複雑・ファジー小説

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植物標本【完結】
日時: 2018/08/27 19:15
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)
参照: https://musyokucode.jimdofree.com

花の病に蝕まれた子どもたちの話。
完結しました、ありがとうございました。

【エニシダの娘】
>>1
【クレマチスの少年】
>>2
【スノードロップ】
>>3 >>4 >>5 >>6
【幽霊列車】
>>7 >>8 >>9
【花と毒】
>>10 >>11 >>12 >>13
【天蓋を望む】
>>14 >>15 >>16
【逃避行】
>>17 >>18 >>19
【最終話】
>>20


自分の書いたものをまとめたくて、サイトを作りました。
参照から飛べます(´`)

Re: 植物標本 ( No.11 )
日時: 2018/08/16 20:57
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

 絡みつくような、粘り気のある甘い香りに、ロランは辟易していた。古びた紙の匂いと綯交ぜになり、むかつきを催してしまう。せっかくの早朝の清浄な空気が台無しだと言わんばかりに、ロランは鼻をつまんでみせた。

「原因は、痴情の縺れってやつだって」
「色欲に溺れたか」

 シエルは書庫の張り出し窓に、いつものようにもたれ掛け、乾いた羊皮紙のページをめくった。一度として痞えることなく、なめらかに掠れた文字を追いかける。
 ロランはあたりに林立した書棚の背表紙を順々に眺めては、暇を持て余しているようだった。

「それにしても、僕はこの匂い、嫌いだなあ。彼女、なんて花だっけ」
「二ネットの花は薔薇だろ」
「道理で。甘ったるいや」

 シエルは同窓の姿を懐う。二ネットは気丈で、明るい娘だった。ほっそりとした手足は長く、塔を訪う前は、劇団に入り生計を立てていたという。深く言葉を交わした覚えはない。ただ、人好きのする娘だったという印象だけが、シエルの心中に刻まれていた。

「ああ、それにしても、よりによって二ネットが亡くなるなんて。神さまの特別だったのに」

 天に嘆くロランを、横目で盗み見る。彼は二ネットの死を悼んでいるのではない。ただひたすらに、哀れんでいるのだ。塔では、いつもこうだ。薄い膜を隔てて、死が隣り合わせに佇んであるというのに、誰も嘆くことはしない。
 ふと外を見遣れば、折良く棺桶が対の塔へ運ばれてゆく。喪服に身を包んだ大人たちが列を連ねて、そのあとを追った。

「となると、彼女の代わりに、また誰かが選ばれるのかな。なあ、シエルは誰だと思う」
「……エト」

 エニシダの娘の名を零せば、ロランがにやりと口角を上げる。

「随分あの子を気に入ってるね」
「あいつのピアノの音が好きなんだ。なんていうか、不安定で歪だけど、それが絶妙なところで保っている感じ。綺麗だろ」
「よくわかんないな。髪の長いところは好きだけど、あれじゃあ少年のようだ」

 シエラ自身、何故こうも彼女のピアノに魅かれるのか、上手く説明がつかずにいた。彼女が紡ぐ音に、純粋なうつくしさを見出したのだ。ただ、それだけに過ぎない。

「今夜、また塔を発つのか」
「ああ、楽しみだ」

 ロランが誇らしげに胸をそらす。シエルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「君が、何故この大役を嫌っているのかわからないよ」
「これこそが天命なんて、馬鹿げてる」
「この話題になると、僕らは気が合わないなあ」

 段々と苛立つシエルを、ロランが宥める。こういう時、彼は身軽に話を変え、シエルの機嫌を取るのだ。ロランにとって、一つ下の少年は弟のようでもあった。

「首都へ行くついでだ、何か欲しいものはある?」
「上等な葡萄酒なんかあれば、豊穣の餐を退屈せずに済みそうだ」
「できる限りの努力はするよ」

 そう言い終えると、ロランは弾けたように咳き込んだ。シエルは素早く友人の元へ駆けつけ、背中を叩いてやる。しばらくして落ち着いたのか、ロランは数度肩を大きく上下に揺らす。

「とにかく、気をつけろよ」
「わかってるって」

 この時、シエルは得体の知れぬ不安に取り憑かれていた。豊穣の餐は凶事のあらわれ。二ネットの死が、その前触れだとすると。いいや、馬鹿馬鹿しいと首を振り、シエルはふたたび対の塔へ視線をやった。

Re: 植物標本 ( No.12 )
日時: 2018/08/18 12:33
名前: 凛太 (ID: /48JlrDe)

 その朝、塔はしめやかな好奇心に包まれていた。秘密の目配せを交わし、声をひそめ、時には忍笑いを漏らす。薔薇のあの子が、遠つ国へ旅立った。子どもたちは、無邪気に隣人へ、そう口伝える。

「今日の講義は休講だって、臨時休暇だ」

 講義室へ向かうエトを引き止めたのは、双子の兄弟だった。廊下中に甘やかな匂いが満ち、エトは顔を歪めてしまいそうになるのをこらえる。

「何かあったのか」

 そう問えば、兄弟は顔を見合わせ、目を丸くする。そうしていい話相手ができたと、もったいぶって口を開いた。

「何かあったも何も……」
「知らないのか、エト! 塔の中はこの話で持ちきりだぞ」

 ユーゴは鼻を膨らまし、意気揚々と喋った。
 そういえば、とエトは思う。すれ違う子どもたちは、一様にしてどこか浮き足立っていた。

「二ネットが亡くなったんだ」

 レオの声色は、あまりにも平静を保っていたものだから、エトはうまく彼の言葉を咀嚼することができなかった。エトは、二ネットをよく見知っていた。最後に話したのだって、おとついの晩のことだ。

「そうか、エトは初めてか」
「講義で習ったろう」

 肢体に彩られた花の痣は、子どもたちを蝕んでゆく。子どもたちが激しい感情にその身をせき立てられた時、病の種子は発芽するのだ。薄い皮膚の下に這う蔦は、1日かけて四肢を巡り、やがては心臓を刺す。甘い匂いは警告だ。これ以上、感情を高ぶらせてはならない。激情の波にのまれるほど、花は芳香を増す。エトは、ネリーが激昂した夜を振り返る。今にして思えば、彼女は死の瀬戸際にいたのだ。

「……それにしても、胸焼けしそうな匂いだね」
「噂では恋人に振られたから、らしいぜ」
「……恋人?」

 エトが聞き返すと、レオが意地悪く笑う。

「これも知らないのか、案外エトは鈍感だな」
「二ネットは年上の、ジョゼと付き合っていたんだ」

 名前に聞き覚えはあった。エトが記憶を掘り返している傍で、レトとユーゴは軽口を叩きあい、勝手な憶測を飛ばす。ジョゼは女癖がひどいとか、二ネットは故郷に恋人を残していたとか、そのような根も葉もない噂の類。誰もが心のうちに、大方作りごとめいた話なのだと理解している。だけれども興を削がないために、噂に飛び乗っては、どれが本当のことかを吟味するのだ。

「いつか、ああなると思ってたぜ」
「それより、せっかくの休暇なんだ。外で遊びに行こう」
「ああ、湿っぽい話はまっぴらだ」
「この匂いから逃れたいしな」

 レオとユーゴはぐっと伸びをすると、廊下を駆け出した。結局のところ、彼らにとっては二ネットの死など、どうでもよいのだ。
 彼らは走りながら、声高く詩の一節を諳んじる。

「汝、健やかなる魂を育めよ」

 感情にのまれず、激することもない魂が、健やかなる魂とでも呼べるのだろうか。
 いつまでも動かないエトに痺れを切らし、ユーゴが声をかける。

「おおい、エトも行くぞ!」

 その時、視界に捉えたのは、うつむきがちにこちらへ歩み寄る少年の姿だった。彼が気になったのは、エトの勘だ。どこまでも死に希薄な塔の中で、あの少年だけは異質に感じたのだ。

「……ごめん、先に行ってて!」

 声を張り上げると、双子の兄弟たちの背中は小さくなっていった。彼がジョゼだという確信めいたものが、エトにはあった。

Re: 植物標本 ( No.13 )
日時: 2018/08/19 17:52
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

 ジョゼは背が高く、図体だけみれば、大人となんら変わりのない子どもだ。塔の制服は、彼には窮屈すぎるくらいだった。褐色の肌は、南の地方の生まれだろうことを思わせる。
 エトが彼の前に立ちふさがる。ジョゼは、いたく疲弊していた。

「君が、ジョゼだよね」
「あんたは、確か……エトだな」

 ジョゼは、うっそりとエトを見つめ返す。

「急に引き止めてすまない」
「それで、何の用」
「余計なお世話だとは重々承知だ、けどあまりにも君が……悲しんでいるように見えたから」

 エトの気遣わしげな視線を跳ね除け、ジョゼは大きく息を吐きだした。鈍色のため息だ。

「噂には聞いてたけど、お前は相当好奇心が強いな。知りたいんだろ、彼女の死の真相」

 ジョゼが自嘲気味に笑った。

「違う、違うんだ」

 エトが大きくかぶりを振る。そうしてゆっくりと、言葉を選びとっていく。

「上手く言えないんだ。ただ、他の皆は死に淡白だったから、余計に君が気になって」
「ああ、だろうな。ここにいれば、全員そうなる」

 いずれは、誰しもが死に慣れていくのだろうか。エトは、じわりと腹のあたりが重くなる。
 ほんのひと時の沈黙の後、先に口を開いたのはジョゼの方だった。

「場所、移動しようか」


 階段の踊り場は、窓から一筋の金色の光が差し込んでいる。喧騒は遠く、ここならば誰も立ち入ることのないのだろう。
 ジョゼはオリーブ色の壁にもたれかかり、きっちりと結ばれたループタイを解く。緩慢な仕草で襟裳の鈕を外せば、なだらかな鎖骨のあたりにかけて広がる、丸みを帯びた花が姿をあらわす。

「これ、見てくれ」
「……花の痣。こんなにも薄い」
「プリムラの花だ」

 エトのものと比べて、ジョゼの痣は淡く掠れていた。もはや花弁の輪郭は、肌の色と曖昧に溶け合っている。

「俺、もうすぐで塔を出るんだ。大人になる」

 彼は淡々と、そう言ってのけた。神さまは無垢な子どもを尊ぶ。大人になれば塔を去るのは、当然のことだ。厳粛な手続きを重ね、国に雇われたものしか、大人が塔に立ち入ることはない。

「……二ネットには」
「もちろん、伝えたよ。互いの故郷はひどく離れていたし、塔を出たらもう会えなくなることは、承知の上だったんだ」
「……彼女の方が耐えられなかったんだね」
「花ってのは、脆いんだな。少しの負担で、萎れちまう」

 ジョゼの声色は、存外におとなしやかなものだった。そうして、しとしとと言葉を継ぐ彼の語り口は、のどかな春雨を連想させた。

「ここの奴らは、昨日まで隣で机を並べていたやつが死んだって、あっけらかんとしてるんだ。亡くなるのは神さまが見捨てたからで、病が治るのは試練に乗り越えたから。全てが、神の思うままに、って考えてる。だから、死に鈍感なんだろうな」

 塔の子どもは死に近いからこそ、悲しむことはない。悼むということを知らないのだ。二ネットが亡くなったことも、明日になれば忘れてしまうだろう。

「私は……神さまの教えを尊いものだと思うよ。だけれども、もし、友人が亡くなった時、それを神さまの思召しのためだけに旅立ったと、考えたくないんだ」
「そうだな」

 ジョゼが静かに頷く。

「……今となっては、シエルの気持ちもわかるんだ」

 神さまを信じない、あの背徳的な少年は、彼女の死をどう思うのだろう。エトは目を瞑り、くゆる思考を巡らせたが、想像につかない。
 ジョゼは壁からそうっと離れると、エトの方へ顔を向けた。憂いを帯びているが、会った時よりはうすらと晴れやかだ。彼は片手をあげる。

「豊穣の餐の前に、ここを出るんだ。また会うことがあったら、よろしくな」

 エトはジョゼを見送ると、制服の袖裾を捲った。左腕に滲み出る、エニシダの花の痣に視線を落とした。細やかな花びらが連なり、一つの植物を形作っている。ジョゼの痣と比べても、彼女のものははっきりとしていた。けれどもはじめて塔に来た日より、痣は広がり、色濃くなっていたのは、どうしてだろう。

Re: 植物標本 ( No.14 )
日時: 2018/08/20 22:27
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

【天蓋を望む】

 きらびやかな金管楽器の音が天へと届けば、豊穣の餐がはじまる合図となった。この日ばかりは、塔に活気がみちる。子どもたちは思い思いの衣装を纏い、あちこちを駆けてゆく。宗教歌は始終鳴り止まず、熱狂が静まることはない。
 談話室は、子どもたちで溢れていた。中でも年長の子らは、こぞって弦楽器を披露する。彼らの周囲には、小さな輪が出来上がっていた。その中に見知った顔をみつけ、エトは肩を叩く。

「御機嫌よう、お嬢さん」
「びっくりした!」

 気取って恭しくこうべを垂れて見せれば、ネリーが鈴を転がすように笑う。彼女の顔は薄く化粧が施され、どこか大人びて見えた。

「やっぱり、真珠色のにしたんだね」
「似合うかしら」
「もちろん」

 慎ましい真珠色のワンピースは、ネリーによく似合っていた。エトは談話室の周りを一望する。質素な制服を脱ぎ捨てて、さまざな色彩に身を包む。宝石箱が散らされたような光景に、エトは目を細めた。

「みんな、よそ行きの服を着ていて、違うところみたいだ」
「それなら、あの服を貸すのに。いつも通りの制服だなんて、つまらないわ」
「女の子らしい服装を着たら、ユーゴあたりは泡を吹いて驚いてしまうね」

 エトとネリーは互いに顔を見合わせて、口角を緩めた。そうしてネリーは、じっとエトの顔に視線を注ぐ。

「でも、すこうしだけ、見てみたい気がするの。ね、いたずらを仕掛けましょうよ」
「みんなを驚かすってこと?」
「楽しそうでしょう」

 なんと返事をしたら良いか、考えあぐねてしまう。エトは曖昧な表情を浮かべた。

「まあ、ねえ」
「ね、きまり!」

 ネリーが軽快に両手を合わせた。せっかくの祭事なのだから、少しばかり羽目を外しても良いのかもしれないな。そう、エトは自身に言い聞かせてみせると、背の高い影が近づいてくるのを捉えた。子どもたちと同じように、この塔に住む神学者だ。僅かに年輪が刻まれた面差しは、祭事だからだろう、いくらかやわらいでいた。

「ああ、エト。こちらへ来なさい」
「何か用ですか、先生」

 老人は、右手にはしばみ色の封筒を持っていた。

「ご家族から、手紙が届いていたよ」
「ありがとうございます」

 両手で封筒を受け取る。宛名の部分には、よく馴染んだ名前が刻まれていた。母から手紙が来るなど、はじめてのことだ。エトは大切に、衣嚢にしまい込む。

「楽しんでいるかな」
「ええ、とても」
「君は塔に来て半年だけれど、何か困ったことは?」

 エトはためらった。左腕の痣が、日に日に濃くなっていること。このことを、相談するべきか、迷っていたのだ。エトは恐る恐る、袖を捲る。老人は象牙色に濁ったまなこを見開いた。

「おお、これは……」
「半年前より、痣が広がっているんです。先生、これは何かの前触れでしょうか」

 老人が首を横にふった。彼はエトの腕を掴み、よくよく目を凝らそうと顔を近づける。そうして、数秒が過ぎたことだろう。ふと、老人は顔を上げ、恍惚とした表情を浮かべた。

「おめでとう、エト。君は、選ばれたんだ」

Re: 植物標本 ( No.15 )
日時: 2018/08/21 21:09
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

 眼前の娘は誰だ。

 エトは問う。白藍のワンピースを着た娘は、甘く微笑んだ。透いた蜂蜜色の髪はなだらかにうねり、背中をつたう。しなやか緩急をつけた肢体が、うすらと青く輝いた。

「誰だ、お前は」
「エト、かわいそうなエト」

 ほっそりとした声色で、娘は嘆く。娘の唇は薔薇色に灯り、眸は煌めきを宿した。

「お前が縋った母さまは、違う依り代を見つけてしまったよ」
「ちがう、うるさい!」
「お前は、エメのようはなれなかった。けれど今更、少女として振舞うこともできない」

 娘の青白い手が、エトの頬をなでた。あまりの冷たさに、エトの身が竦む。されど、逃げてはならない。嗚咽が込み上げた。だめだ、いけない、このままだと感情に奔流されてしまう。

「……エト、開けて大丈夫?」

 隔てられた扉の向こう、ネリーの青ざめた声が聞こえる。そうやって、エトにかけられたまじないは、弾けて消えた。あるべきものは、あるべきところへ還る。エトの目の前にあるのは、ただの姿見だ。白藍のワンピースは、不健康なエトの体躯には、不釣り合いのように思えた。
 返事がないのを心配したのだろう、ネリーが遠慮がちに扉を開ける。蒼白な顔をした友人に、ネリーは驚いた。

「顔色が悪いわ」
「……少し、一人になっていいかな」
「ええ、もちろんよ」

 エトはうつむいたまま、その場を駆け出した。封が切られた母からの便りも、そのままにして。


 そうして辿り着いた先は、あいもかわらない音楽室だった。錆びたドアノブを回す。誰もいませんように。そう祈りながら、エトは扉を開けた。
 けれども、彼女の望みは儚くもついえる。シエルが、宵の眸を持つ少年の姿があったからだ。

「……誰かと思った」

 シエルが、乾いた声でつぶやく。彼は硝子戸に寄りかかり、たゆたう埃を眺めていた

「皆と階下で祝わないのかい」
「あんな祭り事、意味なんてないだろ」
「シエル、泣いてるのか」

 夜空色の双眸が、星を産み落とす。彼がまたたくと、両のまなこから透き通った雫が、つうと零れだした。嗚咽一つあげず、指で露を拭うこともせず、ただただ静寂に浸りながら、彼は泣いていた。
 エトがシエルのかたわらへ寄る。

「……お前、その痣」

 袖から露わになった、エニシダの花。シエルはそれを見つめると、暫くしてから、かすれた声で笑い出した。

「ははは、はは。そうか、やはり、お前が選ばれたんだ。二ネットやロランの代わりに、お前が」

 エトは眉間にしわを寄せた。まるで、その言い方では、ロランがとおつ国に抱かれたようではないか。

「ロランは、どうしたんだい」
「あいつは、今、首都にいるよ。だが、戻ってこない。今晩が峠だろうと、今朝連絡が来た。亡骸さえ、向こうで弔う」
「……どうして、首都に」
「何度も、聞かされただろ。俺たちの本分は、何だ」

 話が見えない。シエルはとつとつと、語りかける。絡まった糸をほどくよう、ひとつひとつ丁寧に答え合せをしてゆく気分だ。かつて、シエルは言った。物事には、全て理由があるのだと。

「物事を学び、教養を身につけ、健やかな魂を育み、そして」

 人々に慰めを施すこと。その先を、エトが紡げなかったのは、シエルが薄い唇に人差し指をあてがったからだ。

「あいつは、信仰のままに、喜んで人々に慰めを与えに行ったんだ。自分の命も顧みず」

 一瞬の、静寂。

「置いてゆかれるのは、もう嫌だ」


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