複雑・ファジー小説
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- 【完結】春風の向こう側
- 日時: 2021/09/01 01:54
- 名前: ガオケレナ (ID: k98DLrCp)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12355
※この物語は、実際の事件や出来事を基にした完全なるフィクションです※
風の吹く先には、何も無かった。既に満たされていたからだ。それに気付かなかった。気付けなかった。
突然全ての記憶を失くした私は何者で、何処で、何をしていたのか。すべてが思い出せない。
残された手掛かりは三つ。
その手掛かりを追いながら、私は己がこれまで導いてきた答えを改めて覗くことになっていく。
これは、私のこれまでと、そしてこれからを紡ぐー私の物語ーだ。
以下は順次追記予定
【主な登場人物】
私……作中の主人公。とある出来事がきっかけで記憶を失い、自分が何であるのかの一切を忘れてしまう。本名はパルヴィーズ。
レザー……私の弟。娘がいる。
マリアン……レザーの娘で私の姪。記憶に関する知識を披露する。
【しおり】
第一の手掛かり……>>1-7
第二の手掛かり……>>8-13
第三の手掛かり……>>14-20
改めましてガオケレナです。
普段は二次創作板でコソコソと自己満でしかない作品を書き続けていた私ではありますが、今回私が本来書きたかった、そして本当に伝えたかった事の一部を表してみようかなと思い遠征する事にしました。
あまり長くはない作品を予定しておりますが、その時までどうぞ宜しくお願い致します。
※コメントは雑談板の私のスレかTwitter垢へ宜しくお願いしますね※
☆2020年冬大会にて副管理人賞を頂きました。応援ありがとうございます☆
- Re: 春風の向こう側 ( No.1 )
- 日時: 2020/08/01 12:44
- 名前: ガオケレナ (ID: F343Lai/)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
その目は、突然開かれた。
安らかな眠りから覚めたような、心地よい朝を迎えたようだった。
だが、それとは裏腹に不穏な影が幾つかあった。
不規則に揺れる鼓動。
乱れる呼吸。
その瞬間、私は悪夢にうなされていたのだと実感した。気分の良さはほんの些細な一瞬でしかなかった。
私が呻いたせいだろうか。
その声に気が付いた誰かが慌ただしく駆け寄って来る。
知らない顔の、見たことの無い女性。
年相応に皺を身につけている、私よりも二回りほど年配であるのは確かな人だ。
その顔は見えない不安に恐怖し、怯えているようだった。
だが、私が起き上がったのを見るとまるで重い荷物を降ろしたかのようにほっとし、そして今この場に居る人々を集めるために叫んだ。
人々が一箇所に集まってきた。
同時に私は理解した。一つの屋根の下で一人用のベッドに寝かされていたことを。要するに、家に居るということを。
「見て! 目を覚ましたわ!」
「もう……大丈夫なのか? あれから変わったことは?」
「まだ何も……」
この家の持ち主たちなのだろうか。四人ほどで私を囲んではそのように会話をしだす。自分が置いてけぼりにされているようで嫌な気分だ。それに、誰も彼もが知らない人たちだ。これほどの恐怖が他にあるだろうか?
「とりあえずお医者様に連絡しましょう。起き上がったと」
「時折呻き声が聞こえたぞ……? 本当に何も無かったのか?」
私は、どうしていいのか分からなかった。
周りの人々は、私を見て安堵しているようだが、状況が全く分からない。先程の皺のある女は早速電話機に手を取っては誰かと連絡し始めている。前後の会話からして相手は医者だろう。
私は、私の身に何が起きているのか、さっぱり分からないのだ。
「此処は……何処だ?」
私は部屋をぐるりと一通り見た後に呟く。
「貴方は……誰だ?」
私はこの部屋にいた、私を不思議そうに見つめている若い少女に向けて言った。
「今日は……何曜日、だ?」
「やっぱりな……」
皺のある女と会話をしていた私と同い年くらいの、長い顎髭をした男がため息混じりに残念そうに呟く。
「あれから状態は変わっていないらしいな」
「状……態……?」
「そうよ。貴方は昨日まで病院にいたのだけれど、一度目を覚まして……。お医者様も大丈夫だと言うから家に連れて来たのだけれど、また寝てしまって……。それで今あなたは起きたのよ?」
「ダメだ、分からない……。何なんだ……何があったんだ……」
「パルヴィーズ」
医者と通話中であるのだろうが、皺のある女は私を見てそう呼んだ。どうやら私の名前は"パルヴィーズ"らしい。少なくとも、彼等の中では。
「あなたは……記憶を失っているの。皆それを知っている。でも、あなたは知らないわよね?私たちが誰で、自分が何者で、今何処にいるのかも」
その通りだ。私は何も分からない。唐突に記憶喪失だと言われてもそれが事実なのかも理解し難い。
仮に記憶が無くなったとしても、今見えている世界があまりにも鮮明なのだ。
だが、彼女は待たせてはくれなかった。すぐに事実を述べ始めた。
「パルヴィーズ。いい? ここはあなたの家。私たちは家族。そして今は……。千三百九十八年……四月三十一日よ」
放心状態とはこの事を言うのだろうか。
彼女の言葉の一つひとつを取ろうとしても、私自身が追い付けない。手を伸ばしても届かない。
暑いせいか開きっぱなしの窓から、熱気と共に外を走る騒がしい音が耳をいたずらに刺激する。
その音の正体は、街を見れば飽きるほど有り触れている、一般的な自動車の走行音だった。