 

1 ワンホット・アワーズ
01 劣等 >>2 >>3 >>4
02 裏側 >>5 >>6 >>7
03 狂疾 >>8 >>9 >>10
04 表側 >>11 >>12 >>13
05 隠匿 >>14 >>15 >>16

1.5 伝えたいこと
06 ヒーロー >>17
07 『晴へ』 >>18
08 普通の子 >>19
09 『瑛太へ』>>20
10 ひなげし  >>21

2 ワンホット・ウィークス
11 『京奈さんは、ダメなんかじゃないよ。』 >>22 >>23 >>24
12 『世界がおかしくて、僕だけが正常だ。』 >>25 >>26 >>27
13 『結局可愛がられるのは、いつも真面目で優しい子だ。』
14 『この罪は、僕が死ぬまで償えないだろう。』
15 『恋がなぜ罪悪か、今やっとわかった気がした。』


登場人物

瀬戸京奈/せと きょうな
矢桐晴/やぎり はる
黛柚寿/まゆずみ ゆず
青山瑛太/あおやま えいた
餅田柊治郎/もちた しゅうじろう

Re: ワンホット・アワーズ ( No.13 )
日時: 2015/12/09 16:05
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: y36L2xkt)

 憂鬱そうな面持ちでやってきた矢桐に、もう労いの言葉をかけようとも思わなくなった。僕が何かを言ったところで矢桐には偽善にしか聞こえないし、実際偽善でもないただの同情なのだから。あとで会う予定の柚寿にはいくらでも労う言葉をかけてあげるんだけどなぁ。僕は矢桐の前では、青山瑛太でいることを諦めたのかもしれない。

 「……青山」

 ぼうっと人混みを眺めていたら、いつの間にかすぐ近くまで来ていた矢桐に声をかけられた。矢桐は存在感がないので、僕は驚いて振り返る。そこには、確かに矢桐が立っていた。来なければいいのに、律儀な奴だ。
 もし、矢桐の方も僕への同情でここに来たのだとしたら、おあいこだろう。医者のご子息が、生活保護で暮らしてる僕の家に同情して、仕方ないから小遣いの一部を僕にばらまいているだけだとしたら、そんな矢桐に縋っている僕はこれ以上ないくらい惨めだ。でも、もう惨めでもなんでもいい気がする。僕は、矢桐から手に入れるぶんの金が無いと、友達とも遊べないし柚寿を満足させてあげられないし、昼ご飯を食べるのもやっとなのだ。矢桐が言うのなら土下座でもなんでもして惨めに頼んでみせるのに、矢桐は何をしても大人しくしているだけ。矢桐がそんなんだから、僕は調子に乗って金を搾取するのをやめられない。矢桐は僕のことをもっと嫌うべきだ。
 人が少ない裏の路地へ誘い、僕は矢桐に財布を出させた。矢桐は金持ちのくせに、身の回りの物へは特にこだわりはないらしい。僕の知らないブランドの安そうな財布は、僕のせいでボロボロになってしまい、破れた穴からは不似合いな福沢諭吉が顔を出している。

 「矢桐って、毎回こういうことされて嫌じゃないの?」

 変な質問をしてしまったな、と我ながら思った。人から金をとられて嫌じゃない人間なんか居ない。それでも聞かずにはいられなかった。一度、矢桐を本気で怒らせてみたかった。矢桐が僕を思いっきり殴ってくれたら、目が覚めるかもしれない。そんなことを頭の片隅で思って。

 「……別に」

 返ってきた返答は、いたってシンプルだった。表情がなくて、どうでもよさそうな声色が頭の中に響く。
 思い通りにいかない奴である。矢桐にとって、僕という存在や、金のことはどうでもいいのだろうか。僕は矢桐が居ないと地位も食事も失うというのに。矢桐からしたら、僕なんて「ちょっと迷惑なクラスメイト」程度なのかもしれない。
 外が暗くなってきた。夏至も近付いているから、まだ空は明るいはずなのに。道を歩く人は、鞄から折り畳み傘を出して広げる。どうやら雨が降ってきたらしい。

 ぴこん、と僕の携帯から、気の抜ける音が鳴る。人といる時にスマホはいじらない僕だが、僕は矢桐を人と認識しなかったみたいで、当たり前のようにポケットから取り出してスマホを見た。明治と戸羽さんから連絡が入っていた。
 「俺たち、付き合うことになりました」と、写真付きの連絡。ふたりで手を繋いでいるその写真の背景は、見るからに安っぽいラブホテル。天気が悪化してきたのを口実に連れ込んだのだろう。本当に軽い奴らだ。
 僕はここで何をしているのだろうか。矢桐はスマホを見る僕を、ただ怪訝そうな目でじっと見ている。「戸羽さんがさ、僕の友達と付き合ったって」と教えてやっても、曖昧な返答しかされなかった。きっと戸羽さんには興味がないんだと思う。じゃあ、あの子ならどうだろう。何気ない気持ちで僕は聞いた。

 「矢桐はさ、誰かと付き合ったりしないの? ……あー、たとえば瀬戸さんとか」
 「な、なんで瀬戸さんが出てくるんだよ!」
 「……へ、」

 僕はスマホ画面から矢桐へと目線を戻す。驚いた、矢桐の人間らしい反応を久しぶりに見た。
 矢桐は、「瀬戸さん」というワードを出したら明らかに動揺しはじめる。金を搾取し続ける僕よりも、優しさの塊のような瀬戸さんの方が好きらしい。当たり前だけど。

 「へえ、なんか怪しいと思ってたんだよなぁ。瀬戸さんと仲良いしなぁ、お前」

 いじめている奴と恋愛の話をするいじめっ子なんて、どこを探してもそんなに居ないだろうな。でも、僕は矢桐の話に単純に興味がある。何を失えば矢桐は僕に、本気でかかってくるのだろう。

 「な、なかよくなんか……」
 「仲良いだろ。この前も一緒に勉強してたじゃん。好きなの?」
 「……なんで、そんなこと……」

 耳まで真っ赤にして、俯きながら強く手を振って否定を表す矢桐は、いつもよりよほど人間味があって面白い。僕の前では、ずっと無表情で、殴られても蹴られても痛そうに顔をゆがめるものの、本心では何を思っているかはわからなかった。矢桐って、こんなにわかりやすいやつだったのか。なんで今まで知らなかったんだろう。

 「……へぇ」

 最高にいいことを思いついた。僕は伸びてきた髪を掻き上げて、「がんばれよー」と上辺の言葉を述べる。矢桐はまだ、真っ赤な顔で俯いたままだ。
 僕が、付き合ってもいない瀬戸さんを口説いてセックスでもして、矢桐の淡い恋をぶち壊したら、矢桐はきっと僕のことを本気で許せなくなるだろう。人間らしい表情を、僕にも見せてくれるだろう。

 雨が強くなってきた。柚寿が雨に濡れたら可哀想だ。僕と矢桐は、適当な挨拶を交わして別れた。今はもう矢桐に用事はない。
 僕は瀬戸さんに一件のラインを入れて、柚寿のもとへ向かった。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.14 )
日時: 2015/12/09 00:59
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

05 隠匿
 ここに集う4人は、みんな何かを隠している気がする。
 月曜日の放課後。月曜日の授業は数学が2時間に英語が3時間という、英語が苦手な俺と数学が苦手な柚寿にとってこれ以上ないほど最悪な日だ。疲れ切って机にだらんと伏せている瀬戸のすぐ横に面白くなさそうな本を読んでいる矢桐がいて、そのまた隣で青山と柚寿がお菓子を食べながら駄弁っている。
 放課後、学校にスクールバスが迎えに来るまでの一時間、教室は俺たちだけのものになる。
 とは言っても、毎日ここで適当に、なんのとりとめもない会話をするだけだ。瀬戸や青山が話題を出して、俺と柚寿が乗っかり、時々矢桐が無言で頷く。たまに瀬戸が絶対に一時間では終わりそうにないボードゲームを持って来たり、テスト前はみんなで解らないところを教えあったりするので、仲はそれなりに良いと思う。でも、時折こう思ってしまう。このメンバーは、普通ではない。

 瀬戸は、時々大きな不安に襲われているようだった。普段は底抜けに明るいくせに、「私に、価値ってあるのかなぁ」などと突然言い出すので驚いてしまう。瀬戸は細かいところまで気が利く性格だし、大人しくて孤立しそうだったクラスメイトの女子を誘って一緒に行動してあげている。俺は瀬戸を価値のない人間だとは思わないのだが、いったい何が、彼女にそう思わせるのだろう。それに瀬戸は、「この一時間」を異常なほど特別視している。他の4人にとっては、しょせんこの時間はバスが来るまでの暇つぶしだ。瀬戸だけが、毎日嬉々として俺たちと話をしようとする。
 矢桐と青山は、なにかがあったのだろう。このふたりの仲が良いわけがないのに、よくふたりで居なくなる。「コンビニに行ってきた」などともっともらしい理由をつけたとしても、コンビニに行って帰ってくるのに30分近くかかるのはおかしい。極めつけに、俺は矢桐が青山を思いっきり睨みつけているのを見てしまった。矢桐が青山を嫌っているのは、ほぼ確実だろう。
 柚寿はそんなふたりのようすに気付かないどころか、彼氏にそこまで関心を示していないように思える。自分の事で精一杯になっている。青山の話題を出すより、次の模試の事や、柚寿自身のクラスでの立ち位置など、そんな話題を出した方が遥かに食いつきが良いのだ。一年近く付き合っていると、そうなってしまうのだろうか。別れてしまうのも、時間の問題なのかもしれない。

 俺としては、別れてもらった方がいい。ポテトチップスを食べながら、「そういえば紅音がねー」と語りだす柚寿の背中を、隣の席に座って見ていた。
 柚寿と俺は、小学生の頃からの付き合いだ。もう終わった話だが、初恋は柚寿だった。今はもう柚寿のことは好きじゃないつもりだし、こんな気持ちを持っていたら青山にも悪い。小学校の頃の初恋を、未だに引きずるのもかっこ悪い。だから、終わりにしたはずだったし、3年の先輩と形式上付き合っていたこともある。それなのにこの前、矢桐をおちょくるつもりで、「俺は柚寿が好きだ」なんて言ってしまった。
 矢桐はひどく驚いていたが、俺の方がもっと驚いた。口にしてしまったそれは、ずっと押し殺してきた本心だったのかもしれない。一度自覚してしまったら、もう止められなくなる。彼氏がいる女に片思いなんて、先が遠すぎて苦しくなる。早く別れてほしかった。それか、この片思いに終止符を打つ出来事が起きてほしかった。

 「柊治郎くん、また英語勉強してるのー? 頑張るねぇ」

 瀬戸が眠そうな目を擦る。机に伏せていたせいで、おさげの髪が少し乱れている。俺がカモフラージュに出していた、英語の問題テキストのことだろう。

 「……んー、受験もあるしな。とりあえずやってるってゆーか」
 「そっかぁ」

 おねむモードの瀬戸は、そう返したっきり再びスローモーションで机に伏せて、夢の世界へ行ってしまった。それを見た矢桐が珍しいことに、穏やかな笑顔を浮かべている。
 柚寿と青山は、「ほんとにあのふたり、うまくいくのかな」と話をしている。きっとクラスの戸羽の、新しい彼氏のことだろう。今日は柚寿や柚寿の友達、しまいには瀬戸さんにまで「これウチの新しい彼氏! 青山くんの友達なんだけど、超イケメンじゃない!?」と自慢して回っていたので、雰囲気で察することができる。

 「僕は、続かないと思うけどね。明治すぐ彼女に飽きるからさぁ」
 「紅音もよ。……似た者同士、意外と続いたりして。餅田くんはどう思う? 紅音のこと」

 唐突に柚寿が、俺に話題を振ってきた。長い絹のような黒髪が、窓から入る風にふわりと揺れる。青山も机に肘を付いて、「昨日から僕の友達と付き合ってるんだけど、どうも続きそうになくてさ」と補足した。

 「絶対2週間も続かないだろ。持って一か月ってとこじゃねぇの」
 「あっはは、わかるわかる」
 「ちょっと、ふたりとも。あんまり私の友達の悪口言わないでよね」

 俺の失礼な予想は、青山にとっては面白かったらしい。横から柚寿が不満そうに突っ込みを入れてくるけれど、不満そうなのは言っていることだけで、顔は青山と同様に笑っていた。このふたりにとって友達とは、その程度のものらしい。俺や瀬戸や矢桐もこんな風にネタにされてるのかと思うと憤りを覚えるが、よく考えると、俺たちが居ないところでまで俺たちの話をする必要性を感じない。ある意味では、友達思いなふたりなのだろう。
 バスが来るまでは、あと40分。俺は「今日の英語が分からなかったから先生に聞きに行く」という口実で、コンビニで暇をつぶそうと思った。するとなぜか柚寿も、「私も今日の数学わかんなかったから、着いていってもいいかな」と言い出した。ふたりっきりか、と思って青山を見ると、予想外なことにいってらっしゃい、と笑顔で送り出してくれたので、俺と柚寿は一緒に教室を出る。ゆっくり起き上がった瀬戸が何かを言いたそうにしていたが、眠気には勝てなかったらしく、もう一度見た時には三度寝に入っていた。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.15 )
日時: 2015/12/10 20:49
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: FpNTyiBw)

 相変わらず、先生に聞いても英語は解らない。柚寿と並んで廊下を歩く。何度か夢見てきたことだが、今となってはすべて過去の話だ。俺はただのクラスメイトで、柚寿は青山の交際相手。ただあの教室でバスを待つだけの関係。それだけだ。
 もうすぐ夏が来る。まだまだ陽は沈みそうにない。外から、練習をしている野球部や吹奏楽部のロングトーンの音が聞こえる、放課後の解放感が好きだった。瀬戸が「この一時間」にこだわるのと、似たような感情かもしれない。

 「……ねえ、餅田くん」
 「ん?」

 突然、隣の柚寿が立ち止まって声を上げた。そして、少し後ろにいる俺を振り返る。窓から差し込む夕日が、綺麗に柚寿の右側を照らしている。
 昔は「柊くん」と呼んでくれたのに、高校に入ってからは餅田くんだ。俺の方はまったく進展していないのに、柚寿はどんどん遠くなっていく気がして、柚寿に名前を呼ばれるのは好きではない。

 「昨日ね、小学校の卒アルが出てきたのよ。小学生の頃の友達の事なんか覚えてないし、ぼんやりとしか記憶がなかったんだけどね、餅田くんが居たのよ。小学6年生にもなって、将来の夢が『マジレンジャー』だなんて、私笑っちゃった」

 柚寿は昔の事を思い出すように、ひとつひとつの言葉をゆっくり紡いでいく。
 ……あぁ、そんなこともあったな。小学校の頃の柚寿は、成績も運動神経も普通程度だったのに、しっかりしているから友達が多くていつも誰かと一緒に遊んでいたっけ。いじめられこそしなかったが、同級生と話が合わなくてずっとひとりでマジレンジャーやドラゴンボールを見ていた俺とは大違いだった。

 「今でもなりたいの? マジレンジャー」
 「んなわけないだろ。アホ柚寿」

 そうかなぁ、私は良いと思うよ、マジレンジャー。柚寿は明らかにこっちを馬鹿にしている。腹が立ってきたので、柚寿の中学時代の話をしてやろうと思った。

 「……柚寿のほうは、中学の頃けっこう荒れてたらしいな? 青山はそれ知ってんのかよ」
 「あっ、それ、みんなには秘密にしてるの。だから言わないでね」
 「はいはい、わかってますって」

 俺たちの中学校は12組まであった。卒アルを見てみると、柚寿は1組で、俺は5組で、瀬戸は8組で、青山と矢桐は10組だった。よほど奇行を繰り返さない限り、他のクラスの生徒など覚えている余裕もない。黛柚寿という名前を知っていたとしても、「あぁ、あのテニス部のちょっと不良っぽい子」という認識しかなかったし、実際彼氏の青山も、中学時代の柚寿のことは余り知らないようだ。柚寿自身が、中学の頃の話をあまりしたがらないからな。

 柚寿は、中学の頃何度か警察の世話になっていた。俺はその頃も柚寿が気にかかっていたので、何度か1組の友人を訪ねるフリをして柚寿を見ていた。そんな中2の秋に、何があったかはわからないがとにかく革新的な出来事があって突然改心したようで、中3から猛勉強を始めて櫻鳴塾に受かって、今は何でもできる完璧な優等生になっている。人間とは何があるかわからないものだ。柚寿は、きっと今でも相当な努力を強いられていることだろう。青山や矢桐は、クラスが違っても「あいつすごい勉強できるらしいぜ」と噂が入ってきていたが、柚寿の話なんか聞いたことも無いからな。

 「それでも、あの時の私はほんとにおかしかったなぁ。なくした物がいっぱいで、今でも瑛太には申し訳ないって思うのよ。こんなに悪いことしてきたのに、あんな完璧な人と付き合ってても良いのかなぁって。でも、私は瑛太を離したくないの。だからこれは墓場まで持っていく秘密。……内緒だよ」

 柚寿は人差し指をその薄い唇に当てて、微笑む。美人だから、このようなあからさまなポーズをされても絵になる、柚寿はそれをよくわかっている。俺は、あいまいな返答を返して視線を逸らすことしか出来なくなった。

 「黛柚寿としての人生は、たぶんこの高校に入ってから始まったんだと思う。中学の頃の私なんて、それは私じゃないの。だから初めては全部瑛太だし、それが嘘だと知ってるのは昔の私と餅田くんだけ。昔の私と餅田くんが黙秘を続ければ、この嘘は真実になるんだな」

 普段はクールで落ち着いている柚寿の、時折見せるこんな表情と口調が好きだった。
 柚寿は頭のいい人間なので、「昔の私」という思考が柚寿を邪魔することはないだろう。つまり、俺さえ黙っていれば、柚寿が過去にしでかしたことはすべて消え去る。……でも、それはできなかった。俺は、柚寿が好きだ。柚寿と青山に別れてほしいとさえ思ってしまう。柚寿の過去もろくに知らない奴が、柚寿を幸せにできるわけがない。柚寿はこれからもずっと、過去のことを青山に隠して生きる、それはあまりにも重すぎる。俺なら、幸せにできたかもしれないのに。

 茜色に染まった後ろ姿が遠くなっていく。引き留めようとしても、ここから少しも動けない。矢桐にはあんなに大口をたたいたのに、俺はいつだって不器用だった。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.16 )
日時: 2015/12/10 07:28
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

 「ふたりとも、お帰り! 英語わかった? 数学もわかった?」

 教室に戻ると、すっかり目が覚めた瀬戸が俺と柚寿にまとわりついてきた。「ただいまー」と微笑む柚寿の顔は、妹を可愛がる姉のようだった。青山の方は、なにかいいことでもあったのか嬉しそうにスマホを見ている。矢桐は、ただ無表情で席に座って本を読んでいた。
 柚寿も席に戻り、「さっき瑛太がわかんないって言ってたとこ、聞いてきたわ」と参考書を開く。しかし青山は数学に関心はないらしく、参考書をちゃんと見るふりをしてうまくスマホに文字を打ち込んでいた。
 あと30分。俺は時計を見て、ツムツムでもやるかとスマホに手を伸ばしたとき。

 「柊治郎くん、ねぇ聞いて」

 突然名前を呼ばれ、声のした方を見ると、瀬戸が笑顔を浮かべていた。瀬戸の笑顔は、ミステリアスで物憂げで裏すら感じられる柚寿の笑顔と比べると、ただ明るくて、春に咲く花のようだ。胸の前で両手を握り、「これから重大発表します!」という雰囲気を体いっぱいに纏わせている。それが俺にとって嬉しいことでも、嬉しくなかったことだったとしても、瀬戸に返事をしないわけにはいかないので、「どうしたんだよ」と瀬戸を見上げた。

 「さっき、瑛太くんが提案してくれたんだけどね、こんどこの5人で週末遊びに行こうって!」

 さも嬉しそうに、瀬戸は笑っている。柚寿をちらりと見ると、たぶん今の俺と同じ顔をしていた。「えっ、マジかよ」的な。俺たちはただバスを待っているだけの5人で、それ以外に関わりは全くない。しかも、そんな提案をなぜ青山がするんだ。当の青山は、スマホから顔を上げて「いいじゃん、楽しそうだし。瀬戸さんも行きたがってるし、行こうよ」と、他人事のように微笑んでいるから、さらにわけがわからなくなる。

 「あー、私は、それ賛成。今週以外だったらいいわよ」

 いち早く我に戻った柚寿が言う。まあ、お前らは今週の週末は記念日で忙しいからな。青山も、「うん、僕も今週は予定有るけど」と付け足した。

 「じゃあ、来週はどうかな? 私は、毎日暇だよ」

 瀬戸がそう言うと、柚寿と青山は顔を見合わせて、「来週なら、空いてるかも」と言った。一応矢桐にも予定を聞いてあげる優しい瀬戸は、「よーし、じゃあ来週だね」と嬉しそうに微笑む。瀬戸は、どうしてこんなに俺たちに執着するのだろうか。いや、執着ではなく単にすぐ友達と遊びたがる人間なのかもしれない。でもまさか、このメンバーで遊びに行こうだなんて言われるとは思わなかった。

 「行くとしたら、どこに行くの? 私はどこでもいいわよ」

 律儀に右手をあげて、柚寿が発言する。それを聞いた瀬戸は、「うーん、えっと、とりあえずみんなで騒げるとこ。あ、食べ放題とかどうかな!?」とはしゃぎだす。

 「僕が店調べてこようか?」

 次は、青山がスマホ片手に言った。交友範囲が広い青山なら、美味しい店を見つけてくれそうなので適役だ。瀬戸や俺はそれに大いに賛成し、「肉が良い」だの「私はスイーツ食べ放題が良い」だの、自分の食べたいものを口々に言いはじめる。
 他にも瀬戸がモールに行きたいと言い出したり、柚寿は帰りの電車の時間を気にしたりし始めたので、とてもこの1時間だけでは話がまとまりそうにない。そこで、俺は思いついたある提案をすることにした。

 「すぐ連絡取れるように、俺らのLINEグループ作ろうぜ」

 俺が言うと、瀬戸が瞳を輝かせて賛成してきた。今まで作らなかったのが不思議なくらいだな。瀬戸みたいな女子は、真っ先にグループを作りたがる印象があったんだけどな。

 「あ、いいね! そうしようよー。私、いま作っちゃうね」

 ピンクのカバーがかけられたスマホをポケットから取り出して、瀬戸はぽちぽちと画面をタッチする。柚寿や青山もそれには賛成だったらしく、「招待して—」とスマホを持って待機している。この場面を切り取って見ると、ただの仲の良い5人組みたいだ。しかしそこに、さっきまでノリノリだった瀬戸がぴしゃりと水を差した。

 「……あれ、そういえば、晴くんってLINEやってないの? クラスのグループにも入ってないしさ」

 突然、瀬戸がスマホを叩く手を止めて、席に座ってただ会話を聞いていた矢桐に問いかける。
 おそらく矢桐をグループに招待しようとして、居ないことに気が付いたのだろう。矢桐はたしか、スマホ自体は持っていたような気がする。今の若者でLINEをやっていないのは意外だな。瀬戸も不思議そうな顔をしている。

 「……あっ、ごめん。僕、やってなくて……」
 「もう、しょうがないなー。私がダウンロードしてあげる! 晴くんとLINEしたいもん」

 瀬戸がおさげを揺らして、スマホを持ったままの矢桐に微笑みかける。「ちょっと貸してね」と機器を借りた後、ぽちぽちと音が聞こえてきそうなおぼつかない指使いで、なんとかダウンロードすることができたらしい。
 適当に設定を済ませて、矢桐はLINEデビューを果たした。せっかく瀬戸に設定してもらったのに、あんまり嬉しくなさそうなのは気のせいだろうか。無理矢理LINEをはじめさせられて、嫌だったのだとしたらお気の毒だ。

 「あ、ねぇ、グループの名前何にする? なんか、良い名前無い?」
 「うーん、そうね。私は特に」

 そういえば、グループの名前を決めなきゃいけないんだったな。青山と目が合う。「ここは、餅田がすぱっと決めてくれるよ」と話題を振られた。無茶ぶりと言うやつだが、乗らないで雰囲気が悪くなるのも嫌なので、無い知恵を絞って考えてみる。
 どうせなら、かっこいいのがいいな。スマホを見ると、聞いていた「One Hot Minute」というアルバムのジャケットである、ピアノを弾いている女の子のイラストが目に入る。そうだ、これにしよう。俺たちが過ごすのは1分では無くて1時間だから、こうだ。

 「ワンホットアワーズ。これでどうだ」


1 ワンホット・アワーズ 完

Re: ワンホット・アワーズ ( No.17 )
日時: 2015/12/10 23:52
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

06 ヒーロー
 櫻鳴塾高校に入ることが、私の最終目標だった。私の父と母はふたりとも櫻鳴塾の出身で、そこから付き合いを始めたらしい。両親は一人娘である私にも櫻鳴塾へ進むことを強制し、幼いころから塾や通信教育をやらされ、友達と遊ぶ暇がなかったため、中学に入るころには自然と引っ込み思案な性格になってしまった。 

 「……怖い」

 初めて教室に入るとき、足がすくんだ。私の後ろを、キラキラした新入生が何人も通り過ぎていく。
 中学の頃は、小学生の時仲の良かった子とずっと一緒に居た。でも、卒業式の日にその子は突然私に言った。「本当は、つまんないあんたなんかと仲良くしたくなかった。高校では離れられてせいせいするわ」と。その言葉が、今いきなり思い浮かんで、私は教室の前から動けなくなってしまった。
 ここで、ひとりぼっちになってしまったらどうしよう。幼いころから勉強しか出来なかった私が、最終目標を達成してしまった現在、どうしていいかわからない。勉強なんて、何の役にも立たないじゃないか。嫌だ、誰か、お願い助けて。ううん、周りは知らない人ばっかりで、助けてくれるわけがない。なら、ここから逃げなきゃ————!
 入ってきた玄関に向かって走り出す。母の車はまだあるはずだ。教室が怖い。知らない人がいっぱいいて、とても怖い。誰の顔も見たくない。真新しい制服が気持ち悪い。ひたすら下を向いて走ると、視界がぐらりと揺れた。私よりずっと背が高い生徒にぶつかったらしい。恐る恐るその人を見る。短いスカートに、ボタンを閉めないで着ているブレザー。長い髪は校則で結うことになっているのに、腰まである長い黒髪。それを見た瞬間に、体中の力が抜けていくのがわかる。どうしよう、こんなタイプの人間が、私は一番、苦手なのだ。終わった。へたり込んでしまいそうになった。

 「……あら、ごめんなさい。あなたも1年1組? それなら私と同じなんだけど……」
 「し、知りません! ごめんなさい!」

 ぶつかった衝撃で、眼鏡を落としてしまったらしい。人波を掻き分けて全力で走りだしたのに、何も見えない。苦しい。涙がこみ上げてくる。なんで、私は普通じゃないんだろう。もうすぐ入学式が始まるのに、これから高校生活が始まるのに……。

 「待って!」

 人混みの中から、一際高い声がした。私はそれが、すぐさま私を呼ぶ声だと解った。何かから逃げている人間なんて、ここには私しか居ないから。その声が私を呼ぶ、私を連れ戻そうとしている。怖い。
 階段まで来たところで、ついに足ががたがた震えて動けなくなった。幸いなのは、ここが普段滅多に使わない西階段だったことだ。古い自動販売機が2つある以外は、ただの狭い空間が広がっているだけ。私はそこにへなへなと座り込む。これから、どうしよう。
 高校生活から、逃げてしまった。私なんかが櫻鳴塾の生徒になっていいのだろうか。最初からこんなのだから、生徒も先生もみんな、私の第一印象は最悪だ。せっかく入ったのに。両親は、心から喜んでくれたのに……。そう思うと、涙が止まらなくなって、誰も居ない階段で私は思いっきり泣いた。買ったばかりの新しいブレザーに涙がぽたぽたと落ちる。眼鏡がなくて不便な視界が、さらに霞んでいく。

 「あ、居た! あなた、1年1組だよね? 眼鏡、落としてたよ」
 「ひぃっ!」

 その時、自動販売機の陰から、甲高い声がした。茶色い髪をおさげにして、サイズがやや大きい制服を纏う小柄な少女。さっきの不良よりスカートは長いし、靴下も指定のものだ。上履きが新しいところを見る限り、1年生だろうか。逃げ出したいけれど、もう力が抜けて動く気力も無い。

 「私も1年1組なの! ねえ、私ね、推薦で入ったんだけど、みんな頭良さそうな人ばっかりでさぁ……。入試で1位取って代表挨拶? する、矢桐くんって子もうちのクラスだし、ホントにこれから勉強についていけるのかなぁ。……あ、いきなりごめんね、私、瀬戸京奈! 京奈って呼んでね」

 ……なんて人だ、と思った。初対面の人間相手に、ここまで話す人を初めて見た。彼女は話し過ぎたことを急に恥ずかしく思ったのか、口に右手を当ててあたふたしている。「あ、あなたは? あなたはなんていうの?」と、照れ隠しのように聞いてくるから、私はただ受け取った眼鏡をかけなおし、答えることしか出来なくて。

 「……あ、相内マナ。マナ、でいいけど……」
 「いいの? じゃあ、マナ! 一緒に教室行こ!」

 瀬戸京奈と名乗った少女は、笑顔で私に手を差し伸べる。
 なんで、初対面の人にこんなに優しいのだろうか。涙をぬぐい、恐る恐る立ち上がると、新しいスカートにしわがついていた。「もう、マナって足速いんだね。追いつくのに時間かかっちゃった」と京奈は不満げに頬を膨らませるけれど、顔は明るかった。
 空は明るかった。入学式にはうってつけの朝だった。こんな些細なことだけど、私は私なりに、もう一度頑張ってみようと仕方なく思うことにした。



 「もう、京奈! 次移動教室でしょ、いつまで寝てるの!」
 「……んー、あと5分ー……」

 寝言を言いながら、京奈は世界史の教科書を枕にして寝ている。私はそんな京奈の頭を叩く。
 私たちは、教室では決して目立つ方ではない。クラスの中心にいる、戸羽さんや黛さんと話したことは数回も無い。でも、私はこの生活に満足していた。京奈が居て、紗耶香がいて、ふたりともとてもいい友人であること。櫻鳴塾も、意外と悪くない。学校であった楽しかったことを報告するだけで、両親が喜んでくれるのもうれしい。京奈がちょっとおっちょこちょいで、マイペースで、たまに扱いに困るときもあるけれど、明るくて優しい最高の友達だ。
 あのとき助けてくれた京奈は、私の中ではヒーローだった。京奈が居なかったら、私はここに居なかった。
 まだ眠そうな京奈に、しょうがないなぁと笑いかける。普段は「ありがとう」なんて言わないけれど、今日は言ってみようかな。最高の友人になってくれて、ありがとうって。


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