複雑・ファジー小説
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- 濡れ衣のテロワーニュ
- 日時: 2017/03/26 18:54
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
ボンジュール!毎度お馴染みマルキ・ド・サドです。
今回は『ジャンヌ・ダルクの晩餐』からおよそ100年前のストーリーを書きたいと思います。
今度は人間社会を舞台にした復讐ではなく知られざる裏社会を舞台にした戦いという内容になります。
新たな小説を投稿する日をずっと待ちわびていました。
その時が来た今日をとても嬉しく思います。
コメントやアドバイスは大いに感謝です。
分かっていると思いますが悪口、荒らし、嫌み、不正な工作などは絶対にやめてください。
この文を見て不快さを感じた場合はすぐに戻るを(人を不快にさせるのが一番嫌いなので)
ちょっとした豆知識も含まれています。
それでは始まります・・・・・・がその前にストーリーと登場人物の紹介から。
ストーリー
フランス南部のエグリーズ(教会)支部長『リディアーヌ・フランソワーズ・ド・ボーマルシェ』。
彼女が引き起こした「バヴィエールの支配」から4年、大規模なクーデターは1人の指導者と12人の聖騎士により鎮圧された。
1909年のジャンヌ・ダルクが列福された日の事だった。
さらに月日は流れ1911年のフランス。主要都市のパリ。
数年前の反乱によってエグリーズの損害は大きく未だ指揮系統のほとんどは混乱したままだった。
組織の修復のためフランスに再び聖騎士たちが集い教会の復旧時代が幕を開けようとしていた。
一方、表社会では『アガディール事件』の発生によって民衆は頭を悩ませていた。
イギリスの革命家であり聖職者でもある『ジリアン・オールディス』はドイツ政府に対する革命を決意する。
彼女は人々の団結のためにフランス西部に位置する孤島『ニューオルレアン』を訪れていた。
演説の途中、会場は謎の暗殺者達の襲撃を受けジリアンは重傷を負う。
更に不運な事にその場にいた生存者の少女『エリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ』が犯行の濡れ衣を着せられてしまう。
駆け付けた警備隊から逃走し裏路地に追い詰められるが異国の老婆に救われる。
彼女はエグリーズの存在と事件の全貌を打ち明けエリスを組織に引き入れる。
その後エリスは聖騎士となり濡れ衣を晴らしかつての日常を取り戻すため裏世界の戦いに身を投じる。
登場人物
エリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ(エリーネ・ルテルム)
本作の主人公。ニューオルレアンに住む長髪の少女。年齢は18歳。
フランス名を持つが数年前まではベルギーに住んでいた。
両親と共に商店街でパン屋を営んでいたが『ジリアン・オールディス暗殺未遂事件』の濡れ衣を着せられ指名手配犯となる。
逃走中にアガサ・キャンベルに助けられエグリーズに加入、自分を陥れた黒幕に復讐を誓う。
ジリアン・オールディス
イギリス出身の聖職者・革命家。年齢は24歳。
後にフランスに『聖カトリック法』を創る事になる人物。
親仏派でありパリで革命活動を行っていた。『英国のジャンヌ・ダルク』と呼ばれている。
ニューオルレアンで起こった事件で重傷を負うが素早く駆け付けた警備隊によって病院に搬送、落命を免れる。
彼女が襲われた悲惨な出来事でフランス・ドイツ両国の関係は一層悪化した。
アガサ・キャンベル(北条 妙)
冤罪のエリスを救った異国の老婆。年齢は67歳。
その正体はエグリーズに所属する日本の安房(千葉)出身の元女侍。
49年前にアメリカに渡り米軍の将校から英名を授かった。
18歳の若さで南北戦争の北軍に加勢し斬り込み隊長として名を上げる。
1910年に旧友との再会を理由にニューオルレアンを訪れていた。
ジャン=モーリス・アルドゥアン
ニューオルレアンで暗躍する暗殺組織『トロイメライ』に所属する青年。年齢は24歳。
部下と共に演説会場を襲撃、『ジリアン・オールディス暗殺未遂事件』を引き起こした。
実は自身が罪を擦り付けたエリスとは幼馴染みで恋仲の関係であった。
ジャンヌ・ル・メヴェル
両手に謎の刻印を持つ得体の知れない少女。年齢不明。
エグリーズに重要視されている人物でトロイメライからも狙われている。
彼女の行方を追う事がエリスの任務となる。
エドワード・サリヴァン
ニューオルレアンの町に事務所を構える私立探偵。マンチェスター出身。年齢は33歳。
エグリーズに所属しておりエリスに味方する数少ない人間の1人。
ジャンヌの捜索の依頼を受けエリスと共に行動する。
デズモンド・リーバス
エグリーズに所属する脚本家。ホワイトチャペル出身。年齢は48歳。
エグリーズの復旧のためにニューオルレアンに派遣される。
1888年に起こった『切り裂きジャック』事件の容疑者にされた過去を持つ。
『ナイチンゲール裁判』にも関わっており彼女の無実を証明した英雄的人物。
ちなみに『ウォルター・シッカート(1860 - 1942)』とは知人同士。
フェシリアン・ウリエル
生まれつき右腕のない青年。クレルモン=フェラン出身。年齢は20歳。
本人は気づいていないが幼い頃にエグリーズの人間と接触していた。
後の1人目の『エディスの仮面の継承者』。
用語
エグリーズ(教会)
マリア・デ・ラセールが設立した秘密結社。エグリーズはフランス語で教会という意味。
オーバーテクノロジーの技術を用い悪魔と契約したイングランド軍を打ち破った。
百年戦争終結後、先に起きるであろう人間と魔物の戦争に備えるため各国に支部を築いていくことになる。
組織の全権はデ・ラセール家の人間が掌握している。
トロイメライ
ニューオルレアンで暗躍する冷酷な暗殺組織。
戦争犯罪者、熟練の殺し屋、リディアーヌ支持者(反デ・ラセール派)達で構成されている。
彼らの目的や指導者の詳細を知る者はいない。
ニューオルレアン
本作の主な舞台となるフランス西部に位置する孤島。大きさは面積は仏国本土の4分の1くらい。
フランスの属国であるが戦争はほとんど行っておらず数百年間平穏時代が続いた。
12世紀、第三十字軍の戦争では援軍として徴兵されイスラム軍と戦った過去を持つ。
アッコン奪還後、報酬にテンプル騎士の財宝の一部を受け取り国は今まで以上に栄えた。
元は『フレイロ』という独立国であったが百年戦争時代、『ジャンヌ・ダルク』がフレイロ併合を宣言、『ニューオルレアン』となる。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.17 )
- 日時: 2017/07/17 20:45
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
エリスは何も言わず哀れみと後悔、そして恥ずかしそうに下を向いた。自分の家族はまだ生きている、おそらく大都市の牢獄へと連行されているかもしれない。だが、この優しい青年の家族はもういない。とうの昔に天に召された。この話を聞くまでは自分が1番不幸だと思い込んでいたが間違いだと気づかされた。
それなのにトラヴァースは笑顔を絶やさず明るく生きている。本当は泣きたいぐらい辛いのに必死に堪えているのだろう。彼だけじゃない、他の皆も同じだとやっと理解した。
涙を流して終わるのならとそんな考えを捨てきれないエリスだったが・・・・・・これ以上弱音を吐きながら逃げ腰でいるのが嫌で仕方なかった。恩を返すなら今、逃したら2度と機会は来ない。
顔を上げ真剣な眼差しで
「私、戦います・・・・・・!」
「・・・・・・え?」
「死にたいほど苦しいのは私だけじゃないと今頃気づきました。あなたもアガサさんもベルトランさん、ロレンツィオさん・・・・・・皆戦っている・・・・・・!そんな姿を見たら私だけ逃げているのがとてつもなく恥ずかしくて・・・・・・だから・・・・・・!」
トラヴァースは微笑んだ。ありがとうと呟き小さな涙を流した。
「大丈夫、命を懸けてでも君を守る・・・・・・!だからこれから先は1人で悩まないで。俺達は家族、生きる時も死ぬ時も一緒・・・・・・じゃあ、アガサ様に伝えてきます。」
そう言うと椅子から立ち上がり部屋から去っていった。
更に時間は流れたが空の色も分からず時刻は部屋にある時計を見て確認する。夕食も終わり外の光景もどうなっているのか分からないまままた1日が終わろうとしていた。だが退屈な時間は相変わらずやって来る事はなく夜は全員でトランプで遊び楽しい一時を過ごす。エリスはここに来て僅か2日だが生活には大分慣れてきていた。
楽しみにしていた入浴も済ませ炭酸ジュースで喉を潤した。トラヴァースが果実酒を勧めたがベルトランが彼をど突き『子供に酒を飲ませるとは何事だ!』と厳しく叱った。それを見てアガサとロレンツィオは声に出して笑う。
久々に思える快楽にいつまでも笑顔を絶やさなかった。最早恐怖は消え現実が嘘のように心の底から幸福を感じていた。考えたくもない明日を気にせず遊び続け笑い合う。
決心が着いたエリスをアガサが抱きしめる。偉かったわねと優しい言葉をかけ頭を撫でた。男3人も嬉しそうにその光景を見ていた。
ようやく消灯時間になりお休みの挨拶を交わした。分かってはいたが楽しい時間は速く進み終わりを迎える。エリスはベッドの布団に入るとすぐさま目を閉じた。未来に期待を膨らませ夢の世界へと足を踏み入れていく。
「・・・・・・・・・・・・」
アガサはそんな少女をしばらく眺め自身もランプを消し寝床に着いた。
「・・・・・・なさい・・・・・・」
誰かの声が頭の中で響く・・・・・・聞いた事がある声・・・・・・確か・・・・・・
「起きなさいエリス・・・・・・!」
「うう・・・・・・ん・・・・・・」
熟睡していたエリスの身体をアガサが揺する。深い眠気から消えかけていた意識が戻ってくる。夢は見ず黒い世界の中でただ眠っていた。心地よく温かかったがとても残念そうな顔をする。
あれからどれくらいの時間が流れたのだろう?部屋は暗いがそれはランプが点いていないだけで夜とは言い切れなかった。もしかしたらとっくに朝を迎えているのかも知れない。
「起きなさいエリス!」
もう1度、今度は少し大きめの声を出す。
「アガサ・・・・・・さん・・・・・・?」
エリスは目を無理に開け右手で擦った。まだ睡魔が残っていたがただならぬ予感を感じ言われた通りベッドから起き上がる。床に降りた瞬間バランスを崩したがアガサが抱きとめてくれた。ごめんなさいとお礼を言いあくびをした。
「来なさい。」
「・・・・・・?」
手を繋ぎ薄暗くかび臭い階段を降りていく。案内されたのはどうやら隠れ家の地下室のようだった。そこには既にトラヴァース達が待機していた。灯りと回復してきた視界で彼らの深刻そうな表情が目に付く。
寝る前の愉快さが夢だったように誰も笑ってなどいなかった。何かを話しているようだが上手く聞きとれなかった。何故かは不明が冗談が通じる空気ではない事だけは理解した。
「エリスを連れて来たわ。」
「よし、じゃあ本題に入ろう。」
笑い顔があんなに似合ったロレンツィオもいい顔をしていない。誰よりも明るい人物が暗いとここまで空気が重くなるのか・・・・・・それが大きな不安を掻き立てた。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.18 )
- 日時: 2017/07/17 20:40
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
ランプの光を強めテーブルの前に立つ。エグリーズの4人全員がエリスを見る。
「エリス、あなたをこの組織に加えるのはもう少し後にしようかと思っていたけどその余裕すらなくなったわ。」
「・・・・・・何か、あったんですか?」
トラヴァースが答える。
「俺達が熟睡してから2時間後にこの隠れ家にも電報が入ったんです。内容はとても悪い知らせです。」
彼はテーブルに広げられた地図を指さし
「スイスにあるエグリーズの支部がトロイメライの襲撃を受けたとの報告がありました。同胞の死傷者は100名、犠牲になった民間人は300名を超えるそうです。」
「それだけじゃない。」
今度はベルトランが
「仲間を殺されただけじゃなく兵器や道具、そして聖品もいくつか盗まれた・・・・・・大きな痛手だが奴らの目的が1つだけはっきりした。」
彼はフランスの位置をなぞり言った。
「奴らは再びクーデターを企んでいる。今度こそエグリーズを潰す気だ。」
「ええ、指揮系統が混乱している今ほど本部のフランスに攻め込むいい機会はありません。攻撃されたら一巻の終わりだ。」
ベルトランはテーブルにあった羽ペンをインク入れから抜き取りフランスを黒い罰印を付けた。次にまわりのヨーロッパ各国を三角で囲みここニューオルレアンを丸で囲んだ。組織のメンバー達が苦悩を隠しきれない様子で地図を眺める。
エリスにはよく理解できなかったがスイスにある組織の支部が攻撃され状況はさらに悪化したらしい。それを好機に大本部と言えるフランスに侵略が開始される可能性があると・・・・・・
「俺の勘が正しければ奴らはヨーロッパの至る所にいて本部を取り囲むようにして襲撃を始めるはずだ。簡単に言えば『包囲網』だな・・・・・・」
「問題が山ほどあって半分の解決にもかなり時間が掛かるな・・・・・・、せめてアジアやアメリカが無事でいてくれたらこれ以上の助っ人はいないんだが・・・・・・」
ロレンツィオが悔しそうに頭を抱える。北方の国を指さしたがそこも期待を薄く見られているのかベルトランに首を振られた。仕草を見るだけでまるで勝機のない負け戦を無理にでもやっているみたいに思えてくる。どうする事も出来ない無念さに大の男2人はいらだっているようにも見えた。
「ところで例の『少女』の件はどうですか?」
トラヴァースは気になる一言を漏らした。
「だめだ、まだ見つかってない。そっちの望みもかなり薄い。」
「そうですか・・・・・・」
『焼け石に水』とはこの事だろう。発端の地が反乱という事件でほぼ崩壊し遠く離れた大陸にも大きな害が伴った。それに追い打ちをかけるように敵が勢力を拡大させている・・・・・・最早背水の陣よりも酷い状況で教会が滅びるのも時間の問題かもしれない。
「あの・・・・・・、アガサさん?」
エリスが両手で胸を押さえ不安そうに老婆の名を呼んだ。
「どうしたのエリス?」
アガサは優しく微笑み少女の手を握りしめる。
「決して良くない状況だと聞きましたが想像していたよりもずっと酷いみたい・・・・・・私達は大丈夫なのでしょうか?」
「そう・・・・・・、武士の戦で例えたら『本能寺の変』と同じくらい私達は劣勢かもしれない。でもね・・・・・・」
話の途中で急にアガサは彼女の腹部を軽くくすぐる。敏感に反応しきゃっ!と後ろへ後退りした。こんな時に何をするんですかとエリスは笑いながら言った。突然の出来事に男3人は驚き2人を見る。
「どんなに追い詰められていても笑う事が大事なの。笑顔を浮かべれば自然と道は開けるわ。」
そう言ってアガサもくすっと笑った。
「そうだな、困った時にこそ笑わないとな!」
ロレンツィオも連られて大笑いする。
しばらくして聞きたくもない悲報だらけの小さな会議は終わった。ここにいる全員が知恵を振り絞ったが結局、有力そうな意見は出せなかった。やはり話し合いで悩むより行動した方が意味がある。それが唯一出せた結論だった。
ようやく話はエリスに対するエグリーズ加入の内容へと変わった。いよいよ新たな人生の一歩を踏み出すプレッシャーに彼女の緊張感は増していた。何かの『儀式』をするのだとトラヴァースは言ったがすぐには行われなかった。一旦テーブルにある物を全て片付けるとかわりに赤い布を敷いた。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.19 )
- 日時: 2017/07/17 20:36
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
次に装備品らしき組織の装備品らしき道具が揃えられた。アガサが剣のものらしき刀身のないグリップと見事な装飾が施されたリボルバー拳銃を並べる。間違いなく本物である事を確信し少し興味がわくが同時に恐さも増す。どちらも当然扱い慣れていない代物だが後で説明があるだろうと深く考えなかった。
これからこの武器で誰かの命を奪う事になるかもしれない。もし出来るのならアガサのように誰も殺さない方法がいい・・・・・・血を見るのも嫌なのでそのような甘い展開を期待する。
その横にトラヴァースがコートに酷似した白い衣装を置いた。エリスにとっても悪くないデザインで紳士服のような雰囲気を漂わせる。意外と小さめでこれなら背の低い少女でもなんとか着れる。
「これはフランス革命期のとある革命家に授けられた物です。上層部の許可を貰い持って来ました。」
テーブルに降ろされた瞬間金属のような音がした。おそらく鉛か何かを布の中に入れられた鎧服なのだろう。
ベルトランが置いたものは武器も混ざった道具だが彼の話によると違うらしい。よく見るとその拳銃はジリアンの演説会場が襲撃された際、恋人であるジャンに持たされた物だった。銃口を見るだけで愛する者に裏切られ濡れ衣という形で人生を灰にされたあの日を思い出した。あんな事件さえなければ平凡な少女の幸せは命尽きるまで続いていたかもしれないのに・・・・・・
こんな物を持って歩くだけで確実にトラウマが起こりそうだがアガサ達にはある考えがあった。他を見てみると1通の手紙に1枚の幼女の顔写真、そしてリストのようなメモだった。
「これだけは絶対無くすなよ?武器を落とした時よりも大きな痛手になる。」
堅物な男はエリスに厳しそうな口調で言った。
最後はロレンツィオだが彼のが1番気になる道具だった。いや、道具というよりも高価な骨董品に近い。それは白く光る銀細工が施された水差しとコップだった。中身が入っているのか不明だが戦いに所持にしていく物ではなさそうだ。
「あの・・・・・・、それ何ですか?」
エリスは当然気になり当たり前な質問をした。
「これか?ふふ、嬢ちゃん物を見るセンスがあるな。『これ』が1番重要なものなんだ。後で説明するから楽しみにな。」
愉快そうな口調だけですぐには教えてくれなかった。
ひとまず儀式の準備は整った。エリスが銃に手を伸ばしたがまだ触るなとロレンツィオが止めに入った。足りない道具がないか確認も済ませ皆一息つかせる。
「加入の儀式を始める前にこっちに来て。大事な事がもう1つあるでしょ?」
先に見せたい物があったらしくアガサ達は部屋の隅に向かった。そこの壁にもテーブルと同じデザインの赤い布がかけられている。まるで赤いカーテンのように何かを覆い隠していた。何を隠しているのか分からないが重要なものがこの先あるのは容易に想像できた。
ベルトランはこれから見せるのはある重要人物だと先に説明を加え布を引っ張り下ろした。集まった者達は幕が消え剥き出しになった壁を見上げた。
「これは・・・・・・!?」
人間の顔が描かれた絵画6枚が飾られていた。それは紛れもないキルリストだ。標的の年齢は1人1人異なっておりまだ若い青年や中年の女性までいる。頂点の絵には顔は描かれておらず黒く塗りつぶされ中心に白い?があるだけだった。
絵の下には標的の詳細らしきメモや写真、関係性などを示す矢印が貼り付けられている。複雑な構造だが敵の共同ラインなどが何とか分かりやすく見える。それに全員がニューオルレアンにいるわけではなさそうだ。他国の陸地と並べられているのがその理由だ。
「・・・・・・!」
エリスにがある事に気がついた。2番目に高い一の絵画を見つめる。優しそうに微笑みこっちを見ている青年・・・・・・恋人のジャンだった。かつて恋仲の彼女には間違い様なんてなかった。
「ジャン!」
エリスが絵を見ながら叫んだ。エグリーズ一行は聞き捨てならない言葉に驚愕のリアクションをする。互いに顔を見合わせ恋人を眺める少女を眺めた。そして状況をすぐに飲み込み優しく声をかける。
「知人か?この青年はお前のボーイフレンドか・・・・・・?」
ベルトランが恐る恐る聞いた。
「いや・・・・・・嫌よ・・・・・・!こんなの間違ってるっ!!私にはできないっ!!」
キルリストの示す意味を理解しエリスは頭を抱えたままパニックに陥った。アガサとトラヴァースは急いで駆け寄りとにかく落ち着かせる。人生経験が豊富なロレンツィオも流石に励ます事すら出来なかった。
「落ち着いてくださいエリスさん!ゆっくり息を吐いてください!」
を無視し下を向いて発狂し続ける。
「いや!!私は組織には入らないっ!!」
「エリス聞け!よく分からんがもうこの男はお前の恋人じゃねえ!ただの殺人者だ!」
混乱の直後、とうとう号泣しだしてしまった。背中を摩っていたトラヴァースに抱きつき大粒の涙を流す。それでもなお絶望の声を上げた。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.20 )
- 日時: 2017/07/17 20:30
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
その時だった。
「・・・・・・っ!」
乾いた破裂音に似た音が地下室に響き全員が水を差されたように沈黙する。ネガティブな空気はリセットされたように消えていた。何が起こったのか分からないがエリスは左の頬に痛みを感じた。
その目の前には怒った目つきの老婆が・・・・・・
状況理解するのに数秒かかった。何が起きたのか分かった途端男達は目を丸くし唖然とする。アガサがエリスを打った。
「気をしっかり持ちなさい!これはあなたの戦いでもあるのよ!」
「・・・・・・だって・・・・・・、ジャンは私の・・・・・・ああああああああ!!」
ひとまず休息を取る事にした。しばらくして泣き止んだエリスをその場にあった椅子に座らせもう1度落ち着かせる。上階へ戻ったトラヴァースがハーブのお茶を持って階段を降りてきた。皮を剥いたリンゴと一緒にテーブルに敷かれたばかりの布の上に並べた。
アガサは何も言わないままエリスを抱き寄せていた。ベルトランとロレンツィオは残酷な宿命を内容に呟き合う。
「まさか嬢ちゃんの恋人がトロイメライの幹部だったとは・・・・・・」
未だに信じられそうにない口調でロレンツィオは呟く。
「ろくでなしのクズを恋人なんかと呼ぶなよ。好意を持った女を散々利用して最後は虐殺事件の汚名を擦り付ける・・・・・・とんだろくでなし野郎だ。俺だったらこんな生き恥晒すくらいなら死んだ方がマシだ。」
ベルトランも向こうに聞こえないように小声で愚痴をこぼす。
「だが、恋人と殺し合うなんて真の修羅場だな・・・・・・俺は戦って数十年経つがこんな経験はした事がない。」
「俺もだ、大切な仲間に剣先を向けるなんて絶対に出来ねえ・・・・・・」
「何とか少しだけでも力になれればいいが・・・・・・」
エリスは湧かない食欲に抗い無理して林檎を食べる。両手で持ったマグカップをガチャガチャと震わせながらお茶を啜った。それでも気が楽になる気配はなく逆に悪化しているようにも見えた。
「・・・・・・私はねエリス、そうやって強くなったの。」
アガサが慰めになるか分からない励ましの思い出話を始めた。
「この前、アメリカでの戦争の話をしたわよね?戦場の跡地で狙撃された事も・・・・・・私はその『狙撃手』を何ヶ月も追い続け何度も戦った。彼の名はアーサー・マクドナウ、南軍の指折りの若い兵士だったわ。」
「・・・・・・・・・・・・」
エリスは黙したまま興味のない話を聞き続ける。ついでにまだ余った果実を手に取った。
「でも憎しみは感じなかった。何度も戦っているうちにお互いの事が分かり小さな好意まで芽生えていた。その後私達は仲良くなり恋仲にまでなったのよ?お菓子や煙草を交換したのは今でもいい思い出、戦場を抜け出して2人きりで山の中へキャンプにだって行った。可笑しな話でしょ?全部本当の話よ。」
「それで、それがどうかしたんですか?」
アガサは少し悲しそうに表情を変え続きを話す。
「でも・・・・・・、愛は2人を結び付ける事はなかった・・・・・・末路はその真逆だった・・・・・・朝、目を覚ますと彼は私に狙撃銃を突きつけた。昨日とは違う憎悪の目をしながらね・・・・・・その時引き金は引かなかったけど熱い涙が流血のように流れ出た・・・・・・裏切られたからじゃない。ううん、彼は裏切ってなどいなかった・・・・・・!」
「・・・・・・じゃあどうして?」
「彼は南軍に忠誠を誓い若い命を捧げてまで国に尽くそうとした。だけど私はお互いが敵同士である事すら忘れていた・・・・・・!リンカーンとデイヴィスが憎み合うように私達も残酷過ぎる定めから逃れられなかった・・・・・・!アメリカの未来のために私達は殺し合わなきゃいけなかったのよ・・・・・・!」
アガサの口調は数十年前に経験した古い思い出であるという事をまるで感じさせなかった。最近の出来事をそのまま覚えているかのようにどうしても見えてしまう程だった。エリスも涙が溜まり始めた老婆の瞳に引き寄せられ興味を抱かない態度を少しだけ改める。
「それでどうなったんですか・・・・・・?」
「泣いている私に銃口を向けながら彼は言った、『まだ愛しているなら俺を斬れ、お前が本当の武士なら恋人の死で強くなれ』ってね・・・・・・そしてその日は訪れた・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「ビーバーダム・クリークの戦いと呼ばれた戦争では北軍が戦術的に優位に立ち南軍は総崩れになり騎兵も大砲もほとんど役に立たず無残に死んでいった。でも、それでも武器を手放さず戦い続けたあの人がいた。アーサーは最後まで己の主君の勝利を信じ引き金を引いていたのよ。私はそんな彼に一気に走り刀で右腕を斬り落とした・・・・・・大量の血が私の顔に降りかかり身体は青ざめて・・・・・・『おめでとう、君の勝ちだ。・・・・・・ありがとう』。それが恋人の最後の言葉、私は刃を振り上げ止めを・・・・・・!」
これ以上は言わなかった。彼女も本格的に泣き出したからだ。今度はエリスがアガサを無言で抱きしめ背中を優しく摩った。そして同じく泣き声を上げた。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.21 )
- 日時: 2017/07/17 21:42
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
トラヴァース達はそんな彼女達をただ見ていた。ただ話を聞き何かを学んだのか大きな感動を感じていた。ロレンツィオは後ろを向き右手で両目を覆った。エグリーズ一行は再びキルリストを見上げた。今度は迷いを捨てたのかエリスも強がりの視線で絵を睨む。鋭い目線は恋人に向けられていた。ベルトランは1度だけ大きく咳をして喉の調子を整える。そして再び標的の説明を再開した。
「イギリスの情報によるとトロイメライの幹部として組織の部隊を仕切っているのはこいつら、若い女や老婆もいるが大勢から支持されるだけあって油断は大敵だ。この男はニューオルレアンに潜伏しエグリーズの戦闘員や工作員を捜索している。俺達を見つけ次第抹殺するだろうな。そして大幹部の・・・・・・ジャン=モーリス・アルドゥアン。エリスの元恋人、ジリアン・オールディス暗殺未遂事件を引き起こした張本人だ。」
「・・・・・・あの、ジリアンは無事なんですか?この組織に関わっているならまた襲われる危険性は?」
エリスが言いにくそうに口を挟む。それに対してはトラヴァースが
「彼女は病院に搬送されましたが今はこちらの人間達によって保護されています。心配は無用です。」
「続きを話すぞ?」
ベルトランはキルリストを指さして1人目の詳細を話した。
「こいつの名は『エリック』、フランス出身のリディアーヌ支持者だ。トロイメライに所属する前はエグリーズの騎兵隊の指揮者だった。数年前のクーデターにも関わっており残党として今はこのニューオルレアンにて暗躍、教会のメンバー狩りを行っている。もし抹殺するなら最初の標的にするべきだな。」
次にエリスと歳が合いそうな少女の絵画を指して
「この若い女は『グロリア』、ドイツ出身のリディアーヌ支持者で19歳の若さで支部長に着任したエリート令嬢だ。エリックと同じくニューオルレアンに潜伏してこの地に拠点を築き上げようとしている。放っておいたら非常に危険な敵となる。」
今度は2枚の絵画の説明をまとめて
「イタリア出身の老婆『ジョルジア』はドイツで兵力を貯えフランスの襲撃を目論んでいる。相手はろくに立つ事もままならない車椅子のご老体だが決して容赦するな。イギリス出身の『オーガスタス』はスペインの拠点でこちらの本部を監視している。無論軍勢を待機させてな。」
最後の標的は
「ドイツ出身の『エルンスト』はお前の故郷ベルギーに潜伏し殺し慣れた精鋭部隊を率いている。そしてイギリスではお前の恋人が・・・・・・これ以上は言わなくていいな?そして最も重要なのは・・・・・・」
一行はキルリストの頂上に飾られたシークレットの絵を見上げた。
「これは噂でしかないがトロイメライには謎の指導者がいて正体は不明だがこの国のどこかにいるらしい。」
「どうしてそんなことが分かるんですか?反論するわけじゃないですが根拠は?」
質問攻めが絶えないエリスにアガサ達は真面目に答える。まずはトラヴァースが
「リディアーヌ支持者達は数年前の反乱の鎮圧によって散り散りになり残党のほとんどが処刑されたった数人が恩赦を与えられた。つまりここまで追い込まれた奴らにはフランスに攻め込む力なんて残っていないはずなんです。」
続きはロレンツィオが話した。
「だがそんな奴らがトロイメライを名乗り支部を襲撃できるほどの力を蓄えてやがる。何が言いたいか分かるか?神がかり的な指揮能力を持つ誰かがいなきゃこんな大胆な行動は成し遂げられないって事だ。」
最後にアガサが
「ええ、ロレンツィオの言う通り余程有能な指揮者がいなければ壊滅寸前の反乱組織をここまで再建する事は出来ない。その指揮者を何とかしなければトロイメライはこの先も陰謀を練り続けるでしょうね。」
「そう言う事だ、雪の中から綿を探し当てるようなものだが俺達で標的の黒幕を見つけ出すんだ。このままじゃエグリーズは1年も持たないだろう。教会歴の終焉も時間の問題だ。」
キルリストの解説をも終え深夜の雑談も最後に迫ってきた。いよいよエリスが組織の一員となるための儀式に番が回ってきたのだ。メンバー達はテーブルを間に彼女の向かいへと並んだ。今まで以上に真剣な眼差しで少女を見た。
ロレンツィオが例の水差しを手に取り純銀のコップに注いだ。綺麗な無色透明で危険性を感じさせない無味無臭の水にしか見えない液体。だが何故かはっきり飲みたくないと思えてしまうのだった。これのどこが重要なのなのか考えても分からなかった。
「これより、エグリーズ加入の儀式を始める。」
アガサが気のこもった強い声で言った。
「エリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ、あなたを正義と罪なき者のために戦う騎士である事を認め我ら家族へと招き入れる事を誓う。」
「・・・・・・・・・・・・」
「よってあなたを私達と同じ『シェイクスピア』のクラスとして『聖騎士』の階級を授ける。」
次はベルトランがやはり気のこもった声で
「戦う勇気があるのなら銀の器の聖水を飲み干し忠誠を誓うんだ。」
エリスは何も聞かず言われた通りにコップを持ち上げ中身を飲まなかった。ただの水ではない事は分かっているためなかなか口をつけられない。アルコールの匂いはせず炭酸水でもない。ただ嫌な予感だけを放っている。
ふと目を前に動かしていると優しく微笑むトラヴァースが目に映った。彼は大丈夫だから心配いらないと言いそうな表情で安心感を与えていた。ちょっとだけ視線を逸らしすぐに目を彼の方へ戻す。エリスは無意味に微笑み返し何も考えずに中身を飲んだ。