複雑・ファジー小説

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宵と白黒 外伝
日時: 2021/11/05 22:49
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=5662

こちらは、ダーファ板で連載しております『宵と白黒』の外伝になります。
キャラクターたちの過去の話をしたり、完全に蛇足な話をしたりするでしょう。

上記リンクが本編になります。よろしくお願いします。
星がついてるのは本編に関係してくる話です。
たまに消したり書き直したりなどします。


全体の目次

最新話   >>29
頂きもの  >>28
       
■自由と命令 ☆
 蓮の過去の話。
>>17

■雨が降っていてくれて良かった
 ヨモツカミさん主催のみんなでつくる短編集にて投稿したものです。
>>18

■白と黒   ☆
 シュゼの髪が長かった頃の話。
>>19-23

■青の暗示と優しい嘘は。 ☆
 ブランが出会った、力の制御が出来ない少女の話。
>>26

■記憶の果てに沈む。
 蓮が初めて華鈴に会った日は、夏祭りの日でした。
 ヨモツカミさん主催のみんなでつくる短編集にて投稿したもの第三弾。
>>27

■来世の話をしよう
 蓮の名前の由来とおかあさんの話。四章まで読んだ後がオススメ(四章までのネタバレを含む)。
>>29

Re: 宵と白黒 外伝〜自由と命令(完結)〜 ( No.18 )
日時: 2020/06/09 13:52
名前: 心 ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

ヨモツカミさんのみんつくにて投稿したものになります。

【雨が降っていてくれて良かった】

 これは、黒髪の少年が色を失うよりも前の話。

 
 雨は先程から降りしきり続けている。いつもは人通りの多い鳥居前町も、出歩いている者なんてほとんどいない。

 いや、此処に例外が一人。パシャパシャと水を蹴散らす音を立てて、緑髪の少女は疾走していた。
 命風神社の宮司候補である、清和華鈴である。

 雨は良い、と華鈴は思う。泣いているのかいないのか、傘をささなければ自分ですら分からない。
 
 父親にひどく叱られて。いつもは意図が分かっているから耐えられる華恋の言葉にすら耐えられなくて。
 また、飛び出して来てしまった。
 そしてまた、逃げてしまう。
 ───蓮の、家へ。



 雨は良い、と蓮は思う。ほんの少し歩く速度を緩めて、蓮は顔を上げる。雨雲の塊が、もう少しで真上にきそうな気がして、蓮は再び速度を上げた。
 歩きながら、蓮は思う。
 雨が降っている時の音が好きだ。人工的な音がなくて静かだと思うけれど、喧騒とも取れる音。

「楓樹叔父さんに頼まれたものは、っと……」

 そんなことを呟きながら、蓮は傘を左手に持ち替える。ポケットに突っ込んである紙を手に取って、パラリと開く。
 魚屋の隣の曲がり角で立ち止まって、ぼんやりと紙を眺めていた時。不意に、誰かの足音が響いた。


 華鈴は魚屋の角を曲がろうとした時、微かに動揺した。泣いている所を見られるのは格好悪い、と思うのは自分だけだろうか。
 少し目元に触れてから、少女は蓮に問いかけた。

「蓮? 何してるの?」

 自分の周りに広がっていた静寂が破られたのを感じて、蓮がフッと顔を上げた。

「華鈴さん…? ちょっと、傘どうしたんですか!?」

 たったっ、と走りよって傘を共有すると、華鈴の目元がほんの少し赤いことに蓮は気付いた。泣いてたのかな。慰めてあげなきゃ、なんて思った蓮は華鈴の顔を見た。

「華鈴さん? 泣いて、」

 その時、びくりと蓮の肩が跳ね上がった。雨が車軸を流すような大雨へ変化したからだ。
 雨粒が軒先を叩く音やら傘を叩く音やらがいきなり大きくなる。
 傘と前髪の影になって見えない目にハッとして、今度は蓮が俯いた。
 このまま続けて言っていたら、華鈴はきっと傷ついていたかもしれない、と。泣いてるのが格好悪いと思ってるのは、自分だけかもしれないけど。

 華鈴は、傘の中で再び鼻の奥がつぅんとしてくるのを堪えていた。傘だと、雨の雫が当たらないから誤魔化せない、と思って。
 不意に大きくなった雨音で何と言おうとしたのかは聞こえなかったのだけど、きっと蓮なら、と思う。

 桶の水を全てひっくり返し終わったかのように、弱まった雨がしとしとと降りおちる。
 二人で一つの傘をさして大通りへ出れば、遥か向こうに見える山の稜線で雲が切れていた。
 そこから強く射し込む西陽は、雨雲との対比が強烈で。

「ねえ蓮、あの光がなんて言うか知ってる?」
「名前があるんですか?」

 水に濡れた髪を揺らして、華鈴は頷いた。

「天使の階段、って言うんだって。綺麗だよな。」
「それって、天使が綺麗だから降りて来る階段も綺麗なんでしょうか。それとも......空が、天使が降りてくるから光をキラキラさせてるのですか?」

 蓮のその曖昧な問いかけに、華鈴は意表を突かれたような顔をした。

「どっちだろうな。でも、私は......空は、人の気持ちを分かってるんじゃないかな、って思うんだ。」
「人の、気持ちを...そうだとしたら、素敵ですね。」

 華鈴は蓮へ振り返った。きょとんとしている彼をちらりと見て、彼女は笑う。笑ったまま華鈴は、自分の言ったことが本当だと良いな、と思いながら傘のそとへ手を差し出した。もうほとんど霧雨に近いものが降っていて、やっぱり空は人の気持ちを分かってるのかな、なんて。
 だったら、また泣きそうになってしまったときは雨が降ってくれる。きっと大丈夫。

 そうして華鈴は思う。
────雨が降っていてくれて良かった。

Re: 宵と白黒 外伝〜自由と命令(完結)〜 ( No.19 )
日時: 2020/06/12 00:37
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 とある休日の昼下がり、ソファに座って本を眺めている幼い少女が1人。
 外の空は快晴で、少し暑すぎるほどだろうか。リビングの右横の窓は開け放たれていて、白いカーテンが風に揺れている。その風で、真っ直ぐ伸ばされた黒髪がふわりと揺れた。
 彼女以外リビングに人はおらず、本のページが捲られる音とカーテンの金具が立てる微かな音しか音がしない。


 唐突に、静寂を踏み破って階段を上る音が響く。びくりと顔をはね上げた少女が、黒髪を揺らして振り向いたと同時に、バタバタと床を蹴る音がした。明朗快活な少女の声が向こうから聴こえてくる。

「リュゼー! おもしろいものみつけた!」

 リュゼと呼ばれた幼い少女は、そっと本を置いてソファから立ち上がった。長くて白い髪を一括りにして、きらきらと笑顔を浮かべた少女に目をやりリュゼは溜息を吐く。

「シュゼねえさん……それ、母さんのじゃないの? 大丈夫?」
「うん! だいじょうぶ! だと思う!」

 シュゼと呼ばれた少女が、いまいち定かではなさそうな返事を返してきたことにリュゼは再び溜息をついた。
 その溜息を吹き飛ばすほどの勢いで、シュゼはソファの前のローテーブルに手に持った瓶を置いた。何気に少しそれが気になるらしいリュゼは、そっと瓶を回してラベルを見つめる。
 
「せん、ぱつりょう?」
「そう! なんか、髪の毛に塗ると色が変わるんだって!」
「へー……」

 じぃっ、とそれを見つめていたリュゼに、シュゼが痺れを切らしたようにいった。

「これ、髪の毛黒くなるんじゃない? ちょっとやってみよーよ!」
「え……大丈夫? そんなことして……あとで、怒られそう…」
「どうせ怒られるのやった後でしょ! 大丈夫!」
「わかった、よ……」

 ニィッと笑ったシュゼは、バタバタとバスルームの方へ歩き出した。

▽  ▲  ▽

「おおー……」
「え……なんか、わたしたち見分けつかないね……」

 髪を──リュゼは横の白髪、シュゼは全体的に──どうにか黒く染めて、服も着替えた二人は、鏡の前で呆然としていた。

 あまりにも見分けがつかないからである。

 元々、シュゼとリュゼの髪の長さは同じくらいだった。括っているかおろしているかくらいの違いしかなく、髪の色や服装で判別されていたのである。
 シュゼとリュゼが持っている服のうち唯一揃いの物を着て、髪色を黒に染めて括ってみれば、僅かに目元に違いがあるだけで、もう遠目には何が違うのかすらきっとわからない。
 
「……すごい。」

 ぽつりとリュゼは呟いた。それに頷いて、シュゼは楽しげに言った。

「ね、街出てみようよ! きっと楽しいよ!」
「…うん!」

 少しリュゼもテンションが上がっていたのだろうか、その時は珍しく何も苦言を呈さずに頷いた。


▽  ▲  ▽

 ざわざわと周りの人々の喧騒がひびく。ちょうどおやつ時だからだろうか、母親と連れ立った子供がとても多い。黎明街にしては珍しい、コンクリートではない石畳の二番通りを歩きながら、シュゼはリュゼに笑いかけた。

「ね、すーごいよ! わたしたち、すごいそっくり!」

 ショーウィンドウのガラスに写る自分を指して、シュゼがぴょんぴょんと跳ねながら言った。リュゼはかすかに笑って、そっと頷いた。

 シュゼは、なんだか意識がぼんやりとしているのを感じていた。全てが布1枚向こう側にあるような。じっとショーウィンドウを見つめながら、誰かとぶつかった気がして振り向いた。直ぐに謝ろうとしたが、もう誰もいない。

「え?」

 シュゼの唇から、ぽつりと疑問が零れ落ちた。

 本当に、誰もいない。

 先程まで人で溢れていた二番通りではなく、頭がおかしくなりそうな程の長さの石畳が続いているだけの暗い空間にシュゼはいた。リュゼも、親子も、立ち並んでいた店も何も無い。恐怖を煽る暗闇に耐えきれず、少女は叫んだ。

「え、ぇえ……なんで、リュゼ!? え、どこいるの──!?」
 
 それを境に、シュゼはがくりと気を失った。

Re: 宵と白黒 外伝〜白と黒〜 ( No.20 )
日時: 2020/06/14 06:52
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 ショーウィンドウに映る自分と姉を見ていたリュゼは、誰かに見られているような気がして振り向いた。彼女が視線を前に戻した時───その一瞬で、確かにいたはずのシュゼは、居なくなっていた。

「え? ねえさん?」

 ぐるぐると辺りを見回して、姉の姿を探す。ざわざわと通り過ぎていく人々の間に、彼女の姿はどこにも無い。ならばどこかの店だろうか、とリュゼは近くの店の中へ飛び込んだ。店内に目を走らせても、シュゼの姿は見当たらない。

「ッツ……!」

 ばくん、と心拍数が一気に跳ね上がる。自分がはぐれてしまったのか、それともシュゼの方が居なくなってしまったのかは分からない。
 自分が振り返る前には確かに一緒にいた。ほんとうに、一瞬前までは。くるくると当たりを見回し走り回り、それでもシュゼを見つけられない。
 少しでも後ろ姿が見えるように、雑踏の中に消えていくように居なくなればまだ安心なのだ。けれど、忽然と彼女の存在そのものが消えてしまったかのような恐怖が、リュゼを襲っていた。泣きそうになるのを堪えて、リュゼは家へ帰る道を選ぶ。何にせよ大人に相談するべき、と考えたからである。それに、もしかしたらシュゼが先に帰っているかもしれない───そんな願いを抱いて。

 リュゼは家に帰り着くなり、ドアを凄まじいスピードで開けた。廊下を走り抜け、階段を駆け上がり、各部屋のドアを開けて走る。普段の彼女からは想像もつかないほどの荒ぶり様だ。
 バスルーム、寝室、リビング、子供部屋───

 それらのどこにも、シュゼの姿はなかった。

「え、え、え…!? ねえさん!? 何処にいるの!?」

 途方に暮れて、リビングのソファに力なくリュゼが崩れ落ちる。今にも、シュゼが「少し隠れんぼしてみただけだよ?」なんて言って出てくるような気がしていたけど、そんなことはなくて。
 
「電話、しなきゃ…………」
 
 ふらふらとリュゼは立ち上がり、父と母へ電話を掛けた。


 
 窓から入る日差しがほんの少し傾きかけた頃、不意に玄関のインターホンが鳴り響く。ソファの上で膝を抱えて眠ってしまっていたリュゼは、びくりと顔をあげて立ち上がった。階段を駆け下り、玄関の前に立って鍵を開ける。
 もしかしたらシュゼが帰ってきたのかもしれないという淡い期待を乗せて、リュゼは玄関のドアを開けるなり叫んだ。

「ねえさん!? しんぱ……」
「リュゼ? どうしたの、僕だよ、ノーシュだよ? ミュゼットさんが、ここに来てって言ってたから来たんだけど……」
「リュゼ……? シュゼに何かあったの?」

 リュゼの言葉を遮ってそう言った、目の前の人物に彼女は目を見開く。夕陽を背負って逆光で立つのは、灰髪と黒の伸ばされた毛が特徴の若い女性と黒髪の若い男。  
 シュゼでは無かったことに落胆して、リュゼがその場に崩れ落ちそうになる。それをふわりと抱き留めて、若い女性は微笑んで言った。

「何か、あったのならボクたちに聞かせてよ。相談、のるからさ。」
「姉上の言う通りだよ、リュゼ。大丈夫だから…………上がってもいいかい?」
 
 軽やかに言ったノーシュと女性に泣きそうになりながらも頷いて、リュゼはそっと立ち上がった。 

□  ▽  ○

「ん───? え、ここ……どこ?」

 硬い地面の感触と瞼の向こうから差す光で、シュゼはうっすらと目を開けた。妙に視界が暗い。何があったんだっけ…………? 確か…そうだ、誰もいなくて………その恐怖まで思い出し、シュゼは眠気が一度に吹き飛んだのを感じた。力か、私をここに連れてきたのは────なんて思って、くるくると辺りを見渡そうとしたとき漸く、目隠しをされていることに気付いた。

「え、な、わたしは───!?」

 動揺したシュゼは、バクバクと心拍数が飛び上がったのを感じた。すると、カツカツと地面を踏みしめる音と共にシュゼに影が落ち、男の声が響く。

「起きたかい、お譲様?」

「え……!? 何、貴方誰!? ちょっと、ねえ……!?」

 男の声、そしてさらに何も見えない状況でシュゼの不安がさらに募っていく。心臓を鳴らしながら、せめて身体は動かぬものかと手を動かしてみる。だが、手首も確かにしばられているようで身動きが取れない。座らせられているのだろうが、立ち上がることもできない。
 シュゼが試行錯誤しているのを見て、男は笑った。

「無理だぜ、お譲様。…………リュゼ・キュラスだな?」

 冷ややかな声音で掛けられた問に、シュゼはさらに動揺した。わたしのことをリュゼと言ったの、この人? 何でだ? ああ──髪色か。そうだ、わたしは今黒髪だ。ならば、とシュゼは思う。このままリュゼの振りをしよう。

 人の思考は、こういう時ほど冴えてよく回るらしい。

 違うって行ったら───殺されるかもしれない。リュゼにバレたらテレビの見過ぎだなんて言われるかもしれないけれど、きっとこうするのが良い。
 そう考えてシュゼは、コクリと頷いた。

「そうだよ。私がリュゼ。…………リュゼじゃないとダメな理由でも、あるの?」

「そうか…………大人しくしてろ、面倒だからな…………」

「あなた、誘拐犯? 私が逃げたら殺す?」

「おしゃべりなお譲様だな。口も塞いでやろうか……誘拐犯が自ら誘拐犯だって名乗るか? ああ、殺しはしねぇよ。それだと話にならない。死なねぇ程度に痛めつける。」

 男はそう言って低く含み笑いをこぼした。ポケットに手を突っ込んで、かたりと壁に寄りかかる。
 一方シュゼは、殺されないということに安堵していた。それと同時に、なぜ殺しはしないのかを考え始める。

 やはり、この人は誘拐犯だ。身の代金か何か知らないけど、私を出汁にしてなにかする気だ───!

□  ▽  ○

「で、そしたらいつの間にかシュゼが居なくなってた、と。」

 リビングのソファに腰掛けて、ループタイを身につけたノーシュは腕を組んでそう言った。右隣に座る、黒いリボンのついたブラウスを纏った女性も顎に手を当てて考え込む。

「本当に、一瞬でいなくなっちゃったの?」

 その正面の1人用ソファに座ったリュゼは、項垂れたまま頷いた。
 
「あの……ノーシュさん、ブランさん、本当に、ごめんなさい…………」

 その言葉に、ブランと呼ばれた女性はニカリと笑った。ヒラヒラと手を振りながら、彼女は快活に言い放つ。

「貸し一つな。」
「ちょ、姉上何言ってんですか!?」
「やだなー、ノーシュはボクがよく冗談言うことくらい知ってるだろ?」

 ぶんぶんと手を振りながらそう言って、ブランはふっと力を抜いてソファの背にもたれかかった。ノーシュががくりと力を抜いて、リュゼへ苦笑しながら言う。

「ごめんね、こんな時なのに。ああ…………ミュゼットさんとアルフィーさんには言ってあるのでしょ? 警察には連絡した?」
「あ、はい……でも、帰っては来ないそうです。父さんも母さんもノーシュさん達が来るから大丈夫だろう、って言ってましたから。警察への連絡は、もう少しシュゼが帰ってくるのを待ってからにしようかな、と思ってます…………ほんと、ごめんなさい。わざわざ、仕事もあるのに。」

 ますます項垂れてリュゼは言う。唐突に立ち上がったブランは、すたすたとフローリングの床を踏み締めてリュゼの横でそっと膝をついた。ソファの肘掛けの部分にひじを着いて頬杖をつき、彼女は笑う。

「リュゼ、ボクを舐めちゃダメだよー。ボクがこのまま引き下がるわけないでしょ? ちゃんと貸し一つ、ってアルフィーさんにも言ってきたから、気にしないでね。まぁ、多分この貸しは巡り巡ってルクスさんあたりに行き着くと思うから、大丈夫!」

 軽薄な調子でそう言ったブランは、ニヤニヤと笑いながらぱちんと指を鳴らした。


「ここで待っててもキリがないから、ボクたちで取り敢えず1回探しに行こうか!」
 

Re: 宵と白黒 外伝〜白と黒〜 ( No.21 )
日時: 2020/06/28 11:08
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 ブランの言葉にノーシュはコクリと頷いて、スラックスのポケットに手を入れながら立ち上がる。ローファーが床のタイルを踏んで、かたりと音を立てた。

「それが良いかも知れないな。姉上と僕の力使えば、すぐ見つかるだろうしね。」

 ノーシュの返答を聞いて、ブランもまた立ち上がった。口元に笑みを浮かべたまま、目を細める。ショートカットの灰髪が揺れた。ソファの合間に置かれているローテーブルを回りこんで、リュゼの足元で膝をつく。芝居がかった調子で彼女の手をとると、びっくりした顔をするリュゼの手を引いて立ち上がらせた。

「ノーシュもあー言ってることだし、行っちゃおっか?」
「え…でも、力って、使っていいんですか……?」

 ブランに手を握られたまま、リュゼは首を傾げた。微かな不安が、青い目の中で揺らぐ。ヘラりと笑ったブランは、何でもないとばかりなもう片方の手を振って言った。

「まあ、ギリギリ正当防衛じゃないかとボクは思う!」
「姉上、適当なこと言わないでくださいまったく。そうだな、うん! 此処で発動して行けば見つからないし、問題ないと思う。ま、どちらにせよシュゼを見つけられればそれで良いし、ダメだったら警察に相談しよう。それでどうかな?」
「……でも、私は…何の役にも、立てません……」

 不意に、リュゼの手に力がかかった。ブランの、フィンガーレスグローブに包まれた手がキツく彼女のそれを握っているのだ。
 ハッとして顔を上げたリュゼは、ブランの顔を見た。細められた瞳が、真っ直ぐに少女を射る。その顔の、薄い色の唇がゆっくりと音を紡いだ。

「リュゼ。そんなことを、言うなよ────力の源は、真名だ。真名は、キミ自身なんだよ? リュゼ……キミが、キミの本質を否定して、どうする。いつか、きっと役に立つ時が来るさ。」

 淡々と、しかし真っ直ぐにそう言った彼女は、目をさらに細めて笑った。そっとリュゼの手を離し、軽く肩を叩いて玄関の方へ体を向ける。

「姉上、あんましリュゼを虐めないでください!」
「お? なになに、もしかしてノーシュはリュゼの事好きなの?」

 後ろからカツカツと歩いてきたノーシュが、溜息を吐きながらブランの肩を叩いた。重くなった空気を切り裂くように、彼女の快活な笑い声が部屋に響く。全く、と呟きながらノーシュは振り返ると、リュゼに手を差し出した。安心させるように微笑めば、微かにリュゼも笑い返す。

「ね…? 大丈夫だから、行こう?」
「ブランさん…ノーシュさん。分かりました。行きま、しょう!」

 キッと前を睨んだリュゼは、ショートブーツの底で床を踏んで歩き出した。

Re: 宵と白黒 外伝〜白と黒〜 ( No.22 )
日時: 2020/09/28 13:51
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 玄関のドアの前で立ち止まったブランとノーシュは、僅かに息を吐いた。ちらりと目を合わせて、彼等はそっと頷き合う。細められたブランの青い目が、きらきらとまたたいた。
 唐突に、空気が冷えきる。その冷気は、この国を代表する三つの一族のひとつであるキュラスの人間としての───圧倒的な力の開放。そのままブランは、持っていたポーチから取り出したフレームレスの眼鏡をそっと掛けた。

「ッツ……!」

 特に潜在能力ポテンシャルが高い二人の発した気を前にして、リュゼが反射的に体を引く。それに気付いたノーシュが、ちらりとリュゼを見て安心させるように微笑んだ。
 深呼吸して呼吸を整えた彼女は、ぎゅっと胸の上で手を握りしめたまま、邪魔をせぬよう後退る。それを確認して、視線を前へ戻したノーシュは右手の人差し指を眉間に当てた。
 自分を中心として、音の波が走り抜けていくような感覚。ザザッ、とノイズのように人々の思考が彼の脳内に滑り込んでくる。

「OKかな、ノーシュ? ボクの方は観えるよ、問題ない。」
「僕も大丈夫ですよ、姉上。きっちり視えます。」

 青い目を薄明るく光らせて、ブランはドアの外を見つめた。彼女の視界には、この家の外も向かいの家の中も、全て見えている。これこそが、すなわち【透視】である。弟のノーシュの【透思】と一対をなし、名前を持つ力──ちなみに呼び分ける際はブランの方を【アイサイト】、ノーシュの方を【マインド】と呼ぶ───だ。

「大丈夫、ですか?」

 1歩その場から離れていたリュゼが、心配げにそういう。ぱちぱちと目を瞬かせて、ブランは意識をこちらへ引き寄せた。

「ああ、ボクは問題ない。これのお陰さ。」

 掛けている度の入っていない眼鏡のつるを叩いて、彼女は笑った。元々彼女の力は強力で、それは幼かった彼女には制御出来るものでは無かった。そこで、彼女の両親は幼いブランにこの眼鏡を与えたのだ。この眼鏡を掛けていれば、力を上手く制御できる、と。
 いわば、この眼鏡は暗示なのである。もちろんとっくにブランはその事に気付いている。けれど、それでも尚眼鏡を使い続けていた。精神安定剤の代わりだよ、なんて言って彼女は笑う。
 元々力は精神状態に由来する面も大きい。怒りで力が倍増する、なんてこともありうるように、感情によっても強さは左右される。だからこそ、この眼鏡には意味があると彼女は考えて掛け続けていた。親をどう思うにせよ、だ。

「僕も大丈夫。ただね、やっぱ長くは持たないから、さ。早く、行こう?」
「は、はい! 行きましょう!」

 痛みを堪え、軽やかに笑ってノーシュは僅かに眉間を抑えた。彼の力もまた、使用している間は絶え間のない微かな頭痛に悩まされる。
 そっと左手をドアノブに当てて、ノーシュはゆっくりとドアを開けた。
 夜の広がる黎明街へ、三人はそっと踏み出した。


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