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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*22*

                  † 十一の罪 “贖いの雨” (後)

 一瞬、場が固まると、静粛を保っていた一同が一斉にどよめく。
「冗談だってば。でも、恋はいいものだと思うよ。騎士としての任務だけじゃなくて、自分にとっての守りたいものができたら、もっと強くならなきゃって実感わくだろうし」
 苦笑を挟み、再開した。
「みんながこれからどうするかは、それぞれが好きに決めなさい。一緒に来てほしくないと言ったら嘘になるけど、わたしはもう隊長じゃないのに巻き込むような野暮な真似はさすがにしないわ。背負う家族がいる人はすぐに決められないだろうし、あくまで忠誠心を貫き通すって生き方もあることでしょう。
 ただ、考えることをやめないで。歴史が動こうとしている今、自分が何をするべきか。それがわたしの歩む道と違った答えだったとしても、わたしに非難する権利はないわ。わたしが間違っていると思うのなら全力で立ち向かえばいい。遠慮は無用。戦場で会えばこちらも手加減はしないわ。今まで身につけたすべての技でかかってきなさい。
 ……じゃあ最後に――」
 全員を見渡し、表情を崩すと続ける元隊長。
「みんなに会えて良かった。最後までこんな陳腐なことしか言えない隊長を許してね。みんなと色んな任務につき、色んな経験をした。この先どうなろうと、わたしたちの心にある思い出は嘘じゃない。どうしようもなくなった時は一緒に過ごした日々を思い出してくれたら嬉しいな。みんなはどうだったか分からない。人それぞれ思うことはあるでしょう。でもわたしは楽しかった。どんな時も全力で生きた。大切な仲間と共に生きてきた。全力で鍛錬し、全力で戦い、全力でご飯を食べた」
 緊張感に包まれていた場に、笑い声が漏れる。
「イヴさん、本当に毎日いい食いっぷりでしたもんねえ」
 盛り上がる同僚たちを温かな目で眺めるイヴ。
(悲壮感の漂う解散にならなくて良かった、わたしの隊は最後までみんなが元気いっぱいじゃなきゃ……!)
 暫しの歓談を楽しんだ隊に、清澄な面構えで向き合い、軽く咳払いすると改めて言う。
「まあ人生ってのは思い通りにいかないものね。これから困難に直面することもあるでしょう。つらいこと、苦しいこともきっとあるでしょう。それでも騎士は戦わなければならない。
 だから……最後の最後まで一生懸命に生き抜きなさい。人生に勝ち負けはないけど、後悔のない一生だって最後に本人が思えたら、少なくとも負けては無いでしょ。今まで……本当に、本当にありがとう。みんな」
 女騎士は最後に笑ってを見せると、背筋を伸ばして去って往った。


 嵐の勢いは衰えを知らない。稲妻が奔る度に、ソロモンの不敵な嗤いを浮かべた横顔が照らし出される。
「……来たか」
 目線を上空へと移すや否や、落雷を蹴散らすようにして、鮮烈な紫電が灰色の世界を切り裂いた。
「者共、戦闘態勢に入れ」
 命じながら、指環を確認するように一目する。
「待っていたぞ悪魔の長……では、王の戦いといこうか!」
 ソロモンが叫んだ直後、辺り一面を覆い尽くす眩耀が生じた。瞼を貫くばかりの輝き。
「戰いと云うものは相手無くして出来ぬ筈であるが? 此の場に王は、俺唯一人のみ」
 視界が色を取り戻した時には、ソロモンの部下たちは跡形も無く消えていた。そして、悠々と降り立つ堕天使の姿。
「貴様がルシファー……!」
 巨大な両翼を金色の隻眼で睨む。
「生憎であるが貴様は王の器に数えていない。此れは戰いに非ず。魔王である我が身が貴様に下す裁きだ……! 貴様如きの分際で此の身を同列に称した愚かさを悔み乍ら其の他大勢の1人として消えるが良い!」
 殺到する無数の魔力弾。
「時代は変わる――」
 閃光と土煙の中より囁きが聞こえた。
「そして、余が世界を変える!」
 粉塵が四散すると、無傷のソロモンが立っている。
「寝言は寝て云え。然も無くば、永遠の眠りを与えて遣ろう」
「フッ……」
 ルシファーの眼光に怯むばかりか、嘲嗤って包帯を解いてゆく王権者。白銀の左眼がその全貌を顕わにした。
「貴様ら古の遺物を新たなる支配者である余が討ち滅ぼし、魔王をも超えた恐怖と力の体現者になるのだ……!」
 ソロモンの高笑いが響き渡る。
「妄想は自由であるが――」
 爆笑し続けるソロモンを睥睨するルシファー。
「其の薄気味悪い笑い声……耳障りだ」
 そう述べると、槍状の光の束を現出させる。
「良い目だ。其の威圧感に戦意も高揚するものよ!」
 ソロモンも満足気に指環を高々と掲げた。負の波動が周囲に満ちてゆく。
「さあ、我が七十二の猛将達よ! 此の者を抹殺せよ!」
 橙、赤、紫、藍、淡紅色……次々と魔力光が点滅し、降臨する地獄の強者たち。
「――おいおい七十一の間違いじゃねーのかい」
 軽い口調と共に、ツェーザルを背負ったアモンが舞い降りた。隣にはデアフリンガーをぶら下げたベルゼブブ。
「間に合ったみてえだね。この緊張感、嫌いじゃないよ」
「アモン、貴様……裏切りおったか……!」
 悪魔以上に悪魔じみた形相で凝視する。
「悪いねソロモン、でも裏切ったんじなくて表に返っただけさ。アタシの大将はあっちでも現世(ここ)でもこいつ(ルシファー)だけなんだわ」
 ニヤリと返すアモン。
「してアモンよ。伴って参じたからには其の童、戰力になるのであろうな」
 横目で尋ねる。
「いい筋してるよ。若いっていいもんだ。
ビビるな、坊や。なーに、おそれることなんてなんもない! 要はただ片っ端から倒すだけ、分かりやすいだろ?」
 首肯するデアフリンガー。
「味方が少ないから邪魔にならなくていいよ。谷に伝わる奥義を思う存分に練習させてもらうとするかな!」
「クハハハ、酔狂酔狂! 子供も含めて僅か五人で立ち向かうとは、見縊られたものよのう。……叩き伏せよ」
 ソロモンは冷徹に指示する。
「宜しい。集いし名だたる闇の勇者達よ、己が誇る武を存分に示せ……! 魔王である我が身が手ずから応えよう。心して受け取るが良い!」
 ルシファーの背後にたちまち数十の魔法陣が出現した。紫に煌めく魔力弾の嵐が降り注ぎ、迫り来る悪魔たちを悉く消し飛ばしてゆく。
「負けてられないな。推して参る!」
 宙へと跳躍し、地上を掃射するツェーザルとアモン。なれど何れも地獄を代表する豪傑たち、真横の仲間が灰にされようが動じずに突進する。上空では、複数の悪魔と入り乱れてベルゼブブが目にも止まらぬ空中戦を展開。

 デアフリンガーも天性の勘と、体格差の有る相手と積み重ねてきた長年の稽古の成果か、善戦していた。とは言え、人の身に在るゆえに二次元の立ち回りを強いられる。想像以上に渡り合ってはいるが、延々と鍔迫り合いを繰り広げても埒が明かない。
(……やっぱ奥義じゃないと…………)
 早4、5柱は仕留めたであろうか。打ち寄せる波の如く大挙して迫る新手。岩を背にして包囲されることを避けているものの、自身の体力と敵の総勢……何れが尽き果てるが先か、子供の頭でも予想に難くなかった。襲い来る禍々しい悪魔に真っ向から立ち向かう勇気も、数の暴力を粉砕する決め手には成り得ない。
(落ち着け、訓練でできたことは絶対できる……!)
 竜の棲む谷には、悪魔や怪物等と云った負を象徴する存在に対し、威力を発揮する奥義がある。素質に恵まれたデアフリンガーは幼くして長老やツェーザルに習ったが、平和な谷に在っては使う機会が無かった。果たして本当に効くのか。不安は残るが、躊躇している猶予は無い。遠からず力尽きるのであれば、いっそ賭けに出るのも悪くない。
(意識を集中しろ。強く想像しろ。僕なら、出来る……!)
 研ぎ澄まされた刃の如き心。とめど無く浴びせられる攻撃を遣り過ごしながら詠唱を開始した。
「――此の身は闇を断つ刃。我に仇為す悪しき者に裁きを下さん」
 長老達と同じく緑系統の魔力光が灯る。地と風を司る、生命の守護者たる証。
(思い浮かべろ……一振りの剣のように、斬るという目的のためだけに存在する自分を……! 限りなく鋭く、何よりも硬く、誰よりも強く――――)
 信ずるは無限の可能性。描くは眼前の標的達を打ち破る己の姿。
「母なる大自然よ、我が望みに応え給え。魔を打ち破る力を此の手に……!」
 青々と輝く燐光が少年の周囲に波打つ。
「暗黒の制裁(シュヴァルツ・シュトラーフェ)!」
 脈動する大地。呼応するように、翡翠色に輝く刀身が斬撃を放った。衝撃波が実体を成し、轟音と共に悪魔を粉塵に変えてゆく。
(まだだ! 僕の力はこんなもんじゃない……!)
 突き動かされるがままに直走った。少年はコマさながらに旋転し、大地を舐めるかの如く縦横無尽に戦場を疾走する。
「ぐっ……!」
 五体が熱い。止まる訳にはいかなかった。アザミを、助けたい。理性ではない。衝動が、ただ剣を振るわせる。何もかもを呑み込む竜巻のように、デアフリンガーは悪魔を屠り続けた。

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