複雑・ファジー小説

さみしいかみさま【完結】
日時: 2018/08/31 10:46
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=776.jpg

 
 
 空も湖もね、偽物なんだよ。
 誰も神様になんて、なれやしないんだ。






 


☆星野 瑞樹ホシノ ミズキ
…美少年。金髪碧眼だが、それを隠して生活している。

○相川 みおアイカワ ミオ
…瑞樹と昼食を食べるようになる。美しいものが好き。弟がいた。

。鈴村 廉造スズムラ レンゾウ
…フリーライター。ナルシスト。『青花会』についての事件を調べる。

◎橋木 研介ハシキ ケンスケ
…医者。拾った少年と共に暮らす。

★少年
…性別不詳。鈴村の前に現れた、『青花会』を知る人物。






 同名の歌がありますが、イメージソングはこちら。
【Green a.live/YUI】
 




2018.08.31

 
 
 

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Re: さみしいかみさま ( No.15 )
日時: 2018/08/30 16:22
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 




 

 青い空を見ていると、あの子のことと、突然部屋から出され、知らないところに放り出されたことを思い出す。訳が分からないまま、気がつくと僕は今の祖母に抱きしめられていた。しわくちゃだらけの顔で、祖母は嬉しそうに呟いた。おかえり、と。そのとき初めて、僕のことを待っていて、僕の名前を呼んでくれる人がいるのだな、と思った。
 あの頃は、誰もが僕を見ていて、誰もが僕を見ていなかった。
 祖母の温かい腕に抱えられたときから、僕は僕でいよう、と決めたのだ。

 彼女が僕のことを弟を通して見ていたのだと知ったあの日から、僕は彼女と昼食を食べるのをやめた。連絡も、ブロックまではしていないけれど、全てスルーしている。僕は、彼女に大層がっかりしていたのだ。
 ほとんどの人が帰った中、僕は前日にやり忘れていた数学のプリントを進めていた。実は朝からやっていたんだけれども、要領が悪すぎて、放課後までかかってしまった。僕は理系ではない。けれど、国語も苦手。できるのは日本史や世界史、現代社会といった暗記科目ばかりで、どんどん頭でっかちな人間になってゆくのがわかる。
 文章から、物語から人の気持ちを読み取ることができない僕は、きっと欠陥品だ。僕自身が誰かの虚像であり続ける限り、僕は人間にはなれない。

「瑞樹くん」

 躊躇いがちに僕を呼ぶ声に、シャープペンシルを動かす手を止める。強ばったこの声は、相川さんだ。彼女と昼食を食べなくなってから、1週間が経っていた。

「……何?」

 顔を上げず、再び手を動かし始めながら、呟く。

「私、瑞樹くんを怒らせちゃったのかな? 連絡にも応えてくれないし、お昼ご飯も……私、謝るから。瑞樹くんが怒ってるところも直すから。だから」
「別に怒ってないよ」
「じゃあ、なんで」

 だん、と僕は立ち上がり、シャープペンシルを筆箱に、筆箱を鞄に仕舞い、背負った。歪んだ椅子を元に戻し、出来上がったプリントを手に取って、一歩踏み出す。僕はそこで、初めて彼女の顔を見た。

「僕を神様扱いするな!」

 そう叫んで、僕は乱暴に教室の戸を開け、外に出た。
 戸を閉める直前に見た彼女の顔は悲しげで、ざまあみろ、と思ったけれど、すぐに後悔の念が胸に広がった。訳の分からないことを言ってしまった自覚はあるし、何より教室にはまだ他のクラスメイトがいた。いつも変な目で見られているのに、また僕は奇妙な生き物になってしまう。嗚呼、なんて憂鬱な。
 靴を履き替え、正門から出る。そういえば、最近不審者が出ている、と朝礼で聞いた気がする。1人で帰らないように、と言われたけれど、僕にはもう友だちなんかいないから、一緒に帰る人もいない。

「はい、どうぞ」

 ふと、そんな声と共に、僕の目の前に何か紙のようなものが差し出された。塾の勧誘だろうか、と顔を上げると、帽子を目深に被った、いかにも怪しいです、といった人物がいた。
 こういった勧誘のチラシは受け取らないことに決めているので、僕は申し訳程度にお辞儀をしてから、歩き出そうとする。

「まあまあ。そんな風に無視しないで受け取ってよ」

 くすくす、と笑いながら、その人物は僕の手に無理やりチラシを握らせた。
 仕方なくそれを手に取ると、目にばっ、と青が飛び込んできた。手描きのものを印刷したのだろう。妙に画力が高い。素直に感心していると、中心に描かれている天使に目が惹き付けられた。なんだこれ。まるで──

「まるで、僕みたい。そう思ったでしょ?」

 僕の心の声をそっくりそのまま声に出して、その人物は笑った。はははははははははははははははははははははははは、といつ呼吸をしているのか分からないほど長く笑い続けた。
 やがて、夢から醒めたようにその人物は笑うのを止め、呆然と立ち尽くす僕を見て、フン、と鼻を鳴らし、つまらなさそうに帽子を外した。
 金の髪が風に揺れる。帽子に隠れていた顔立ちは酷く整っていて、真っ白な肌が眩しい。そして、彼女は澄み渡るような青い空の瞳をしていた。
 その顔に、僕は見覚えがあった。錆び付いて動かなくなった脳を必死に回転させる。どれもこれもキャラメル色の瞳ばかりで、彼女の瞳に当てはまる色が見当たらない。でも、その顔には確かに見覚えがあった。
 混乱している僕を見て、また面白くなってきたのか、彼女は僕の瞳を覗き込み、くしゃりと顔を歪めて呟いた。

「嗚呼。やっぱり、神様の瞳はとっても綺麗ですね」

 ぱりん、と僕の頭の中で、何かが割れる音がした。バラバラになったそれらをもう一度組み合わせて、記憶を再構築してゆく。キャラメル色の瞳の中に、闇で塗り固めたような光の無い瞳を見つけた。僕の、ともだち。僕の目を抉ろうとした。

「明日。あの場所に来て。じゃないと、私は死ぬ」

 くるり、と踵を返して、彼女は僕の元を去ってゆく。その遠くなってゆく後ろ姿を、僕は何も出来ずに見送った。
 絵の中の天使は、青い花に囲まれ、何も知らずに、幸せそうに眠っていた。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.16 )
日時: 2018/08/30 16:29
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 






「突然呼び出してしまってすまない。もう二度と会わない、と約束したのはわかっている。だが、どうしても伝えたいことがあったんだ許してくれ」

「私は、誠を殺した。それは、いつまで経っても変わらない事実だ。何年経とうが、私が死のうが、その罪は消えない」

「だから私は、償おうと思うんだ」

「聞いてくれ。青い花がある。その花の蜜には特殊な力があってね。今はまだ、怪我を治す、だとか病気を治す、いつまで若々しくいられる、なんてことが実現可能だとされているくらいなんだが、花を利用すれば、もっとすごいことができるに違いない」

「そう。人を、生き返らせることだって」

「まだ、その方法は確立していない。だから、私がこれから研究していきたいと思っているんだ」

「あかり、みお。そのためにはお前たちの力が必要なんだ。特に、みお。誠を生き返らせるためには、お前が必要だ。お前だって、また誠と会いたいだろう?」

「どうすればいいか? 簡単だ。神様をもう一度呼び戻すんだ。みおのよく知っている人だ」

「みおの側に、神様がいるだろう? とても美しい、人形のような」

「そうだ、彼だ」

「今、青い花は何故か神様の手を離れ、また不安定な状態なんだ。きっと、神様が神様であることを忘れ、やめてしまったせいだ。また、神様を呼び戻さなくては、青い花を思う通りに扱うことはできない」

「そんなすごい神様は、学校なんていう平凡な場所にいるべきなのか。いや、もっと相応しい場所があるだろう?」

「美しいものは、美しい場所に」

「だから……できるだろう? お前は美しいものが好きなはずだ」

「私は絶対に、誠を蘇らせてみせる。悪魔に魂を売ってでも」

「神様の下にいるのだから、悪魔に魂を売るのはおかしい? いや、それで合っているんだ。私にとって、青い花の神様は神様では無い。ただのかみさまなんだ。私にとっての神様は、別にいる」

「さみしい神様なんだ。彼女は」

「傷ついて傷ついて、自分が何処にいるのか、もうわからない。とても美しいのに、醜いんだ」

「そんな彼女をかみさまに仕立て上げた神様は、悪魔だ。違いない」

「それでも、私は誠を蘇らせたい。だから頼む。私を、赦してほしい。そして、悪魔を連れておいで。みおが、1番美しいと思う、神様を」
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.17 )
日時: 2018/09/04 00:10
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: 私がかみさまになったわけB

 
 





 それからの日々は、地獄のようだった。
 幸福だったのは私が神様になった1日目だけで、その後はただただ不幸なだけだった。
 宗教組織としての青花会に異常なほど固執していた司教によって、私は毎日暴力を受けた。元々、彼は真面目で健全な研究者だったらしいのだが、借金があり、それを弱みに利用され、反対する彼を黙らせて元々の神様を何処かへ隠し、私を代役に立てたことに相当な怒りを覚えていたらしい。儀式が終わると、それまで穏やかに微笑んでいた彼は表情を変え、訳の分からない叫び声を上げながら、私をいたぶった。
 他の修道士たちも、私が私のことを「私」というと物凄い顔で鞭を取り出し、定期的に訪れる女の証は、捧げものとして扱われた。
 何もかもが、屈辱的だった。これなら、石や生ゴミを投げつけられていたときの方がまだマシだった。私の純潔はとっくの昔に散り、その後も絶え間なく奪われ続けたのだった。
 そうして「私」は否定され続け、私は「僕」になった。
 そんな日々はいつまでも続くように思われたが、唐突に終焉を迎えた。その日もまた、司教にお仕置きを受けていたとき、突如として警察が突入してきたのだ。女性警官が僕を「もう大丈夫よ」とマリア様のような声で呟くのを聞きながら、あられもない姿で警官に押さえつけられる司教の姿に、そういえば、遠い昔、「私」の処女を奪ったのも彼だったな、と涙が零れた。


 その後、僕は施設で暮らしたが、すぐにその施設を出た。学校にも通ったが、馴染めず、僕は生まれてからずっと、結局1人だった。
 一通り電子機器を扱えるようになって、青花会は壊滅したことを知ったが、ちら、と話に聞いた「研究」についてはどこにも書かれていなかった。
 ほとんど行方不明扱いで学のない僕は、自分の容姿を利用して、色んな男の家を渡り歩いていたが、あるとき、1人の老婆が私の元へ会いに来た。
 彼女は驚いたことに、元神様と一緒に暮らしているらしい。そして、青花会について、様々なことを教えてくれた。まだ研究施設は残っており、そこで研究が進められていることも。

『あなたがいてくれたから、瑞樹は普通の人間として生きることができるようになった。お友だちもできて、幸せに暮らしているわ。本当にありがとう』

 最後にそう言って去っていた彼女の言葉が、今も頭から離れない。
 普通の人間???? 本物の神様が普通の人間として生きている????なら、偽物である私は、何故普通の人間として生きられない????
 そんなことはありえない。許さない。湖と空の違いなど、何処にも無いはずだ。そもそも、湖も空も、青色に見えるだけで、元は色などないのだ。どちらも偽物。架空。かみさま。
 だから私は、僕は、復讐することに決めた。湖の瞳のかみさまを生み出して、またあなたを孤独にすると。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.18 )
日時: 2018/08/30 21:08
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: 僕がかみさまになったわけ

 
 





 
 信じられない光景が広がっていた。事件の後に密かに見に行った教会は荒れ果て、咲き乱れていた青い花は枯れてしまっていたのに、どういうことだろう、これは。まるで、僕が神様だったときのようだった。
 芝生の上に、僕を導くようにタイルが敷かれている。僕はそれに従って進んでゆく。
 懐かしい青い花が、教会を包み込んでいる。彼らが僕を見ている。そして、彼女も僕を見ていた。
 ふわり、と吹いた風が、教会の扉の前に立つ、彼女の金色の髪を揺らす。空色のうつくしい瞳と目が合った。僕に色彩の似て非なる少年が、にこり、と微笑む。
 

「待ちくたびれたよ。死んじゃうところだった」

「やぁ。元・神様。僕は、君の代わりに神様に仕立て上げられた、ほしのっていう人間だよ。そういえば君の苗字と一緒だったんだ。僕も今知ったよ。何処までも無様だよね」

「僕はねぇ、君のせいで人生ぐっちゃぐっちゃにされたんだよね。僕は本物の神様じゃなかったから、何度も何度も殴られて、何度も何度も蹴られて、何度も何度も犯されて。いつの間にか、私はいなくなった。もう、僕しかいないんだ。ほしのには」

「それなのに、君はどうしてのうのうと生きているの? 僕はこんなにもずったずたにされて、今も眠れないし、悪夢を見るし、友だちもいないし、1人じゃ生きていけないし。君は、神様だろう? 人間らしく振る舞うなよ」

 彼女は、ポケットからナイフを取り出して、僕に向ける。銀色のナイフに、間抜けな顔をしている、僕の姿が映っていた。

「ねぇ、償ってよ。ねえ」

「本当なら、このナイフで君の心臓を刺して刺して刺して脳みそと背骨とかごちゃ混ぜにしてただの肉塊にしたいんだけどさ、それじゃあ足りないんだよね」

「どうすればいいか、もうわかるよね、神様?」

「ねぇ、償ってよ。ねえ」

「君のお友だちも、それを望んでいるんだ」

 ナイフを僕の首元に当てながら、ほしのは扉を開く。ぎいいい、と音を立てて開いた扉の先には、キャラメル色の沢山の瞳があった。あのチラシを見て集まった人々と、彼女が集めた人々なのだろう。それにしても、随分と多い人数だと思った。
 ほしのはすぅっ、と息を吸う。

「皆さん!!!!ここにいらっしゃるこの方こそ!!!!貴方がたの、神様にございます!!!!」

 この細い身体の何処にそんな声を出すような力があるのだろう、と思うほど大きな声だった。
 そしてその瞬間、歓声が僕を呑み込む。同じだった。あの頃と。

「青花会が解体された後、ここの花は一度枯れてしまった。けれど、残っていた研究者たちが必死に研究を続けて、ここまで復元させたの。でも、やっぱりまだ思い通りにはいかない。だから、君が必要なんだよ。ここで君が拒否したとしても、青花会は、手を替え品を替え、君を襲う。今だって、『聖花会』と名を変えて、ここにある」

 彼女が僕の耳元で囁く。感情の失われたその声は、不思議と僕の心の深いところに届いて、静かに絶望させた。彼女の言う通り、青花会は、どうあっても僕を離してはくれないのだろう。
 あの青い花が僕の思い通りに咲いてくれることなど、生まれたときからわかっていた。それがどういう風に利用されていたのか。今ならわかる。

「あ、それと、あなたのお婆さん、入院するらしいよ。癌ですって。かなり進行が進んでいるから、あなたが家を離れて、心配することは何も無いよ」

 打って変わって、弾んだ声でさらりと絶望を告げ、彼女は僕の元を離れて、少し離れたところに立つ男性の元へと走っていった。
 歓声はまだ続いている。あの頃、綺麗だと思っていたキャラメル色の瞳はよく見ると濁っていて、ちっとも美しくなかった。そう感じたことで、僕は確信する。僕はもう、神様には戻れやしないのだと。
 諦観の念が僕を包み込んでいたとき、ふと、何かに取り憑かれたかのように叫び続ける群衆の中に、見覚えのあるキャラメル色が飛び込んできて、おや、と目を見開く。その人物はゆっくりと僕の方へ歩んでいるようだった。

「瑞樹くん」

 喧騒の中、不思議とその声は僕の耳にはっきりと届いた。
 相川さんは僕の前で立ち止まると、その大きな瞳で僕を真っ直ぐと貫いた。

「いいえ、神様」

 その瞬間、歓声がぴたりと止む。まるで予定調和だとでも言うように僕は世界から置き去りにされ、微かに見えた希望の光は地平線の下に沈んだ。

「私、瑞樹くんがそんなすごい人だって知らなくって……気軽に話しかけたり、不快な思いをさせて、ごめんなさい。私と話すのももう、これで最後だから」

 彼女は少し躊躇って、でも、後ろにいる彼女とよく似た女性と目を合わせると、うん、と頷いて、口を開いた。

「神様は、青い花を使って、何でもできると聞きました。だから、私の弟を……誠を蘇らせてくれるんですよね? そうですよね?」

 そして僕は、希望の光は地平線の向こう側に沈んだまま、二度と戻らないことを悟った。
 彼女の瞳は狂気に満ち溢れていて、その周りの群衆も同様だった。もはや誰も、僕を見ていない。
 この世の始まりとこの世の終わりが混在したような視界の中、ほしのがあの絵の中の天使のように、穏やかに微笑んでいる。

「かみさまの役目はこれで終わり。僕は先に行くよ。じゃあね。さみしいさみしい、ひとりぼっちの神様」

 そう言って、ナイフで自らの首を掻き切るところ。僕を見つめるキャラメル色の瞳たち。それら全てを拒絶するように、僕は静かに目を閉じる。
 遠くの方で、何処かの誰かの、耳を劈くような絶叫が響いていた。
 
 

エピローグ ( No.19 )
日時: 2018/08/31 10:31
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: さみしいかみさま

 
 
☆★





 いくら日陰だといえども、こんな真夏の日に長いこと外にいたら、誰だって体調が悪くなるに決まっている。しかも、私は心臓と肺が弱くて、大人になるまで生きられるかわからない、というほどの幼子だった。それなのに、そんな私を平日の真昼間から病院から外に連れ出して、やっぱり私の親はもう頭がおかしい。
 母と父は、今日はとあるミサにお邪魔している。何でも、不治の病が治る、なんていう噂がある宗教らしい。私のこの弱い体を治すために、二人はお医者さんから祈祷師まで、色々なところを巡り巡ってきた。どうせ今回も、デタラメに決まっているのだ。
 けほけほっ、といつもの発作が始まりかけていることに気づく。何時間外で待たされているかわからないほどだったけれど、このままここにいれば、段々と呼吸困難になって、意識を失うことは明白だった。しかも吸引器や薬は普段、母が持ち歩いていて、今のままではどうすることもできない。娘の未来を思うあまり、今の娘の現状を把握出来ていなかったのだと気づくのは、ずっと後だった。
 幼い私は、母を探しに行こうと無数の青い花に囲まれたこの庭のベンチから立ち上がろうとしたけれど、胸の辺りがぎゅーん、と痛んできたため、その計画は頓挫した。
 私、ここで死んじゃうのかな。
 そんな思考が頭の中でぐるぐると回り、痛みと苦しみで、涙が出た。
 脳裏に浮かぶのは絶望ばかりで、その絶望を見たくなくて瞼を閉じようとしたとき、私の前を、影が覆った。

「大丈夫?」

 目を開けると、霞む視界が金の輝きで覆われる。
 嗚呼、神様だ。私をお迎えに来てくださったのかな。

「苦しいの?」

 薄れゆく意識の中、必死にこくり、と頷くと神様は私から離れて何処かへ行ったかと思うと、またすぐに戻ってきて私の口に手を当てた。

「これを飲んで。ゆっくり、ゆっくりね」

 顎を持ち上げられ、優しい声と共に流し込まれたものは液体で、甘くて、今までに飲んだことのない味がした。
 言われた通りにゆっくり飲み干すと、じわぁぁっ、と胸が温かくなり、痛みと、咳の発作が治まった。いきなり症状が無くなったものだから、私は目をぱちくり、とさせて、神様を見る。あっという間にクリアになった視界の中の神様は、金色の髪に、湖みたいな青い瞳の人間だった。

「よかった。これでもう、大丈夫だよ」

 綺麗な三日月のような形に唇を歪めた彼は、私が今までに見てきた人間の中で、1番美しかった。私の母親も美人だ、とは思っていたけれど、こんなに美しい人間を見たのは初めてだった。しかも、顔の造りや喉仏、そして全身を覆う白いローブから覗く体の部位は細かったけれど、角張っていて確かに男性のものだった。

「あなたは、神様ですか?」

 思わず問いかけると、何故だか彼はとても悲しそうに顔を歪めた。

「僕は神様じゃないよ。だって、僕は無から何も生み出すことはできないからね」

 隣、いいかな? と少しも拒否されることを考えていないような態度で、私が頷くのと同時に、彼は私の隣に座り込む。どうして私を助けてくれたのかと問うと、声が聞こえたからだと答えた。

「神様っていうのはね。何も無いところから何か新しいものを創り出すことができるんだ。だけど、そんなの人間には無理だ。人間は、神様にはなれない。空も湖もね、偽物なんだよ。誰も神様になんて、なれやしないんだ」

 淡々と呟く彼の言葉は、私にはまだ難しくって、ただただ、伏せられた睫毛の長さだとか、さらり、と風に揺れる金色の髪だとか、青い花園に囲まれた彼の美しさを見ていた。

「だから、僕はかみさまなんだ。在るものを変化させて、別のものにすることは、他の人よりも得意だったんだ」

 幼い私はちょっとした平仮名が読めるくらいで、彼の言う「神様」と「かみさま」の違いはわからない筈だった。しかも、音声だけで平仮名と漢字の違いなんて区別できない。けれども、この2つは確実に違うものなのだと、私は直感で理解した。

「じゃあ、かみさまは、何を創るのが得意だったの?」
「何、かぁ……」

 私の質問に、彼はくすり、と微笑むと、目を上げて、近くの青い花に手を伸ばす。

「毒は溜まるんだ。静かに、穏やかに。花はいつまでも咲いていることはできない。いずれは枯れて、ほんの少しの毒入りの種を残す。その種が芽を出して、花が咲いて、また種になる。それを繰り返すとあら不思議」

「それは猛毒になる」

 そう言って、彼は笑うのをやめた。表情を失った彼は何故か酷く人間臭くて、やはり彼は神様ではないのだと思った。
 何処からか、鉄の臭いが漂ってくる。それが何であったのか理解したのは、全てが終わった後だった。

「ごめんね」

 心から申し訳なさそうに、彼は私に頭を下げる。私には何のことかわからなかったけれど、とりあえず、何か謝らなければいけないことを彼がしたのだ、と思った。

「じゃあ、私はありがとう!」

 元気よくそう叫ぶと、彼はきょとん、とした目をしていた。青い瞳に、笑顔の私が映っている。

「私を助けてくれて、ありがとう!」

 しばらく彼は呆然としていたけれど、私がもう一度叫ぶと、一気に破顔した。妙に人間らしくて、太陽のような笑顔だった。

「そういえば君、なんて名前なの?」

 ひとしきり笑った後、彼は再び三日月の形に唇を歪めて、私に問うた。

「みずきだよ」
「……そっか」

 彼は少し目を見開いて、ふっ、と目を伏せると、私の頭を撫でた。

「じゃあみずき。君だけは覚えていて。僕という人間が、こうやって生きていたことを」

 微笑む彼の姿は、さみしげで、儚げで、美しくって、その後何度も夢に見た。





 気がつくと私は教会の外にいて、そこら一帯が燃えていた。私はすぐに婦警さんに保護され、パトカーの中でその様を見守ることになった。
 消防車が来て、必死に火を鎮めようとしていたけれど、一向に火はおさまらず、一晩燃え続けて、突然ふっ、と消えたかと思うと、教会も何もかもがボロボロで、青い花は全て灰になっていた。
 朽ちた教会の中には夥しい数の死体が転がっていたらしい。ニュースでは、火災による事故として処理されていたけれど、私は違うと知っている。彼らは、炎に包まれるよりも前に既に死んでいたのだ。
 あれから成長した私は、彼の言っていた言葉を大体理解できるようになっていて、彼があの場にいた人々を殺したのだと推測していた。
 報道は規制がかかったのか一切されなかったけれど、あの宗教組織では何らかの研究が成されていて、彼はその中心近くにいた人物なのだと思う。庭中に咲き誇っていた青い花がその研究材料で、私に飲ませたものは、研究の産物だったのだろう。猛毒、というのもそうだったのに違いない。
 何故、彼は私を救ってくれたのだろう。他の人たちは殺したのに。
 私の心臓と肺は、その後全く不具合を起こすことなく、体は頑丈になり、今もこうやって生き続けている。あのとき彼にお礼を言ったけれど、あの花の効能だったのだろうか。今では真実を知る術はない。青い花はもう、燃えてしまった。
 そして私にとって、彼は私の両親を殺した人間だ。恨み、憎むのは当然で。
 けれども、あのときの彼のさみしげな笑みと「ごめんね」と囁く声が、いつまでもいつまでも、忘れられないのだ。そうして私はいつも、彼を憎むことに失敗し続けている。
 そういえば、当時あの場所にいた人たちと、発見された死体の数が合わなかったらしい。それを知ったとき、私は少し、期待してしまった。
 今でも時々、夢に見る。薔薇に、チューリップに、桜に、菫に似た青い花に囲まれて微笑む、彼の姿を。
 私は、その青い楽園の中で、どうかそのさみしいかみさまがひとりぼっちではありませんように、と願い続けて止まないのだ。


 空も湖も、それらは本物の青ではないのかもしれないけれど。
 あの日出逢った彼の瞳は、それらと同じようにうつくしかった。
















(完)

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