二次創作小説(映像)※倉庫ログ
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- 虚の旅路
- 日時: 2015/10/17 21:56
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
世界よ、滅びを謳え。
旅人よ、真実を追え。
神は、苦悩と闘いの果てに待つ。
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始めまして、霧桜と申します。
キャラ作画と設定にほれ込み、突発的に小説なぞ書かせていただきました。
此方は『テラバトル』の二次創作となっております。スマートフォンのゲームアプリと言う、非常にニッチなジャンルでの執筆となりますが、気が向いた時にでも読んでくだされば幸いです。
ごくごくたまに挿絵を付けるかもしれません。
【閲覧上の注意 -Attention-】
・ この小説はテラバトル内で明示されているストーリーラインをなぞりながら、私独自の世界観の解釈・設定考察を基にストーリーの間を埋めていく、所謂ノベライズ形式の小説となります。あくまでも私個人での解釈や考察であり、公式による設定解釈とは異なることを予めご了承下さい。
・ ジャンルとしてはとてもマイナーな部類故、ストーリーやゲーム内のシステムについてはなるべく作中で解説を入れるつもりではあります。しかしながら、ある程度まではこのゲームを知っていること前提の表現が入るかもしれません。そのような場合は遠慮なくご指摘下さい。
・ 一部にややバイオレンスな表現を含む可能性があります(主要キャラの死ネタなし)。予めご了承下さい。
・ リアルタイムでゲームを進めながらの執筆となるので、更新はとても遅いです。リアルもそれなりに忙しい身分ですので、良ければ更新は気長にお待ちください。
【目次 -Index-】
第一章:叫ぶ虚
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17
第二章:蔓延する狂気
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27
>>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37
>>38 >>39
- 第一章:『叫ぶ虚』 ( No.1 )
- 日時: 2015/08/08 21:56
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
ごぉ、と、低く吼えるように、空が唸る。
母の胎内で蠢(うごめ)いていた頃、否、その母がまだ生まれてもいない頃から響くそれ——生物が適応を許される程度の緩慢さで、僅かずつ大気が剥がされていく音——は、最早聞こえていても誰も気に留めない。細胞の一つ一つ、遺伝子の一本一本にまで刻み付けられた音は、聞こえているのが日常なのだ。
しかし今日は、その唸りが妙に気に掛かった。
「……何かが」
ぽそり。搾り出すように呟いたのは、険しさを瞳に宿した女。そよぐ風に揺れる金髪の一房を左手で掻きあげつつ、微かな不安の色を横顔に宿して、彼女の顔は下がらない。
空の吼える声はそれだけ異様に聞こえていたのだ。この女の耳に、そしてもう一人に。
「慟哭か、怒号かな——」
九十九髪(つくもがみ)の老人、それの漏らしたしわがれ声は妙に透徹として女の耳に届く。その余韻が消えた頃を計り、顔を下げた女が見る先には、見惚れるほどの野の花の群生だ。白く愛らしい花弁をそよ風に揺らす花々の中に、二人の男女は腰を下ろしているのである。
今日は月に何度もない麗らかな晴れの日、可憐な白さは陽の光に映え、空が吼えさえしなければ平穏そのものの光景に違いない。平和を象徴する純白の絨毯を、女は寂しそうに見つめていた。
「探しておるのかね」
「誰を?」
女が老人の方を見たとき、彼の眼は未だ空を向いたまま。透けるような蒼穹の向こう、一片二片と流れる細い雲の流れを、細められた目が追っている。それに倣ってか、女は再び空へその顔を向けた。
話し声が止んでしまうと、辺りはぞっとするような静寂が包む。聞こえるのは風の咆哮だけだ。先ほどから渦巻く不安と不穏の中にあって、その静けさは負の要素を助長するものでしかない。
「ソーマニア」
女は老人に顔を向けた。ソーマニア、そう呼ばれた彼も、女を見る。
「儂等をだよ、バル」
事もなげに放たれた言葉、その声の主たるソーマニアが浮かべるのは、飄々とした笑み。いつも変わらない表情の不気味さに、背へ悪寒が走る。思わず苦さが顔に出るのを、バルは堪えられなかった。
「何故、私達を探す?」
「——儂等と同じ」
「と言うと」
我等と同じ。そう言われて、思い当たる節は一つしかない。それでも彼女は問うた。
老師はそれに平生と変わらぬ態度で返した。
「神を求めとるのだろう、そやつもまた」
「神か」
「真実と読み替えても良い」
ソーマニアの何でもないような調子の一言に、バルは押し黙る。今まで地面に押し当てていた手がふらりと宙を一瞬彷徨い、彼女のすぐ傍で咲き誇っていた白い花に添えられた。
冬に襲う地獄のような寒さが緩む春、この花は丁度開花の時期を迎え、今が最も美しい頃となる。穏やかな季節の訪れ、それを虫が蠢くより早くに知らせる可憐さが、バルの密かな気に入りだ。そしてその少女趣味を彼女は隠せていると思っているが、隣に腰を下ろす老人の慧眼(けいがん)は誤魔化せない。
ただ黙々と花を見つめるバルと、その様を横目にちょこんと腰掛ける白髪の老人。二人の複雑な心境を知らない者がはたと見れば、これほど呑気な光景もないだろう。
しかし、常人にも分かる異様は、そう遠くない未来に訪れることとなる。
- 第一章:『叫ぶ虚』-2 ( No.2 )
- 日時: 2015/08/08 21:57
- 名前: 霧桜 ◆bHKnIG35rg (ID: K3Hf956n)
バルやソーマニア達が暮らす世界は、その終焉の縁を覗く所まで来ている。
本能の芯にまで刻みつけられた空の声、それもその一つだ。それら——薄まってゆく大気、強さを増す宇宙線、剥がれ飛んでゆく大地——は崩壊と言う名の天変地異であり、秩序の瓦解に適応出来なかった生物は次々に淘汰された。何千年も前に闊歩していたヒトと今を生きるバル達とですら、違う部分は挙げ切れないほどに多い。
況して他の生物は、最早面影すらもない。
あるとすれば、それは。
「……バル。のんびりもしておられんようだよ」
「分かっている」
野生動物がかつてより持っている、生存に対する貪欲さ。
今のヒトは、それを狂気と呼ぶ。
「老師、今日と言う今日こそ峰打ちはなしだ」
「御主こそやり過ぎと違うか。斬り殺す必要はなかろう?」
広がる花園から離れ、平穏の情景を庇うように、二人はそれぞれの得物を構えて立つ。すなわち、バルは両刃の剣を、ソーマニアは黒い宝玉の輝く杖を。交わされる言葉には余裕の色が見えた。
泰然とした視線の先には、得体の知れない生物が数匹。人頭大の球体に蝙蝠のような翼と猛禽のような足を取り付けただけの、雑な造形をしたそれらは、この世界の何処にでも生きている。それなりに長く旅をしているバル達にとっては最早見飽きた種であり、闘い慣れた化物でもあった。
「いつも貴方はそう言うが、殴り倒すだけの腕力がないのを誤魔化しているだけではないのか?」
「老いぼれの耳に痛いことを平然と言ってくれるわ、御主」
バクロウと、目の前の球体蝙蝠は名付けられている。ふらふらと頼りなく空を飛ぶ彼等が、一体何を思ってヒトに盾突くのかは分からない。今分かっているのは、彼等がヒトを見ると襲い掛かる習性を持っているというだけだ。
「——まあ、バクロウ相手に刃を使うのは気が咎める」
「ほっほ、それが良いそれが良い」
ちゃき、とばかり、バルは得物を握る手を返した。女性が持つにしては大降りな剣の、唯一切り傷を付けない平の部分をバクロウの群れに向け、彼女の鋭い瞳は隣に佇む老人へ向く。老人の眠たげな目も、同じく彼女を見る。いつもの通りだと、互いの眼は語っていた。
すっかり慣れた足捌きで、バルが敵へと近付いていく。その所作に虚を突かれたか、バクロウ達は狼狽したようにその場で翼を翻し、彼女に背を向けた。しかし、その行為に意味はない。
「遅い」
大股で一歩踏み出しただけで、彼女はバクロウ達の正面を取っていた。ぎょっとしたようにその場で無理やり静止し、ぐらりと体勢が崩れたところに、彼女は剣の平を軽く振るう。べちん、と間抜けた音がして、一匹のバクロウが地面に叩き落された。そこへ追い討ちを掛けるように、木の杖が落ちる。
どちらの攻撃も、ヒトにしてみれば、背に激励を受けた程度の衝撃だ。頭に喰らえば多少は痛いかもしれないが、この程度では攻撃の内にも入らない。だが、バクロウへ対しては、この程度でも十分すぎた。地面にぐったりと伸び切ってしまった一匹のバクロウと、それを哀れむように見ているソーマニアを他所に、バルは他を叩きに向かう。
「これ、一人で勝手に倒すでない」
「貴方が遅いだけだ、老師。雑魚に話しかけている暇など、これからの旅にはないと言うのに」
ばちん、べちんと、逃げ惑うバクロウ達を手当たり次第に叩き落としていきながら、ソーマニアへの言葉は冷たい。視線もなく放たれた剣山のような声に、老人の表情は困ったような苦さを含む。
結局、十数匹の小規模な群れが全て地面に伸びるまで、二人の間に会話が戻ることはなかった。
- 第一章:『叫ぶ虚』-3 ( No.3 )
- 日時: 2015/08/08 22:00
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
「老師、酒場に来て水だけと言うのはどうかと思うが」
「真昼間から酒盛りと言うのも大概だと思うのだがね」
「それはそうだけど、真水は貴重品だし……」
「バル、そこは論点ではないよ」
純白の花園から、徒歩二十分ほど。荒廃の土地に佇む賑やかな街の一角に、二人はその足を休めていた。
街と言っても、此処に定住する者は百人にも満たず、規模としては集落程度でしかない。ここの賑やかさの大半は、旅商人による市からのものである。一方、バルとソーマニアが立ち寄ったこの酒場は、この場所で何十年も前から経営されている老舗だ。世代を超えて営まれる酒場は、格好の憩いと出会いの場だった。
年若い店主が出した琥珀色の酒を嗜みつつ、バルは横目で酒場の様子を探る。
増改築を繰り返し、お世辞にも統一されているとは言えない雰囲気の店内に溢れる者達の多くは、バル達と同じヒトだ。しかし、とても同族とは思えぬ生き物——或いは獣の耳を持った人間と似て非なる者、また或いは明らかに爬虫類じみた姿の者、或いは硬質の鎧のようなものを身に纏った者——も散見される。
「ヒトに、ケモノ、トカゲ……あれは?」
「さて、儂にも分からん」
なみなみと水の注がれたグラスにちびちびと口を付け、無造作に質問への返事を放り投げながら、ソーマニアはバルと同じ方を見る。一方、彼女は隣の老師へ、信じられないと言ったような表情を向けていた。
「老師が知らないだと?」
「知らんよ。語らんのだから知りようもない」
正面に顔を戻しつつ、老人の光に乏しい瞳は透明なグラスを透かして、何処か遠い所を見つめるばかり。
己より遥かに齢を重ねた老人が知らないと言うのだ、己が聞いた所できっと分からないだろうと、バルは心中で溜息をつきつき、酒を一口含みかけて——
「っぶ!?」
ふと視界の端へ入ったものに、危うく酒を噴き出しかけた。
「よう」
バルの眼が捉えたのは、槍を携えた一人のヒトだ。それが己と同じ種族であるは放つ雰囲気によってすぐに分かったが、兜によって顔の造作を完全に覆った状態で、且つ音もなく背後へ立たれては、幽鬼か何かと思ってしまう。薄暗い酒場の中では尚更だ。
「っ、んだ貴様ッ!」
動揺か、それとも警戒か。柄にもなく大声を上げながら、バルはカウンターにグラスを叩き付け、神速で剣を抜き放っていた。酒場は瞬時にしてどよめきに包まれ、店主は突然のことにおろおろとして言葉も出ない。そして肝心のヒトはと言えば、余裕綽綽の風情で両手を挙げる始末だ。
状況と、時間と。バルの警戒が攻撃に転ずるまでの条件は揃ってしまった。
「貴様何者だ、答えろ!」
びゅっ、と、残像さえ残す速度で刃がヒトに向かって放たれ、それの首元で急停止する。鋭利な切れ味を誇る刃は、あろうことか対峙するヒトの首の肉を浅く裂いた。あわわわ、と店主の焦る声が上擦る。
「そう怒らんでくれよ。同じヒトだろ、俺ら?」
繕っているにしては涼しすぎる声は低い。ヒトは男だった。
着込んだ白い外套に、首から伝う血が滲む。それでも、彼女は刃を離さない。それどころか、より深く抉ろうと力を篭めてくるのだ。それでも男はしばらくの間平静を保っていたが、ずりっ、と重い音が首から聞こえ、刀身から床へと紅い雫が落ちた所で、遂に余裕の態度を崩した。
当然と言うべきか、情けないと言うべきか。一連の騒動を見ていた者は、誰もが男の評価について迷っただろう。
「お、おまっちょ!? お、おい、止せ! 俺はこう言う者だからっ!」
切迫した悲鳴と共に男が解き掲げたのは、彼が首に巻いていた青いスカーフである。そこに刺繍された模様に、バルは多少の見覚えがあったものの、だからと言ってそう易々と警戒を解きはしない。頚動脈に刃を食い込ませたまま、彼女は剃刀のように鋭利な視線を男へ送った。
ぼたぼたと血が滴り落ちる。酒場の客が騒然とする中、男はパニックを一週回って冷静になったか、溜息と共に篭手を着けた手で静かに刃を押さえると、自分の身体をそっと横にずらした。途端、刃で押し留められていた血が溢れ、裾の長い外套を紅く染めていく。
「おっかないなアンタ。俺ァすぐ近くの王国の近衛隊に所属してる者だよ、身分は保証されてる」
「……そのような身分の者が、何故私達の後ろに立つ。何も言わずに」
兜を脱がない男の表情は伺い知れないが、声色は完全に呆れ返っていた。緊張が解けた者特有の、深い溜息混じりの声で、バルも冷静さを取り戻す。その場で軽く剣を振るい、付着した血糊を落とす彼女へ、男は至って簡単に要件を告げた。
「仲間に入れてくれ」、それだけだった。
「何だと?」
「言ったとおりだよ、お嬢」
「何故仲間になりたい。まず貴様は我々の事を何時知った?」
「へっ。当ててみな」
突然の提案に警戒を強めるバルへ、男は大股で迫る。男の上背は高い。それなりに高いバルさえ顔を見るに頭を上げるしかないほどだ。覆い被されるほどの背の高さは、そのままバルへ強い威嚇の空気を纏わせた。
再び張り詰める緊張の糸。バルの手は剣の柄に掛かったまま、男も携えた槍を手放さない。
しかし——その糸は、ぷっつりと途切れた。
「何をするにもその傷を治してからだよ、騎士殿」
宝玉の付いた杖で男の背を叩く、ソーマニアの穏やかな笑みに、逆らえる者が居なかったのだ。
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BUTTLE- ( No.4 )
- 日時: 2015/08/08 22:01
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
“老師”、ソーマニア。職業、ヒーラー。
今日こそはバクロウの群れに対し己も杖を振るったが、彼の本懐は闘いではなく、癒しにある。力も魔法も若い者には負けると笑う彼だが、それでも、男の首の傷を癒すに彼は十秒以上を必要とせず、その十秒間で傷跡も残さない。圧倒的な魔力や腕力で押す者にはない繊細さは、この老人の癒しに対する心持の表れと言えよう。
だが、目の前の男は、そんな繊細さに対し多分に礼を失していた。
「もー俺死ぬかと思った……爺さん、アンタも大変だろこんなお嬢と一緒で」
「御主が無言で後ろに立つからだろうに。時代が違えば首が飛んでおるよ」
「お嬢なら気配に聡そうじゃん。気付けるかと思ったんだよ」
「お嬢お嬢と不愉快な代名詞を連呼するな」
軽薄な話口調は、神経質なバルの苛立ちを助長する。先程叩き付けた際に浅くひび割れたグラス、そこに残った中身を乾していきながら放たれる彼女の声は、物理的なダメージさえ与えそうなほどの鋭さだ。
これ以上怒らせると本当に命が危ない。そう本能的に察して、男はその軽薄さを一旦腹の底に仕舞い込んだ。黙ったまま、先程解いたスカーフを首に巻き直し、ソーマニアの隣にやおら腰を降ろす。そして、まだ動揺している店主へぶっきらぼうに注文を投げ付け、カウンターに頬杖をついた。
「それじゃあ教えてくれよ。あんたの名前」
「貴様から名乗れ」
「さぁね」
沈黙。バルの表情はあからさまに怒りを浮かべている。そんな顔をするなと苦々しい笑声を零しながら、男はやおら己の立場についての弁解を始めた。本当に名前がないんだ、と。
「俺ァ物心付いたときから近衛隊の所属でね。まー名前付けるのもメンドかったんだろ、小っちゃいころから騎士サマだのナイトサンだのとしか呼ばれたことがない。本当は俺にも名前があるのかもしれんけど、誰も教えてくれんから俺も分からんのよ。つーことで、呼ぶときは適当によろしく」
「適当か……」
ふっ、と、バルが口の端に浮かべた黒い微笑を、男は見たものか。変な名前は止めろよと苦く釘を刺しながら、彼は顎で二人に言葉を促す。曲がりなりにも素性を明かしたのだからそっちも、という構えだ。はぁっ、と刺々しい溜息を一つ吐いて、バルは表情から笑みの色を消した。
「バルだ。此方はソーマニア」
「そっか。よろしくな二人とも……って、おい」
気さくに差し出された右手を、バルは気安く取らない。取ってくれるはずの相手から拒絶され、中途半端に宙を彷徨してしまった手を、代わりに老人の手が握り返した。顔に浮かべられたまま、不気味なほど変わることのないにこやかな笑みが、今は場の空気を和ませる。
「儂の方からよろしく頼みたい。ヒーラー以外の殴り役も旅には要るだろう」
「嗚呼そっか、爺さんヒーラーか! それだったら俺、良い殴り役知ってるよ」
ぷいとそっぽを向いていたバルが、目だけ男の方に向けた。これからの道程、道中にバクロウのような雑魚が出るだけでは済まされないであろうし、三人だけではとてもではないが旅など続けられないだろう。仲間を増やすことは、現実的に考えて最も優先すべき事項だった。
三人の——と言っても、槍使いの男は顔が見えないのだが——視線が一瞬交錯し、見えない火花を飛ばしてそれぞれ散っていく。そして、店主が革の水筒に水を湛えて戻ってきた頃に、まず男が膝を打って立ち上がった。
「いつも悪ぃねぇ旦那。冬越しで水枯れ気味だろ?」
「いいえ、そんなことは……最近は雪解け水が川作ってますし、当分は困りませんよ」
「雪解け? 北はまだ氷点下だぜ、解けんだろ普通」
「ドラゴン達の仕業ですよ。最近よく暴れているとか」
「はぁはぁ、なるほどね……後で退治の依頼出しとく」
慣れきった会話からして、それは男の注文だったようだ。ちゃぷちゃぷと潤沢な音を立てる水筒をカウンター越しに受け取り、彼はそれを外套の中へ無造作に押し込むと、槍の柄尻で軽く床を叩いた。ドンッ、と、椅子が倒れるような音が響いて、男の携える槍の重さを物語る。
一瞬だけ、バル達には入り込めない世界がそこにはあった。だが、床を一突きした後からの男は、彼女達の仲間以上でも以下でもない。カウンターに金貨を数枚転がし、黙って酒場の出口へ歩き出した男の背を追わんと席を立ちつつ、バルはやおら服のポケットをまさぐって、淡い縁色に発光する六角形の機械をその場に置いた。
これに驚くのは店主の方だ。彼はその機械が何であるのか知り、何が入っているのかも知っている。
「おっ、お客さ……!?」
「騒ぎを起こした迷惑料だ。釣りは要らないが、アーカイヴは後で返して欲しい」
「でっ、ですがこんな大金」
「好きなだけ散財してくれて構わない。私達は急ぐ、多すぎるというのならば、その中から必要な分だけ抜き出せ」
有無を言わさず店主に機械を持たせ、彼女は先に出て行った男と老人の後を追って出ていく。
残された年若い男は、六角形の機械を握りしめたまま、ただただ唖然とするしかなかった。
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