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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
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*24*

                  † 十二の罪 “慟哭” (後)


 一直線に突進する。どこにこれ程の力が残っていたのだろう。自分でも理解らない。傷つき、疲弊した筈の肉体は驚く程に軽かった。
(――わたしはお父様に憧れ、騎士になりたいと思った。でも騎士という肩書きなんてもういらない)
 崩れた家屋が往く手を阻むが、構わず押し退けてゆく。傾いた柱に跳ね返された。
(お父様のように人を守れる騎士になりたかった。騎士の大義とは王に尽くすこと……だけど、野望のために民をこんな目にあわせる王につかえるのが大義なら…………)
「……そんな大義なんて……」
 燃え盛る炎にも負けず劣らずの形相で、彼女は愛剣の柄に手を掛ける。
「わたしが斬って捨てる!」
 勢い良く抜刀し、怒濤の撃ち込みを繰り出すイヴ。
「そうまでして世を再生するっていうなら……わたしは騎士をやめてでも止める!」
 幾度も斬りつけて突破したが、重なっていた別の柱が滑り出して脇腹を突いた。
「ごぶ……ッ!」
 膝から崩れ落ち、悶絶する。だがしかし、顔を上げた彼女の目は、今なお闘気を失っていなかった。震える手で再び剣を握る。
(お父様、力を貸してください……!)
 いつか父に言われた言葉が頭を過った。
「願うことは人間にゆるされた特権だ。人の想いというのは、時として不可能を可能にする。イヴが苦しい時はだまされたと思ってやってみるといい、お父さんはウソなんか言わないよ。無理だと決めつけたら何も起きない。強く、鮮明に思い描くんだ」
 止まっている暇は無かった。組織に属さない彼女にとって、今や任務は存在しない。逆に、その身は常に任務中にあるようなものである。無謀な挑戦だとは理解っている。なれど、イヴはそれ程までにこの世界を、人々を……愛してしまった。
「罪なき人の家族を……」
 亡き父の笑顔が脳裏に浮かび、激情が肢体を駆動させる。
「奪わないで!」
 次から次へと障害物を斬り払い、遂に倒れている子供の父と思わしき人物の元へと達した。
(助け出さないと……わたしのせいでバラバラになった隊のみんなにも顔向けできない……!)
 だがしかし、火の手は強まる一方であった。
「せめて娘だけでも……」
 彼が絞り出すようにして懇願する。
「あきらめないでください!」
 懸命に瓦礫を持ち上げようと試みるイヴ。
「生きることをあきらめないで……!」
「ありがとうお姉さん、でももういいんだ……この子を連れて安全なとこへ。早くしないと火が……」
 巨大な残骸は依然として動く気配が無い。力を込める度、傷口に激痛が迸る。
「パパ死んじゃいやー!」
 泣き叫ぶ娘。
「お姉ちゃん騎士なの? ならパパをたすけて! 騎士は強いんだってパパいつも言ってるもん。パパたちがなにも心配しないでお仕事がんばれるの騎士の人たちがいるからなんでしょ……?」
 イヴが父を亡くした頃の半分にも満たないであろう少女の涙声が耳に刺さる。
「大丈夫。お姉ちゃんが騎士の力を見せてあげるよ。そんなよく分かってらっしゃるパパさんを死なせるわけにはいかないからね」
 微動だにしない巨塊。見知らぬ子供に何を出来ない約束をしているのだろう。頭では理解している……してはいるが、どこの誰とも知れない目の前の生命が尽きようとしている、その現実が受け入れ難かった。
「お姉ちゃん、なんでないてるの? パパたすからないの……?」
 悲痛な視線を背後より感じる。苦しい。体力的にも限界をとうに超えていたが、彼女にとって、今この場で起きている悲劇に成す術無いことが何よりも苦しかった。
(父に助けられてばかりだったわたしは父を守れるような一人前の騎士になりたいと願って鍛錬を重ねてきた。けれども父はわたしの知らないうちに命を落としてしまった。それでも一人前の騎士を目指し続けた。そして今日、目の前の命を見捨てきれずに騎士であることも捨てた。なのに……もう終わるの? 目の前の一人も救えずに、わたしはここで終わるの……?)
 不意に手応えに違和感を感じて我に返る。
「なーに泣いてんですか、ガラでもない」
「人を助けることに理由はいらないってイヴさんよく言ってただろ。ほら、いつもみたいにみんなで力を合わせて思いっきりやんぞ」
 聞き慣れた声に驚き、イヴは左右を見回して目を瞠った。見覚えのある人影が一つ、二つ、三つ、四つ――――
「……解散って言ったのに……あなたたちったら、どこまでもバカね…………」
 呆れたようなイヴの顔。
「そりゃそうですよ! 好きでおバカな隊長についてきてたバカですもの」
「今までなんて水くさいこと言わないでくださいよ。これからでしょう」
「野暮でいいじゃないですか! イヴさんが野暮じゃなかったことが今までありましたか!」
 禍々しい朱色の世界に不似合な、希望で満ち溢れた隊員たちの声が響き渡る。
「そんなイヴさんに着いてきたんです、ずっと。野暮だって分かった上で、そういうイヴさんが好きで着いてきてんですよ」
 鈍い音を伴い、隙間が出来た。イヴに集まる一同の目。
「さあ隊長、あなたの大義を全うしてください!」
 彼女は力強く首肯すると、横たわる男の脇に潜り込む。先程の出血が再開したが、気にも留めない。
「パパ……!」
 担ぎ出された父に、歓喜と安堵の表情で見入る娘。這い出た隊長へ、隊員たちが一斉に敬礼した。
「私たちは隊がなくなっても、隊長の部下です!」
 彼女は刹那の照れ笑いを見せると、直ぐに凛とした騎士たる面構えで声高らかに発する。
「隊長命令よ。これより本隊は、この親子を火災の範囲外へと全力で誘導する! 騎士よりも騎士らしく……全力でね」
 彼らは走る。燃え盛る街を、希望へ向かって――――


 無惨に穿たれた大地。大小の穿孔が激闘の壮絶さを物語る。泰然と佇立するルシファー。
 その目線の先に、かの者はいた。
「……フッ」
 岩に串刺しにされているソロモンが不敵に自嘲(わら)う。槍によってその身を貫かれようと、驚異的な自我の強さで理性を保っていた。左右共に瞳は金色に戻っている。権能を消失させられ、致命傷を受けてなお精神は喰らわれていない、ということか。最期まで恐ろしい男である。
「ソロモン、貴様は殺すに値せぬ外道」
 敗者へにじり寄る魔王。
「なれど悦べ。此の身が直々に闇を呉れてやろう。終わり無き刻の中で永久の苦しみを味あわせてやる」
 右腕をソロモンの胸に翳した。
「ぅうああああッ!」
 紫炎にその身が包まれる度、叫喚が天を衝く。
「熱いか? 苦しいか? 然りとて此の身が曾ての大戰で受けた苦痛に比べれば生温いものよ。さあソロモンよ、貴様に墓標は要らない……悪党らしく燃え散れ。其の薄汚い精神を、己が変えようとした世界を見届けることも敵わぬ時空の狭間に封じ込めてやろう。其の身、朽ち果てようと我が眷属を使役したる愚行と無礼、無限なる贖いの牢獄に於いて悔み続けるが良い……!」
 冷徹な目で見下ろすルシファー。
「……クッ、クハハハハハ! 余が死のうと覚醒した被験体は止まらん。そう、此の世を滅ぼし尽す迄な!」
 肉体が透け始めても、ソロモンの嘲笑は木霊し続ける。
「侮るな、我が身は他ならぬ魔王。目的の為に対価を払う人間とは違う。一切の犠牲等も良しとしない、俺自身も含め遍くすべてを、護りきる……!」
 そうルシファーが言い放つと、ソロモンの姿は溶けるようにして消え去った。もう“閉じられた”空間には、紫の焔が揺らいでいるとしか見えない。
「……ったく、いつ見てもえげつねえ能力だねえ。ま、あの気に食わない面を二度と見ないで済むのはありがたいけどさ。おい少年、いつまでもたまげてないでとっとと嬢ちゃん助けにいくよ」
 アモンがデアフリンガーの背中を押す。若き剣士は首を縦に振ると、颯爽と歩いてゆく魔王を追いかけた。
「分かってる! そのために来たんだからよ!」

 どれ程の時間が経過したのか。重圧に心身が苛まれ続けている。胸が張り裂けそうだ。捧げられた数々の霊魂が、自分と一体化することを拒んでいるのであろうか。悲鳴。怨嗟。慟哭。負の感情が己に向けられているのが痛いほどに実感できた。
(ちがう。そんなつもりじゃないんだ。やめてくれ……なんでぼくなんだ、憎しみを向ける相手はぼくじゃない)
 未知の波動が体内を駆け巡る。経験したことの無い衝動が込み上げる。
(ぼくをそんな目で見ないでくれ。ぼくじゃなくて、恨むべきはきみたちにこんな思いをさせるこの世界だ。そうだ……悪いのは世界の方なんだ。そんなにいやなら……こんな世界なんていっしょに壊してしまおう)
 こんなに辛いのなら壊してしまいたい。いっそ何もなくなればこの焦燥も消えるだろう。そうすれば彼らも、こうやって人を憎まないで済む。いや、人のせいでこんな目にあわされているのではないか。そうか、彼等も自分も人がいることで苦しむ。
 では滅ぼしてしまえば良い……取り込んだ思念がそう言っている。人間がつくるこの世界を無に還してしまえ。人が人であり続ける限り、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲……これらの七つの大罪が、今日もどこかで生まれている。人間が存在ことによって災厄が引き起こされるのだ。彼らと共に何もかも、すべて白紙に戻してやる。
 こんな世界なんて――なくしてしまえ……!

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