複雑・ファジー小説
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- ROCK IN ECHO!!
- 日時: 2016/05/05 02:13
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: K/8AiQzo)
こんばんは。りちうむです。この名前では二作目になります。
今回はリク板でオリキャラを募集し、多くの方に協力していただいた作品です。今は募集を締め切りましたが、話が進んできたらまた新たに募集するかもしれません。
それでは、今回もよろしくお願いします。
■アテンション
・主に邦ロック関係のパロディネタが多いです。
・一話完結になっているので、好きな話から読んでください。
・ときどき会話にR15程度の内容が入ります。
・感想はもちろん、「これはちょっとやりすぎでは?」なんてものがあれば教えてください。たぶん消します。
■もくじ (多くなったら移動します)
1◆ スタジオにて >>2
2◆ 東京 >>3
3◆ ギャップ >>4
4◆ ある平日 >>5
5◆ ある休日 >>6(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編1)
6◆ 誘い >>7(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編2)
7◆ 前々日 >>8(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編3)
8◆ 前日 >>9(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編4)
9◆ 飲み会 >>10
10◆ 合同練習(1) >>11->>12(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編5)
11◆ 合同練習(2) >>13(ECHO×あみゅがる×花筏合同練習編6)
12◆ 昼下がり >>14
13◆ 彼女 >>16
14◆ ともだち >>17
15◆ 事故 >>18
16◆ 港町 >>19
17◆ 昔話 >>22
18◆ 異変 >>23
19◆ 後輩 >>24
20◆ ALTER ENEMY >>25
21◆ 前座 >>26
22◆ カラオケ >>27
23◆ 劣等 >>28
24◆ ともだち >>29
25◆ 同期 >>30
ロックは死んだと誰かが言った >>31->>32
■主なバンドと登場人物
>>1
■お手伝いしていただいた方
ランゴスタさん/結縁さん/今日さん/Rainさん/青空苹果さん/noisyさん/高坂 桜さん/哀歌さん/siyarudenさん/ロストさん/万全サイボーグさん/雅さん
ありがとうございます。
■ツイッター
@lithium_chan
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.3 )
- 日時: 2016/02/19 15:49
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: Ft4.l7ID)
【ROCKIN ECHO/最中次郎】
◆2 東京
夜中に春島と二人で、スタジオを出てコンビニに行った。なんとなく、一番近いところじゃなくて少し距離があるところを選んだ。
最寄りのセブンでは「春のパンフェスタ」が開催されている。キティちゃんのコップを貰うためにシールを三十個集めなければいけないから、メンバーにも声をかけてなるべくシールが付いた対象商品を買ってきてもらうようにしていたのだが、今日は対象商品の野菜ミックスサンドイッチよりもファミマの弁当が食べたかった。
「......いいの? セブンじゃなくて。欲しかったんじゃないの、キティちゃんのやつ」
「一日くらいサボったって大丈夫だろ」
生気のない濁った瞳が、「ていうか、なんでそんなにサンリオのコップが欲しいんだよ」と言いたそうにしている。そんなのどうでもいいだろ、今使ってるコップは元カノと一緒に買いに行ったペアのコップなんだよ。そんなもん早くさよならしたいに決まってるだろ。
コンクリートジャングル東京に桜は咲かない。田舎にいた頃はよく、友達と自転車を飛ばして夜に集まって、「お花見」と称した火遊びをした。あの時の空はとても広く壮大に見えたのに、東京の空はセンスのない小学生が図工の時間に書いたみたいだ。
東京に星はないけれど、と隣で歌い出す春島を眺める。こいつは一度歌い始めたら曲が終わるまで黙らないから、俺がひとりで喋ることにした。
「なあ、なんで『東京』ってタイトルの曲はいっぱいあるのに、『千葉』ってタイトルの曲はないんだよ」
舞浜とか、曲のネタにするには絶好だと思う。片側には夢の国があって、もう片側には普通に会社とかビルとかがあって、まるで異世界との境界線にいるみたいだ。空港の自動販売機に感銘を受けて一曲書いた事のある春島ならわかると思うけど、こういう些細なところに曲作りのヒントが転がってたりすることもある。
東京は、俺が暮らしていた、テレビもないラジオもない東北の田舎よりもずっと広い気がした。でも、本当は狭くて、鉄線が絡み合う窮屈な場所だと知った。最後のアメリカンスピリットにライターで火をつけると、間奏に入った春島に「歩きタバコやめてよ」と注意された。
「いいだろ、誰も居ないんだし。お前もいる?」
「いらない。僕セブンスターだし」
「おっさんかよ」
吐いた煙が登っていく。どうせ綺麗じゃない空だ、煙一つ増えたところで何も変わらない。
「そういえば、小川は何吸ってんの?」
「クールじゃない?」
さっきまで歩きタバコがなんたらかんたら言ってた春島も、ポケットから箱を取り出して、オレンジのライターで火を付けている。道に誰もいないから、良いと思ったのだろう。
小川とは、俺らのバンドのキーボードで、俺ら二人の敵。元ピアニストの小川は、生まれ持った高身長とイケメンスマイル(笑)と、バンドマンという特権を武器にして、女性タレントやモデルに手を出しては、フライデーに載っている。俺達ふたりには出会いなんて全くないのに、一体どこで小川は女性と知り合っているのだろうか。
そしてさらにムカつくのが、小川は金を持っているモデルに何十万もする服やバッグを買ってもらっていることだ。小川はそれをすぐにオークションに出して、稼いだ金で他の女と食事に行く。こんなゲスを極めたような奴に、清らかな乙女たちが群がる理由がわからない。俺と春島は顔を見合わせて笑った。まあバンドマンなんて、みんなそんなもんだよなぁ。
「それでも小川はリーダーとか、ゆゆちゃんには手を出さないから、いいやつだと思うよ、僕は」
「......あの二人とモデルだったら、俺だってモデル選ぶけどな」
俺の返答に、ぷは、と吹き出した春島は、酒でも入っているのかいつにも増して上機嫌だった。
リーダーは男よりバンドに力を注いでいるし、雪村は誰と付き合っているのかわからないし、あの二人は論外だ。どうせ付き合うなら、あみゅーず・がーるのメンバーと付き合いたい。それか、平ポンのエミちゃん。女の話題になるとあまり喋らなくなる春島も、これには賛同してくれた。
「東京って、意外と狭いよなあ。このまま彼女ができなくて一生売れないバンドマンだったらどうしよう」
「その時はその時だろ。僕は今から宝くじ買っとくよ」
ラジオ番組を持ってて、夏フェスにも出られて、もうバンド活動は十分な気もするんだけどな。かといって、就職する気にもならないから続けてるだけってわけでもなくて、もちろんedgeみたいに、もっと有名にもなりたいし、今はただ続けるしかないみたいだ。
夜のファミマは明るかった。リーダーと雪村にビールを買っていこう。たまには小川も労ってあげよう。そう思って冷蔵庫が並んでいる売り場に近づこうとすると、雑誌コーナーの週刊誌の見出しに、「モデルの鈴美チカ、元ピアニストのバンドマンと熱愛か」と書いてあった。春島と話し合った結果、小川にビールは買っていかない事になった。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.4 )
- 日時: 2016/02/19 15:50
- 名前: りちうむ (ID: Ft4.l7ID)
【ROCKIN ECHO/小川徹明】
◆3 ギャップ
春島と最中がコンビニに行ったから、残った俺達は小さいテレビでライブのDVDを見ていた。さっきまでは、ドラムとベースとキーボードという間抜けな構成でセッションをしていたのだが、香絵子が「やっぱボーカルとギターないと何やってるかわかんないよ」などと言い出したので、二人が帰るまで休憩時間となって今に至る。
元吹奏楽部のくせに、香絵子は「土台となるパートのタテが合わないと、メロディパートがヘボく聞こえる」ということを知らない。お前は吹奏楽部で一体何を学んできたんだよ。黒のクラシカルなベースを丁寧に拭いているゆゆに目配せするが、そういえばこっちは中高通して生粋の帰宅部だった。もうやめた、めんどくさい。
それからはしばらく取り留めのない会話をしながら、最中が録画したアメトークを見ていたのだが、香絵子の提案で、「Subterranean 202Xツアーライブ」を見ることになった。
「ここにきてSubterranean? マジ?」
「あー、そういえば小川ってサブタレのアリスちゃんと知り合いなんだっけ?」
香絵子は古いDVDプレイヤーを弄りながら言う。へぇ、あの子服装とかオシャレで良いよね。ゆゆもそれに続いた。
ここで説明すると、Subterraneanとはバンドの名前である。夏フェスの常連で、最大手音楽番組のWステにも出演し、映画の主題歌にも抜擢された、それなりに地位のあるバンド。サウンドはテクノポップやプログレ系のオシャレさがあって、日本の意識高い系ピープルを中心に人気が出ている。俺もこんな「いつまで経っても90年代洋楽ロック!」みたいなバンドじゃなくて、Subterraneanに入りたかった。そっちの方がモテそうだし。
映し出された画面。会場いっぱいの、黄緑のペンライト。赤青黄のレーザービームのような光がステージを照らす。そのど真ん中に立っている、モノトーン調のワンピースを着た女と、楽器を持ったメンバー四人。ドラムソロから始まるキャッチーな曲に会場の熱気も最高潮で、案の定、ライブ大好きな香絵子は見入っている。
長いイントロの後、ついに歌い出した女性ボーカルは、マイクを持って微動だにせず、透き通った声を会場に響かせる。メロディにふわりと乗せたようなウィスパーボイスは、生歌になってもクオリティが下がることは無く、思わず息を飲んだ。後ろのベースはジャズ寄りの動きを展開し、キーボードも曲に良いスパイスを加えている。人気が出るバンドとは、こういうものだと思い知らされた。......この曲が終わるまでは。
「凄いね、この人たち」
「......いや、もうちょっと見てろよ」
きょとんとしている香絵子。ゆゆは事情を知っているのか、苦笑いで画面から目を逸らす。
キーボードの、スケール練習のようなメロディでその曲は終わった。その瞬間、さっきまで微動だにせずに歌っていたボーカルの女が息を吸い込んだと思うと、マイクを掴んで叫び出した。金切り声のような、ハウリングのノイズが響く。うるさい。
『どうもーー!!! 八乙女有栖でーーっす!! 今日始めて来たよーって人ー! 結構いるねーー!! まさかSubterraneanにこんな喋る奴いると思わなかったでしょ!!! 埼玉といえば、この前私ウィキペディアでーーー!!!』
ハウリングが連発して、もはや何も聞こえなくなっても気にしない。画面の中の女は、さっきまで大人しく歌っていたのが嘘のように、身振り手振りまで加えて騒ぎ始める。ファン達も動揺することなく、イェーイなんて盛り上がってるの、一種の宗教じゃないのか、これ。
そこからは、埼玉の名産の話が続いた。「やっぱ草加せんべいめっちゃ美味いから今日も持ってきちゃったー!」と喋りながら(というかほぼ叫びながら)、ステージでせんべいを食っている、オシャレ系バンドのボーカル八乙女有栖は、真っ赤な口紅が落ちるのも気にしない。
そしてやっと二曲目が始まったかと思うと、今度はまた大人しいウィスパーボイスに戻って歌い始める。足下には草加せんべい。もうここで普通の人は、八乙女有栖という人間がわからなくなる。いや俺もわからない。
「なるほど、こういうギャップが人気の秘訣なのね」
何を勘違いした。肩までの黒髪を揺らして歌っている有栖を見ながら、香絵子は頷いている。二曲目が終わるとまた長いハイテンションMCが始まって、きゃんきゃん金切り声が聞こえてくる。
「小川、あんたってなんかギャップある?」
香絵子は長い金髪を指で弄びながら言う。ある? と言われて作れるものでもないし、あったとしても有栖ほど強烈ではない。どう返答しようかと思っていると、ゆゆが話に入ってきた。
「小川くんはあるでしょ、真面目そうに見せかけて実はフライデー常習犯」
まだベースを拭いているゆゆは、いたずらっぽく笑っている。ゆゆだって同じくらい週刊誌に載ってるくせに。
「まさか小川、Subterraneanにも手出してないわよね?」
香絵子が疑り深そうな目でこっちを見る。
俺は自分の中で、「ミュージシャンには手を出さない」と決めている。バンドやってる女なんて総じてめんどくさいのばっかりだ。モデルとかタレントとか、頭の中に何も詰まっていないような女が一番いい。これを最中に話すと「お前はゲスの極みかよ」と言われ、春島に話すと「なんで? 趣味合う子が一番いいじゃん」と言われる。バンドマンなんてこんなもんなんだよ。
「俺は置いておくとして、ゆゆは?」
「んー、別にー?」
ゆゆはギャップに頼らなくても売り出していけそうだな、と言った後で思った。そもそも、女子高生のような儚げな容姿で、ベーシストというのが既にギャップとして確立しているような気がした。春島や最中は花形楽器としてバンドの顔でいてくれてるし、もしかしたら一番地味なのって香絵子なんじゃ......
こんど、有栖と香絵子を会わせてみよう。面白いことになるかもしれないな、と思った。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.5 )
- 日時: 2016/02/19 22:17
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: mJV9X4jr)
【edge/鍛冶屋武明】
◆4 ある平日
妻のみゆきが起きる前に、簡単な身支度を整えて練習に入った。起こしてしまってはいけないから、防音のハウススタジオで。きっとあと一時間もすれば、みゆきは「なんで私も一緒に起こしてくれなかったのよ」と笑いながら起きてきて、早めの朝食を作ってくれるはずだ。
スタジオのドアを引くと、古いレコードの香りが舞い込んでくる。壁に貼られた、憧れだったバンドのライブ写真や、ソロ時代のCDたち。自分の今の音楽人生を形成しているであろう、ほとんど全部が集約された大きなCD棚。新居を建ててから二年ほど経つが、ここに入る度にワクワクする。edgeとしての俺も、ソロでやっていた時の俺も、まだ無名だった頃の俺も、全部ここにいるような気がした。
同じバンドのメンバーである縁くんの言葉を借りると、「一日練習をサボると、三日分後退する」。俺は愛用の八弦ギターをこれまで手放すことは無かったし、きっとこれから死ぬまで手放すことはないだろう。練習を積んだプロとはいえ、edgeというバンドに籍を置いている以上は、バンドに合った音を作ることをしなくてはいけない。ソロとはまた違った技術が求められることになる。研究も練習も、まだまだ続く。
学生時代、擦り切れるほど聞いたCDを流してみた。ソロ活動の時の音に近い曲だった。自分はそんなつもりはなかったけれど、どうやら少しばかり影響されてしまったらしい。昔の自分を鼻で笑ってみる。
二代目のギターパートに就任した時は、それなりにプレッシャーもあったが、メンバーやファンのおかげで、今バンドは日本最大級の人気を得た。今日は一日オフだから、縁くんから貰った新譜の練習をするかと考えながら、飲み物を取りにスタジオを出ると、キッチンでみゆきが卵焼きを作っていた。
「おはよう。もうすぐで出来るわよ、朝ごはん」
「驚いた、今日は早いんだね」
もちろんよ。今コーヒー入れるから、座ってて。キッチンをくるくる回るみゆきを微笑ましい気持ちで見ながら、朝のニュース番組の気になる話題もチェックしておく。音楽関連の話は見過ごせなかった。
ロックバンド特集! と名付けられたコーナーに、ROCKIN ECHOが生出演していた。時計を見ると朝七時。仕事に向かう社会人も、学生もニュースを見る時間だ。なんでこんな時間にあのECHOなのだろうと思い返してみると、そういえばECHOは、この前出した「千葉」というタイトルの新曲がCM曲にタイアップされていた。「東京」という曲はかなりあるのに、そっちをタイトルに持ってくるあたり、ECHOのひねくれたと言うか、少しズレた感性を垣間見ることが出来る。edgeには無い魅力があるバンドである。
目が死んでいるボーカルが、「この曲は自身の恋愛を元にして作られたのですか?」という質問に「いや、恋愛とかあんまりしたことなくて......」と返答し、朝から不穏な雰囲気が漂う生放送。みゆきの淹れるコーヒーがやたら美味しく感じた。ドラム担当の女の人が、ぽかんとしているアナウンサーに必死でフォローを入れているのを見ながら、まだこのバンドは生放送には早いなと判断を下してみる。始まった曲に乗せて歌い出したボーカルも、開始早々コードを間違えるギターも、緊張しているのが見え見えで、なんだか俺がデビューしたての頃を思い出して、面白かった。
シングルのB面みたいな曲が終わり、ふと携帯を見てみると、新着が六件。スタッフさんと、音楽仲間の友人と、バンドメンバーから四件。朝食ができるまではまだ時間があるので、見ていく事にした。
『TO.鍛冶屋さん おはようございます。三岐原です。この前渡した新譜ですが、ギターがなかなか難しいので近いうちにご指導願えますか?』
ボーカルとギター担当の縁くんは、いつもは少し砕けた程度の敬語で話してくるのに、メールになると途端に丁寧口調になるのが面白い。荒れた音楽業界を上手く突き進んできた彼には、人を惹きつける何かがある。年若い縁くんをサポートしつつ、俺も彼から色々学ぶという関係だった。
『かじおはよーー!!☆★ 俺渋谷なう! タワレコ行った後スタジオ行くけどかじも来る!?!? ファンの子に「今日鍛冶屋くん居ないんですか?」ってめっちゃ聞かれる!!笑』
朝からハイテンションなのは、ドラム担当の真。edgeの賑やかなムードメーカー的存在の彼は、二代目として入ってきた俺ともすぐに仲良くなった。有名なドラマーである父親の名に恥じぬように練習を重ねた努力家の彼を、俺達バンドメンバーは一番近くで評価し続けていた。照れ屋の本人は必要以上に嫌がるけれど、彼なら父以上のドラマーになれるのではとも思う。
『おはようございます、高村です。次の新譜、ギターとベースで同じ動きするところ多いから今度一緒に練習しない? 飲み屋奢るからさ』
ベースの瞬平はいつも落ち着いている。それは文面でも同じで、携帯の画面越しにいつもの穏やかな笑顔が見えるようだ。それでも、舞台に立つ時は尖ったテクニックを披露してくれるから、大したものだと思っていた。それを褒める度に、「俺からしたら、ベースの倍もある弦を引きこなす武明くんのほうが凄いよ」と彼は口癖のように、笑いながら言う。
仕方ないから、行ってやるか。そう思うのに時間はかからなかった。今日はバンドで集まる予定が無い久々のオフだったから、みゆきとどこかに出かけようと思ったのだが、こうなっては行くしかないだろう。
早めの朝食を終える。今日の卵焼きも美味しかった。ごちそうさまと手を合わせた後席を立つと、みゆきが言った。
「今日も出かけるの? 毎日忙しいのね」
「まあね。今が頑張り時なんだ。今日は夕食はいらないよ」
そう、と言って黙ってしまった、寂しそうなみゆきの柔らかい髪を撫でる。
「今日の夜はディナーを予約しておくから、一緒にドライブでも行こうよ」
できれば、午後になる頃には帰ってこよう。玄関先まで上機嫌でついてきたみゆきに見送られて、今日も一日が始まる。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.6 )
- 日時: 2016/02/21 08:10
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: MGziJzKY)
【ROCKIN ECHO/春島征一】
◆5 ある休日
「あー!! この世のリア充全部大気圏の彼方に消えてかないかなー!!!」
居酒屋で八乙女有栖ばりの奇声を上げている最中を無視して、僕は何杯目かも忘れた生ビールを思いっきり飲み干した。喉元が熱くなって全身に炭酸が駆け巡る。これは完全に明日は二日酔いだな、明日は新宿でライブがあったけど、まあいいや。レディーガガだってステージで吐いてるし。
ゆゆちゃんと香絵子さんは二人で飲み潰れて、手当たり次第に店の中の男の人に声をかけている。普段なら注意しに行くところだけど、立ち上がるとふらふらするからやめた。小川くんがなんとかしてくれるだろう、そう考えてテーブルにつっ伏す。あぁ、酒はもう一生飲まないと、この前三日酔いまで持ち込んだ時に決めたのに、焼き鳥の誘惑にやられてまた飲んでしまった。僕は本当に意志が弱い。
居酒屋のテレビにはedgeが映っている。確かボーカルの三岐原くんのお母さんは元アイドルだし、ドラムの柊くんのお父さんはあの有名なドラマーの柊さんだ。結局血筋がものを言う。パートの母とパチンコに溺れてまだ借金を背負っている父の元に生まれた僕が、ビッグになるのは難しい。最中はROCKIN ECHOに全てを賭けて、ケイオー大学の医学部を中退した訳だけど、そんな吹っ切れた賭けをしてもなお売れないのだから、人生はうまく出来ていない。
酒くさい息を吐いた。本格的に気持ち悪くなってきた。トイレまで向かうのもキツそうだ。まあいいや、この前飲みに行った平成ポンデライオンのエミちゃんは、飲み潰れてメンバーの朝縹くんに迎えに来てもらっていたし、僕もいざとなったら小川くんになんとかしてもらおう。タクシー代くらいは持ってた気がする。
隣の最中が世界の終わりみたいな顔をして、美由希、美由希と助けを求めるように呻いている。彼は高校の時同級生の美由希という名前の女の子と付き合っていたけど、ケイオー大を辞めた時に「バンドマンなんて先行き暗いし」とあっけなくフラれてしまった。あれから二年くらい経つんだっけ。いい加減忘れればいいのに、最中は酔うたびに美由希の名前を呼ぶ。
ゆゆちゃんは誰と付き合っているのかわからないし、香絵子さんは男よりバンドって感じだし、そもそもバンド内で恋愛なんてしたらほぼ100%事がこじれて解散する。この前最中と小川くんと話したのは、ガールズバンドのあみゅーず・がーるが丁度三人だから、俺達で総ざらいしようぜなんて事だったな。僕は気が強そうな空さんが好きで、小川くんは女の子らしくて可愛いももこさんが好きで、最中は話してて楽しそうな香美波さんが好きだったから、争いになることもない。
「最中、提案があるんだけど」
「なんだよ、どーせまたくだらないことだろ?」
「違うよ。今度、あみゅーず・がーると合同練習しようよ。メンバー三人ともツイッターで小川くんのことフォローしてるから、小川くんに頼んで練習取り付けてもらお」
だから、もう美由希のことは忘れなって。もともとあんま可愛い女じゃなかったじゃん。そう言って最中の背中をぽんぽん叩くと、吐くからやめろと言われたので、慌てて手を離した。
「どう?」
「どう? じゃねーよ、そう盛んなって。あみゅがるは、俺達じゃなくて小川をフォローしてるんだぞ? 俺達があんな上層階級の女に相手にされるわけないだろ」
「そうかな。小川くんじゃなくても、ゆゆちゃんとかはファッション雑誌に出るくらいだから、あみゅがるの子達も興味あると思うんだけどな」
酒に酔って呂律が上手く回らない。酒のせいで気が大きくなったのか、今ならあみゅがるなんて全員まとめて抱ける気がしてきた。
「はー、これだから童貞の妄想力は恐ろしいわ。勝手にすればいいんじゃね、俺は断られるに2千ペリカ賭けるけどな」
「そうそう、その意気だよ」
最中は相当酔っている筈なのに、ビールを飲む手を止めない。飲んでもいないとやってられないということか。かく言う僕も何杯飲んだか忘れるくらいには飲んでる。この前生放送に出てちょっと稼いたギャラも、今日一日で吹き飛んでしまいそうだけど、また稼げばいい。
「まあ、期待してなよ。僕があみゅがるとの約束、なんとかして取り付けるから」
後に僕は、酔った勢いでこんなことを言ってしまったことを後悔することになる。女性経験のない僕が、あみゅーず・がーるの可愛い子三人相手に何かを頼むなんて、ほぼ無理に近いことだった。
- Re: ROCK IN ECHO!! ( No.7 )
- 日時: 2016/02/21 21:56
- 名前: りちうむ ◆IvIoGk3xD6 (ID: rBo/LDwv)
【あみゅーず・がーる/矢羽田ももこ】
◆6 誘い
「ねえ、ROCKIN ECHOってなんだっけ」
最近ついに公式アカウントになったツイッターに届いた通知を見て、はてと思った私は香美波に聞いてみた。すると香美波は、「ももこちゃん、ミュージシャンなのにECHO知らんのか?」と大きな狐目をさらに見開いている。私はもともとアイドル志望だったから、AKD48とかアフタヌーン娘については詳しいのだけれど、ロックバンドに関しては無知同然だった。前に共演したedgeは、有名だしカッコよかったから覚えてるけど、そんないきなり無名のバンド出されてもねえ。
香美波はアサイー味のジュースを飲みながら言った。
「ECHO、最近CMにタイアップ決まったやん」
「んー、わかんないや。空にも聞いてみるよ」
これから私達あみゅーず・がーるは、バラエティ番組の「エリンギの気持ち」の収録がある。打ち合わせを終えて、今は楽屋でのんびりとしていたのだけれど、気分屋でマイペースな空は「そうだ、せっかくここまで来たから家族にお土産買ってこないとな」と外へ出かけてしまったのだ。ファンに囲まれでもしたら、どうするつもりなんだろう。まあ、空のことだからうまく抜け出してくるとは思うけど。
話を本題に戻す。突然届いたダイレクトメールと、ECHOっていう謎のバンドの話。私はシュークリームを口に運びながら言った。
「それでね、香美波。そのECHOってバンドから、合同練習しませんかって来てるんだけど」
「そうなん? んー、ECHOかぁ」
香美波は悩んだように手を顎に当てる。
「ECHOって、音楽のジャンル的にウチらとは全然違うはずなのになぁ。なーんか裏があるような気がするんよ」
紫がかった髪をポニーテールにしている可愛らしい見た目に似合わず、香美波は意外と賭け事なんかでは一番強い。きっと人の心情を読むのが得意なんだと思う。そんな香美波が言うのだから、私もなんか怖くなってきた。ECHOをネットで調べようとしたけど、今月はツムツムをやりすぎたせいでスマホの読み込みがめちゃくちゃ遅い。
「ねえ、香美波はこれ、どういうことだと思う?」
「スパムメールの類やな」
だよね、やっぱり。こういうのは無視するのが一番なのよ。心配して損したわ、と香美波と一緒に笑う。あとでたこ焼きでも食べに行かない? なんて話をしていたら、観覧車をモチーフにしたお菓子を買ってきた空が帰ってきた。おかえりと声をかけあって、楽屋のパイプ椅子に腰掛けた空にもこの話をすると、空はECHOというバンドに好意的な感情を持っているらしい。長い黄緑色の髪をかき上げながら言った。
「いいじゃん、合同練習。俺ECHOの香絵子と知り合いだし、賛成だけどな」
空は男勝りな性格で、自分のことも「俺」と呼ぶけれど、実は可愛いところがあるのを私は知っている。あみゅがるの実質的なリーダーは私だけど、空の方が統率力があるし、ファンからの人気も高いから、大事な選択になると私は空に頼りがちになっていた。しかしそれとは逆に、香美波は誰であろうと自分の意見はしっかり言うタイプだ。
「空ちゃんが言うなら、ウチも賛成したいけど......ECHOって、今調べてみたら男の方が多いバンドやん。誘ってくるなんて、下心が見え見えやない?」
慎重派の香美波は、紫色のスマホ片手に心配そうな顔をしている。そういえば、香美波もツムツムをやっていた。私よりランキングが高いのに、まだ通信制限されてないあたり、香美波はスマホを使うのが上手いな。
香美波に見せてもらったのは、ROCKIN ECHOのホームページ。見るからに女性経験が無さそうなボーカルと、マッシュヘアのサブカル系なギターと、アイドルかと思ってしまうほど可愛らしい童貞ウケしそうなベースと、モデルみたいな金髪のドラムと、やたらかっこいいキーボード。あ、思い出した。これ、小川徹明くんがいるバンドだわ。
この前見たファッション雑誌に載っていた小川徹明くんがバンドマンだったことは知ってたけど、まさかこんな無名のバンドにいたとは。てっきりサブレタニアン? サブタレニアン? に居ると思ってた。けど、わからないものだなぁ。千年に一度の美少女は名前が知れてるけど、千人に一度の美少女が在籍しているアイドルグループはまったく人気がない現象のようなものかな。
彼のプラチナブロンドの綺麗な髪に、180センチを超える長身、そして甘い雰囲気を持つ整った顔立ちは、今や芸能界で引く手多数らしい。そんな小川くんに私も興味を持っていたから、ツイッターをフォローしていた。その小川くんと一緒に練習ができるのって、結構いいと思うんだけどな。空と香美波にこれを話すと、「ももこはホント、イケメン好きだからね」と呆れられた。
「たしかに小川くんはイケメンやけど、これはなんかの罠だったりしないやろか」
「香美波は心配性だな。俺の知り合いもいるし、久しぶりに会いたいから行こうぜ」
二人は買ってきたお菓子を食べながら話し合っている。香美波は不安そうな面持ちで、空は楽観的な声色で。しばらくして、二人が出した結論は、
「ももこが決めなよ」
だった。人の意見をなるべく尊重したい香美波と、面倒くさがりで細かい話し合いを好まない空で意見が食い違うと、たいていの場合、決定権は私に来る。二人の意見をうまく組み合わせて、私は二人にある提案をした。
「じゃあ、こういうのはどう? 合同練習には行くけど、私たちの他にもう一つバンドを呼んでもらう」
納得したように笑う空と、それええやんと手を叩く香美波。これで決まりだ。私は速度制限になって動作が遅いスマホで返信し、残りの時間は三人で打ち合わせ内容の確認をすることにした。