複雑・ファジー小説
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- ROCK IN ECHO!!
- 日時: 2016/05/05 02:13
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
こんばんは。りちうむです。この名前では二作目になります。
今回はリク板でオリキャラを募集し、多くの方に協力していただいた作品です。今は募集を締め切りましたが、話が進んできたらまた新たに募集するかもしれません。
それでは、今回もよろしくお願いします。
■アテンション
・主に邦ロック関係のパロディネタが多いです。
・一話完結になっているので、好きな話から読んでください。
・ときどき会話にR15程度の内容が入ります。
・感想はもちろん、「これはちょっとやりすぎでは?」なんてものがあれば教えてください。たぶん消します。
■もくじ (多くなったら移動します)
1◆ スタジオにて >>2
2◆ 東京 >>3
3◆ ギャップ >>4
4◆ ある平日 >>5
5◆ ある休日 >>6(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編1)
6◆ 誘い >>7(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編2)
7◆ 前々日 >>8(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編3)
8◆ 前日 >>9(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編4)
9◆ 飲み会 >>10
10◆ 合同練習(1) >>11->>12(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編5)
11◆ 合同練習(2) >>13(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編6)
12◆ 昼下がり >>14
13◆ 彼女 >>16
14◆ ともだち >>17
15◆ 事故 >>18
16◆ 港町 >>19
17◆ 昔話 >>22
18◆ 異変 >>23
19◆ 後輩 >>24
20◆ ALTER ENEMY >>25
21◆ 前座 >>26
22◆ カラオケ >>27
23◆ 劣等 >>28
24◆ ともだち >>29
25◆ 同期 >>30
ロックは死んだと誰かが言った >>31->>32
■主なバンドと登場人物
>>1
■お手伝いしていただいた方
ランゴスタさん/結縁さん/今日さん/Rainさん/青空苹果さん/noisyさん/高坂 桜さん/哀歌さん/siyarudenさん/ロストさん/万全サイボーグさん/雅さん
ありがとうございます。
■ツイッター
@lithium_chan
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.13 )
- 日時: 2016/02/28 09:14
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: xV3zxjLd)
- 参照: 次郎「大学に未練はないぜ。その事で揉めた両親とはまだ和解してないけどな」
【花筏夜想曲/鼓神楽】
11◆合同練習(2)
凪と神無と三人で近くの和食料理店で早めの昼食をとってスタジオに戻ると、もうほとんどのメンバーが集まっていた。ECHOは食後の一服、という感じで窓を開けてタバコをふかしていて、あみゅーず・がーるの三人は少し離れたところで楽しそうに喋っている。あみゅがるのメンバーの神宮寺が「あら、おかえりなさい」と俺たちに微笑んでいて、返答に困っていると、凪が彼女に軽く挨拶を返してくれた。その様子を見ていたECHOの最中が言う。
「はぁ、俺も春島なんかに付いてかないで花筏夜想曲と飯食べたら良かったぜ。いいもの食ってきたんだろ?」
「左様じゃ! 今日の昼食は、ミシュラン一つ星の和風料理店『竜夜』での。美味じゃったぞ」
ドラゴンナイト...? と頭の上にハテナマークを浮かべている、ECHOの春島。きっと今彼の頭の中では、月の光と星の空と火の鳥が友達のように踊っていることだろう。この春島という奴は英語系の学校を出ているか、もしくは帰国子女なのだろうか。さっきから俺達の音楽や言葉をことごとく英訳してくる。花筏夜想曲は和に重きを置いたバンドなので、できれば外国の言葉に変換せず、日本の言葉で聞いて欲しい。
「あ、みんな集まったー? スタジオいっぱい借りといたから、ここからは各パートで練習ってことにしまーす! それぞれ他バンドのいいとこをたくさん吸収してくださーい! 解散!」
どこから持ってきたかわからない、黄色のメガホンで叫ぶのは、ECHOの清藤だった。彼女はこのバンドのリーダーらしく、ボーカルの春島を置いて前に出てくることが多い。しかし、合同練習ってこんな軽いノリで良いものなのだろうか。てっきり俺は講師でも呼んで、セミナーみたいなことをすると思っていた。
ノリと適当でここまでやってきた、みたいな感じのECHOを見ていると、俺達のバンドのメンバーはいかにしっかりしているかがわかる。俺が今までやってきたことは、何もかも、寸分狂わず間違っていない。そういう事を自覚できるという点で、彼らはとてもいい反面教師だなと思った。
女子三人でワイワイしているドラムパートとベースパート、話が弾んでいそうなキーボードはすぐに用意されたスタジオへ向かった。次いでギターも別室へ移動する。ホワイトボードに書かれた「練習スタジオ」によると、俺達に割り当てられたスタジオは、最初に集合したこの場所らしい。一番広いところだ、と軽い優越感に浸っていると、あみゅがるの矢羽田が突然こんなことを言い出した。
「こういうとき、一番先にすることがなくなるのがボーカルパートなのよ。楽器には基本練習とかスケールがあるけど、歌い方なんてそれぞれみんな違うでしょ」
「だからといって、練習をしないわけにはいかないだろ?」
俺は持ってきた歌い方指南の教本をリュックから出した。これはとてもためになる本で、バンドのコーラスの桜にも貸したら見違えるように上手くなったから、ぜひ他バンドも活用して欲しいと思ったのだ。
「花筏夜想曲ってコーラスいたっけ? いいわね、豪華で。あみゅがるは随時新メンバー募集してるけど、プロデューサーが全部落とすのよ」
「いや、花筏にコーラスパートはない。ギターの桜がコーラスも担当してるんだ」
ふーん、弾きながら歌うのって結構難しいのよと矢羽田は言う。
女性は苦手だ。特に、このようなキャピキャピした、学校で言うとクラスの上位カーストに居そうな女は特にだ。どこを見て話せばいいかわからなくなる。矢羽田はしっかりこっちを見て話すから、余計にどうしていいかわからなくなった。
「あの子って京都の生まれ? あみゅーずの香美波さんとはまた違う方言話すけど。ギターの他に和楽器とかも弾けるの凄いよね」
大人しくしていたECHOの春島が助け舟を出すように聞いてきた。彼の言うとおり、桜は京都の名門の生まれで、幼い頃から三味線や琴を習っていたらしい。ギターの腕前もかなりのものだ。桜は花筏の自慢のギターパートだ、と俺は思っているし、公言してきている。
「ああいうシンプルに上手いギターもいいけど、平ポンの霞ちゃんのギターも味があっていいと思わない? 初期の頃はあのエグいベースに音負けてたけど、最近じゃあ独特の魅力が出てきてさ、僕好きなんだよ」
春島は俺の持ってきた教本片手にそんなことを話した。平成ポンデライオンといえば、凪がよく聴いているバンドだ。音や歌詞、世界観が面白いと言って、前はCDを借りてきていたから、俺も何度か聞いたことがあった。
素人には分からない良さだという感想を持ったことは覚えているが、ギターがどうとか、ベースの音だとかには気を配ったことがなかった。俺自身がボーカルだから、ボーカルしか聞いていなかったのかもしれない。これが職業病というやつなのだろうか。
同じく矢羽田もぽかんとしている。「春島くんって結構マニアックなんだね」と言って、愛想笑いのような曖昧な笑顔を浮かべていた。すると春島は途端に焦り始めて、とっさに考えたような言葉をしゃべり出した。
「う、ううん? 普通の音楽も聴くよ。ドライブとか行く時は、もちろんSubterranean流すよ」
「なんでSubterranean限定なんだよ」
矢羽田にマニアックなんだね、と言われたことがショックだったのか、春島は慌てて言葉を取り繕い始めた。彼も女性に免疫のないタイプと見た。かといって、こんなにわかりやすい奴に親近感はわかない。俺は教本を捲りながら、発声練習のやり方、の欄を探す。
「Subterranean、私好きよ! 中学生の時、サカナクションとか聞いてたからかな。ああいうお洒落なサウンドのバンドも良いのよね」
「......だよね、いいよね、Subterranean! メンバーも可愛いし、最高だよね」
ぎこちなく微笑む春島と、嬉しそうに語る矢羽田。それだけならまだいいけれど、「鼓くんは普段どんな歌聞くの?」と俺にまで話を回してくるのはやめてほしかった。普段なら、そんなこと喋ってる暇があるなら練習をしろと一喝してやるところだが、よく考えるとこの二人は花筏夜想曲のメンバーではない。無理に練習に付き合わせる必要は無いのだ。ええと、よく聞く音楽か、と思い返してみて、
「よく聴くというか、目標にしてるのはやっぱりedgeだな。いつか同じ舞台に立てたら良いと思っている」
「やっぱedgeはかっこいいもんねー! 私も好き、歌うまいし!」
模範解答のようなことを口に出してみる。実際、edgeはそれなりに聴くものの、一番聴くと言ったら自分たちの曲なのだ。過去の曲を聴いて、足りない部分を探し、改善していくことに毎日努めている。ECHOはほとんど自分たちの楽曲を聞かないらしいので、それもまた驚いた。春島によると「好きな歌が多すぎて、自分らの歌なんか聞いてる暇ないんだよね」らしい。彼らは一度作り上げたものに関しては放置主義なのだ。あみゅーず・がーるは言わずもがな、他人の作った曲を歌っているから曲作りのことについては詳しくない。また、他のバンドより花筏夜想曲が優れていることを実感してしまった。合同練習も、悪くないものだ。
「あのedgeのボーカルは本当に上手いな。俺も見習わなければ」
「そうそう、ほんと。ECHOなんてみんなボーカルできるからさ、僕の立場ないんだって。特にゆゆちゃんは荻野目洋子みたいな歌声しててほんとに上手いんだよ。僕がもしECHOからはぐれたら花筏に入れてよ」
「......残念だが、人手は足りている。あみゅーず・がーるに入れてもらってくれ」
「あみゅがるもルックス審査厳しいし、そもそもガールズバンドなんだから男が来たら即突っぱねるわよ。それに今プロデューサーが、Subterraneanから葵ちゃんをキーボードとして引き抜こうとしてるの。二人もいらないでしょ」
えー、みんな冷たいなぁと春島は笑う。俺はファンに「女装が似合いそう」と言われる程度には、細めの体型をしていると自分では思っているけれど、春島はたぶん俺より身長が低いし体も丈夫そうには思えない。顔立ちも割と中性的な部類だから、本気で頑張ればあみゅーず・がーるは無理でも他の緩いガールズバンドには入れてもらえそうだぞ、と適当なことを思ってみる。
「......あ、そうだ。よかったら連絡先教えてくれない? さっきの演奏、二バンドとも良かったし。今度対バンしよ」
話題も尽きてきた頃だった。しばらくは三人でバンドのことについて話していたが、次第に話すこともなくなってきて、矢羽田はコンビニへ出かけた。残った春島と「ライブのMCは難しいから、正直人に任せたい」という話をしていたら、想像以上に時間が経っていたらしい。いつの間に帰ってきたのか、スマホを持った矢羽田がいたので驚いてしまった。
「ももこさん、対バンなんてそんな軽く決めていいの? ECHOってライブじゃあステージからコンドームばら撒くバンドだよ」
至極真面目な表情で春島は言うので、飲んでいたペットボトルの水が喉に引っかかってむせそうになった。こいつは女性に免疫があるのかないのかさっぱり分からない。「ふーん、じゃあ対バンのときはやめてねって香絵子ちゃんに言っといて」で流してしまう矢羽田もおかしい。やっぱり俺は、他のバンドよりも花筏の方が身にあっている。
早く帰りたいと思った瞬間に、別のスタジオからドラムパートが帰ってきて、「もう終わりの時間かな? これからドラムはみんなでご飯行くから梅ちゃん借りてくねー」と主催者の清藤がまた黄色いメガホンで叫ぶ。
その後簡単な挨拶をして、俺達は解散になった。今回の練習で何があったか、あとで凪たちにも聞いてみよう。俺にほとんど収穫がなかった分、他のメンバーたちは何かを持って帰ってこられていればいいなと思いながら、凪が呼んだタクシーに乗った。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.14 )
- 日時: 2016/02/29 07:49
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: XnbZDj7O)
- 参照: ゆゆ「料理は好きでよくお菓子とか作るの、メンバーにあげたりは絶対しないけど」
【平成ポンデライオン/野田原エミ】
12◆昼下がり
「ああもう、なんでわかんないかな......! 使ったものは片付けてって言ってるでしょ! エミ、マスキングテープ床に置きっぱなしにしないで! 一嶺はどこいったの?」
「相変わらず騒がしい女だ。こっちがようやく曲作りする気になったってのに」
昼下がり、スタジオ。平成ポンデライオン。私は床に置きっぱなしにしていたマスキングテープを拾いながら、些細な言い合いをしている霞と高橋くんを見ていた。
空気には色があると思う。家族がいる暖かい実家はオレンジ。朝のホームルームが始まる前の教室はライトブルー。今このスタジオは淀んだ色だ。でも霞と高橋くんは、すぐに仲直りする。二人とも私が思っている以上に大人なのだから。霞は高橋くんを尊敬しているし、高橋くんも音楽に対して真摯な霞のことはわかっているだろう。無関係を装って、私はコンビニで買った文学誌を広げた。これはECHOのハルシィのエッセイが載ってるって聞いたから、すぐに買っちゃったもので。
多分これは、高橋くんは好まないだろう。彼は伊藤計劃や小野不由美が好きだ。手軽に読める歌詞みたいな、短歌や俳句が好きな私とは違って、彼は設定が練られた本格的なSFを好む。だから、これはあとで朝縹くんに見せてあげよう。私の勧めたものを熱心に読んで、丁寧に感想まで伝えてくれる彼は、勧める側にとって、とても嬉しい存在だった。
口喧嘩は終わったものの、スタジオには張り詰めた空気が漂っている。エミたちがだらしないからダメなんでしょ、と不満そうな霞と、黙って曲作りに戻る高橋くん。どちらともこれ以上怒らせると面倒なことになるなと思って、私は文学誌に視線を落とす。
「あれ、俺ちゃんの煙草隠したの誰〜?」
緊張感なんてあったものじゃない。間延びした声がスタジオに響いて、私は思わず文学誌から顔を上げて振り向いてしまう。さっき霞が買ってきた、お菓子の詰め合わせのラッピングのリボンで長い髪をまとめている瀬佐くんがやってきた。
「あぁ、ごめん。私よ」
彼は一日二箱くらい吸っている気がする。同じボーカルパートとして、喉にはお互い気を使っていかなくてはならない。しかし、ヘビースモーカーの瀬佐くんは煙草をやめるのをとても嫌がる。だからたまに隠してみたりするのだけど、全然効果はなくて。
「ECHO」という銘柄の安い煙草を彼に手渡した。午前中はレコーディングを頑張ったから、今日だけはいいかと思いながら。......あ、ECHOで思い出した。
「ねぇ、みんな!」
「なに?」
三人分くらいの「なに〜?」が一気に聞こえてくる。ランニングに出かけていた朝縹くんもちょうど今帰ってきた。
「えーっとね、ECHO主催のロックフェスに呼ばれてるんですけど、どうします?」
立ち上がって、文学誌をまた床に置いて、私はみんなを見渡す。平ポンはこんな時、全員の意見をしっかり聞くようにしている。朝縹くんと霞にテレビ番組の大食いグランプリからオファーが来た時も、あみゅーず・がーるのプロデューサーさんが霞をスカウトしに来た時も、こうしてきた。みんな無関心そうに見えても、バンドの為にちゃんと話し合ってくれるから、私はこの時間を大切にしている。
「ROCKIN ECHO? あのポップバンドか?」
高橋くんは言う。霞も、「なんかあの人たち、かなりスキャンダラスなバンドだけど大丈夫なの?」と続く。瀬佐くんと朝縹くんは、基本的にほかのメンバーの意見を尊重する人たちだから、うん、とかそうだね、とか、みんなの言葉に相槌を打っている。
ECHOとの出会いは、去年青森であったフェスの「冬の魔物」まで遡る。日本のサブカルチャーにおいて最大手のフェスで、サブカルバンド枠で呼ばれた平ポンやECHOは真冬の青森に出向いた。その時私はECHOのみんなと意気投合して、遊びに行くことが多くなった訳だけど、他のメンバーはECHOと聞いても、いまいちピンと来ないだろう。
社交性がずば抜けているドラムの香絵子ちゃん、元ピアニストで、桜田みゆきと同じ舞台に立ったことのある小川くん、不器用だけど一番ロックをわかってる、歌ってない時は可愛いボーカルのハルシィ、男性にも引けを取らない激しいベースラインを弾くゆゆちゃん、メロディアスなソロがかっこいい最中くんと、ECHOはしっかりした実力派バンドだ。見た目やスキャンダルにばかり気を取られている人が多すぎるだけで、本当はとてもいい人たちなのに。平ポンとも馬が合うだろう。
「私はいいと思ったんだけど、みんなはどう?」
「僕はさんせー! 楽しそうだし、ためになるかもしれないし!」
元気よく右手を上げて、無邪気な笑顔を浮かべている朝縹くん。彼は私より30センチ以上背が高くて、いつも見上げないと目線が合わないけれど、すごく楽しそうに笑うから私は首が疲れてでも彼の笑顔が見たいと思っている。
平ポンはこんな時、全員の意見をしっかり聞くようにしている。でも大抵の場合、みんな「好きにしろ」って言ってくるから私が決めることになっている。香絵子ちゃんに連絡を入れようと緑色のスマホを取り出した。返事はもちろん、イエスだった。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.16 )
- 日時: 2016/03/01 23:10
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 9AGFDH0G)
- 参照: 徹明「私服はZARAで買ってるよ。服には結構金使っちゃうんだよね」
【Subterranean/結城葵】
13◆彼女
「葵ちゃん、次はどこ行こっか? お金なんて気にしないで、全部僕が払うから!」
「ばーか春島てめえ、葵ちゃんはまだパフェ食べてるだろ? ちったぁ待ってろよ早漏!」
「午後は俺とドライブに行こうか。こんな奴らなんて神保町駅に放り出してさ」
昼下がり、ファミレス。超絶美少女葵ちゃんの隣には二人、手前の座席に一人男子がいる。彼らはROCKIN ECHOというバンドの男性メンバーで、この前テレビ番組の「Rock Music Japan」、通称RMJで共演した。
前からスキャンダラスで面白いバンドだと思ってたから、キーボードの小川くんにライン聞かれた時はすぐに教えちゃった。ECHOって今ちょっと流行ってきてるし、ちょっとは良いお財布になってくれるかなと思って。そしたらこの人たち、予想以上にちょろくて、今日も「ご飯食べに行きませんか?」って誘っただけなのに朝からいろんなお店連れていってくれて、もちろん全額奢り。うーん、やっぱりバンドマンってバカで最高。隣の席にセシルマグビーとリズリサの大きな袋があるけど、これ全部買ってもらっちゃった。明日アリスちゃんにも報告しなきゃ。今度はアリスちゃんと、御影ちゃんを連れてきて、六人でトリプルお財布デートね。
「ねえねえ、葵ちゃん今度はマルキュー行きたいなぁ」
「了解!」
三人の声が揃う。ちょろいなぁ。なんか、可哀想になっちゃうほど。
ボーカルの春島征一くんは、亜麻色の肩につくかつかないかくらいの癖っ毛をずっと弄っている。視線も安定しないし、服装も「前日にHAREでちょっと買い足してきました!」って感じの、背伸びした高校生男子みたい。ライブではあんなに叫ぶし、歌って踊って飛び跳ねるのに、プライベートで会うとただの照れた笑顔が可愛い大学生って感じ。いっそのこと舞台の外でもあの気違いみたいなノリを貫いてくれたら、葵ちゃん的にもっとポイント高かったのに。なんかもったいないや。
ギターの最中次郎くんは、バンドマンにありがちなマッシュヘアーに、鋭い三白眼を持っている。ガラス窓やショーウィンドウを見る度に前髪を直すから、春島くん同様かなり緊張してるのが見て取れる。服装は一言で言うとバンドマンって感じで、パーカーの中に着てるのは多分ニルヴァーナかなんかのTシャツ。街角インタビューで彼の写真を見せて、「この人の職業なんだと思う?」って聞いて回れば、きっと100人中100人が「バンドマン」って答えるよ。
キーボードの小川徹明くん、彼が一番マシかな。さらっさらのプラチナブロンドの髪は綺麗に整えられてるし、顔立ちも整っているし、優しそうな雰囲気がある。服装も清潔そうなワイシャツに高そうなジャケットだし、多分一番お金持ってそう。車を持ってる、大学を出る予定、ピアノが弾ける、と彼氏にする条件を充分持ってるから調子に乗って、タレントやモデルに沢山手を出してるらしくて、週刊誌に定期的に載っているけど、なんかその気持ちちょっとわかるなぁ。
「俺が払っておくから、先に店出てなよ」
小川くんが優しげに微笑んでいる。その後ろでは会計レジで、買った荷物を床に置かないように頑張って持っている春島くんと、財布を取り出して小銭を探している最中くんがいた。お言葉に甘えて、葵ちゃん先に外に行ってまーす。
◆
一番高くて可愛い洋服が売っているフロアで、白のスカートを翻す。試着室から出てきた可愛い可愛い葵ちゃんを見て、三人ともすっかり目がハートになってるから面白い。これ全部買いまーすと店員さんに言うと、若くてお洒落な店員さんは嬉しそうに微笑んだ。ちらりと見えたワンピースのタグには、4万5000円って書いてある。ちょっと高いかな? ECHOは稼いでるし、可愛い葵ちゃんのためならこれくらい笑顔で出してくれるよね?
「似合ってるよ、葵ちゃん! 世界一可愛いよ!」
「やっぱり可愛いなぁ、うちのバンドの女性陣なんて目じゃないぜ」
「白もいいけど、いつもライブで着てるようなゴスロリも見たいなぁ。これ着てみない?」
わかりやすくハートマークを飛ばしてくる三人を見て、安心する。この反応なら買ってくれるよねー。鏡に写った葵ちゃんは、三人が言う通りとってもとっても可愛い。ーー間違っても、男には見えない。
「葵ちゃん、次はあっちのお店がいいなぁー!」
高級ブランドのお店を指さして、必殺のスマイルをお見舞いする。こんなにちょろい男はなかなか居ない。まだまだ貢いでもらうからね。
マルキューを出て、山手線に乗って(可愛い上に有名人の葵ちゃんは、もちろん注目を浴びたし何回もサインしてあげた)、日も暮れてきたしちょっと疲れたから、最後は小さな公園で休憩することになった。噴水があって、天井付きのベンチがあって、ちゃんとデートしてる恋人達が何人か居たけれど、気にせずに空いている大きなベンチに座る。10個以上ある大きな紙袋を持って歩いてくる三人に手を振った。
琴也くんにLINEしとかなきゃ。千葉ニュータウン中央駅前まで迎えに来てって。さすがに一人じゃあこんな多荷物持てないからね。彼車持ってるし、かなり便利なんだよね。
「そういえば、葵ちゃん」
「ん? どうしたの?」
未だに話しかける度に緊張していそうな春島くんに、返事をする。できるだけ優しげに、気立てよく接してあげるとこういうタイプはすぐ落ちる。
「俺達の中から一人選んで付き合ってくれるって話だったけど、誰にする?」
普段より0.5割増しくらいでカッコつけている最中くんを見て、はっとした。そんな約束したっけ? いや絶対してない。思い返してみると、一つだけ思い当たる節があった。昨日通話した時に寝ぼけてたから、その時、もしかしたら、そんな約束をしちゃったんじゃないか。
「誰にする? もちろん俺だよね?」
ニコニコしている小川くんが今は怖い。どうしよう、葵ちゃんバンドマンと付き合うなんて絶対嫌なんだけど。なんか自分に酔ってそうだし、将来性ないし......。どうしよう、逃げだそうにも、買ってもらった服を放置したままにするのはもったいない。三人は期待の眼差しでこっちを見ている。葵ちゃんそんな約束してないって今更言ったらどうなるだろう?
ああ、あんな寝落ち寸前みたいな状況で通話しなきゃ良かった。なんて思っていた、その時。
「葵ー! 迎えに来たぞー」
いつも啓発書ばっか貸してくる意識高い系の極みみたいな人だけど、今は後光が指した救世主に見えた。Subterraneanのメンバー、琴也くんが沢山の紙袋を持って立っている。隣には御影ちゃんもくっついていて、救われたと思って安堵する。
「三人ともごめんねっ? 葵ちゃん、あの人が彼氏なの! でも今日は楽しかったからまた遊んで欲しいなぁ、じゃあね〜!」
急いで車に飛び乗る。三人は驚いていたのか怒っていたのか分かんないけど、たぶんこの後に及んでも可愛い葵ちゃんに見とれてる。助手席に紙袋をたくさん積んで、隣に御影ちゃんを乗せて、琴也くんの運転する車は動き出した。千葉ニュータウン中央駅前に三人を残して、車はSubterranean共同スタジオへと走り出す。
「葵ちゃん、またいっぱい洋服買ったの?」
お人形のような御影ちゃんが、助手席の紙袋を見て言う。ちらりと見えたワンピースのタグには、5万7000円って書いてある。
あの調子なら、ちょっと言い訳すればまた引っ掛けられそうだ。御影ちゃんとアリスちゃんも連れていけば尚更ね。営業スマイルではない本心の笑顔を浮かべて、御影ちゃんに言う。
「今度は御影ちゃんも一緒に行こ。アリスちゃんも連れてさ」
よくわかっていなさそうな御影ちゃんが頷く。ECHO、本当にいいバンドだからもっと売れればいいのになぁ。そう言うと、大体を察した琴也くんにため息をつかれた。街の中心部を出た車は、スタジオに向かって進んでいく。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.17 )
- 日時: 2016/03/02 22:49
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: 9AGFDH0G)
- 参照: 縁「edgeだからって敬遠することないのにさ、本当の友達がずいぶん減った気がするよ」
【ROCKIN ECHO/最中次郎】
14◆ともだち(1)
ロック氷河期のこの時代だ。新しくロックンローラーになる奴より、ロックに失望して辞めていく奴の方が多い。俺が去年までバイトしていたセブンイレブンの、同僚の仲西っていう奴もバンドマンだったが、今年の四月に解散してしまったと聞いた。
思考停止した若者はedgeを崇拝し、ちょっと頭のいい奴らは洋楽に流れ、それ以外の人間が少しだけ聴くくらいのレベルになってしまった現代のロック業界で、生き残るのは難しい。逆に言うと、edgeってどんだけすげぇんだよ。そんな気持ちを押し込めるように、缶コーヒーを開けて飲み干した。
「難しいんだよなぁ、ロックで食べてくのは」
「私たち、食べるためにロックしてるわけじゃないじゃん」
市ノ葉はギター仲間だった。青森であったロックフェス、「冬の魔物」で共演して以来、空いた時間に飯を食いに行くような間柄が続いている。たまにライブハウスで会った時はedgeのギターを真似て遊んだり、互いがテレビに出演した時は感想をラインで送りあったりしていた。さっぱりした性格で飾り気がない市ノ葉は話していて楽だ。あみゅーず・がーるとか、サブタレとか、花筏の女子に比べると断然話しやすい。
コーヒーの缶をゴミ箱に投げ捨てたが、狙いが外れて床に落ちた。市ノ葉は「なにやってんの?」と呆れたように言いながらも、転がってきた缶をちゃんとゴミ箱に入れた。意外と真面目な奴なのだ。
夕方の公園のベンチに座る。ECHOも平ポンもこれからが一日の始まりだ。これからECHOは新曲のレコーディングがあるし、市ノ葉はラジオの収録がある。平ポンの中でも、エミちゃんと市ノ葉はメディア露出が多いほうだ。特に市ノ葉は、ギターの腕が壊滅的なももこさんをカバーするためにと、あのあみゅーず・がーるからスカウトが来たことがある。「ギタリストの女子」で、「ちょっと有名」ということで市ノ葉が選ばれたのだろう。こいつは顔立ちこそ整っているが、私服はパーカーに短パンだし、アイドルって感じでもない。あみゅがるのスカウトさんは誰でもいいんだなあといった感じが伺える。
「あんた、今失礼なこと考えなかった?」
「いーや、別に」
感が鋭いな、と思いながら視線を逸らした。気も逸らすために、edgeのファーストアルバムの曲なんか歌い始めてみる。タバコに火を付けて煙を吐く。
「edgeか。なーんか知ってる歌だと思った」
「まあな」
夕方の空に登っていく煙を見ながら言葉を交わした。平ポンもECHOも知名度的には同じくらいだから、話が合う。週刊誌に載っていた「バンドマンが選ぶ、今一番殺したいバンドマンランキング」上位陣の話でも心置きなく盛り上がれる。実はぶっ殺してえんだよな小川。
「......でも、やっぱりedgeは凄い。やってる事が全部新しいんだもん。あれが革新者ってヤツだと思う」
真剣な目をして言う、市ノ葉の言う通りだった。時代を引っ張っていくのはいつもあんな奴らだ。わかっている。初めてニルヴァーナを聴いた時のような衝撃があいつらにはある。
今このedge一強時代、バイトせずに食っていけるバンドマンなんて、一割も居ないんじゃないだろうか。俺だって去年までそこのセブンでバイトしてたし、春島はパチ屋で働いてたし、平ポンのエミちゃんもバンドの収入の他に本を出したりして稼いでるからな。
しかし市ノ葉は、この状況に頭を落とすことはない。気楽そうに言葉を続けた。
「たださぁ、今この中堅どころっていうの? そんなポジション、けっこう好きなんだよね。メンバーとの関係も良いしさ。平ポンって、一位に躍り出るようなバンドでもないし」
それはECHOもだ。ECHOと平ポンは、立ち位置ややりたい事が似ている。メンバーの緩い感じもECHO程ではないがある。好きなことだけをして売ってきたECHOと平ポンは、切っても切れないような関係だった。だからこれからもお互い、こんな緩い感じでやっていけたら良い。平ポンが爆発的に売れたら俺はアンチに寝返るからな、と言おうとしたけれど、それはやめておいた。代わりにこんな一方的な約束をする。
「絶対売れるなよ」
「なにそれ」
夕暮れ時。適当に挨拶を交わして別れた。レコーディングの予定時間まであと三十分しかないが、どうせECHOのことだから三人くらいは遅れてくる。駅の方へ歩き出した。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.18 )
- 日時: 2016/03/06 10:42
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: w4lZuq26)
- 参照: 武明「子供に音楽をやらせようって気はあんまりないね。みゆきはすっかりその気なんだけどさ」
【ROCKIN ECHO/清藤香絵子】
15◆事故
「みんな! いきなり集めたりしてごめん。今事故があって......!」
夜中の公園に集まったECHOの三人の目は怒りと不快感に満ちていた。約一名、出来上がった奴がいるけどそれは気にしないで話を続ける。
「なんだよ、こんな時間に呼ぶなよな! 俺は毎日八時間睡眠取らなきゃ次の日機嫌が悪いんだよ!」
「睡眠不足はお肌の大敵なのよ......? 香絵子も女なんだからちょっとはわかるでしょ......」
「かえこさーん、僕だけ遅れてごめんー。埼京線で吐いちゃってさ。たはー」
スウェットのままの最中、目を擦っているゆゆ、替えを貰ったのか、見たことのないユニクロっぽい服を着てる春島。この状態では明らかに話になりそうにないけど、私は伝えなくてはならないことがある。
「小川徹明、酒気帯び運転で逮捕されました......」
◆
タクシーで向かった先は、小川が飲んでいた店。住宅街の近くにある隠れ家的な店だった。平ポンの瀬佐くんと一緒に飲んでいたらしく、彼から一件だけラインが入っていた。「小川ちゃん逮捕なう!」いや逮捕なう! じゃねえよ! と思いながら、彼が待っているという場所を探す。
「あ、いたいた! 瀬佐くん!」
「やっほ〜! ECHOさんこんばんは! はじめましてだったよね?」
ゆゆはまだ眠そうにしている。最中は少しずつ目が冴えてきたのか、小川が人身事故、と今更驚いている。論外な春島は、平ポンの瀬佐さんサインください、と勝手にはしゃいでいる。
雑誌の付録のような粗末なゴムで、長い髪をまとめたラフな格好の瀬佐さんは、私たちに事件の全貌を説明してくれた。
「小川ちゃんも、ばかだよね! 俺ちゃんやめとけって言ったのに、車で帰ろうとしてさ。スピード違反で捕まって、アルコール見つかったからって今、パトカー乗っていっちゃった」
あーあ、小川くん前科持ち。ゆゆが吐き捨てる。
小川はもともとハメを外すほど飲むタイプではなく、飲み潰れたECHOの他メンバーを各家まで送ってくれることもあったのだが、今回は瀬佐くんが全て奢ってくれたらしい。それでタガが外れて飲みすぎたのか......と私は瀬佐くんを見た。彼は誰もいない、街頭だけがぼんやり光る夜中の道路をふらふら歩いている。
「小川ちゃん、まーた週刊センテンススプリングに載るんじゃないのー。お騒がせバンドマン、俺ちゃんは嫌いじゃないよーん」
「俺ちゃんは嫌いじゃなくても、バンド全体の経営には問題ありまくりなんだって!」
瀬佐くんも酔っているのかと思ったけれど、よく考えると彼はこれが平常運転だ。私はため息をつく。これから私たちも警察署行かなきゃ。今しがた調べた結果によると、酒気帯び運転は罰金50万円以下らしい。小川はスピード違反こそしたものの、事故を起こしたわけではないから、もう少しは安くなりそうだけど。あーあ、せっかくECHOとして稼いだ分がパーだよ。誰もいない夜中の歩道はやけに気味が悪い。いつも馬鹿みたいに騒がしい最中が黙ってるからなのか、ゆゆがいつになくだるそうにしているからなのか。
「半分だとしても、25万か......」
小川のバカ。そんな大金ぽんと出せるわけない。ただでさえECHOはギリギリで経営しているのに。今のご時世、ロックで満足にご飯が食べれるのはedgeくらいではないだろうか。もしかしたら、明日からまたみんなでバイト始めなきゃいけないのかと思うと、頭が痛くなりそうだ。
「小川が人轢いたってマジかよ!」と若干情報が違う最中、キャバは嫌だからねと嘆くゆゆ、僕はロックスターだから何百万でも出すさと呂律の回っていない春島を無視して私は瀬佐くんに話しかける。
「何円くらいになりそう?」
「さーね? ひとつ言えるのは、立派な犯罪で前科になるってこと。免許は確実になくなるねー。よくて10万くらいじゃない?」
「そんな......」
もっと楽観的な答えを予想していたのに、瀬佐くんはわりと現実的だ。俺ちゃんも酒大好きだけど、ルールや節操はちゃんと守るからね〜。変に伸びた脳天気な声がすり抜けていく。
どうしていいかわからなくなっていた時、ぽん、と肩を叩かれた。
「だから、今回は授業料だと思いなよ! 俺ちゃんがちょっとだけ出しておくから、とりあえずその後ろのヤバそうな三人は帰りな?」
ひらひらと手を振られる。これから第二千六百二十五回目のECHO会議を行って、一人あたりの負担額を話し合う予定だったのに。驚いて瀬佐くんを見上げると、彼はへらへらと笑顔を浮かべていた。
「授業料って......!」
「小川ちゃんと飲むのは楽しかったからねー! これくらい出してあげるよ」
瀬佐くんはポケットからよれた財布を取り出した。それはびっくりするほど厚みがあって、罰金ならすぐに払えてしまいそう。念のため私も警察署についていくと言い張ったが、「一緒にいたのは俺ちゃんだし!」と瀬佐くんは、少し先の警察署に向かって歩き始めてしまった。追いかけようにしても、この状態の三人を置いてはいけない。
瀬佐くんの姿が見えなくなるまで呆然としていたけれど、やっと我に返った私はまたタクシーを呼んだ。すでに立ったまま寝そうな三人を後ろに乗せて、私が助手席に乗る。しばらく夜中の道路を走っているとピコンと携帯が鳴った。瀬佐くんから、「18万円無事に支払ったなう!」との着信。いや支払ったなう! じゃねえよ! と思いながら、私は今度会った時のお礼を考え始めた。