二次創作小説(新・総合)
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- Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~
- 日時: 2019/09/26 15:13
- 名前: 餅兎ユーニアス (ID: sE.KM5jw)
叫びが聞こえる。目の前の悪夢に怯える絶望の声。
泣き声が聞こえる。失われていく物への苦しみの声。
笑い声が聞こえる。無慈悲に灯火を刈り取る嘲笑の声。
……虚ろな声が聞こえる。
「こんな筈じゃなかったのに。こんな事を望んでいなかったのに」
全てを嘆く、後悔と懺悔。
渦巻く負の闇は、止まることを忘れ全てを呑み込む。
それは、小さな願いから始まった。
今此処にて、語ろう。
誰の記憶にも残らなかった、「空白の聖杯戦争」を。
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皆さんどうもこんにちは!そうじゃなくてもこんにちは!
朝でも夜でもこんにちは!この挨拶に聞き覚えがある方は察して←
多分知ってる人は知ってます!餅兎ユーニアスです!
え?誰だコイツ?そう思った方は>>1 の茶番見れば多分分かる!
とにかく!開いてくれたのならば!楽しんで!(圧倒的投げ槍感)
【もーくじ】
設定 >>2
番外 『茶番 初盤の幕』 >>1
断章 『永遠が告げる始まり』 >>3 >>6-7 >>10
序章 『聖杯戦争』 >>11-14
- Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.12 )
- 日時: 2019/09/21 20:53
- 名前: 餅兎ユーニアス (ID: gz2yfhrF)
音呼鈴の教会には、毎日多くの人が訪れる。
何か良い事があった時、悩みがある時、祈りを捧げる時、安らぎたい時。色んな理由を持って訪れるその人達は、いつも笑顔で教会から出てくる。それだけその建物が、平和な空間であるのだろう。
そうだというのに、何故か今日は誰も来ていなかった。
祖父の家から教会までは、歩いてでも時間はあまり掛からない。自転車と共に車の気配すら消えた道を歩き、辿り着いたは良いものの、大きな扉を開けると、そこに人はいなかった。
「休み……?」
いや、教会に休みなんてあっただろうか。
そんな事を考えながら教会に一歩足を踏み入れると、視界に一つの人影が映った。柱の影にいたのだろう。単に翔夜が気付けなかっただけだった。
「すみません。教会の方ですか?」
人影……ステンドグラスを見つめていた一人の男性が振り返る。
長い銀髪が教会の灯りに照らされ、青い瞳が翔夜を見据える。黒い服に首から十字架を下げた外人の様な男性は、翔夜を見て微笑んだ。
「はい。この教会にて、神父を務めさせてもらっている、『亞塚 漓穏』と申します。誰も来ない時に来るものですから、驚きましたよ」
「……誰も?」
おかしい。今は早朝や深夜というわけでは無い。数人人がいてもおかしくないこの時間帯に、人が一人も来ないなんて事はあるのだろうか?
そんな事を考える翔夜を見たまま、漓穏は首を傾げる。
「おや、どうしましたか?悩み事であるのなら、私で良ければお聞きしますよ?」
きっと悪気も何もなく、心配してかけた言葉なのだろう。しかしその言葉は、偶然にも翔夜の核心を突いていた。話しても良いのだろうか。信じてなどくれるのだろうか。その動揺が翔夜を躊躇わせる。悪心の一つも無い、教会の神父を前にして。
「いや……その……」
躊躇い、後退りながら手を前にして言う。しかし前に持ってきた手は、自信の無さ故にすぐに降りてしまった。
その降りた手を、漓穏は見ていたのだろう。手に視線が移った瞬間、漓穏の顔から笑みが消えた。表情の消えた顔で手を見つめる漓穏に戸惑い、翔夜は自分の手を見る。
「…………え………痣?」
痣、と思ったが、違う。その手の甲には、はっきりと赤い紋様が刻まれていた。
針のようで、剣のような形をした三画の紋様。昨日まで、いや、祖父の家を出るまでは存在していなかった物に、思わず翔夜は漓穏の事を見た。青い瞳と目が合う。その瞳には、心なしか悲しみが込められていた。
「……そうですか。貴方は……聖杯戦争の『マスター』に選ばれたのですね」
「マスター……?聖杯戦争を知ってるのか?」
翔夜の言葉に、漓穏は頷く。漓穏は静かに翔夜に近付くと、赤い紋様が刻まれた左手を優しく手に取った。
「体内魔力の気配も無く、用語に対して疑問を浮かべている……その様子だと、聖杯戦争を知らないという事ですね」
その言葉に、黙りこむ。
この人は本当に、神父なのだろうか。もしや、神父という概念だけを張り付けた、別の誰かなのでは。翔夜の脳裏にそんな事がよぎったが、それは掴まれる事無く流れて消えていく。言葉になんて出来なかった。言葉にする事に、どこか恐れを覚えたから。
漓穏の手が翔夜の手から離れる。漓穏は突然向きを変えて誰もいない空間を見た。
「聖杯戦争は、魔術によって秘匿された神聖なる闘い。聖なる儀式。それに何も知らない、魔力を持たない一般人が参加するとは。聖杯はついに、参加者の選別という行程すら忘れたのですか?」
冷静に、しかしどこか怒りを込めた言葉。
その言葉に、答えた者がいた。
「いいえ。それは私の知る事ではありません。ですが、それが聖杯によるものだという事は、断じて無いでしょう。その選別に、何者かによる介入が無い限りは」
女性の声に翔夜は振り向く。
誰もいる筈の無い空間には、一人の金髪の女性が立っていた。
- Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.13 )
- 日時: 2019/09/24 22:55
- 名前: 餅兎ユーニアス ◆o0puN7ltGM (ID: gz2yfhrF)
鎧の鉄を服に纏う、金髪の女性。真っ直ぐ向けられる眼差しには曇りなき光が宿り、凛としてその場に立つ様子は、場の空気を一瞬にして引き締める。
ただの人間である翔夜にも、彼女を目にした瞬間に分かった。
彼女が、人間ではない『何か』であるという事に。
「貴方が、伊奈瀬 翔夜ですね?」
名乗ってもいないのに名を呼ばれ、無意識に背筋が凍る。今まで自分達が生きてきた世界とは明らかに違う者に、どこか恐怖を覚えていた。無言で頷くと、金髪の女性はその頷きを受け止めるように静かに目を閉じ、開いた。正義の光を宿す瞳が、心の何処かで怯える翔夜を捉える。
「怯える気持ちはよく分かります。貴方は魔術の世界を知らない無知なる少年。しかし、ご心配無く。私は貴方に一切の危害を加えません」
「……人の心が、分かるのか」
「え?私に『千里眼』はありませんよ?他人の状態というものは、見れば大抵は分かります」
千里眼。聞きなれない言葉が聞こえてきたが、今はそれを気にする余裕なんて無かった。自分が目の前の女性に怯えているという図星を突かれて、動揺が隠せなくなる。
「調停者。まずは、聖杯戦争についての説明を。状況の理解が無ければ、彼の動揺は一向にして収まらないでしょう」
漓穏が一歩前に出て、女性に話しかける。その一歩はどこか翔夜を庇う様にも見えた。漓穏の言動に、女性は頷く。
「……えぇ。そうですよね。ごめんなさい。マスターに選ばれた以上、説明は不可欠ですからね。幸い、開戦はまだ見られません。一から丁寧に説明しましょう。では、座って話を」
女性に促されて、近くの席に座る。女性は視線を変えると、教会の奥へと歩んでいき、祭壇の手前で振り返った。
「遅れてしまいましたが、自己紹介をしましょう。
初めまして、伊奈瀬 翔夜。マスターの一人に選ばれし者よ。
私は『ルーラー』。此度の聖杯戦争にて召喚された、『サーヴァント』の一騎です」
同時刻。
とある家の一室。様々な本の山が連なる部屋では、翔夜の親友である公が一人、とある人物と電話をしていた。
「姉ちゃん。今回の聖杯戦争、どっかおかしいぞ。聖杯戦争って、本来は魔術師の間で行われるんだろ?」
『えぇ、そうね。とても神聖……には思えないけれど、そうみたいだからね』
「だよな?けど今日、魔術師でも何でもない幼馴染みとの電話でな……そいつ、夢の中でサーヴァントと接触したらしいんだ。伊奈瀬の爺ちゃんの言ってた事と関係ありそうだし、しかも話からして『抑止の守護者』だ。こりゃ一体どうなってんだ?」
電話越しの声が、途絶える。切れたわけでなく、相手が黙っているのだろう。深呼吸らしき音が聞こえた後に、真剣な女性の声が聞こえてくる。
『……過去の英雄、偉人、伝説の人々を『サーヴァント』として七騎召喚し、最後の一騎になるまで殺しあう、己の願望を懸け、万能の願望機『聖杯』を巡る血濡れの闘い。それに何も知らない一般人が参加する……きっとそれは、貴方の幼馴染みが出会った抑止の守護者が影響しているわ。平行世界に影響を及ぼせる程の、強力な存在のね』
「……姉ちゃん。俺、心配なんだ。何て言うか……幼馴染みも参加するんだよな。こんな物騒な事に。しかも最後の一騎だから、結局俺や姉ちゃんも敵になるんだろ?」
普段明るく振る舞う公は、悲観的な考えを滅多に見せない。ただ、電話から聞こえる声は少しだけ震えていた。本人は微笑み、ヘラヘラと笑っている。しかし、体は正直だ。微かに震える体が、声までも震わせる。
『……貴方との戦闘は最大限の策を持って避けるわ。私に任せなさい』
「……ありがとう、姉ちゃん」
『じゃあ、そろそろ時間だから失礼するね。何かあったらまた連絡ちょうだいね?』
電話が、切れる。規則的な音を鳴らすスマホを自身から遠ざけると、公は両手で顔を覆った。
「……聖杯戦争なんて、嫌いだ」
喉から絞り出すかのような一言をこぼして。
- Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.14 )
- 日時: 2019/09/25 20:55
- 名前: 餅兎ユーニアス ◆o0puN7ltGM (ID: NOuHoaA7)
聖杯戦争に呼ばれるのは、七騎のサーヴァント。
セイバー。
アーチャー。
ランサー。
キャスター。
アサシン。
ライダー。
バーサーカー。
サーヴァントは真の名を隠すために、このクラスの名で呼ばれる。真名の看破が、己の最大の弱点を突かれる原因となるからだ。
そして、それぞれを召喚するのは、七人のマスター。
三回きりの絶対命令権であり参加者の証である『令呪』が、契約の要となる。
失えば、その者はマスターでもなく、参加者でもなくなる。
命を掛けてでも、令呪は守らなければならない。それほど重要な物なのだ。
そして本来、一般人がこの闘いに関わる事は絶対にないのだ。
「じゃあ、何で俺は聖杯戦争に?」
一通りの説明を聞いてある程度納得したのか、少し落ち着いた様子で翔夜が尋ねる。しかしルーラーは、「分かりません」と言って首を横に振った。
「……翔夜さん。貴方はここに来る前、この聖杯戦争に関係のありそうな体験をしましたか?」
「……体験……」
翔夜には覚えがあった。その体験は夢だったが、聖杯戦争の話を聞いてみれば、あの時出会った女性はサーヴァントだったのかもしれない。何かの史実に語られた英雄だったのだろう。
「夢なら……見た。真っ白な空間に、雑音が響いて……褐色の女性が、終わりの刻だとか、アラヤの壁が破られるとか……」
「抑止の……?」
ルーラーが何かに気付いたかのように少しだけ顔をしかめるが、次の瞬間には安堵の溜め息をついた。
「……聖杯の狂いでなく、彼女が選んだのですね……」
「?」
「……翔夜さん。貴方がその女性の事を忘れない限り、容易く殺される事は無いでしょう。しかし、選ばれた事実を変えるわけにもいきません。マスターに選ばれたのだから、貴方もサーヴァントを召喚しなければいけません」
何故選ばれたかを簡単に弾かれて話を進められて、翔夜は少し戸惑う。召喚なんて言われても、方法も手順も知るはずが無い。そんな非常識で非現実的なもの、どうすればいいと言うのだろうか。
「……本来は触媒と魔方陣、そして魔力が必要になりますが、恐らく貴方の場合は魔方陣だけで充分かと。夢の中で出会った女性の手助けがあると思われるので」
漓穏が言うと、ルーラーも頷く。よく分からないが、特に問題は無いようだ。翔夜は納得すると同時に、慣れない事に不安になる。
……今は、あまり深く考えない方がいいのかもしれない。
そう心の中で区切りをつけた瞬間、翔夜に重くのしかかっていた何かが少しだけ軽くなった。
「最適な時間は、午後五時。その時間に、再び教会へ来てください。本来、個人の手助けはルーラーの決まりに反するのですが、幸い貴方は魔術師ではないので、大丈夫です」
「……それまでは?」
「……自宅ではない別の所で、身を潜めるのが宜しいかと。マスターの中には既にサーヴァントを召喚している者もいます。いつ狙われてもおかしくありません。魔術師の大半は、真っ先に相手を潰そうとする者ですから」
再び祖父の家に行く必要があるのかもしれない。
自宅以外と言われたら、翔夜に残るのはそこだけである。両親には他の理由で誤魔化そう。そう思っていると、ルーラーが翔夜の近くまで歩み寄り、目の前まで来て立ち止まった。
「……どうか。その時までは、お気をつけて下さい」
二人に短い礼を告げて、教会から出る。
外は暖かい日だまりに包まれて、穏やかな白昼夢のようだ。
そう思えるのは、何も知らない人間だけなのだろう。
聖杯戦争まで、あと14時間。
- Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.15 )
- 日時: 2019/09/26 22:02
- 名前: 餅兎ユーニアス ◆o0puN7ltGM (ID: NOuHoaA7)
間章 『一つの光』
その女性は、サーヴァントを呼び出す為だけに用意された。
黒いローブに身を包んだ集団。その中に一人だけ、車椅子に座る女性がいた。
金髪の長い髪を一つに纏め、右肩から降ろしている。澄んだ茶色の瞳は、集団の先にある細かな陣を見つめている。令呪が浮かび上がった左手の甲を、右手でそっと覆いながら。
彼女の名は『蒼矢 ロキ』。先程まで平凡な生活をしていた、足が不自由な小説家。そして、立派な魔術師である者。
令呪が最初に宿ったのは、ロキの父だった。父は魔術師としても、人間としても、正しく優秀な存在だった。しかし、父にあった持病が、令呪の魔力によって再発したのだろう。病状の悪化により寝たきりになったロキの父は、娘であるロキに令呪を移したのだ。
しかし、その善意は悪用された。
蒼矢家と縁が深かった家系の者が、マスターを代わると言い出したのだ。
『五体満足で無いマスターなど、所詮は戦うこともなく消えるだろう』
足が動かないロキは、サーヴァントを呼び出す為の材料として見られる事になった。
魔術師がサーヴァントを召喚すれば、令呪を奪われて殺される。
その理不尽な運命に、ロキは悲しみを見せなかった。いや、
何故か、悲しむ事が出来なかったのだ。
リーダーと思われる一人の男性が、魔方陣の前に立つ。手を前に構えると、言葉を紡ぎだした。
『素に銀と鉄。礎に石と契約の大公』
詠唱が始まる。サーヴァントを呼ぶ為の、召喚の詠唱が。ロキはその様子を、ただじっと見つめている。詠唱は何故か耳に残る事無く、遠い霧となって霧散していった。
魔方陣が光を放ち、暗い一室は光に包まれていく。詠唱は終わっていないのだろう。男性の声は未だに聞こえてくる。
……あぁ。これが終わったら死ぬんだな。
その心の一言が、脳裏をよぎる。彼女の中にあるのは、死に対する悲しみでも憎しみでもない。『小説が終わってなかった』や、『届いた葉書を見てないな』といった、他人から見れば今更な事ばかりだった。目の前の魔術を見た所で、残った時間に残る未練など彼女には存在しないだろう。
左手が痛む。ジリジリと焼けるような痛み。
悲鳴も上げず、涙も流さず、痛みを訴えもせず、助けも求めず。
ロキは己の死を受け入れるかのように、静かに目を閉じた。
光が、消える。
周りから歓喜の声が静かに聞こえてくる。どうやら召喚に成功したのだろう。男性の会話をする声が聞こえてくる。
ロキに、足音が近付く。きっと、もう殺されるのだろう。そう心の中で呟く。
だが、次にやって来たのは、死でも痛みでもなかった。
「令呪を宿せし我が主よ。どうかその目を開けてください」
無意識にロキの目が開かれる。視界に飛び込んできたのは、一つの光だった。
いや、男性なのだろう。青灰色の長い髪は暗闇でも明るさを失わず、虹の光を宿す灰色の瞳が、優しい微笑みと共にロキに向けられていた。
黒い視界に在る。手首に鎖の千切れた鉄枷を付け、真っ白なローブを纏う一人の『光』。
それは、黒に慣れたロキにとっては、眩しい存在だった。
「ようやく私を見てくれましたね、主。
サーヴァント・キャスター。我が主の灯火を導きとして、この地へ参上いたしました」
鎖の音を小さく立てて、キャスターの細い手はロキの手を取って微笑む。小さな温もりが、ロキの凍りついた心を和らげた。
「……どういう事だ!その女は貴様のマスターなんかではない!その令呪は召喚の後、私に移されるものだ!」
リーダーの男性が怒号を上げる。キャスターは男性の方を向くと、ロキの手を離してしゃがんでいた体を起こした。
「いいえ。サーヴァントが召喚された時、その時点で令呪を宿していたのは彼女です。ならば、彼女が私にとっての主であるのが普通でしょう。それとも貴方は、今を生きる彼女の命を奪って、無理矢理にでも主になろうと言うのですか?」
「クッ……しかし……」
「任意で令呪を移すのと、殺して奪うのでは話が異なる。主を見る限りでは、貴方に令呪を任意で渡すようには見えませんが」
キャスターは完全な余裕、真っ当な理由を次々と突き付けていく。それはまるで論破のようで、抗議を聞いているかのようだ。
「我が主は彼女であり、貴方ではありません。穏便に物事を済ませるべく、どうか御理解の上で立ち去ってはくれませんか?」
キャスターが男性に向かって微笑む。その直後、周りの空気は一瞬にして凍りついた。
『 』
男性の口が動く。集団の者達の口が動く。そこから言葉は発せられず、代わりに空間の揺らぎを呼び起こした。無詠唱の魔術を使うつもりなのだろう。ロキはそう確信する。
しかし何かが起こる前に、キャスターは静かに自身の腕を持ち上げた。
「残念です、魔術師の皆さん」
キャスターの腕が降りる。その瞬間、糸が切れた人形の様に集団の者達は崩れ落ちた。
気絶ではない。意識はある。しかし、意図的に見えない何かに押さえつけられているようには見えた。混乱しておらずに放心しているロキへと、キャスターが振り向く。
「少々、体外魔力に細工をしただけですので、ご安心を。命まではとりません。では、此処から出るとしますか。行きましょう、我が主」
キャスターの手が差し伸べられる。周りで倒れる者達を気にかける事無く、ロキはその手を確かに取った。握るその手には、温もりがあった。
サーヴァント・キャスター。一人の理不尽な運命を書き換えた、因果を嫌う者。
彼はこの戦いに、果たして何を望むのだろうか。
- Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.16 )
- 日時: 2019/10/01 22:38
- 名前: 餅兎ユーニアス ◆o0puN7ltGM (ID: NOuHoaA7)
間章 『鋼鉄の意思』
昨日からだろうか。音呼鈴市の病院には、溢れんばかりの患者の姿があった。
しかしその者達は、ただの風邪なんかじゃない。病気でもない。多くの者達が致死にまで及ぶほどの重傷を負い、意識のある者は何かに怯えるかの様に震えていた。
中には制御が聞かずに大声で叫び、己の手を腕を食い千切った者もいた。
持っていた刃物で喉を刺して死んだ者もいた。
泡を吹いて倒れた者もいた。
限界まで己の首を締めた者もいた。
延々と虚ろに笑う者も、嘆く者もいた。
今までの病院の景色は何処へ、そこはまるで地獄絵図の様に、人々の恐怖で満ちていた。
「……どうなってるの?一体何があればこんな事に……」
その景色を前に、白衣を着た赤髪の女性は呟いた。髪は男性の様に短く、茶色の瞳は絶望の光景を前に光を失っていない。銀色の盆に乗せられた数々の医療器具を、重たい様子を見せる事無く持っている。女性は一つ深呼吸すると、踵を返して一つの部屋へと向かった。
彼女の名は『琉畝 紅葉』。この病院の医師である。
重傷の患者は数知れず。もう治療が間に合わないという事態に及んだ病院は、やむ無く応急手当のみを施すしか出来なくなった。その内の一人が、紅葉に会いたいと言っていたらしい。看護師の案内を通して部屋に行くと、そこには一人の男性がいた。
肩から腹にかけて付いた傷跡は内臓をも抉っている。虫の息で、少しでも衝撃を与えたら壊れる硝子のように、今にも死にそうな様子だった。男性は光の薄い瞳で紅葉を見ると、血を流しながら口を開いた。
「……あんたが………医院長の娘、か………?」
「はい。内科担当の琉畝 紅葉です。用というのは、一体?」
男性は紅葉を見たまま、大きく息を吸う。それは通常の呼吸と変わらなそうに見えるが、今の男性にとってはこれが必死なのだろう。
「あんたは…………この先、何があっても……その正義を貫けるか………?」
「………え?」
意味の分からない問いに、言葉が出なかった。どう返せばいいのか分からずにいると、男性が再び口を開く。
「救おうとも、救えない………絶望の中、でも………あんたは、諦めないか………?」
震える声が、紅葉の心に響く。諦めるか諦めないか。阿鼻叫喚の中で戦うと決めた彼女にとって、それは愚問に等しかっただろう。
「……勿論です。私は最後まであなた達を見捨てません。医者とはそういう者です。やる前から匙を投げるようでは、命を懸けた職など出来ませんよ」
紅葉の言葉に安心したのか、男性の顔が穏やかになる。すると男性は、手に握っていた物を前に差し出した。
それは、ボロボロになり色の褪せたハンカチらしき物だった。血の滲むそれを、紅葉はそっと受け取る。
「……俺は、もう駄目だ………だから、あんたに託す……あんた、みたいな奴に、なら……きっと応えてくれる………」
「応える?託すって……そんな、貴方はまだ生きる事が……!」
ハンカチを持つ手で男性の手を握る。血だらけで冷たい手に、力はもう入らなかった。
「どうして……何でこんな事に。
何が起こっているの?何が人を傷付けるの?罪もない人達が、こんなに……!」
動かなくなった男性の手を握りしめ、紅葉は涙を流して言う。誰にでもなく、自分にでもなく。それは虚空へと放たれる。
「救うと決めたのに!諦めないって決めたのに!どうして私は誰も救えないの……!?
嫌よ、こんなの嫌!何があってでも救ってやる!理不尽な死を止めてやる!こんなの……こんな風に死んでいくなんて、絶対に許されない!」
涙の限り叫ぶ。それは決意からこぼれた本心であり、願望であった。
だからこそ、『彼女』は紅葉に応えたのだろう。
突如、部屋が眩しい光に覆われる。泣き叫んでいた紅葉は次に出てくる筈だった言葉を引っ込めて、突然の出来事に目を白黒させた。
光が止む。
命が一つ消えた部屋に、一人の女性が立っていた。
三つ編みで一つに纏めた乱れのない髪、赤い軍服にスカート。開かれた赤い目に宿る眼光は鋭く、その者からは言葉に出来ない圧を感じた。
魔術師の事情や、魔術の知識を辛うじて持つ紅葉には分かった。目の前に現れた彼女が、『サーヴァント』である事に。
その女性は部屋を見渡すと、目を合わせないまま口を開いた。
「衛生環境が悪すぎる」
不機嫌そうに顔をしかめて放たれた言葉に、呆然とする。開口一番でそう来るとは思っておらず、ましてたサーヴァントなんて出会う筈もないとも思っていたからだ。何も喋らないでいると、女性は紅葉に視線を向けた。
「そこの貴女、此処は病院で間違いありませんね?」
「え?えぇ、病院だけど……」
「患者を治療する場所が不衛生だというのに、患者を治せる訳がありません。ハッキリ言って此所の衛生環境は最悪です。今すぐ改善しましょう。まずは床や壁に付いた血の除去、そして殺菌。そこに座っていないで早く取りかかってください」
……これが、サーヴァントなのか?
聖杯に関する事には目もくれず、マスターの確認もせず、召喚された直後に医療に力を入れるなんて。そんな事を思っていると女性が部屋を早々に出ようとしていた為、慌てて呼びかけた。
「待って!名前を、貴女の名前を聞いていないけど……!」
女性が立ち止まり、振り返る。赤く鋭い瞳に、紅葉は無意識に肩を竦めた。
「……聖杯戦争に興味はありませんが、一応、『バーサーカー』と呼べば良いです」
サーヴァント・バーサーカー。 切なる願いに答えし者。
彼女は命を救う。たとえ誰かを、殺すとしても。