複雑・ファジー小説
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- 迷い込んだ。異世界へ
- 日時: 2020/08/10 11:05
- 名前: 水音(みおと) (ID: GLKB1AEG)
無知な少女の物語。
大切なモノを助ける為。
彼女は自ら迷い込んだ。
ーー否、もしかしたら自分自身の為かもしれない。
第1話 『約束は死』
>>01-04
第2話 『町と幼なじみ』
>>05-10
第3話 『黒く明るい海の街』
>>11-14
第4話 『ボクの宝物』
>>15-19
第5話 『閉められた鳥籠』
>>20-23
- Re: 迷い込んだ。異世界へ ( No.22 )
- 日時: 2020/07/11 16:33
- 名前: 水音(みおと) (ID: GLKB1AEG)
「いやぁ、さっきのレイちゃん可愛かったなぁ♪」
幸そうにニコニコしてスキップしている
お姉ちゃんに手を引かれるレイは顔を赤らめ
「忘れて、下さい………!」と言った。
そんなレイを眺めてより満足するお姉ちゃん。
「あーんなことするから、ご飯冷めちゃったかも」
口を尖らせてレイをみやるお姉ちゃん。
レイはその顔を見てハッとし、だんだんと青ざめていった。
「あ、ごめんなさい。僕のせいで。折角のご飯を」
「ああ!責めるつもりじゃなかったの!
ただちょっと、ちょぉっとだけだよ!からかってみたかった、
…………ん、です。」
しゅんと羽を下げて悲しみながらレイの顔を覗きこむ。
その顔が愛しくて眉を下げながらレイは笑った。
「えっ、レイちゃ……ボクに、笑っ、た」
顔がどんどん赤くなって煙でもでるのではないかと
思うくらいに熱くなった。
すると下を見てぶつぶつと呟き始めた。
「でも、……ちゃ………もう………モノだか……
この………レ…………自体………の…から!」
ばっと顔を上げじっとりとレイを見た。
「慣れていかないとね!レイちゃん!」
「?うん……」
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「レイちゃん。嫌いな食べ物ってある?
一応大体把握してるつもりなんだけど、記録漏らしあるかもだし」
「大丈夫です。嫌いでも食べる事は出来ますので。」
少し背の高いお姉ちゃんを見てはっきりとそう告げた。
「そっか、ボクは嫌いで一口も食べられない物、
いーっぱいあるから、レイちゃんにあげちゃおっかな?」
「自分の物はきちんと最後まで残さず食べないと
ダメです……………。」
「はーい」とクスクス笑いながら歩く。
ふと、空を見たいなと
なんの前触れもなく思った。
きっとお姉ちゃんはもう脱走しないように
外には出さないだろう。
しかも寝室にもこれだけ歩いても、
窓なんて1つもなかったのだ。
時間は時計を見なければわからない。
それにデジタルの時計ではないので、
午前か午後かすらもレイにはわからない。
いつか名前も知らぬ天使から信頼を得て、
外に出られるように今は我慢して、媚びを売る。
「レイちゃん、ここがリビングだよ。入って〜」
「は、はい。お邪魔します。」
この天使には絶対勝てないから少し怖い。
力が強いし、捕まれると抵抗なんて出来やしない。
足の速さはわからないけれど、飛んでしまえば
僕なんてすぐに捕まる。
…………。
……………。
………………。
羽を使えなくしてしまえば?
「なぁに考えてるの?考えるなんて
ボクのことだけで良いんだよ?」
「考えてたのは、お姉ちゃんのことです。」
「……!嬉しいよぉ!何考えてたのぉ?!」
表情がコロコロ変わるお姉ちゃん。
可愛い。
けど、今のあなたは大っ嫌い。
「お姉ちゃんの腰に生えてるふわふわ、
触ってみたいなって……」
「いいよぉ、ご飯食べて、朝の準備して、
お着替えさせてくれたら、触らせてあげるー!」
……自分のやりたいことはちゃんとやらせる。
そういう所はきちっとしてるんだぁ。
………さっきの『今のあなたは』って。
何だろう?この人には会って数日間くらいしか経ってないし、
今のお姉ちゃんしか知らないはず。なのに。
なんで?
「でもね、今はなんにも考えないで、
ご飯を一緒においしく食べようよ。ね?」
「わかりました」
すとんと椅子に座って準備されたご飯を食べ始める。
お姉ちゃんも座ってちょくちょくレイを眺めながら
ご飯を食べる。
嫌いな食べ物を無言で僕のお皿に避けた時は軽く
睨んだけども「美味しく食べてもらった方が
お野菜さんも嬉しいよ」と言われて渋々避けられたものも食べた。
それと「お野菜さんって何ですか。子供扱いしないで下さい。」
と言ったら、お姉ちゃんは「今度から気を付けます」と言って
しあわせそうに笑った。
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- Re: 迷い込んだ。異世界へ ( No.23 )
- 日時: 2020/07/19 16:37
- 名前: 水音(みおと) (ID: GLKB1AEG)
お姉ちゃんとの生活が始まって早数ヶ月。
……確かな情報なんてものじゃないが、お姉ちゃんに
本とペンを貰って日記を書いている。
まあ、毎日レイが寝ている間に
レイにバレないようにこっそり見てるらしいが
そんなの3日でレイに見つかった。
点検されているから変な事はかけないし、
脱走を企てていることもバレてはいけない。
「んーと」
日記に書く内容を悩んでいるとお姉ちゃんが
後ろから抱きついてきた。
胸が当たってるんだよなぁ。
はあ、何でそんなに大きいのか知りたいですね。
僕の方がご飯をちゃんと食べてるのに。
どこからくるんだその養分。
「暑いです。お姉ちゃん。」
「うんうん、暖かいねえ〜」
ますます話を聴いてくれなくなった。
前は「ごめんね」とか言いながら止めてくれたのに。
求められている気がして悪い気はしないけど。
正直面倒くさい。
レイがお姉ちゃんに反論しようと思い
お姉ちゃんの方向を見上げようとする。
「ん、お姉ちゃん」
「なぁに、ちゅーする?」
お姉ちゃんのレイを抱き締める力が緩くなる。
「しません。」
お姉ちゃんの今の目標はレイからキスしてもらう事、
らしい。
命令して嫌々やったとかではなく、
レイから自主的にキスをさせるのが目標!と先週言っていた。
キスなんて、好意を持っている訳でも
家族でもないのに。
お姉ちゃんはレイにとって、誘拐犯。なのに。
何を………ほざいているのだろう。
「何書いてたの?見せて〜」
こっそり見ていたのに、今では堂々と見に来る。
寧ろ、一緒に書いていると言っても過言ではない。
「出来れば見せたくないんですが………。
お姉ちゃんの日記も一度くらい見せて下さいよ」
「だぁ〜め。お姉ちゃんの仕事には外部に漏らしちゃいけない
情報もあるの。その事についてボクの意見とかが
書いてあるから見せちゃいけないんだ。
…………見られたくない事も書いてるしね?」
お姉ちゃんの人差し指をレイの唇に当てられて
言われた。
「じゃあ寝室の引き出しに仕事の物だと思われる書類が
入っていたのですが。良いんですか?」
「えー、レイちゃん。あの文字読める?
読めるなら仕事場だけで全部消化してくるよ?」
お姉ちゃんの指が離されそのままお姉ちゃんの唇に
たどり着く右手の人差し指。
間接キスだ、なんて考えてしまったのは
レイもお姉ちゃんに毒されて来たからかもしれない。
「読め、ません………けど。
誰かにここに立ち入られて盗まれるって事になっても
僕は知りませんからね?」
お姉ちゃんの目からは光が消え
口角は少しだけ降りた。
その表情に背中が冷たくなった。
「ないよ。そんな事。
…………あったら、許さない。」
壊される、そう感じた。
すると表情が明るくなってにぱぁっと笑った。
「それに!レイちゃん、そんなこと言って、
盗まないでって抵抗してくれるでしょう?」
「…………はい。もちろん、です」
お姉ちゃんは少し目を逸らし考えるような仕草を
した後、苦しそうに笑った。
「でも、その時は絶対見つかんないように隠れてて。
レイちゃんの目に映る生物はボクだけで良いから。」
今度は何も言わずにコクンと頷いた。
笑いかたが、苦しみ方が、依存させ方が。
どうにも懐かしく思えてしまう。
「今日はもう、寝よっか。」
「あ、待って下さい。最後の文だけ、
書かせてください。」
「ん」
『レイ 125日目』
と書いてぽすんと日記を閉じた。
レイと書いたのは覚えていた名前をもしも忘れて
しまった時に思い出すため。
お姉ちゃんの方に振り替えって
共にベットに入る。
「ん、おやすみなさいのちゅー。
こっち向いて?」
「はい。…………おやすみなさい」
額にキスをさせてから枕に頭を沈める。
「おやすみ。良い夢を。」
前髪をすっと撫でられ目を閉じる。
ぎしっとベットに音を鳴らしながら入るお姉ちゃん。
肩まで布団がかかって温もりを感じる。
背中にぺったりくっついた温もりですうっと眠りに落ちる。
いっつもこうしていたような気がする。
この世界に突っ立っていたときから大体8年と4ヶ月。
4ヶ月前まではこんなことしていなかったのに。
なんでだろう?
『いつか、いつかだよ。今じゃないけど。
思い出してね!*ちゃん!』
考える事は出来なかった。
「すぅ………すぅ………」
「もう寝たの?早いねぇ」
小声でそっと呟かれたその声だって聞こえやしなかった。
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- Re: 迷い込んだ。異世界へ ( No.24 )
- 日時: 2020/08/07 00:36
- 名前: 水音(みおと) (ID: GLKB1AEG)
「ねえ*ちゃん!ボクのことお姉ちゃんって呼んでみて!」
「は?何急に、頭、どっかぶつけた?」
会話がするすると進んでいく。
幸せだったあの頃はもう戻ってこない。
………なんてわかっている筈なのに。
「違うよぉ〜、ただ恥ずかしがりながら言ってくれるかなぁって
思ったの!でも言ってくれないんじゃあ今日の実験、
頑張ったのn」
*の言葉に被せて*は言った。
もうヤケクソだった。
「頑張ったね!………お姉ちゃん…おい、で?」
あたしは*を見ずに少しだけ腕を広げた。
彼女の反応は見えなかった。
だから、より、恥ずかしくなった。
こんなの*の思うつぼじゃないかと思い、
少しだけ自分に腹が立ったのは内緒だ。
「*っ、*ちゃ〜ん!」
*は走ってあたしに飛び付いてきた。
あたしの方が*より背が大きいからあたしの肩の上から
手を回されると少しだけ屈まなきゃいけないから、
苦しいんだけど。
「暑いんだけど……?退いてくれない?」
「ん〜?寒くないって良いことじゃない?
ほら、あったかいでしょ〜?」
ムッとしたがならあたしも*を暑くしてやろう
と思い*の背中に手を回した。
「ひぅっ?!」
ぴくっと肩が跳ねて驚いたように見えた。
「んっ、やめて?こしょこしょされるの嫌なんだけどぉ〜」
「あたしにはする癖に………自分が嫌なことは他人にやっちゃダメって
研究員さんに言われなかったっけ〜?」
によによしながら続けていると背中に回されていた手が
あたしの肩に置かれていた。
そしてぐっと力を入れられ引き離され、
二人とも数秒間何もせず見あった。
「それは特大ブーメランじゃぁ!」
と言いながら飛び付いてきた。
笑い合いながら二人ではしゃいでいた。
『ガチャ』
ドアが開いた音がした途端二人はピタリと停止した。
「黙る事は出来ないのか?うるさいぞ。
この部屋の最年長はお前だろ、2006番?」
「………はい。申し訳ございません。
これ以上ご迷惑を研究員の皆様におかけしないよう心掛けます。」
手を横に曲げることなくピシッっと伸ばし、
目に光が一切ない外行きの笑顔を張り付け、
綺麗にお辞儀をした。
でも*は最年長ではない筈だ。
たしか**とか言う根暗で綺麗な瞳を持つ青年だったような?
「最初からそうしろ。学ばない奴らが」
フンッと最後に吐き捨てドアの鍵をカチャリとしめ出ていった。
「……ごめぅ、*、ごめん……」
ペタンと腰を落として呟いた。
「なんにも言えなかった……声、出なかった。」
そうぼやく*に彼女は天使のように包んでくれた。
「いいよ。それで良かったの。ありがとう。」
背中を擦りながら慰めてくれた。
研究員は苦手なのだ。
いっつもイライラしていて、隈だらけで、不健康そうで、不清潔で。
口答えすると直ぐ発砲。
抵抗したら直ぐ発砲。
怖いのだ。とっても。
守ってくれる*がいなかったらあたし、絶対生きてない。
少なくとも、この部屋には居ない。
「なぁんにも見なくて良いんだよ。
*〜*ちゃんっ!」
その瞬間僕の視界は黒だけだった。
天国という名の黒い世界。
苦しみがない世界。
「ずうっと、離してあげないからね?愛してるよ」
ヨウチャン?
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「………はぁっ!………はっ………はっ………ふぅ」
夢、か?
「どぉしたのぉ?はぁあぅ……」
「ひぅっ?!」
ぴくっとレイの肩が跳ねた。
よほど驚いたのだろう。
「お、姉ちゃん……?」
「うん。そうだよ、レイちゃんのお姉ちゃんだよ。
大丈夫、ちゃんとここにいるよ?いいんだよ、レイちゃんは
何にも悪いことしてないよ。ほら、一緒に寝よっか?」
何かを察したお姉ちゃんは背中を擦りながら慰めてくれた。
そしてレイは甘い匂いを嗅いだ後、
倒れるように眠った。
「今は違う。まだ準備があるんだから。ふざけないで。」
「じゅ………び…?」
頭が枕に沈んでいくレイは意識が絶えそうになる時に
お姉ちゃんに質問した。
するとお姉ちゃんはレイの前髪を撫でた。
「うん、お仕事の話だよ。気にしないで?」
「ん………」
おやすみ、レイちゃん。
ボクだけの可愛い可愛い、何にも知らないレイちゃん。
おやすみ、今の事は忘れさせてあげる。
甘い匂いが一層濃くなった。
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- Re: 迷い込んだ。異世界へ ( No.25 )
- 日時: 2020/08/10 23:21
- 名前: 水音(みおと) (ID: GLKB1AEG)
あれから変な夢を見るようになった。
その夢の内容等は一切覚えてなくて、変な夢を見た
という事しか覚えていない。
幸せな夢だったのだろうか?
人は嫌な出来事よりも幸せな出来事の方が早く忘れてしまうと
聞いたことがある気がする。
悪夢だったのだろうか?
僕の脳がこれは危険だと判断して忘れさせたのだろうか?
お姉ちゃんに何か寝ぼけて変な事を言っていなかったか
と質問したが「ごめん、覚えてないや」の一点張り。
その後には決まって話を逸らされる。
「ううん、お姉ちゃんは何も悪くない筈。
只、僕が知りたかったから」
ふと時計を見ると11時をまわっていた。
「あ!洗濯物畳まなきゃ!」
お姉ちゃんに暇になってしまうから何かしら遊ぶ物と仕事を
頂戴と言ったらくれた仕事のひとつだった。
12時までに洗濯物畳むのがいつの間にかルーティーンに
なっていた筈なのに忘れてしまうなんて。
そんなに夢の事が気になるのだろうか。
……。
…………。
………………。
考えてても仕方ない、かぁ……。
「ジ、ジジー、ジ」
その電子音を聞いた瞬間はっと我にかえった。
各部屋には音声を拾う監視カメラが設置されている。
下手なことは言えない。
(すっかり忘れてた……)
媚でも売っておいた方が良いかな?
でも今はさすがにわざとらしくなりそうだし。
カメラが動いたって事はお姉ちゃんが見てるってことでしょ?
手でも振っておくか……。
反応は勿論かえってこないけど。
かえってきた方が怖いから来なくても良い。
するとカメラが横に振られた。
右、左、右と繰り返された。
(反応、かえってきちゃった)なんて思いながら
クスクス笑った。
時計を見ると12時すぎだったので立ち上がり、ご飯を
用意するためキッチンに行く。
地下と思われるこの階は外に行くドア以外はどこでも行って
良いと言われてあるから、寝室でもリビングでもトイレでも
どこでも行けるんだけど。
カメラがあるから1階に続くドア付近は勝手に行ってはいけない。
行くとしたら、お帰りなさいって言うときか、
いってらっしゃいって言うときかのどっちかだ。
キッチンの上にあるカメラを見上げ、
じいっと見つめた。
「今日は、早く帰ってきて。お願い」
不安なのだ。夢の事もだが。
どうしても、独りぼっちの時間が早く終わってほしくて。
不安定な状況を作った誘拐犯でもいいから、そばにいて。
藁にもすがる思いで願った。
「えっと、今日のご飯はどうしよっかな?」
両手で頬をぱちんと叩き切り換える。
口角を上げて肩を1度上下させる。
鼻歌を歌いながら思う。
(多分、早く帰ってきて欲しいのは、媚びとかじゃなくて。
ただ独りが嫌なんだろうなぁ)と我ながら思ったりした。
………声には絶対出さないけど。
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- Re: 迷い込んだ。異世界へ ( No.26 )
- 日時: 2020/09/06 11:23
- 名前: 水音(みおと) (ID: GLKB1AEG)
「………」
外に行くドアの前でうずくまってお姉ちゃんを
もうかれこれ二時間程待っているのだが。
(ぜんっぜん帰ってこない。)
早く帰ってきてってお昼に言ったのに、
聞いてなかったかもだからあんまり怒りたくないけど。
やだ。
お姉ちゃんに何かあって、お姉ちゃんが数日間帰って
こなかったら、今ある食材で生活は何日できるだろう。
もし数ヶ月っていう単位だったら水とか
止められたりしないだろうか。
お姉ちゃん以外の誰かが入ってきたら僕は、
僕は、どうしたら。どうやって対処したら良い?
夜だってもう一人じゃ眠れないと思うし。
「早く帰ってきてよぉ………」
考えているとどんどん暗い気持ちになってきて、
目が潤んでいく。
『ピー、ピー』
音がした瞬間顔を上げた。
玄関前に重さがかかると音がなるようにしたらしい。
「これが聞こえたら隠れてね。」ってお姉ちゃんが真剣そうに言っていた。
ガタッと覚束ない足で立ち上がった。
廊下を走って寝室に向かう。
途中で転びそうになったけれど急いで足に力を入れる。
寝室のドアを開けてすぐさま閉める。
クローゼットに入って閉めて、クローゼットの中の隅で
小さくなる。
「さっさと帰ってッ!……てってつってるでしょ!!」
お姉ちゃんの叫び声が聴こえた。
なんで。お姉ちゃんと僕以外にこの家に誰かいるの?
上からどすっと鈍い音がした。
涙が溜まっている。動いたら溢れそうな程大きくなっている。
口論が上からずっと聞こえてくる。
苦しい。
消えてしまえ。
誰だよ。
僕の大切な子を、
傷つける奴は。
「……あ”………う”ぐ。ひっ……」
頭が痛い。
ナイフで頭を抉られているような。
頭の中で「ぐじゅ、ぐぢぁ」という水音が響いて
あたしの頭を支配する。
「いなくなれ」
そう呟くと鈍い音も口論する叫び声も何もかもが
聞こえなくなっていた。
お姉ちゃんは。
隠れてて言われたから、まだお姉ちゃんに
あたしの名前が呼ばれてないからまだ、出ていっちゃダメ。
外に続くドアが開く音がした。
胸が苦しい。
お姉ちゃんだったらなりふり構わず迎えに言って、
泣きついてやりたい。
でもお姉ちゃん以外だったら、怖い。
ふーっ、ふーっと呼吸を整えようとする。
胸がぎゅうっと締め付けられて痛いから。
「レイ、レイちゃん、どこぉ?お願い、出て来て」
お姉ちゃんの声だ。とてつもなく震えている。
足を立つために崩した。手をついて立ち上がろうとする。
が、足が、体が、動かなかった。
「お姉ちゃん………あたし、ここに、いる」
力を振り絞って声を出す。
随分とお姉ちゃんの寝起きのようなふにゃふにゃした声だった。
「怜。ごめん、なさい……動けない。助け……て」
キィーンと耳鳴りが大きくなって
貴方の声をかき消す。
「…?!………うちゃ…?」
クローゼットの外から声がする。
あ、この扉を隔てたその向こうにいる。
会いたい。目を合わせたい。話したい。
泣きたい。笑いたい。
触れたい。
声がする方へ手を伸ばそうとする。
すると体を支えていた左手が滑って、
べたんっと大きな音がする。
刹那、扉が開きあたしの視界に光が飛び込んだ。
「陽ちゃ……?大丈夫?!怪我は?痛いところは?」
「ない……、お姉ちゃんこそ大丈夫ですか?怪我は?」
お姉ちゃんはほっとしたように笑って首を横に振る。
溜まっていた涙がほろりと落ちて
地獄なんて知らないというように綺麗な水玉模様を描いた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん……手を貸してくれませんか?
腰、抜かしちゃったみたいで。」
と、レイは困ったように笑う。
そんなレイを見て彼女は悲しそうに眉間を寄せた。
お姉ちゃんの手を借りてゆっくり立ち上がる。
レイはレイより背が高いお姉ちゃんの肩の上から手を回した。
「んっ!?」
お姉ちゃんはびっくりしたようだが反射でレイを抱きしめた。
「やっと、捕まえたぁ……!」
怜の視界にはふわりと幸せそうに笑った陽が
ぼんやりと映ったとか映っていないとか。
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