コメディ・ライト小説(新)

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Banka
日時: 2019/08/31 01:15
名前: をうさま ◆qEUaErayeY
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=3918

>>1-3 >>6-22 >>26-38
2018冬大会 銅賞

君の声を思い出してから夏は始まる。

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Re: Banka ( No.35 )
日時: 2019/09/12 13:53
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 田畑に囲まれた一本道を抜ける。急に漕ぐペダルが軽くなったと思ったら、彼女は突然自転車を降りていた。
 どうやら家が近いようで、僕を先導するように早歩きでいくらか進んだ後、止まる。そういえば先程よりは夜道も明るくなったようで、一定間隔の街灯がまた復活していた。
「ここです」
「へー、ここが都美の家」
 言われてそれを見てみるが、しばらく眺めた後、思わず目を逸らしてしまう。マジ? とでも聞き返してしまいたかったが、表札の「茅野」の文字を見てしまうと、途端に何も言えなくなってくる。その家は、めちゃくちゃ豪華で立派な家だった。
 外構を一目見るだけでその辺の家とは一線を画している。お洒落な赤レンガの塀は僕の身長よりも高く、それに囲まれた大小二つの門の存在感をより一層引き立てている。そして門の隙間からは、定期的に庭師が手入れをしていそうな広くて綺麗な庭がちらりと見え、その奥にメルセデス・ベンツのセダンが堂々たる風格で鎮座していた。
 敷地自体も恐らく学校の平均的な体育館ぐらい広そうで、どこを取っても豪華である。なんだかこの家は全ての物が自分を勝ち組であることを自覚しているように見えた。僕の家はきっと表札のフォントの時点で既に負けていて、茅野、の文字の荘厳さは、僕の家の杉本とはきっと天地の差がある。そしてそう考えるとなんとなくあのベンツも僕を見下しているように見えてきて、何故か無性に腹が立ってくる。

「せっかく送っていただいたんで、家でお茶でもどうですかって言いたいところなんですけど、ちょっと今は親がいるのでここまでで。すみません……」
 彼女はアパートの鉄骨階段付近まで歩き、振り返る。彼女の暗い表情を見たくなかった脳が本能的に目を逸らす。
 親がいるとダメ。それは少し意外な言葉だった。まあ家庭の事情はそれぞれあるのだろうが、別に、僕の家なら全然大丈夫なのに。
 彼女は、その赤レンガの塀に自転車を立てかけた。僕はまたここでその豪邸に目線を移してしまう。というか、ここら一体に他に大したものがないので、必然的にこの家ぐらいしか見るものがない。彼女のほうは、その異様な存在感の門を未だ一瞥もせずにいた。彼女の発言と、その小さな仕草だけで、彼女にとってここがどういう場所であるかぐらいは、なんとなく分かった。
 家門と正対する田んぼで延々と鳴き続ける蛙達の声は段々大きくなっていく。それは僕らの間を流れる空気ときっと真逆だ。ときどき吹く風で草木がざわざわと揺れる様子は、見ていて心地よくも思えるし、反対に何か物々しい雰囲気にも思える。
 彼女は一向に目を伏せたままばつが悪そうにしていて、それに対して僕がどう反応してあげればいいのか分からなかった。何か言おうとしても、それらは一向に声にならない。全く、せっかくさっきまで楽しい時間をお互いに過ごしていたのに、どうして突然こんな空気にならなくてはいけないのか。
「まあ、しょうがないよ。また学校で」
「……そうですね。また放課後に部室で会いましょう。バイトがあるからあんまり行けてなかったんですけどね」
 僕は絶句していた。そのときやっと一つの小さな謎が解けていたのだった。僕は毎日のように将棋部を開き、彼女を誘っていたのだが、彼女のほうは週に二、三日ほどしか来られないことに不思議がっていた自分を、殴ってやりたくなった。

「というか、今の時代に二人乗りってちょっと古いですね。今頃誰もやってないですよ」
 馬鹿にされるように言われ、確かにと納得する。そういえば最近自転車の二人乗りをめっきり見なくなった気がする。道路交通法が最近改正したらしいが、ずっと前から二人乗りは違法だったので無関係なはずである。
 確かに危険といえば危険なのだが、それはそれで街から消えていくのはどこか悲しい気もした。何というか、風情がなくなるみたいで。

Re: Banka ( No.36 )
日時: 2019/08/26 19:54
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ! 凄く貴重で楽しかったです」
 そう言い切った後、彼女の口がわずかに動いたのを僕は見逃さなかった。いや、最初のほうはまだ音がかすかに聞こえたので、きっと途中から声を発するのをやめたのかもしれない。彼女は何と言いたかったのだろう。口の形から色々考えてみようと思ったが、ふと、彼女の言いたかったことがなんとなく悪い意味のことのように思えてきたので、すぐにやめた。これを詮索するのはやめたほうがいいと、本能が告げていた。

「もちろん先輩みたいなキモオタ童貞は女の子と二人乗りなんて初めてですよね。どうでした? 背中で感じた可愛い後輩の感触は」
 いつの間にか腕を組んでいた彼女は、悪戯めいた表情で見つめる。その目は明らかに自信満々で、なんだか、後ろの大豪邸も合わさってお嬢様が下僕に何かを命令している状況のようにも見えてくる。もしそうなら数秒後に僕は足蹴にされていそうだ。
 彼女のその僕に対しての嘲罵は、例によって何の前触れもなく始まる。もはや僕はこの状況にも慣れていて、彼女のこの言葉がどういう意図で発せられたか、なんとなく気付きつつある。
 彼女の言葉を少し考えてみるようとすると、先程から表情が変わらないまま腕を組んでいる彼女につられ、自然と僕もポーズを真似してしまう。確かに女子と二人乗りしたのは初めてだ。彼女は荷台と垂直に座っていたが、僕の腰の辺りを常に持っていて、寄り添うような姿勢だったので地味に上半身は密着していた。が、彼女の感触というと、その僕の腰に添えられた腕ぐらいのもので、なんとなく、肝心なところが欠如しているような気がした。だから、女性特有の膨らんでいる部分の感触は全くしなかった。
「んー、というか、当たったっけ? 胸とか」
「……殺します」
 え……、と思わず後ずさってしまう。それは確かに彼女の声のはずなのだが、今までの彼女のそれとは一ミリも似つかなかった。というよりもはや人間の声ではなく、僕の知る限りでは、日曜日の朝七時ぐらいにやっているようなテレビに出てくる化け物の声に一番近かった。そして明らかにこちらに敵意を持っていて、暴力的な目二つが僕をまっすぐに捉えている様は、いつ襲いかかってくるか分かったもんじゃなくて、恐怖しか感じない。
「許せません、人のコンプレックスをよくもズケズケと……」
「待って! ごめん、冗談だって!」
 彼女はお構いなしにズンズンこちらに進んでくる。説得しようとしても聞く耳を持ってくれないし、何より目が完全にイってしまっている。
 あまりの恐怖でそこに立ち尽くしてしまう。逃げようと思っても、足が思うように動かない。彼女はあっという間に至近距離まで近づいてくる。ようやく足が動き出したが足取りが覚束なすぎてすぐに転倒してしまう。振り向くとまるでお化けのような冷めた目の彼女が僕を見下ろしていた。しだいにもうここで終わりかもしれないと悟ってくる。何か言おうとしてもそれが声にならない。そうしている間にも彼女がこちらに近づいてくる。手足がわなわなと震え、腰を抜かしている僕はもはや抵抗する術がない。彼女の左ストレートが僕の顔面めがけて飛んでくる――。

 星が綺麗だった。田舎の空は、ときどき信じられないくらいの景色を映してくれる。後、もう何日かでこの空に花火が打ち上げられると思うと、言葉が出ない。
「まあ、とりあえずバイトお疲れ」
「疲れましたー。あのバイト入って三ヶ月ぐらいですけど毎日毎日カスみたいなお客さんばっか来るし大変ですよ、愚痴聞いてくれます?」
 待ってました、と言わんばかりに彼女は早口だったが、何故かそれが彼女の本心からの言葉には思えなかったのが不思議だった。むしろ、それなりにバイトをエンジョイできているようにすら見えた。
「今度ゆっくり聞くよ。今日はまあ、家の前まで来ちゃったし」
 そうですね、と彼女は少し寂しそうに、腕を組み直す。はあ、と吐いたため息がしばらくこの場にとどまった。

Re: Banka ( No.37 )
日時: 2019/09/12 13:51
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「まあ、もう辞めるんですけどね」
「……えっ?」
 真剣な表情だった。咄嗟に出た僕の疑問にも、彼女は一向に返すのを躊躇った。次の言葉を待ってもずっと彼女は黙ったままで、このまま僕が喋らなければきっと何時間でも沈黙を貫いてきそうだった。
 この顔だ。この顔の彼女の発言は、いつも、凡人などには到底及びも付かないような深い意味の言葉に思えてきてしまうから、僕なんかがあれこれ考えても無駄だと思わされる。

 またここで、その豪邸に目を移す。よくテレビで世界の大富豪のお家訪問! みたいな感じの特集を見ることはあるが、それに勝るとも劣らないほどの豪華さだった。この様子ではきっと家の中も凄いのだろう。二階の電気が付いているので、茅野の家族は今あそこにいるのかもしれない。
 この家のことや、家族のこと。彼女には訊きたいことが山ほどあったが、彼女のその表情を見るだけで、踏み込んではいけないものだということはすぐに分かった。彼女は、あの雨の日のバス内で僕が隠し事を打ち明けたとき「フェアじゃないから、私もいずれ言う」と言っていたから、そのときまで待ってあげようと思えた。それがいつになるかは謎のままだったが、それはきっと彼女にとって本当に大きな痛みに立ち向かうことのような気がしたので、もう少しだけ事態を傍観すべきだと思った。

「まあ、じゃあこの辺で。僕は歩いて帰るよ」
「それマジなんですか……」
 よく分からないタイミングで切り上げた僕は、じゃあまた、と彼女に背を向ける。歩き出す瞬間、名残惜しいな、と少し思えてくるが、足を無理やり前に出す。田んぼ沿いは人の気配すらなく、百メートルほど先をときどき走る車の音が聞こえるほど静かである。
「ありがとうございます」
 彼女が叫ぶように言う。もうそんなに歩いたのかと驚くぐらい遠くから聞こえた。それでも尚、僕は歩き続ける。もしここで振り返ってしまったらもっと名残惜しくなってしまいそうなので、聞こえない振りをしてでも先に進むべきだと直感が告げた。
 今日、茅野都美という人間を少しだけ深く知れた気がした。でも、果たしてそれが彼女の何パーセントなのかは謎のままで、もしかしたら一パーセントにも満たないかもしれない。彼女の底知れなさはきっと僕が想像しているより遥かに巨大で、純粋に凄いと思うし、もはや人の皮を被った神様と言われても信じてしまいそうな自分がいる。
 僕はこれから家に着くまでに何時間かかろうが別にいいと思った。それよりこの時間を彼女といられたことのほうがずっと貴重だと思えたから、むしろ嬉しかった。

 田んぼに囲まれた道を幾らか進んだ後、ふと振り向くと、彼女の家はもう見えなくなっていた。この世界が本当に僕一人になってしまったみたいで、少し、切ない。
 コカ・コーラの自動販売機の周りには色々な虫が湧いていて、ちょっと遠巻きに素通りする。そんな些細なことで孤独を紛らわせながら、さっき二人乗りの自転車で軽快に飛ばしていった道をなぞるように僕は逆走している。彼女の叫び声が途絶えた後、辺りには止めどない蛙の声だけが響いた。元々暗かった夜道も、二人より一人で歩くとより一層暗く感じた。

Re: Banka ( No.38 )
日時: 2019/08/30 12:58
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「東京?」
 大きくため息をつき、椅子に深く腰掛ける。机の上のデスクトップパソコンがスリープ状態になっていたので、キーボードの適当なボタンを押すと、やっとのこと起動してくる。
 そういえば帰宅したというのにまだ制服でいることに違和感を覚えてきたので、とりあえずスマホを持っていないほうの手でネクタイだけ外しておく。
「そう、東京です東京」
 茅野の声色はやけに明るい。そして先程から音が少し小さかったのでキーで音量を上げてみる。ついでにiPhone横のサイレントスイッチをオンにする。
「えっと、全然話が見えないんだけど」
 その声色が全く苛立ちを隠せていないのは自分でも分かっている。電話をかけてくるタイミングが家の玄関のドアを開ける寸前というのもそうだし、それをせっかく取ってやったというのにいきなりめちゃくちゃな日本語ばかりを並べられたら流石にうんざりしてくる。
「だから! 東京行きましょう!」
「はあ? 東京のどこに何をしに?」
 というより、彼女のテンションがいつまで経っても変わらないことに思わず吹き出してしまう。珍しく茅野からLINE電話がかかってきたと思ったらいきなり東京東京連呼されたり、その謎のハイテンションだったり、何というか支離滅裂である。今日の茅野はまるで別人のようだ。
 パソコンのモニターに目を移すと、とあるネット掲示板が表示されていて、バックにはiTunesの曲が流れ続けている。何となく気持ち悪いので曲を一時停止しておく。それがいつから流れているのか不明だが今はヘッドホンを外しているので全く聞こえていない状態にある。

「東京の将棋会館です!」
 ズキン、と心臓の辺りを鈍痛が走った。
 それはまるで落雷のように突然の出来事だった。重い骨と骨がぶつかるような暗く激しい痛みが僕を襲い、あまりの衝撃で体中の色んな感覚を失い、ついさっきまで耳に当てていたスマホがいつの間にか床に落ちていた。力が入らなくなった指は代わりに痙攣していて、スマホを持つジェスチャーをしたまま手が宙に浮いていた。
 怖い。いつかまたあの記憶を呼び起こされるだろうとは思っていたが、それがまさか今だとは。あの記憶は完全に忘れてちゃんと蓋をしたと思っていたのに、それは単なる思い込みだったらしい。自分の浅はかさにほとほと絶望する。
 体の感覚を失ったのは本当に一瞬の出来事で、すぐに何不自由なく動かせるようにはなったが、床に落ちたままのスマホを僕には拾える気がしなかった。彼女のその話の続きを聞くことを、体中の全細胞が拒否しているような気さえしてくる。
「……どうしたの?」
 見ると、母が部屋のドアのところで立っていて、床に放置されたままのスマホを不思議そうに見つめていた。
「ノックぐらいしてよ」
「したわよ。いるはずなのに返事なかったから入っちゃった」
 母はこちらまで歩み寄り、足元のスマホを取り、僕に差し出してくる。手の痙攣はもう治まっていた。「何、大丈夫?」
「あ、うん……。大丈夫」
 持つ感触がやけに新鮮だったスマホは、床の冷たさに同調してひんやりしていた。電話はもう切れていて、LINE画面では茅野からの僕を心配するメッセージが幾つも送信され続けていた。トーク画面のまま床に置かれていたので、それらのメッセージはすぐ既読になっている。
 母は心配そうというより、どちらかというと怪訝そうな表情で僕の顔をまじまじと見つめてくる。まあ、確かに母の目には今の僕は相当不審に映っているに違いない。

Re: Banka ( No.39 )
日時: 2019/09/21 20:29
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY


ご無沙汰しております。友桃です。
更新されていた分、最新話まで一気読みしました。

ほんともう、をうさまさんの文章力すごい。すごすぎて(いい意味で)ため息つきながら読んでました。
うまく言えないですけど、登場人物たちの心情が地の文の雰囲気にもにじみ出てる感じがすごいです。

ふたりのあいだの間(ま)もとても好きです。ふたりの会話の中で絶妙に沈黙が入ってきて、そこの描写がとてもとても好き。

あと、自転車で二人乗りするシーン、きゅんきゅんしました。ふたりが自転車で風を切っているところを想像しながら読ませていただきました^^ とくに、声がかぶって後ろを振り返ったら彼女が笑顔なのを見て、「それがどこまでも心地よかった」というシーンと描写がものすごく好きです。

続きも楽しみにしてます。
更新頑張ってください。


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