複雑・ファジー小説
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- 濡れ衣のテロワーニュ
- 日時: 2017/03/26 18:54
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
ボンジュール!毎度お馴染みマルキ・ド・サドです。
今回は『ジャンヌ・ダルクの晩餐』からおよそ100年前のストーリーを書きたいと思います。
今度は人間社会を舞台にした復讐ではなく知られざる裏社会を舞台にした戦いという内容になります。
新たな小説を投稿する日をずっと待ちわびていました。
その時が来た今日をとても嬉しく思います。
コメントやアドバイスは大いに感謝です。
分かっていると思いますが悪口、荒らし、嫌み、不正な工作などは絶対にやめてください。
この文を見て不快さを感じた場合はすぐに戻るを(人を不快にさせるのが一番嫌いなので)
ちょっとした豆知識も含まれています。
それでは始まります・・・・・・がその前にストーリーと登場人物の紹介から。
ストーリー
フランス南部のエグリーズ(教会)支部長『リディアーヌ・フランソワーズ・ド・ボーマルシェ』。
彼女が引き起こした「バヴィエールの支配」から4年、大規模なクーデターは1人の指導者と12人の聖騎士により鎮圧された。
1909年のジャンヌ・ダルクが列福された日の事だった。
さらに月日は流れ1911年のフランス。主要都市のパリ。
数年前の反乱によってエグリーズの損害は大きく未だ指揮系統のほとんどは混乱したままだった。
組織の修復のためフランスに再び聖騎士たちが集い教会の復旧時代が幕を開けようとしていた。
一方、表社会では『アガディール事件』の発生によって民衆は頭を悩ませていた。
イギリスの革命家であり聖職者でもある『ジリアン・オールディス』はドイツ政府に対する革命を決意する。
彼女は人々の団結のためにフランス西部に位置する孤島『ニューオルレアン』を訪れていた。
演説の途中、会場は謎の暗殺者達の襲撃を受けジリアンは重傷を負う。
更に不運な事にその場にいた生存者の少女『エリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ』が犯行の濡れ衣を着せられてしまう。
駆け付けた警備隊から逃走し裏路地に追い詰められるが異国の老婆に救われる。
彼女はエグリーズの存在と事件の全貌を打ち明けエリスを組織に引き入れる。
その後エリスは聖騎士となり濡れ衣を晴らしかつての日常を取り戻すため裏世界の戦いに身を投じる。
登場人物
エリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ(エリーネ・ルテルム)
本作の主人公。ニューオルレアンに住む長髪の少女。年齢は18歳。
フランス名を持つが数年前まではベルギーに住んでいた。
両親と共に商店街でパン屋を営んでいたが『ジリアン・オールディス暗殺未遂事件』の濡れ衣を着せられ指名手配犯となる。
逃走中にアガサ・キャンベルに助けられエグリーズに加入、自分を陥れた黒幕に復讐を誓う。
ジリアン・オールディス
イギリス出身の聖職者・革命家。年齢は24歳。
後にフランスに『聖カトリック法』を創る事になる人物。
親仏派でありパリで革命活動を行っていた。『英国のジャンヌ・ダルク』と呼ばれている。
ニューオルレアンで起こった事件で重傷を負うが素早く駆け付けた警備隊によって病院に搬送、落命を免れる。
彼女が襲われた悲惨な出来事でフランス・ドイツ両国の関係は一層悪化した。
アガサ・キャンベル(北条 妙)
冤罪のエリスを救った異国の老婆。年齢は67歳。
その正体はエグリーズに所属する日本の安房(千葉)出身の元女侍。
49年前にアメリカに渡り米軍の将校から英名を授かった。
18歳の若さで南北戦争の北軍に加勢し斬り込み隊長として名を上げる。
1910年に旧友との再会を理由にニューオルレアンを訪れていた。
ジャン=モーリス・アルドゥアン
ニューオルレアンで暗躍する暗殺組織『トロイメライ』に所属する青年。年齢は24歳。
部下と共に演説会場を襲撃、『ジリアン・オールディス暗殺未遂事件』を引き起こした。
実は自身が罪を擦り付けたエリスとは幼馴染みで恋仲の関係であった。
ジャンヌ・ル・メヴェル
両手に謎の刻印を持つ得体の知れない少女。年齢不明。
エグリーズに重要視されている人物でトロイメライからも狙われている。
彼女の行方を追う事がエリスの任務となる。
エドワード・サリヴァン
ニューオルレアンの町に事務所を構える私立探偵。マンチェスター出身。年齢は33歳。
エグリーズに所属しておりエリスに味方する数少ない人間の1人。
ジャンヌの捜索の依頼を受けエリスと共に行動する。
デズモンド・リーバス
エグリーズに所属する脚本家。ホワイトチャペル出身。年齢は48歳。
エグリーズの復旧のためにニューオルレアンに派遣される。
1888年に起こった『切り裂きジャック』事件の容疑者にされた過去を持つ。
『ナイチンゲール裁判』にも関わっており彼女の無実を証明した英雄的人物。
ちなみに『ウォルター・シッカート(1860 - 1942)』とは知人同士。
フェシリアン・ウリエル
生まれつき右腕のない青年。クレルモン=フェラン出身。年齢は20歳。
本人は気づいていないが幼い頃にエグリーズの人間と接触していた。
後の1人目の『エディスの仮面の継承者』。
用語
エグリーズ(教会)
マリア・デ・ラセールが設立した秘密結社。エグリーズはフランス語で教会という意味。
オーバーテクノロジーの技術を用い悪魔と契約したイングランド軍を打ち破った。
百年戦争終結後、先に起きるであろう人間と魔物の戦争に備えるため各国に支部を築いていくことになる。
組織の全権はデ・ラセール家の人間が掌握している。
トロイメライ
ニューオルレアンで暗躍する冷酷な暗殺組織。
戦争犯罪者、熟練の殺し屋、リディアーヌ支持者(反デ・ラセール派)達で構成されている。
彼らの目的や指導者の詳細を知る者はいない。
ニューオルレアン
本作の主な舞台となるフランス西部に位置する孤島。大きさは面積は仏国本土の4分の1くらい。
フランスの属国であるが戦争はほとんど行っておらず数百年間平穏時代が続いた。
12世紀、第三十字軍の戦争では援軍として徴兵されイスラム軍と戦った過去を持つ。
アッコン奪還後、報酬にテンプル騎士の財宝の一部を受け取り国は今まで以上に栄えた。
元は『フレイロ』という独立国であったが百年戦争時代、『ジャンヌ・ダルク』がフレイロ併合を宣言、『ニューオルレアン』となる。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.6 )
- 日時: 2017/07/17 21:21
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
(こうするしかないんだ、許してくれ!)
片腕にこれ以上ないほどの力を込め正面に投げつける。銀色の懐中時計はゆっくりとチェーンと共に回転しながら前の列の上を通過していく。そしてステージに届き見事狙い通りの人物の胸部に命中した。
「撃て。」
暗殺者が言った。
「痛っ!」
突然何かが当たりその弾みでジリアンは後ろへ倒れ込む。民衆は驚き拍手をやめ静まり返る。
「・・・・・・誰だ!?ジリアン氏に何を・・・・・・・・・・・・!!」
町長が怒鳴った同じタイミングで広場で破裂音が響いた。緑の光線が物凄い速さ発射された。それはステージの上にいた人間に命中した。町長の左腕が吹き飛び宙を舞った。光はそのまま突き進み1人の記者の脳をカメラごと貫通した。民衆の叫び声が聞こえたのはその後だった。
ここにいる全員、何が起きたのか分からなかった。理解したのは数秒後の事だった。エリーネも銃声と目の前の光景に凍り付いた。ただ、町長の左腕から流れ出る真っ赤な液体を眺めていた。
「暗殺だー!」
誰かが叫んだ。歓喜に満ちた広場は恐怖と混乱の地獄と化し人々はその場から逃げ出そうと前の列の人間を押し倒し踏みつける。皆自分の命を落としたくないと必死に人を掻き分け我先にとステージから遠ざかる。その時だった。
広場が爆発した。暗殺者がいくつかの爆弾を投げ入れたのだ。大勢の人間とその肉片が飛び散った。警備隊のほとんども不意を突かれ抵抗もできぬまま無残に吹き飛んだ。血の雨が降り噴水の水を深紅に染め上げ虐殺そのものといえる修羅場へと変えてしまった。
エリーネは爆風で身体を強く打ち付けあまりの苦痛に動けなくなった。逃げられた人間はいない、犠牲になったのは大人だけじゃなかった。3人の人間が倒れているステージのまわりには原形を留めていない死体で溢れていた。
暗殺者達は広場へと飛び降り生肉が散乱する地面に着地した。今度はピストルを取り出し致命傷を負った生存者達の息の根を止める。血に塗れ虫の息の人間を虫けらのように頭を撃ち抜いていく。
「う・・・・・・うう・・・・・・」
全身の痛みと恐怖でエリーネの震えは止まらない。血の臭いと爆音による耳鳴りで彼女の心臓は激しく動く。死んだふりさえできず倒れているだけで何も出来なかった。
背の高い暗殺者がエリーネを見つけ銃口を下に向けながらゆっくりと歩いてくる。
「ひ、ひいっ・・・・・・!」
「心配するな、嬲り殺しは好きじゃない。一瞬で楽にしてやる。」
面倒臭そうに腕を傾け銃口を向ける。自動拳銃のスライドを動かしコッキングする。
「待て、チャールズ。」
今の一声で引きかけていたトリガーから指を離す。見た目だけでは分からないがリーダーらしき暗殺者がやって来た。まかれた包帯の隙間から見える鋭い目つき、そいつは俺に殺らせろと言いたそうに自動拳銃の向きをずらす。
「何故止めるのです?目撃者ですよ?」
「『あの方』の計画を忘れてはいけない。お前は下がっていい。」
「・・・・・・御意。」
そいつは跪き血の雨で顔が真っ赤に染まったエリーネを見た。しばらく眺め最後に2回頷いた。何を思ったのか包帯を掴み仮面を取り外すように脱いだ。
「!」
エリーネは目を開き彼の素顔を見て心の中で唖然とした。そしてようやく涙を流した。痛みが引かない身体に衝撃が走る。人間なら誰しもする当然の反応だった。何故ならその男は
(ジャン・・・・・・!どうして・・・・・・!?)
頭部の包帯の中身は知人であった。『ジャン=モーリス・アルドゥアン』・・・・・・幼馴染の関係を通り越した恋人だった。1年前にフランスに帰国した時からずっとエリーネの元を訪れずにいた。何度も手紙を書いたが返事は帰ってこなかった。
最初は事故か事件に巻き込まれたと思い少し不安になった。他の女と浮気したのかと考えたらますます不安になった。エリーネは心配で1週間、涙が止まない夜を過ごした。恋人は生きていた。
・・・・・・だが、こんな形で再会してしまうとは・・・・・・
ジャンは自分が見つめている相手が恋仲にまでなった幼馴染だと気づいてはいない様子だった。かつての面影は見当たらず顔が同じだけの全くの別人と化している。あんなにも紳士的で邪悪な行いを誰よりも嫌っていた男が何故?エリーネは考えたが覗けない人の中身を知る事など出来るはずもなかった。
「うう・・・・・・」
誰かが苦しそうな声を上げ起き上がった。ジリアンだった。怪我を負いまだ倒れている町長とその娘の間で残った力を振り絞る。暗殺者達は彼女を見た。全員が銃口を向ける。
「撃つな。」
ジャンがそう言いながらエリーネの背中の服を掴み無理やり引っ張り上げる。足に力が入らない彼女を引きずりながらステージの近くへ向かった。
「その子を・・・・・・離しなさい・・・・・・!」
ジリアンが叫びにならない言葉を発する。それを無視する。すぐに手前まで来るとエリーネを乱暴に投げ捨てる。
「お前には我々の身代わりとなってもらう。」
ジャンは腰のホルダーからリボルバー拳銃を取り出しそのまま上に向けた。それで仲間を注目させ視線を向けさせる。悪魔のような笑みを浮かべ言った。
「さあ、終焉の宴の始まりだ。」
それが何を意味しているのか分からなかった。その場にいる犯罪者達を覗いての話だが・・・・・・
「あなた達は何者・・・・・・!?ドイツ帝国の・・・・・・」
「我々はどこの国の味方でもない。主に従い味方は兄弟だけ・・・・・・」
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.7 )
- 日時: 2017/07/17 21:16
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
ハンマーを下ろし引き金を引く。ライフルよりも小さな破裂音と同時に飛び出す弾丸。それは一筋の光線となりジリアンの腹部にめり込んだ。衝撃が伝わり数秒後にどす黒い穴から血が噴き出した。
「・・・・・・あ・・・・・・」
ふらりと傾き目線を上に向けたまま再びステージに倒れた。
「リーダー、そろそろ警備隊が来る頃合いです!」
「そうか、ならさっさと行くぞ。長居は無用だ。」
「御意!」
目的を果たした暗殺者達は屋根に飛び上がり退却を始める。残ったジャンは倒れているエリーネに近寄りジリアンを撃ったピストルを彼女の右手に握らせた。
「運の悪い少女だ、だが人生にはスリルがあった方がいいだろう?」
そう言い残し彼自身もその場から立ち去って行った。
「ジャン・・・・・・」
それから1分も経たないうちにライフルで武装した大勢の警備隊が到着した。ジリアンと町長とその娘の救助を優先に広場に立ち入る。ぐちゃぐちゃになった人間の盛り合わせと大量の血の池を目の当たりにする。生臭い臭いと火薬の臭いが混ざった香りが重度の頭痛を引き起こす。目の前の地獄絵図を見て数人がさっき食べた昼食を吐き戻した。
「お前達はジリアン氏や町長の無事を確かめてくれ!・・・・・・くそっ、こんな大惨事は初めてだ!生存者はいないのか!?」
警備隊長が言った。彼は従軍経験もあり職業柄このような光景は見慣れていたがやはり気分を悪くする。口を押さえ真っ赤な水たまりを踏みつけながらあたりを見回す。まるで生きているかのような屍と目が合う。まだ若い女性だった。哀れみの目で見下ろすと顔に手を向け静かに目蓋を閉ざす。
「兵隊も派遣してもらうべきだったな・・・・・・おぇ、ミートパスタなんて食うんじゃなかった・・・・・・!」
「隊長!ジリアン氏を見つけました!腹部を負傷してますがまだ息があります!」
「そうか!早く近くの病院に搬送するんだ!絶対に死なせるな!」
数人の警察官がステージで倒れていた3人を担架に乗せ搬送する。
「うう・・・・・・」
エリーネは消えかけていた意識をはっきりと取り戻した。まだ身体中が痛むが吹き飛ばされたばかりの頃より少しは楽になった。息を吐きながらピストルを握り締めたままふらふらと立ち上がる。
「おい!生存者がいるぞ!」
警官の1人が叫んだ。隊員達は声がした方向へ視線を向ける。
だが・・・・・・
「待て!」
隊長がより大きな声で叫び駆け付けようとした部下を止める。ホルダーからピストルを取り出しそれを生存者に向けた。
「その少女から離れろ!銃を持ってる!」
それを聞き焦った警備隊のほとんどが同じくライフルを構えた。エリーネも今の状況に気づく。怯えた目で銃口を見つめる。
「ここを襲撃した者の一味でしょうか?」
「ああ、銃を持ってるし最前列にいたんだ。間違いないだろう。」
「彼女1人だけでここまでやったのか?」
「まさか、爆弾魔には見えない。もっと仲間がいたはずだ。」
「・・・・・・私じゃない・・・・・・!・・・・・・私は何もしてない!」
エリーネはそう訴えた。無論、信じてもらえるわけがなかった。たった今恋人にピストルを握らされた意味を理解した。すぐにでも引き金を引かれ蜂の巣にされそうな状況に身体を震わせる。
「銃を捨てて手を上げろ!」
「話を聞いて!私ははめられたの!」
「いいから来い!」
エリーネは彼らの命令には素直に従わなかった。真逆の方向へ一直線に走る。肉片と水たまりを踏みつけ足を真っ赤に染めながら逃げ出した。血の滑りと奥底の痛みでバランスを崩す。
「逃げるぞ!発砲許可を!」
「待て!撃つな!」
隊長がピストルを構えながら叫んだ。すぐにライフルを下ろせと命令を下した。
「捕らえるんだ!襲撃者の仲間なら何か知っているはずだ!」
エリーネは街中を走り続ける。血の足跡を残しながら。振り向きもせず息切れしても決して止まらなかった。ピストルを握ったままふらふらと障害物をぶつかり倒す。目の前だけを見てまわりの目など気にも留めず空いた道を駆け抜ける。
何でこんな事になってしまったのか?それすら考えていられる余裕すらない。どこに行けばいいかもわからない状態に頭はますます混乱する。それなのに家にだけは行ってはいけないという事だけははっきりしていた・すぐ後ろに警備隊は来ていた。怪我を負った子供相手でも容赦なく追い続ける。
「止まれ!止まらないと撃つぞ!」
ライフルを持った男の集団に住民達は悲鳴を上げた。すぐに道を開け後ろから地べたに倒れ込む。その時、ズドンッ!と1発の銃声が商店街に響いた。追手の誰かが発砲した。
「きゃああああ!」 「ひああああ!」
住民達は再び悲鳴を上げ頭を抱え脇道でしゃがみ込む。売り物の鶏がかごの中で騒ぎ鳴きわめく。羽がふわふわと埃みたいに飛び散る。エリーネ自身も驚愕し数秒間頭を軽く下げたが変わらないスピードで逃走を続ける。
「はあ・・・・・・!はあ・・・・・・!」
体力のない身体に疲労が溜まりそれは痛みへと変わる。限界が来たのだ。意識ももうろうとし始め目の前も黒くなってきた。動きも遅くなり脚の感覚もほとんどなくなっていた。よろよろと傾きエリーネは吸い込まれるように脇道に入っていった。
「逃すな!」
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.8 )
- 日時: 2017/07/17 21:11
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
そこは路地裏への入り口だった。誰もそこには出入りしない、足を踏み入れる人間がいるとしたら物乞いかホームレスぐらい。子供達はもちろん表で暮らす者達は入りたがらない。それ以前に目につかない。
「いや・・・・・・!私・・・・・・ない・・・・・・!」
死人のような顔で真っすぐ突き進む。素直に捕まって事情を話しても信じてもらえないと分かっていたからだ。状況だけ見て真実を見れないあいつらに何を言っても無駄たという事も知っていた。いっそ恋人に裏切られた証であるこの拳銃で頭を撃ち抜こうかとも考えた。でもやはり・・・・・・自殺など出来なかった。
行き着いた先は広い旧市街のような場所だった。どちらを向いても行き止まりの壁がそびえ立っていた。だが望みがないわけではなかった。開きそうなドアが1つだけ見えた。幸運に思えたが・・・・・・
「・・・・・・あ・・・・・・こんな・・・・・・時・・・・・・に・・・・・・」
ついに身体が動かなくなった。力が抜け全身が軽くなり氷ったように硬直した。安堵が仇となり急激な眠気に包まれる。あと一歩のところで消えかけていた意識を完全に失う。エリーネはその場に倒れ込みそのまま失神した。
ちょうどそこへ警備隊が辿り着いた。ぞろぞろと次から次へと狭い通路から出てくる。そして誰もが容疑者を追い詰めたと思った。
だが・・・・・・
「な・・・・・・、何だ貴様は!?」
最初に狭い道を抜けた警官が叫んだ。まわりも驚いた目で正面を警戒する。何故なら目の前にいたのはエリーネではなかったからだ。
その正体は1人の老婆だった。この国の人間ではない、肌の色が違う。歳は60代後半に見える。白い長袖の洋服を着ており下はロングスカートを履いていた。短い白髪を生やし黒い瞳で警備隊を睨み付ける。日本刀を左手に持ちながら倒れたエリーネの前に立ちふさがっていた。
「何故ここに東洋人がいる・・・・・・?そのサーベル、日本の侍か!?」
老婆は1度だけ息を吸い吐いた。ゆっくり口を開く。
「立ち去りなさい、この子に罪はない・・・・・・」
そうフランス語で言い放った。
「その餓鬼は広場を襲撃したテロリストだ!邪魔をするならお前を射殺する!」
全員がライフルを構える。全ての銃口を彼女の全身に向ける。
「・・・・・・なら、仕方がない。」
老婆は表情を変えず刀のグリップを右手で掴み銀色に輝く刀身を抜く。鞘を捨て次に構えず刃先を下に向けたままこれ以上動かなかった。警備隊は余裕そうな戦況に無防備な相手を笑った。引き金に指をかける。
「撃てー!」
無数の銃声が鳴り響く。尖った弾薬が一直線に向かって飛んでいく。それはエリーネの真上を光の速さで通り過ぎ廃墟の壁にめり込んだ。巨大な目玉のようないい加減な穴のアートが出来上がった。皆のにやりと微笑んでいた顔は無表情へと一変した。
確かにちゃんと狙った。引き金も引いた。弾も発射された。それなのに血しぶきは飛ばず何故か全部外した。・・・・・・そこに老婆の姿はなかった。
「・・・・・・どういう事だ!?」
「ぐはあっ・・・・・・!?」
「!?」 「!?」
若い警官が苦しそうに声を上げ倒れた。その方向に視線を注目させる。ドスッ!と何かを叩く音がした。また数人の男が倒れる。
「一体どうなって・・・・・・!?」
理解できないまま目の前を見た。奴はいた。その直後、首に衝撃が走り意識を失う。老人とは思えない俊敏な動き、鬼神のような目・・・・・・最早芸術とも呼べる鮮やかな剣さばきで容赦なく銃を持った大勢に斬りかかる。・・・・・・いや、よく見ると誰も斬っていない。刃の反対側を身体に叩きつけ気絶させていた。
「くそぉーっっ!!」
中年の警官が間近で発砲しがそれも通用しなかった。瞬時に刀を大きく振り回し銃弾を弾く。鉛は壁にめり込んだ。そしてそいつもいとも簡単に気絶させられた。
発砲音ではなく痛々しい打撃音が路地裏で響いた。しかしそれもやがて終わった。雨が降り始める・・・・・・水の音がするだけだった。失神した何十人もの警備隊の中、1人だけがその場に立っていた。老婆は表情を戻しすぐ後ろに落とした鞘を拾うと刀を納めた。
「うう・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
彼女は刀を腰のベルトにさしエリーネを抱き抱えると扉を開け路地裏の奥へ入っていった。
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.9 )
- 日時: 2017/07/17 21:06
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
・・・・・・呼吸音だけが聞こえる・・・・・・・・・・・・希望も・・・・・・光も・・・・・・ぬくもりもない黒い水だけの世界・・・・・・・・・・・・寒さも・・・・・・暑さも・・・・・・痛みも・・・・・・匂いも・・・・・・何も感じない・・・・・・・・・・・・血のシャワーを浴びた・・・・・・それなのに濡れた感覚がなかった・・・・・・・・・・・・なのに・・・・・・恐くもないし・・・・・・気持ち悪くもない・・・・・・
(・・・・・・ジャン・・・・・・)
・・・・・・あれは本当にジャンだったのか・・・・・・?・・・・・・信じたくないがあの顔は・・・・・・間違いなかった・・・・・・・・・・・・彼は変わってしまった・・・・・・理由は分からない・・・・・・・・・・・・どうして・・・・・・?
(・・・・・・私は死んだの・・・・・・?)
・・・・・・それすら分からない・・・・・・ここは・・・・・・夢の世界・・・・・・?・・・・・・お母さんは・・・・・・どこ・・・・・・?・・・・・・お父さんは・・・・・・?・・・・・・どうしてどこにもいないの・・・・・・?迎えに来てくれないの・・・・・・?寂しいよ・・・・・・一緒に家に帰ろう・・・・・・?・・・・・・いつものように・・・・・・またパンを焼きたいな・・・・・・ベルギーワッフルを・・・・・・
「・・・・・・はっ!?」
誰かの声でエリーネは目を覚ましベッドから飛び起きた。落ち着かない様子でまわりを見回す。興奮したまま何度も息を吐きながら恐怖する。自分は路地裏で意識を失った事を思い出し酷く混乱した。今の展開に現実を受け止められずにいるようだ。
そこは普通の家と変わらない部屋だった。どの民家にでも置いてありそうな家具、暖かい暖炉、果物が置かれたテーブル。十分に平凡な生活を送れる程に環境がよかった。
1人の人間が目に留まった。さっきの老婆だった。椅子に座り心配そうにエリーネを見ている。間違いじゃなければどうやら彼女を看病していたようだ。さっきの襲撃者の1人だと思ったエリーネは怯えながら壁に背中を貼り付ける。
「・・・・・・あ、あなたは誰!?ここはどこ!?」
「落ち着きなさい、私は味方よ。あなたは助かったの。」
老婆は冷静な態度でエリーネの両手を握り落ち着かせる。無理やり押さえつけず、そっと相手を安心させる。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・」
温かい手の体温が冷たく固まった手に流れ込む。敵じゃないと認識し安堵したのか騒ぐのをやめた。そして、呼吸の速さを変えないまま老婆の目を見た。瞳から涙を流しじっと見つめた。
「大丈夫よ、私は敵じゃない。」
「うわああああああ!!」
辛くて残酷な運命に心が裂けエリーネは泣き崩れる。
「・・・・・・辛い思いをしたわね・・・・・・我慢して偉かったわ・・・・・・」
老婆も涙目で優しく抱きしめる。
しばらくしてようやくエリーネは泣き止んだ。大分落ち着きを取り戻し呼吸も安定してきた。負の感情を吐き出し少しだけ明るい気持ちを取り戻す。残った涙を拭き目をつぶりながら1度だけ深呼吸をした。
今頃になって臭いで気づいたがもう身体は血塗れではなかった。着ている服も変わっている。どうやら有難い事に全身を綺麗に洗ってくれたようだ。
「よかった、少しは良くなったようね。」
その後老婆にレモンバームのお茶を淹れてもらった。蜂蜜が加えられた黄色いハーブティーを覚まして飲む。空腹だったので林檎も食べた。食事を済ませたら強い眠気に襲われ起きたばかりなのにあくびをする。再びベッドに横になる。
「ここは安全だからゆっくり休みなさい。」
「あの・・・・・・、あなたは誰ですか?・・・・・・ここはどこですか?」
おそるおそるさっきと同じ質問をする。
「私の名はアガサ・キャンベル、そしてここは私の秘密の隠れ家よ。正確には『私達』のだけどね。」
「私はエリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ。旧名はエリーネ・ルテルム、数年前までベルギーに住んでました。」
「なるほど、私もある理由があって去年この国を訪れたわ。詳しい話は後でしてあげるから今は無理をしないで。」
アガサと名乗った老婆はよろよろと立ち上がりエリーネにに毛布をかける。再び椅子に座ると横にあった棚から毛糸を取り出し編み物を始めた。何かを隠しているように聞こえたが睡魔に負け聞き流した。
「もしかして、あなたが私を・・・・・・?」
「ええ、私が警備隊に追われていたあなたを救い出した。罪のない人々に危害を加えた行為には良心が痛んだけど。」
「・・・・・・ありがとうございました。」
無表情でお礼の言葉を送る。とても嬉しくて泣きながら感謝をしたかったが今のエリーネにその気力さえなかった。回復してない疲労とまだもうろうとした意識に身体が固まっていた。
「どういたしまして、あの場所に逃げ込んだ事が幸運だったわね。」
- Re: 濡れ衣のテロワーニュ ( No.10 )
- 日時: 2017/05/24 21:46
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
アガサは微笑みながら答える。しかし少し違和感があった。
彼女は英名を名乗ったが顔はどう見ても白人ではない。
ほとんど目にした事がなかったが東洋人である事を理解した。
着ている衣装は間違いなくヨーロッパで作られた代物だろう。
だが腰に差された剣はこの国の物ではなかった。
「失礼ですが、あなたは東洋人ですよね?イギリス生まれですか?」
更に訳が分からなくなり振り出しに戻ったように混乱する。
たった1日だけで異常過ぎる出来事を多く体験してしまった。
日常を根本から覆したあの悪夢をエリーネはまだ受け止められずにいた。
身体は多少は癒えたが心の傷はずっと消えずに残るだろう。
アガサについては嘘でできた偽りの仮面を着けているようにも見えない。
広場を襲撃したジャン達のように邪のオーラは感じなかった。
東洋人が英名を持っているなんてと複雑かも分からない変な気分になる。
まさか『奴隷』なのかと思ったがそれが本当ならこんなにも豪華そうな着ない。
あまりにも不謹慎なのでそれは聞かないことにした。
「いいえ、生まれは日本よ。ほとんど安房(千葉)で過ごしていたわ。」
「日本?聞いた事あります。・・・・・・侍の国ですよね?」
「ええそうよ、本名は北条 妙。呼びやすい方で構わない。私もエリスと呼んでいい?」
少しばかり親しくなった2人は飽きるまで話を続けた。
エリーネは失ったばかりの幸せな日常生活の内容などを話した。
ベルギーワッフルをメインにしたパン屋を家族と営んている事を最初に話す。
他にも両親は苦労し悩みという抑圧に圧し潰されている毎日を送っていることも話した。
そして、演説会場を襲撃した犯罪者の中に恋人がいたという事実を勇気を出して打ち明けた。
アガサは黙って聞いてくれた。内容によって表情を変えながら。
涙は流さなかったがその代わり激しい怒りがこみ上げているのが分かった。
「アガサさんは日本でどんな暮らしをしていたんですか?」
今度はエリーネがアガサのプライベートを聞きたがる。
それに対してアガサは軽く笑い話し始める。
「私は武家の人間で貴族ほどではないけど優雅な暮らしをしていたわ。今は豪邸に住んでいるけど幼かった頃は貧乏な屋敷に住んでいた。」
「へえー、じゃあ・・・・・・、どうしてお金持ちになったんですか?」
早く続きが聞きたいと期待に目を輝かせる。
「決して楽して儲けたわけじゃないの、今からちょうど50年前にアメリカで戦争が起きた。人々は『※南北戦争』と呼んだわ。当時18歳だった私はその戦火が絶えない大陸に渡り北軍として戦ったわ。アガサ・キャンベルはその時、将校から貰った名前よ。」
※南北戦争(1861年 - 1865年)
『エイブラハム・リンカーン』率いるアメリカ合衆国(北軍)と『ジェファーソン・デイヴィス』率いるアメリカ連合国(南軍)との間で行われた戦争。
奴隷制存続を主張するアメリカ南部諸州のうち11州が合衆国を脱退、アメリカ連合国を結成し、合衆国にとどまった北部23州との間で戦争となった。
この戦争では史上初めて近代的な機械技術が主戦力として投入された。
およそ5万人の市民を含む70万5千人から90万人以上が死亡した。
結果
アメリカ合衆国(北軍)の勝利
奴隷制の廃止
アメリカ合衆国の領土保全の成功
アメリカ連合国(南軍)の消滅
レコンストラクションの開始
「それで英名を・・・・・・」
アガサは右手で顔を覆いながら嫌な思い出話を続ける。
「治まらない銃声に砲弾の雨、大勢の人間が瞬きする間に死んだ。日本がどれだけ平和ボケしていたか思い知らされたわ。私も戦場の跡地で狙撃され2週間ほど生死の境をさまよった。正直故郷へ帰れるなんて思っていなかった。」
エリーネは黙って聞き続ける。
「『ゲティスバーグの戦い』で北軍が勝利した後、私は見返りに拳銃と25枚の金塊を受け取り共に戦った友人達と別れ船に乗った。1年ぶりに家族と再会したわ。母は号泣しながら私に抱き着きしばらく我が子を手放す事はなかった。・・・・・・そして、今に至るの。」
従軍経験がないエリーネには想像できなかった。いや、想像したくなかったのだ。
目の前にいる老婆が自分と同じ年齢で戦争に行ったなんて信じられなかった。
ニューオルレアンはその頃の日本と同じく平和に心酔しきっている。
いつそんな日々が崩壊するか怯えながら・・・・・・
少し疲れたのかアガサは編み物を戸棚の上に置きだるそうに息を吐いた。
腕を回しポキポキと骨を鳴らしゆっくりと背伸びをする。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。今更言うのもあれだけどやっぱり年は取りたくないわね。」
椅子から立ち上がりエリーネのベッドとは真逆の方向に歩く。
「あの、どこに行くんですか?」
「心配しないで、どこにも行かないわ。ディナーの準備をするのよ。あなたは何時間も気を失っていたから林檎だけじゃ空腹は満たされないでしょ?」
「この隠れ家にはあなた以外誰かいないんですか?」
「何人かいるけどある用事があって今日は帰って来ないわ。つまりあなたと私の2人きり。」