二次創作小説(映像)※倉庫ログ
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- 虚の旅路
- 日時: 2015/10/17 21:56
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
世界よ、滅びを謳え。
旅人よ、真実を追え。
神は、苦悩と闘いの果てに待つ。
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始めまして、霧桜と申します。
キャラ作画と設定にほれ込み、突発的に小説なぞ書かせていただきました。
此方は『テラバトル』の二次創作となっております。スマートフォンのゲームアプリと言う、非常にニッチなジャンルでの執筆となりますが、気が向いた時にでも読んでくだされば幸いです。
ごくごくたまに挿絵を付けるかもしれません。
【閲覧上の注意 -Attention-】
・ この小説はテラバトル内で明示されているストーリーラインをなぞりながら、私独自の世界観の解釈・設定考察を基にストーリーの間を埋めていく、所謂ノベライズ形式の小説となります。あくまでも私個人での解釈や考察であり、公式による設定解釈とは異なることを予めご了承下さい。
・ ジャンルとしてはとてもマイナーな部類故、ストーリーやゲーム内のシステムについてはなるべく作中で解説を入れるつもりではあります。しかしながら、ある程度まではこのゲームを知っていること前提の表現が入るかもしれません。そのような場合は遠慮なくご指摘下さい。
・ 一部にややバイオレンスな表現を含む可能性があります(主要キャラの死ネタなし)。予めご了承下さい。
・ リアルタイムでゲームを進めながらの執筆となるので、更新はとても遅いです。リアルもそれなりに忙しい身分ですので、良ければ更新は気長にお待ちください。
【目次 -Index-】
第一章:叫ぶ虚
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17
第二章:蔓延する狂気
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27
>>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37
>>38 >>39
- 第二章:『蔓延する狂気』-8 ( No.25 )
- 日時: 2015/10/17 17:25
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
「……ッ!」
青白い閃光が、視界を塗り潰す。
その様相は稲妻に何処か似ているが、その本質は違うようだ。ソーマニア達が相手をしていた手負いのキリン、そして敵を狙うもう一匹の頭上から、前触れもなく下された鉄槌は、キリン達に認識の暇をも与えずに——意識を奪い取った。
光が止んだ時、そこに残っていたのは、意識を刈り取られ失神したキリンと、ただ呆然として立ちすくむ者共のみ。そして漂う静寂ばかりが辺りを席巻し、彼等を包み込む。状況を完全に整理し、理解するまでの数分間、地上人はその場から動けなかった。
「……今、のは」
そして最初に忘我の境地から戻ったのは、キリンと最も接近していた槍使いである。重たい槍と共にその膝を地面へ落とし、ぐったりとしたキリンの様子を検める彼に、インビンシブルの声が頭上から覆い被さった。
——我放つは、“識”をば奪うもの。其等より“狂識”奪いなば、其等に成す術無し。
「何じゃそりゃ」
——言葉の儘に。汝より“意識”奪うも、我には造作なし。
「えっ!? 止めろよ、絶対止めろよ!」
——…………。
「おい止めろっ! 分かるように黙るのマジで止めて!」
必死。そんな言葉が今の槍使いには良く似合う。なまじインビンシブルが未だ計り知れない者であるだけに、その者が何も話さないとなると、たとえそれが冗談でも恐ろしい以外の何者でもない。しかしながら、傍から見れば滑稽の一言だ。遠巻きに様子を眺めていたバルと弓使いは、冷めた目で男を見るばかり。
視線は、程なくして別の場所へと注がれた。わあわあと叫んでいた槍使いと、面白がっているかのように沈黙を続けるインビンシブル、そして傍に佇むばかりのソーマニア、その三方も、すぐにそれへと意識を向ける。
——ばらついた足音、荒い呼吸音に、低く湿った唸り声。
無味乾燥とした環境音に混じる、邪気を含んだ生の音。その意味するものは唯一つ。
「あれを見て、まだ我々に牙を立てるか」
次なる野獣の襲撃だ。バルの声が低く空に流れた。
ひゅっと刃が風を切り、曇り空の暗さの中にあって、金属の輝きが一瞬閃く。それを横目にした弓使いは、何処かたじろいだような仕草を一瞬取ったかと思うと、ぐっと弓を握りこみ、矢筒から三本の矢を出して番えた。バルの横顔に浮かんだ黒い笑みが怖かった、などと悟られては、これからの道中良い笑い者だろう。
きりり、と弓の弦が微かに軋る。その音で、身を潜めていた己の存在が悟られたと理解したか。様々な姿をした野獣が数匹、岩や朽木の影から姿を現した。
先程のキリンを筆頭に、太古のサバンナを闊歩していたと言う大型の鳥——もといダチョウに似た姿のものや、異様に長く鋭い牙を持つライオンのような姿をしたものまで、野獣には種類が多い。そして、そのどれもについて、取るべき戦法は異なる。
しかしそれでも、相手をするのは造作もないことだった。
「喰うとこ少なそうな鳥だな」
「ニードアラに鶏肉としての価値を期待する方が間違っている。いい加減食糧の話から離れろ」
「期待できるさ。硬いけど普通に美味いんだぞアレ」
足で地面をにじり、バルを庇うような位置に立ちながら、弓使いの手がニードアラなる鳥にその鏃を向ける。一方のバルは、弓使いと背を合わせて壁を作りながら、背後を取ろうと近付いていた野獣に向けて、その刃を構えた。
弓使いとのツーマンセルは崩れたが、その代わり、彼女の見つめる先には機械の蜘蛛が居る。そして弓使いが狙う鳥の頭上には、インビンシブルが居る。
静寂が息苦しい。息苦しさはそのまま警戒と殺気に変換され、彼等の纏う空気を一層鋭くしていく。
きりり……と、弦の擦れる音が響いた、その瞬間。
「——来るっ」
二人のヒトと獣達は、同時に飛び出した。
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.26 )
- 日時: 2015/10/17 17:37
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
ジジッ、と、電撃の弾けるような音が鼓膜を震わせる。
その音を聞いて、反射的にバルが足を止めた瞬間。空気を焦がしながら、残滓と共に虚空を突き刺すのは、光り輝く雷光の矢だ。それは仲間内の誰が使えるものではない。他でもなく、野獣の内の一匹——新たに出てきたキリンが放ったものである。
人々が“魔法”と呼び、百年の時をかけてその体系や発動様式を整えてきた技術は、彼等にとっては生まれ付いて持っている能力に等しい。そしてそれだけに、威力や制動力は形態付けされた魔法のそれより遥かに劣る。キリンの放った稲妻は、バルに真正面から直撃したにも関わらず、大したダメージを与えてはいなかった。
ただし、ダメージが大したものではないのは、決して威力の低さだけに起因するものではない。剣で受けた電撃をそのまま受け流す卓越した剣術と、進化したヒトが持つ生来からの耐電性が備わっていなければ、先程のような芸当はなし得ないものだ。
「舐めた真似を……!」
一旦は杭打った足で力強く地面を蹴り、バルは刃を地面と水平に構えながら、一気に野獣へ肉薄する。一足で懐に入られた野獣は、咄嗟に後ろへ退こうと腰を落とし——ばつん、と言う奇妙な音と共に地面へ崩れた。
何時の間にか、足の腱が切られていたのだ。それも、四本全てが。
「!」
突然のことに、野獣だけでなくバルさえも一瞬たじろぐ。
何事か、と視線を彷徨わせかけた彼女は、野獣の足元でかさこそと動く小さな影を認め、腑に落ちたらしい。鼻白んだ時に地面へ落ちた切っ先を寸秒で振り上げ、キリンの首を逆袈裟に叩き切った。返す刃で、横から飛びかかろうとしていた獅子の喉元を貫き、強引に振り捨てる。
野獣の首から溢れる赤黒い噴水、それをバルは避けようともしない。陽の色を映したような金の髪はたちまちにして赤く染まり、粘っこい液体が髪に房を作っていく。普通ならば不快で顔を歪めそうな所を、バルは涼しい表情を変えずに少し視線を巡らせて、足元に寄ってきたものを軽く小突いた。
「彼の言葉は嘘ではなかったか」
鎌のような前足に付いた血を砂で削ぎ落としながら、こんこんと硬い音を立てて突かれるままのそれは、件の機械である。蜘蛛として見るには大きすぎる機体も、戦場へ立てば踏み潰されかねない矮躯だ。しかしその小ささと、地を跳ねる蜘蛛らしい素早さが、此処に来て役に立った。
「ふ……」
少し首を振り、髪から滴る血を振り落とす。その有様を目にしたのか、遠くで牙の長いライオンを殴り倒していた槍使いとソーマニアが走り寄ってきた。この時ですら命を奪わず、殴り倒すに留めているのは、不殺主義の老師に合わせているからなのだろう。余裕がなければ出来ないことだ。
「ば、バル? 血塗れじゃないか」
「単なる返り血だ、気にするな。——それより」
髪を梳いて血を絞り落とし、手についた血糊を振り払い、それでも尚纏わりつくものを真顔で落としていきながら、バルの瞳は弓使いの方へと向けられる。釣られて見た先には、暗き影の援護を受けながら、手負いの体で弓を引く男の姿が一つ。左肩を縛り上げたタオルには、早くも赤いものが染み始めている。
老師、とバルの声が低く零れる。ソーマニアはただ一つ頷き、杖の先で一度地面を突いた。
「これ。手を止めよ、弓師(ゆみし)殿」
「ちょい待ち」
老人の嗄れた声には、無造作な返答。そのまま放たれた三本の矢は、インビンシブルの触手によって動きを止められていたニードアラに過たず命中し、遂にその命を奪い去った。どさっ、と重い音を立てて崩れ落ちた鳥には、最早針鼠とでも形容すべきほどに大量の矢が突き刺さっている。
バルが野獣二匹を倒すまでの間に、一体何があったのか。誰もが想像することを放棄した。
そして、弓使いの方も限界が近かったようだ。今し方倒したニードアラがそれきり動かないことを視認した彼は、最早左手に力を入れられず、がらん、とばかり地面に弓を取り落していた。そのまま、ほとんど倒れるように地面へ座り込んだ男の傍に、ソーマニアが皆をそっと押しのけて歩み寄る。
「おうおう、随分と派手に噛まれておる。タオル一枚では足しにもならん」
「ぅおうッ!? いってッ! 痛いッ、痛いってじーさん! もーちょっと丁寧に……!」
「やかましい」
止血帯代わりに肩を縛っていたタオル、それを半ば引っぺがすように取り去れば、思わず目を背けたくなるほどに噛み傷が痛々しい。だが、ソーマニアは冷静なものだ。痛がる弓使いをぴしゃりと一喝、血塗れのタオルを丁寧に畳んで右手に持ち、彼は左手に持った杖の宝玉を傷口に向ける。
掛け声はない。彼に仰々しい掛け声など必要ではない。
念じるように目を細める。ただそれだけで、傷口と宝玉の間を白い光が埋め尽くした。
数本の光条の形を取るそれは、即ち空気中を漂う不可視の力——ヒトが生命エネルギーと呼ぶものの集合体。人間を人間たらしめるエネルギーの塊は、ソーマニアの紡いだ魔法によって治癒力に変換されていく。変換された力は食い千切られた肉を修復し、流され失われた血を増幅していくが、その様は光に覆い隠されて窺えない。
そして。
ふわり、と暖かい風が一陣、何処からか吹き抜けて消えた時が、魔法の終わりであった。
「ほれ、終わりじゃよ。動かせるかね?」
「……おー! すげぇ、治ってる! 完治!」
最初は恐る恐る、そして痛みがないことを確認した後は、勢いよく。肩を少し回し、あれほどの傷が消えたことに弓使いがはしゃぎ回る。そして、皆の生暖かい視線に気付いたのだろう、突然静かになった。兜の奥では、恐らく顔を真っ赤にしているのだろう。そこまで一行は想像して、言葉には出さない。
先を急ごう、と慌てたように弓使い。バル達は一瞬だけ視線をかち合わせて、頷いた。
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.27 )
- 日時: 2015/10/17 17:54
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
野獣の襲撃をやり過ごすこと数度。本来なら、太陽が南中するであろう時刻に差し掛かった時だった。
ぽつん。
鼻の頭に冷たいものを感じて、一行は顔を上げる。
「——あ」
翳した手に、ぽつん、とまた冷たい雫がぶつかった。
ぽつ、ぽつ。水の粒は加速度的にその量と振る面積を増し、瞬く間に地面を濡らしていく。
雨だ。一行の危惧していたことが、遂に起きた。
「あーあ、何てこった」
「だが、まだ傘で間に合う雨量だ。本降りになる前に、なるべく距離を稼ごう」
「あそこのマスターに感謝しないとな」
折り畳みの傘を開き、頭上に差しかければ、ばらばらと激しい雨音が響く。緩やかに到来した雨は、早くも豪雨になりかけていた。そして、この雨は夜まで続くだろうと、一行は雨の様相から容易に想像し得た。
あまりにも激しい天候の変化もまた、滅びを謳うこの星では当たり前に起こりうる。そして今に生きるヒトは、その激しさに対して柔軟だ。これがもし、太古の世界を闊歩していたヒトならば、急激な気圧変化に耐えられず軒並み倒れているであろう。環境への適応と言う面では、ヒトは確実に進化している。
「しかし、何だ、槍使い。それは少し……」
「いっ、言うなっ……それ以上は止めろっ……」
ばらばらばら、ばたばたばた。穴が開きそうなほどの激しさで打ち付ける雨から、小さな傘が一行を護る。そしてその傘の柄や色は、一人ひとり違っていた。その四つの内三つはありふれたチェック柄や無地のものだが、槍使いの分だけ、柄がおかしい。と、言うより、とても可愛らしい。
傘の地にプリントされているのは——大きな赤いリボンを頭に付けた、白い猫。太古と言うのもおこがましいほど昔に流行り、今も何故か模様としてその形態を保つそれを、彼等は知らない。ただ言えるのは、それが一行のセンスから激しく逸脱していると言うことだけだ。勿論槍使いの嗜好からしてもアウトゾーンである。
しかしながら、可愛いと言う共通認識は彼等の中にあった。余計な追い討ちでしかない。
「……槍使い、傘を交換しよう」
流石に可哀相だと思ったのか、さもなくばシュールレアリスム漂う光景に我慢ならなかったのか。極力平静を繕いながら、バルが己の頭上に差しかけていた水色の傘を差し出した。有無を言わさぬものを生来含んだ口調に、半ば反射を交えて受け取りかけた槍使いは、ハッとしてその手を引っ込める。
「バル、良いのか? アンタだってこんな柄好きって訳じゃないんだろ」
「だが、お前がそのまま宿駅に行くよりもましだ。野獣にも笑い者にされたいか?」
「代わってくれ」
結局、槍使いの微かな心配は杞憂に終わる。
かくして先達の頭上には、大変にメルヘンな模様が掲げられるのであった。
「しかし、風が強いな」
「追い風なだけまだ良い方だろ。向かい風だったら歩けなくなってる所だ」
「儂は吹き飛ばされそうだが……」
そうして途中だった道程を消化し始めてから、一時間ほどか。
背中から吹き付ける風に殴られ、水溜りを通り越して水辺になりつつある地面に足を取られて、一行の歩みはやや覚束ない。それは、せっかくの傘を壊すまいと庇う動きのせいもあるだろう。風に紛れるほどの小声で愚痴を零したソーマニアは、早々に傘を差し続けることを諦め、頭の天辺からつま先までずぶ濡れだった。
そんな老師に対し、おい爺さん、とは槍使いの呆れ声。傘を貰った意味がないじゃないか、と言う非難の響きが混じった続きに、ソーマニアは分かっていると言いつつも、小さく首を横に振る。自分は最早傘を差す行為自体が無意味なのだと、諦めきった笑みだけが雄弁だった。
「……仕方ない。最寄の宿駅で、雨止みを待とう」
遠く近く、間断なく降り続く雨。それを破るような涼しい声はバルのもの。手にした方位磁石の先を北西に合わせ、水溜りを踏み散らして、彼女は他の面子の返答を聞かず歩き出す。ちょっと待てよと慌てつつも、男達は決断に異を唱えない。この雨では都になど到底辿り着けはしないと、彼等も分かっているのだ。
激しさの余りに白く染まった景色の中、瞬く間にヒトの背は溶け消えていく。
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.28 )
- 日時: 2015/10/17 19:42
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
一行が雨に降られた場所から、北西に約三キロ歩いた山の麓に、その宿駅はひっそりと構えていた。
他の辺境区に存在する街と同様、此処も石の城壁と魔法結界によって内と外とを隔てている。生半可な野獣は勿論のこと、ドラゴンでさえその侵入を許さぬ砦は、しかしバル達の姿を認めてすぐに歓迎の態度を示した。
重々しい音を立て、ゆっくりと開かれていく城門。その開閉にどれほどの人手がつぎ込まれているのか、バル達は知る由もない。ただ、散々に降り続く雨にすっかり気力と体力を流され、表情も雰囲気も疲れ切っている。一人傘を差さなかったソーマニアに至っては、最早哀れなほどの濡れ鼠だ。
「誰も居ないな……」
「いや、バル。なんか居るぞ。あれ街の奴じゃね?」
「……居るのか? よく見えるな」
「弓使いの視力ナメんな」
酷い雨と風のせいで、宿駅だと言うのに人は少ない。メーンストリートは、その妙な横幅の広さも相俟って、いやに閑静だった。足を休められる場所への道を聞くに、多少の時間と労力を要したのはその所為である。
「——失礼、尋ねたいことがある」
「えっ? あっ、ええ。何かしら? 旅人さん」
「バルだ。雨宿りの場所を探しているのだが、開いている店などはあるか?」
撥水加工の成されたフード付外套——言わば雨合羽に身を包み、大事そうに何かを抱え歩いていた女性、その背を呼び止めて、バルが言葉を投げかける。呼び止められた相手はと言えば、バルが差していた傘に一瞬驚きと戸惑いの視線を投げたかと思うと、すぐににっこりと笑みを繕った。
「私、アミ・マリー。酒場は開いてないけど、雨宿りくらいは私達の診療所で出来るわ。案内しましょうか?」
「是非頼みたいが、診療所とは?」
「嗚呼、カッパ着てたから白衣見えなかったのね……私、これでも看護婦なのよ」
「看護婦か。似たようなものは居るな」
ヒーラーと何か通じる所を感じたのだろう、バルの視線が、ずぶ濡れのソーマニアへ向く。己をアミ・マリーと名乗った看護師もその方へと目を向けて、まぁ、と驚きと呆れの混じった感動詞を一つ零した。続くのは、着替えあったかしら、の一声だ。そしてその言葉を聞いた途端、今の今まで表情を消していた老師が、嫌そうな顔をする。
「何を着せる気だね、御主」
言い放つ老師の表情は、『苦虫を噛み潰した』などと言う言葉では表現が追いつかないほど苦々しい。いつも菩薩顔の彼が初めて見せた不機嫌そうな様子は、低くしわがれた声に一層の迫真味を上乗せする。対するマリーはと言えば、慌てたように首を横に振りながら言い返した。
「何を着せるも何も、服が濡れたままじゃ風邪引いちゃうでしょう? 別に私が脱がすわけじゃないし、ふりふりスカートとかピチピチの全身タイツとか、そんな変なもの用意しないから安心して」
「言ったってこた、やる気自体はあるんだよな?」
「あら、貴方も服が血だらけ……って、どうしてそうなるの! 奇抜って言ったって精々浴衣くらいよ!」
「浴衣って、東方の普段着だっけ? アレだって相当変な柄もあるって聞いたぞ」
「柄も普通! お願いだから私のセンスを信用してよ皆!」
ますます激しくなる雨の中、悲鳴のような声だけが、大通りに響き渡る。
それから、十数分は経ったか。
雨合羽を羽織った看護師の先導の元、一行は大通りから一本外れた通りを歩いていた。メーンストリートから少しずれているとは言っても、決して醜悪な環境ではない。むしろ、小さいながら立派に家の体裁を保つ、何故かどれも高床の建物が並び、露店や定期市ばかりが並ぶ大通りに比べると、今は此方の方が立派に見える。
山麓の町にしては綺麗な所だ、とは槍使い。そうでしょう、とマリーは自分のことのように得意げだ。
「此処は私達が私達らしく暮らせる集落の極限域。晴れていれば賑やかで楽しいわ」
「そうだろう」
目を細め、顎を挙げたバルの視界に、メルヘンな模様の傘が映る。それは楽しいの意味が違うでしょう、とからから笑うマリーに対し、彼女はただ苦笑するばかり。普段のバルなら剣を振り回していた所だ、とひそひそ声で戦く男共には、狼すらも圧殺せんばかりの殺気と静寂が押し付けられた。
ぱしゃん。ぱしゃん。静まり返った男共の耳に、水溜りを蹴散らす音が冷たい。
「そう怖い顔をしないで、バル。この土砂降りだもの、皆が皆黙り込むなんて楽しくないわ」
「無駄口は好きではない。五月蝿いのは尚更だ」
「あら、割と酷いのね」
「そうか?」
涼しい顔で言い放ちつつ、バルはただ目を細めてマリーを見つめ、促すように通りの先へと視線をずらす。そこで初めて、彼女は先達である己が完全に足を止めてしまっていたことに気付いた。
急ぎましょうか、の声に、一行はただ頷くだけだ。
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.29 )
- 日時: 2015/10/17 19:50
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
「……で、でけぇ」
マリーの勤めると言う診療所は、通りに並ぶ建物の中でも特に立派なものだった。
まだ新しさの残る煉瓦造りの三階建て、雪を払う急勾配の屋根は鮮やかに赤く、ほとんどの家では錆びてもげ落ちている風見鶏が立派にその用を果たしている。そして何より、全ての窓枠に透明なガラスがはまっている。
それ自体には何らおかしな所はない。作れる人間が減ったとは言え、煉瓦もガラスもその製造技術は健在のまま、ごくありきたりな一般人の家であっても、窓ガラスが機能している家など五万とある。
しかし、それはあくまでも資源や人手が潤沢な都での話だ。物資と言う物資が不足し、常に都の『お下がり』を望み、常に壊れかけの中古品を頼らざるを得ない辺境の環境下で、これほど立派な煉瓦の建物——しかも新築のものが悠然と腰を据えているなど、普通は在り得ない。
ぐるぐると脳内で考えを攪拌しつつ、ポーチの前に突っ立ったまま、半ば唖然として建物を見上げる四人のヒト。そして、一台の機械虫。ほへー、などと感動詞を零すその様は何とも奇妙なもので、マリーはけらけらと笑いっ放しだ。
「そんなに驚くことかしら? 煉瓦もガラスもそんなに珍しくないでしょ」
「いやいやいやいやいや、こんな宿駅でこんな立派なもん見るの初めてだぜオレ」
事もなげに言い放つマリーに対し、やや大袈裟な身振りで建物を指差して反論するのは弓使い。隣では、びしっとばかり指差した拍子に振り回された傘を、槍使いがさも迷惑そうに避けている。目の前に佇む豪邸に興奮頻りの弓使いは、己が他人に迷惑を掛けていると気付かない。
そして言い返すマリーも、槍使いが鬱陶しげに傘を避けている様から、そっと目を逸らした。
「まぁ、診療所だものね。雨漏りだの隙間風だの、そんなのに悩まされるなんて嫌でしょ?」
「え、そんだけの為に新築? 贅沢だな!」
「え、患者さんのこと考えたら当然のことじゃないかしら?」
「えっ?」
眉をひそめ、信じられないとでも言いたげな風情で首を傾げる看護師の感覚に、旅人の利己主義的な感覚は何一つとしてついていけない。本気で言っているのか、と心中では驚愕に感嘆を叫びつつ、彼等の口から紡がれる言葉はなく、辺りにはただただ気まずい空気が満ち満ちる。
結局、彼等は沈黙に佇んだまま扉を開けるしかなかった。
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