複雑・ファジー小説
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- 濡れ衣のテロワーニュ
- 日時: 2017/03/26 18:54
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
ボンジュール!毎度お馴染みマルキ・ド・サドです。
今回は『ジャンヌ・ダルクの晩餐』からおよそ100年前のストーリーを書きたいと思います。
今度は人間社会を舞台にした復讐ではなく知られざる裏社会を舞台にした戦いという内容になります。
新たな小説を投稿する日をずっと待ちわびていました。
その時が来た今日をとても嬉しく思います。
コメントやアドバイスは大いに感謝です。
分かっていると思いますが悪口、荒らし、嫌み、不正な工作などは絶対にやめてください。
この文を見て不快さを感じた場合はすぐに戻るを(人を不快にさせるのが一番嫌いなので)
ちょっとした豆知識も含まれています。
それでは始まります・・・・・・がその前にストーリーと登場人物の紹介から。
ストーリー
フランス南部のエグリーズ(教会)支部長『リディアーヌ・フランソワーズ・ド・ボーマルシェ』。
彼女が引き起こした「バヴィエールの支配」から4年、大規模なクーデターは1人の指導者と12人の聖騎士により鎮圧された。
1909年のジャンヌ・ダルクが列福された日の事だった。
さらに月日は流れ1911年のフランス。主要都市のパリ。
数年前の反乱によってエグリーズの損害は大きく未だ指揮系統のほとんどは混乱したままだった。
組織の修復のためフランスに再び聖騎士たちが集い教会の復旧時代が幕を開けようとしていた。
一方、表社会では『アガディール事件』の発生によって民衆は頭を悩ませていた。
イギリスの革命家であり聖職者でもある『ジリアン・オールディス』はドイツ政府に対する革命を決意する。
彼女は人々の団結のためにフランス西部に位置する孤島『ニューオルレアン』を訪れていた。
演説の途中、会場は謎の暗殺者達の襲撃を受けジリアンは重傷を負う。
更に不運な事にその場にいた生存者の少女『エリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ』が犯行の濡れ衣を着せられてしまう。
駆け付けた警備隊から逃走し裏路地に追い詰められるが異国の老婆に救われる。
彼女はエグリーズの存在と事件の全貌を打ち明けエリスを組織に引き入れる。
その後エリスは聖騎士となり濡れ衣を晴らしかつての日常を取り戻すため裏世界の戦いに身を投じる。
登場人物
エリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ(エリーネ・ルテルム)
本作の主人公。ニューオルレアンに住む長髪の少女。年齢は18歳。
フランス名を持つが数年前まではベルギーに住んでいた。
両親と共に商店街でパン屋を営んでいたが『ジリアン・オールディス暗殺未遂事件』の濡れ衣を着せられ指名手配犯となる。
逃走中にアガサ・キャンベルに助けられエグリーズに加入、自分を陥れた黒幕に復讐を誓う。
ジリアン・オールディス
イギリス出身の聖職者・革命家。年齢は24歳。
後にフランスに『聖カトリック法』を創る事になる人物。
親仏派でありパリで革命活動を行っていた。『英国のジャンヌ・ダルク』と呼ばれている。
ニューオルレアンで起こった事件で重傷を負うが素早く駆け付けた警備隊によって病院に搬送、落命を免れる。
彼女が襲われた悲惨な出来事でフランス・ドイツ両国の関係は一層悪化した。
アガサ・キャンベル(北条 妙)
冤罪のエリスを救った異国の老婆。年齢は67歳。
その正体はエグリーズに所属する日本の安房(千葉)出身の元女侍。
49年前にアメリカに渡り米軍の将校から英名を授かった。
18歳の若さで南北戦争の北軍に加勢し斬り込み隊長として名を上げる。
1910年に旧友との再会を理由にニューオルレアンを訪れていた。
ジャン=モーリス・アルドゥアン
ニューオルレアンで暗躍する暗殺組織『トロイメライ』に所属する青年。年齢は24歳。
部下と共に演説会場を襲撃、『ジリアン・オールディス暗殺未遂事件』を引き起こした。
実は自身が罪を擦り付けたエリスとは幼馴染みで恋仲の関係であった。
ジャンヌ・ル・メヴェル
両手に謎の刻印を持つ得体の知れない少女。年齢不明。
エグリーズに重要視されている人物でトロイメライからも狙われている。
彼女の行方を追う事がエリスの任務となる。
エドワード・サリヴァン
ニューオルレアンの町に事務所を構える私立探偵。マンチェスター出身。年齢は33歳。
エグリーズに所属しておりエリスに味方する数少ない人間の1人。
ジャンヌの捜索の依頼を受けエリスと共に行動する。
デズモンド・リーバス
エグリーズに所属する脚本家。ホワイトチャペル出身。年齢は48歳。
エグリーズの復旧のためにニューオルレアンに派遣される。
1888年に起こった『切り裂きジャック』事件の容疑者にされた過去を持つ。
『ナイチンゲール裁判』にも関わっており彼女の無実を証明した英雄的人物。
ちなみに『ウォルター・シッカート(1860 - 1942)』とは知人同士。
フェシリアン・ウリエル
生まれつき右腕のない青年。クレルモン=フェラン出身。年齢は20歳。
本人は気づいていないが幼い頃にエグリーズの人間と接触していた。
後の1人目の『エディスの仮面の継承者』。
用語
エグリーズ(教会)
マリア・デ・ラセールが設立した秘密結社。エグリーズはフランス語で教会という意味。
オーバーテクノロジーの技術を用い悪魔と契約したイングランド軍を打ち破った。
百年戦争終結後、先に起きるであろう人間と魔物の戦争に備えるため各国に支部を築いていくことになる。
組織の全権はデ・ラセール家の人間が掌握している。
トロイメライ
ニューオルレアンで暗躍する冷酷な暗殺組織。
戦争犯罪者、熟練の殺し屋、リディアーヌ支持者(反デ・ラセール派)達で構成されている。
彼らの目的や指導者の詳細を知る者はいない。
ニューオルレアン
本作の主な舞台となるフランス西部に位置する孤島。大きさは面積は仏国本土の4分の1くらい。
フランスの属国であるが戦争はほとんど行っておらず数百年間平穏時代が続いた。
12世紀、第三十字軍の戦争では援軍として徴兵されイスラム軍と戦った過去を持つ。
アッコン奪還後、報酬にテンプル騎士の財宝の一部を受け取り国は今まで以上に栄えた。
元は『フレイロ』という独立国であったが百年戦争時代、『ジャンヌ・ダルク』がフレイロ併合を宣言、『ニューオルレアン』となる。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.1 )
- 日時: 2017/07/17 21:37
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
1814年12月2日『シャラントン精神病院』にて・・・・・・
今日は幾分気分がいい・・・・・・真冬の涼しさが心を落ち着かせる・・・・・・私の命はもうすぐ黒百合の花弁のように散るだろう・・・・・・来年の春までもつだろうか・・・・・・自分の人生そのものだった小説も演劇も・・・・・・芸術を描く気力すら残っていない・・・・・・若かったあの頃に戻れたら・・・・・・どんなに幸せか・・・・・・絶望は素晴らしい・・・・・・でも・・・・・・とても冷たい・・・・・・
1人だったら子供のように泣き出していた・・・・・・でも・・・・・・今の私は孤独ではなかった・・・・・・何故なら・・・・・・
「寒くないドナスィヤン?」
あの子がココアを持ってやって来た・・・・・・
「ああ・・・・・・ありがとう・・・・・・ヴィオレーヌ・・・・・・」
彼女は約束通り戻って来た・・・・・・私に会いに・・・・・・毎日ここに来てくれる・・・・・・この前はケーキを買ってきてくれた・・・・・・あとイギリスの紅茶も・・・・・・私が老人になっても・・・・・・愛してくれている・・・・・・
「今日は元気そうだね?安心した。」
この笑顔、いつ見ても飽きない・・・・・・元気をくれる・・・・・・
「もう小説を書かないの?」
「ああ・・・・・・マルキ・ド・サドはもう終わりだ・・・・・・今は・・・・・・君がいてくれるだけで・・・・・・」
また微笑んだ・・・・・・とても温かい気持ちだよ・・・・・・花畑よりも・・・・・・天使のような白い鳥よりも・・・・・・何よりも愛してる・・・・・・
「ヴィオレーヌ・・・・・・」
「どうしたのドナスィヤン?」
「数年前に来たあの子はどうしてる・・・・・・?」
「プロスペルの事?あの子は日本に帰ったよ、船に乗って。」
『そうか・・・・・・』・・・・・・それすら言わなかった・・・・・・私は珍しく異国の話をした・・・・・・年寄りの世間話は性に合わなかったが今日だけは違った・・・・・・ヴィオレーヌもあまり詳しくないのか会話は長くは続かなかった・・・・・・分かった事と言えば・・・・・・今2人が持っているマグカップがプロスペルの故郷の産物である事だけ・・・・・・だった・・・・・・
「美味しくない・・・・・・」
ココアを一口啜った・・・・・・前よりも不味くなっている・・・・・・
「ほんと・・・・・・ここの病院は患者の人権を軽視している。嫌いだよ、そういうの。」
「ごめん・・・・・・せっかく淹れて持ってきてくれたのに・・・・・・」
「気にしないで、この飲み物については私もあなたも悪くないんだし。」
ココアを雪の上に捨てた・・・・・・ヴィオレーヌもそうした・・・・・・茶色い液体が白くて・・・・・・綺麗な氷った雨を溶かし染み込んでいく・・・・・・それを見て楽しむ・・・・・・
私もヴィオレーヌもしばらく黙り込んだ・・・・・・空を見た・・・・・・雪も降らない遥か遠くの天井は灰色に曇っていた・・・・・・天使も悪魔も降りてこない・・・・・・寂しげな色で大地を眺めていた・・・・・・
「そうだ・・・・・・」
私は思い出した・・・・・・老いてから頭もろくに働かず思い出せずにいた・・・・・・人生最高のプレゼントを持っていた事すら忘れていた・・・・・・
「これを・・・・・・君に・・・・・・」
「本?何の小説?」
「黒い少女のクレールス・・・・・・それが題名・・・・・・私の最後の芸術・・・・・・」
最愛の恋人に手渡す・・・・・・喜んでくれたら・・・・・・とても嬉しい・・・・・・だけど・・・・・・彼女は笑ってはいなかった・・・・・・怒らせてしまった・・・・・・?悲しそうな表情で私の目を見る・・・・・・ごめん・・・・・・気に入らなかっ・・・・・・
「最後の芸術だなんて・・・・・・そんなこと言わないで・・・・・・」
手渡したばかりの本を両腕で抱えながら涙を流した・・・・・・そして数年ぶりに私を睨み付けた・・・・・・
「すまない・・・・・・」
私も少しだけ泣いた・・・・・・相手を傷つけた過ちに自分も傷ついた・・・・・・どう慰めていいか分からずただ・・・・・・相手を抱きしめる・・・・・・温かい体温が伝わってくる・・・・・・悲しみが嘘のように・・・・・・
「・・・・・・あ」
心臓に違和感を感じた・・・・・・鼓動の乱れを感じ取った・・・・・・
・・・・・・どうやら私の人生はここまでのようだ・・・・・・あと数秒で命は燃え尽き身体は亡骸と化すだろう・・・・・・楽しい毎日だった・・・・・・不幸な日なんてほとんどなかった・・・・・・皆は私を軽蔑していたが今は違う・・・・・・愛してくれる者がいる・・・・・・
・・・・・・だけど・・・・・・
最期なのに好きな人を・・・・・・怒らせてしまうなんて・・・・・・私はどこまでも・・・・・・罪な芸術家だ・・・・・・
離れたくない・・・・・・もっと一緒にいたい・・・・・・この子を置いて逝きたくない・・・・・・まだ生きていたい・・・・・・でも・・・・・・運命には・・・・・・逆らえない・・・・・・
「ありがとう・・・・・・ヴィオレーヌ・・・・・・愛しているよ・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・心臓が止まる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼女を残し私は眠りにつく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さようなら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最愛の・・・・・・・・・・・・
『ドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド』シャラントン精神病院にて死亡(享年74歳)
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.3 )
- 日時: 2017/07/17 21:33
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
赤い木の実は泣いた。青い木の実が指輪を盗んだから。黄色い木の実は言った。
「森の木に住むカラスに相談しよう。」
カラスは赤い木の実に言った。
「青い木の実を殺して指輪を取り返してあげる。そのかわり、君の友達の命を貰う。」
こうして青い木の実は殺された。カラスが指輪を咥え戻って来た。だけど黄色い木の実は二度と現れなかった。二つの果実は結ばれた。だが祝ってくれる木々は一人もいなかった。友達のいない式場で赤い木の実は白い花のブーケを投げた。
『マザー・グース44曲目の詩『赤い木の実は泣いた』』より
1911年10月26日 『ニューオルレアン市街メルクリウス』にて・・・・・・
ここはフランスではない。だからパリの美しい町並みなどなかった。凱旋門もエッフェル塔も存在しない、どこにでもあるようなただの商店街。だけど、あの国に負けない所だって一杯あった。狭い人ごみの上で鳥が自由に飛んでいる。下を見ず広い空を飛び続ける。人々は今日も外を歩く。それぞれの目的、役目のために散歩のように並んだ店の列を見て回る。
大人はいつものように働き子供はいつもように遊ぶ。男は道具の材料を加工し女は完成した物を売っていた。若者は鉄や木材を運び老人は畑を耕す。公園では幼子達が手を繋いで輪になり仲良く笑い合う。
こうして絵に描いたような幸せな風景は次の明日へと続いていく。
例えどんな困難が訪れても人々は決して笑顔を絶やさなかった。辛いと分かっていても大切な誰かのために必死になる。人間は魚のように泳げない、鳥のように飛べない。そうだとしても助け合い絶望の中から這い出す。何年もそうやってこの地を生き残って来た。昨日も今日も明日もそれは途切れる事無く続いていく。
こんなにも誇り高い人生を誰が恨めしく思うのだろうか?
ニューオルレアンは今日も晴れ、メルクリウスの22番地の住民は賑やかな一時を過ごしていた。いつもと変わらない風景に酔いしれながら平穏な日常を送る。その場に店を構える1軒のパン屋でも同じだった。小麦を捏ね焼いて作られたその香ばしい品々は店に入った客人を魅了した。2人の女性が店員を務めている。大人の子供の1人ずつ、元気に働く。
「ベルギーワッフルをください。」
背の高い貴婦人が言った。彼女はついでに子供用のキャンディーの隣にあった紅茶の袋を掴み取りレジに置く。
「畏まりました。エリーネ、レジをお願い。」
「分かった。」
エリーネと呼ばれた少女は少々焦りがちで注文されたベルギーワッフルを取り出す。客人を待たせぬよう急いで茶色い紙袋に詰め紅茶の隣に置いた。
「お待たせしました。1フラン(この時代で言えば1500円くらい)です。」
貴婦人は優しく微笑み支払いを済ませると店から去っていった。今のところ店内には誰もいない。親と子の2人きり。その間にエリーネはオレンジジュースを飲み一息つく。プレッシャーのない安心感に静かに息を吐いた。
「初めての頃と比べて大分慣れてきたわねエリーネ。」
彼女の母親も背伸びをしながら上達した我が子を褒める。
「母さん、今の私はニューオルレアン人『エリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ』。『エリーネ・ルテルム』は昔の名前よ?」
「親子なんだから旧名でいいじゃない。私もあなたもベルギー人よ。」
「ベルギー人か・・・・・・、かつての生活を思い出すわね・・・・・・」
2人は数年前に離れた故郷を思い浮かべた。エリーネはここの暮らしにはすぐに慣れ何不自由なく生活している。ニューオルレアンに来てから友人はまだ出来ていなかったがフランス人の恋人と巡り会えた。しばらく会っていないが隣国へ手紙を送っている。
その反面、彼女の両親は違った。何とかパン屋を営み何とか平凡な生活を送るのに苦労している様子だった。エリーネの見えない所で父親は頭を抱え母親は泣いていた。我が子の幸せを思い深刻な問題を隠していたのだ。
世界は今まで以上に混沌としていた。この国だっていつまで平和が続くか分からない。明日には他国からの攻撃を受けるかもしれない。フランスが戦争を始めれば属国のニューオルレアンでも無論、徴兵制度が始まる。若者はライフルを手に船に乗せられ敵の本土へと赴く。
ベルベル人が引き起こした大規模な反乱を鎮圧するためフランス兵はモロッコへと出兵。ドイツ政府はイルティス級砲艦『パンター号』をアガディールに派遣、国際紛争が勃発する。この事件により両国の関係は悪化しいつ本格的な戦争が起きても可笑しくない状態となった。
幸いニューオルレアンが被害を被る事は無く最悪な事態は避けられた。夢物語の終わりのように幕は閉ざされ人々は一時期安堵している。しかしこの日々が明日も続く保証はない。
「そう言えばこの街に『ジリアン・オールディス』が来ているのよね?」
母が言った。
「ええそうよ、イギリス人でありながらフランスを愛する革命家。私も大好き。」
エリーネだけじゃなくこの国の民衆はジリアンという少女に魅了されていた。人々は彼女を『英国のジャンヌ・ダルク』と呼び尊敬の目を寄せている。彼女がこのニューオルレアンを訪れ船を下りた瞬間大勢の歓声が港に響いた。それはまるで救世主の降臨のようだった。
「今日このメルクリウスの街でジリアンの演説があるの。私も行っていいよね?」
「え・・・・・・!?・・・・・・まあいいけど気を付けてね?」
「分かった。ああ〜楽しみ〜。」
エリーネは新しいぬいぐるみを買う前の女の子みたいに張り切り出した。ケースを除きパンの状態を確かめるとレジの前に行き次の来客を待った。母親はそんな我が子を見て優しく微笑む。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.4 )
- 日時: 2017/07/17 21:28
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
家族と昼食を済ませエリーネは自分の部屋へ戻った。ベーカリーユニフォームを床に脱ぎ捨て私服に着替える。長髪の手入れも終え帽子を被りこれからのイベントに出かける準備をする。持っていく物は何もなかった。
上機嫌に歌を歌いながらベッドの横のカーテンを開け路地の様子を上から眺める。さっきよりも大勢の人々が同じ方向に向かっているのが見えた。希望がそこにあるといった表情、どうやら考えている事は皆同じのようだった。エリーネも急いで部屋からでて階段を降りる。
「行ってきます!」
エリーネは母に店番を任せパン屋を飛び出す。
「行ってらっしゃい!演説が終わったら寄り道しないで帰ってくるのよ!?」
親なら誰でも言いそうな在り来たりな言葉を聞き流し人ごみの中をかき分けていった。
演説会場では何百人もの人間が集まっていた。全員がこれから訪れる救世主の登場を待ちわびていた。ざわざわと静まる事のない民衆に溢れその大半が広場の中心に設置されたステージを見つめている。階段へと続く道には多数の警官が横に綺麗に並んでおり民間人の侵入を防いでいた。
「ねえパパ、ジリアンはいつ来るの?」
大勢の人間の中の1人の子供が聞いた。父親は我が子を抱きながら右ポケットに手を入れ懐中時計を取り出す。蓋を開き時間を確認する。
「あと5分くらいだ。すまないが降ろすぞ?彼女が来たらまた抱っこしてやるから。」
「しかし、あの聖職者が我々の住む町に来るなんて夢にも思いませんでしたな。」
別の民間人が言った。
「ほんとよね、彼女が来れば千人力よ。きっと私達を導いてくれるわ。」
どれもこれも期待を膨らませる内容の話ばかり。皆、希望に満ち溢れている。暗い思考の表情をしている者は誰もいなかった。
エリーネもその中に混じりジリアンの到着を待っていた。大の大人に挟まれながらも人と人との隙間からステージを見上げていた。するとこの街の町長がステージに上がっていくのが見えた。どうやらメインゲストが来るまで前説をするつもりらしい。
人々の前で丁寧にお辞儀をし町長は口を開く。
「親愛なるメルクリウス市民の皆様、間もなくジリアン・オールディス氏がご到着します。」
市民達は沈黙し高い位置に立つ男を見上げる。しばらく続く退屈な前説に当たり前のように聞き流す者は多かったが真剣に話を聞く者もいた。やがて警備隊の1人がステージに上り彼の耳元で何かを囁いた。町長は表情を一変させ2回ほど頷くと速やかに階段を降りる。再び人々はざわめき始める。
次の瞬間、大きな歓声が沸き上がった。それは数百人の伝言ゲームように広場全体に広がった。歓喜に満ちた言葉にならない叫び、こっちを見てくれと言わんばかりに大きく手を振る。とうとう偉大な英雄が現れたらしい。
ジリアン・オールディスの姿が見えた。民衆を抑える警備隊の間を彼女は歩いている。後ろ以外のすべての方向を見回し笑顔で手を振る。ジリアンコールが響く。
「ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!ジリアン!!」
想像以上の温かい歓迎を受けながら彼女はステージに上る。
「ニューオルレアンにようこそ!ジリアン!」
「ジリアン!こっち見てー!」
「この日を待ってたぜジリアーン!」
カリスマ性に魅了された民衆を愛し愛されたヒロインは自身も嬉しそうにお辞儀をして再び大きく手を振った。さっきよりも遥かに大きな歓声が響いた。子供ははしゃぎ大人は目に涙を浮かべ喜ぶ。エリーネも今にも失神してしまいそうに惚れ惚れとした表情を浮かべていた。
「ごきげんよう、ニューオルレアンの皆さん!温かい歓迎ありがとうございます!」
3度目の歓声が響く。その後すぐに静まり返る。
「凄く感激しました。ホテルにいた時はあまりにも緊張していたので朝食を食べたらすぐ帰ろうと思ってたんですが来てよかったです。」
そのジョークに大勢が大笑いし会場はさらに盛り上がる。
「私もニューオルレアンに来れてよかったです。この国の力になれる事を誇りに思います!」
こうしてジリアンの救済の声とも呼べる演説は幕を開けるのだった。
「ニューオルレアンは美しくどこを見ても平穏、正に『天使の国』と言えるでしょう。私は船を降り港に足を踏み入れた瞬間に笑顔ばかりの光景を目にし感動しました。しばらく涙を目に浮かべこの平和な国を必ず守ろうと誓いました。こんなにも素晴らしい街を戦争や汚れた政権で汚させるわけにはいかないと!皆さんも知っている通り『アガディール事件』の発生により愛国であるフランスはモロッコへ出兵しました。運よくここニューオルレアンは国際紛争には巻き込まれず経済も被害を受けず平穏は保たれました。・・・・・・ですが幸運は何度も続きません。フランスとドイツ・・・・・・この両国の関係は今や水と油と言ってもいい程の状態、いつ本格的な戦争が起きても可笑しくありません。もしそうなればこの争い知らずの楽園でも決して他人事ではなくなるのです。」
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.5 )
- 日時: 2017/07/17 21:24
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
ジリアンはさっきまでの笑顔の女性とはまるで別人になっていた。最初に現れた時はどこにでもいそうな雰囲気だったが今は違う。真剣な眼差しで必死に何かを訴えているその表情は本物の革命家の顔だった。
民衆もその熱意が伝わったのか彼女から目を離さず頷きながら言葉の続きを聞く。中には『その通りだ!』や『戦ってやろうじゃねーか!』などと戦意が高まった声が響く。男だけじゃなく女も同じ態度を示した。
「もし敵がこの地に足を踏み入れれば最初に犠牲になるのは女、子供、そして老人です。戦争は力のない者達を先に殺すのです。侵略者は悪魔の笑みを浮かべながら1人また1人と無抵抗な人々の命を容易く切り裂くでしょう。若い女は犯され赤ん坊は火に投げ込まれ老人は化学兵器の実験材料にされます。これは悪夢ではなくこれからの現実です。」
「そんな事させねえ!」
「もし奴らがのこのこやってきたら後悔する間もなくぶっ殺してやるわ!」
「そうだ!」 「そうだ!」 「そうよ!」 「そうだぜ!」
「そう、戦いましょう!家族や友人や恋人、いえ、それだけじゃない!この国の未来を守れるのは自分自身です!」
民衆はざわめき戦おうとお互いに団結を始めているようだった。男は武器を揃えようと叫び女は弾や軍服を作るわと気合いを入れる。ジリアンの演説は予想以上の速さで数百の人々を1つにまとめ上げた。彼女の言葉には力があり皆を奮い立たせた。
「あなた達だけを戦場に向かわせるつもりはありません!私自身もライフルを手に前線で命を捨てる覚悟です!ドイツ帝国は確かに強大な国です!ですが所詮は武器と兵器だけの抜け殻の国、恐れることはありません!我が故郷イギリスはフランス、ニューオルレアンと共に戦います!相手はたった1つ、ですがこちらは3つ!そして全員が家族です!!」
今まで一番大きな歓声が広場で響き渡った。それはまるで数千人の叫びのようだった。それはしばらく続いた。大人も子供も希望を見出し大幅に士気が高まったように見える。ジリアンはそんな彼らの様子を笑顔で見下ろしていた。
「最高よジリアーン!!」
エリーネも手を振り彼女には聞こえるはずもない賞賛の言葉を発した。それから短い時間が経ち胸を打つ演説も終わりを迎える。相変わらずの歓声と拍手で幕は閉じられた。
最後は町長とその娘が彼女に装飾箱と大きな花束を手渡す。人ごみの最前列にいた記者達がその瞬間を逃がすまいとカメラを撮る。ジリアンは目に涙を浮かべ2つの贈り物を両腕に抱えながらお辞儀をした。無数のフラッシュがステージの上を照らす。
「・・・・・・ねえ、パパ。」
さっきの子供が上を指さし言った。
「どうした?」
「お家の屋根からもジリアンを見てる人がいるよ。」
父親は『え?』と一言洩らすと不思議に思いながら指先の方向を見上げる。確かに人の姿があった。だが民間人にはどうしても見えなかった。中世の軍服に見立てたような服装にその上に身に着けているアーマーに赤いマント。顔も赤い色の包帯で覆われていた。ニューオルレアンの兵装ではなかった。王室護衛官の身なりに似ているがやはり異なる。
よく見るとジリアンを取り囲むようにまわりの建物全てに同じ格好をした奴らが立っていた。それぞれその場から動かず祭りのように賑やかな下を見下ろしている。民衆は目の前のヒロインに夢中になり彼らの存在など眼中にはなかった。
「何してるんだあいつら?」
やがてそいつらの1人が右手でジリアンを指さし首を?き切る仕草をする。それを見たもう1人が背中とマントの中に隠してあった何かを取り出した。それは得体の知れない四角くて銀色に輝く金属製の塊に見えた。
上部を掴み前へ伸ばし後ろも同じように伸ばし先端を折り曲げる。下部の中からグリップのようなものを取り出し緑に光る電球のようなガラス玉を押し込む。そして小型の望遠鏡みたいな細長い棒を上部の中心に取り付けた。
誰が見ても分かる。それは紛れもない『狙撃銃』だった。この国にはない代物だが形だけで容易に判断することが出来た。
「・・・・・・やはりあいつらは護衛じゃない!暗殺者だ!」
唯一その事に気づいた父親は表情を一変させ言った。
「アンサツシャ・・・・・・?」
我が子の質問を無視しジリアンに向かって叫ぶ。
「ジリアン!!そこから逃げろ殺されるぞ!!」
必死に手も振る。だがその声は鳴り響く喝采の音に紛れ届くことはなかった。狙撃銃を持った暗殺者は王に忠誠を誓うようにしゃがみスコープを覗いた。長い銃口をジリアンの頭に向け引き金に指をかけ安全装置を外す。
「エクトル、今すぐここから離れろ!広場から出るんだ!」
エクトルと呼ばれた子供を地面に降ろしステージの真逆の方向を指さす。
「どうして!?パパは来ないの!?」
「いいから早く行くんだ!ここは危険だ!家に向かえ!私もすぐに行く!」
エクトルは泣きそうな顔で頷いた。父は『いい子だ』と頭を撫で人ごみの中を走らせた。その後すぐに振り向きポケットから再び懐中時計を取り出した。右手で強く握りしめ思い切り振り上げた。