複雑・ファジー小説
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- ジルク【キャラ募集中】
- 日時: 2021/05/02 21:17
- 名前: おまさ (ID: EmSHr2md)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1260
どうも、初めましての方は初めまして。セイカゲからの方はこんにちは、おまさです。
今回は、SF的な作品が書きたくてスレ立てさせて頂きました。この作品は、皆様と一緒に作っていきたいのでキャラ募集をします。リクエスト掲示板の方に関連スレを立てましたので、そちらにキャラ情報を投稿していただければその中から選抜して作品に登場させたいと考えています。(詳しくは関連スレへGO)
あ、ちなみに関連スレは上のリンクから行けます。
世界設定などは本編の方で触れますのでご了承下さい。
なお、本スレは感想など受け付けておりますが、ここに投稿したキャラクターリクエストは受理しないと思ってください。
また、スレッドを荒らすような真似は絶対にしないでください。宜しくお願いします。
では、本編どうぞ!
****
2021年5月2日をもちまして、当作品の執筆を終了させて頂きました。ご愛読ありがとうございました。
なおそれに伴い、スレッドをロックさせていただきます。
カキコ引退の旨に関しまして、雑誌掲示板にてご説明させて頂いておりますのでそちらを参考に。
****
もくじ
(最新更新:>>28) (関連イラスト:>>18) (一気読み用:>>01-)
1話:逢瀬 >>1
2話:外出はパーカーと共に >>3
3話:アフレイド・オブ >>4
4話:オムカエ >>5
5話:ファン・トゥ・ドリフト >>6
6話:羅刹 >>7
7話:偽善の形 >>8
8話:アネサマ >>9
9話:王子 >>10
10話:velvet >>11
11話:Raison d'etre >>14
12話:傲慢 >>15
13話:捕捉 >>16
14話:神ヲ驕ル者 >>17
15話:冷たい感触 >>19
16話:ふぉーてぃーせぶん >>20
17話:ばけもののすがた >>21
EX:前日譚1(上)「16年前の雲の上で」 >>22
18話:オマエヲコロス >>23
19話:天誅 >>24
20話:ダンシング・クラウン >>25
EX:書き下ろし短編「An another automata(with its sarcasm)」>>26-27
21話:デスティネーション >>28
- 四話 ( No.5 )
- 日時: 2019/08/17 10:43
- 名前: おまさ (ID: 79DeCD8W)
———右脚が砕け散り、バランスを崩して前に倒れ込む。
《警告》
《右脚部ショックアブソーバ断裂》
《脛部損傷》
《擬似神経回路断裂。損傷率22%》
《右脚アクチュエータを放棄。回路閉鎖》
《脛部冷却系破損、バイパスバルブA6を開放—————、
「——うるさい」
視界————インターフェースいっぱいに広がるアラートを舌打ちしながら黙らせ、私は柔らかな砂の地面に顔面から着地した。
———レーダーに警告、同時に着弾。
私のレーダーでは詳しいことは分からないが、計算し終わった弾速からスナイパーライフルによる狙撃とみた。敵生体か、あるいは地の民か——、
「ああ、なんだ」
インターフェースの左端に展開するミニマップ、その中に幾つかのブリップが浮かぶ。
緑色のブリップ、つまり友軍だ。
それによく見れば、これはミマス中隊——ちょうど私が副長を務める北部戦線の部隊だ。隊長機は無事であるようだが、明らかに出撃時に比べ機体数が少ない。長期間に渡る持久戦を強いられたのだろうか。
何にせよ、外に出た目的は果たせた。今頃、隊長機が私のことを認識しているところであろう。
本来であれば、即座に本隊に合流せねばなるまい。しかし、右脚が吹き飛んだ今の私は、誰かの手を借りないとまともに歩行できない。
考え至り、腕の力で上体だけを起こすと、まだ呆然となっている少年と目があった。
イオトには力を借りれそうにない。そもそもアンドロイドは、人間が持ち上げられるような重さではない。軽量化が施されている機体でも、だ。
それに、この人には十分すぎるくらい世話になった。地に暮らす身でありながら、機構人形を助け、追手を退け、そして何より名前をくれた。彼の優しさに私は救われ、ここにいる。
—————「奴ら」から彼のような人を守る立場である私が。
もうこれ以上、彼の優しさは受け取れない。その優しさは、もっと他の人々に与えられるべきものなのだ。私のような、人間の紛い物なんかに向けるべきではない。
私は少年から目線を外し、踵を返した。すると、
「————なるほど、無事であったな、副長」
上体を両腕で支える私を見下ろし、厳かな声が淡々と言う。見返すと、その切れ長の黒い瞳と目があった。
腰より長い嫋やかな黒髪を毛先近くで1つに纏め、白い四肢を徹底的に規律を守った紺の装いに包んだ其の女性は、どこか男性的にも見えた。
彼女こそがミマス中隊現隊長機———、
「申し訳ありません、隊長。本隊への合流が遅れました」
「構わん。あんな顛末があった、無理もない。・・・しかし、連絡が遅れた理由に関しては貴官の弁明を聞こう」
「はい、無線用のアンテナがどうやら損傷し、復旧が見込めませんでした。故に本隊と直接合流するという考えに至りました」
「右脚に関しては、〈ジルク〉内の第五工廠で修復可能だろう。・・・・その、少年は?」
「彼は——、」
言おうとして、口を噤んだ。———これ以上、彼を巻き込みたくはない。
「——いえ、唯の通りすがりです」
司会の縁で、彼の瞳が傷ついたように揺れるのを、私は奥歯を噛んで無視した。
***
シザの脚が吹き飛んだ後のことを、自分は実はあまり良く覚えていない。あまりにも、目の前の光景が信じられなかったんだと思う。
はっきりと覚えているのは、ひどく傷ついたことと、シザが他のアンドロイドと共に去っていく様を、呆然と見送ったことくらいだ。今頃は、彼女は〈ジルク〉のケージ内にいるのかも知れない。
あの後、イオトは妙に心に引っかかるものを感じていた。その正体がよくわからないまま、イオトはシザと再開することになる。
- 五話 ( No.6 )
- 日時: 2019/10/09 07:21
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
「—————」
目覚めると、見慣れた天井がまだ眠い視界に移った。ボロボロのトタン屋根の隙間から、今日も変わらず明るい日の光が差す。
「・・・・わ、っ」
起き上がろうと、イオトは体勢を崩して転がり落ちる。寝違えた気もする首をさすりながら、イオトは落ちた高さから自分がソファーの上で寝ていたことを自覚した。
1
洗面所で顔を洗っていたら、少しずつ昨日のことを思い出してきた。
「・・・・・確か、シザと別れて・・・、」
そう、シザと別れてから未だに十何時間しか経っていないのだ。ひどく、長い時間寂しい様に感じられたが、それは自身のただの感傷だということにイオトは気付く。
あの後、イオトは騒ぎがあった街を通らないよう迂回して、陽も傾いてきたころに玄関に転がり込んだ。そのあとの記憶が曖昧だ。
首を回しながら洗面所からソファーに戻ると、エソロー爺がソファー近くの机に突っ伏して鼾をかいていた。起きた時に毛布が掛かっていたのはそれでか。まったくこの老人は素直じゃないなとイオトは肩をすくめる。
2
「—————」
無意識のまま、足はそこに向かっていた。
ソファーの後ろにある戸を抜けてすぐに着く部屋だ。広さはあまりなく、ごちゃごちゃといろいろなものが置かれている。新しい部品だったり、すっかりと錆びついたブリキ人形だったりが棚の上に並んでいる。その位置は一昨日見た時と寸分の狂いもない。
———そして、薄い毛布の敷かれているひしゃげたベッドの横には、車用のバッテリーが置かれている。
この部屋———イオトの部屋に、未だにあの少女がいる気がして足を運んだが、それも感傷だと分かり、自分で自分が馬鹿らしくなってきた。
———何してるんだ、オレ。もうシザは居ないんだ。
言い聞かせても落ち着かない。この思いを忘れるために、イオトは朝食を作ることにした。
3
朝食、と一言で言っても、食糧難が現在進行形なこの惑星では碌なものを食べていない。〈ジルク〉には人工食品みたいな感じの技術があるとしても、文明が忘れ去られたこの地では独自に食料が発達した。
市場には一応バナナが売っているのだが、たいして肥えていない上に一本で三か月分の生活費が飛ぶ代物だ。毎日食えたものではない。
そんなわけでイオト含む庶民は、これを食べている。
無機質なプラスチックの袋を破き、そこから黒いルーのようなものを取り出したイオトは、それを片手でパキパキとボウルの中に割り入れ、それに水をぶっかける。
ふしゅう、と音がして、ボウルの中身がパンのように急激に膨らむ。栄養パッチに水をぶっかけて化学反応を起こし、体積を増やしたのだ。対して旨くも不味くもない味。
半分泡のようなそれを舐めるようにして食べ終わり、リビングを見る。ソファーではまだエソローが大きな鼾をかいて寝ていた。
————今なら、バレない。
内心で謝りつつ、落ち着かないからという建前で、イオトは自宅を後にした。
4
いつも変わらずに朱い砂丘を上る。今日は珍しく肌寒くて、パーカーを羽織って出てきて正解だったなと、そんな感慨を抱いた。
「————」
こんな行いも、自分の感傷なのかもしれない———否、一種の甘えだろう。
こうやって外に出ても、決して彼女には逢えないと解っている。・・・そのはずなのに。
「————っ」
一足一足と、砂に沈む脚を動かし、イオトは砂丘を上っていく。その間、刹那逡巡し、唇を噛んだ。
昔からそうだ。いつも自分じゃ何もできないくせに、不相応に大きな願いばかり抱いて。
自分がきっと、それを実践できると、結果は判っている筈なのに馬鹿みたいに。
そのあと、失敗したその願いに感傷を抱く自分が———嫌いだった。
そして、そうと分かっていながら変われない自分もまた、嫌だった。
————どうしたんですか、少年。
銀鈴の声が脳裏に響く。
やめろ。やめてくれ。もういい。彼女の事は忘れよう。もう終わったことだ。
彼女の声、仕草。歩く間隔。微笑み。
フラッシュバックするそれを、頭を振って忘れようと、して、して、して。
「—————そんなこと、できるわけないだろ!?」
半ば自棄になって、キレたように一人で叫んでいた。
嗚呼、嫌だ。もう嫌で嫌で仕方がない。もうすべてが気に入らない。自分も、この世界も。
言ってやる。思ってること全部。
論理なんて関係ない。イオトは、怒りにも似た原始的な感情のまま吠えた。
馬鹿なことやってると自分でわかる。それでも。
それでももう、韜晦しているわけにはいかないと。
もう、認めないわけにはいかない。・・・オレはアイツに、
「—————————一目惚れしたんだよ・・・!」
世界がどうとか、相手が機構人形だろうとか、そういう理屈はどうでもいい。彼女は人間だ。機械の体を持っているだけで、ヒトの心を持っている少女なのだ。
声が木霊していて、はっと思わず叫んでしまったことを自覚して、座り込んだ。今思えば、随分と野暮なことをしたもんだと思う。自分でキレて、自分で恥ずかしい思いをして。
いつまでそうしていただろうか、意味もなくイオトは顔を腕にうずめ、唯風の音を聞いていた。
「————、」
ふと、肌を戦禍の香りが掠めたのを感じ、イオトは顔を上げる。乾いた風が静かに吹く砂丘の上から辺りを見下ろした。
————微かに、遠くに喧騒の気配。怒号と、爆発。焦燥と戦塵があたりを舞い、轟音が静かに砂漠に響き、散華を彩る。
「・・・何だ?」
風で乾いた唇を舐めて湿らせ、イオトは立ち上がる。・・・あの距離では、歩けば時間が掛かるだろう。
だからイオトは、一度砂丘を降りることにした。
*
「ん、」
目を開けると、自分が机の上で突っ伏して寝ていたことを自覚した。傍らを見れば、水をかけてから随分と時間のたった、黒い栄養パッチが置かれていた。イオトが用意したのだろうか。
剛腕を使って、自身の巨大な図体を持ち上げたエソローは、肝心の少年の姿が無いことに気付いた。
「イオトー、おい、聞いてるのか!」
掠れた喉を使って怒鳴り、反応が無いことを悟った老人は舌打ちし、仕方なく立ち上がる。
————そこで老人は、音を聞いた。
それは、機械の音だ。すっかり時代遅れになった、内燃機関の音だ。・・・いつもあのイオトが「遺骨」と呼んでいる、エソローの愛車の音だ。
慌て、裏の玄関口を開け様子を見る。そこで見た光景を見、エソローは反射的に叫んでいた。
「イオトっ!!!」
*
イオトは、エソロー爺の声を無視し、スロットル(注;アクセルのこと)を捻る。途端、エンジンが火を噴き二輪のタイヤが砂を巻き上げた。
「ごめんエソロー爺、ちょっと借りる!」
呆然と見つめる老人に、聞こえないかもしれないが謝罪し、イオトは前を見据えた。
———イオトが、この「遺骨」を操縦するのはこれが初めてだ。
普段はエソロー爺がハンドルを握り、絶対にイオトに運転席に座らせてもらえない。しかし、長年助手席に座ってエソローの運転を眺めていたイオトは、どこをどう操作すればいいかわかっていた。分かっていたのだが。
「・・・ク、ソ」
長年観察してきたとはいえ、機械の「クセ」までは判らない。ハンドルに僅かに遊びがあるし、スロットルも重い。
そもそも、エソロー爺がここまで速度を出すこともなかったから、イオトは事実上未知の領域にいる。
滑りやすい砂の上で車体を駆るのは至難の業だ。ちょっとハンドルを切ってスロットルを開ければ、途端にタイヤが滑り車体が横を向く———ドリフト状態に陥る。
かといってスロットルを開けないと、中途半端な重さのフライホイール(注;エンジンが止まらないようにする錘)のせいでエンジンが止まる。
おまけに、継ぎ接ぎだらけの寄せ集めに過ぎないこの「遺骨」の錆びたフレームからは、既に嫌な音がギシギシと伝わってきていた。
「・・・ほ、んと、つくづく運が無い」
———そんなマシンと格闘すること早三分程、イオトは目的地に着いた。
4
そこは、爆轟と剣花が咲く戦場———だったものだ。既に戦闘は終わり、しかしそこには確かに刻まれた激しい攻防の跡と、十数人の人影が見える。
一人は、剣を鞘に納めるもの。
一人は、千切れた仲間の手を無表情で握っているもの。
————そしてもう一人は、長い銀髪を二つおさげにした、見覚えのある少女だった。
「——————シザっ!!」
イオトはそれに気づくや否や、やかましい内燃機関の音に負けないように声を張り上げ、その途端にエンジンが止まる。
急にエンストを起こし、急停止するエソロー爺の愛車。その勢いでイオトは、車外に投げ出された。背中に衝撃。
「———っ」
口の中の砂を吐き出し、痛めた背中をさする。そのまま立ち上がろうと———、
「——————」
意識の片鱗に映った冷たい敵意——否、少し困惑と警戒が入り混じった感情を感じ取り、イオトは目の前を見た。
—————先日親しくしたはずの銀髪の機構少女が、薙刀の剣先をこちらに向けていた。
そして、目の前の彼女は、こちらを鋭い目つきで睥睨する。
「—————————少年。貴方は、何者ですか」
- 六話 ( No.7 )
- 日時: 2019/09/13 18:49
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode
「ーーーー少年。貴方は、何者ですか」
警戒と共に、私は頬を固くして目の前の少年に聞く。彼は、脳裏に無理解を示しているようだった。そう顔に書いてある。
なるほど、分かりやすい人間だと内で呟きながら、しかしそれを表情にすることはしない。
彼の瞳は、無理解、困惑、そして疑念の順に色を変えた。
「・・・だ、っ、誰って。オレだよ、イオトだよ。昨日会ったばかりじゃないか!」
「ーーーーーイオト」
「そうだよ。昨日遠距離射撃から、オレを庇ってくれたじゃないか」
誰だそれは。ーーー昨日私は、第九ケージにいたのだ。地上に降りたことなど、今日が初めてだった。
イオト。知らない名前だ。今までそんな人物に会った覚えはない。ーーーーーーーーない、筈だ。
しかし、イオトというこの少年は私のことを知っている。私が地上に降りたのは今日が初めて。・・・ということは。
『上』で私に会っていたことになる。
「・・・まさかとは思いますが、貴方は〈ジルク〉を脱走し、この地に?」
だとすればこの少年の罪は重い。絶対禁忌を破り天から地に降り立つなど、議論の余地なく死罪に処される。
そもそも、あの天の要塞から脱出することは到底不可能だ。針の山ほどの防衛設備が内にも外にも張り巡らされていて、現在ではアンドロイド部隊以外の大気圏内突入は赦されていない。
過去に一度だけーーー十六年前に脱走者が出たと聞いたことがあるが、それ以来警備は強化されている。十六年前の脱走劇でも、十人が同時に挑みその内の一人しか脱出に成功していない。それ以外は全て、射殺された。
そんな警備を掻い潜り、この少年は地に降り立ったのか。・・・いや、あり得ないだろう。
年齢は十代後半、筋肉質でも何でもない平凡な肉体に、IQもそんなに高いわけでもない平均レベルだ。そんな凡人に、誰が破られようか。
「そんなわけないだろ。オレは、ここで生まれてここで育ったんだ。君も、分かっていた筈だ」
その疑問は、他ならぬ少年自身によって砕かれた。声音は、不安と疑念、それと僅かな苛立ちに震えているように感じる。
少年は続ける。
「じゃあ君は、昨日のことを忘れたって言うのかよ」
「ーーーーーー。ーーーーー私は、」
「あの短くても濃厚な時間を、君は忘れたって・・・覚えてないって、そう言うのかよ・・・ッ」
言い募るにして、少年の顔に悲痛な色が浮かぶ。私は、強引にそれを意識の外に置いた。
「・・・私は、貴方のことは知りません」
口を開く直前、少年はすがるように私を見たが、表情を取り繕って私は言いはなった。すると、少年は絶望したかのように一、二秒俯き沈黙した。しかし、こちらが何か言う前に彼が叫ぶ。
「ーーーーーど、うして、覚えてねえんだよッ!!」
思わず鼻白むと、彼は自分の胸を掴み糾弾する。
「一昨日オレは、君を砂漠の中で見つけた。助けるために連れて帰ったんだ。エソロー爺に手伝ってもらって、君に貴重なバッテリーをあげた。寝床をあげた。君が起きてからもそうだ。パーカーをあげた。名前もあげた。それに君は微笑んで答えてくれた!!!」
顔をくしゃくしゃにして、泥を吐くように少年は叫ぶ。叫ぶ。その姿は、まるで癇癪を起こした小さい子供のようにも見えた。
「火の中を駆け逃げ回って!お互いに名前を聞きあって!互いに同じ時を過ごして!同じものを見て!同じ空気を吸って!笑い会った!!」
痛切な感情は、私の心を掻き乱してゆく。私は必死に表情を取り繕った。
虚しく響く少年の怒声は、しかし確実に私のことを責めようとーーーー否、違う。
今解った。彼は私のことを責めたいのではない。この世界を呪いたいのだと。
その想いと、自分の中にある感情の蟠りが渦巻き、どうしていいか分からずにただ子供のように叫び続ける。感情のコントロールが利かず、私にあたってしまっているのだと。
「そうだろ!?・・・・・・・・・何とか言ってくれ、ーーシザ!!!」
「ーーーーーーッ!?」
電撃的に思考に火花が散り、私はふと我に帰る。
ーーーーーーーー彼は今、私のことを何て・・・?
その時だった。
突如爆発が起こり、きっ、と振り返ると仲間の体が真っ二つに千切れるのが見えた。
「49!?」
真っ二つになったM-49GL2の体が宙を舞う。 M-49GL2は沈黙。インターフェースにアラート表示がされた。敵襲だ。
「総員、迎撃戦用意ッ!陣形を取れ」
隊長機であるM-38cGL1が叫び、ミマス中隊は戦闘体制に移る。
「話し合いは終わりのようですね」
私は少年にそれだけ告げて背を向けた。彼はなにも言わなかった。
「ーーーーーー。」
ーーーー私と少年が話している様を、38cは複雑な表情で俯瞰していた。
*
訳が、分からない。
何で、シザは自分を覚えていないのだ。ただ、起きている事態が想像を遥かに越えているということだけは解った。
呆然と立ち尽くすイオトの目の前では、ミマス中隊が『何か』と戦っている。その『何か』は砂を撒き散らし、至近距離の物理攻撃において群を抜く戦闘力を発揮していると、素人目にも一目瞭然だ。
「・・・何だよ、この生き物は」
イオトは絵図の現実感のなさに呆然とこぼすことしか出来ない。
しかし、その『何か』に機構少女たちは戦闘力において拮抗している。
隊長機が後陣で全体を俯瞰し、部隊の指揮を執っている。迅速に、かつ恐ろしいほど正確に。瞬時に物事を決定し、淡々と部隊を動かす様は人間でないからこそできるものだ。
だが、何よりも驚くのは想像を遥かに越えるアンドロイドの動きだ。人間の何十倍も早い速度に刹那で到達し、敵の攻撃を避けるため急制動し静止速度に近くなったところから再び加速、加速。音速のような速度で戦場を駆け、恐ろしいほど正確に敵の急所を狙い撃ち、敵を駆逐する。
特にシザの動きには、こちらはひやひやさせられっぱなしだ。
他の隊員とは違い、シザが持っているのは薙刀のような武器だ。彼女はそれを唯一の武装とし、決して懐に差す拳銃は抜かずに仲間の弾幕の間を正確に縫って敵の懐に潜り込む。そして、
一閃。
刹那戦場が漂白され、『何か』の腕らしき部位が落ちる。血飛沫にその銀髪を斑に染めたシザが後ろに飛び最前線を離脱。
砂埃と戦塵の帳が無くなり、イオトはついにその、『何か』の姿を目にした。
白くぶよぶよとした鱗、体長五メートル程にもなるその巨躯。シザに切り落とされ根元から欠損した右腕に比べ、左腕には比較にならない程の凶悪な爪と、それを獲物に叩き付けるための鋼の筋肉があった。イオトの知識では、この『何か』は既に絶滅した爬虫類のガマガエルに少し似てるといった印象だ。
「ーーー卿は先程、この生物は何だと口にしていたな」
不意に掛けられた凛とした声に振り向くと、隊長機が『何か』を睨みながら話し掛けてきた。イオトが無言でそれを肯定すると、隊長機は目をすがめた。
「これこそが、我々が作られ、地に送られた理由であり、又汚染に侵食される大地を跋扈する害悪の存在、」
「ーーーー『オスティム』だ」
- 七話 ( No.8 )
- 日時: 2019/09/18 19:56
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=1241&page=1
更新が遅くなりすみませんでした、皆様。最近忙しくなり、カキコに顔を出せませんでした。
この先、更新速度が落ちてくるかもしれませんが、どうか皆様気丈に、 気丈にお待ちくだされば幸いです!
今後も、この作品をよろしくお願いしますm(__)m
あ、上のリンクから、新たに投稿したイラストが見れますのでぜひ。
・・・でわ、前置き長くなりましたが本編どうぞっ。
*****
1
『オスティム』。地上の生物としては異常なほどの巨躯を誇示するかの如くこちらを睥睨する、「恐怖」というものを具現化した怪物。高い殺戮能力を誇り、けれど繁殖行動はしない生物。ただ、大地を血に濡らし骸を蹂躙することのみが生き甲斐だと、存在意義だと己に定める羅刹。
ーーーーーこいつは最早、生き物としての可能性が終わった、只の失敗作だ。故に、生かしておく理由はない。
私は、薙刀を空振りし、刃に付着した返り血を落とした。
27式歩兵用近接武器甲型。その紫黒が僅かに残った相手の血を以ててらてらと輝く。
私以外でこの武装を選択している者は見たことがない。今回が私にとって初の戦闘任務ということもあるが、戦闘中に敵攻撃をまともに食らうかそれとも味方の援護射撃に当たったりして、大破するのが目に見える武器なので、大半の場合使わないのだろう。むしろ、この武装が今も選べることすら珍しいくらいの選択数の少なさである。
“たったの”83キロの薙刀だ。軽い割には威力も高い。白兵戦ではアサルトライフルよりも高い制圧能力を誇る。特に、腕を切り落としたりして無力化できる分のメリットは、戦場において莫大なアドバンテージとなる。
「ーーーー、」
私は再び得物を低く構え、距離をとった相手を吃と睨む。
岩のような巨体は片腕を失い、白い鱗に包まれた体表には篝花が咲く。肘の少し上で切断された右腕の断面からは綺麗に血肉が覗き、そこからぶら下がっているのは血管か神経か筋繊維か。いずれにせよ、両者が停滞を得るきっかけになった。
しばらくすると、砂の大地に滴り落ちていた血液が止まる。早くも傷口からの出血が止まった。おぞましい自己修復能力だ。これは早急に決着をつけた方が良さそうだ。
「・・・煩わしい」
思わず、顔をしかめて呟いていた。零れた言葉は誰の耳にも届くことはない。それでいい。
しかし、片腕を失うもなお、羅刹の本能は生にすがろうと足掻く。
地鳴りがしていると錯覚するようなけたたましい絶叫をあげ、害悪生命は突貫する。『オスティム』との距離が刹那で消失し、砂煙の中からその磨いた骨の色をした巨躯が躍り出た。
「ーーーー、っ!」
初撃ーーーー運動エネルギーと速度を以てこちらを切り裂こうとした左腕を薙刀で払いのけ、右前方に前進。敵の攻撃を回避すると共に、最適な攻撃位置まで移動する。
私が跳躍し、地に突き刺さった左腕を飛び越えたとき、羅刹は中隊の援護射撃に曝される。約1000メートル毎秒にも迫る5.56ミリアサルトライフルの弾幕が、大気を震撼させ巨体に殺到。白い鱗はたちまち硝煙に包まれる。
その間、私は硝煙が視界を奪わずーーー尚且近接攻撃に最適な位置を模索、到達し薙刀を一閃、
しかし、その奇襲を羅刹は第六感にも近い感覚を以て防ぐ。後方に振るわれた、凶悪な獣爪を備える左の豪腕と私の得物とがぶつかり、擦れ、剣花が散る。僅かに相手の鱗を削り爆ぜさせるが、それでどうこうできる戦況でもない。
『オスティム』は鱗数枚を割られるのみで腕を振り上げ、私はーーーーその、振り上げられた豪腕に吹き飛ばされた。
奴の鋭い爪が、私の脇腹に一本突き刺さり、引っ掛かっていたのだ。故に振り上げた左腕の動きに追随して、宙を舞ったということだろう。
蒼穹に打ち上げられた私の視界に、小さくあの少年の姿が見えた。
「ーーー、」
その時、私が何を無意識に呟いたのかは分からない。
ただ、インターフェースに迫る砂丘の地面を目前に目を瞑った。そして、
暗転。
2
嘘だ。
こんなこと、あり得ない。あってはならない。
虚構だ。
嘘だ。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ止めろ!!
呪詛のように自身に言い聞かせ、イオトは目を擦る。そうして、無慈悲な現実を直視できない言い訳をしなければ、心は今頃打ちのめされ、ひび割れ砕け散っていただろう。
でも、嘘だ。
ーーーーーーーーシザが、喰われた。そんなの、嘘だ。
地に、堕ちたのでもない。自爆でもない。
あの銀髪の愛しい機構少女は、怪物によって存在を蹂躙され、咀嚼されたのだ。宙に放り投げたシザを、奴は口を開け牙を以て己の糧とした。
彼女がきっと、何を言ったのか覚えていなくとも、イオトは全て覚えている。
さっき、シザの体が宙に待ったとき。
あの人の唇は。
ーーーーーーーーイオト、と呟いていた。
そんな彼女を、こいつが。
許せない。
己の中に、シンプルな敵愾心が宿ることまでは自覚したイオトも、しかしそれが「殺意」というものだとは気付かない。
赦せない。
赦せない。
ゆるせない。
故に、
殺す。
「・・・死ね死ね死ね死ね死んじまえぇ!!このクソ害悪幼虫豚風情がぁぁぁぁあああ!!」
イオトは、使命感と殺意に突き動かされ、前に一歩ーーー、
「ーーーーーー復讐の妄念に憑かれた人ほど、愚かな者はいまい」
隊長機が、逸るイオトの肩をひしと掴んでいた。
「離せよ」
苛つくイオトは、乱暴に振り払おうとする。しかし、所詮人間がアンドロイドに勝てる道理はない。隊長機はイオトの腕の関節を極め、地面に叩きつけた。
苦鳴を零すイオトを、隊長機はゴミを見る目で見下す。
「ク、ソ・・・がぁぁ!」
「舐めるな、人間」
再び立ち上がり、掴みかかろうとするイオトを避けた隊長機は、右足を横に一閃し少年を再び地に伏せさせる。
悶絶するイオトに歩み寄り、隊長機はイオトの襟元を掴んだ。
「復讐とは、なかなかな事をするな、卿は」
「・・・な、にを言、って」
「ーーーしかし、無力である卿に何ができる。自身の力を弁えず、無駄な足掻きをすれば、持って帰れる筈だった物まで手から零れ落とす事になると、卿・・・まさか知らぬわけでは無かろう?」
「ーーーッ」
分かっている。己の力不足を誰よりも理解しているのはイオト自身だ。分かっているから、尚更に。イオトは唇を噛んだ。噛みきって鉄の味がした。
「そ、れでも・・・オレはッッ・・!」
「成程、強情なことだ。ーーーー否、この場合、卿は傲慢だと言った方が正しいか」
「傲慢・・・?」
想定外の言葉に、思わずイオトは瞠目する。すると隊長機はその間にイオトの襟元を離した。
理解出来ていないような少年に、隊長機は嘆息を噛み殺した。
「ーーーーーー卿が「シザ」と呼ぶ機体ーーー43は、己の運命を自分で定めた。それに、部外者である卿が口を挟む権利が?」
「・・・それなら、お前があの子を!」
「結局のところ、自身の身は自身にしか守れない。それを他人に強いるとは・・・卿、イヤ、」
そこで一度言葉を切り、隊長機はイオトを睨み付けた。
「ーーーー貴様は、只の偽善者だ。傲慢のみならず、己の理想論を世界の総意だと嘯く。私と同類の人間だ」
「ーーーーッ」
イオトは我に帰った。そして自分を呪いたくなった。
オレは。どこまでも。
狭量なんだ。
シザを救うつもりで、彼女のことなど考えずに自分の理想を掲げ、善人を騙り思い遣りを謳って、シザの死を汚そうとしてしまった。ーーーー無意識のうちに、彼女には感情がないと、人形だと、そう思って。
確かに、酷く傲慢で狭量だった。
彼女を傀儡に変えて彼女の気持ちを無視し、彼女に自分の上っ面な理想論を強要し、一人で使命感と復讐に駆られ、自分もおっ死んで、シザの望みを蹂躙しようとしてしまったのだ。自分が殺され、シザがどう思うか考えもせず。ただ、自分で悲劇に酔いたい、それだけの理由で。
何が、赦せない、だ。心底、反吐が出る。
思わず、拳を強く握り締めた。ーーこの力で、首を絞めて死ねれば良いのにと、そう思った。
そんな覚悟も本当はない自分が尚、赦せなかった。
自己嫌悪に苛まれる時間を唐突に途切れさせたのは、近くの爆発音だった。
何かが破裂したような爆轟が重く轟き、鼓膜を伝わって骨の髄までビリビリと響く。砂煙が殺到し視界を奪う。
「チッ、奴め。・・・中隊の残存戦力はおよそ6割だ!射撃部隊は下がり、本隊は前へ!私も出る」
『了解、ですが中隊長、近接部隊は壊滅状態です。副長はロスト、その他も大破し、援護射撃の弾幕により回収は困難を極めます』
「ーー。・・・やむを得ん、捨て置け。近接部隊には私が赴く。指揮は戦隊小隊長に任せる。・・・長期戦になろうが、何としてもここで奴を仕留める」
『了解しました。武運を』
ザッ、という音ともに無線が途切れ、同時に、
「ーーーー私も卿と同じ偽善者だ。身勝手な理論で敵を駆逐する点は、卿との共通点とも言えるな」
ーーーーーーーーそう言い残し、隊長機は砂煙立ち上る戦場に突貫した。
「・・・、っそ・・・・ッ」
自分も戦陣に駆け出そうとしたところで、イオトは奥歯を噛み締めて一歩を堪える。
ーーーーイオト。
「・・・畜生、畜生畜生、畜生ッ・・・!」
銀髪の少女の呟きを思い出し、踏み出そうと思った足を戻し、イオトは逆方向へ走り出した。
ここから離れろ。足を止めるな。だって足を止めたら、二度と走れなくなる。ーー走れ。
背後からは、戦場の喧騒と轟音、戦禍と殺戮の気配が押し寄せ、亡霊のようにこころを蝕む。
耐えろ。耳を塞げ。走らなければ、彼女に顔向けができない。
「畜、生・・・」
イオトはエソローの愛車に飛び乗り、エンジンを再始動。後ろ髪を引かれる思いを振り切り、走り去った。
ーーーその後、『オスティム』がシザの残骸の自爆によって内側から崩れ落ちたことを、イオトは知らない。
3
走った。イオトは砂を撒き散らし走った。スロットルを全開にして走った。走った。走った。
ーーーどのくらい走っただろうか。数々の村を越え、エソローの愛車の燃料が尽きる寸前まで砂漠を疾走し、たどり着いた先は目も疑う光景だった。
廃墟と化した、数多の巨大な建造物が、水に沈んでいる。超巨大な水溜まりに都市が浸かり、人の気配はない。硝煙のいろをした建造物に絡み付く蔦が、長い長い年月の経過を物語っている。
あれは、道路だろうか。支柱に支えられた巨大な幹線道路が、ビルディングの間を縫うように走っている。道路の脇にある緑色の看板には、『一之橋』と書かれていた。恐らくこの辺りの地名だろう。
かつては大都会だったらしい。透き通った水面の下には、入りくんだ幹線道路が敷き詰められている。もしかしたら、燃料もあるかもしれない。
ところで。
「・・・今まで『遺骨』だの言ってきたけど、こいつにも名前をつけなきゃな」
エソロー爺の愛車のボディを軽く叩きながらぼやいた。
さて、何にしたものか。出来るだけカッコいい物がいい。
「ーーーーーーレヴァトノフ」
よし、しっくりしたものが見えた。こいつを『レヴァトノフ』と呼ぶことにしよう。イオトはそう決めた。
さて、いい名前も決まったことだしと、燃料を探し始めようとしたとき、背後から足音が近付いてきた。
「ーーあれ?お兄さん、何してるの?」
警戒したイオトは、返った可憐な声に振り返る。
見た目は十二歳前後の、帽子を被りタイツをはいた、銀髪を二つお下げにした少女が、重そうなバックパックを背負い立っていた。
ーー首を傾げる少女の容姿は、どこか「彼女」を連想させる物だった。
- 八話 ( No.9 )
- 日時: 2019/10/08 18:51
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=1249&page=1
イラスト描きました。上のリンクからどうぞ。
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「ーーあれ?お兄さん、何してるの?」
自分より背の低い、可憐な少女に見つめられ、イオトは今の状況を整理しようと努めた。
粉雪の肌を、芥子色の砂漠仕様のジャケットに包み、同じ色の平らな軍帽の下から流れ出る、簓の銀髪を二つお下げにした少女。髪の色と同じぎんいろの丸い瞳に見つめられ、イオトは既視感のようなものを覚えた。
————そう、シザに似ているのだ。
年齢的にも(正直アンドロイドに年齢という言葉を使っていいか甚だ疑問ではあるが)この少女の方が下に見えるけれど、髪型や顔貌はシザを少し幼くした印象だ。
まるでーーーそう、妹のような。
「あ・・・えぇっと、君アンドロイドだよね?」
思い切って声を掛ける。傍から見てみればいきなり過ぎる話の振り方であったろうが、もうこの際どうでもいいとイオトは思った。
少女は、此方の問いにしばらくキョトンとしていたが、次の瞬間ぱぁっと表情を明るくした。
「うん・・・・じゃなくて、はい。私はUZF製探査管制型アンドロイド、東部戦線第三十六期ロザリオ大隊所属観察・管制補佐及び索敵機、〈M-47mp5〉だよ!」
「・・・。」
自己紹介には違いないのだろうが、言っている内容が完全に硬派すぎて声音ほど明るい印象をイメージしづらかった。沈黙していると、少女ーーM-47がイオトの周りをちょろちょろと動いて、イオトを観察する。僅かに困惑しているイオトの顔を、下から覗き込むように見て、M-47は瞳孔を細める。まるで、動き回る鼠を前にした猫の如く、その白銀の双眸は爛々と輝いていた。
「お兄さんは?」
「え、?」
「私が名乗ったんだから、お兄さんも名乗らなきゃダメ!これ、シャカイジンのジョーシキ!」
小さな体をぶんぶんと振り回す少女に何か釈然としないものを感じつつ、イオトは名乗る。
「ごめんごめん。オレはイオトだよ。・・・あ、えーと、何て呼べばいい?」
「?フツーに、M-47でいいよ?」
・・・それはそうなのだが。
何故か、機体番号にはとっつきにくい。その上イオトは、機体番号の響きに何か隔たりを感じるのだ。
そういえば、シザの時もそうだったろうか。
「・・・お兄さん?」
「———。何でもないよ。じゃあ、ニックネームで呼んでもいいかな」
少女がこくりと頷くのを尻目に、イオトは脳内辞書の全ページを参照しニックネームを考えた。
———。
—————。————。・・・結局、前と同じ感じになった。
「シーナ、なんてどうかな」
もうマンネリ化が止まらないと心の中で苦笑いする。イオトの語彙力など所詮こんなものだ。
「————」
しかし、機巧少女は唐突に黙り込む。今のイオトの発言を己の内に溜め込み、内容を吟味しているーーーそんな印象を受けた。
「あ・・・の、」
「—————お兄さん」
語調を僅かに変えたシーナが問うてくるのを、(語調を変えたのを辛うじて耳で拾いながら)イオトは思わず少し、背筋を正した。
「な、なに?」
「お姉ちゃんに、会ったことある?」
・・・・・はい?
「お姉ちゃん・・・君は、その・・・姉妹なの?」
訳が分からない。肉親のいないアンドロイドに、「姉」や「妹」といった概念が果たして存在するのだろうか。それとも、そういう新型のアンドロイドがあるのだろうか。無理解に不可思議な証言が重なり、意識が刹那、漂白される。
「————。あ、ごめん。そういうソンザイの人がいるってだけ」
「———そう、なんだ・・・」
「よく、お世話をしてくれてね。だからお姉ちゃんみたいなひと」
「お世話」
「そう。優しくて、そっけないけど」
懸念は、こちらを察したシーナによって砕かれたが、イオトは少し心苦しかった。
———彼女の発言から、彼女に肉親がいないことーー己が唯の、機構人形であることを自ら告白させてしまったのだと、そう思って。
その空しい思考を噛み殺し、それを塗りつぶすように問うた。
「————、何でオレが、君のお姉さんに会ったんだって思ったの?」
「だってお兄さん、私を『見て』ないもん」
——っ!!
瞬間、イオトは心臓を掴まれたような錯覚に襲われる。その発言はつまり、イオトがシーナに『別の誰か』を重ねて見ていたことを示唆する。
絶対に、「彼女」の姿を重ねていけないと———少なくとも目の前の少女には悟られたりしまいと、そう思っていたのに。
鼻白み、一歩後ろに下がる。柔和な外見からは決して想像できない、鋭い観察能力に畏怖に近い念を抱きながら。
シーナは苦笑した。
「これくらい解らなきゃ、カンセイホサなんてできないよ」
もしかすると、先の会話の中でのイオトの逡巡は全て見抜かれていたのかもしれない。
そのことが酷く、情けなかった。思わず、唇を噛む。
「・・・その、お姉さんの名前は」
感情が軋み、変な声が出た。シーナは、気付かないふりをしてくれた。
そのことに感謝しつつ、イオトは想像を絶する言葉をーー否、何となく察していたのかもしれない。
ただ、シーナは自らの姉の名を一言だけ。
「M-43GL2」