複雑・ファジー小説

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ワンホット・アワーズ
日時: 2016/01/10 01:19
名前: 楠木ひよ (ID: DYDcOtQz)
参照: https://twitter.com/hiyoyo7o


リメイクを考えているので、一時的にロックさせていただきました。

楠木ひよです。
趣味で文を書く事はありますが、人に読んでもらった経験はあまりないので、気合を入れて書きたいと思います(`・ω・´)

題名は「one hot hours」と「one hot a wars」をかけています。(伝わって)
青春と恋愛と修羅場と狂気の、群像劇形式のお話です。けっこうころころ視点変わります。
いつかオリキャラも募るかもしれないです。

感想など頂けたら嬉しいですヽ(´▽`)/

つったかたー@hiyoyo7o

もくじ
00 >>1 

1 ワンホット・アワーズ
01 劣等 >>2 >>3 >>4
02 裏側 >>5 >>6 >>7
03 狂疾 >>8 >>9 >>10
04 表側 >>11 >>12 >>13
05 隠匿 >>14 >>15 >>16

1.5 伝えたいこと
06 ヒーロー >>17
07 『晴へ』 >>18
08 普通の子 >>19
09 『瑛太へ』>>20
10 ひなげし  >>21

2 ワンホット・ウィークス
11 『京奈さんは、ダメなんかじゃないよ。』 >>22 >>23 >>24
12 『世界がおかしくて、僕だけが正常だ。』 >>25 >>26 >>27
13 『結局可愛がられるのは、いつも真面目で優しい子だ。』
14 『この罪は、僕が死ぬまで償えないだろう。』
15 『恋がなぜ罪悪か、今やっとわかった気がした。』


登場人物

瀬戸京奈/せと きょうな
矢桐晴/やぎり はる
黛柚寿/まゆずみ ゆず
青山瑛太/あおやま えいた
餅田柊治郎/もちた しゅうじろう

Re: ワンホット・アワーズ ( No.8 )
日時: 2015/12/08 01:06
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
参照: 完璧主義者な彼女の話

03 狂疾
 「柚寿、またこんな遅くまで勉強?」

 ヘッドホン越しに部屋のドアをノックする音が聞こえたので返事を返すと、ホットミルクとカップラーメンをお盆に載せたお母さんが入ってきた。
 時刻は午後11時で、寝るにはまだ早かったので私は英語の問題を解いていた。今日の放課後、京奈と餅田くんに聞かれた問題だった。京奈に、「ねえ柚寿〜。この問題、私も餅田くんもわかんなかったんだけど、柚寿ならわかるよね?」と聞かれて、見てみたらそれは早稲田大学の入試問題だった。私は、英語を苦手だと思ったことはない。しかし難関校の問題を目の前にして、すっかり今までの知識が飛んでしまったようで、まったく解けない問題に呆然としていると、京奈に「柚寿でもわかんない問題ってあるんだねぇ」と言われてしまった。それが悔しいから、今日は最低でもこれを解いたら寝ようとしていたのに。

 「ねえ柚寿、頑張りすぎる必要はないのよ? あなたが前に警察に捕まった時、お母さんは確かに『普通の子になってくれ』って頼んだわ。でも、今の柚寿は柚寿じゃないみたい。いつでも完璧であろうとすると、いつか体を壊しちゃうわ。お願いだから、ちゃんと休憩もしてちょうだいね」
 「……わかってる」

 じゃあ、お母さんもう寝るね、おやすみ。そう言い残して、お母さんは部屋から出ていく。ちらっと見えた後ろ姿は、前よりも頼りなく見える。私が小学生の時は、お母さんはパートをやってて元気そうだったのに、今はすぐ風邪をひいて寝込むせいで仕事もできなくなってしまった。
 お母さんの言うとおりだと思う。お母さんも、いろんなことを頑張りすぎて体を壊している。だけど、今の私に休む余裕はない。完璧でいなきゃ、みんな私に失望して離れていくんだ。今日は大変な失敗をしてしまった。京奈と餅田くんは、きっと私のことを見損なっただろう。「柚寿でもわかんない問題ってあるんだねぇ」の言葉が頭をぐるぐるする。
 完璧でいなきゃいけないのは勉強だけではない。今この時間にカップラーメンなんか食べたら絶対に体重が増える。脂っこいものを食べたら肌が荒れそうなので、もう何ヶ月も食べていない。友達とファミレスに行くときも、できるだけカロリーの少なさそうなものを選んでいるし、やむを得ず帰りにクレープなんか食べた日は2キロ近くランニングをする。私は容姿においても完璧でなくてはならない。
 この生活に、疲れを感じたことはない。美人で頭がいいと、当然みんな私を好いてくれるから、友達や彼氏に囲まれた楽しい学生生活を送っている。でも、私の自頭は決して良くない。元々の顔はそれほど美人でもない。だから私は、ほかの人の3倍くらい努力しているつもりだ。いや、3倍じゃ足りないかもしれない。現に勉強が足りなかったから、京奈と餅田くんが見せてきた問題が解けない。もっともっと頑張らなきゃいけない。
 先が見えないなあ、と思いながら小顔ローラーをころころしていると、私のスマホから軽快なメロディーが流れだした。
 瑛太だろうか。それはないか。瑛太は最近友達とスマホゲームをやってるらしくて、今日もマルチしようぜーだなんて誘われていたから、連絡が来たとしても明日の朝だ。画面を見ると、クラスの友達である戸羽紅音から電話が来ていた。
 紅音から電話が来ることは珍しくない。彼氏がどーだとか、あいつマジウザい、とかそういうことを電話で話すことはよくある。私としては、勉強や自分磨きの良い気分転換になるので紅音と電話するのは好きだった。電話に出るやいなや、「ちょっと聞いてよ柚寿!」と甲高い声で叫ばれたので、私は苦笑を浮かべて、その話を聞いてあげることにした。

 「ちょっと柚寿ー。うちの彼氏、マジでありえないんだけど」
 「なーに、どうしたの? またケンカ?」
 「ケンカっていうか、ウチら明日記念日じゃん? だから、ご飯食べに行くことになったのね。焼肉っていうから楽しみにしてたのに、ワリカンだって! もうほんと失望したから電話切っちゃった」

 そういえば、紅音は今日の朝から「明日は記念日ー!」だなんて私やほかの友達に言って回っていたので、私は明日紅音にお菓子でもあげて記念日を祝ってあげるつもりだった。そんなことでケンカしてたのか、と私はさらに苦笑してしまう。

 「柚寿はいいよねー。青山くん、全部おごってくれるんでしょ? 最高じゃーん」
 「それはそうだけどさー……」

 紅音には言わないけれど、高校生のうちは、親のお金で遊びに行ってるんだから割り勘は当たり前だと思う。私はそれを瑛太に何回も言ってるのに、瑛太は「お願いだから僕に払わせてよ」と言って聞かない。高そうなお店にもいっぱい連れて行ってくれるし、前はいきなり一泊二日の旅行にも連れて行ってくれた。高そうなプレゼントをたくさんくれるし、自分もブランド物の服を山ほど買っている。どこからそんなお金が湧いてくるのだろうか。

 「なーにが『それはそうだけどさー』よ。青山くん、イケメンだし優しいし、超頭いいし、軽音部とかカッコイイし、運動もできるし、ほんとうちのと交換してほしいわー。まあ、青山くんと釣り合うのなんてこの辺じゃ柚寿くらいしかいないけどさ。でもやっぱうらやましー」

 電話越しの紅音の声が、うるさいほど頭の中に響いてくる。
 紅音の言っていることは全部本当だ。最初のうちは、彼氏のことをここまで褒められると私も気恥しかったが、最近はなんかもう、慣れた。慣れたどころか、「瑛太くんは何もしなくてもイケメンで優しくて超頭良くて運動もできるのに、柚寿は、勉強はやんないとできないし、顔はもともと全然美人じゃないし、テニスは中学の頃から続けてるから出来るだけだし、釣り合わなくない?」って遠まわしに言われているような気分になる。釣り合ってない、というのは私が一番分かっている。いくら勉強しても瑛太には成績で負ける。「美人」とよく言われるけれど、それはこの学校が進学校で美容に疎い女子が多いだけ。私はよく見るととても薄い人間なのだ。だから、私は毎日必死にがんばってる。それでも、全然先が見えないけど。
 紅音は何かを決意したような、強い声で言う。

 「柚寿。ウチ、もう別れようと思うわ。他校で青山くんみたいな人探そ」
 「へぇ。がんばってね」
 「柚寿も協力してよー! 青山くんの友達とか紹介して!」
 「えー……うん、聞いてみる」

 よっしゃ、燃えてきたー。柚寿、ウチ今から彼氏にラインするから、またあしたね。紅音がそういうので、私は彼女を応援する言葉を二三個かけて、お互いの幸運を願って電話を切った。記念日を前に突然別れを切り出された彼氏さん、かわいそう。
 瑛太は私から見てもほかの人から見ても完璧な彼氏だと思う。だから、私たちはそこらの数ヶ月で別れる人たちと違って一年近く続いてきた。瑛太は完璧で、私は完璧を演じてきたから。だから、今この幸せがあるんだ。
 この英語の問題を解いたら寝ようと思っていた。でも、なんだか足りなくて、落ち着いていられなくなったので数学の問題もやることにした。これで私は完璧な黛柚寿に近付く。もう私は周りの誰も失望させない。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.9 )
日時: 2015/12/10 00:59
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

 寝不足で頭が痛い。朝は基本的に食欲がないけれど、今日はトースト一枚も食べることができなかった。心配するお母さんをよそに、私は制服に着替える。
 櫻鳴塾高校の制服は、紺のブレザーにリボンとお揃いの赤チェックのスカート。入学が決まった時、お母さんは泣いて喜んでくれたっけ。
 私のお母さんは、3人兄弟の末っ子で、従兄弟の中で一番の年下が私だった。上はたしか、3人いる。もうみんな社会人をやっていたと思う。ひとりは高校を2ヶ月でやめて、もうひとりは中学を卒業したあと家に引きこもっていて、唯一の女の従姉妹は中学3年生の時に妊娠して、今はシングルマザーをしている。だから私が名門の櫻鳴塾高校に入ったときは、親戚中が驚き、一番上の従兄弟には「もしかして、うちの家系の子じゃないのでは」と疑われたものだ。ふたりめの引きこもりには、「お前のせいでボクが働くことになったら許さない。櫻鳴塾なんか、年の東大進学は2ケタいかないじゃないか。中途半端に優秀になりやがって」と言われた。知らない親戚から連絡が来たり、おじいちゃんは私にだけ多くお小遣いをくれたり(まあ、上のいとこは土方やキャバクラとはいえ一応働いているから、学生である私にお金が行くのは当たり前なのだが)した。また、今年のお盆になったら親戚のところに行くだろう。億劫ではあるが、今従兄弟たちがどんな風に暮らしているのかはけっこう気になるところである。

 鏡の前に立ち、顔を洗い髪をとかすこと10分。お風呂から上がったあとは必ず乾かしているから、それほど朝のセットに時間がかかることはない。同級生の女子たちはスプレーで髪を固めたりワックスをつけたりしているけれど、私は風に舞うふわふわした髪の質感が好きだから、ドライヤーひとつで頑張ることにしている。ストレートアイロンも前述した中3で妊娠の従姉妹からお古をもらったことがあるから、どうしてもうまくいかない日はそちらも使っている。あとはまつ毛をビューラーで上げて、歯磨きをして、完成。スクールバスが来る、10分前に家を出る。
 私の家は、そこまで貧乏ってわけでもないけれど、別にお金持ちでもない。家を出たら、平凡な住宅街が広がっている。お母さんが体のよかったうちは、家の前に花壇があって、庭も綺麗に整備されていた。花が好きなお母さんの代わりに今は私がやってあげればいいんだろうけれど、私には花を愛でる余裕はない。我ながら親不孝な娘だと思いながら、私は急ぎ足でバス停に向かった。今日はとても天気が良くて、暑くて溶けちゃいそう。

 「おはよ、柚寿」
 「……あら、今日は早いのね」

 柚寿が遅いんだよ。また寝坊したな、と先に来ていた瑛太は笑う。また寝坊したなんて瑛太は言うけれど、2回に1回くらいは私の方が早い。だって、彼女が彼氏より遅く来るなんて、なんだか申し訳ないから。私としては、余裕を持ってバス停に立っていたい。バス停のすぐ前のローソンでアイスでも買って、やってきた瑛太に「おはよ」と言って手渡したいのだ。バス内は飲食禁止ってことになってるけれど、後ろの席で二人並んで座って、こっそりパピコを半分こして食べるの。私はそんなことをしたいのに、瑛太はいつも私の前を行く。成績も、なにもかも。

 「今日の1限体育だったっけ。僕たちは確かテニスなんだけど、柚寿は?」

 瑛太と私は、中学校の頃から同じ部活だった。でも、話したことはたしか数回しかない。
 中学の頃は、私は部活こそ行っていたけれど学校の方はサボって遊び歩いていることが多く、瑛太だけではなく、矢桐くんや京奈、餅田くんとの関わりも全くなかった。王原第二中学は12組まであったので、みんなは他のクラスの不良女子をいちいち覚えていなかった。京奈はよく、「私たちは、中学校の頃から一緒だったんだから!」と言うけれど、私はこの4人の中の誰かと一度も同じクラスになったこと、なかったんだけどな。瑛太と矢桐くんは、なぜか3年間クラスが一緒だったらしいけど。

 「ううん、バレーかな。いいなぁ、こんなに天気が良くて夏日だと、テニスしたら絶対気持ちいいと思うわ」
 「いいじゃん、柚寿はバレーも出来るんだからさ。この前の球技大会で10点くらい取ってたじゃん」

 球技大会なんて、10ヶ月くらい前だ。そんな前のこと、なんで今でも覚えてるのよ。そう言うと、「柚寿の事はだいたいなんでも覚えてるよ」笑って返されたので、私は何も言い返せなくなった。この人の笑顔が、私はとってもとっても好きだ。みんなは瑛太をイケメンだとかなんでも出来て羨ましいだとか言うけれど、私はこの笑顔が一番好き。そのために今日も一日がんばろって思えるくらい。
 あ、そうだ。突然瑛太が手をぱちんと打った。

 「柚寿、あともうちょっとで、」
 「言わなくてもわかってる」

 記念日、と声を揃える。来週で、付き合って1年になる。顔を見合わせて、笑うと心の底から込み上げてくるような幸せな気分になった。瑛太も同じ気持ちだといいなぁ、と思う。

 「記念日はどこ行きたい? あ、プレゼントもしなきゃなぁ」
 「もう、私は別になにもいらないって言ってるじゃない」
 「柚寿がいらないって言っても、僕があげたいからあげてるんだよ。僕がプレゼントしたもの、全部大事にしてるの知ってるし」
 「……あんまり高いものはやめてね? 瑛太のお金、なくなっちゃうよ」

 念を押すと、瑛太は「柚寿は相変わらず謙虚だなあ」と笑った。昨日電話した紅音の、もう別れる予定の彼氏は1円もおごってくれなかったらしい。もし紅音なら、今こんなことを言われると確実に落ちてしまうだろう。あれは「奢ってくれる彼氏とか最高!」が口癖の女である。

 「記念日はどこに行こっか」
 「お食事に行くのも良いけど、私は瑛太の家に行ってみたいな。私の家では何回か遊んだことあるけど、瑛太の家にはまだ行ったことないでしょ?」

 私はそれをいいアイデアだと思ったのだが、瑛太はそう思わなかったみたいだ。いままで屈託のない笑顔を浮かべていたのに、「え、僕の家かぁ」と言うその笑顔は、同じ笑顔でも苦笑いみたいで。
 付き合った頃から、瑛太は私を頑なに家に案内しなかった。なぜだろうか、と考えてみたことがある。ひとつは、部屋がものすごく汚い説。しかしこれはすぐに選択肢から消えた。瑛太はロッカーの中も綺麗だし、私の部屋に紙くずが落ちてるのを見てすぐに捨ててくれたから。そのほかにも、ハンカチやティッシュを常に持ち歩いていたり、美術の後には特に念入りに手を洗っていたり、綺麗好きであることは一年も付き合っているとわかる。ふたつめは、お母さんやきょうだいに会わせたくない説。これもすぐに消えることになった。前に、ココアが飲みたくなってスーパーに買い物に行ったとき、瑛太と瑛太のお母さんと、大学生の姉に遭遇した。お母さんは30代後半くらいの美人で、お姉さんもとても顔立ちが整っている人だった。10分くらいお話をしたけれど、ふたりとも私にとても良くしてくれたし、瑛太が家族の悪口を言っているのも聞いたことがない。
 瑛太はたくさんお金を持っているから、きっと家はとても大きいんだろう。私の家はいたって普通なので、学校に行く途中にバスの景色から見えるお城みたいな家にはあこがれを持ってしまう。瑛太ばっかりずるいな、私も呼んでほしいのに。

 「ほら、柚寿。もうバス来たよ? 行こっか」
 「……うん」

 腕を引かれて、やってきたバスに乗り込んだ。この話は、しないほうがよかったのだろうか。人のプライベートに侵入するのは、いくら恋人でも良くない。私は窓際に座らせてもらったあと、ごめんね、と謝った。瑛太は笑って許してくれたけれど、なんだか消化不良な朝。バスがゆっくり動き出した。


Re: ワンホット・アワーズ ( No.10 )
日時: 2015/12/06 18:10
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

 今日のバスは心なしか、空いている気がする。気になって瑛太に聞いてみたら、「今日は、3年が進路指導だから午後からなんだよ」と言われた。そういえば、そんなことを担任の中野が言っていた。瑛太が見ていたツイッターの、3年生の先輩と思われる人の「今日は午後から! やったぜ」というなんとものんきなツイートが目に入る。
 斜め後ろに京奈がひとりで座っている。それ以外に知り合いはいないように思われる。このバスによく乗ってくる3年の先輩は、音楽を大きな音で聴いたり騒いだりするので、私はそんなに好きではなかった。瑛太が先輩と仲がいいから、社交辞令で笑って対応しているけれど、よくあんなのと積極的に仲良くできるよなぁと思う。
 しばらくバスに揺られながら、隣の瑛太となんの意味もない話をする。今日は学食で卵スープを食べようかなだったり、昨日食べたきのこの山美味しかったなぁ、いや私はたけのこ派なの、だったり。そうしていると、いつのまにか次のバス停についてしまった。
 そのバス停はそこそこ大きなスーパーの前で、少し行けば高級住宅地が立ち並ぶ。ここでは餅田くんと矢桐くんが乗ってくる。いつも思うのだが、クラスの中で目立つ方の餅田くんと、目立たない方の矢桐くんが並んでいると違和感があるな。ブレザーのボタンを外し、ワイシャツも出して、栗色に染まった髪も時間をかけてセットしているものだろうと思われる、一言で外見を表すと「不良」の餅田くんと、身長がたぶん私より低くて、制服をきっちり着ていて、瞳がよく見えないほど長い前髪に幼い顔立ちの矢桐くん。なんだか、餅田くんが矢桐くんをいじめてるみたい。矢桐くん、カツアゲとかされてないといいけど。

 「おっはよ、青山くん。今朝からラブいねぇ」
 「餅田おはよー。お前も今年こそは彼女つくりなよ」

 茶化してくる餅田くんに、いつもどおり挨拶する瑛太。ここのふたりは、仲がいいらしい。餅田くんの方が一方的に瑛太に絡み回っている印象も受けるけれど、「餅田は良い奴だ」と前に言っていたから、悪く思っていないことは確実だろう。もっとも、瑛太がほかの人の悪口を言うのを私は聞いたことがない。だれとでも平等に仲良くできる瑛太は、友達が多くて頼っている人も多いのだ。その中には当然女子もいて、私は嫉妬してしまうことがたまにあるんだけど、瑛太は1年近くも私を隣に置いてくれている。ううん、なにか裏があるんじゃないかしら。
 そんなことを考えているうちに、餅田くんの後ろに居た矢桐くんが、運転手さんに「早く席に着け」と怒られていて、私は失笑した。悪いのは瑛太と喋っていた餅田くんなのに。矢桐くんはことごとく、運が悪いなぁ。餅田くんのほうはそれに気づかず、瑛太と話をやめる気配がない。さすがに私は矢桐くんが可哀想になったのでふたりの会話を止めた。

 「ほら、後ろ詰まってるから。餅田くん、早く乗ってよ」
 「あー、ごめんね。柚寿」

 なぜか瑛太が謝り、餅田くんは「あぁそっか、こいつがいたんだった」とでも言いたげに後ろを向く。言いたげというか、ぶっちゃけ声に出してたけど。矢桐くんは、もっと自己主張をするべきだ。女の子みたいに、黙ってれば誰かが助けてくれるというわけではない。餅田くんや瑛太に言いたいことがあるなら言えばいい。他人事だからそう思うのだろうけれど、私ならそうすると思う。現状で我慢するなんて、私にはできないから。私は常に完璧でいたいのだ。

 「……柚寿? どうしたの?」

 瑛太が私の顔を見て、「なんか思いつめた顔してたよ、お腹でも痛い?」と聞く。

 「ううん、大丈夫。朝食べなかったから、お腹すいたなぁって思ってたのよ」
 「そっか、僕今パン持ってるけど食べる?」
 「……いいの? じゃあ、もらおうかな。あとでプリンでも買って返すね」
 「ありがと。朝食べないと、体育頑張れないよ? ちゃんと食べてね」

 瑛太が持っていたイチゴ味のパンをちぎって口に放り込むと、甘い味がふわっと広がった。おいしくて、心がほっとする気がする。
 
 「柚寿ってさぁ、いろいろ考えすぎるとこあるよね。柚寿がどう思ってるのかはわからないけど、柚寿はいっぱい頑張ってるんだから、もっと自信持てばいいのに」

 1年間くらい付き合ってきて、何回かは「頑張ったね」と褒められたことがある。それはテストの後だとか、体育大会の後だったんだけど、私はいつだって頑張ってるつもりだ。そうやって自分に完璧を求めすぎた結果、最近は他人にも完璧を求めるようになった気がする。
 京奈は、勉強をしないくせに「できない」と言って、私たちに助けを求める。矢桐くんは、自分の意見を言わないでほかの人に助けてもらおうと思っている。餅田くんは、人に気を配れない。みんな完璧じゃない。みんな、駄目駄目なのだ。

 私は、私自身がとり憑かれている、酷い狂疾に気付けなかったから、こんなことが言えたんだと思う。私はまだ、私の周りの人々を愚直なほど信じていたのだ。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.11 )
日時: 2015/12/08 01:01
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

04 表側
 「で、その先生が、宿題やってないくらいでガチギレしてさー」
 「うっわ、進学校ってこわ。瑛太もキチガイになんなよ」
 「なるわけないだろー」

 土曜日、昼下がり。今までは模試や講習に追われていて、一日いっぱいオフな日は取れなかった。ガラス窓越しに映る街は、土曜日なのに忙しそう。家にいても暇なので、僕の幼馴染で一番仲の良い、いわば親友の七海明治と駅前のスタバに来ている。近況報告しようぜ、とラインすると、彼は二つ返事で了解してくれた。
 明治と書いて「あきはる」と読むこいつは、櫻鳴塾より偏差値が40低い工業高校に通っている。「俺たちなんか毎日溶接だからな」という話を聞いていると、レジに立っていた店員と目が合った。
 店に入った時から思っていた。スタバの店員がさっきからこっちをちらちら見ている気がする。バニラクリームフラペチーノに、チョコレートチップとチョコソースを追加でつけてもらったのだが、クリームを多めにおまけしてくれたし、なにより受け取ったコップにハートマークが書かれている。抹茶クリームフラペチーノを頼んだ明治のプラスチックのコップにも同じく大きめのハートマークがあった。この前柚寿と来た時は「welcome!」だけだったのにな。「まったく、モテすぎるのも困るよなぁ」と明治は笑う。
 明治は将来、モデルかピアニストになりたいらしい。HAREで、彼女に買ってもらったというワイシャツとジーンズは、よく似合っている。明治とは服や小物のセンスも似ているので、一緒に買いに行くことが多いし、彼女さんとも面識がある。たしか、社会人の方だったかな。ピンクブラウンの品が良さそうな髪型が印象的だった。

 「そんなことより、聞けよ瑛太。そろそろ彼女と別れそー」

 抹茶の緑と、ホイップクリームが綺麗に混ざったジュースを飲みながら、さもどうでもよさそうに明治は言う。ストローを噛む癖は昔から治っていないな。

 「え、仲良かったじゃん。どーしたんだよ」

 明治は前から、彼女ができても一ヶ月持たずに別れる奴だったから、僕もそう身構えることはなかった。でも今回の彼女とは二ヶ月くらい続いていたし、前会った時は「俺はリコと結婚する」って言ってたのにな。また別の女に浮気したのだろうか。

 「あいつ、わがままなんだよ。奢ってくれるのはいいんだけど、ケンカするたび『あの時奢ってあげたでしょ?』って言われるし。仕事が疲れたとか言って、全然ヤらせてくんねぇし。もう疲れたよ、パトラッシュー」
 「はいはい、お疲れお疲れ」

 テーブルにだらーんと伏せて、「もっと慰めろよー」と明治は曇った声で言う。フラペチーノ片手に、毎日セットに50分かけているという頭をぽんぽん叩いてやる。当たり前だが、柚寿よりずっと固い。

 「柚寿ちゃんは全然そんなことないだろ? 美人だし。気が強そうなとこがあれだけど、そういうプレイが捗るしなー。いいなー」
 「そんなことないって。柚寿も他の女も同じようなもんじゃん」

 柚寿とは、来週で一年になる。
 高校の入学式の時、柚寿を初めて見た。進学校ということで、ただでさえ男子の割合が多いのに、数少ない女子が地味で芋っぽい子しかいないな、と途方に暮れていた時に見つけたのが柚寿だった。身長が高くて、スタイルが良くて、それに顔も整っている。手を出すなら他校の女子にしようかと思っていたが、柚寿なら隣に置いても恥ずかしくないだろうと思い、仲の良い先生にそれとなく頼んで課外活動や授業の組み合わせを合わせてもらい、去年の6月から付き合っているのだが。

 「柚寿、今日も授業あるし、忙しそうなんだよなぁ」

 バニラフラペチーノを飲み込む。冷たくて美味しいけど、頭が痛くなりそうだ。
 頭の悪い女は、話していて疲れる。しかし頭の良すぎる女はもっと疲れる。女なんて、美人で気が利けばあとはどうだっていいのだ。柚寿は無駄に勉強とか運動とかを頑張ってるみたいだけど、僕としては柚寿ともっと遊びたいし、女は多少わがままなくらいが丁度いい。いつも奢ってあげてるのに、僕から誘わないと「遊ぼう」の一言もないし、もっと可愛げのある女になってくれないかなと思っていたところだ。でも柚寿は容姿が良いから、僕の方から手放すことは絶対にないだろうけど。

 「へー、頑張るね、柚寿ちゃん」
 「まあねー。さすが僕の彼女っしょ」
 「うらやまし。俺のと交換してくれよ」

 柚寿なんかお前に与えても、持て余すだけだと思うけどなぁ。猫に小判というものだ。そうは言わなかったけれど、きっと浮かべた笑顔は苦笑いになっている。

 「あ、そうだ。柚寿ちゃんの友達とか紹介してくんね? 俺もう、頭の悪い女は勘弁。櫻鳴塾の子と付き合いてぇ」
 「それお前、柚寿しか見てないだろ。柚寿はあの中でトップレベルであって、他の女はもう酷いもんだからな」
 「もうブサイクでもなんでもいいよ。これは俺の経験上の話だけど、美人な女ほどわがままで自分が彼氏より優位だと思ってるからな。さ、早く柚寿ちゃんの友達紹介してくれよ」

 柚寿の友達のことは、僕はよく知らない。自称柚寿の友達である戸羽さんや、瀬戸さんならラインを持っているけれど、戸羽さんは彼氏がいるし、瀬戸さんのような純粋な女の子をこいつに近づけさせたくないな。
 ……そういえば、昨日柚寿が「紅音が彼氏と別れそう」と言っていたな。戸羽紅音さん。髪を茶色に染めて、パーマをあてて、ひどい化粧をしているクラスの子。アイラインなんか僕が引いてあげたほうがうまくいくレベルで、チークも濃くて、天然美人の柚寿と並ぶとひどいものだ。
 僕は戸羽さんのライン画面を開いて、うなだれている明治に見せる。

 「これ、柚寿の友達。責任は取らないけど、追加だけしておけば」
 「あかねちゃん? トプ画可愛いじゃん。さっすが瑛太!」
 「実物は酷いけどなー」

 すかさず戸羽さんをライン登録して、最初の挨拶をぽちぽち打ち込んでいる明治を見ていると、柚寿と付き合おうとしていた頃の僕を思い出すな。僕は柚寿で一年持っているけど、明治は数ヶ月に一度はこういうことをしているのだろう。モテすぎるのも困るのである。

 「よっしゃあ、やりー」

 勝ち誇った笑顔で明治は画面を僕に見せる。秒速で帰ってきた戸羽さんの返事は、「青山くんの友達がウチにラインしてくれるとは思わなかった! 仲良くしようね!」という内容のものだった。とりあえず一回ヤってから決めよー、と、長めの髪を人差し指でくるくるしている明治は、いつになく楽しそうだ。
 スタバの店員が、そんな僕たちを興味深そうに見ている。これ以上ここにいると、ラインのIDを書いた紙を渡されそうだ。僕は早く出たかったのだけれど、明治と戸羽さんのラインがやたら盛り上がっているらしいので、暇を持て余した僕は自分のスマホを取り出した。柚寿から、「いま授業終わった」と連絡が来ていた。

Re: ワンホット・アワーズ ( No.12 )
日時: 2015/12/06 22:25
名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)

 戸羽さんの軽さには驚くばかりだ。まだ彼氏とは「別れそう」の段階なのに、ちょっと顔のいい明治に簡単に釣られて、これから渋谷で会うらしい。風が吹いたら飛んで行きそうなくらい軽いと思う。柚寿がそんな女じゃなくてよかった。どうせ、明治と戸羽さんは付き合ったとしても持って一ヶ月だなぁ。駅に消えていく明治を見送って、柚寿を迎えに行くために逆方向へ歩き出した。
 土日はもちろんスクールバスはない。柚寿は母親の車で学校に行っていると聞いた。僕の両親は車を持っていないので、何度か柚寿の母親の車に乗せてもらって学校へ行ったことがある。

 「あー、そうだ。記念日」

 誰かに向けて吐いた言葉ではない。でも、口に出しておかないと忘れてしまう気がした。アリの巣みたいに人間がうじゃうじゃしているこの街に、落としてしまったものはいくら探しても見つからないだろう。駅で適当に高いネックレスでも買って渡せば柚寿は喜ぶかなと思い、ふと財布を見ると、そこには一万円札が1枚入っているだけで。昨日、欲しかった革靴を買ったから無くなったんだっけと、ようやく思い出した。プレゼントはまた今度買いに来よう。今は柚寿との待ち合わせ場所へ急ぐことにした。
 柚寿には、できるだけ高価なモノを買ってあげたい。柚寿は友達が多いので、なにかがあればすぐに広まる。安物なんかプレゼントした日には、戸羽さんあたりに叩かれて、女子からの評判が悪くなってしまうだろう。……1万か。足りない、全然足りない。
 僕の小遣いは月3000円であり、柚寿は僕の5倍貰っている。柚寿はうまくやりくりして、友達と遊ぶ金やほしいものを買う金を作っているらしいが、僕の3000円ではやりくりも糞もない。だいたい、母さんは弁当を作る暇もないので昼ごはんは購買で買わなくてはいけない。毎日200円のパンと120円のジュースを買ったとして、それが一ヶ月続くとしたら、もう僕が自由に使える金なんてないじゃないか。
 無意識のうちにスマホを取り出していた。連絡をする相手は柚寿でも明治でもない。戸羽さんや明治や、柚寿や僕の母や、クラスの友達から来ているラインをすべて無視し、僕は早急に電話のアプリを起動する。あいつは、ラインなんてやっていない。「これで最後にしよう」と何回も思っているので、番号は連絡先に登録していない。でも、指は正確にあいつの番号を覚えている。

 「……もしもし。矢桐です」

 ワンコールで、あいつは電話に出た。妙な安心感が全身を襲う。

 「もしもし、青山だけど。今日文系組は授業だったろ? 僕新葉の駅にいるから、いつものよろしく」
 「……僕、今3万しかないけど?」
 「こっちは1万しかないんだけど」
 「……」

 電話が切れて、無機質な途切れ途切れの電子音だけが残った。無言の了承と言うものだ。
 柚寿は友達と話したり、わからないところを聞いたりしてから来ることが多いので、まっすぐ帰ってくる矢桐から金を受け取って、柚寿との待ち合わせをしている柱時計の前へ行けば丁度いい時間になるだろう。

 矢桐の家は金持ちだった。父親が医者で、母親が大学の教授らしい。中学3年生の時、受験勉強でイライラしていた僕は、クラスでも地味でおとなしい矢桐を密かにからかって遊んでいた。むろん、こういうことをすれば女子や教師からの評判が悪くなるので、密かに、である。
 その頃の僕の小遣いは月1000円だった。まあ、中学の頃は部活が忙しかったし、公園や河川敷でぎゃーぎゃー走り回ってるだけでも楽しかった時代だ。でも僕は、どうしても友達の明治が持っているプレイステーションが欲しくて、毎日悶々としていたのを覚えている。
 中3はあっという間に過ぎ、すぐに正月が来た。「パチンコで勝った」と言って珍しく機嫌が良かった祖父は、僕に裸の1万円札を渡した。僕は、こんな大金を初めて見た。あと少し貯めれば中古のプレイステーションが買える。でも、服だって欲しかったし、古典が苦手だったから古語辞典も欲しかった。
 ある日興味本位で、僕は矢桐にお年玉の金額を聞いた。僕はその頃、矢桐を「自分よりも下の人間」と思い込んでいたので、きっと僕よりも少ないのだろうと思っていた。自分より下を見て安心したかったのかもしれない。しかし、矢桐の答えは僕の想像していたものより、ずっとずっと高かった。

 「お金だって、ゲームにしか興味がない地味で根暗なあいつに使われるより、美人の女の子のために使われたほうが嬉しいよなぁ」

 喧騒に飲まれて、誰にも聞こえない。誰に当てたものでもないので、独り言で十分だ。強いて言うのなら、これから僕のものになる、矢桐の財布の中の3万円に言ったのだけれど、聞こえてるかな。
 その時以来僕は矢桐から金を奪うのをやめられずにいる。いつバレるだろうか。バレたら僕が築いてきた高校生活は、終わりだ。矢桐はなぜか誰にもチクらないのが逆に怖い。外部が僕たちのことを告発しない限りバレないのだが、餅田あたりは感づいている気がするんだよな。こわいこわい。
 でも、僕は柚寿にプレゼントを買ってあげないといけない。柚寿だって僕に何か買うはずだ。これで終わりにしよう、とぼんやりと思う。たぶん、やめられないけれど。


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