複雑・ファジー小説

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紫電スパイダー
日時: 2022/07/25 23:10
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)

『篝火』という異能が存在する東京の話。
そこでは刃物、銃弾、篝火だろうが何でもアリの非合法な賭博が横行していた。

バーの地下には巨大闘技場!
アタッシュケースの札束は勝てば総取り!
ミラーボール回るディスコで血飛沫と鉄風雷火が乱れ舞う!
チープなゲーセンの奥にある麻雀卓で異能イカサマ合戦!
蟹味噌を喰って宇宙の果てまでブッ飛び狂う!

今宵も賭けるのは金と命と、そして生き様。
愉悦に任せるがまま全てを薙ぎ払う『藤堂紫苑』という天才。
その背中に……凡人である『黄河一馬』は何を思うのか。
これは、後に日本の裏社会で、伝説と呼ばれる男の物語である。



※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。また実在の人物や団体などとは関係ありません。





何回目のリメイクになるでしょうか。
お恥ずかしい限りです。紅蓮の流星です。
今回は完結させます。よろしくお願いします。

Tips:カクヨム版ではこっちより更新が早いらしい。

□本編
Chapter1 VS『岩猿』
1-1「片玉だいたい350万円」 >>1
1-2「ストレスで吐きそう。火を」 >>2
1-3「起立! 金的! 着席!」 >>3
1-4「お前をツミレにしてやろうか」 >>4
1-5「紫電」 >>5

Chapter2 VS『蛭』&『バー・パンドラ』
2-1「蟹味噌キメて狂う回」 >>6
2-2「月々の返済がゼロになる!」 >>7
2-3「玉ヒュンパラダイス」 >>8
2-4「10分間ずっとベロベロバァ~」 >>9
2-5「高圧放電」 >>10

Chapter3 VS『透狐』&『情報屋ザイツェフ』
3-1「ゥラッシャーセー↑」 >>11
3-2「エブリデイバンビ(猿)及びヤンデレ」 >>12
3-3「アレはコスプレです。そして私は無関係です」 >>13
3-4「ドラゴン総受け過激派」 >>14
3-5「電磁障壁」 >>15

Chapter4 VS『都内ヴェリタス実施店』
4-1「アレクサ、男のロマンを叶えて」 >>16
4-2「ズムズム血みどろ百花繚乱」 >>17
4-3「魔改造1/1スケール蛭(渋谷Ver.)完成品」 >>18
4-4「地獄までひとっ飛び☆パスモ鉄道」 >>19
4-5「ペペロンチーノ(対戦希望)」 >>20

Chapter5 VS『喰蛇』
5-1「口、口、口、口、口!」 >>21

■作者Twitter(更新情報、イラスト等)
@Dorry_0921
ハッシュタグ #紫電スパイダー

Re: 紫電スパイダー ( No.17 )
日時: 2022/06/15 21:50
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)

「あの人達は黒澤弥五郎だいだらぼっちまで辿り着けるでしょうか、ねえ師匠」
「それを見極める為に、わざわざ試練を麻雀にしたのだ、透狐。生半な者に情報を渡せば……私達の事まで嗅ぎ付けられるからな」

 ザイツェフはモニター越しに一馬と紫苑の姿を観ていた。透狐はその隣で、同じく画面を、どこかぼんやりとした様子で眺める。

「ヴェリタスで勝つ為に必要な要素は何だと思う?」
「……強い篝火イグニス、でしょうか」
「私は『広い視野』と『判断力』だと考える」

 少し逡巡してから答えた透狐に、ザイツェフは被せ気味で正解を述べた。

「覚えておくと良い。強い篝火イグニスが勝つのではなく……勝った人間だけが強者として生き残る。それがヴェリタスだ」
「……はい、師匠」

 師から賜った痛烈な教訓を噛み締めて、透狐は自らの左腕を、右手の爪が食い込むほど強く握り締める。
 まだザイツェフを支えるには、至らない事が多過ぎる。久方振りの敗北は、彼女の内に秘められた熱に、焦がれるほどの薪を焚べていた。
 せめて、この人の視界に居続けたい。その切実な一心を募らせるばかりだ。

 透狐が持つ篝火イグニスは【私を見ない月(ムーンゲイザー)】である。
 出会った事がある人物に対し「対象の、現在の思考と視界を読み取る」という有用無比な篝火イグニスだ。一度でも直に素顔を見た相手ならば、写真や画像等を介しても覗き見る事が出来る。
 ちなみに大太法師だいだらぼっちや黒澤會幹部の情報は、直に会った事が無いので読み取れない。
 副作用ノシーボは「他人から極端に忘れられやすくなる」という事象だけ。これは篝火イグニスを使う使わないに関わらず、常に付いて回る副作用ノシーボであった。

「あたしの事は、もう忘れたみたい……いつも通りだけれど」

 透狐が顔を上げ、再びモニターに視線をやった。その向こうに居る一馬たち4人の背を、銀色とも灰色とも付かぬ瞳で追い掛ける。
 彼女の脳裏には、今もこうして一馬の思考が視界情報と共に流れ込んで来る。

 早い話が、そば処・こやまの軒先から一歩出た瞬間に、一馬ら4人はザイツェフと共に居た女性の姿を思い出せなくなっていた。朧げに「ザイツェフの隣に誰か居た気がするけれど思い出せない」という違和感は覚えつつも、透狐の姿や人となりが像を結ばない。そして能動的に思い出そうとする程の興味関心も失せている。
 情報屋としては、むしろ好ましいリスクである。言ってしまえば篝火イグニスを2つ持っているようなモノだ。
 けれど透狐は、それに慣れてはいたが、憔悴もしていた。

「親ですらあたしを忘れました。あたしを忘れないでくれるのは、おじいちゃんと、師匠だけですね」

 透狐はコンソールの上で指を踊らせるザイツェフに、体重を預けている。
 年季が入った木造りの椅子を、ザイツェフの隣まで持ってきて、まるで縋るように寄り掛かっていた。向かい合う相手の全てを見通す瞳は、灰色を帯びた銀と共に寂寞を湛えつつ、睫毛の奥で沈むように床を見つめている。
 敢えてザイツェフは透狐の方に振り向かない。

「私の篝火イグニスはそういうモノだ」

 ザイツェフは【グラウンド・ゼロ】という篝火イグニスを持つ。
 自身に向けられた篝火イグニスを全て無効化する。幾つかの制約はあるが、規定した範囲に効果を広げる事も出来る。珍しい上に強力な権能だ。
 先の勝負においては藤堂紫苑の【紫電フルグル】『電磁障壁シャットダウン』を無効化すれば、透狐の【私を見ない月(ムーンゲイザー)】も発動できなくなるので、使っても意味を為さなかったが。

「私は、私の師匠……キミのお祖父様から、キミを一人前の情報屋として育て上げる様に言い付けられている。それを果たすまでは、何があってもキミの事を忘れない。そして守るさ」

 透狐の篝火イグニスによる副作用ノシーボですらも【グラウンド・ゼロ】は無効化する。
 だからザイツェフだけは透狐を忘れない。
 けれど他の篝火イグニスを封じる【グラウンド・ゼロ】は、恋愛感情を含めた性的な欲求を持つごとに効力が弱まる。その副作用ノシーボは透狐も知っている。

 ザイツェフが透狐を忘れずにいる限り、透狐の気持ちを受け止める事は出来ない。
 顔色を少しも変えず振り向きすらしないザイツェフの肩で、透狐は少し間を置いてから、大いに落胆したような溜め息を長く吐く。
 表情は擦り切れながらも青いままの、まるで慣れた失恋を繰り返す少女だった。

「師匠は相変わらず、ズルい逃げ方をしますね」







 さあさあ始まりましたあ、岩猿様と愉快なモブ3名による東京23区内ヴェリタス実施店珍道中。実況解説ナレーションは全部まとめて完璧超人岩猿様の独壇場だあ。

 紫苑とか言うイカレポンチがね、ヴェリタスをやっている店であちこち片っ端から暴れ回れば、黒澤會のクソッタレ共がノコノコおいでなすって湧いて出て来るだろうって言うからね。
 まずは近場のクソッタレ共を片っ端からノシ梅にしてやろうってな寸法だあ。
 アイツは頭良いのかアホなのか分かんねえ。多分ただ暴れたいだけだろ。

 そんなワケで本日はこちら、渋谷にあるクラブ『G.G.』からお届けするぜ。
 1階フロアこそは普通のハコだが、馬鹿デカい地下は真ン中が開けたダンスホールみてえになっているんだ。
 奥でDJがキレッキレのナンバーをスクラッチ、赤や紫や青だのディスコライトが乱れ舞うダンスホールでは、クソッタレ同士が血飛沫あげて殺し合う。

 それを見下ろす観客席のアホンダラ達は、頭もげるんじゃねえかって位のヘドバンをかまし、月曜朝の常磐線かって程の猛烈なモッシュで押し合いへし合いする。勿論それで死人も出るぜ。
 バチバチのバトルと分厚い音圧のコラボレーションは最高ってモンよ。

 けれど今日の盛り上がりは一味も二味も七味も違う。
 紫苑だあ。あの馬鹿がまァた札束をブチ撒けやがった。
 今日も始まるぜ、誰も彼もお構いなくごった返して暴れ回る宴が。
 ギラッギラのミラーボールにまで血飛沫が飛んで跳ね返る。
 もうダンスホールは阿鼻叫喚血みどろ百花繚乱の仮面舞踏会だあ。
 一馬と蛭は我先に突っ込んで行って他の連中と一緒に【紫電フルグル】でブッ飛び、浜辺で打ち上げられている半死半生の魚みてえに痙攣してやがるぜ。

 それじゃあそろそろ俺様も待望歓待のご降臨と行きますかね。
 こんちわーッ、ご機嫌いかがですかーッ、本日はお日柄も良く死ね紫苑オラァ!

Re: 紫電スパイダー ( No.18 )
日時: 2022/06/16 21:18
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)

「そう言えばオレ達って何でヴェリタスん時に仮面とかマスクを着けてるのかな」
「最初は身バレ防止の為にって着けてたみたいだがよお、今となっちゃほとんど意味ねえな。ヴェリタスユーザーの慣習みてえなモンだあ」

 オレは自分のガスマスクをまじまじ眺めながら呟いた。
 岩猿は壁に並べられている仮面の内、さっきからずっとマンドリルの仮面をガン見している。
 ここは渋谷でひっそりと営業を続けるマスク屋だ。ハロウィンの時期が近づくと客でごった返す。今はオレたちの他に店主しか居ない。
 まだ蛭が自分の仮面を持っていなかったので、紫苑が見繕おうと言い出したのだ。ただし紫苑もマスク屋の場所は知らない。ここは岩猿が贔屓にしている店だ。

 店内はちょっと狭くてお高めな靴屋じみた内装である。靴の代わりに色んな仮面やマスクが並んでいる。淡い間接照明の光は、モノトーンの設えやローテンポな洋楽も相まって、落ち着く雰囲気を演出していた。

 蛭は顔をしかめながら、中々しっくり来る物が見付からないでいる。鏡の前で仮面を顔に合わせては、納得いかない様子で投げ捨てて取り替えてと繰り返している。
 オレと紫苑はそれをキャッチしては自分に合わせてみたり、棚に戻したりして暇を潰していた。

「決まらないぞ。もう貴様の仮面を寄越せ紫苑」
「嫌だね。俺はこれが気に入っているから」
「そう言えば……岩猿はゴリラの仮面って自分で選んだのか?」
「カッコいいだろお、ゴリラァ」

 やがて蛭が赤い仮面を手に取り、真上のライトに掲げ、鼻先が触れそうな位置まで近づけて凝視する。顔に着けて姿見の前であれこれヘンテコなポーズを試みる。
 最終的に特撮ヒーローの変身ポーズめいた体勢のまま、満足した様に深く頷く。
 黒地のシンプルな形に、ピエロのメイクみたいな模様が紅く描かれている仮面だ。どことなく紫苑の仮面に似ている気もする。

「決めたぞ。これにしよう」
「じゃあこれで買ってこい」

 紫苑はぞんざいに蛭の方へアタッシュケースを投げる。蛭は軽やかに取っ手を空中で掴み、その場で一回転してから店主がうつらうつらと微睡んでいるレジへスキップしながら向かう。
 いきなり起き抜けに開かれたアタッシュケースの中から、ギッシリと詰まった札束を見せつけられて、店主は大袈裟に仰け反ってから椅子ごとひっくり返っていた。
 オレと岩猿は蛭の背姿を眺めている。

「岩猿、アレ、どう思う?」
「どうもこうもねえ。このままじゃあよろしくねえなあ。せっかく俺様御用達の店でマスクを買っても、あれじゃあ台無しだぜ。粗挽き焼き立てハンバーグにパイナップルを乗せる位には台無しだぜえ」

 蛭の腕と足は乱雑に包帯が巻かれている。黒いワンピースはボロボロに裾が擦り切れ、せっかく綺麗なプラチナブロンドの色合いをした長い髪もボサボサだ。
 言ってしまえば全体的に小汚い。
 オレは岩猿と横目に視線を合わせて、お互いに不敵な笑みを浮かべる。

「せっかくここは忠犬ハチ公のお膝元こと渋谷だ、なあ岩猿!」
「やってやろうじゃねえかあイカレ女魔改造計画を、魅せてやるぜえ炸裂するぜえ、ウルトラカリスマファッションリーダー岩猿様のセンスがよお!」







 別に岩猿はファッションリーダーでもなければカリスマでもない。喧嘩が強いだけの良い年こいたウルトラうるせえチンピラである。
 それはそれとして、オレと岩猿は湧き上がる勢いに駆り立てられるまま、蛭の右手と左手を引っ張って連れ回していた。
 ある意味で紫苑を殺す為の戦略だの何だのと言い包めれば、割りと本人も途中から乗り気な様子で、最終的には3人でスクランブル交差点を小躍りしつつ斜めに渡る。

 紫苑はその後ろから、欠伸して片手をポケットに手を突っ込んだままヘッドフォンで音楽なんぞ聴きながら付いて来る。黒くゴツめのヘッドフォンとウン万円する音楽プレーヤーは、一昨日あたりにアキバのでっかい電器屋で、たまたま目に付いた物を買ったらしい。

 試しに「ちょっと貸して」と言ってみれば、重低音が首元まで揺らして来るくらい良い奴だった。
 脳髄を響かせるラインナップは、ロックやメタル、流行りのポップスからゲームの曲らしきものまで、まるで統一感の無い印象だ。

 本人曰く音楽はぜんぜん詳しくないから、何となく見付けて気分がノる曲を聴いている、との事らしい。
 オレも小気味良い音に乗せられつつ、岩猿や蛭と一緒に人混みをダンスの振り付けみたいにすり抜けていると、流石に紫苑から「そろそろ返せ」と不機嫌そうな声で肩を掴まれた。

 一方その横合いで岩猿はヨタヨタと躓いて転んだ見知らぬオバアチャンの手を取り立ち上がらせると、オバアチャンを独楽みたいグルグル回し、オバアチャンも岩猿もノリノリになりダンスを披露した後で、最終的にピクチャーポーズをキメていた。



「ぐわぁあああ……」

 オシャレな美容室に蛭の情けない叫び声が、なんとも緊張感なく響き渡る。
 拾ってきた子猫みたいに髪をワッシワッシと洗われる蛭は驚くほど無抵抗だった。
 オレと紫苑と岩猿は、店の入口に置いてあった雑誌をそれぞれ取り、適当な椅子に腰掛けてぼんやりした様子でページを捲っている。
 オレは漫画雑誌を、紫苑はファッション誌を、岩猿はゴシップ誌を広げていた。

「良くキレて暴れ出さねえな、あのシリアルキラー」
「先に大人しくしとけって言っておいた」
「ノコギリ女は、紫苑、テメエの言うことだけは聞くなあ」



「たかが真っ黒なTシャツだろ岩猿、これに何万円もかけるのかよ」
「コレだからだっせえジャリガキはよお、分かっていねえなあ一馬よお、縫製とか、着た時のシルエットが抜群に違うんだあ!」

 カジュアルなモノからシックな商品まで、たくさん黒い服を並べているブランド物の服屋の前で、言い合うオレと岩猿を蛭が眺めていた。紫苑は腕を組みつつマネキンに着せられた商品を興味深く見て回っている。



「靴は大事だよな、靴は。オシャレの基本にして奥義だって言うもんな」
「分かっているじゃねえかあ、足元を見るってえコトワザがある位だからなあ」

 3人が靴屋に並んでいる商品を、しゃがみ込んで見入ったり、手に取り黙って観察したり、代わる代わる蛭に履かせては「いや、ちょっと違うな」と首を横に振る。
 蛭にスニーカーを穿かせるかブーツを穿かせるか、オレと岩猿の間で軽い論争から掴み合いにまで発展する。ちなみに争いは紫苑の「両方とも買ってやる」という一言によって終結した。





 既に日はとっぷりと暮れて、向こうにある十字路で大学生くらいのニーチャンが、アルコール度数24%のロング缶を片手に千鳥足でバレリーナさながら踊り狂っていた。
 雑居ビル1階の入口前で、オレ達4人は並び立っている。
 オレ達3人より前に少女が進み出る。少女は身の丈ほどある楽器ケースを背負っている。黒いオーバーサイズのTシャツに、赤いデニム生地のショートパンツと、黒いショートブーツを穿いているという組み合わせのファッションだ。
 両腕はアームカバーで覆い、頭に被ったスポーツキャップも黒で揃えている。
 今朝方よりも見違えるほどプラチナブロンドの髪がサラッサラになった彼女、蛭は変化に乏しい表情で、青いLEDの電飾で『BAD MEDICINE(バッドメディスン)』と照らし出されている看板を見上げた。
 青い看板を指差した蛭は、振り向いて深い紅色の瞳でオレ達を見る。
 オレの勘違いでなければ、蛭の声色はいつもより幾分か弾んでいる気がした。

「今日はこの店を攻めるんだな?」
「そうだ。けれど……少しだけ趣向を変えてみよう」

 言うなり紫苑は俺を見やり、手に提げていたアタッシュケースを投げて寄越す。
 慌てて受け止めると、彼はニヤリと少し笑いながら、仮面で顔を覆い隠した。

「強くなりたいんだろ。まずは一馬が、ここのチャンピオンに勝てよ」

Re: 紫電スパイダー ( No.19 )
日時: 2022/06/26 17:15
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)

※この物語は、実在の人物や団体、ICカード乗車券等とは一切関係ありません。



「一馬よお、テメエは事前にキッチリ相手をリサーチして、勝ち筋を決めてから戦うタイプだったよなあ」

 店の玄関をくぐるより前に、岩猿は聞かれてもいないのに切り出してきた。

「岩猿様のありがたァ~いご神託だあ。三半規管かっぽじって脳ミソに叩き込めえ。とは言え俺様もヤツと会った事が無えから、人づてに聞いた話だがなあ。まずは……ここのチャンピオン『パスモ』の篝火イグニスだがよお……」

 オレの場合は借金返済が懸かっていた。とにかく負けたくないから、暇さえあればパンドラに出向いては戦う可能性のある奴を片っ端から分析していた。
 とは言っても、たいてい岩猿に挑む奴は何かしらの策を講じる。なのにオレの癖を把握していたって事は……ヴェリタス実施店めぐりを始めたこの2週間で見抜いたか、それより前……パンドラに居た時から知っていたか。



 バッドメディスンの地下は、鉄骨やコンクリなどが剥き出しのまま組まれた無骨なステージだ。円形の闘技場をぐるりと囲って、すり鉢状の観客席が見下ろしている。パンドラと似ているレイアウトだ。
 岩猿が言うに、ここも都内では有名な店らしい。ヴェリタスのチャンピオンは例に漏れず、どいつもこいつも頭のネジが1本2本3本10本は軽くブッ飛んだ、イカれ野郎ばかりだそうだ。

 ここのキング・オブ・イカレ野郎はどんな益荒男かと、オレは少し張り詰めつつも待ち構えていた。
 カウボーイ姿にショートヘアの女性レフェリーが、ハスキーボイスでチャンピオンの名前を叫ぶ。
 スポットライトが向かいの入場口に当たり、果たしてその男は姿を現した。

「続いて、待ち受けるは皆さんお待ちかね! 立てばヤク中、座れば廃人、歩く姿は生ける屍! 人間失格の生きた見本! バッドメディスンに君臨するチャンピオン、コードネーム『パウダースモーキー』こと、略してパスモ先輩のお出ましだぁ!」
「……ぅいぁぁああっぁぅぉおぉん(好きな食べ物はキノコです)……」

 思っていたより斜め上にヤベー奴だった。
 ガイコツに肉の皮とダボッダボの服を貼り付けた様な、めっぽう細いハンガー掛けみたいな、ちょっと飛び出した目玉をそれぞれ別のあらぬ方向に向けている何かが、よろけていた。やけに緩慢な動作だけれど、下顎だけがダイエット器具ばりの振動でカクカクと震えている。

 ソイツは右にフラフラ、左にフラフラ、また右にフラフラ行く、ように見せかけてもっと左によろけ、入場口に何度も肩や頭をぶつけながら闘技場までのろのろと距離を詰めてくる。
 そして闘技場へ辿り着くと同時に、木の枝が倒れるみたいに、ぱたん、とその場へ伏した。

「何だよコイツ!!」

 思わず指差して大声を張り上げる。戦う前に終わったぞ、オイ。
 転がったガイコツは、パスモは、そのまま懐から何か取り出す。それは注射器だ。そして震えているんだか注射器を振っているんだか分からない手で、針を自らの首へ突き刺す。
 途端に痙攣し、のたうち回り、腰を吊り上げられた様に大きく仰け反った。

「んっ、あっ、んんっ……んほぉおっ!!」

 男の喘ぎ声って聞いているだけで吐きそうになるんだなあ。
 イマイチ脳処理が追いつかないままそんな事を考えていると、パスモのガリッガリに痩せ細った四肢が、腕、脚と順繰りに肥大していく。ちょうど風船に空気を入れている時みたいな光景だ。
 小枝の様な腕が、脚が、岩猿もかくやと言わんばかりの筋肉でコーティングされてゆく。丈を余していた服もパッツンパッツンに引き伸ばされ、腹筋は服の上から見事なシックスパックを浮かび上がらせる。
 見る見る間に筋肉質な巨漢となったパスモは、打って変わって落ち着いたバリトンボイスで、ついに篝火イグニスの名を述べる。

「【皆葬列車ラリトレイン】」

 肥大した筋肉が、更に膨れ上がってゆく。
 服が弾け飛ぶ。
 金属色の光沢を帯び、爪先や指先に至るまで全身がメカニックな造形へ変形する。岩猿の岩石巨人ティタノマキアが見劣りする様な、機械的な巨体だ。
 ガシャン、シャキィン、ジャキィン、バァン、とポーズを決めながら完成してゆく姿に目を奪われる。そして電車の先頭車両らしきものが胸部にそびえて、知らずの間に……オレの頬を涙が伝っていた。

「クソかっけぇ……」

 それはまるで電車をモチーフにしている巨大ロボットだ。
 オレは興奮のあまり今にも腰が砕けそうだ。観客席の岩猿も、その場で飛び上がってワケ分からない言葉を叫んでいる。
 因みに岩猿は飛び上がった拍子で、寝転がっているソファを蹴飛ばされた蛭から、思い切りサマーソルトキックを喰らって打ち上がっていた。

「本日はパウダースモーキー鉄道をご利用いただき、誠にありがとう御座います」

 電子的なエフェクトを被せたバリトンボイスの落ち着いた声は、ベテランの車掌を連想させる。
 ハッキリとした呂律で、電車モチーフの巨大ロボは、人差し指を立てて表明した。

「この列車は快速、天国行きです。途中下車は出来ませんので、ご注意下さい」
「コードネーム・炎馬、対コードネーム・パウダースモーキー……略してパスモ! さあさあ皆さん、行くぞっ、レディー……ファイッ!」

 カウボーイ姿の女性レフェリーが告げるなり、巨大ロボは発進した。
 パスモは薬物でドーピングした身体を、更に篝火イグニスで武装して戦う。【皆葬列車ラリトレイン】の権能は、皮膚の肥大と金属化である。
 ただし篝火イグニスは想像力を培い、解釈を拡げる事で、さらなる強さを発揮する。
 いつか酒の席で語っていたけれど、かつて岩猿が、砂粒しか操れなかった様に。
 そしてパスモの想像力は──自身の両手に銃口を、肩はそれぞれミサイル発射台とレーザー砲門を搭載させるに至った。

「なんじゃアレ超かっけぇえぅおおおおおぉわわわっ、わっ、危ねえな馬鹿野郎!」
「照準が定まりませんので、駆け込み乗車はご遠慮ください」

 降り注ぐ弾丸と、迫るミサイルと、地面を焼き抉るレーザーが雨の如く襲来する。
 なんて攻撃の密度と範囲をしていやがる。
 岩猿に並ぶ制圧力は、さすがチャンピオンというべきか。バッドメディスン最強の称号は伊達じゃない。

「だけれど……見切れない程じゃ無いぜ!」

 おそらくオレの反応速度は、しばらくアイツらと居たから、格段に上がっている。
 なあパスモ、お前は、パンドラの不敗神話を……岩猿という男を知っているか。
 オレが阪成に引きずられて初めてパンドラの鉄扉を潜った日も、アイツは闘技場の真ん中で胸を打ち鳴らし、転がる敗者の上で雄叫びを上げていた。乱暴かつ粗野で、品の良さなんてモンはまるで無い。
 けれどオレの目には、まるで自由奔放の象徴みたいに思えたのだ。
 だから、こないだアイツを倒せるかもってなった時は、高揚で打ち震えた。

「遅いなあ、遅い、アイツらに比べれば、全然っ!」

 蛭という少女を知っているか。
 オレの事を縛っていた家守組を、まるでゴミの様に、呆気なく血肉のパーティールームに変えた女だ。雑多な事には目もくれず、歪んだ愛を信ずるまま、紅い海と巨大ノコギリを振りかざすイカれ女である。
 そして岩猿と蛭を打ち破った、藤堂紫苑という男を知っているか。
 電光の如く現れた、オレと同い年くらいの男は、思うままに何もかもを薙ぎ払う。オレが信じていた最強も、美味いメシの定義も、パンドラ以外でのヴェリタスも……全部ブチ壊して、楽しそうな方へと向かって躊躇いなく踏み出してゆく。

「オレの裾に穴を空けたけりゃあッ! 【国つ神の槌(ギガースハンド)】でも【21期60号(ヴァンパイア)】でも【紫電フルグル】でも持ってきやがれッ!」

 オレ達は決して馴れ合いじゃない。仲間や友達じゃない。
 紫苑の首を狙い合い、それぞれが何かイラッと来れば速攻で暴力を振るい合う。
 互いに信じ合うのは力だけ。
 だからオレは、コイツ如きに敗ける訳にゃあいかない。

「【エルドラド】ッ!」

 ガスマスクのノズルを回す。金色の火炎を吐き出す。
 しかし鉄巨人は腕を振るい、炎を何事もなく払い飛ばす。
 そりゃそうだ。岩猿の時と同じ構図だ。
 勝ち筋があるとすれば、絶え間なく炎を吹き付けて蒸し焼きにしてしまうか。
 それとも鋼鉄の外殻を溶かしてしまうか。いずれにしても時間が必要だ。
 そんなのは恐らくパスモだってすぐに察するだろう。だから早く勝負を決めようと弾幕を厚くするハズだ。それから程なくして本体からの攻撃も併せてくるだろう。

「ほうら来たッ!」

 パスモが背中からジェット噴射を行いながら鉄拳で殴りかかってくる。
 横合いへ転がり込む。すぐ向けられた指先の銃口から弾丸が飛んでくる。
 駆け出して避ける。パスモがまたも追従する。
 今度は避けきれない。鞘から抜いた刀で拳を受ける。
 追撃の上段蹴りが迫る。掻い潜って背後へ回る。
 とにかく奴の死角と背後へ、意識して陣取り続ける。
 反撃の暇もない……だがこれでいい。
 さっさとケリを着けたいのに、ちょこまかと避けられる。
 まだ攻撃手段は致命性を持っていないから警戒しなくて良い。
 そんな相手と対峙した時に、パスモ、お前は何を考えるかな。
 オレには分かるぜ。そろそろ──大技を出して来るんだろう?

「【皆葬列車ラリトレイン】、『ジャガーノート』」

 パスモの姿が変形する。
 金属音が連続して鳴り響き、巨大ロボは電車そのものへと変貌する。ただし車体の横や屋根から銃口だの砲門だのが生えている。

「間もなく終点、天国でございます。六文銭をお忘れなき様ご注意下さいませ」

 低いバリトンボイスの声が響いて、鉄の躯体がエンジンの様な音で唸り始める。
 これを待っていた。さあ大一番だ。
 持っている刀の刃へ炎を吹き付けた。
 刀に金色の火炎を纏わせ、脇構えになり、体重を前に掛ける。

 ──ここで、おさらいだ。
 篝火イグニスは想像力と解釈の拡大によって強くなる。
 それは口で言うほど簡単に出来はしないが、事実だ──。

 けたたましくクラクションの音を掻き鳴らし、前照灯を輝かせ、死の列車が破壊を振り撒きながらオレへと一直線に疾駆する。左右を埋め尽くすは弾丸とレーザーの嵐で、逃げ場は無い。

 ──紫電フルグルを帯びたワイヤーは、岩を溶断していた。
 同じ事が、今のオレなら出来る筈だ──。

 岩猿戦では刃も炎も通らないと思い込んで居たから、使わなかった。
 これがオレの剣技だ。
 暴力的な質量が迫る。死の雨がしとど降り注ぐ。
 よく目を凝らしてその隙間を見据える。
 踏み込むべきは車体の真横だ。
 パスモがオレを轢き殺す寸前まで。
 その刹那まで極限までコイツを引き付ける。
 生と死を分かつ一瞬は、今か、今か、まだ、今か、まだ……──今だ。
 大きく踏み出す。
 刀を逆袈裟に振り抜く──……。

「【エルドラド】ッ! 『炎纏剣えんてんけん灼煌しゃっこう』ッ!」

 ……──オレの真横で通過する殺人列車を、炎の剣閃で斬り裂く。
 列車は吹っ飛んで横転しつつ観客席へと突っ込む。
 破壊音と悲鳴とクラクションの音をブチまけて、金属製の巨体はみるみるしぼむ。大量に転がる犠牲者と血痕の真ん中で、元通り貧相な身体のパスモが、全裸で脇腹を裂かれたまま動かない。

「悪いが天国にゃあ行けねえよ。何せオレ達も、お前も……」

 刀の切っ先を振り、火を消し払う。そして言い捨てた。

「……行き着く先は、地獄だけだ」
「しょ、勝負……あり! 勝者、コードネーム炎馬っ!」

 レフェリーが告げた後に、せき止めていた濁流が溢れる様に、怒涛の歓声が湧く。
 勝利の実感が遅れてオレに染み込む。口の端が自然と上がり身震いしたので、拳を握り締め、それをスタジアムの天井に向かって勢い良く突き上げた。

Re: 紫電スパイダー ( No.20 )
日時: 2022/07/24 22:27
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)

「という事で……パスモから巻き上げた400万円だッ!」

 ここは古ぼけた『そば処・こやま』の店内である。
 蕎麦屋の座敷席にあるちゃぶ台で、寂れた店内に似つかわしくない札束を4つ、順番に叩き付けていく。
 オレは4つ目を置いた後に、鼻から息を吹きながら岩猿みたいなガッツポーズを決める。
 してやったり、という気分で蛭と店員である女性の方に視線を向けるが、彼女らは全く興味ない様子でカウンター席に着座していた。視線すら合わせてくれない。まるで興味ナシだ。
 ちなみに女性店員もヴェリタスユーザーで、コードネームは透狐と言うらしい。

「あれっ……そんなに無関心だと流石に凹む……」
「3つのアタッシュケースに札束を10億円も詰め込んでいる怪物が、そこに居ますので……」
「あんまり一馬に興味が無い」

 蛭の率直な一言が恐ろしい切れ味で一刀両断してきた。

「いいやッ、よくやったぜえ、一馬あッ! テメエは晴れてバッドメディスンのチャンピオンだあ! テメエならパスモ相手でも幾らかヤレるだろうとは思っていたが、まさかまさかの、スカッとする完全無欠圧倒的大勝利だあ!」
「ちょ、やめろよ……岩猿コラァ」

 ああもう、鬱陶しいなあ。
 岩猿が乱暴な手付きでワッシャワッシャとオレの頭を撫でる。
 何だよもう、こういうスキンシップが過ぎるのはオッサンの悪い癖だ。まるで親戚の甥っ子みたいな扱いをされている様で、どうにも座りが悪い。
 けれど、そもそも親戚の叔父に撫でられるという体験が無かったからか、不思議と岩猿の手を振り解く気になれない。そういうところも含めて調子が狂うので、やめて欲しい。

「……いや、ていうかこれじゃマジで馴れ合いだろうが、いい加減やめろや!」

 岩猿の手をしばく。
 オレと岩猿の茶番を眺めてから、紫苑はクックック……と、いつも通りのスカした笑い声をこぼす。

「実際に大したモンだったぜ。自分と相手の力量や、場の流れを見極めた上で……ここぞで渾身の一撃を放つ。俺としても良いモノが観れた。もっと誇れよ、その勝利を」

 彼は機嫌が良さそうな様子で胸ポケットからタバコの箱を取り出すが、中から一本だけ咥え指先を先端に当てた辺りで、とんとん、と透狐に肩を叩かれる。
 振り向く紫苑に、透狐は「全席禁煙」と達筆な筆字で書かれている張り紙を指差す。
 紫苑は何も言わずにタバコを仕舞う。無表情のままだったが、心なしか、どことなく雰囲気がしょげているように見えた。

「ちょっと待て紫苑お前、何その言い草。オレが勝てると思っていたからけしかけたんじゃないの?」
「半々だ。俺はパスモと会った事すら無かったからな。強くなりたいならもっと強い奴と戦うのが一番だろ」
「念の為に聞くけど……それオレが負けたらどうするつもりだったんだよ」

 紫苑と、岩猿と、蛭と、透狐はそれぞれ顔を見合わせてから、オレの方へ向く。
 そして順番にしれっと言い放つ。

「見殺しだ」
「見殺しだろうがよお」
「見殺しだぞ」
「見殺しですね」
「なんで透狐まで……アナタ初対面でしょ確か」

 オレの「初対面」という言葉に反応した透狐が、どことなく寂寥感のある陰りを表情に忍ばせた気もするけれど、それを追求する前に彼女は爆弾発言をする。

「初対面じゃありませんよ。貴方は私を忘れている。それが私の副作用ノシーボです。そして……視ていたんです。私の【篝火イグニス】で、あの瞬間の貴方を」

 ちょっと待って。さっき聞いたけれど、それ「相手の心と視界を覗く」ってヤツじゃない?

「ッキャアアアッやめろッマジで恥ずかしいから!」

 あの時は、そりゃもうテンションがブチ上がって変な事を考えていた気がする。
 透狐は生温かい視線を向け、口元に手を当てながら、柔らかく優しげな笑い声を零す。

「大丈夫ですよ。無闇に言い触らしたりはしません。不器用だけれど、良い信頼関係じゃないですか」
「だからっ、そういうのをっ、止めろって言ってんの! あと初対面とか言ってごめんね!」

 首の裏あたりが、すごくムズ痒くて、居心地が悪い!
 
「それより……そろそろ何か注文したらどうかね。一応ここは蕎麦屋だからな」

 オレが慣れない感覚に戸惑いながら身悶えていると、ザイツェフが厨房の入り口にある暖簾を手で避けつつ現れた。今日のザイツェフは、そば処・こやまのエプロンを着けている。
 注文を促され、真っ先に手を上げながら叫ぶのは岩猿だった。

「今日の俺様は肉うどんをガッツリシッポリと喰らいたい気分だぜえ!」
「あ……じゃあオレは親子丼と味噌汁のセットで」

 昨日は疲れたから、丼物を食べたい気分だ。

「紫苑と同じ物が食べたいぞ」

 いつも蛭の注文は同じだ。必ず紫苑と同じ物にする。だから他の店でも、紫苑の注文は必ず2人前が届く。
 それを受けた紫苑は、暇を持て余しているらしい。何本か束ねたワイヤーであやとりなんぞしつつ、少し考え込んだ後で言い放った。

「ペペロンチーノ。黒コショウは多めで」

 すぐさま勢い良く音を立て、白い皿がテーブルに置かれる。
 ザイツェフが置いた皿の上には、湯気を立てつつ瑞々しい光沢を纏う、美味そうなパスタが置かれていた。
 舌打ちする紫苑に対して、ザイツェフはしたり顔で腕を組む。

「今日はキミとり合うつもりは無いからね」

 オレと岩猿は爆笑して、透狐もお盆で顔を隠しつつ頑張って笑いを堪えていた。







「こんにちは。貴方は在りもしない神を信じる愚か者ですか?」

 それはまるで、眼前に広がった闇色の沼がいきなり吹き上げて、空へと漆黒の雨を舞い上げて突き刺す様な威圧感だ。
 背筋を素手で直に掴み、骨の細胞を侵食して、骨髄の中から掻き回すような忌避感だ。
 つまり圧倒的な強者とエンカウントしていた。

 ここは岩猿と共に訪れている、郊外の建設現場だ。
 建設現場とは言っても、1年以上も前に何らかの事情で工事は中断されたらしい。つまりは完成を見なかった廃墟だ。近辺は住宅も少ないから、多少ならオレや岩猿がドンパチやっても誰も駆け付けない。
 オレがパスモを倒したあの日から、しばらく岩猿や紫苑を代わる代わる特訓に付き合わせていた。
 紫苑と蛭は、ここに居ない。こんな時に限って別行動だった。

 今夜、月明かりに浮かび上がる黒い廃墟は何も語らないでいる。
 ただ先程まで手合わせしていたオレと岩猿は、招かれざる客へ視線を注いでいた。釘付けになったまま、うなじから爪先まで微動だに出来ない。
 黒澤會の幹部であるソイツは、それほど異様なプレッシャーを放っていた。

 藤堂紫苑は強いが、その雰囲気を微塵も嗅ぎ取らせない。居合や合気の達人めいている。
 対して、手下を何人か引き連れながら悠々と歩いてくる……神父服姿の男は、殺気を隠しもしない。
 ヤツの姿は見覚えがある。ザイツェフがオレ達に大太法師だいだらぼっちの事を話した時だ。モニターに映し出された武闘派幹部の内で、ピックアップされた男である。

「善悪の定義や正義とは、つまり強者が敷いたのりである」

 身を包む神父服姿に、シルクハットを被っている。その奥から丸い眼鏡が、月光を跳ね返して煌めく。

「そうは思いませんか。初めまして。私は黒澤會幹部……通り名を喰蛇くいばみと申します。死後お見知りおきを」

 神父服の男は、喰蛇は恭しく掌を胸元に当て、優雅な所作でお辞儀する。
 連れ立っている配下の連中も、それに倣う。

 オレは自分が強いのだと錯覚していた。
 オレ達の実力は図抜けているのだと勘違いしていた。
 だから、この日まで思いもしなかった。
 まさかアイツが、こんな無惨に──……。

Re: 紫電スパイダー ( No.21 )
日時: 2022/07/25 23:09
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)

「蛭という少女に埋め込まれた『八咲禍魂やさかのまがたま』を回収せよ……ですか」

 かつて篝火イグニスによって栄華を誇る国があった。
 今や廃墟が立ち並ぶ島と成り果てた亡国の一角で、神父服の男は反芻する。
 彼は喰蛇くいばみという二つ名(コードネーム)を持つ。都内でも屈指のヴェリタスユーザーとして、長きに渡って君臨し続けている奇人であり強者だ。
 高層ビルだった廃墟の一室で、その喰蛇が、酒瓶を呷る男に畏まっていた。喰蛇は主人の用命を承る執事の様に、自らの胸元へ手を当てている。
 擦り切れたソファに深く腰掛けている男は、名を黒澤弥五郎という。後ろへ流した黒髪の一房が、耳から落ちて俯いた顔の前に垂れる。

「お前の信仰とやらは、結果で示せ」

 端的に紡がれた言の葉が、神父を膝から落とし跪かせる。
 喰蛇は祈りを捧げる様に、両手を組み合わせ、陶酔しきった恍惚の表情で誓う。
 頬に涙が伝って、月明かりに照らされて光る。
 それは……日本の東京にある工事現場で、喰蛇と、黄河一馬および岩猿が邂逅するより少し前の一幕だ。

「ああ我が主よ。この命に変えても尊き神託をッ……必ずや成し遂げましょうッ!」







 オレと岩猿は恐怖している。
 それほど目の前の喰蛇くいばみが放つ迫力は圧倒的だったから。
 神父服に身を包んでいる長身の男だ。黒いシルクハットの奥から丸眼鏡を覗かせている。見た目は岩猿より細いハズなのに、本能が「この男は危険だ」と告げていた。

「それでは自己紹介も程々に……単刀直入に要件を述べます。あなた方と行動を共にする、蛭という少女の……居所を教えて頂きたい」

 まるでファーストフード店のアルバイトに注文を言い付ける様な軽い所作だ。
 喰蛇は何でもない様子で右手を差し出す。

「居所を言うとも言わずとも、岩猿殿は地獄へ行く事になりますが」

 喰蛇が手を差し伸べた空間に、生々しい巨大な唇が姿を現す。

「審判の門よ、悍ましく開け……【喰戸クラウド】」

 唇は唾液の糸を引きながら開き、白い歯と漆黒の口蓋を見せ付ける。
 口中の深淵から大量の銃口が生えて、一斉射撃を始めた。
 即座に岩猿の拳が地面を打ち付ける。

「【国つ神のギガースハンド】ォ!」

 スコールの様に襲い掛かる弾丸を、競り上がる岩石の壁が受け止めていた。
 耳をつんざく銃声の嵐がようやく止む頃に、立ち込める硝煙の向こうから、喰蛇がゆったりとした拍手を鳴らしつつ歩み寄ってくる。

「卓越した反応速度と防御力だ。下品を糞尿で煮込んだ様な俗物と言えど……流石はパンドラのチャンピオンたる男ですね」
「とんだ御挨拶じゃねえかあ、だったら覚悟は出来てんだよなあッ!?」

 隻腕の岩猿が、コンクリートで右腕を作り出し、それを地面に強く打ち付ける。
 瞬く間に地面から岩石の礫が舞い上がった。

「【エルドラド】!」

 岩猿の攻撃に被せる形で、オレも金色の炎を吐く。
 礫が火炎を帯びて、流星群さながら喰蛇達へ襲い掛かる。
 しかし礫は、ひとつも喰蛇や手下の連中に届かない。
 喰蛇が両腕を広げるなり、大量の口が虚空に現れて開く。
 それらが岩石の猛攻を全て呑み込んでしまう。
 まるで池へ小石を投げ込む様に、燃え上がる石礫は吸い込まれ消えた。
 それを見ていたオレは得も言われぬ虚無感に襲われ、恐怖と嫌な予感が、じわり、じわりと地面を湿らす雨の様に広がってゆく。

 空間を操る類の篝火イグニスは希少だ。それは炎だとか岩石だとか具体的なモノを操る篝火イグニスに比べて、あまりに抽象的な概念だから……という説があるらしい。
 けれど間違いなく喰蛇の篝火イグニスは、空間を掌握している。自由自在に現れる「口」という具体的な形を伴う事で、それを制御しているのだろう。
 先程の銃撃は、別の場所で銃火器を予めストックしておいたのかもしれない。何か仕掛けを施せば、その引き金を一斉に引くなど容易い。
 岩猿の攻撃は、おそらく遠いどこかへ飛ばす事でやり過ごしたのだ。

「攻防一体かよ。面倒臭い篝火イグニスだな」

 オレは吐き捨てながら、鞘から抜刀して刃に火を吹き付ける。

「はん、所詮は篝火イグニス頼りのエセ神父だあ。さっさと潰してやるぜ……」

 言うなり岩猿は生身の拳と、岩石の拳を、胸の前で打ち付けた。
 辺りのコンクリが脈打つみたいに盛り上がる。

「逆に黒澤弥五郎だいだらぼっちの銀行口座暗証番号から、ニッチな性癖の検索履歴まで聞き出すに限るぜえ!」

 岩石の巨人兵団と、岩の柱や槍が、押し寄せる津波の様に起き上がる。
 岩猿は最初から全力で攻めるつもりだ。

「【国つ神の槌(ギガースハンド)】ォ……『ティタノマキア』ッ!」

 岩石によって象られた猛攻が、全てを飲み込まんばかりに喰蛇達へと迫る。
 こう見えて岩猿は冷静だ。最近ずっと夜な夜な面と向かってタイマンでやり合ってきたから分かる。喰蛇が繰り出す篝火イグニスは、どの程度まで口を拡げられるのか。それを確かめる腹積もりだ。
 即ち喰蛇の、防御できる許容範囲を見極めるつもりらしい。だから初手から岩猿は最大火力を繰り出した。
 すぐ察したオレも畳み掛ける。
 炎の刃を真横に振り抜く。火炎の斬撃を飛ばす。

「【エルドラド】! 『炎纏剣えんてんけん閃翔せんしょう』ッ!」

 対する喰蛇は深い溜め息を吐く。
 見えない指揮棒を振るう様に、喰蛇の腕が揺れる。
 次々と中空に現れる大小さまざまな口が、石柱も槍も岩石巨人の殴打も、オレの炎も区別なくするりと呑み込み食い荒らした。
 更にもうひとつ大きな口が岩猿の横合いへ現れて、生身の左腕に喰らい付く。歯が腕を切断するより速く、岩猿は口を振り払う。二の腕の肉が大きく抉られ、岩猿は忌々しげに舌打ちする。
 本当にズルい篝火イグニスだ。
 手数も多いし挙動も早い、オマケにサイズも自由自在と来た。どう攻略するか。

「岩猿殿、いや品性の欠片も無いエテ公め。貴様は2度も看過できぬ過ちを犯した」

 オレが考えていると、喰蛇の声に暗い怒気が灯った。
 言い様に喰蛇が薄い紙を懐から取り出して、頭上高くへ掲げる。写真だ。いつぞやザイツェフに見せられた、大太法師だいだらぼっちの巨大な背姿が映っている。
 喰蛇は写真を口元に近付け、写真が折れて歪む程の強烈な接吻で吸い上げた。
 唾液を撒き散らしつつ写真から唇を離したと思えば、大きく開いた口から長い舌を覗かせる。舌の先は二股に割れていて、さながら蛇のそれを連想させた。スプリットタンとかいうヤツだ。それが残像を引く程の速度で、写真を舐める。
 喰蛇は写真を舐めながら、血走った目で岩猿を睨み付けた。

「いつぞや我ら黒澤會が差し伸べる手をッ、振り払ったに飽き足らずッ、我が主をッ、黒澤弥五郎だいだらぼっち様を愚弄したかッ、その穢らわしい下賤な口でッ!」

 長い舌を振り回し、唾液を散らしながら、裏返った金切り声で叫ぶ。

「何がパンドラのチャンピオンかッ! その程度のちっぽけな肩書きで、猿山の猿が唯我独尊を気取っているッ! それすらも目障りでッ、私は憤懣遣る方無い!」

 喰蛇は写真を、ポストの中へ封筒を投函する様に、横へ広げた口の中へ差し込む。
 それから両膝を地面に付いて、両手を地面に当てる。

「もはや慈悲をかけるに値せぬッ! であれば篝火イグニスという異能のッ、深淵へと辿り着いた者が花開かせるッ、我が力をッ! お見せしましょう──……」

 ぐぱぁ、と。
 巨大な口が足元に現れ開く。喰蛇自身もその手下も、オレや岩猿も、雑に置かれた建築用の鉄骨や資材をも丸ごと飲み込む。
 重力に抗えず落ちてゆくまま、オレは喰蛇の声を聞いた。
 そして巨大な口は閉じ、一筋の光も刺さない闇が視界を覆う。

「……──篝火焦爛イグニスセカンド、【土喰魔喰ドグラマグラ】」


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