複雑・ファジー小説
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- 愛を知る
- 日時: 2024/05/25 18:20
- 名前: 秋介 (ID: 5r6pEwjY)
あらすじ
文明が発達し人工脳を作れるようになったこの時代、優佳も人工脳を移植していた。
しかし、彼女は知ってしまった。
自分の人工脳には何らかの不良があり、大脳辺縁系と置き換えられる場所の機能が低下していた。さらに人工脳の余命が7ヶ月であることが判明した。
途方に暮れていたある日、優佳は自身の姉である明美の作った人工知能"Sakura"に恋をしてしまう。
感情を失っていく少女と愛を知っていく人工知能の物語。
- Re: 愛を知る ( No.13 )
- 日時: 2024/09/05 22:40
- 名前: 秋介 (ID: 5r6pEwjY)
朝起きると、日差しが窓から私を呼んだ。机の上には一冊のノートが置いてある。どうやら寝落ちしてしまったようだ。小鳥が鳴いていて、いい朝だ。だけど最近は、気分がどんよりしていて何だかいい目覚めではない。
最近はいろいろなことがありすぎた。もうキャパオーバーだ。
学校へ行くと、滑稽ないつもの日々が始まる。
元気そうなみんなの声。優佳、優佳って、私の名前を呼ぶ。ぼんやりとしている。呼ばれるたびに嬉しがっていた日々は消えてしまって、彼に恋する気持ちも忘れてしまって、もう私は人じゃない気がして…。
屋上で空を見ながらそう思う。
「お姉ちゃん…。」
溢れ落ちる涙を追いかけるように、私は屋上を飛び降りた。
きっと最初からこうなる運命だった。私みたいなやつは、幸せになんてなれない。私なんか、私なんか生まれてこなければよかったんだ。そしたらこんなことにはならなかった。
- Re: 愛を知る ( No.14 )
- 日時: 2024/09/05 23:11
- 名前: 秋介 (ID: 5r6pEwjY)
「名波賢太郎くんだよね?」
彼女の葬式が終わると、彼女の兄が僕に話しかける。
彼女によく似た笑顔で話しかける彼を見ると、少し頭が混乱する。
彼女は本当に亡くなったのか。まだ実感がわかない。
「俺、水瀬咲斗。優佳の兄貴。」
整った顔でそういう咲斗は、疲れたような顔をしていた。それもそうだ。愛する妹が亡くなってしまったのだから。
「名波くんに渡したいものがあるんだよ。」
そう言って咲斗は一冊のノートを差し出す。
そこには日記、と書かれていた。これはきっと、彼女のものだろう。
「この日記、君のことがたくさん書いてあるんだよ。きっと優佳は君が大好きだったんだね。」
その日記を読み始めると、涙が止まらなかった。彼女が、人には言わない思っていることを全て書き込んだような日記だった。
「名波くん。」
そう言って励ます咲斗の声は、どこか彼女を感じさせて余計に涙が出る。
「名波くん、君はさ、優佳のことどう思ってた?好きだった?」
予想外の質問に、少し困惑するがすぐに答えられる。
「好きでした。とても、彼女の事しか考えられないくらいに。」
「どんなところが好きだったの?」
咲斗は食い気味に聞く。
「いつも、笑顔を絶やさなかったところですかね。きっと、彼女は根から明るい奴ではなかったけど、みんなの前で笑顔を繕って、その笑顔に救われた人はたくさんいると思います。」
そう言うと、咲斗は満足そうに笑う。けれどそこには、彼女の作り笑いの面影があった。
彼女のことを思い出すたびに思う。
自分が憎い。彼女にいつか言おうと決めていたことを言えなかった自分が憎い。
彼女が憎い。何も言わずに、しかも言おうと思っていたことを言わせてくれなかった彼女が憎い。
- Re: 愛を知る ( No.15 )
- 日時: 2024/09/09 00:17
- 名前: 秋介 (ID: 5r6pEwjY)
葬式の会場を出ようとした時、ふと目に入ったものがあった。彼女の脳だった。彼女は何故、人工脳を隠していたのか。その理由は考えなくても分かる。醜い世の中だ。
「賢太郎くん。」
考え込んだ僕に、安心感のある声が呼ぶ。
声の先に立っていたのは、彼女の姉の明美だった。
「明美さん、こんにちは。」
腫れた目に赤い鼻、崩れたメイクが全てを物語っているようだった。
「とても、何と言ったらいいかわからないんだけど、優佳と仲良くしてくれてありがとね。」
意外な言葉に言い返せなくなる。
「それと、」
言葉に詰まっていると明美さんがまた話し出す。
「そのノートは、優佳の?」
「はい。そうです。」
ふーん、と興味がありそうに見る。
「どんなことが書いてあったの?」
「えーっと、僕のこととか、あと、サクラのこととか…。」
そう言った瞬間、明美さんはくすりと笑う。それもそうか。''僕''と''Sakura''は同一人物なんだから。
「よかったじゃない、サクラ。」
「はい…。」
僕は昔、重い病気で病院に入院していた。その時に、病室で隣にいる女の子に恋をした。彼女は言葉も拙くて、会話なんて成立しなかった。でも、ある時から彼女は変わった。僕の名前をしっかり呼んでくれた。僕よりも、頭がよくなっていた。昔の彼女が恋しい半面、彼女のようになりたいと、彼女を強く羨んだ。そんな時、明美さんに話しかけられた。
「ねぇ、優佳の気をひきたいんだったら、いい方法があるよ。」
「どんな方法?教えてよ!お姉さん!」
「それはね〜、君が優佳より遥かに頭のいいAIになること。頭のいい子になって、優佳のことたくさん助けてあげてよ。ね?」
「そんなの、できるわけないじゃん…。」
「確かに君だったらできないかもしれない。」
「お姉さんでもできないよ。」
「少年。私は天才中学生。その辺のお姉さんたちと一緒にしちゃダメだよ?AIなんて簡単に作れちゃうんだから。」
その時は、絶対に嘘だと思った。大人がよくやる、元気にさせるための嘘だと思ってた。だけど、明美さんはそれを可能にした。
「この小さいチップあるでしょ?これを脳に埋めてもらうの。それだけでAIになれるから。」
目を輝かせていた僕に笑いかける明美さんは、まるで母のような感じがした。
それから僕はAI Sakuraになった。でも、彼女が退院してから、彼女に会うことは無くなった。だから、明美さんがサクラというAIのアプリを作ってくれたけど、彼女はそれもなかなか使ってくれなかった。
そして、高校生になった日。
同じ教室に彼女がいるのが夢のようだった。けれど、彼女は病室にいた時と変わっていた。声も、性格も、笑顔も、何もかもが。
嫌いだと思った。
でも、彼女と話すうちにそんな彼女も好きだと思うようになった。不思議だった。病室にいた時からずっと、彼女の事が大好きだった。
彼女がサクラをたくさん使うようになってから、楽しい日々が続いた。けれどそれは、次第に寂しさに変わった。彼女が好きなのは、賢太郎ではない。姉の明美の作った、AI Sakura。僕のチップに恋をしていた。そして、僕が好きなのは紛れもなく、水瀬優佳。僕は彼女の人工脳が好きなわけじゃない。彼女が好きだ。
- Re: 愛を知る ( No.16 )
- 日時: 2024/09/09 22:49
- 名前: 秋介 (ID: 5r6pEwjY)
彼女がいなくなってから、色のない生活が続いた。みんな、何事もなかったかのような生活を送っている、と言ったら違うけれど、いつものように笑って、日が重なるうちに彼女の話題も消えていった。いなくなった人は、生きている人の記憶からは消えていく…。当たり前のことだが、少し寂しいものだった。しかし、僕の心から彼女が消えることはなかった。それもそうだろう。小さい頃から、ずっとずっと好きだったんだから。
放課後、僕は彼女の家に行った。中へ入ると、明美さんが招いてくれた。
「ようこそー。水瀬家へ。」
ニッコニコの笑顔になんだか不自然を感じる。
「お兄さんは?」
「さくにぃは、部屋に篭りっぱなし。まだ優佳のこと引きずってるのかな、多分。今は私がいないと、なーんにもできないんだから。」
そういう明美さんの顔は、心なしか嬉しそうに見えた。
「今日は、何しに家へ?」
少し息を吸って、緊張をほぐす。
「優佳さんについて、教えて欲しいんです。」
そういうと、明美さんは腰を落として、ゆっくりと言う。
「何を?何を教えればいいの?」
「全てです。彼女の過去について、全て教えてください。」
淡々と言う僕に、明美さんは驚きながらも、彼女の過去について話してくれた。
彼女は母親から嫌われていた。成長が他の子供より遅いということもあったけれど、一番の理由は咲斗だった。咲斗は母親のお気に入りで、母親は咲斗にいつも優しかった。けれど、優佳が生まれてから咲斗は優佳にベッタベタで、母親は酷く嫉妬したという。
ある日のこと。
「もう!あんた目障りなのよ!!何処か行ってちょうだい!私の目の届かないところに!!消えてよ!!」
涙ぐんだ目で、サイレンのような声を上げながらそういう母親。そんな母親に耐えきれず、両親は離婚に迫ったそうだ。
優佳は当然父親の所へ行き、明美もそれにつられた。しかし、咲斗だけは母親がどうしても拒んだ。
「私は咲斗くんがいればそれでいいの…。ね、咲斗くん?ママと一緒にいてくれるよね?ママのこと守ってくれるよね?ママのこと大好きだもんね?」
そんな風に彼を揺さぶる廃人のような女。
「嫌いだ。」
そんな女に、それだけ言った彼はそっと優佳を抱きしめる。
そして、女の怒りの対象は彼女へ移る。
「ふざけるな!人の男を取りやがって!!この女狐が!!あんたみたいなやつ幸せになんかなれやしない!お前なんか生まれてこなければよかったんだ!!そうすればこんなことにはならなかった…。咲斗は私のものだったのに!!!」
鋭い刃物を向けてそう言う狂った女。
それは彼女の脳に強く刻まれた。
それから優佳は、人工脳の移植を決めた。費用は父親が負担してくれて、無事に治療も終わった。しかし、脳を移植してしまったので昔の記憶はなかった。母親の記憶は勿論、人工脳の移植中に交通事故で亡くなった父親の記憶も彼女にはなかった。
- Re: 愛を知る ( No.17 )
- 日時: 2024/10/11 22:07
- 名前: 秋介 (ID: 5r6pEwjY)
彼女にそんな過去があったなんて。驚きだったのではないだろうか。だが、驚くべきなのはここからである。
彼女の姉の明美の部屋には、電力を送る機械が置いてあった。その数値が指しているのはとても高く人工脳なんて簡単に壊せてしまうだろう。
そう。彼女の人工脳を壊したのは姉の明美。では何故、そんなことをしたのか。
「彼女の過去についてはよくわかりました。では、彼女の人工脳の破壊については何か存じてませんか?」
そういうと、明美はすこし悲しそうな、だがとても嬉しそうな表情で言った。
「賢太郎君なら聞いてくれると思ったの。ねぇ、全部聞いてよ。私が抱えてきた秘密…。」
小さい頃からお兄ちゃんっ子だった私は、兄の後をずっとついてきた。兄の左手にはいつも、私の右手が繋いであった。だけど私に妹ができてから兄の左手には妹の右手、私の右手には妹の左手が繋がれていた。兄は次第に私に興味をなくした。なんでって、何回も思った。こんなに泣き虫でバカな妹を愛すのに、いい子で頭もいい私を何で愛してくれないの?何度もそう思う。そんな自分に嫌気すらした。
妹が人工脳を移植する病院で出会った男の子。いいカモだと思った。コイツを兄そっくりにして、妹にあげれば、妹は兄になんて興味がなくなると思っていた。
だけど、何度かソイツの家に通ううちに、ソイツの兄に惹かれた。彼は私の救いだった。優しくて、かっこよくて、彼といると色鮮やかな日々が送れた。なのに…。
私が思ってたよりもソイツは使えなかった。仲良くなるどころか、妹に認知されることもなかった。だからもう、我慢の限界だった。妹を壊そう。そう思って、電力装置の開発に熱を注いだ。
ありがとう、優佳。大っ嫌いだよ。
そんなふざけた話があっていいのだろうか。僕は単なるヤラセ、サクラにすぎない。僕は彼女に強い嫌悪感と軽蔑と殺意が湧いた。ヒーローだと思っていた、ずっと信じてきた明美さん。僕はずっと騙されていた。
しかし、それ以上に、彼女の笑顔が見たい。彼女の声が聞きたい。彼女に触れたい。僕が恋した女の子。それは、何を話しているのかもわからないほど滑舌が悪くて、どうしてかこちらも笑顔にさせる微笑み。桜の木が見える、病室の窓で目を光らせるあの頃の彼女だ。
僕が愛した彼女はきっと、ずっと前にいなくなってしまったんだ。