複雑・ファジー小説
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- フレコ〜集団就職残酷史
- 日時: 2018/12/31 12:10
- 名前: 梶原明生 (ID: Xc48IOdp)
フレコは玖数郡神楽に生を受けた。貧しい苦しみの中育ち、やがて15歳になった時にやむなく「集団就職」というご時世に乗る以外生きる道はなかった。彼女にとっての武器は母子家庭に育った厳しい教育だけでなく、贔屓にしてくれた小学校教師岩佐先生から学んだ「空手」があった。…これは我が母「フレコ」の若かりし日の、数奇の物語である。
- Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.20 )
- 日時: 2019/07/20 12:31
- 名前: 梶原明生 (ID: q6woXfHh)
…「うわーっ、ごごが九州。雪がごごでもあるだで。」玖数群駅に降りるなり感激する佐知子。「当たり前よ。ここは山々が多いんだもの。」「うふ、でもいいだ。フレコちゃんの産まれだどご気に入っだ。」三人は1日一本しかないバスで神楽を目指した。「じゃあ姉御、また明日。良いお年を。」「うん、良いお年を。…」サッコと別れて雪道の小道をザクザク言わせながらフレコの家に向かう二人。やがて木造平屋建ての隙間だらけのボロ屋に着いた。祖母富子がモンペに頬被りして忙しく薪割りしている。「母ちゃん。帰ってきたよ。」フレコの第一声に涙しながら出迎えた。「まぁフレコ、帰ってきたんかえ。男に騙されなかったかい。」これがかつて生前の祖母の口癖だった。祖母もまた「先見力」があり、よく卒業アルバムを見て「何で個人情報書いてるんだ。絶対悪用するやつ、家族になりすまして金振り込め(今の振り込め詐欺のこと)言うやつ出てくるに違いない。」と怒ってた。それがもう30年以上昔の話だからすごい。今のオレオレ詐欺や個人情報悪用を予測していたのだから。「あれ、こちらさんは。」「土友で働いてる同僚の乾佐知子ちゃん。うちにどうしても来たいって言うから連れてきちゃった。」「ど、どうも初めましで。乾佐知子っで言います。お邪魔じますだ。」「まぁそうだったんかい。何にもないところだけど、どうぞ。」二人は家の中に入っていった。「うわっ、どうしたの母ちゃん。」「お前が帰ってくるからね。せめて正月くらいはいいもん食わしてやりたいから。」ボロ屋に似つかわしくないモチやお節料理が並んでいた。「お前に苦労かけるね。」「何言ってるの母ちゃん。」滅多に泣かない富子の泣く姿にフレコは優しく抱きしめた。ついもらい泣きする佐知子。その頃何も知らないルパン三世に似た一人の男がまた同じ雪道を歩いて家に向かっていた。「おお寒。こんな糞田舎帰りたくねーんだがな。うるせーババアが余計うるさくなるし。」それは幸久だった。…続く。
- Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.21 )
- 日時: 2019/07/27 07:02
- 名前: 梶原明生 (ID: SKF4GgT1)
…何も知らずに年越しそばを頬張るフレコ達。「よお、母ちゃん、フレコ、久しぶり。…あれ。」気前よく戸を開ける幸久。「お兄ちゃん…」「コラ、このドラ息子っ、お前妹に迷惑かけてどの面下げて帰ってきた。」「ほら、帰るなりこれだ。やだね玖数群の田舎もんは。」「何が田舎もんだよ。謝れフレコに。」「たく、一人息子が雪道寒い中帰ってきたのに何だよ。はいはいすみませんでした。お詫びに競馬で勝った…じゃない、仕事で稼いだ銭持ってきた。ほれ。」「競馬…」「けい、けい、計算したらってことでさ…」胡散臭いごまかしをしつつ、富子もやむなく受け取った。「これでチャラや。」余りの年越しそばを食べながら持参した日本酒の熱燗で幸久は一人出来上がる。佐知子がフレコに囁く。「フレコちゃんあんな格好いいお兄ちゃんいだんだ。人が悪いだフレコちゃん。紹介しでぐれれば良かっただ。」意外な話にフレコは目が点になる。「え、あんな兄貴のどこがいいの。」「あんなっで…わだすのタイプだで。」「はぁ…」開いた口が塞がらなかった。そうこうしてる間に菩提寺の除夜の鐘がなり始めた。「もうお正月だね。」「んだ。いいだ。」そんなしみじみな二人を余所に幸久は酔っ払って寝ていた。…翌日、フレコは恥ずかしがり屋な佐知子を紹介した。佐知子おばさんは母が再会した時に出会ったが、母フレコが言う通り、今で言うなら新垣結衣さん並みに美人だったのは覚えている。化粧気はないおばちゃんだったがそれだけに美人が引き立っていた。だからこれに興味を抱かなかった叔父さんが不思議でならなかった。もう結末は書いてしまったが、紹介したり一緒に初詣に行ったりしたのだが、全く鈍感で恋愛不精な叔父さんはまるで佐知子おばさんに興味を示さなかったのだ。引っ込み思案女子に鈍感男では発展性がない。母フレコはイライラして仕舞いには肘鉄や足踏みするものの、意に解さない叔父さん。「フレコちゃん、もういいっで。」佐知子は半ば諦めた。初恋にして初失恋。フレコも諦めた。やがてサッコこと早紀子と合流。久々の羽子板などして童心に戻った。夕方に家に帰ると一枚の紙を差し出す佐知子。「これ、まさか…」「うん。列車で書いでだで。ごの一枚の手紙に、土友の不正や労働環境を書いでるだ。」「さ、サッちゃん。…ありがとう。労働監督署に必ず届けるね。」「んだ。フレコちゃん、一緒に戦うだ。」「うん。…」二人は結束を誓い合った。…続く。
- Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.22 )
- 日時: 2019/07/31 08:12
- 名前: 梶原明生 (ID: UvBorD81)
…早くも土友紡績生地株式会社の新年操業が始まった。「今年もどうか私達にだけ金が儲かりますように。」土友部長の身勝手なお祈りはどうやら通じないようだ。フレコ達は慣れた手付きで仕事を進める。ポストに入れた手紙が労基署に届くことを信じて。お昼休みにいつもの三人で食事をしていると、フレコは視線を感じた。案の定播磨慧である。最初は気前のよい八重子のお兄さんと思っていた。八重子入れた4人組との休日だけの食事仲間ぐらいに考えていたし、妹思いなんだろうと思っていたが、年末に近付くにつれて、一人、二人と会う人数を減らしていき、とうとう八重子と三人だけになった時本性を表した。「ねぇフレコさん、妹が御手洗いに言ってる間に言います。君が好きだ。僕と結婚を前提に付き合ってくれないかな。」「ぶーっ…はぁあっ」さすがのフレコもついご飯を飛ばした。「す、すみません飛ばして。ナプキンナプキン。…じゃなくて、ど、どういう意味ですか。」「どうって、わかるじゃないか。君は僕のこと好きなんだろ。結婚したいんだろ。」「そんな、急にそんなこと言われても困ります。失礼ですが結婚なんて私はしないつもりです。お断りします。」しかしここから執拗なつきまといが始まったのだ。寮に毎日手紙は届く。隙さえあればこうして会いにくる。メガネ越しに「ニターっ」と笑う姿は銀魂実写版の以蔵並みに不気味だったろう。後にフレコが語ったことでは播磨が「諦めるからドライブに付き合って」と言われて、信じて車に乗ったことだ。勿論それは口実で、当時流行りはじめた「ラブホテル」に連れ込んで手込め(通称レイプだが、時代劇好きの母に英語は通じない。)にする計画だった。俺の女にすれば言うことを聞くだろうと。かくして書くまでもなく、この後激しく播磨が後悔することになる出来事が待ち受けていたのだ。「痛っ…」八重子の兄だからと大目に見ていた堪忍袋の緒が切れた。瞬足のパンチが播磨の顔面に直撃。メガネは叩き割れて吹っ飛んだ。「歩いて帰るっ。」大きな声が地下駐に響く。「待って待ってフレコさん。私が悪かった。もうもう何もしないから寮まで送らせて…」泣いて縋る播磨にやむなく送ってもらうことに。以来、こうしてまだ付きまとうようになった。今思えば現在で言うところの「マゾっ気」つまり通称「Mっ気」が播磨にはあったのでは…という気がする。通常ならこんな気が強い腕っ節も強い女なら退散するはず。なのに退散するどころか…続く。
- Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.23 )
- 日時: 2019/08/08 02:25
- 名前: 梶原明生 (ID: 70vEHkeO)
…益々ストーカー行為はエスカレート。「フレコさん、もっと殴って…」なんて言い出すから気持ち悪くて仕方ない。放っておくしかなかった。まだ寒い2月頃。春の訪れは遠いかに思えた。相変わらず夜中1時までこき使う日々は続いていたのだが、ある日、見慣れないスーツにネクタイの所謂「ホワイトカラー組」が数名訪れていた。「本社の人かな。それとも何かの営業かな…」フレコは作業しながらも、その程度に思っていたのだが。「土友社長に御子息の土友部長ですね。我々は労働基準監督署のものです。お宅の会社の労働環境について色々調べさせていただきました。告白文が届きましてね。…これは監督署からの監査通告書です。これよりあなた方の会社を調査いたします。」この言葉にぐうの音も出ない親子。歯軋りしながら悔しがった。「あ、姉御、やったっすよやったっすよっ。」「な、何よ仕事中にいきなり抱きついて。」サッコが歓喜するのもわかる。佐知子が割って入る。「それどごろじゃねぇだフレコちゃん。遂に来ただ。」「来たってまさか…」「そのまさかっすよ。労働基準監督署が来たんすよ。」「本当にっ…」三人は手を取り合って喜んだ。「小山内君、これでいい…」少し離れた作業場にいた彼に目を合わせた。恥ずかしそうに親指を立てる。「お、おう。梶原、ありがとう。…」こうして監視員を置き、土友生地紡績会社が改善命令を怠らずにしているか見張られる日々がしばらく続いた。下働きみたいな作業は皆無となり、残業は月40時間に抑えられ、給与は最低賃金以上が確約された。寮だけは相変わらず雑魚寝だったが男女別棟に改められ、もうレイプの心配はなくなった。フレコはしばし勝ち取った生活に浸っていたのだが…一難去ってまた一難。同僚の美川由美子と、佐知子に送られてきた京都山科の某紡績会社に勤める親友からの悲痛な手紙の二件。「美川さん最近仕事失敗ばかり。どうしたのよ。」フレコは休憩時、美川に聞いた。「だってこんな仕事つまんないもん。」「つまんないってそんな…」「いいのよ。それよりさ、街で声かけてきた小林旭みたいな格好いい人がね、いい仕事紹介してくれるのよ。」「いい仕事…」「そう。スナックでね、綺麗なお洋服着てお客さん相手するだけ。ここの三倍よ。ねぇ、あなたも行かないかしら。」そんな話に乗らないことは言うまでもなく。「断るわ。この世に汗水流さない儲け話ほど禄なものはないのよ。」「何よ、古臭いこと言って。」…続く。
- Re: フレコ〜集団就職残酷史 ( No.24 )
- 日時: 2019/08/10 18:21
- 名前: 梶原明生 (ID: 87ywO7pe)
…ぷいと明後日の方向を見る由美子。「そんな水商売に禄な奴らはいないってうちの母ちゃんが言ってた。」「そんなの偏見よ。彼そんな人じゃない。何よブスの僻み。」「いや、私はただ。…」「とにかく、もうこんな生地臭い工場なんかうんざりよ。私辞めるから、バイバイ。」「ちょっと美川さん。」フレコの話も聞かずに、翌日は会社を退職していた。「姉御、どうしたっすか。珍しくボーっとして。」仕事に身が入らないフレコを心配してサッコが駆け寄ってきた。「あ、ごめん。すぐに取りかかるね。」「そうそう取りかかって…じゃねーよって。違いますよ姉御。何か心配事あるんでしょ。」「う、うん。美川さんのこと。」「ああ、あの話っすか。いいじゃないですか美人を鼻にかけてたお局様が消えたんすから。せいせいしますよ。」「私やっぱり気になる。早退届け出すね。」「出すって、ちょっと姉御。」フレコにしては珍しく早退するものの、それまでの実績を考慮して責任者は届け出を受理した。伝手を頼って美川家を訪ねたが、両親すら行方がわからないと言う。「昨日の晩から帰ってないのよ。私達も心配してて…」「やっぱり。わかりました。私もできるだけ探してみます。」フレコはうるおぼえのスナックの名前を頼りに飲み屋街をさまよい歩いていた。「姉御。」「サッコ、どうして…」「へへーん、あたしも早退届け出したんすよ。もしかしたら飲み屋街じゃないかなって。手貸しますぜ。」二人は手分けして探した。すると「間違いない。このスナックですぜ姉御。」フレコは時間を惜しむように颯爽とドアを開けた。「すみませんあの…」「表の看板見なかったのかい。まだ準備中だよ。帰ってくれないか。」チョビヒゲを生やしたマスターらしい男がグラスを拭いていた。「客じゃありません。ここで美川由美子って子働いてませんか。」「由美子…そんな子は知らないね。」「そんなはずありません。小林旭に似た男ぶりのいい人に紹介されたって…」マスターの手が止まった。「それ、本当かい。」「はい。」「困るんだよな。最近うちの名前使って女の子売り飛ばす女衒がいるって噂があってさ。迷惑なんだよ。」やっぱりといった顔付きになるフレコ。「そいつがどこの誰か知らないが、噂じゃ奈子屋駅の横丁に出没するって話だぜ。」「ありがとうございました。」一礼して立ち去ろうとするフレコ。「待ちな。悪いことは言わない。関わらない方がいい。あんたらまで巻き込まれる必要はないんだ。」…続く。