複雑・ファジー小説

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JKに幸あれ
日時: 2019/09/05 21:34
名前: 耳 (ID: RO./bkAh)

フィクションです。

Re: JKに幸あれ ( No.1 )
日時: 2019/09/05 21:57
名前: 耳 (ID: RO./bkAh)

炎天下の中、狹野葵はプラスチックのメガホンを首から下げていた。タオルと帽子がそれぞれの役目を成していない。グラウンドを挟んで向かい側からは吹奏楽と、野太い声と甲高い声が交互に聞こえてくる。相手チームが攻撃をしている間は、葵たちは座らなければならないらしい。

「よっしゃああああ」
「ナイピーー」

そう言って席から立ち上がるスタンドにいる野球部員と、熱が籠る女子たち。葵の体力は限界を迎えていた。葵は仕方なく両手に一つずつ、白と青のメガホンを持ち、それをぶつけてみんなのように音を出していた。何せ8月の半ばである。快晴に加え、珍しく風が吹かないため、吸った空気が熱いままである。立っているだけで体力が暑さに持っていかれる。辺りは当然うるさいし、何を持って今喜んでいるのか分からない。吹奏楽もただ頭にガンガン響いて来るだけで、後ろから無数の生徒の声鳴り止まない。

「甲子園3年ぶりの登場、…高校です!」

アルプススタンドを回るリポーターがこちらに近づいてきた。葵は辛さから顔を顰めた上に、汗をかいている。ろくに声も出さず、だるそうで早く帰りたいと言った表情をしている。カメラマンは目の前を通過しながらも明らかに葵の方を向いている。カメラマンは葵の透き通った茶色の目と、斜めから見たときの顔の可憐さに魅了されたのだろう。

「…いっぱぁーつ…」

葵も些細な声を上げると、打線に火がつき、スタンドも勢いでメガホンを振り回していた。葵は胸の前で前後に軽く振るだけである。

Re: JKに幸あれ ( No.2 )
日時: 2019/09/06 21:40
名前: 耳 (ID: RO./bkAh)

トイレ行こう、葵は席を立つとスタンドの階段を力なく上がっていった。トイレを探して売店や自販機が並ぶ通路をうろつく。それに加え人混みのせいで、日陰であるはずなのに熱気が抜けない。葵は下る階段を見つけそこで1人で休もうとした。傍から見れば立派な熱中症である。尋常ではない汗と貧血に似た体のふらつきと嘔吐を催す気持ち悪さ、飲み物を買い忘れてしまった。人混みから抜け出し、通路の脇に出て壁にもたれかかっていた。そのうち立っている力が失せ、ゆっくりと尻を床に近づけて行った。壁ひんやりしてて気持ちいい…急に眠気のような気だるさに襲われた葵は目を閉じた。

「…か、……か?」


誰かに肩を揺さぶられている。葵は気を失いかけていたが、少し持ち直した気がした。

「え?」
「救護室行きましょ」

所詮、高校生の部活の大会なら救護室か看護の先生はいるはずだ。そう思い、葵の肩を譲った。細くて白い肌には無数の汗をかいていて、体を起こそうにも後ろに項垂れている。

「すんません」

葵を半ば無理やり抱き上げ、膝の裏に手をかけ、腰の当たりを一気に持ち上げた。軽いな…そう思ったが、今はそれどころではない。階段を降りて、入口に向かう。チケット販売のために窓口に座るスタッフに声をかけた。

「熱中症です、救急車呼んでください」
「わ、わかりました」

窓口のスタッフは席を立ち、慌てて本部に連絡をした。

「葵、もうちょい頑張れ」

葵と同様、ジャージ姿の彼にも汗が滲んでいた。

Re: JKに幸あれ ( No.3 )
日時: 2019/09/07 04:00
名前: 耳 (ID: RO./bkAh)

目が覚めると真っ白な天井と、仕切りのカーテンが目に入ってきた。体をゆっくり起こそうとすると、右手に違和感を感じた。点滴を受けている。パジャマに着替え刺せられているし、父親がベッドの脇の椅子に座っている。

「あぁ目が覚めた、葵ごめんなぁ」

もうすぐ50歳だと言うのに、体がごつい。多少腹の肉が気になるものの、まだそこそこ締まっている。葵には似ずに地黒だがハッキリとした目元が娘にそっくりの白髪ふさふさの親父である。この厳つい父親は葵の姿を見るなり体を丸めている。

「父さんが、葵に来てほしいっていうから無理させたな」

父親は単純にかわいい娘と挨拶に回りたかったのだ。何せ父親はプロ球団を運営する会社の役員で、試合観戦も一種の立派な公務である。今日は葵の通う高校が試合ということで、葵たち一般生徒はわざわざバスでやってきた。2回戦から全校応援である。

「別に野球興味無いのに、行けって言われて来たらこのザマだし。なんなの?」
「ごめんなぁ…父さんから学校の先生に言うから」

葵の言うことに無理はないが、言い方がキツいので、父親はたじたじになっている。この厳つい見た目が台無しである。

「狹野、大丈夫か」

葵たちを引率していた学校の先生がやってきた。こいつらが私を兵庫まで連れてきた、許さない、とばかりに葵は一向に教師と目を合わせようとしない。

「すみません、うちの娘が…」
「はぁ?迷惑かけたの私じゃないし、生徒の管理ができない新田でしょ」
「新田先生でしょ、葵…」

慣れてますから、と担任の新田は苦笑いをした。葵は見た目から想像出来ない性格を持ち合わせている。そのうち、友人がやってきた。

「葵ー、まじ心配したよ」

立川礼子の数少ない友人の1人である。礼子は病室に入ってきて、父親と新田に一礼をした。父親は、娘に礼儀正しい友人がいることが嬉しかった。

「あ、葵のこと助けてくれた人にお礼したら?」
「…誰か覚えてないんだよね」
「この人でしょ?」

病室を背景に、礼子とうちの学校の生徒ではない男子高校生が微妙な距離感で写真に写っている。礼子は何故かピース、男子高校生は180センチくらいの身長で前髪はあるが長髪ではない。そして葵は寝ている。

「人が病室で気失ってるときに何してんの」
「イケメンだから撮ってもらった」

礼子はそういう奴である。

「幹太だ、これ」
「え?知り合いなの?」

見覚えがあった。島田幹太、葵の小、中学の同級生である。いつも飄々としていて、何を考えているか分からない人間である。女子から人気があったが、葵はいつも幹太にちょっかいをかけられていて幹太のことがあまり好きではなかった。葵はため息をついた。まじ最悪。

「元同級生」
「LINEしなよわ」
「持ってない、てか絶対教えたくなかったから教えてない」
「こんなイケメンと出会える確率低いよ?幹太くん葵に譲るから頑張りなよ」
「いや、別にそういう目で見てるわけじゃないし」
「新田せんせー、葵ちゃんと幹太くんにお礼すべきですよね?」
「あっ、あぁまぁ」

この、意思弱めな担任はただ頷くだけなので、心底頼りないと2人は思った。

Re: JKに幸あれ ( No.4 )
日時: 2019/09/16 23:10
名前: 耳 (ID: RO./bkAh)

古河龍貴は今日のヒーローである。ヒーローインタビューとアップを終え、荷物を抱え一列で出口に向かうと、沢山の人が列の横で待ち構えていた。みんなスマホを翳しているが、当の部員たちは険しい顔でバスに向かう。古河は一際、体がデカい訳でもなくて(180くらい)、特に攻守に特別定評があるわけではなかった。「あ、こいつ打つ奴だよな」ぐらいである。5番打者でセンター、顔のいかつさと声のでかさはピカイチらしい(チームメイト談)。

「はい、おつかれさん」

バスで10分、宿舎に戻り部員たちは食事をする小ホールに集まった。監督はいつもの様に見た目はのほほんとしている。52歳でやさしそうなおっさんだが、テキパキ喋るので言葉に若干の刺がある。皆は揃って一礼した。ミーティングを終えると、古河は相部屋の田沢純と部屋でゴロゴロしていた。

「まじ今日よかったわ」
「おーう」

古河はシャワーを浴びたあとでパンツ一丁でベッドに寝っ転がっている。

「寝たし…」

夕食の時間に遅れては明日は恐らく試合に出れないので、田沢は仕方なく起きていることにした。2人は携帯のアラームが全く聞こえないのだ。田沢はぼんやりとテレビを見たり、ゲームをしたりと寝ないように頑張っている。あ、LINEきた。田沢がトーク画面を開くと、クラスグルだった。

『葵と私いませーん

人数の把握よろしくお願いします』

どーゆー意味だろ。とりあえず田沢は何か分からなかったが、携帯ゲームに勤しんでいた。古河は静かに寝息を立てている。

Re: JKに幸あれ ( No.5 )
日時: 2019/09/27 22:20
名前: 耳 (ID: RO./bkAh)

点滴が終わって、薬を貰うと病院を出た。

「ねー、私までいいの?」
「いいんじゃない」

なんと葵の父親が葵と礼子に別にホテルを取ってくれたのだ。なんせ学校の宿泊所からは病院が遠いので、わざわざ街中に聳えるホテルを急遽予約したらしい。2人とも制服にリュックを背負った姿で、ホテルのフロントに向かった。

「狹野です」

葵は自分の苗字だけ言うと、受付の女性から住所と電話番号を書くようにだけ頼まれた。そして礼子にもキーが手渡され、2人は17階までエレベーターに乗った。

「あぁ下着と私服持って来ればよかった。一応ママからお金貰ってきたんだけど、使っちゃおうかな」
「後で買いに行く?」
「いいね!まだ7時だし」

2人は別々の部屋だが、葵が部屋に着くなり礼子がやって来た。葵はとりあえずいつも飲んでいる貧血のための薬と、病院でもらった整腸剤やらミネラルだか3錠を飲んだ。まだ体にだるさは残っているが、体に食べものを入れた方がいいと思った。軽くシャワーを浴びて新しいシャツを着て、また制服のスカートを履いた。

「行ける?」

葵は頷くと、2人はホテルを出た。


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