複雑・ファジー小説

さみしいかみさま【完結】
日時: 2018/08/31 10:46
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=776.jpg

 
 
 空も湖もね、偽物なんだよ。
 誰も神様になんて、なれやしないんだ。






 


☆星野 瑞樹ホシノ ミズキ
…美少年。金髪碧眼だが、それを隠して生活している。

○相川 みおアイカワ ミオ
…瑞樹と昼食を食べるようになる。美しいものが好き。弟がいた。

。鈴村 廉造スズムラ レンゾウ
…フリーライター。ナルシスト。『青花会』についての事件を調べる。

◎橋木 研介ハシキ ケンスケ
…医者。拾った少年と共に暮らす。

★少年
…性別不詳。鈴村の前に現れた、『青花会』を知る人物。






 同名の歌がありますが、イメージソングはこちら。
【Green a.live/YUI】
 




2018.08.31

 
 
 

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Re: さみしいかみさま ( No.11 )
日時: 2018/08/25 17:34
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: 私がかみさまになったわけA

 
 





 変化は突然だった。私が私でなくなって、しばらくたってからのこと。
 その頃は、時々差別的な目を向けられながらも、私は比較的放任されながらぶらぶらと自由に過ごしていた。

『もう駄目だ』『司教があんな制度を作ったせいだ』『しかし仮にも神を他の者と同じように対処するのも如何なものかと』『しかもそろそろ、警察にも目をつけられ始めている。神が保護されれば、研究ができなくなってしまうぞ!』『だが、事が露見すればまずいぞ。世話をしている者の中には、息がかかっていない者もいる』『だが、神がいなくなれば信者共は不審に思うだろう。どうする?』『代役を立てればいいんじゃないか?』『……あの娘か』『確かに、青い瞳に金髪だ。しばらくの間なら、信者たちを騙せるだろう』『だが、混じりものだぞ』『まあ、そこは司教を説得するしかない。こういうときのための、弱みってやつさ』『そうだな。では、そうするか』

『全ては、青い花のために』

 私は再び調教室に連れて行かれ、綺麗な服を着せられ、さらには分厚いマントまで被らされた。そして、教会の中の豪奢な部屋に閉じ込められた。
 いくら叩いてもドアは開かなかった。けれど、定期的に食事が運ばれ、また入浴させられたり、着替えさせられたりしたので、私をいたぶるつもりはないであろうことはわかった。
 そして、そのドアがついに開けられ、外の世界に出ると、世界は一変していた。

『神よ』

 皆が黒いフードを被った私を見て、歓声を上げていた。司教、と呼ばれていた男に引っ張られて、呆然と教会の中心に進んでゆく。ステンドグラスから差し込む陽の光を浴びて、私はやっと理解した。
 私が、神様になったのだと。
 そしてこれが、本当の地獄の始まりだった。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.12 )
日時: 2018/08/25 18:02
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 とりけらとぷす様


 はじめまして。とお返ししたいところなのですが、実ははじめましてではありません! 覚えていらっしゃるかはわかりませんが、元は亜咲 りん、という名前で活動しておりました。その節は、イラストなど、大変ご迷惑を、そしてお世話になりました!

 読み返してみると、確かに地の文が多めで、自分でも驚きました(笑)そんな風に言っていただけて、とても嬉しいです。
 私は会話文の描写が苦手で、地の文が多めになってしまうのはそのせいかな、と思います。たまたま私の小説を読んでくださってとても光栄なのですが、複ファ板にはもっと素晴らしい小説を書かれる方がいらっしゃるので、是非またお立ち寄りください!

 推理が苦手な私が執筆しているので、大した真相にはならないと思います(笑)でも、最後まで謎めいた感じで終わらせたいな、とは思っています。
 昼食を一緒に食べるって、なんだかとても特別な感じがするんですよね。自分の本当の性格や、育ちが出るような気がして、相手のことが好きじゃないと恥ずかしいような。

 あーーーっ、確かに、そっちの曲も良いですよね。私の小説の大体のベースはYUIだったりするので、大抵どの曲でもイメソンになってしまうのかもしれないです(笑)
 どちらの曲も「神様」という言葉が出てきて、この小説に合っているような感じですね。そしてどっちも曲名に色が! そしてよく考えれば、星野くんは青い瞳(笑)まあ、緑なのに青って言ったりしますし(?)

 とりけらとぷすさんは、しばらくカキコにいらっしゃらなかったような気がします。ついさっき、シリダク板で検索をかけたところ、いつの間にやら小説が更新されていて驚きました。

 これからも、執筆活動をゆるりと、自分のペースで楽しんでいきましょう! コメントありがとうございましたm(_ _)m
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.13 )
日時: 2018/08/26 09:04
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 






 弟のことを、私はまだ鮮明に思い出すことができる。長い睫毛と、少し色素の薄い髪。天使のような子だった。まるで、瑞樹くんみたいな。
 手術の成功率は*%だ、と言われた。あの頃の私にはそれがどれくらいの確率なのかわからなかったけど、今ならそれが決して高くはない数字であることは理解できる。それでも、その手術を成功させることが、いつも仕事ばかりで家に帰って来ず、何もかもを母に任せっきりだった父の、せめてもの役割だと思っていた。
 そして手術は失敗した。私の父は、人殺しだ。






「親はいないよ」

 その言葉を聞いたとき、私はその質問をしてしまったことを心底後悔した。彼の親がどんな顔をしていたのか聞いてみたい、という自分勝手な欲望だけで、彼の心の奥に踏み込むのは失礼なことだというのに。

「……なんかごめんね」
「謝る必要なんてないよ。君もお父さん、いないんでしょ?」
「うん。でも、離婚しただけだから、まだ生きてるよ。……もう二度と会わないつもりだけど」
「はははっ、それじゃあ死んだも同然だよ」

 お揃いお揃い、と笑いながら、彼はメロンパンを頬張った。

「といっても、僕はお父さんって存在は知らなかったな。母の顔は朧気だけど、僕の記憶の中に存在はしてる。でも、父の記憶は欠片もない。もしかしたら、僕がうんと小さいときに死んだのかもね」

 彼の顔に哀愁はない。あるとすれば、パンくずだけだ。まるで小さな子どものようで微笑ましくて、私は思わず彼の顔に手を伸ばして、そのパンくずをひょいっ、と盗み取った。すべすべだな、と感じたときにはもう遅く、彼はきょとん、とした表情で私を見つめており。途端に仕出かした行為が頭の中で文字になり、私はぼっ、と頭から沸騰した。

「ごごごごごごめんなさい!」
「……びっくりしたけど、別にいいよ」

 彼は気にしてないよ、とひらひらと手を振る。

「それに、ちょっと嬉しかったし」
「えっ」

 少し照れた様子で口元を掻く、レアな美少年が私の目に飛び込んできた。眩しい。

「姉がいたら、こんな感じかなって思って」

 その言葉に、私は押し黙った。ぎゅっ、と胸の奥が締め付けられた。
 記憶の中の私の弟は幼くて、よく口周りに何かしら食べ物をつけていた。私はそれを、忙しい母の代わりに取り除いてやっていた。先程の行動も、完全にその名残だった。

「……私ね、弟がいたんだ」
「へぇ。いいな」
「死んじゃったけど」

 彼は少し目を見開いて、うん、と頷いた。大体、弟の話をし始めると、人は「それは残念だったね」とか「可哀想に」なんていう慰めの言葉をかけてくるものだ。父のこともそうだったけど、彼は私の思い出を、過去を、悲しいものとして扱ったりしない。それは、人によってはとても失礼な態度と受け取られることもあるだろうけど、私には素晴らしい美点のように思えた。今も、彼はメロンパンを膝に置いて、私の言葉を神妙に待ち構えているだけだ。

「瑞樹くん、初めて会ったとき、何で僕を助けるのって聞いてきたよね?」
「うん」
「あのときは、人を助けるのに理由はいらないって言った。だけど、それだけじゃなかった」
「……何?」

 身を起こし、すうっ、と息を吸った。

「……瑞樹くんが、弟に似てたから」

 彼は、静かな瞳で私を見つめている。顔立ちも、元の髪色も、年齢だって違うのに、見れば見るほど、瑞樹くんは私の弟に似ている。

「……なるほどね。だから君は僕を助けてくれたのか」
「うん。でも、純粋に、困っている人を助けたかったからっていうのもあった」

 その気持ちも、本当だから。

「ありがとうね」

 ふっ、と唇を緩めて、彼は呟く。

「でも、何かを通して僕を見るな」

 ぐしゃり、といつの間にか無くなっていたメロンパンの袋を握り潰して、彼は押し黙った。そのまま、彼はクリームパンを取り出し、また頬張り始めた。
 
 その日以降、私たちが中庭で一緒に昼食を食べることはなかった。
 





「ただいま」
「……」

 重苦しい気持ちで帰宅すると、母がリビングで呆然としていた。まるで人形のように固まってしまっている。

「どうかしたの?」
「……これ見て」

 震える手で差し出されたのは、チラシだった。全体的に青っぽい印象で、中心には金髪碧眼の天使が描かれている。少し、瑞樹くんに似ている気がした。

「これがどうしたの?」

 はぁ、と真っ白な顔で母はため息をつく。

「あの人が送ってきたのよ。話したいことが、あるらしいわ」

 今度は私が呆然とする番だった。思わず力が抜けて、チラシがフローリングの床にはらり、と落ちる。
 そのチラシの隅には、「聖花会」、という文字があった。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.14 )
日時: 2018/08/30 16:19
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 




 

「そもそも、研究が始まったのは、とある花が発見されたから。その花は、衰弱している生き物の生命力を上げる、という神秘の青い花だった。まあ、その効果は微々たるもので、特に人間には効き目が悪かったから、その花の効力を強めて、不老不死の薬を作ることができるのではないか、と考えた愚かな人間どもは、研究員が実験台となり、何度か完成した薬を飲んだ。まあ、何の効力もなくて、そのまま失敗したと思われていたけど、実験に参加していて、そのときに妊娠していた研究員の1人が、その後子どもを産み落とした。その子どもは、その花と同じ、青い瞳を持っていた」

「その子どもを調べてみると、不老不死ではなかったものの、不思議な力があることがわかった。それは、青い花を変質させる力だった」

「子どもが泣き喚けば青い花は棘を出し、子どもが笑えば青い花は満開になった。そう。その子どもは、青い花と一心同体だった」

「青い花の蜜を使って実験をする側としては、その時々によって変容する花の扱いが難しくなって辟易していただろうけど、逆に考えると、その子どもを上手く育て上げれば、その花からどんなものでも作り出せるようになる。目指している、不老不死にも手が届く。人を生き返らせることだってできるかもしれない」

「そこで、研究員どもは『青花会』という宗教組織を作り出した。『病が治る』だの『若返りの秘術』だの、そういうものを謳い文句にして、ね。そして、子どもを神様に仕立て上げた。無垢なものとして扱い、人々の賞賛を浴びせ、清く尊いものへと変化させるために」

「……なるほど。青花会の成り立ちについてはよくわかった」

 ひとまず、神妙に頷いておく。あまりにも予想外な真相だったため、全てを呑み込むにはまだ時間がかかりそうだったが。
 それをわかっているのかわかっていないのか、再びほしのは話を続ける。

「でもね。青花会は、少し大きくなりすぎた。入信者は寮に住まわされ、さらに、行方不明者も多くいた。……恐らく、実験で亡くなったのかな? しかも、神様、と呼ばれていた子どもを虐待していた。そもそも、それ以前から随分と怪しまれていたから、警察に目をつけられて、潰されたってわけ」
「……待て、それはおかしいぞ。その子どもと青い花は連動していて、虐待なんて受けていたら、青い花が枯れてしまうのがオチだろう。虐待は、不可能なはずだぞ」

 頭をフル回転させて呑み込んだ情報の中に、矛盾する点を見つけて、俺は素直に疑問を口にする。ネットで調べた情報によると、神様と呼ばれていた少女は、日常的に暴行を受けた痕が残っていたらしい。もしも、彼女が痛みにもがき苦しんでいたのならば、青い花はそれと連動する筈だった。

「……やっぱりあなたはかしこいね」

 ほしのは俺を興味深そうに見つめる。
 そうなのだ。俺は、小中高と勉強がよくでき、普通なら、今頃高学歴で素晴らしい人生を送っていた筈の人間だ。この見た目のせいでいじめられ、家から出られなくなってしまっただけだ。
 そうだ、俺は優れた人間なのだ。
 
「ねぇ。青花会が、教会に入るのを禁止していた人間はどういう人間だった?」
「外国人だろ?」
「そう。そして、精通を迎えたもの」

 あの気色の悪い規則か。ということは、一定年齢の男児は、あの宗教組織に存在していなかったことになる。しかし、保護された神様は女。しかし、日常的に暴行を受けていた……

「……まさか?!」

 俺の優秀な脳が導き出した答えを肯定するように、ほしのが微笑む。

「神様は、神様でいられなくなってしまった。それに、そろそろ警察の目を誤魔化すのも限界が来ていた。だから、子どもを違うところに移し、代わりに、違う子どもを神様に仕立てあげようとした。青花会が潰されても、また青い花が咲き乱れるように」

 そこで、ほしのは口を噤んだ。どうやら青花会の話は終わりのようだった。
 恐ろしい真実だった。しかし、その真実は、俺が感じた違和感を全て払拭するようなものだった。それにしても、誰かが気づきそうなものだが。世の中の人間はやはり、頭が悪いらしい。

「その青い花があれば、俺もあいつらなんかより……」

 ギリッ、と唇を噛む。俺に屈辱を与えた奴らは、今でも幸福に生きている。主犯の奴は、風の噂で、超一流企業に就職したと聞いた。俺よりも頭は悪かったが、見目の良い男だった。世の中は……

「不平等だよねぇ」

 俺の思考と全く同じタイミングで、ほしの同じ言葉を呟く。それまで握られていた手が離され、あっ、と思う暇もなく、今度はベッドに押し倒された。ぎし、と音を立てて、ベッドが弾む。

「世の中は、いつだって不平等で、理不尽だ。生まれながらに神様である奴だとか、生まれながらに綺麗な奴だとか。それに比べて、仕方の無いことを自分のせいにされる奴だとか、誰かの代わりとしてしか生きられない奴だとか。僕は、恵まれていることに全く気づいていないクソみたいな奴のことが大っ嫌いなんだ」

 扇情的な体勢であるのに、ほしのの目は何処までも冷たかった。唇はロボットのようで、表情は抜け落ちている。

「だからね。僕は、恵まれていない奴の味方になりたい。僕は、かみさまになるんだ。本物じゃなくていい。どうせ、あいつも、誰も、神様になんかなれやしないんだから」

 ほしのの青い空のような瞳が徐々に光を取り戻し、妖しげに揺らめいて、俺に迫ってくる。膠着して上手く身体が動かせない中で、やっぱり俺の頭は冷静で、こんな状況になって初めて、その黒い髪がウィッグであり、その間から金の輝きが見えることに気づいた。
 かつて神様の身代わりに捧げられた少女の唇と、散々痛めつけられた男のそれが触れ合う直前、ほしのは小さく呟いた。

「僕はあなたのかみさまだ。お願いを叶えてあげよう。神様に魂を売って」
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.15 )
日時: 2018/08/30 16:22
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 




 

 青い空を見ていると、あの子のことと、突然部屋から出され、知らないところに放り出されたことを思い出す。訳が分からないまま、気がつくと僕は今の祖母に抱きしめられていた。しわくちゃだらけの顔で、祖母は嬉しそうに呟いた。おかえり、と。そのとき初めて、僕のことを待っていて、僕の名前を呼んでくれる人がいるのだな、と思った。
 あの頃は、誰もが僕を見ていて、誰もが僕を見ていなかった。
 祖母の温かい腕に抱えられたときから、僕は僕でいよう、と決めたのだ。

 彼女が僕のことを弟を通して見ていたのだと知ったあの日から、僕は彼女と昼食を食べるのをやめた。連絡も、ブロックまではしていないけれど、全てスルーしている。僕は、彼女に大層がっかりしていたのだ。
 ほとんどの人が帰った中、僕は前日にやり忘れていた数学のプリントを進めていた。実は朝からやっていたんだけれども、要領が悪すぎて、放課後までかかってしまった。僕は理系ではない。けれど、国語も苦手。できるのは日本史や世界史、現代社会といった暗記科目ばかりで、どんどん頭でっかちな人間になってゆくのがわかる。
 文章から、物語から人の気持ちを読み取ることができない僕は、きっと欠陥品だ。僕自身が誰かの虚像であり続ける限り、僕は人間にはなれない。

「瑞樹くん」

 躊躇いがちに僕を呼ぶ声に、シャープペンシルを動かす手を止める。強ばったこの声は、相川さんだ。彼女と昼食を食べなくなってから、1週間が経っていた。

「……何?」

 顔を上げず、再び手を動かし始めながら、呟く。

「私、瑞樹くんを怒らせちゃったのかな? 連絡にも応えてくれないし、お昼ご飯も……私、謝るから。瑞樹くんが怒ってるところも直すから。だから」
「別に怒ってないよ」
「じゃあ、なんで」

 だん、と僕は立ち上がり、シャープペンシルを筆箱に、筆箱を鞄に仕舞い、背負った。歪んだ椅子を元に戻し、出来上がったプリントを手に取って、一歩踏み出す。僕はそこで、初めて彼女の顔を見た。

「僕を神様扱いするな!」

 そう叫んで、僕は乱暴に教室の戸を開け、外に出た。
 戸を閉める直前に見た彼女の顔は悲しげで、ざまあみろ、と思ったけれど、すぐに後悔の念が胸に広がった。訳の分からないことを言ってしまった自覚はあるし、何より教室にはまだ他のクラスメイトがいた。いつも変な目で見られているのに、また僕は奇妙な生き物になってしまう。嗚呼、なんて憂鬱な。
 靴を履き替え、正門から出る。そういえば、最近不審者が出ている、と朝礼で聞いた気がする。1人で帰らないように、と言われたけれど、僕にはもう友だちなんかいないから、一緒に帰る人もいない。

「はい、どうぞ」

 ふと、そんな声と共に、僕の目の前に何か紙のようなものが差し出された。塾の勧誘だろうか、と顔を上げると、帽子を目深に被った、いかにも怪しいです、といった人物がいた。
 こういった勧誘のチラシは受け取らないことに決めているので、僕は申し訳程度にお辞儀をしてから、歩き出そうとする。

「まあまあ。そんな風に無視しないで受け取ってよ」

 くすくす、と笑いながら、その人物は僕の手に無理やりチラシを握らせた。
 仕方なくそれを手に取ると、目にばっ、と青が飛び込んできた。手描きのものを印刷したのだろう。妙に画力が高い。素直に感心していると、中心に描かれている天使に目が惹き付けられた。なんだこれ。まるで──

「まるで、僕みたい。そう思ったでしょ?」

 僕の心の声をそっくりそのまま声に出して、その人物は笑った。はははははははははははははははははははははははは、といつ呼吸をしているのか分からないほど長く笑い続けた。
 やがて、夢から醒めたようにその人物は笑うのを止め、呆然と立ち尽くす僕を見て、フン、と鼻を鳴らし、つまらなさそうに帽子を外した。
 金の髪が風に揺れる。帽子に隠れていた顔立ちは酷く整っていて、真っ白な肌が眩しい。そして、彼女は澄み渡るような青い空の瞳をしていた。
 その顔に、僕は見覚えがあった。錆び付いて動かなくなった脳を必死に回転させる。どれもこれもキャラメル色の瞳ばかりで、彼女の瞳に当てはまる色が見当たらない。でも、その顔には確かに見覚えがあった。
 混乱している僕を見て、また面白くなってきたのか、彼女は僕の瞳を覗き込み、くしゃりと顔を歪めて呟いた。

「嗚呼。やっぱり、神様の瞳はとっても綺麗ですね」

 ぱりん、と僕の頭の中で、何かが割れる音がした。バラバラになったそれらをもう一度組み合わせて、記憶を再構築してゆく。キャラメル色の瞳の中に、闇で塗り固めたような光の無い瞳を見つけた。僕の、ともだち。僕の目を抉ろうとした。

「明日。あの場所に来て。じゃないと、私は死ぬ」

 くるり、と踵を返して、彼女は僕の元を去ってゆく。その遠くなってゆく後ろ姿を、僕は何も出来ずに見送った。
 絵の中の天使は、青い花に囲まれ、何も知らずに、幸せそうに眠っていた。
 
 

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