複雑・ファジー小説

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聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】
日時: 2020/07/01 21:12
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 どうも、カキコで創作を投稿させてもらっているマルキ・ド・サドです(*^_^*)

 さて、この度はどうしても書きたかった新作を投稿しようと思います。
2020年と言えば、ジャンヌ・ダルクの列聖から、ちょうど100年が経った年でもあるのです。
その記念として彼女にまつわるミステリー小説を書きます。

※注意

悪口、荒らし、嫌み、不正な工作などは絶対にやめて下さい。

私は小説が不器用なので全く恐くないと思いますがこの文を見て不快さを感じた場合はすぐに戻るをクリックする事をお勧めします。


 物語のあらすじ

 ・・・・・・1920年5月16日。ジャンヌ・ダルクが教皇ベネディクトゥス15世によりカトリック教会の聖人に列聖される・・・・・・

 パリに事務所を構える私立探偵の『エメリーヌ・ド・クレイアンクール』と助手の『アガサ・クリスティー』。
2人は久々の休暇に羽を休めている最中、ある依頼人が訪れ、奇怪な仕事が舞い込む。
それは数世紀前に火刑により処刑されたジャンヌ・ダルクの本当の死の真相を突き止めてほしいと言う内容だった。
予想だにしていなかった依頼に困惑するエメリーヌであったが、依頼人の想いに心を動かされ頼みを承諾する。
数世紀前に埋もれた事件の真相を探るため、アガサと共にフランス西部に位置する湿地帯の孤島『ヴァロワ島』へと向かう。

Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.19 )
日時: 2022/03/13 19:22
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 行き着いた部屋は書物庫だった。埃を被った分厚い本がぎっしりと本棚に詰められ、部屋の隅の一面に収納されている。中心の床には1枚の絵画が飾られ、得体の知れない装置が取り付けられていた。しかし、特に奇妙など感じた事は・・・・・・

「あれ?あの人は・・・・・・」

 書物のあらゆる方向に視線を送るアガサ。この部屋に入ったはずの謎の女性の姿はなかった。ついさっき、見たものが嘘だったかのように影も形も見当たらない。

 アガサは不思議に思いながら、ゆっくりと足を前に踏み出す。絵画に触れようとした途端、ふいに、先ほどと酷似した気配が背後の方から伝わった。ビクビクした横顔を振り返らせると、例の女が立っていた。

「ひぃ・・・・・・!」

 アガサは体も女の方へ向け、女々しい悲鳴を上げた。一方、女は心を宿していない人形のように感情を露にしない。

「あ、あなたは・・・・・・あなたは誰なの!?」

 謎の女は無言のまま、一歩、また一歩とゆっくりとアガサとの間合いを縮めていく。アガサは後ろへ引こうとするが、絵画に阻まれてしまい、逃げ場を遮られる。

「お願い・・・・・・何をする気なの・・・・・・?来ないで・・・・・・」

 怯える少女の訴えを無視して、女は歩み寄る。軋む床を踏んでいるはずなのに、足音は聞こえない。

 女はやがて、ピタリと足を止めた。アガサに危害を加えそうな兆しはなく、呆然とその場に立ち尽くす。そして、光がない瞳が相手を見下ろした時、初めて唇が開く。

『"・・・・・・数世紀前の悲劇は・・・・・・まだ、終わっていない・・・・・・"』

「・・・・・・え?」

 アガサは、女が言い放った言葉の意味に理解が追いつかなかった。

『"お願い・・・・・・この島の裏に隠された悪夢を止めて・・・・・・邪悪な災いがフランスを覆い尽くす前に・・・・・・"』

「災いがフランスを覆い尽くす・・・・・・この島に隠された悪夢って・・・・・・失礼ですが、あなたは一体・・・・・・!?」

 訳が分からないまま、せめて素性だけは聞き出そうとするアガサ。女は彼女の背後に置かれた絵画を指差して告げた。

『"全ての答えに辿り着ける手掛かりが、この部屋にある・・・・・・それを得るためには、この絵に隠されている謎を解けばいい・・・・・・"』

 絵画の内容は百年戦争に関連したものだった。大勢の兵士が1人の女騎士を取り囲み、馬から引きずり降ろそうとする描写が描かれている。かの有名な、コンピエーニュ包囲戦のブルゴーニュ軍に捕らえられるジャンヌ・ダルクだ。

「この絵に隠されている謎って・・・・・・」

『"その装置のレンズを絵の正しい部分に当てればいい・・・・・・そうすれば、道は開かれる・・・・・・"』

 相変わらず、思考を働かせるのに困る台詞を繰り返す女。

「どこにレンズを当てればいいんですか・・・・・・?」

 アガサは女に気を許せない状態のまま、教えを乞う。すると、女はどこか切ない口調でヒントを述べた。

『"私は、大切な物を奪われた・・・・・・"』

 だが、またしても、謎が深まるばかりの発言だ。暗号を錯覚してしまう言葉にアガサは頭を悩ませる。

「大切な物・・・・・・それは何ですか?」

『"それは"銀"でできている・・・・・・イエスとマリアの名前・・・・・・そして、3つの十字架が刻まれているわ・・・・・・"』

「銀でできていて・・・・・・イエスとマリアの名前・・・・・・3つの十字架・・・・・・」

 言われた事を復唱しながら、絵画を至る箇所をじっくりと眺める。しかし、どこを真剣に黙視しても、当てはまるものは探し出せなかった。

「あの・・・・・・ごめんなさい。どこを探してもないんですが・・・・・・」

『"探せないはずはない・・・・・・何故なら、あなたはそれを"知ってる"から・・・・・・"』

「・・・・・・え?知ってるって・・・・・・」

『"思い出して・・・・・・あなたの元へやって来た聖女の末裔が手にしていた物を・・・・・・"』

 その時、アガサは、はっ!とした表情を固定する。脳内でフラッシュバックが巻き起こり、原形を留めず欠けていたピースが徐々にはまっていく。やがて、そう遠くない過去の記憶が鮮明に甦ったのだ。

「・・・・・・指輪・・・・・・」

 アガサは無意識にキーワードを囁いていた。半分確信した勢いで装置のレンズを絵に描かれたジャンヌ・ダルクの指の部分に当てる。すると、書物庫のどこからかカチッと音が鳴った。次に金属の歯車が回る音がして、絵画の奥にあった正面の本棚が動き、隠し扉への通路が開かれる。

「・・・・・・あ!」

 見事に正解を当てたアガサは怪訝な顔で短く声を漏らす。背後を振り返ると、女は初めて、こちらに微笑みを繕った。

『"よく謎を解いてくれた・・・・・・さあ、先に進んで・・・・・・真相への一歩を踏み出すの・・・・・・"』

 アガサは隠し通路に向かおうとした矢先、一旦は立ち止まり、女と対面する。自分より背の高い同姓の相手を見上げ、問いかけた。

「その前に教えて下さい。あなたは誰なんですか?」

『"私・・・・・・?私は、"この絵に描いてある騎士"よ・・・・・・ほら、大勢の男達に捕らわれているのが・・・・・・"』

 聞き逃せるはずもない衝撃的な発言にアガサの全身に衝撃が走る。言われた直後の台詞が何を意味しているのか、確信したからだ。驚愕のあまり喉が詰まり、思い通りに声が出ない。

「も、もももしかして・・・・・・ああ、あなたは・・・・・・ジャ・・・・・・ジャンヌ・・・・・・ダ、ダルク・・・・・・!?」

 と身も心も寒気で震え切った質問を投げかける。しかし、女は首を横に振り、否定した。

『"違う・・・・・・私は彼女の身代わりとして生涯を捧げた・・・・・・影武者・・・・・・"アメリア・クロムウェル"・・・・・・"』

 女は名前を告げると、肌白い体は徐々に透き通っていき、煙のように消える。そして、二度と姿を現す事はなかった。

「あ・・・・・・あああ・・・・・・」

 さっきまで自分が関わっていた人物が本物の幽霊であった事を知り、精神は恐怖に蝕まれた。脚の感覚がなくなり倒れても、痛みは寒気で掻き消される。少し経って、しばらくは和らぎそうにないトラウマを抱えながら、今度こそ、隠し通路の先へ進む。

 扉を開けると、その先は地下に続いていた。階段に灯りはなく、真っ暗な闇が少女を出迎える。遠くから、怪物のうめき声に似た不気味な風の音がこちらに押し寄せる。

 アガサは職業柄、常に所持している懐中電灯の明かりを点ける。踏板を踏む足元を照らしながら、一歩ずつ慎重に階段を降りていく。

Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.20 )
日時: 2022/03/23 18:57
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 埃や蜘蛛の巣で塗れ 長年、開かずの間とされてきたであろう秘密の部屋。錆びた扉が遂に開かれ、小柄な少女が外側から顔を覗かせる。その表情は、瞬く間に怪訝と化した。

 壁には、額縁(がくぶち)の大きさが異なる中世時代の格好をした人物の肖像画が一面に飾られていた。どれも生きた人間のようで、侵入者を監視しているかのような冷たい視線が鳥肌を立たせる。奥の正面には、莫大な財産を保管していそうな巨大な金庫が蓋を閉ざしていた。

「ここは・・・・・・」

 細い声で独り言を零すアガサ。部屋は劣化が酷く、外の光が漏れている。風もそこから流れ込んでいて、これが怪奇な音の原因だったらしい。彼女は肖像画の壁に挟まれた通路を真っ直ぐに進み、大金庫の前へ行く。

 中に何が入っているのか、気になって仕方なかったが、いきなりは手を触れず、まずは観察を第一に優先する。よく調べると、金庫は複雑なダイヤル式のロックではなく、単純にレバーだけで開け閉めをする容易な仕組みとなっていた。アガサは背後に気を配り、誰もいない事を確認した上で両手でレバーを掴む。

 レバーが動いた直後に大金庫は内側から鼓膜に響く金属の音を鳴らしながら、分厚く頑丈な蓋を時間をかけてあっさりと開けた。 アガサは好奇心と焦りで、すっかり落ち着きを失い、急いで中身を確認する。

 アガサは予想を裏切る意外な物に視線が釘付けとなる。大金庫には金塊の山どころか金品になり得そう物は一切、入っていなかったのだ。代わりにダイヤモンド貼りの"古びた封筒"が1枚、大事に保管されていた。

「これは・・・・・・手紙・・・・・・?」

 アガサは無我夢中で封筒を手に取り、目と鼻の先でじっくりと眺める。かつては純白だったであろう紙は黄ばんでおり、一部が黒ずんでいた。中心の蓋には、どこかの家紋らしき紋章が赤い封蝋が押されている。

「これが、さっきの幽霊が言っていた手掛かりに違いない。とにかく、早くエメリーヌさんの所へ戻らないと!私の帰りが遅い事をシャルロッテさんが怪しむ前に・・・・・・!」

 アガサは1人で封筒の中身を覗き見る事なく、急ぎ2人がいる客間へと走って、隠された地下室を後にした。


「失礼します。ただいま、戻りました」

 アガサが何食わぬ顔で客間に戻る。部屋では、探偵と令嬢のやり取りが続いており、愉快な笑いや話し声を交わしている最中だった。

「・・・・・・あら?随分とお手洗いの時間が長かったですわね?」

 シャルロッテの関心は一時アガサへと移り変わるが、帰りが遅い事に疑いを微塵も抱いていない様子だった。

「すみません。広い屋敷だったもので少しばかり、迷ってしまいまして・・・・・・」

 アガサは軽く恐縮して、動揺を無理に抑えながら偽証を述べると、エメリーヌの隣に寄り添って

(事件の手掛かりを発見しました)

 吉報を耳にした探偵はほんの一瞬だけ破願し、席を立った。

「シャルロッテ様。あなたとは、もっと悠々と会話を楽しんでいたいのですが、私達は仕事の途中でして。次の調査に出向かなければなりませんので。せっかくお招き頂いたのに申し訳ないのですが、私達はそろそろ失礼させて頂きます」     

「それは残念ですこと・・・・・もうちょっと、ゆっくりなさっていけばよろしいのに・・・・・・」

 シャルロッテは少しがっかりした面持ちを浮かべたが、仕方ないと態度を改めたのか、すぐさま表情を巻き戻し

「あなたと話ができて楽しかったですわ。久しぶりにいい退屈しのぎになりましたし。もしよろしければ、是非とも、またいらして頂けないかしら?」

「ええ、勿論。お時間に都合ができましたら、またお会いに伺いたいと思います。それでは。アガサ、行きますよ?」

 探偵と助手が速やかに帰ろうとした矢先、訪問者の知らせる呼び鈴が屋敷中に伝わった。3人は音に気を取られ、ピタリと動作を止める。

「どなたでしょう?」

 エメリーヌが第二の訪問者について屋敷の主に尋ねた。

「きっと、"彼女"ですわ」

 シャルロッテは知人らしい人物の名を口にせず、確信を持った予想をする。第二の訪問者は家主が出迎えずとも、自ら屋敷へと足を踏み入れ、ロビーを通り階段を上がっていく。だんだんと近づいてくる落ち着いたリズムの足音。3人が入室している客間の前まで来ると女の声で"失礼します"と告げて扉を開く。

「いらっしゃい。"マリア"。今日はいつもよりここへ来るのが遅かったわね?」

(マリア・・・・・・?)

 エメリーヌはピクリと眉を動かし、真剣な目で訪れたばかりの女性を黙視する。

「申し訳ございません。この館の途中にある森を歩いていましたら、オバディア教の異端者に絡まれてしまったもので・・・・・・」

 マリアと呼ばれた女性は理由を話しながら扉を閉めて、こちらに背中を覆す。晒した素顔は20代にも満たない若い少女だった。白練りされた絹のような綺麗な髪が実に印象的であり、黒い修道服を着こなしている。透き通った肌の色も、つぶらな緑眼も美しく、母性のある顔が凛々しい。

「・・・・・・!?」

 エメリーヌは思わず、叫びに近い声を上げてしまいそうになった。とっさの判断で口を塞いだものの、目は瞬きを忘れる。

 何故なら、"突如として起こる謎の映像で見た片方の女性と姿が完全に一致していた"からだ。

 すると、不思議な事にマリアの方も似たような反応を示した。一瞬、ハッとしたかと思うと、慌てて重なり合った視線をずらし、足元に向ける。普通とは言い難い2人の行動をアガサはただの違和感しか感じられなかった。

「あ・・・・・・あの・・・・・・?シャ・・・・・・シャルロッテ様。この方々は・・・・・・!?」

 マリアが動揺を浮き沈みさせながら、礼儀正しい口調で聞いた。

「お二人は私立探偵。ある奇妙な事件を解決するために、わざわざフランス本土から、この島へと渡って来ましたの」

 シャルロッテの説明の直後、2人は自己紹介をする。

「エメリーヌ・ド・クレイアンクールと申します。この子は助手のアガサ・クリスティーです」

「お会いできて、光栄です」

 探偵の一礼をに続いて助手も相好を崩し、胸に手を当てる。

「そ、そうでしたか。私は"マリア・デ・ラセール"です。この島にあるアルベール教会の教祖を務めております。フランスから遥々と・・・・・・ヴァロワ島へようこそ、おいで下さいました」

 マリアも自身の紹介を送り、対面する相手の仕草を真似る。エメリーヌは、これ以上の関わりを持とうとはせず、去り際に別れの挨拶を告げて。

Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.21 )
日時: 2022/04/11 20:23
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 シャルロッテの屋敷から帰った2人は、決まって集落の酒場に立ち寄った。酒場の雰囲気は相変わらず陰気臭く、小汚い船乗りが集っては酒に酔い潰れる。奥のカウンターには、せっせと店の運営に明け暮れるジョルジュの姿が。彼は店に入って来たエメリーヌ達を見て、一度は冷たい視線を逸らしたものの形相を一変させ、再び2人を視界に捉えた。

「お!あんたらか!そろそろ帰ってくる頃だと思っていたんだよ!」

 期待された歓迎にエメリーヌは何も言い返さず、カウンターにまたしても1枚の金貨を添えた。

「また、お部屋をお貸ししてもらえないでしょうか?ここだけが唯一、憩いの場となりますので」

「勿論だ。あんたらなら大歓迎さ。10年に一度、現れるか現れないかの奇跡の客人だからな」

 ジョルジュは嬉しそうに言って金貨を受け取ると、探偵の願いを迷わず肯定した。

「ところで、シャルロッテの御令嬢様に会って来たんだろ?どんな容姿をしていたのか、詳しく教えてくれないか?こっちもいくつか、サービスしてやってもいい」

 エメリーヌは要望に応え、ジョルジュだけの耳に聞こえる声でシャルロッテの詳細を明かした。その時間だけ彼は生き甲斐の仕事をサボり、興味津々で何度も頷きながら、最後まで話を聞き続ける。

「白い髪を生やしていて、片目を隠していたのか・・・・・・自分の想像とは全く、違っていたんだな。意外なもんだ」

「私からお話しできる事は以上です。部屋で休ませてもらってもよろしいでしょうか?」

「・・・・・・え?あ、ああ!部屋は好きに使ってくれて構わん。シャルロッテの件についてなんだが、礼を言っておく。貴重ないい思い出として、記憶に留めておくよ」


 再び、馴染みのある寝室に立ち入った2人は身に着けていた所持品をテーブルに預け、休息を取る。疲労を癒したい一心でアガサがベッドの上にダイブし、グッタリと横たわった。エメリーヌも机の手前の椅子に腰かけ、ひと息つく。

「あ~、疲れた・・・・・・険しい行きと帰りの道のりで3日分の体力を消耗したくらいフラフラです。二度としたくない経験ばかりでした。それにしても、エメリーヌさんはさっきまでいたシャルロッテの館をどう思います?住む人も建物も全てにおいて、怪しい所ばかりでしたね?」

 助手の正直な感想に共感し、探偵も根拠がある上で宣言する。

「あの屋敷の関係者が、ジャンヌ・ダルクの事件に最も関連性が高いと判断してもいいでしょう。シャルロッテに限らず、あのマリアという修道女も重要人物として捜査の視野に入れるべきです」

「マリア?そう言えば、あの修道女の人と会った時のエメリーヌさん・・・・・・ちょっと、変でしたよ?初対面なのに、まるでお互いに面識があったような・・・・・・」

「初対面と言いますか・・・・・・」

 幻覚で知った人間が初対面と言えるのかと、事情説明のやり方に困り果てるエメリーヌ。彼女はマリアの事は一旦は頭の片隅にやり、話題を変える。

「ところで、アガサ?屋敷の捜索を任せた時、あなたは事件の手掛かりを発見したと言っていましたね?何を見つけたのですか?」

「・・・・・・あっ!そうでした!これです!」

 アガサは忘れていたと言わんばかりに、ベッドから飛び起きた。エメリーヌの隣に身を寄せ、盗んだ封筒を机に置く。

「これは・・・・・・手紙?随分と古さを帯びた代物ですね。一体、これをどこで?」

「それはですね!・・・・・・えっと、その・・・・・・」

 アガサは語頭に活気を帯びさせたものの、急に言いずらそうに台詞を途切れさせる。言うべきか、誤魔化すか葛藤に悩んでいるようだ。

「あの・・・・・・私は誓って、嘘はつきません・・・・・・でも、これを聞いたら、あなたは私の正気を疑うかと・・・・・・名探偵の助手であるアガサ・クリスティーは狂った人間なんだと・・・・・・」

 ふざけが通用しない現状に真剣な表情を繕っていたエメリーヌだったが、堅苦しい顔の力を緩め、穏やかな微笑みを浮かべた。

「アガサ?これまで共に過ごしてきた中で私はあなたを病的な人間だとは、微塵も思った事はありません。どんなに普通とかけ離れた事実でも受け止めますよ?あらゆる証言を取り入れ、欠けたピースを繋ぎ合わせて1つの真実を見出す。それが探偵のモットーですので」

 優しい言葉に安堵が芽生え、アガサは眉を困らせながらも、微小に口角を上に引きつってみせた。始めは唇をモゴモゴと言葉を出す事に躊躇いがあったアガサだったが、やがては重い口を開き、体験談を告白する。

「私・・・・・・実はシャルロッテの屋敷で幽霊と出逢いました。その幽霊に導きがあったから、この封筒を探し出せたんです・・・・・・」

「なるほど。それで?その後はどうなったのですか?」

 エメリーヌは呆れや敬遠の眼差しを繕わず、話の続きを促す。続いて、アガサはアメリアという名の幽霊と彼女が残した謎めいた言葉。絵画の仕掛けと隠し通路。そして、地下に眠っていた金庫室。怪しい要素がある内容部分は惜しみなく、隠さずに話した。

「その女性の霊は、確かにアメリア・クロムウェルと名乗っていたのですね?そして、数世紀前の悪夢は終わっておらず、フランスに災いが降りかかると・・・・・・」

「はい。そして、絵画に描かれていた捕らわれたジャンヌ・ダルク・・・・・・あれは私だとも証言しました。あの幽霊がジャンヌ・ダルクの影武者である事は明白です」

「・・・・・・ほとんど勘に頼ってしまいますが、数世紀前の悪夢とは百年戦争を意味しているのではないのでしょうか?その戦争の悪夢が、実は現代までに続いていて、やがてはフランスに厄災が降りかかる・・・・・・その意味が何を示しているのかまでは、定かではありませんが・・・・・・ただ1つ、明らかになったのは、当時の戦争であるコンピエーニュ包囲戦で捕虜となったのは、ジャンヌ・ダルクではなく、アメリアだという事です」

 エメリーヌは、ほとんどの人類が知る由もない数世紀前に起きた当時の正しい史実を推理し、1つの結論を出す。

「じゃあ、コンピエーニュ包囲戦で捕らえられたジャンヌが偽物だったとしたら、本物のジャンヌ・ダルクはどこへ?もしかして、シャルロッテの屋敷に厳重に保管されていた封筒を調べれば、有力なヒントが得られるのでは?早速、開封してみましょう!」

 アガサは衝動的な感情で封筒に触れようとしたが、エメリーヌは彼女の手に自分の手を重ね

「お待ちなさいアガサ。その前に、あなたに伝えておかなねばならない事があります。
あなたがアメリアの幽霊の事を包み隠さず話してくれたように、今度は私が今まで黙っていた秘密を打ち明ける番です。これ以降の捜査は推理に余計な混乱をきたさないために、お互いに隠し事はなしとすべきでしょう」

 アガサは、これから何を聞かされるのか見当もつかず、相手の次の言葉を待つ。エメリーヌは凛と振舞う助手の瞳をじっと見つめたまま、詳細を語り始める。

「私の身に初めて奇怪な現象が起こったのはヴァロワ教会に出向いた際、得体の知れないな書物を発見した際です。私が書物に触れた途端、意識が遠のくほどの激しい頭痛に見舞われました。その直後、始めて見る描写が脳内に浮かび、映像として映し出されたのです。そして、シャルロッテの手に触れた際にも同様の現象が起こりました」

「エメリーヌさんの身にも、そのような異変が起きていたなんて・・・・・・!ちなみに映像には、どんなものが映っていたんですか?」

 肝心な内容を指摘され、探偵は話を再開する。

「映像は砂嵐のような雑音に妨げられ 鮮明には聞き取れませんでしたが、古い時代の格好をした2人の女性が対面し、深刻に何かを言い合っている光景でした。彼女達はフランスの危機やジャンヌ・ダルク・・・・・・そして、彼女の身に危険を及ぼそうとする正体不明の人物について相談を行っていた。片方の女性がアメリアと呼ばれていた事から、百年戦争時代の映像かと」

Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.22 )
日時: 2022/04/24 20:10
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 アガサは別の気になる部分へ対して、質問した。

「では、もう片方の女性は?」

「シャルロッテの館にいたマリアという修道女です。彼女に初めて会った時、私は危うく驚愕を露にしまうところでした」

 アガサは聞き間違いをしたような訝し気な顔で、誰もが言いたい事が共通するであろう疑問を口にする。

「待って下さい。どう考えも、おかしくはないですか?その映像は百年戦争時代の映像なんですよね?中世時代の人間が、どうして現代にいるんですか!?」

 エメリーヌ自身も、あり得ない推測であると自覚しながら、尚も続ける。

「あらゆる非科学的やなジャンルを受け入れる私でさえも信用し難いくらいです。偶然にも同姓同名で姿も酷似した人間でないのだとすれば・・・・・・恐らく、マリアは遥か昔の時代から生き永らえている・・・・・・」

「まさか!何世紀も前から老いる事も死ぬ事もなく、数百年の時を生きていると・・・・・・!?」

「私も正気の沙汰ではない発言をしている事は自覚していますが、この島には奇妙な事があまりにも多過ぎます。最早、この場所に現実的な発想を求める方が、どうかしているのかも知れません。とりあえず、あなたが手に入れた封筒を調べてみましょう。私もどのような秘密が記されているのか、非常に気になるのです」

 そこでエメリーヌようやく、封筒への関心を示した。封蝋を外すと、入っていたのは元の白色が変色した手紙らしき1通の2枚折りの紙。2人は顔を間近に迫らせ、記された内容をじっくりと確かめる。


(手紙の内容)

 ・・・・・・侍女のマリアへ・・・・・・

 "どんなにイポクラス(ワインに蜂蜜や香辛料などを加えて作った酒)で酔っても忘れられない。やはり、私はこの感情を抑え切れないようだ。淀みのない美しい瞳、天使の翼のような白い髪・・・・・・そして、皆を魅了する笑った顔、私はジャンヌが愛おしくてしょうがないんだ。生涯に一度でいいから、私は彼女と2人きりで一夜を過ごしたい。だから、お前には彼女をこの島に連れて来てほしい。もし、この頼みに従ってくれれば、報酬に倍の金貨を支払おう。これはお前にしか果たせない仕事だ。戦でしか、生きる意味を見いだせない不幸な私にたった1つだけでも、願いを叶えさせてくれないか?どうか、頼む。"

 ・・・・・・レ男爵より・・・・・・


「エメリーヌさん!これって・・・・・・!」

 助手と抑えられない興奮を共にし、探偵は目の形を鋭く

「ええ。これで事件解決に一気に近づいたと言っても、過言ではありませんこれは紛れもなく、大きな手掛かりです。アガサ?レ男爵が誰の事を指しているのか、あなたなら分かりますね?」

「レ男爵は通称"ジル・ド・レ"・・・・・・百年戦争で活躍したフランスの騎士であり、ジャンヌ・ダルクの戦友の1人です。ジャンヌ・ダルクが火刑に処されたきっかけで心を病み、1000人以上にも及ぶ少年を虐殺して処刑された有名な人物です」

 アガサはジル・ド・レに関する長い詳細を淡々と述べ、単純に犯人説を唱える。

「ジル・ド・レがジャンヌを殺害した真犯人なんでしょうか?動機は、決して叶う事がない異常なほどの純愛が殺意へと移り変わったとか・・・・・・!?」

 しかし、エメリーヌが肯定しなかった。真相の確信を掴みかけた時こそ、冷静かつ、優秀な才能を発揮する。

「犯人と特定するには、証拠が不十分です。この手紙には、あくまでもジル・ド・レがジャンヌ・ダルクをヴァロワ島へ連れて来るよう、マリアに指示しているだけです。ジルは最も有力な容疑者と言える・・・・・・が、フランスの聖乙女を殺した犯人は別にいるとも、考えています」

「え?犯人はジル・ド・レじゃないんですか!?」

 そこで持ち出されたのが、エメリーヌだけが見た過去の映像の話だった。

「私が脳内で流れた映像では、マリアはジャンヌ・ダルクに対するジル・ド・レの凶行を恐れ、影武者であるアメリアに相談を持ちかけていました。アメリアはジャンヌに成りすましてジル・ド・レに会うためにヴァロワ島へ向かった。もし、ジル・ド・レがその場で彼女を手にかけたなら、死ぬのはジャンヌではなく、アメリアの方のはず」

 アガサは"なるほど"と一応は納得したが、どうしても胸につかえる疑問に表情を硬くする。

「じゃあ、本物のジャンヌ・ダルクは誰に・・・・・・?」

「ジャンヌ・ダルクを殺害した犯人の他にも重要な点があります。この手紙を何故、シャルロッテが所有していたのか?私にとって、それが最も興味深い謎です」

 アガサはエメリーヌの発言に納得を重ね、より真剣に声に力を入れた。

「確かに、シャルロッテに関しても謎が山積みです。事実、ジル・ド・レの手紙を隠された地下金庫に封じていたんですから、事件に関係していないと言い張る方が無理があります。彼女は一体、何者なのか?」

「もう1つ、気になる点があります。アメリアの霊が言ったフランスに災いが降りかかるという不気味なメッセージ・・・・・・私はその言葉が、ただの被害妄想の預言とは思えないのです」

「フランスに降りかかる災いって・・・・・・天変地異で国が滅びるとでも、言うんでしょうか?」

 アガサは想像が生み出した最悪な事態に恐れ戦く。

「断定はできませんが、とてつもなく嫌な予感だけが募ります。クリスティアさんの言う通り、このヴァロワ島にはジャンヌの殺害事件の真相・・・・・・いや、それ以上の秘密が隠されている。私の想像もつかないような何かが・・・・・・」

 それから2人の会話は途切れ、沈黙だけの時間がしばらく流れた。気持ちの整理がついた頃、数分ぶりにアガサが先に口を開く。

「・・・・・・とんでもない依頼を受けてしまったものですね。こんなの、前代未聞の一言で片付けられる話ではありませんよ」

「私も当初は嘘の歴史に埋もれた真実を探し当てるだけの手間がかかる仕事としか捉えていませんでした。まだ、先が長いであろう人生でこれ以上の奇想天外な経験はしないでしょう」

「これからどうします?身の安全を優先して、フランスに帰国しますか?」

 アガサが将来の方針をエメリーヌに委ねると

「事件の捜査は、これまで行ってきた通り続行します。どれだけ、命に関わる仕事であろうと結果がどうであれ、一度引き受けた依頼は最後までやり遂げる。それが探偵である私のモットーでもあり、行方不明になった恋人のアルテュールへの誓いでもあります。フランスに危機が迫っているとしたら、尚更、蔑ろにするわけにはいきません。故郷の崩壊は私達にとっても、決してただ事ではないのだから・・・・・・」

「真相を暴くどころか、ますます謎が複雑に深まってしまいましたね。次はどこから捜査を始めればいいのか・・・・・・」

「険しい旅で疲労が積もりに積もった事でしょう。どのような状況にすら対処できる私ですらも、今は頭が思うように働かない。今日の所は英気を養い、捜査は明日にしたい気分です。もう少し経てば、ジョルジュさんが食事を運んで来てくれるでしょう」

Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.23 )
日時: 2022/05/12 19:55
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 翌日・・・・・・

 日の温かさがない朝の寒気を感じながら、起床したエメリーヌは上半身を起こし、眠気が覚めきってない目蓋を擦った。隣のベッドに視線を移すと、いつもならまだ寝てるはずのアガサの姿はない。別の方向を向くと、寝室の扉は開けっ放しになっていた。

「アガサ・・・・・・?」

 エメリーヌはいない人間の名前を呼び、冷たい床に足をつかせる。探偵の第六感から起こる胸騒ぎに似た不安症を患ったまま、寝室を出た。

 下階の酒場に降りると、早朝から既にジョルジュが店を開けていた。

「おはようございます」

 エメリーヌはやや焦った口調で朝の挨拶を店主に送る。

「昨日はどうも。よく眠れたか?・・・・・・どうした?少し、落ち着かない様子だが?」

 ジョルジュも探偵の普段と異なる様子に気づき、怪訝になる。

「アガサを見かけませんでしたか?」

「いや、見てないな。ここを通ったなら、必ず目につくから見落とすはずがない。あの子がどうかしたのか?」

「起きたら寝室におらず、姿が見当たらないんです。ジョルジュさんなら、何か知ってると思い、聞きに来たのですが・・・・・・」

「力になれなくて悪いが、助手の行方は知らない。夜の散歩でもしようと、深夜に出かけたんじゃないのか?」

「まさか・・・・・・あの子が私に断りもなく、勝手に行方をくらます訳が・・・・・・」

「それはそうと、さっき妹のレイがやって来てな。またしても、シャルロッテからの招待状を渡してくれと頼まれたんだ。あんた、よっぽど気に入られたんだな?」

 ジョルジュは羨ましそうに、1人分の膨らんだ封筒をカウンターに置いた。悠長に招待状を受け取っている場合ではなかったが、一応、開封して中身を確認すると、招待状と一緒に同封されていた謎の紙切れがヒラヒラと床に舞い落ちる。

「・・・・・・これは?」

 エメリーヌは拾った紙切れを広げると、書かれた文章を読む。その手は次第に震えを増していき、表情はこれ以上はないほどに深刻なものとなった。紙切れを捨てたかと思うと、次の瞬間、探偵は体当たりをするかのような勢いで酒場を飛び出す。

「・・・・・・お、おいっ!?」

 急な行動に驚いたジョルジュが呼び止めようと叫んだが、エメリーヌの背中はとっくに見えなくなっていた。


 エメリーヌはシャルロッテの屋敷の前にいた。森の中や険しい山岳など、遠い道のりを全力で疾走してきたにも関わらず、呼吸に乱れはなく、汗の滴も肌には付着していない。今の彼女を動かしているものは、たった1つの感情だけ。

 エメリーヌは玄関とドカドカと間合いを狭め、呼び鈴を鳴らさずに扉をがさつに開けて挨拶もなく無断で押し入った。館内に足を踏み入れて早々、最も会いたかった愛しい人物と最も会いたくなかった憎き人物と鉢合わせする。

「あら、ごきげんよう。エメリーヌさん。再び、お会いできて嬉しい限りですわ」

 玄関先のロビーで、シャルロッテは優雅にティータイムを行っていた。その傍にはマリアがいて、アガサを人質に取っている。彼女は凶行を望んでいない暗い表情で泣いている幼い少女の身柄を取り押さえ、喉元にナイフを当てていたのだ。

「うう・・・・・・ぐすっ・・・・・・!エメリーヌさん・・・・・・」

 エメリーヌはアガサに対し、切ない笑みを向け、次にシャルロッテを睨んだ。シャルロッテは激しい怒りを抱く彼女を面白そうに眺め

「しかし、呼び鈴を鳴らさず、挨拶もなしに屋内に押し入って来るなんて、感心致しかねる行為ですわ。いささか、無礼が過ぎるのではなくて?」

 エメリーヌはどうでもいい無駄話には触れず、率直に要求した。

「アガサを解放しなさい!何故、その子を誘拐した!?」

 気性の荒い口ぶりで罵られても、シャルロッテは怯えずにお茶の余った飲みかけのカップを置く。温和な表情を絶やさないものの、瞳に宿る感情は笑っていなかった。

「この子を返してほしい?私の屋敷から盗みを働いておいて、よく偉そうな要求ができますわね?被害者意識の塊は醜いだけですわよ?あなたの方こそ、こちらに返さなくてはならない品がおありじゃありませんの?」

「この屋敷に隠されていたあの手紙の事か・・・・・・私達は怪奇が蔓延るこの島で、多くの事を調べ上げた。既に察しが付いている!あなたも、あなたの従者のマリアもただの人間じゃない事を・・・・・・!そして、ジャンヌ・ダルクの殺害事件に関与している事も・・・・・・!」

 事件に関連した言葉を投げかけられ、マリアは一層、苦し気な顔を辛そうに歪ませ、探偵から目を逸らす。


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