二次創作小説(映像)※倉庫ログ
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- 虚の旅路
- 日時: 2015/10/17 21:56
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
世界よ、滅びを謳え。
旅人よ、真実を追え。
神は、苦悩と闘いの果てに待つ。
*********************************************************************
始めまして、霧桜と申します。
キャラ作画と設定にほれ込み、突発的に小説なぞ書かせていただきました。
此方は『テラバトル』の二次創作となっております。スマートフォンのゲームアプリと言う、非常にニッチなジャンルでの執筆となりますが、気が向いた時にでも読んでくだされば幸いです。
ごくごくたまに挿絵を付けるかもしれません。
【閲覧上の注意 -Attention-】
・ この小説はテラバトル内で明示されているストーリーラインをなぞりながら、私独自の世界観の解釈・設定考察を基にストーリーの間を埋めていく、所謂ノベライズ形式の小説となります。あくまでも私個人での解釈や考察であり、公式による設定解釈とは異なることを予めご了承下さい。
・ ジャンルとしてはとてもマイナーな部類故、ストーリーやゲーム内のシステムについてはなるべく作中で解説を入れるつもりではあります。しかしながら、ある程度まではこのゲームを知っていること前提の表現が入るかもしれません。そのような場合は遠慮なくご指摘下さい。
・ 一部にややバイオレンスな表現を含む可能性があります(主要キャラの死ネタなし)。予めご了承下さい。
・ リアルタイムでゲームを進めながらの執筆となるので、更新はとても遅いです。リアルもそれなりに忙しい身分ですので、良ければ更新は気長にお待ちください。
【目次 -Index-】
第一章:叫ぶ虚
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17
第二章:蔓延する狂気
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27
>>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37
>>38 >>39
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.15 )
- 日時: 2015/08/08 22:17
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
夜の酒場は昼にもまして賑々しさを増す。
流浪の歌姫、流離(さすらい)の踊り子、流れの演奏家に、道半ばの戦士達。この街一番の老舗には今日も様々な者達が集い、美味い酒と陽気な言葉を酌み交わしていた。昼間は頑なに人を撥ねつけ、何者をも寄せ付けないバルも、この時ばかりは多少精神の緊張を解く。
「ペース早いぜ姐さん。悪酔いしちまうぞ」
「この程度、いつもと同じだ」
情熱的な歌詞と情緒的な弦楽、そしてそれに良く似合う艶やかな美声が、誰しもの耳を心地よくくすぐる。心なしか杯を運ぶ手も軽い。それは傍で立ち飲みしていた弓使いも同じだったのだろう、バルに一言だけ心配の声を掛けた後はそれきり口を結び、そして何処へかに歩き去っていった。
カウンター五十席、テーブル百五十席。酒場にしては相当な規模のこの場所も、夜になれば人が詰め掛けて、相席を作ってもまだ足りない。カウンター席の隅に腰掛けているバルの隣にも、随分前から男が居座って酒の杯を傾け、時折他の客に混じって歌や踊りに拍手など入れている。
黒いハット、同色のスカーフ、サテン地の上下、胸ポケットには真紅のハンカチーフ。体躯はすらりと長く、これで顔と皮膚が爬虫類でなければ、人間女性の一人二人は取り巻きが居てもおかしくないだろう。
進化の収斂(しゅうれん)の一つとして生まれた、新種の知的生命体——ヒトが『トカゲ』と呼ぶ者達の一人である。
「お前は此処の常連か?」
そんなトカゲの男に、バルは何気なく声を掛けた。グラスを揺らしていた男は、隣に座る女の言葉に、ただ視線のみを向けてくる。下心見え見えの嫌らしい視線だが、不思議に気色の悪さはあまり感じない。
「俺はレゾナンド、まだ此処へは二度寄っただけさ。貴女の御名前は何かな? 美しいレディ」
「バルだ。そしてトカゲ、歯が浮くような世辞は抜きにして貰おう」
トカゲの男——レゾナンドが二言目に放ったのは、ナンパであった。しかし、そこは酒場の陽気さの威力。バルは怒りもせず、ただ優雅に酒を干しながら、きついカウンターパンチのみを男に食らわせる。失敬、と一言、トカゲはそれを涼しい顔で受け流し、グラスの中の氷に音を立てさせた。
「ではバル。トカゲたる俺にわざわざ声を掛けたのは何故かな」
「昼間にヒトと悶着を起こしてな。ヒト以外と言葉を交わしたかった。それだけだ」
「光栄至極。ヒトは兎角俺達を避けがちだからね。俺達が避けてるってのもあるが」
くっく、と楽しそうに笑うレゾナンドに対して、バルは真顔。昼間の大騒ぎを思い出す度に、笑っていいのか恥ずかしがった方がいいのか分からなくなる。死と隣り合わせに生き、常に剣呑な表情ばかりを浮かべていた彼女は、あんな時どんな表情をしていれば良いか知らないのだ。
ふぅ、と一つ嘆息して、バルは残っていた酒を一気に呷(あお)った。度数の高い酒が、喉に清涼感と灼熱感を同時にもたらしながら胃の腑に流れ込む。その様を横目に見つつ、レゾナンドはグラスを片付けに来た店主へ無造作に注文を投げ、続けざまにバルへと声を掛けた。
「笑えよ、バル。そんな険しい表情、折角の綺麗な顔が台無しだ」
「お前は随分楽しそうだな、レゾナンド。常人にも終焉が覗ける場所に生きて楽しいか?」
「楽しいさ」
視線。目だけが彼を見ている。僅かな緊迫の気配が二人の間に漂う中、レゾナンドは置かれた酒瓶のコルクを栓抜きで器用に引き抜いて、バルが手に持ったままのグラスに中身を注いだ。
「終わりが見えてるってのは楽しい。本当にやりたいことが見えてくる」
「女を誑(たぶら)かすことがお前のやりたいことか。浅いな、トカゲ」
「ははっ、お言葉耳に痛いね。だが女を実際に口説くのは二番目にやりたいこと……だ」
「?」
からん。レゾナンドの手にする杯の氷が、涼しい音を奏でた。同時に、酒場の奥で歌が終わり、歓声と拍手が場を満たす。トカゲはそれに迷いなく乗り、気取った拍手を奏者に送りながら、黙ってバルの方に目配せした。
「口説き文句を考えている方が余程楽しいものさ。女と刹那の夜を過ごすよりな」
「……浅薄な生き方だな、レゾナンド」
バルの横顔には、呆れの混じった笑みが浮かぶ。その様を横目に、レゾナンドはぐっと琥珀色の液体を飲み干すと、二杯目を手酌で注ぎ入れ、やおらそれを鼻先に掲げた。
「浅薄結構。その生き方の為に、こうして俺は生きている」
「どう言うことだ?」
「大体の女の子は幻想がお好きさ。夢見る少女とも言うべきか……」
「?」
眉をひそめるバルを横に置き、レゾナンドはもったいぶった手付きで、服の胸ポケットに挿した真紅のハンカチーフを取り出した。几帳面に折り畳まれた絹の布を、スナップを効かせて一度振れば、炎のように紅い色が虚空を彩る。
まるで下手な手品のようだ。そう辛辣な評価をバルが心中で付ける中、彼はそのチーフを空中に放り投げると、革の手袋を着けた手で指を鳴らした。
ざわっ、酒場がどよめきに包まれる。しかしその視線は、流麗な剣舞を披露する踊り子の方に釘付けだ。下卑(げび)た興奮が辺りを包む中で、バルと傍に居た数人だけが、レゾナンドの成した業を見た。
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.16 )
- 日時: 2015/08/08 22:20
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
——これ即ち、真紅の花吹雪。
淡い赤の光を孕みながら、無数の花弁が、バルの金髪を揺らして渦を巻く。そしてそれは、世にも芳しき薔薇の香を放ちながら、突然のことに呆然としているバルの周囲をふわりと一周したかと思うと、再び鳴らされた合図で風の如く掻き消えた。
残るのは真紅の花弁の残像と、微かな薔薇の香りのみ。
微かに首を振って、バルは無理やり酒杯を傾ける。
「——今のは」
「はは、綺麗に騙されるだろう? これが俺の人生で得たものの一つさ」
言いながら掲げたのは、右手に緩く引っ掛かった、先ほどのハンカチーフだ。無論一枚の布切れでしかないし、先程の一連の業を外から見れば、紅い布がぺらりと風に舞っただけに過ぎない。しかし、バルの眼には、確かに紅き薔薇の舞と映ったのである。
現実には無いものを、あたかも現実に有るかのごとく映す業。その意味は。
「幻を見せたり消したり出来るのさ、俺は。世間じゃこれを幻惑魔法と言うらしい」
「ステータスヒーラーか」
「そうとも言うかな。俺は今の所、狂人から狂気を取り上げる専門だがね」
如何にも楽しげに口の端を吊り上げながら、レゾナンドは再びハンカチーフを丁寧に畳み直し、白いベストの胸ポケットへ元のように差し込んだ。その辺りの仕草も一々気取っている。軽薄で、尻の軽い女には好かれそうな、如何にもな気障男に相応しいてらい方だ。
それでも、バルは彼を邪険に扱いはしなかった。ステータスヒーラーと言う言葉を肯定したトカゲの男に、彼女は後々の利用価値を見出していたのである。利用、と言う言葉の響きは何とも乱暴なものだが、それ以上の言い方など彼女には思いつきもしない。
「レゾナンド。仮に私が、旅に同行して欲しい——そう言えば、お前は共に来るか?」
「……まだ、行かないと言っておこうか」
利用。無機質な言葉を思い浮かべながら放たれた提案を、彼はゆるりと断った。
何故、と眼光鋭く問うた彼女は見ずに、トカゲは笑う。
「残念ながら俺はヒーラーじゃあない、ついでに言うと肉弾戦は得手としてない。傷も癒せない上に野獣と戦うことも出来ない、そんなのは旅の荷物と同じだろう。お宅には既に熟達したヒーラーが居る、俺がわざわざ居る必要もあるまいさ」
「老師か? だが彼一人では……」
「だからこそ“まだ”なのさ。こんな俺だが、一応ヒーラーの勉強をしていない訳じゃあない。レディがもう一度……そう、本当に俺を頼りたくなる時までに、簡単な治癒魔法程度は使えるようになっておくよ。その時が来れば、またきっと何処かで巡り合わせがあるはずだからね。——どうだい、バル?」
流れるように紡ぎ上げられるのは、警戒心の強いバルですら一瞬ときめくような落とし文句だ。一度突き放し、条件を付けて引き寄せるなど、口八丁手八丁の詐欺師の口上でしかない。
それでも、バルはその口説き文句に何も言えなかった。
旅の道行きに役立つ仲間を。その信条に於いて、それは正論以外の何者でもなかったのだから。
「面白い……ならば私は待とう。それまでは老師に苦労を掛けそうだが」
「ほー、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。なら俺は一刻も早く治癒魔法の勉強を始めるべきか」
「そうしろ。私達も明日には此処を発つ」
「早いな。俺にはあやふやにしか分からないが、そんなに終わりは近いのか」
わぁっ。
「————」
踊り子の妖艶な舞に酒場が一層の盛り上がりを見せ、二人の周囲は普通の声も通りにくいほどの喧騒に包まれる。その声に紛れて、バルの返答はレゾナンドの耳に届かなかった。
「何だって?」
「……その程度のことは自分の目で確かめろ、気障男」
酒杯を揺らしながら呟くバルの表情は、誰も見たことがない柔和な笑みだった。驚くほど穏やかな表情が何を意味するのか、レゾナンドには分からない。彼はしばし、しぱしぱと目を瞬いていたかと思うと、ふっと諦めたように小さく笑って、そっと肩を落とした。
「貴女は俺が見た中で一番の高嶺の花だよ、バル。この俺がこんなに強烈な肘打ちを食らうなんてね」
「さぁな……お前の口説き文句は、夢見がちな女の子には良いのだろう。だが生憎と私は現実主義者だ」
からん、氷を杯の中で鳴らし、バルは眼を細める。芳醇な香りを楽しむような格好の奥、レゾナンドは大切なものを失くした時の寂しさと憎しみの色を見るも、詮索はしない。透明なグラスに半分ほど残った中身を一気に干して、彼はグラスをカウンターに置き、やおらその場から立ち上がった。
「現実主義者のレディを落とせる口説き文句か……良いな。次会う時までに考えておこう」
「ほう? 楽しみにしているぞ、将来のヒーラー」
金貨十枚をカウンターに転がし、丁度やって来た店主にはチップ数枚を渡して、レゾナンドはひらりと手を振りその場から歩き去る。その方を見ずに琥珀色の酒を嗜むバルへ、男は最後まで気取っていた。
「では、美しき旅人よ。一夜一宿に良い夢を。その酒は奢っておくよ」
「そうか。では、貴方のその身に平穏な夜を。闇夜を往く旅人よ」
踊り子の舞が終わる。
その拍手と人だかりに紛れ、レゾナンドの後姿はすぐに見えなくなった。
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.17 )
- 日時: 2015/08/08 22:22
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
階下は未だ騒がしく、槍使いと弓使いもまだ入り浸っているようだ。
レゾナンドが半分ほど残していった酒をゆっくりと溶かし、多少酔いの回った足取りで階段を上がったバルは、廊下にぽつんと佇む人影を見て、思わず声を投げかけていた。
「老師? 何をしているんだ、そんな所で」
廊下の真ん中、何かを手に持ち、つくねんとして俯く小さな老人、もといソーマニア。彼はバルの声にまず目だけを向け、そして右手に持っていたものに、ぱたんと音を立てさせる。彼が持っていたのは古びた革表紙の本と、骨董品のルーペ——要するに、本を読んでいたらしい。
老師はルーペを衣服のポケットに押し込みながら、ほっほっほ、と楽しそうに一笑した。
「いやはや、ジャンケンに負けてしまってね。今宵は儂が廊下だよ」
「……もう少しまともな休息を取ったらどうなんだ、貴方は」
頭を抱えるバルの言い分は何も間違っていない。
彼女の知る限り、旅の最中で野宿せざるを得ない機会には五回ほどぶつかっているが、そのどれもについて、彼は一晩中火の番をしているのである。幾ら代わると言っても彼は聞かず、旅の最中に三日三晩の徹夜など当たり前になりかけていた。
このままでは彼が倒れてしまう。そんな危機感を抱いた故にこそ、無理やりにでもこの宿を取ったというのに、彼はまたしても酷い場所で寝る羽目になってしまったらしい。野獣なぞに襲われる心配がないだけまだましだが、それでも場所的には野宿に毛が生えたレベル以下だろう。
だが、老師は飄々としたものだ。
「そう心配するでない、この程度で儂は十分だよ」
「思っているだけだろう! 気力でどうにもならないものは幾らでもある」
きつく眉根を寄せ、怒気さえ孕んだ口調で言葉を投げつけてきたバルを、老師はただ見上げた。
彼女はそれをただ見下ろした。
沈黙が辺りを包み、そして、老師の声で破られる。
「優しいのだね、バルは」
「っ!?」
——優しい?
突然そんなことを口に出されて、バルは言いようのない激情に思わず言葉を吹っ飛ばした。
あまり面と向かって褒められたことのない初(うぶ)な性格を良いように利用されている、そう分かっていても、何の前触れもなく、しかも真正面から喰らったときの恥ずかしさは尋常ではない。酔いはすっかり覚めているというのに、バルの顔は火で炙られたかのように火照り、彼女自身はっきり分かるほど真っ赤になってしまっていた。
恥ずかしいを通り越して激怒に近い表情を浮かべ、拳すら握って、しかし何も出来ずただ固まっているバルへ、ソーマニアはからからと楽しそうな笑声をぶつけた。
「そう怖い顔をするでないよ。少なくとも、かの男共よりは老体を気遣っておるぞ」
「……ッ!」
からかわれている。
明確な意志を以って、彼はバルをからかっている。
彼女は最早恥辱に耐えかねていた。耳まで真っ赤な顔からは本当に火が吹き出んばかり、言葉など紡ぐ余裕もなく、彼女は激情の赴くままに、ソーマニアの感知能力を超える速さでフックを放った。
ドゴォ、と重い音。速さの割りに威力は薄かったか、或いは壁が頑丈だったのか、放たれた超速のパンチは壁を揺らすだけに留まる。だが、老師から思考を奪うには十分な衝撃だったようだ。
「…………」
「ッ——もう寝るッ!」
ぱちくり。唖然として立ち尽くす老師に、クールダウンした後も出来ることは何もなく。バルは慌てて部屋の扉を開け、己一人がやっと入れるほどの隙間に我が身を押し込んだかと思うと、捨て台詞と共に扉を勢い良く閉めた。バァンッ、と廊下中にその音は響いて、余韻を少し残してから消えていく。
「全く、相変わらずだよ……」
再び本を開きながら、やや呆然として呟いたソーマニアの声は、誰に届くこともなかった。
第一章『叫(おらぶ)虚(そら)』:完
次章は『都への街道』ノベライズ。
辺境の街から都までの、長いようで短い旅路の話。
- 第二章:『蔓延する狂気』 ( No.18 )
- 日時: 2015/08/08 22:26
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
かしょかしょ。かしょかしょかしょ。
性質の悪い旅人に絡まれ、散々酒を飲まされた身体の細胞一つ一つに、不気味な音が刻まれていく。聞いているだけでうなじの毛が総毛立つ、何とも言えぬ痒い音——どうやら足音らしい。ドアの外をうろついているようだ。だが、安心は出来ない。酒場に併設された安宿の大半は、ドアの鍵など使い物にならないも同然である。
かしょかしょ。
奇妙な足音に混じって、ギィ、と蝶番(ちょうつがい)の軋む音がした。やはり安普請だ。残ってしまった酔いのせいで思うように動かない身体を動かし、得物を探す。すぐ近くに置いていたことが奏功し、探し当てるのに時間は掛からなかった。
かしょかしょかしょ。
近付いてきている。えもいわれぬ緊張感が全身を血のように駆け巡って、酔いと重さがすぅっと波のように引いていった。ぐっ、と握り締めた得物から伝わる、微かな冷たさが緊張感を引き立てる。
かしょ。
きりり、きりり……
痒い音が、傍で止んだ。代わりに、ぜんまいを巻くような音がしている。
彼は、音の正体を討たんと、瞬時にして上体を起こし——
かきょっ。
冷たい金属の感触を顔一杯に感じて、それきり動きと思考を停止した。
「えっ」
状況が、一瞬頭から飛ぶ。そしてすぐに理解する。
——蜘蛛だ。
巨大な蜘蛛が、顔に……!
「ぅギャあああ゛あぁああ゛あぁッ!?」
それは、夜明け三十分前のこと。
まだ一行がまどろみの中に居る、その最中のことだった。
「うるっせぇ……ンだぁ朝っぱらから……」
酒場中にこだまするほどの大声でまず起きたのは、同室の弓使いである。
久方ぶりの快適な休養を邪魔された挙句、昨日の酒が抜け切れていない男の言動は、酷く気だるげだ。もそもそと布団の中から這い出した弓使いは、寝ぼけ眼で部屋の中を三回見回し、天井と床を交互に見た後、ようやく声の主に気付いた。
「何やってんだよお前……」
視線の先にあったのは、床にへたり込んで顔を押さえている槍使いと、傍で仰向けになっている十本足の機械、それぞれ一人と一台。この間に何か一悶着あったのだろうと、そこまでは察せられたが、今の頭ではそれが限界だ。ごしごしと乱暴に目を擦りながら、彼は面倒くさそうに眉根を寄せた。
「おーい、どーした槍使い」
至極だるそうな弓使いの声、それに槍使いはか細い半泣きの声で返す。
「シンゾーがギュッっていった……ヤダこいつ……」
「状況を説明しろっつってんだろ」
「かおにとびつかれた……うぅ……」
「……あー」
槍使いの返答で、ようやく今の有様と先程の声が繋がったようだ。表情に目一杯同情の色が浮かぶ。
かきょかきょと妙な音を立てつつ、何とか体勢を戻そうと右へ左へ重心を傾ける、蜘蛛形のメカ——その全長、実に三十センチ。そんな機械虫の巨体に突然飛びかかられては、こうなっても仕方のない話だろう。元気出せよ、と投げやりな慰めを送る弓使いも、同じ状況になれば同じ様になってもおかしくはない。
「えっと——何だ、槍使い。こっちで寝る? 現実逃避大事だぜ?」
「ほっとけ……」
槍使いの返答もぞんざいだ。動きたくても腰が抜けて動けない、と言うのが実情なのだろうが。
先程からうつ伏せたまま動けそうにない男に、弓使いは「まあ頑張れよ」と適当な励ましの言葉を投げつける。槍使いから返るものは最早なく、彼は部屋の隅のコート掛けに引っ掛かっていた外套を引っ掴むと、それを肩に引っ掛けながら部屋を出て行った。
後に残るのは、腰の砕けた槍使いと、未だ起き上がれない蜘蛛だけだ。
- 第一章:『蔓延する狂気』-2 ( No.19 )
- 日時: 2015/08/08 22:31
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
廊下で寝ているはずのソーマニアは居なかった。
何処へ行ったのか。老師の痩躯を探しがてら、ギィギィと軋む階段を降りて、酒場を横目に勝手口から外へ出る。昨日の麗らかさから一転、今日は空全面に雲が掛かり、街全体が薄暗い。ややもすれば一雨来るかもしれない天気だ。小さな溜息を一つ、男はきょろきょろとその場で顔を巡らせるも、老人の姿は見えない。
その代わり、別の人影があった。
「起きてたのか、姐さん。隣静かだったから寝てると思ってたぜ」
「あの槍使いと言いお前と言い、どうしてそう妙な代名詞を使う」
希少な真水の汲める井戸の傍、汲み上げた水で顔を洗っていたのは、昨日知り合ったばかりのバルだ。雰囲気も言葉遣いも、抜身の刃の如く鋭い彼女だが、その根底では本当に人を拒絶していない。漂う雰囲気に感じられる“隙”は、自然と男にざっかけない態度を取らせる。
——などと、問いにも答えずつらつらと考えていると、バルがやおら水の入った手桶を持ち上げた。何をするのか、と思う間もなく、彼女は真顔でそれを振りかぶる。嫌な悪寒が男を貫くも、時すでに遅し。
「っつべてェえッ!?」
彼女は、水を思い切り男にまき散らした。
手桶は子供が両手で抱えられる程度の大きさ、入っている水の量もさほど多くない。だが、撒き方が不味かった。見事なほど広範囲に広がった水は、真正面からそれにぶつかった男の頭から爪先までずぶ濡れにしてしまう。そして、春先の雪解け水は酷く冷たい。
「目は覚めたか? 弓使い」
「おぅふっ、ふぇっ、さっ、覚めた覚めないの話じゃねぇっ……くそっ、バルって呼べばいいんだろバルってよ!」
平然とした表情で尋ねてくるバルに対し、肩を抱きすくめてガタガタ震えながら、弓使いはやっとのことで言い返す。その様を見て、水を引っ掛けた張本人はと言えば、いかにも楽しそうだ。くすくすと柄にもなく笑声を零すバルに、オレは見世物じゃない、とばかり弓使いは半泣きで睨む。
そんな様子を見て、流石に憐れみを感じたか。悪かったとやや冗談めかした口調で謝し、バルは傍の物干し竿に数枚引っ掛けてあったタオルの内一枚をするりと引っ張ると、それを男に投げ渡した。
「どーも……つかさ、バル。ヒーラーのじーさんは?」
「ソーマニアのことか?」
「そうそう、そのじーさん。此処の辺りじゃ見てないんだけど」
いそいそと濡れた箇所を乾かしつつ、二人の話題は朝から姿の見えない老師の行方に飛んでいく。
そう言えば、とバルは斜め上の虚空を見上げながら少し考え、ゆっくりと周囲を二回見回した。
「そう言えば、見かけないな。私が起きた時にはもう居なかったが……」
「知らんのかい!」
「行き先を詮索するのは好きではない」
「そういう問題じゃねーよ! あんなひょろひょろのじーさん一人で街うろつかせて大丈夫か!? 痛てっ」
弓使いの五月蠅い声を遮るように、どんっ、と、割に鈍い音が彼の背後から響いた。突然のことに虚を突かれ、思わずたたらを踏んだ男の背後から、彼は杖を突きつき、特徴的な歩を踏んでバル達の前に姿を現す。
「ひょろひょろの爺さんとは失礼な物言いだね」
一房だけ長く撥ねた白髪、豊かに蓄えた白髭、白を基調とした服と、黒い宝玉のついた木の杖。そしてぴしりと背を伸ばした老齢の男と来れば、見間違いようもない。ソーマニアである。
彼は普段と変わらない——強いて言えば、少々疲れているようにも見える——様子で歩み寄ってきたかと思うと、杖の先で弓使いを脇に退け、真っ直ぐに歩いて二人の間に立った。バルや弓使いよりも背の低い彼は、必然的に二人の顔を見上げながら話すことになる。
「儂はずっと酒場の表に居ったよ。裏ばかり探して見つかる訳が無かろう」
「表って、何でさ」
「空を見ておったのだよ。表は広いからの」
言いながら、ソーマニアはやおら杖の先で空を指した。釣られるように二人は空を見る。
弓使いは一度見た空。灰色の雲が風に流れ、昇りかけの陽も遮られて、街全体が薄闇と薄明るさの中間に佇んでいる。午後には雨が降りそうな、何とも言えず不穏な空の色だ。
しかし、今度はそこに、一つ違うものが浮かんでいた。
「あれは……?」
上空の強い風に雲が流れる中、その間から、黒いものが見え隠れしているのである。
それは風や雲の動きに逆らい、三人が見つめる一点に留まって動かない。黒い物体との距離は遠く、その細部はよく見えないが、それでも彼等はその正体を知っていた。
「インビンシブルか」
「夜明け前からあそこに居る。儂等の出立を待っておるようだよ」
「……爺さん、夜明け前にもう起きてたのかよ」
「ほっほっほ、年寄りは朝が早いからの」
快活に笑いながらも、心中は穏やかならぬようだ。ソーマニアは弓使いの背骨を狙って、数度杖を振り上げる。対する弓使いは、痛い痛いとふざけたように言いつつ、慌てて距離を取った。いくら老人の振るう杖とは言っても、背骨を集中的に叩かれてはそれなりに痛いのだろう。どすどすと言う鈍い音が威力の程を証明している。
五回ほど男を殴った所で、ソーマニアは杖の先を再び地面に降ろした。弓使いは平静を繕いつつも、片手を背に当て、密かにダメージの大きさを周囲に主張する。バルは見なかったふりだ。
「ところで、槍使いの男はどうした?」
「嗚呼。あのアレ、昨日のクモ? あれに飛びつかれたショックで腰が抜けてる」
「あの悲鳴はあいつのものだったのか……」
お前のものだと思っていたが、とバル。まさか、と弓使いは嫌そうな顔で否定し、先程バルから投げ渡されたタオルの水分を絞ったかと思うと、そのままくるりと踵を返した。
「早く出るならとっとと準備しようぜ。この調子だと多分、夜を待たずに雨が降る」
雨の中の野宿なんて御免だ。そう吐き捨てて、男はさっさと酒場の中へ入っていってしまう。その後ろ姿を、バルとソーマニアはしばし唖然としたように見送り、ハッとして後に続いたのであった。
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