複雑・ファジー小説
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- ワンホット・アワーズ
- 日時: 2016/01/10 01:19
- 名前: 楠木ひよ (ID: DYDcOtQz)
- 参照: https://twitter.com/hiyoyo7o
リメイクを考えているので、一時的にロックさせていただきました。
楠木ひよです。
趣味で文を書く事はありますが、人に読んでもらった経験はあまりないので、気合を入れて書きたいと思います(`・ω・´)
題名は「one hot hours」と「one hot a wars」をかけています。(伝わって)
青春と恋愛と修羅場と狂気の、群像劇形式のお話です。けっこうころころ視点変わります。
いつかオリキャラも募るかもしれないです。
感想など頂けたら嬉しいですヽ(´▽`)/
つったかたー@hiyoyo7o
◆
もくじ
00 >>1
1 ワンホット・アワーズ
01 劣等 >>2 >>3 >>4
02 裏側 >>5 >>6 >>7
03 狂疾 >>8 >>9 >>10
04 表側 >>11 >>12 >>13
05 隠匿 >>14 >>15 >>16
1.5 伝えたいこと
06 ヒーロー >>17
07 『晴へ』 >>18
08 普通の子 >>19
09 『瑛太へ』>>20
10 ひなげし >>21
2 ワンホット・ウィークス
11 『京奈さんは、ダメなんかじゃないよ。』 >>22 >>23 >>24
12 『世界がおかしくて、僕だけが正常だ。』 >>25 >>26 >>27
13 『結局可愛がられるのは、いつも真面目で優しい子だ。』
14 『この罪は、僕が死ぬまで償えないだろう。』
15 『恋がなぜ罪悪か、今やっとわかった気がした。』
◆
登場人物
瀬戸京奈/せと きょうな
矢桐晴/やぎり はる
黛柚寿/まゆずみ ゆず
青山瑛太/あおやま えいた
餅田柊治郎/もちた しゅうじろう
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.3 )
- 日時: 2015/12/01 18:39
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
- 参照: 12/1 大幅修整
「なーにやってんだよ、柚寿。花瓶落としたってマジかよ。中野に怒られても知らねー」
「違う、私じゃないわよ。京奈が落としたの」
全然解けない英語の問題にいつまでも取り組んでいても仕方がない。世間話は、クラス内のカップルが別れた話から、柊治郎くんの進路は東京の六大学レベルじゃないとおじいちゃんに怒られるという話に変わり、そして先ほど私が落とした花瓶の話になった。はやし立てる柊治郎くんを、きっぱりと切り捨てて柚寿はこっちを見る。
「そう、私が落としたんだよ。それで、柚寿が片付け手伝ってくれて」
「ふーん、瀬戸だったのか。まぁよく考えると、柚寿は花瓶なんか触らねえもんな」
花なんて興味ないもんな? と、悪戯げに笑って柊治郎くんは柚寿に問う。遠まわしに柚寿に向かって「花を愛でるほどの女子力がない」と言っているのだろう。柚寿は少しむっとして、失礼ね、とだけ返した。
……今日もだ。
柊治郎くんは、柚寿のことを下の名前で、しかも呼び捨てで呼ぶ。私のことは瀬戸と苗字で呼ぶのに。
思うに、柊治郎くんは、柚寿のことが好きなんだと思う。無理はない話だ。柚寿は美人で、頑張り屋で、成績も良いし教師からの信頼も厚い。私が男子だったら柚寿に恋をしてもおかしくないし、柊治郎くんもきっとその一人なんだろう。
問題は、その柚寿には既に交際相手がいることなのだ。それも、バス待ちメンバーの5人の中に。私は誰かと付き合った経験はないけれど、誰かと誰かが付き合った、という話をするのは好きだから多少興味はあるし、柚寿たちのことも素直に微笑ましいと思う。しかし柊治郎くんが柚寿になにかアプローチをかけたりして、5人の仲が崩れてしまったら。というのがここのところ一番の心配事だ。バスを待つあいだの一時間は、どうしても5人で楽しく過ごしたい。
今度、柊治郎くんと話すことがあったら聞いてみよう。そう思いながらふたりの会話を聞いていたら、突然教室のドアがあいて、どこかに行っていた別のふたりが帰ってきた。
「瑛太くんと晴くん! どこ行ってたの?」
バス待ちメンバーの残りのふたり、瑛太くんと晴くんが揃って帰ってきた。「んー、ちょっとコンビニ」と、瑛太くんは少女漫画からそのまま出てきたような爽やかな笑顔で答え、晴くんは無言で自分の席の荷物を取りに行った。この瑛太くんが柚寿の交際相手で、たぶんもう少しで一年になるのかな。瑛太くんは柚寿以上に人脈が広くて、他校にも友達が多い。きっと瑛太くんの人柄がいいからだろう。去年の文化祭で開催されたミスター櫻鳴塾コンテストでは一年生にして優勝し(ちなみに、柚寿は去年ミスコンに出なかったらしい。美人なのにもったいない)、成績も私より遥かに良くて、確かクラスでも一番か二番なので、柚寿にはお似合いな相手だ。私もこれくらいの、アイドルみたいな彼氏ができたらいいんだけど、しばらくはまだ無理そうだ。
晴くんの方は、クラスでも目立たないおとなしいタイプ。私がたまに話しかけるときと、柊治郎くんが絡みに行く時以外、誰かと会話しているのを見たことがないくらい静かだ。中学の頃は何かといじめられたことがあったらしいが、高校にもなるとさすがにそんな事をする人もいない。
そんな正反対の瑛太くんと晴くんが揃ってコンビニに行くのだから、面白いと思う。放課後のこの一時間がなければ、こんなつながりはなかったわけで。バスが来るまで、残り35分。瑛太くんが買ってきたお菓子を5人で食べることになった。
「僕は、『きのこの山』のほうが美味しいと思うんだけどな。柚寿が『たけのこの里』が好きっていうから、どっちも買ってきたよ」
瑛太くんが並べた机にお菓子を広げる。私は、どちらかというと『きのこの山』が好きだ。隣に座っている晴くんにも聞くと、突然話しかけられて驚いたのか「え、えぇ、僕は別にどっちでも」と微妙な返答をされた。晴くんは、お菓子があまり好きではないのだろうか。
「俺もどっちかっていうと『たけのこの里』派だな。チョコの面積が多いし」
柊治郎くんがそう言いながらパッケージを開けはじめる。「まさか餅田くんとかぶるなんてね」と柚寿が言う。柊治郎くんは、わざと柚寿に合わせたのではないだろうか、と私は思ってしまう。ひやひやしながら見ていたが、瑛太くんの方は特に気にする素振りもなく、別のパッケージを開けながら言った。
「たけのこも美味しいんだけど、手が汚れるし。きのこはクッキーの部分を持てば手が汚れることもないからさ」
「手が汚れるくらい気にすんなよなー。拭けばいい話だろ。なあ、黛」
「そうよ、箸でつまんで食べたらいいじゃない」
『きのこの山』を食べ始めた私と瑛太くんと、『たけのこの里』を食べ始めた柊治郎くんと柚寿。瑛太くんの意見に、柊治郎くんと柚寿が反発する。
柊治郎くんは、瑛太くんが居るときは柚寿のことを苗字で呼ぶ。だから、柚寿を呼び捨てで呼ぶときにはとても違和感を覚える。まるで、見てはいけないものを見ているような気分になるのだ。仲良しなはずの5人の裏側を見ているような気がして。柚寿も柚寿でおかしい。「私には瑛太がいるから、そういうのはやめて」って言えばいいのに。柚寿も5人の雰囲気が悪くなることを気にしているのだろうか。
外は、雨が降っている。これから梅雨の季節に入り、それを越えると夏が来る。窓ガラスを打ち付ける小雨の音が不穏に響く。
この3人を見ているのがなんとなく嫌になった。私はただ、楽しそうに会話する3人のすぐ横に、取り残されたように座っている。楽しいはずだった空間に居るのが辛くなってきた。
「……瀬戸さん? お菓子、食べる?」
普段めったに自分から喋らない晴くんが、心配そうにこっちを見ている。「あ、ありがとう! ごめんね」と、私は差し出されたお菓子を受け取る。
……そうだ。このメンバーは、中学校の頃からずっと一緒だ。今更関係が悪くなることなんて絶対にないだろう。きっとこの思いも杞憂に終わる。明日になれば、またみんな仲良くなる。今日は柚寿と柊治郎くんがふたりで居たから駄目だった。明日はきっと最初から瑛太くんが居るから、最初から最後まで楽しいままの気分でいられる。
「瀬戸さん、もしかして疲れてる? 昨日も一昨日も古文の補修みたいだったし……」
「うーん、そうかも。私、古文ってほんとに苦手なんだって。晴くん、教えてよ」
心配そうだった晴くんの表情が、ぱっと変わった。驚いているのか喜んでいるのか微妙な顔で、晴くんは言う。
「……え、僕でいいの? ……ほんとに?」
僕でいいもなにも、私は晴くんに頼んでるんだよ。そう言うと、晴くんは顔を真っ赤にして「ありがと」とぎこちなく微笑んだ。きっと褒められて嬉しいんだろう。晴くんはすぐ顔に出るのでわかりやすい。
晴くんが言ったとおり、二日連続で古典の再試に引っかかるような私は、とにかく勉強しなくてはならない。まだ「きのこかたけのこか」で争っている3人をよそに、私は机の中から古典のプリントを出して机に広げた。
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.4 )
- 日時: 2015/12/01 18:41
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
晴くんのおかげで、問題をすべて解き終えることができた。理解したか、と聞かれると困ってしまうが、とりあえずこれで一応課題は提出できる。晴くんにお礼を言うと、「そんな、お礼されるほど」と謙遜されてしまった。晴くんは、私よりできることを鼻にかけないから偉い。晴くんだけではない、柚寿も美人をいい事に威張り散らすことは無いし、瑛太くんも友達がたくさんいるからといって弱い者いじめをすることはない。柊治郎くんもめったに自慢しないから、実は絵が上手で料理もできることをつい最近まで知らなかった。
私には、何もない。なにかの間違いで名門校に入ってしまった、ただの落ちこぼれなのかもしれない。
晴くんは机で荷物を整理している。柚寿たちは、お菓子をつまみながらスマホをいじっている。彼らにとって、勉強ができて、顔が美人で、友達がたくさんいるということは当たり前の事なのだろう。だから、自慢せずに謙虚でいられるのだ。
「ねぇ、晴くん」
いてもたってもいられなくなって、私は晴くんに声をかけた。昔から、悩むのは苦手だ。一人で悩むよりも何人かで共有したほうが一人分の重みは減る。そう思うと、この胸中を打ち明けられずにはいられなかった。晴くんは珍しく穏やかな顔で、「どうしたの、瀬戸さん」と答える。
「私、本当になんにもできなくて困っちゃうな。ちゃんとした大人になれるのかな」
「瀬戸、そんな事で悩んでるのかよ」
人の話に突っ込んでくるのが大好きな柊治郎くんが、スマホを弄る手を止めて興味津々な顔でやってくる。
「こうやって、みんなで過ごす放課後が大好き。でも、いつかはみんな卒業してそれぞれの進路に行っちゃう。みんなが成功して幸せになる頃、私はひとりぼっちなんじゃないかって」
「だから、さっきから浮かない顔してたんだね。瀬戸さん」
誰もいないはずの右側から声がして、はっとしてそっちを向くと、瑛太くんが笑顔で立っていた。見抜かれてしまったみたい。さすが、人と接するのが得意な瑛太くんだ。いつの間にかその隣には柚寿もいて、私の周りに4人が集まった。
「……まあ、なんかあったら俺たちが瀬戸を助けるからさ。高校にいるうちはもっと楽に生きてもいいんじゃね」
「そうそう。僕ら、中学校からの仲じゃん。ずっと仲良くしようよ」
「京奈は明るいし、素直だからうまくいくと思うわ。意外と一番早く結婚したりしてー」
みんな温かい笑顔で私を見ている。柚寿が茶化すように私の肩を叩く。「そうだ、お互いの結婚式は絶対行きたいな。餅田とか、どんな人と結婚するんだろう」と瑛太くんが笑う。柊治郎くんも、どうだろうなーと言って笑う。晴くんもその横で穏やかな笑顔を浮かべている。
「もう、なんでみんなそんなに優しいのっ」
そんなに優しくされると、ますます自分のこと嫌いになっちゃうじゃん。
5人でいるのは楽しい。晴くんも柚寿も瑛太くんも柊治郎くんも大好きだ。でも、自分のことはどうだろう。5人でいるのが好き、ここで過ごす一時間が大好き、とさんざん言ってきたけれど、私は内心で実はこの4人に、好意と同じくらいの劣等を抱いていたのかもしれない。中学校から一緒に過ごしてきた4人を手離したくない。でも、みんなそれぞれに優秀だから、いつかはどこかに行ってしまって、私ひとりになってしまう。私はそれがたまらなく怖い。だから余裕が無くなって、柊治郎くんが柚寿を呼び捨てにしたり、柚寿が柊治郎くんを拒まないことを許せないんだ。すべては、私の心がけが悪い。私が「ここは楽しい、何の問題も一切起きない場所」と思わないから、そう見えないんだ。ぜーんぶ、私が悪い。私が笑って全てを許せば、楽しい一時間は帰ってくる。
「ありがとう、みんな」
私は笑う。みんなも笑う。これでいいんだ。これで、全てはいい方向に向かう。
もうすぐ、今日の一時間が終わる。今日はちょっと失敗しちゃったけど、また明日いっぱい笑おう。
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.5 )
- 日時: 2015/11/29 17:34
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
02 裏側
いつか青山瑛太を殺すつもりだ。
僕は彼に呼び出された場所に向かうため、長ったるい廊下を歩いている。今日もどうせ、「柚寿とのデート代が足りないから貸せ」と言われ、少しでも嫌そうな態度を取ると何発か殴られる。それでも僕が金を貸すのを渋ると、青山は繋がりがあるという他校の不良を呼ぶ。僕の事情など知る由もない、人が入り乱れて楽しそうな廊下に殺意が沸いて、思わず僕は舌打ちをした。
……あぁ、憂鬱だ。早く教室に戻りたい。今、放課後の教室には憎き青山の彼女である黛柚寿と、やたらと僕に絡んでくる餅田柊治郎と、僕の密かなお気に入りの女子瀬戸京奈さんが残っていると思う。青山に殴られるよりも、教室で瀬戸さんたちと話している方がよほど有意義だ。待ち合わせの場所が近付くにつれて、どんどん体が重くなっていく。
僕は中学校の頃から、青山に累計で300万以上の金を取られている。気が弱そうに見える僕に目をつけたのだろう。最初は1000円だったが、僕の家がちょっと金持ちなのを知るとその額は次第に上がっていき、今では3万や5万は軽く飛ぶ。黛さんと付き合い始めてからはさらに酷くなり、5万でも不満そうな顔をされる始末である。そして、その悪行は今まで4年間誰にもバレたことはない。青山は、この4年間ずっと顔がかっこいい、性格もいい、頭もいい完璧な好青年を取り繕っている。
絶対にほかの生徒や教師に見つからない、今はもう使われていない体育館の裏が僕への格好のリンチスポットだった。ボロい体育館に寄りかかって、モバイルバッテリーに繋いだスマホを弄っている青山は、重い足取りでやってきた僕に気づくと、普段教室では見ないような歪んだ笑顔を見せた。女子たちはこれのどこが良いんだろう。いくらイケメンだと入学した直後から騒がれていたって、いくらツイッターで顔を載せたツイートが600件くらいイイねされたって、僕はこいつが大嫌いだ。僕の頭の中で数え切れないほど惨たらしく殺しているのに、こいつはいつもここにいる。いつか、本当に殺してやろうと思っている。そのときは黛さんも道連れだ。黛さんだって間接的には僕の金で遊んでいることになる。青山なんかと付き合ったことを、死んだ後まで後悔させてやる。
そう思っている僕の渦中など知らない青山は、「わかってるよね。それじゃあ、くれるかな」とニヤニヤ笑っている。僕は黙って財布を差し出した。今日は、母に「欲しいゲームがある」と嘘を吐いて3万円をもらった。昔は母や兄の財布から金を抜き取って青山に渡していたが、不信を感じた母や兄を通じて青山の悪行がバレると「僕がこの手で青山にすべての制裁を加える」という計画が台無しになる。最高潮に調子に乗った青山が、どん底まで突き落とされる光景は、この僕が最初から最後まで一瞬も逃さず見る権利がある。まず最初に、身動きを取れない状態の青山の前で黛さんを殺す……いや、そのまえに黛さんを青山の目の前で強姦でもしたら、あいつはどんな顔するんだろう。きっと、大好きで大好きでたまらなくて(僕の金だけど)大量に金を貢いだ女が、自分のすぐ目の前で、これまで蔑んできた男に汚されたら、さすがの青山でも平静を保っていられなくなるだろう。散々遊んだら黛さんを切りつけてあっさり殺し、さらに絶望してもう何が何だかわからない状態の青山をたっぷり時間をかけて殺してやる。それが実現できたら、あとはもう逮捕されたって死刑になったって構わない。
「……3万か。しけてんなー。……おい、矢桐」
いつのまにか財布の餞別が終わったらしい。青山の声で現実に戻された。猫のような瞳が不機嫌な色をしている。
人が滅多に通らないので、ろくに手入れもされていない草むらに僕の財布が転がっている。青山は僕の3万円をつまらなそうにポケットへねじこんだ。
……実際、青山自体は喧嘩はそれほど強くないと思う。身長は春の身体測定で164から微動だにしなかった僕と、5センチほどしか変わらない。身長が高くてスタイルのいい黛さんと並ぶとそれはさらに顕著で、噂によると青山は身長が低いことだけがコンプレックスなのだとか。あと、中学時代こそテニス部のエースで活躍していたが、高校からは週一しか活動のない軽音楽部に入ったおかげで運動能力も低下しているだろう。僕が3ヶ月くらい本気で鍛えたら勝てそうである。
「来週は柚寿との記念日もあるし、友達の誕生日も多いから5万な」
「……」
よくこんな、偉そうなことが言えるな。僕が援助してやらなければ、青山は黛さんとデートもできないし、お洒落な服も、そのモバイルバッテリーも、友達のプレゼントも買えない。青山をリア充高校生にしてやってるのは、ほかでもないこの僕だというのに。
「……なにつっ立ってんの。早く戻んないと、柚寿とか瀬戸さんが待ってるだろ。……あ、コンビニ行こうぜ。そういえば柚寿が『たけのこの里』が食べたいって言ってたし」
「……」
そのお菓子を買う金の出処も僕だ。僕はお菓子なんかいらないからさっさと教室に戻りたかったのだが、少しでも逆らうと青山にまた殴られる。最寄りのコンビニまではここから時間もかからないので、僕は歩き出す青山についていった。
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.6 )
- 日時: 2015/12/01 20:27
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
- 参照: とても書きやすい矢桐視点
青山が僕を連れて歩くのは珍しいことだった。僕なんかと一緒にいたらカーストが低そうに見えるから、らしい。学校のすぐ横にあるセブンイレブンに入ると、青山はお目当てのお菓子を探し始めた。
放課後なだけあって、とても混んでいる。暇そうなOL、幼稚園帰りの子供の手を引く母、そして櫻鳴塾高校のブレザー姿。こんなに混んでいて人が多いところに、よく僕を連れてきたと思う。普段なら「矢桐の隣を歩きたくないから先に戻っていろ」と言うくせに。まあ、どっちにしろ人の多いところは嫌いなので早く帰りたい。やる気がなさそうに接客するアルバイトの大学生に同情の目を向け、僕もコンビニを当てもなく歩き始めた。
青山は、店内で会った後輩の男子生徒ふたりとデザートのコーナーの前で話をしている。僕は何も考えずに週刊誌を手に取る。一番大きな記事の下に、僕が少し好きなアイドルが、社長と枕営業で解雇寸前という記事を見つけた。気分が悪くなった。
「矢桐さぁ、進路とか決まってる?」
その帰り道に青山が唐突に発したのが、以上の台詞である。今は6月のはじめなので、進路を考えるのはまだ少し早い。突然過ぎて「えっ、まだだけど」という無難な解答しかできなかったが、妄想の中の僕なら「お前を殺して牢屋に入るつもりだから、進路なんかない」と答えていただろう。そんな僕を置いてきぼりにして、青山は続ける。
「僕、受験勉強したくないんだよね。櫻鳴塾に入った時だって死ぬほど勉強しただろ? 実際、もうあんなに勉強したくないよな。瀬戸さんみたいに指定校推薦かAOで入れたら楽だけど、でもやっぱり学歴はいい方が後々楽だし、しょうがないから国立受験するかーって」
進路か。大学に入ると、僕たちは別々になるだろう。青山は僕より遥かに成績がいい。中学生の時は僕の方が良かったのだが、高校に入ってからは逆転してしまったから悔しい。そういえば青山は僕がいなくなったら、誰から金をとるんだろう。何もしなくてもただ脅すだけで金が手に入る今の状況は、いつか絶対に手放すことになる。青山は僕がいないと駄目なのだ。金がないと黛さんも友達も離れていくのだろうか。そう思うとなんだかかわいそうにもなってくる。だからと言って僕の金を取っていいわけではない。金がないのならアルバイトでもすればいいし、本当に良いやつは金を持ってなくても友達がいっぱいいる。僕は意を決して、青山に聞いてみることにした。
「……青山ってさ、僕がいなくなったらどうやって金稼ぐの? 」
「なに言ってんだよ、矢桐」
「大学、別々じゃん」
青山はきょとんとして僕を見る。そして、笑った。その表情は僕をいじめるときのものじゃなくて、冗談を言った親しい友達に笑って返事をする時のような。僕に向かってこんな顔をするのは初めてかもしれない。動揺する僕に、青山は言う。
「僕は矢桐と同じ大学に入るつもりだけど」
*
やっぱり殺すしかない。殺しでもしないとこいつは僕に一生付いてくる。大人になっても「柚寿にプロポーズしたいから婚約指輪代をくれ」なんてほざいている未来が容易に見える。あぁ、その頃にはほかの女と付き合ってるかもしれないけど。でも何にせよ、青山は早いうちに抹消しなければならない。僕のこの手で。
「瑛太くんと晴くん! どこ行ってたの?」
教室に戻ると、予想通り黛さんと餅田と瀬戸さんがいた。瀬戸さんが僕たちに気づいて嬉しそうな声を上げる。3人で勉強をしていたらしく、英語Ⅱの教科書が机に並べてある。青山は笑顔で瀬戸さんに、「んー、ちょっとコンビニ」と答え、僕は自分の机に戻ってプリント類を整理しようとしていた。スクールバスが来るまで、僕たち5人は毎日教室で暇つぶしをしているのだが、ほとんどの日は僕以外の4人が勝手に盛り上がっているだけである。特に日頃クラスでおとなしくしている瀬戸さんは、このメンバーになるとハメを外したくなるようで、黛さんや餅田にたくさん絡みに行っている。可愛い。
「僕は、『きのこの山』のほうが美味しいと思うんだけどな。柚寿が『たけのこの里』が好きっていうから、どっちも買ってきたよ」
青山がそう言いながら机にお菓子を並べる。瀬戸さんは目を輝かせてそれを見ている。黛さんは「もう、買ってきてくれたの? ありがと」と笑う。餅田はわりとどうでもよさそうにしている。三者三様である。
「ねえねえ、晴くんはどっちが好き?」
隣にいた瀬戸さんが、僕の方を見てこれ以上ないほどの笑顔を浮かべている。彼女の笑顔は、ゴミ溜めのような僕の心をホイミの如く癒してくれる。瀬戸さんはクラスに居るときはおとなしいものの、本当は笑顔が素敵で明るい人だ。そして、僕のことを下の名前で呼ぶ唯一の女子である。こういうのって本当にずるいと思う。瀬戸さんの方は、僕に気など1ミリたりともないだろう。でも僕の方からすると、気があるようにしか見えない。結局、「僕はどっちでもいい」と無愛想な対応をしてしまったけれど、僕はどっちかというときのこ派です、瀬戸さん。
「俺もどっちかっていうと『たけのこの里』派だな。チョコの面積が多いし」
餅田柊治郎がそう言いながら『たけのこの里』のパッケージを開け始める。目つきも悪い、制服の着方もだらしない、髪型がサブカル男子っぽい、こんなエセ不良みたいな奴にお菓子は全然似合わないな。そしてたけのこ派は僕と瀬戸さんの敵だ。ていうか、餅田はさっきお菓子に対してどうでもよさそうな顔してなかったっけ?
「まさか、餅田くんとかぶるなんてね」
黛さんが含み笑いを浮かべる。なんというか、ミステリアスな魅力がある人である。綺麗に切り揃えられた長い黒髪をかきあげて、「餅田くん、お菓子に興味ないと思ってた」と続ける。クラスでは成績が青山の次くらいに良くて、テニス部にも所属している黛さんは、まさに才色兼備だ。まあ、人間は多少欠けているほうが魅力的に映る。僕は瀬戸さんの方が好みだし、黛さんは青山と付き合っているというだけで僕からの評価はマイナスだった。
「たけのこも美味しいんだけど、手が汚れるし。きのこはクッキーの部分を持てば手が汚れることもないからさ」
青山は笑って言う。その言葉に、きのこ派の瀬戸さんがうんうん、と頷く。同じくきのこ派の僕が言うのもなんだけど、手が汚れるなら箸で食べればいいだろ。僕はゲームをしながらポテトチップスを食べるときは、画面が汚れるのが嫌だから箸で食べるぞ。
「手が汚れるくらい気にすんなよなー。拭けばいい話だろ。なあ、黛」
僕や黛さんに「お菓子に興味なさそう」と思わせた不良、餅田がそれに反論する。確かに手が汚れたのなら拭けばいいだろう。
「そうよ、箸でつまんで食べたらいいじゃない」
話を振られた黛さんが真剣な顔で言う。……僕はどうやら、黛さんとまったく同じことを考えていたようだ。箸で『たけのこの里』を摘んで食べる、ミステリアスな美人黛さんを想像したら笑いそうになる。
さっきからまったくお菓子に手をつけていない瀬戸さんに、『きのこの山』を差し出すと、喜んで食べてくれた。瀬戸さんは、いつも他人の損得ばかり気にして、自分のことは後回しなのだ。本当に優しい人だと思う。そして、こっちまで嬉しくなるような笑顔を向けられたら、さっき青山にされたことも全て忘れてしまいそうになる。瀬戸さんがこんなふうに笑ってくれるこの一時間が、実は僕も好きだった。
- Re: ワンホット・アワーズ ( No.7 )
- 日時: 2015/12/01 18:46
- 名前: 楠木ひよ ◆IvIoGk3xD6 (ID: DYDcOtQz)
- 参照: 12/1 誤字修整
その日の帰り道のことである。
スクールバスに乗り込んだら、あとは5人とも思い思いの席に着く。青山や黛さんは別のクラスの友達と相席するので、僕らが一緒に過ごす一時間はここでおしまいだ。ただ今日は運が悪いことに、隣に餅田がいる。餅田といつも座っている隣のクラスの男は今日欠席しているらしい。「あいつ、胃腸炎になりやがって、ほんと情けねえな。そんな季節でもないのに」と悪態をついている。
ついてないなあ、と思いながら僕は窓の外を見た。櫻鳴塾高校は、都心からは少し離れた場所にある。ほとんどの生徒は電車や自転車で通えるのだが、僕たちが通っている王原第二中学までは車で行っても一時間弱はかかる。そこから僕の家まで、しめて一時間半。とても時間を無駄にしている気がするので、僕はよくバスの中で単語帳を捲ったり携帯ゲームをしたりするのだが、餅田が隣にいられては集中力も切れる。餅田のことはさして好きでも嫌いでもない。いつだったか、確か先月あたり。僕がコミュニケーション英語の時間で先生に「二人組作って」と言われたとき、誰と組むか決まらなくて孤立していたら、餅田はもう友達と組んでいたのにそれを振り切って僕と組んでくれたな。瀬戸さんから聞く話によると、青山の方が優男だとかイケメンだとか言われているらしいけど、僕は青山に比べたら餅田の方がまだ好感は持てる。
「矢桐、ホットココアとか好き?」
「……え?」
そんな餅田が急にこんな事を聞いてきたので困る。
餅田の左手には、「贅沢ミルクホットココア」が握られている。さっきのたけのこの里事件といい、なんて餅田は甘いものが似合わないんだ。僕や黛さんに「そんなキャラじゃない」と思わせたというのに、まだそのネタ引きずるか。と僕は心の中でツッコミを入れる。あと僕は世界で認められたココアのほうが好きだ。
「……そんな嫌そうな顔しなくてもいいだろー。矢桐、よく昼休みココアとかカフェオレとか飲んでるだろ。これ、さっき瀬戸からもらったんだけど、俺どっちかっていうと炭酸のほう好きだし。お前にあげるよ」
餅田は僕にココアを渡す。まだちゃんと暖かいそれは、瀬戸さんが餅田に買い与えたものらしい。なぜ瀬戸さんが餅田に? と、僕は考えてしまう。ふたりがそこまで親密だとは思えない。僕の知らないところで何があるかはわからないけれど、なんとなく瀬戸さんは僕を好いているような気がしないでもないのだ。たまにそんな根拠のない自信が、ふらっと現れる事がある。さっきは「瀬戸さんは僕に1ミリも気はないだろう」と言ったが、よく考えてみると1ミリも気がない男子のことを下の名前で呼ばないし、お菓子を渡したり将来の悩みを話したりしない。つまり、瀬戸さんは餅田ではなくて僕の方が好きなのだ。そんな瀬戸さんが、なんで餅田にココアなんか買ってあげてるんだよ。
「……瀬戸さんと仲良いの?」
「別に。今日もお疲れ様、って貰っただけ」
「……」
餅田に対してずるい、と思ったのはこれが初めてだ。餅田は運動こそできるものの、成績は僕より少し下だし、英語なんて毎回補修だし、すぐ生徒指導部に捕まったり、不良の真似事みたいなことをしたり、はっきり言って見下していた。僕のことを散々いじめてるくせにのうのうと生きているどころか、なんでも器用にこなしてしまう青山には殺したいほどずるいと思っているけれど、まさか餅田をこんなふうに思う日がくるとは思わなかった。
「瀬戸ってさ、ふわふわしててわかんねーよな。お前にも普通に話しかけるし、俺のこともこうやってキープしてるだろ。あーみえてあいつ、ビッチだったりして」
「そ、そんなわけないじゃん!」
思考が追いつかなくて、思わず大声を出してしまった。いきなり何を言い出すんだ。めったに表情を変えない、常に気だるげな餅田が珍しく驚いて、口を開けて僕を見ている。斜め前の席で別のクラスのDQNと話をしていた青山がちらりとこっちを向く。「わ、びっくりするだろ!」とようやく我に帰った餅田が言う。
「……わ、わかったって。今のは取り消す。瀬戸はお前が好き、それでいいだろ」
瀬戸さんは、そんな人じゃない。そう言おうとしたけれど、言葉が喉のあたりでひっかかって出なかった。「お前って冗談通じないよなぁ、ジョークだよ、ジョーク」と餅田は笑っている。笑い事じゃない。一気に気分が落ち込んでしまった。冗談にしてはひどすぎる。「瀬戸さんは誰にでも優しい」それでいいじゃないか。餅田に何の権利があって、僕の瀬戸さんをディスるんだよ。
「じゃあさ、話を変えようぜ。瀬戸じゃなくて、黛の方は?」
「……」
やばいと思ったのか、餅田は話題を変えようとしてきた。餅田にとって話題とは、女性のことしかないらしい。このまま瀬戸さんの話を続けられるよりはマシだが、なにが悲しくて青山の彼女の話をしなきゃいけないんだ。
一番大きな駅を通過する。外はもう少し、暗くなってきている。興味ありません、といった感情を前面に押し出したであろう表情で餅田の話を聞いていると、餅田は突然、イタズラを考えついた子供のような表情で、あることを僕に聞いてきた。
「そういえばさぁ、お前って青山と絶対なんかあっただろ?」
それを聞いた瞬間、頭が痛くなって、吐き気がしたのは言うまでもない。
バレてしまった。何をしたかはバレていないにせよ、何かあるということはバレてしまった。餅田は変なところで優しい。僕がいじめられている事を知ると、餅田はすぐに先生に相談して、青山には処罰が下る。それは絶対に嫌だ。青山を突き落とすのは僕だ。僕が最初から最後まで、あいつに罰を与えないと気がすまない。今はそれの準備期間なのだ。餅田なんかに、それを邪魔されてたまるものか。
なんだか、今日は僕は餅田と話さないほうがいいらしい。バスの揺れが気持ち悪くて、だんだん意識が薄れてきた。
「図星。お前ってほんとわかりやすいなぁ。青山が嫌いなんだろ? 気持ちはわかるよ。わかるわかる」
「……わかるって、何を……」
「大丈夫だって。お前に何があったかは知らないけど。近々、お前は俺に感謝することになるだろうな」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、何もわからない。餅田のこの言葉はどういう意味だろう。餅田もまさか青山が嫌いで、近いうちに復讐しようとしているのだろうか。それは絶対に嫌だ。餅田のいう「嫌い」なんて、真面目で堅物な英語の先生を「嫌い」と言う事と同じだ。僕が青山に言う「嫌い」は、もう抹消したくて仕方なくて、昼も夜も、どうやって殺そうか、とかどうやって痛めつけようか、なんて考えるレベルの「嫌い」である。だから、餅田にそんな権利はない。お願いだから、何もしないでくれ。
しかし、餅田がしてきた「提案」は、僕にとっては拍子抜けするほどあっけないものだった。
「俺は柚寿が好きだ。俺が柚寿と付き合えば、矢桐も嫌いな奴が不幸になって幸せだろ?」
バスは相変わらず揺れ続けている。餅田の目は勝利を確信している。
僕はあまりの展開に頭が追いつかず、ただ餅田を見ていた。