二次創作小説(新・総合)

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題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編)
日時: 2019/10/12 17:08
名前: 燈火  ◆UJcOcbdIPw (ID: xJUVU4Zw)

 どうもよろしくお願いします。既に完結した漫画や1作品で完結しているゲームなど視覚的効果を中心とした作品を対象に淡々と展開を追って文章を付け加えていくスタイルで小説を執筆していこうと思い立ち、このスレを立ち上げた次第です。

 パクリと思うかもしれませんがよろしくお願いします。
 基本的には、1つの作品を練習曲エチュードという単位にして、その作品の区切りのいいと思った部分までを完結として、物語を書いていきたいと思います。

 ~目録インデックス

練習曲エチュードNo1 ドラゴンクエスト5 天空の花嫁
序幕プロローグ誕生バース

>>1

第1章「少年期編」第1話「サンタローズにて」

>>4 >>6 >>7 >>8 >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16
 
第1章「少年期編」第2話「凋落城レヌール亡霊レブナント

>>17 >>18 >>19 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26


 ~他情報インフォメーション

>>2 >>20

 ~お客様カスタマー

 0名



注意アテンション
・公序良俗にもとる表現が対象とする作品によっては入るかもしれません。ご了承願います。できる限り軽めにはする所存です。
・ステマや荒しは徹底的な無視を願います。発見次第最優先で削除依頼します。
・誤字脱字、文章のミスなどのご指摘は大歓迎です。ドシドシお願いします。



――――トリップを忘れたので変更しました(苦笑

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.6 )
日時: 2019/01/08 23:48
名前: 燈火  ◆UbVDdENJSM (ID: aMCX1RlF)

 階段を駆け上る。頑丈な作りで、軋む音もしない。外に出ると四方を囲む広大な海。アベルとパパスは今、船に乗っている。通常の客船ではなく、とある富豪の私有船だ。聳える2本の巨大なマストに夫々、家紋と思わしき炎が描かれている。
 潮騒の音を聞き、雲がたなびく青空をしばらく眺めた。全身に自然の息吹を感じながら、手を広げ吐息を漏らす。そして再び少年は走り出した。しばらく動き回っていると、はたと気づく。自分と父以外には、乗組員しかいないと聞いていたのだが、武装した人物がいることに。興味を持って彼はその人物に近づく。

「おや、なにか用かな? この先は特別室だ。ルドマン様がお留守の間に勝手に入ってはいけないぞ?」

 先に武装した兵士然とした人物が気づく。中々に背が高く、パパスほどではないが相当に体も鍛えられている。肌は白目で面長。目の色は左が緑だが、片方は眼帯を掛けていて分からない。男の自分から見ても、端麗な顔立ちだ。

「ルドマン様って誰?」

 アベルは気になったことを、直球で尋ねる。純粋な子供だからこそできることだろう。兵士の男は微笑みながら。

「あぁ、いかに父親とともに苦難の旅を繰り広げてきたとはいってもな。流石に行ったこともない場所の有名人を知らないのも仕方ないか。ルドマン様はある町を長年に渡って統治する名家の主だ。世界でも有名な資産家でもある。まぁ、つまり多くの国とパイプがあるわけだな」

 最初のほうの言葉に少し苛立つ。アベルは父と厳しい旅を乗り越えてきた自負がある。それがアイデンティティーでもあるのだから、子供ながらにイラつくのも当然だろう。もっとも兵士は悪意が有っていってるわけではなく、むしろ感慨深げだ。
 最後の言葉は、パパスが国際人であるという事実に掛けている言葉でもあったのだが、当然ながらアベルは気づけない。怒りを飲み込むのに必死で、固唾かたずを呑む。そして次の質問を真剣に吟味する。

「ふーん、凄く偉い人なんだね。でもお部屋にお留守ってことは、部屋の外に居るのかな? 僕とお父さん以外お客さんは見当たらなかったけど」

 単純なことだ。そう、自分たち以外にこの兵士と水夫たち、そして船長、一部の料理人しかこの船旅で見ていないのだから。そんな人物がいるのなら、それは部屋から一度も出ていない。そして恐らく給仕きゅうじか何かがいて、料理などは運ばせているのだろう。

「あぁ、パパス殿と君はルドマン様を迎えに行くついでにという融通で乗せてもらえたようなものだね。まぁ、君の父親は大人物ってことでもあるな」
「お父さんは凄い人なんだね!」

 どうやら予想は外れたらしい。単純にその主人の迎えのついでに乗せてもらえたようだ。最も私用船であり、本来一介の人物を乗せるということはないと兵士は付け加える。それを聞いてアベルは満面の笑みを浮かべた。単純に身内を褒められることは嬉しい。何より父は彼にとって誇りだ。

「そりゃぁ、そうさ! あの隙のない身のこなし。俺は兵士長の地位にいる身だが、とても勝てる気がしない。そしてあの篤実とした態度と、知的な発言。間違いなく大物さ」

 ベタ褒めである。サンチョの嘘の見分け方講座を聞いた時を思い出す。褒めに徹している詐術を使っている場合が多いらしい。しかし、嘘をついている時は隠しきれない表情の変化などがあるので分かるものだと教わった。彼は自然体で話していてよどみもない。心底からの本音なのだろう。
 ルドマンという人が納める土地の兵士長をして、武術で勝てる気がしないと言わせる冴えわたる剣技。そして人格や知性まで。常に一緒にいすぎて感覚が麻痺しているようだが、想像以上の存在だと改めて気づく。
 
「そういえば、この船の船長さんを助けたこともあったって聞いたよ?」
 
 思い出したようにアベルは呟く。他でもない船長とパパスの会話から聞き取ったのだが。
 
「あぁ、その通りだ。今この船の船長をしている男は、実は俺の前の兵士長だったんだがな。ある日、魔王軍の尖兵せんぺいであるとても強い魔物にあって大怪我をした。それであいつは兵でいることを辞めたんだ。その魔物から彼を護ってくれたのがパパス殿だったのさ」
 
 現船長が先代兵士長であったこと。そんな兵士長が歯が立たなかった魔族の戦士から、パパスが船長を護るぬいたことを教えてくれた。

「でも僕、そんな記憶がないよ?」

 アベルは疑問符を浮かべる。そのような話なら流石に船長たちの話を聞く前から少しは知っていそうなものだと思ったからだ。
 
「そりゃそうさ。その時君はサンチョ殿と一緒に街の宿屋に居たからな。それに何よりアベル君、君はそのころ2歳になったばかりだったよ」
「そっかぁ。僕覚えてるわけない年だったんだね」
 
 どうやら単純に自分が物心ついていなくて知らなかっただけらしい。旅に出て2年から3年程度のころの話なのだろうと理解する。

「魔族にとらわれた妻を救うという主目的を持ちながら、多くの命も救っていく。器の大きさと愛の深さを感じるな」

 思案に耽るアベルを見つめながら兵士は思う。自分がアベル程度の年だったころこれほど大人びていただろうか。母親もいない状態で大望を持ちながら行動し、子育ても疎かにしないパパスという男への大いなる崇敬を感じた。男は今の表情を見せたくないと、空を見上げながらつぶやく。
 兵士との会話に集中していて気づかなかったが、陸地が大分近づいてきていてた。波止場へと船が接していく。そして――

「港に着いたぞぉ! 帆をたためぇ! 錨いかりをおろせぇ!」
「おっと俺も手伝わないといけないな。アベル君、パパス殿を呼んできてくれ」

 水夫の怒鳴り声が響く。弾かれたように乗組員たちが動き出す。一糸いっし乱れぬ連帯感溢れる所作だ。だ兵士長と名乗った彼も配置につこうと走る。帆が瞬く間に畳まれていき、錨が降ろされる金属音が響く。

「うん、分かったよ! そうだ。ところでお兄さんはなんて名前?」

 兵士のいうままに走り出すアベルは、少し進むと思い出したように立ち止まり彼に問う。

「あぁ、名乗ってなかったな。俺はゼクトールってんだ。少しの間だったが君と話せて楽しかったぜ」

 男は名を名乗り破願した。

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.7 )
日時: 2019/01/09 14:05
名前: 燈火  ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)

「そうか、港に着いたか。村に戻るのは2年ぶりになるな。アベルはまだ小さかったから覚えていまい。サンチョが先に帰っているはうだが。では行くとするか」
「父さん、その村ってどんな感じなの?」
 
 アベルが部屋の外へ出てから読み始めたのだろう。羊皮紙製の分厚い本を彼は音もなく閉じる。そして彼は1つ伸びをして懐古の念を声に滲ませる。船に揺られること4日。意識していなかったのだろうが、郷愁のようなものを感じているのだろう。よく第二の故郷だと言っていた。

「そうだな。小さな村だが、皆、大国に屈さない強い精神と、いざとなれば従うふりもできるようなしたたかさを持っているよ。気に入っているんだ。ふふっ、まぁ、百聞は一見に如かずさ。すぐに会えるだろうから、楽しみにしていろ!」

 その村は小いらしい。ここに来る前に寄ったポートセルミと比べれば100分の1にも満たない人口だと、乗船の最中聞いた記憶がある。アベルは幼く数字については良くわからないが、とにかく今まで見て回った小さな集落を思い出す。
 ほとんどの村が質素で施設も乏しい。一方で団結力が強く情に厚い。ただ流されやすく自分の意思を軽視するところがあるようにも感じた。新しいものを受け入れる懐の深さも欠けていたように感じる。今回行く父の拠点というべき場所は、そうではないらしい。懐も深く個々の強い意志があるのだろう。

「うん! 分った! 僕本当に楽しみだよ! 新しい人たちに会うときが1番楽しいんだ!」

 そんなことを想像していると、凄い人たちにまた会えるのだろうと思えて心が躍った。

「そうか……俺もさ」

 楽しそうに笑うアベルの肩を叩き、パパスも笑う。そして立ち上がり必要最低限にまとめられた道具袋を担ぐ。アベルの手を引き彼は歩き出した。息子の歩幅に合わせて。

「あれ、ゼクトールさん。港に立っている人はだれ?」

 架け橋のほうへ行くと、ゼクトールと船長のやや後方に豪奢な服を着た恰幅のいい男が立っていた。整えられた髭や髪は清潔感があり、太ってはいるが暑苦しさを感じさせない。身振りや手ぶりも洗練されていてそれなりの教育を受けている人物と見受けられる。 

「おぉ、アベル君か。あれがお迎えに来たルドマン様さ」

 軽くウィンクしながら、ゼクトールは応じた。アベルは彼との会話で出てきた大人物を目にすることができて喜ぶ。おそらく目的地に着くのが早すぎては、目にすることなく下船することになっただろう。遅すぎれば、宿舎のなさそうなこの小さい港からは離れていた可能性も高い。
 
「ふむ、いつの間にアベル君に名を教えたんだゼクトールよ?」
「ついさっきさ……」

 白いマドロス帽を目深に被ったゼクトールより、20は年上であろう船長が問う。元上司と元部下の関係だったことは聞き及んでいる。ひょうひょうとしていたゼクトールも少し表情が固い。口数少ない様子だ。

「さて、船長にゼクトールも。世話になったな。アベル、そろそろ降りるとしよう」
「叔父さん、邪魔よ!」

 颯爽とした所作でアベルを腕に乗せ下船しようとするパパスの横を、疾走する影が通り抜ける。少し体と体が接触したがパパスは揺らぐ様子もない。通り抜けた人物を目で追いながら、彼は微笑む。後姿は子供。体つきから女性だろう。女性ならしとやかなほうが良いという者も多いが、小さなころは活発であるべきだとパパスは主張する側だ。
 瀟洒な赤のドレスに身を包んだ黒髪の少女だ。青い空をたなびく髪が、その部分だけ夜のように染める。長い年月をかけて伸ばしたのだろう髪は、手入れされていて美しい。少し振り向いた顔も切れ長な二重の瞳と、薄っすらとした品の良い桜色の唇が麗しい。活発ではあるがルドマン家の娘なのだろう。洗練されている。

「ふむ、元気な子供だな」
 
 子が元気なのは良いことだ。圧制や飢饉で楽しく遊べない子供をたくさん見てきた。

「デボラ様か。俺は少しじゃじゃ馬過ぎると思うけどな」
「ティアゼン! 口が過ぎるわよ!」
 
 そんなパパスの感想にすぐ横にいた船長――ティアゼンという名――は溜息を漏らす。彼は自分とは違う女性への価値観を持っているのだろう。人間皆考え方が違うのだから当然だ。むしろ多くの価値観と意志があるからこそ面白い。
 おそらくこの先、デボラと呼ばれた少女と対面することはあまりないだろう。しかしパパスはある予感をしていた。彼女のような気風きっぷが良い人物が何かをなすと。妻マーサも優しく見えて、自分の前ではとても毅然としていて実際尻に敷かれかけていた。生涯、彼女以外の妻をめとらないと覚悟した旅。強い女が好きなのだと自覚する。

「ふむ、そちらがパパス殿か。上の娘が粗相をしたな。すまぬ。いやはや、確かに気品と剛健さを併せ持ったお方だ。貴方のような人物を乗せることができて、儂も船長たちも鼻が高いですな」
「そのように言われるとこそばゆいですな。ふむ、中々良いお旅をできた様子。肖あやかりたいものですな」
  
 初対面だと聞く。一目で見抜く慧眼けいがんに驚きながらアベルは、パパス大富豪ルドマンが生み出す強烈な存在感に呑まれた。柔らかな物腰なのに、凄まじい圧があるのだ。たたえる笑みが波1つ立たぬ湖面のように穏やかなのは、構える必要もない強者の余裕か。2人は目を合わせて数10秒で固い握手をかわす。

「はっはっは、お互いさまです! さて儂のもう1人の娘も紹介しよう。フローラや。こちらへ上がっておいで」

 一頻り握手をした後、ルドマンが切り出す。フローラと呼ばれた少女が、港の小さな小屋から出てくる。流れるような瑠璃色の髪にショッキングピンクのリボンで飾ったスタイル。顔立ちは先ほどの娘と比べ穏やかで、眼尻は優しく口角も緩い。体つきも少し肉付きが良いようだ。活発なデボラと比べ動作もおとなしい。 

「はい、お父様」
 
 そう言って父のそばまで来るが、どうやら彼女はそこで立ち往生してしまう。

「ふむ、フローラにはこの入り口は高すぎたかな」
 
 娘を持ち上げてやろうと動くルドマン。パパスはアベルを桟橋におろす。

「私が手を貸しましょう」

 そして制すように手を差し出し、彼女を持ち上げた。自分の父親以外の男性と触れ合ったことがないのだろう。少し恥ずかしそうだ。目をそらした彼女とアベルの視線が重なる。赤い顔が可愛くてアベルも少し恥ずかしくなった。

「あっ、ありがとうございます」
 
 焦った口調で感謝を述べ、内気なのだろうフローラは父の後ろへ隠れてしまう。

「パパス殿ありがとうございます。フローラや長旅で疲れたろう。ゼクトールよ、フローラを部屋へ連れて行ってやってくれ」
「はっ! 了解しました! アベル君、パパス殿。貴方方の旅に幸があることを願っているよ!」
「ふむ、ゼクトールこそ盛栄を願う」

 ルドマンはフローラの髪を撫でながらねぎらう。そしてゼクトールに彼女を任せる。ゼクトールは彼女を手招きしてから、アベルたちを一瞥しエールを送ると退場した。そんな彼にパパスもまた労いの言葉をかけた。彼は後姿のまま左腕でそれに応じ歩み出す。フローラの歩調に合わせながら。

「では、お暇させてもらおう。行くぞアベル」
「うん! 皆ありがとうね!」

 最後にパパスは船長たちを見やり一礼。アベルもそれに続く。

「中々に利発そうなお子さんですなパパス殿」
「えぇ、素直に育ってくれて私も嬉しい限りです。では、船の手配本当に助かりました。ティアゼンも体には気をつけてな」

 最後にルドマンたちと言葉をかわして、パパスは船着き場を後にした。


Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.8 )
日時: 2019/01/09 16:13
名前: 燈火  ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)

 波止場を出て少し歩く。この港はビスタといい、夫婦による家族経営の小さな規模だということを教わる。そんなおり監視所と思しき場所から声が届く。
 
「あっ、貴方はパパスさん! やっぱりパパスさんじゃないか! 無事に帰ってきたんだね!」

 改めて顔が広いと思う。緑色の飾り気がない服を着た恰幅のいい男だ。ルドマンに似た体系だがどことなく脂身があるように感じられる。しかし体躯に反して足取りは軽快だ。それなりの速さでパパスに近づいてきたというのに息切れもない。

「ハッハッハッ! 痩せても枯れてもこのパパス! おいそれとは死ぬものか! アベル、父さんはこの人と話があるので、その辺で遊んでいなさい。とりあえずお前にこの地図を渡しておこう。世界地図より細かくこの辺を測量したものだ。眺めてみるのも良いだろう。父さんの昔の友達が作ってくれた大切なものだ。なくさないように注意するんだぞ。あまり遠くには行きすぎないようにな」
 
 笑いながら男の腹を勢いよく叩きパパスは言う。アベルはなぜここでそのような大事なものを渡すのだろうと思いながら、それを受け取る。絶対に落ちないように服の後ろに備えられている内ポケットにいれた。話をしている間に地図の見方を覚えておけということだろうか。さすがにそれは無理だとアベルは頭を振った。
 
「うん、分かった。どれくらいでお話は終わりそう?」
「そうだな。アベルがこの港を一回りするくらいには終わっているだろうさ」

 早く新しい村に行きたいという欲求を抑えアベルが問う。どうやらそれほど時間は取らなさそうだ。見たところこの波止場はとばはかなり狭い。父の話が正しいなら新しい職員でも雇っていない限り、ここにいる人物もあと1人――子供が生まれている可能性もあるが――といったところだろう。

「それぐらいだったら全然平気だよ!」
「それにしてもナハト。昔は精悍な船乗りといった感じだったのに」
「よしてくれ。結構気にしているんだ」

 ナハトと呼ばれた男は船乗りから引退したらしい。そんなことを小耳に挟みながらアベルは駆け出す。そしてほどなくして見張り小屋とは別の家屋を見つける。窓から様子を見るに、どうやら誰もいないようだ。アベルが窓から離れるとそこにはエプロンをかけた茶髪をシニョンにした四十路くらいの女性が立っていた。

「おや、子供1人とは珍しいね。さっきの船できたのかい? 2年ほど前だったかね。パパスという人がこの港から旅に出たんだよ。大切なものを探す旅だって言ってたけど、小さな子供を連れたままでどうなったことやら。その子供、今も生きてたら坊やと同じくらいかね」

 どう考えても自分と父のことだ。

「えっと、僕がその人の子供で、今帰ってきたんだよ?」

 素直にアベルはそれを告げる。
 
「えっ? 本当かい!? 噂をすればなんとやらだねぇ」

 女性はそれを疑うこともなく信じた。

「今、でっぷりした緑の服を着た叔父さんと話してるよ」
「あぁ、そらぁ、あたしの夫だねぇ。全くここ2年でだらしなく太ったからねぇ……まぁ、魔物の襲撃とかもなくて順風満帆じゅんぷうまんぱんだったって証拠かね。いや、子宝には恵まれなかったけど……それはもう良いか」

 どうやらやはりこの港は夫婦2人による経営らしい。港の跡取りにしたいのか子供は欲しかったみたいだが諦めたようだ。

「順風満帆?」
「順調でなにより、ってことさね。そうだ坊や。お茶くらい飲んでくかい?」
 
 また1つ賢くなったとアベルはほくそ笑む。今度、パパスやサンチョの前で使って驚かせてやろう。そんなことを思っていると、女性が手招きをする。アベルは招かれるまま屋内に入り、テーブルに座った。

「うーん、僕熱いのは苦手だよ」
「そうかいそうかい、じゃぁ、フルーツジュースかミルクにするかね」

 アベルが猫舌を伝えると、子供向けのソフトドリンクの品揃えを女性は教える。

「フルーツジュースが良いな!」
「よしよし、分かったよ。ちょっと待ってておくれ」
「ありがとう」
「ほれ、できたよ」

 注文して程なくしてフルーツジュースが運ばれてくる。大き目のグラスになみなみと継がれたルベライトに輝く液体。グラスのふちにはオレンジが添えられている。アベルは目を輝かせて、ストローに口をつけた。上品な甘酸っぱさが口内に広がる。真夏を思わせる爽やかな果実の香りがただよう。

「うわぁ、凄く甘くておいしいねぇ。こんなの普通、お金も払わないで飲めないよ!」
「坊やがパパスさんの息子ってんで特別だよ!」

 純粋に嬉しかった。身内が褒められているのが自分を褒められているように感じたから。本当はそんなことはないのに。父の七光に過ぎないとは気づきたくなかった。ご馳走様の会釈えしゃくをしてアベルは、女性のもとを去った。そしてしばらく歩いていると、いつの間にか人工物がほとんどない草原へと出る。

「あれ、ここは外かな?」

 アベルは地図の読み方を知らず、ここがどこだか分らない。不安になって立ち尽くしていると、草叢くさむらから青く透き通ったゼリー状の丸い生物が飛び出す。数は3体。アベルの膝までない程度の小柄な存在だが、間違いなく体内に魔素まそを宿した魔族の一端。

「えっ? スッ、スライム!?」

 スライムだ。世界でもっとも有名で危険が少ないとされる魔物。だが子供程度なら仕留めてしまう力がある。それが3匹。アベルを凝視している。体当たりが必中する距離を見計らうように、少しずつ迫ってくるスライムたち。アベルの頬を嫌な汗が伝う。魔物は見慣れている。しかし魔物の処理は父頼み。見慣れているだけだ。
 アベルとの距離が1m程度になった瞬間、スライムは弾かれたパチンコ玉の如く速度で彼に迫る。1匹の突進をなんとか回避するも、草叢を死角にして迫り来たもう1匹の攻撃を受けてしまう。なんとか気合で持ちこたえスライムの頭部を掴み、3匹目に向かって投げ飛ばす。突進体勢に入っていた敵に見事命中。2匹はもだえ苦しむ。
 しかし最初に回避成功した1匹が、次の攻撃を敢行かんこうしていた。アベルの背中をしたたかにうつ。なんとか踏ん張り地面に落ちたスライムを蹴り飛ばすも、アベルは大地に腕をつく。

「ぐうぅ! お父さんなら何匹いても簡単なのに!」
 
 いつも颯爽としていて余裕のある戦いをする強靭な戦士パパスの姿が頭をよぎる。日の傾きの変化も分らない短い間で、どれほど父が偉大な存在なのか痛感した。普段から高潔で豪胆な人物と評されてはいるパパスだが、1日でこれほど称賛の言葉を聞くのは珍しい。

『中々に利発そうなお子さんですなパパス殿』

 ふいに蘇るルドマンの言葉。パパスが讃えられるのは当たり前だが、自分が称揚されるのは珍しい。利発という言葉の意味をアベルは知らなかった。父に聞くと賢いということらしいが、やはりパパスを間近で見てきた身としてはもっと単純で焼き焦がれるような力が欲しい。つまるところ子供ながらに❝強そうな子だ❞と言われたかったのだ。
 アベルは近くに落ちてあった木の枝を掴む。求める称賛も浴びないままこんなところでスライムなんかに殺されたくない。逆に倒してやる。そう悲鳴を上げる体を叱咤しったする。そして剣など握ったことのない身で、見様見真似の構えを取る。
 
「うわあぁぁぁ! 馬鹿にするなあぁぁぁ!」
 
 痛みで悶えていたスライム2匹に向かって突進。見事1匹の脳天に枝を突き刺す。小さく悲鳴を上げて痙攣けいれん。口内から自分の体液を滝のように流したと思うと、スライムは消え去った。目を見開き後退する眼前の1匹。スライムの体は酸性だからか、枝からは解けたことによって放たれる臭気が漂っている。
 倒せるかもしれない。子供ながらに鍛えてはいた。いつまでも護られていてはいけないと、サンチョに指導を受けていたのだ。1対1なら負傷を差し引いても勝てる。今のアベルからは、もう1匹のことは抜け落ちていた。眼前の存在に集中しすぎていたことが原因だろう。後ろに回っていたスライムの突進を脇腹にうけ吹き飛ぶ。
 草叢のクッションもない、砂利道だ。頬が擦れて痛い。左腕から倒れたためそちらも擦過傷さっかしょうをを負っているだろう。立ち上がろうともがいている間に、敵が近づく。どうやら突進の衝撃で武器として持った枝は放してしまったようだ。立ち上がった瞬間、正対していたほうの突進を腹部に受けまた吹き飛ぶ。

「あっ! うがあぁぁ! 痛い……イダッ! あぁ」

 呻吟しんぎんを漏らす。喉が焼けるほどに熱い。体中が痛くてどこに傷を負っているのか分らないほどだ。強がって立ち向かわなければ良かった。逃げて父に助けを求めれば良かったと心が騒ぐ。死ぬのだろうか。こんな年で。船着場から近いこんな場所で亡くなれば、父に見つけられてしまう。死んだ自分を見たパパスはどう思うだろうか。そんなことはどうでも良いほどに、忍び寄る死の鎌を持った案内人の手が怖い。
 涙が流れ出す。頬を焼くほど熱い涙が滂沱ぼうだと。しかしスライムたちの追撃はなかった。後ろから突進を敢行したスライムは空中で真っ二つに切り裂かれ、もう片方は投擲されたナイフにより全身を爆散させた。

「大丈夫かアベル。まだまだ表の1人歩きは危険だ。これからは気を付けるんだぞ」
「お父さん、ごめんなさい」

 父の声だ。結局まだ親離れできる能力はないらしい。アベルはべそをかきながらそう思う。そしてパパスは❝ベホマ❞と唱える。通常魔法は詠唱が必要であるが、熟達者はそれを省いて通常の使い手が詠唱した程度の魔法を放つことができる。彼は魔法さえ並以上に使いこなすのだ。アベルの体を包む神々しい光は、凄まじい速さでアベルの体をいやす。だが無力であるという悔恨かいこんと死への恐怖は消えることはない。

「生き延びられたんだ。次から気を付けることを考えろ。では、サンタローズへ行くとしよう」

 憔悴しょうすいしきったアベルの顔から、十分な反省と絶望感を感じ取ったのだろう。パパスは最低限の言葉だけを彼にかけた。1から10まで言うべきではないとうのが彼の方針だ。彼は知っている。アベルが思いの外、多くを説明されるのを嫌うことを。そして打てば響く利発な少年であることも。歩き出す。第二の故郷サンタローズへと。アベルの前を。少年がついてこれる速度で。

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.10 )
日時: 2019/01/31 15:37
名前: 燈火  ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)

 船着場から出たときは、太陽が高く空を焦がしていた。それが今は傾いて沈もうとしている。青く透き通っていた空は、茜色に黄昏たそがれて心をざわつかす。アベルはこの時間が嫌いだ。魔族が活性化するのとは別の意味で。吸い込まれて消えてしまいそうになるから。夜は嫌いではないのに。
 数百mだろうか。その程度先の地平線に人工物が映る。横数百m続く高さ5mていどの柵だ。魔物から人々を護る防波堤。全ての柵は真樹しんじゅクールムと呼ばれる、魔族にとって毒となる光素こうそを放つ素材でできている。この辺に群生している場所は見当たらないことから、どこかから輸入しているのだろう。
 正面にいる巨大な木槌を持ち茶色の羽織を被ったモンスター・おおきづちと巨大な芋虫のようなモンスター・グリーンワームをパパスは一振りのもと両断。わざとスライムを残しアベルに渡す。アベルはそのスライムに道すがら彼からは預かったひのきの棒で殴りかかり倒す。すでに今日1日で10体のスライムを狩っている。
 最初は嫌悪感と恐怖を覚えた命を奪う行為も慣れてきた。そしてスライムの単調な動きなら完全に見切れる程度にもなったと思う。賢いだけでは嫌だ。強くなりたい。目の前の先駆者のように。父は強大な敵に立ち向かっているとサンチョから聞いた。いつまでも足手纏いの子供ではいられないはずだ。

「もう柵が見えてきたか。増築したようだな。夕刻前につけてなによりだ。夜は魔素の濃くなる時間。奴らの動きも活性化するからな」

 アベルの様子を一瞥しパパスは万感の思いで声を震わす。どうやら昔より少し広くなったらしい。たったの2年で敷地を広くするというのは、この世界では珍しい。なにせ世界は魔族の支配下にほとんどあり、人間たちは僅かな土地をなんとか護っている状況だ。衰退し討滅された場所を訪れたこともあった。

「ややっ! パパス様では! 2年も村を出たまま一体どこに!? ともかくお帰りなさいませ! すぐに皆に伝えます!」
 
 鉄製の門が設けられている場所へと行く。すると見張り台から驚いた様子で、夕焼けでも目立つ紅の鎧を装備した壮年男性が下りてくる。左目には傷があり歴戦の勇士だと感じさせるいかつさだ。肌は良く焼けている。声は大きいがえぐみはなく通りが良い。その男はパパスと一度アイコンタクトするとすぐさま門の内側へと駆け出した。

「ほぉ、君はヨシュア君じゃないか? 試験を突破できないと言っていたが合格できたんだな」

 赤鎧の男が門の中へと入って行ってしばらく立つ。するともう片方の見張り小屋の梯子を下りてくる人物がいた。こちらは水色の鎧を着た少し頼りなさそうな顔立ちの若い男だ。幾分色白で痩身である。

「はい! パパス様が旅に出る直前に教えてくれた技術が役に立ちました! おかげで先輩の負担も減らせて感無量ですよ!」

 パパスに声をかけられると、ヨシュアと呼ばれた男は存外溌溂はつらつとした声で答える。どうやら彼は、父に指導を受けたことがあるらしい。見張りが2人いるからこそ先程の人物は、パパスの帰還を伝えに仕事場を外すことができたのだ。
 
「おーい、皆ぁ、パパス様が返ってきたぞぉ!」
「リガルドは相変わらず良い声を出すな。吟遊詩人ミンストレルなどでもやっていけそうだ」

 パパスがヨシュアとの邂逅かいこうを喜んでいるとき、大きな声が響く。大気を震わせ、どこまでも届くようなしなやかなテノール。それだけで人を引き付ける魅力だと思う。世界には風と会話をできる人物や未来を見ることができる人物などもいると聞く。
 母マーサは破魔の加護という特別な天恵を得ていたとも。リガルドの声もそういった類の特殊能力なのかもしれないなのどと、パパスは思う。確か吟遊詩人やオペラ歌手などは美声の加護というのを得ていた記憶がある。

「ははっ、俺も進めたことがありますよ。さぁ、俺となんか話してないで、皆に顔を見せてやってください!」

 どうやらヨシュアも先輩であるリガルドに進めているらしい。

「なんか、などと卑下するな。まぁ、他の人たちにも声をかけるべきなのは確かだがな。では、余裕ができたら改めで酒場で話でもしようか」
「はい! 楽しみにしています!」

 パパスはヨシュアを才能ある俊英と知っている。晩成型の大器であり、その条件は整っているのだ。ゆえにこそ彼は自己否定的なヨシュアの言動を直したいと思う。だが今はその時ではない。実際にヨシュアの言う通りにするべきだ。彼は1つ会釈して、その場を去った。
 しばらく歩く。村道は石畳で整備されているが、道の広さにしては閑散としている。仕事帰りの時間に当たる黄昏時にしてはなおさらだ。そんな人気のない通りの一角。この規模の集落にしては珍しい5階建てにもなる建物。看板を読むに鳴風なるかぜ亭という集合宿屋らしい。

「おっ! 本当にパパスの旦那じゃぁないか! 生きてたんだね本当に! 子供のほうも随分大きくなって」 
 
 そこにたたずむ白いひげが立派な老人が話しかけてくる。どうやら本気で心配していたようだ。心労を察しパパスは小さく謝辞を述べる。
 
「えっと……叔父さんは?」
「宿屋のラチェット老人だ。覚える必要はないぞ」
「ひでぇよパパスさん。でもまぁ、あんたの旅の話とか聞かせてくれよ。夜にさ」

 初めての場所だから知らない人ばかりなのは当然だ。しかし自意識が目覚めてからというものの、父パパスにとってもそういう土地ばかりを歩いていたためか。父親は知っている人物だというのにはなにか違和感を覚える。思えば根無し草のように放浪してきた。詰られたというのに満更でもなさそうだ。関係がはぐくまれているのだろう。
 宿酒場を後にして、すぐ近くの通りを左に曲がる。八百屋や道具屋が並ぶ。そこでも幾度かパパスは村民たちに声を掛けられそれに答えた。かさねがさね彼は村民たちに好かれているようだ。女性の中には恋慕の情を抱いている者も見えた。筋肉質で整った顔立ち。落ち着いた低い声と成熟した人格。その辺りが高評価らしい。
 しばらく歩いていると、剣や槍といった物を飾っている店に辿り着く。どの武器も高級品とはいえないが、だいぶ手入れは行き届いている。店主の心意気が感じられるいぶし銀の店といった風貌だ。売り子と思わしき銀髪の知的さを帯だ麗人と、黄色のマスクを被った筋骨隆々とした男。後者が主人だろう。気づいたのか店主と思しき男が、店の奥から出てきてパパスに話しかける。

「よぉ、パパス! 久しぶりだな! 喧嘩相手がいなくなって寂しくて仕方なかったんだぜ!?」
「そいつは悪かったな。今度もいつでも相手してやるよベン!」

 いきなり男は殴り掛かり、パパスはそれを利き腕ではない左手で受け止める。空気が震撼するほどの打撃音が響く。おそらくこの武器屋の店主もかなり腕が立つのだろう。そんな主人は手薬煉てぐすねをひきながら、思いのたけを打ち明ける。余裕の態度でパパスはそれに応じる。しばらく滞在するという意思表明でもあるのだろう。2人はしばらくの間、握手をしてから各々の行動へと戻った。

「ふむアベル。協会の近くにあるあの建物が俺たちの家だ。あと少しだぞ」

 村についてからさらに日が沈む。星も2つ3つとまたたき始めた。川をまたいだ先に聖なる十字架を掲げる、この村ではほとんどない石造りの建物が見える。その区画は家が少なく、パパスが指をさした家屋を含めて3か所しかない。つまり集中的に付き合う隣人は十数人ていどということだろう。
 今までのように一期一会いちごいちえではない、濃密な関係を開くことになるのだろうか。そんな予感にアベルは心を躍らせる。新しい出会いの連続は確かに嬉しい。だが集中して1人の人物と付き合うという関係を、アベルはした経験がないのだ。父やサンチョを除いては。

「パパス殿、よくぞご無事で。神の導きに感謝しますわ」
「シスター・エルシア、猫を被るのは止めないか?」
「……今夜、教会の裏で待っていますわ」
「さすがにそういうのは子供の前では止めてくれ」

 教会の前を通る。桃色の髪をしたたれ目の愛らしいシスターが、パパスを出迎える。どうやらこのシスターも彼に好意を寄せているらしい。シスターとは思えない恥じらいのなさで耳打ちするも、すげなく断られる。忸怩じくじたる思いなのだろう、たっぷり数秒うつむき、十字を切った。 
 そのあと少しの間、エルシアと会話をまじわす。しばらくして協会内に入り、教区長や懺悔をしていた知り合いに挨拶をする。ついでに祈りを捧げて教会を後に。そして自分の家へと進む。家の近くにある井戸にサンチョは座っていた。主の姿を視界に入れると、すぐに彼は立ち上がりパパスのもとへ歩き出す。体格に見合わぬ俊敏性だ。

「待たせたなサンチョ。長い間留守をまかせてすまなんだ」
 
 パパスは普段通りの調子で帰りの挨拶をする。

「いいえ、旦那様! サンチョめは……サンチョめは旦那様が帰ってきてくださっただけで嬉しくて涙が。坊ちゃんも少し見ぬ間に成長されて……あぁ、とにかく中へ! 外長い旅路で疲れたでしょう? 温まる料理を準備しますね」

 相当に待ちわびたのだろう。少し鬱陶うっとうしいくらいの調子だ。サンチョが料理の話をすると、アベルはお腹を鳴らす。どうやらもう待ちきれなさそうだ。
 
「久しぶりのサンチョの手料理だぁ。嬉しいなぁ!」
「そう言って貰えるとサンチョも嬉しく思います! ささっ、旦那様も早く!」

 サンチョは料理が得意だ。3人で野営をするときなどはもっぱら、彼が炊事役だった。宮廷料理人の経験もあるらしい彼の、包丁さばきは凄まじい。まるで得物を自分の体みたいに操る。彼の手札はほとんどが故郷である、グランバニア料理だが旅の最中さなかいくつもの町や国を周りレパートリーは相当だ。
 今日はどんな料理が食べられるのか。アベルは思わずよだれをたらす。その様子にサンチョは相好を崩す。扉を開きアベルの手を引く。そして主人であるパパスが先に入ったのを確認すると、彼は軽快な足取りで台所へと向かった。

「おう、サンチョ。いつになく張り切っているな」
 
 張り切る理由は分かる。そう思いながら帰ってきた安堵に厳しい表情を崩す。荷物袋をテーブルの下に強引に置く。

「叔父様、お帰りなさい」
「ん? この女の子は?」
「あたし? あたしはビアンカっていうの。覚えてないの?」

 すると2階から誰かが下りてくる。アベルより少し年上ぐらいのおさげが似合う金髪の少女だ。知らない人物に❝叔父様❞と呼ばれパパスは怪訝けげんに眉をひそめる。すぐに少女は自分の名前を答えた。その名には聞き覚えがある。実際に抱き上げたこともあるのだ。隣町の友人であるダンカンの娘。

「……そうか、2年か」

 随分大きくなった知り合いの娘を見て、パパスは唸った。自らの息子も随分育ったのだから、考えてみれば当然なのだが。子供の成長は早いものだ。時の流れを感じさせるほどに。改めて自分が長い間、サンタローズを離れていたのだということを実感するパパスだった。

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.11 )
日時: 2019/01/13 17:19
名前: 燈火  ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)

 ビアンカが自己紹介してから少しして、2階からもう1人降りてくる。派手な赤いワンピースが目立つ金髪。胸は大きめで腰は括れているラインが魅力的。顔立ちは基本的に鋭く怜悧な印象を受ける顔立ちの女性だ。彼女はストレアと名乗り、パパスと村に来たいきさつなどを話す。

「成程、ご主人の薬を取りに来たのか。あいつの持病も難しいものだからな。もっと医用技術が成長すれば見込みがあるのだろうが……」

 パパスはストレアの話に得心が行きうなずく。そして望外の念を浮かべつぶやいた。祖国グランバニアは軍事力や防衛力には優れる。だが世界に存在する大国の中では、医療後進国のレッテルを張られていた。人命が思いの外儚はかなく消える現実を握りしめ、彼は憂う。それに対しストレアも思うところがあるのか神妙なおも持ちだ。

「ねぇ、大人の話って長くなるから上にいかない?」
「うん、僕もそうしたい。ねぇ、サンチョ、ご飯できるまであとどれくらいかかる?」

 子供ながらにビアンカとアベルは、自分たちが不要になるだろう話を2人がしようとしていることを察す。

「そうですなぁ。30分ていどかと。そのころにはちょうどお話も終わっているでしょうな」
「じゃぁ、行こう」
「もう、仕切らないでよ!」

 サンチョはアベルの本音を的確に察す。おそらく最初からこうなることを想定して、パパスたちを迎えてから調理を開始したのだろう。ビアンカの手を引こうとするアベル。彼女はバツの悪い顔を浮かべ、彼の手を握った。少女の手は少し冷たかった。船――ストレンジャー号というと、道すがらパパスから聞いた――の階段と比べて、簡素な階段。子供が2人乗るとけたたましく軋んだ。

「私はビアンカっていうの。覚えてる?」
「ごめん、分からないや」

 記憶にない。いくら頭の中をこねくりまわしても思い出せず、申し訳なさそうに言う。

「そうだよね、あなたまだ小さかったものね。私は8歳だから、あなたより2つもお姉さんなんだよ。ねっ、本を読んであげようか」
「うん、お願い。僕、本を読むのを聞くのは好きだよ」

 少し寂しそうな表情を浮かべるビアンカ。強がって正論を口にしてはいるがやはり寂しいのだろう。そんな彼女の提案にアベルは間髪入れず従った。

「素直で良いわね。じゃぁ、ちょっと待っててね」

 機嫌を直したのか、軽やかにスキップして髪を揺らしながらビアンカは書斎へと進む。そしてひとしきり本を眺め赤い羊皮紙で包まれた本を手に取る。分厚くて小さなビアンカには、とても重そうだ。実際、重いのだろう。彼女は唇をかみしめている。

「よしっ、これが良いわ。じゃぁ、読んであげるね。えっと、空に……く……せし……えっと。これは駄目だわ。だって難しい字が多すぎるもの」

 どうやら読めなかったらしい。この書架に蔵書されている本はパパスが集めたものだ。正直、子供向けの簡単な本はほとんどないだろう。父は旅路でも良く本を読んでいた。なぜ本を読むのかと聞いたら、想像力と知識を得るためだと、教えられた。
 ビアンカは書斎に本を戻し、違う本を運ぶ。今度は少し薄めの簡単なつくりをした本だ。しかし最初の本位上に彼女の口調はたどたどしい。どうやら今回引いた本のほうが、先程の書類より難しい字が使われているようだ。

「ビアンカ、そろそろ宿に戻りますよ」

 ビアンカは次々と、本を取り換えていく。しかし、まともに読める本は見つからない。そんなおりストレアの澄んだ声が1階から届く。案外早く話が終わったのだろうか。それとも思いの外、彼女との時間が楽しかったのかもしれない。パパスとストレアの話は終わったようだ。

「はーい、ママ。サンチョさんの手料理食べたかったなぁ」
 
 ビアンカは駆け出す。階段をきしませながら。

「おやおや、そう言えってもらえると嬉しいですな。でも、今日は宿で夕食を頼んでいるのでしょう? 日を改めて」
「そうよね。仕方ないわよね。宿のご飯よりサンチョさんの料理のほうがおいしいのに」

 サンチョの作った料理を食べたかったのか、ビアンカは未練たらたらにその場を去った。彼女たちを外まで見送っていると、サンチョが「食事の準備ができました」とアベルを呼ぶ。

 供えられた円卓に料理が並んでいく。30分ていどで作られたとは思えない、品揃えと盛り付けの美しさだ。手前側に主菜。その少し奥に副菜。左横にサラダが並ぶ。そして主食のグラタンが主菜の横に。もっとも食べやすさを配慮された位置づけといえるだろう。食膳にならぶ献立の多さにアベルは歓声を上げた。外にいるときなどは、酷いときは1日1食で干し肉だけなどという場合もある。船で出された料理と比べても豪勢だ。
 
「さて、グランバニアグラタンと温野菜サラダにコンソメスープ。そしてサンタローズ産の川魚を使用したムニエルにございます。ジェラートはおって出しますので」

 サンチョ本人としては前菜まで用意しコース形式にしたかったようだ。しかし今回は、久しぶりの3人による食卓ということもあり、前菜は省き一緒に食すことにしたのだろう。グランバニアグラタンはサンチョがもっとも得意とする料理の1つ。グランバニアと名づいてはいるが、グラタン自体がグランバニア地方発祥だかららしい。
 おそらくはグラタンに盛り合わせられている野菜などは、サンタローズ産だろう。アベルにとって、もっとも興味があるのはムニエルだ。彼は小さいころから魚が好きで、当地ごとの魚料理は父に良く頼んでもらう。
 サンタローズ産の魚は当然初めて食べるので、楽しみで仕方ない。神への感謝を捧げるとすぐにナイフで小分けして、フォークで口に運ぶ。適度な塩気とパリパリの皮。柔らかくジューシーな白身魚の味わいが口内に広がる。吐息を漏らす。

「なぁ、サンチョよ。アベルは俺似か? マーサ似か?」
 
 おいしそうに食べるアベルを眺めながら、唐突な様子でパパスはつぶやく。サンチョと別れて数か月の間、強く意識するようになったのだ。昔から自分に似てはいないと思ってはいたが、成長するにつれアベルは母に似ていく。それが嬉しくも彼は少しつらい。もし彼にもあの力が有ったらなどと思ってしまう。

「分かりきっているでしょう? 母親似ですよ昔から。ますます、母親に近い顔立ちになってきましたな。線の細い美男とった感じでしょうか」
 
 パパスの憂慮を杞憂きゆうであるとでも言いたげな様子で、サンチョは言い切る。そして彼は強い眼差しをパパスに向けた。それは絶対にアベルを2人で魔の手から守り切りる覚悟。マーサを魔族から奪還する意思も宿っている。パパスは思う。この従者がいるから、数々の協力者がいるから今まで来れた。
 これからもそうでありたい。しかしアベルは守られてばかりを良しとするか。永遠にこの状況が続けられるのかとも思う。もしも魔族たちが本気で自分たちだけを殺戮するために大挙してきたら。護り切れるのか。何より息子自身がそれを良しとしていないのは分かっている。これからはアベルにも力を付けさせたほうが良いかもしれない。

「母親似ってなんだか嫌だなぁ」
 
 少しの間思案気な表情を浮かべるパパスを他所よそにアベルは嫌がる。図らずも違う意味ではあるが、息子と考えていることがあってしまい彼は表情をなくす。アベルはちょうどサンチョのほうに顔を向けていたため見られてはいない。パパスは胸をなでおろす。戸惑いの顔で子供を惑わせてはならない。

「女性は弱い者とお思いでしょうか坊ちゃま? 言っておきますが、マーサ様は旦那様より強かったのですぞ」
「本当!? お父さん!?」
  
 サンチョはアベルを諭す。的確にアベルの心情を理解した発言だ。アベルは女性的な容姿であることにコンプレックスを抱いているのではない。彼の中では女性は男性に守られる存在だという認識がある。つまり母親は弱いという考えだ。サンチョは力が全てでは無いと胸中では思いながら、今のアベルに最も効果のある言葉を選んだ。 

「あぁ、悲しいことに事実だな。マーサの魔法の力は尋常じゃなかった。しかしサンチョ、このムニエル旨いな」
「ふふっ、旦那様たちと別れて4ヵ月、鍛えに鍛えましたからな」
 
  サンチョとしては良いフォローを入れたつもりなのだろうが、パパスは逆に苦虫を噛んだような表情だ。その大きな力が魔族に脅威と映ったから、マーサは奪われた。息子が力のほうまで受け継いでいることを危惧してしまう。そんな焦燥を隠すように、彼は話を逸らす。そうして話は少しずつずれていく。
 気づけばどんな出会いがあったかとか、魔族相手に大立ち回りをしたとかいつも通りの冒険譚に話は変わっていく。サンチョによって運ばれてきたジェラートを食べた辺りで、アベルは疲れて眠ってしまった。
 
 日の光が出始めて、空を薄紅で燃やす。気化熱によって発せられる夜より鋭い寒さを感じさせる清涼な気配が立ち込める。早起きの村人もほとんど起きていない時間。

「サンチョ、俺は少し出かける。アベルのことは任せた」
「いつものあそこですかな。私も……」
「あのていどの場所、1人で十分さ」
 
 パパスは剣1つを片手に、歩き出す。サンチョにアベルを任せて。


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