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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
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*26*

                    † 13の罪 “屠竜” (後)


「……憶えていたのか」
 眉を顰めるながらも、心底不快ではないようだ。
「まあ童の分際で背伸びも人間らしい、か」
 そう苦笑すると、彼女を抱き寄せた。
「やっぱりきみはひどいや。いつもそうだ。ぼくのものをなんでも奪う。きみの奪ったのは返せないものばかり。ぼくの運命も、呪いも。ぼくの……心までも奪った」
「いい女になれ。然すれば真に抱いて遣ろう」
 大きな両目をさらに瞠り、仰け反るアザミ。
「ふぇえええ!? なな、なにをいきなり……」
「……フン、戯れよ」
 取り乱す彼女に呆れながらも、その声色は優しかった。
「いい女?になれるかはわからないけど、ぼく精一杯生きてみるよ。せっかく助けてもらったこの命が終わる、そのときまで」
 あどけない笑顔で言う。
「あー、コイツぁ出る幕なしだね。ま、そんな顔すんなよ。初恋なんて実らんもんさ」
 立ち尽くす少年の肩に手を置き、慰めるアモン。
「よかった、ほんとうに……。きみが生きていてくれなかったら…人間に戻れても悲しかった……」
「――良かったですねー」
 軽やかな声と共に、拍手が降って来た。
「お見事でした、先代大天使長。いいところにお邪魔しちゃったかな」
 外はねの金髪に白い背広姿の美青年が舞い降りた。
「ミカエル……!」
 途端にルシファーの形相が一変する。
「怖い怖い、実の弟をそんな目で見ないでくださいよー」
 黒縁眼鏡の奥で嘲るような眼。
「おやおや、予想外の来客だねえ」
 物言いこそ飄々としているものの、アモンは臨戦態勢に入っている。
「さすがは武勇に名高い皆さん。ずいぶんと下界(こちら)でやりたい放題してくれたみたいですね」
 物腰は落ち着いているが、威圧感ではルシファーに優るとも劣らない目力。
「貴様の傀儡が過ぎた真似をした故討ち果たした迄のこと。して、何用で現れた?」
 ルシファーも敵意を露わにしている。
「あー、別に今すぐこの場で刃を交える気はありませんよー。いくら世の理が味方する僕とて、さすがに悪魔三柱を同時に相手するほど無茶はやらかしませんって。まずは昨今の活躍っぷりに天界の代表として称賛の言葉を、と。それと……」
 爽やかな面構えで兄を見遣るミカエル。
「警告に参りました」
 口調は相変わらずだが、目つきに嘘偽りは無い。
「目に余るようでしたら天使軍を総動員させていただきます」
「なんだと? まだ吾輩たちと戦い足りないと申すか」
 ベルゼブブが鼻息を荒くする。
「せっかく今まで放置してあげてたのに、全力で死に急ぐから笑っちゃいますよ。そちらがソロモンを殺めたおかげで均衡が崩れました。今やこちらは背後を憂うことなく動けます。かつて地獄の全軍をもってしても僕たちに敗れたあなた方がたった三人っきりで挑むなら、それは戦どころか乱ですらありませんよー」
 嗤う大天使長。ルシファーが消えたと思いきや、ミカエルの傍に現れ、魔力弾を至近距離で叩き込む。
「おっと、危ないなー。死んだらどうするんですか」
 かの者は微動だにしないが、紫の魔力光が吹き消されるように打ち破られ、魔王は軽々と弾き飛ばされた。
「――然れば此処で死ぬか……?」
 土煙の中より魔王剣カルタグラを構えて見定める。
「ざんねーん! 魔王剣の権能は通じませんでしたー。あなたの能力から癖に至るまで、天界(こちら)では研究され尽くしています。僕たちには勝てません」
 臆すどころか、指を左右に振ってお道化る弟。
「……フッ。戰とは己と相手を知り尽くすこと。漸く学んだ様であるな」
 ルシファーを中心に大地は脈動し、暴風が吹き荒れる。
「並大抵の攻撃では通用せぬ、か。然れば其れ以上の攻撃を以て――――」
 一閃。目も眩む程の紫光(ひかり)が迸る。堪らず顔を覆う一同。
「――潰す」
 数十の巨大魔力弾が一斉に放たれた。
「またまたご冗談を」
 金色の魔力弾を大量に生み出すと、たちどころに迎撃してゆく。
「ま、魔王と互角だと……!?」
 眼を凝らし、一驚を喫するツェーザル。
「……いや――――」
 アモンが言いかけた刹那、ルシファーは片膝を突いた。
「あれー、もう終わりですか?」
「……くっ、おのれ……!」
 息を切らして睨むも、血溜まりが広がってゆく。
「兄さんこんなに弱かったっけ……ああ、僕が強くなり過ぎちゃったかな」
 嘲嗤うミカエル。
「よくもぉおおおおッ!」
 鬼気迫る勢いでベルゼブブが迫る。
「あう……ッ!」
 突如として彼の前に生じた風の刃によって跳ね返され、倒れ伏す彼女。
「うーん、地獄最強の二人がこれでは手ごたえがないなあ……まあ帰って茶でも飲むとしますかー。ではでは、ごきげんよう」
 そう言い残すと、大天使長は忽然と姿を消した。

「なんということだ……この二人が歯も立たないなんて」
 愕然と立ち尽くしたまま、ツェーザルが独白する。
「たしか言い伝えによるとミカエルは大昔ルシファーを倒したっていうけど、あの魔力を見せられたら信じるしか……」
「いや、さっきの傷は剣だねぇ。あの間にミカエルはルシファーに何度も斬りつけた。二人の力量は互角のはず……ここまでの極地に達した者同士だと多少の消耗でも命取りになる」
 絶望するデアフリンガーに、ルシファーを支えながらアモンが説明した。
「……あの者は、確かに強くなっていた」
 徐に呟く魔王。一行は暗い空気に支配されている。
「……あれ、谷の方の空が赤い…………」
 ふと、零すアザミ。不吉な黒煙が深紅に染まった天を衝いていた。

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