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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*33*

                † 十六の罪 “死が二人を別つ刻” (中)


 崩落しながらも、再生活動を止めようとしない敵の司令塔。
「うぉおお、まだまだぁあああ……!」
 燃えた傍から修復させる隙も与えず、強引に押し切った。


 巨大な魔法陣の上に佇み、空中で相対する最強悪魔と四大天使の紅一点。
「曲がりなりにも熾天使の端くれの程はあるな。片時とは云え、此の身と渡り合い、斯様に魔力を費やせるとは」
 自身の発する風圧に外套を波打たせてルシファーが口にする。撃ち合いが一段落ついた模様だが、互いに目立った外傷は無い。
「せっかくその気になってくれたとこ悪いけど、守りに定評のあるあたしの防壁はそう易々とは破れないわよぉ。さっきのなんちゃらメテオだっけぇ? 残念ッ、あれもう対策されちゃってるのよねー。四大天使の権能“穢れ払い”であらかじめ身を清めておけば七つの大罪に反応することもない。さぁどうします魔王さま、こっちは切り札もまだ使ってないのに早くも手詰まりかしらぁ」
 黙したままルシファーが右腕を伸ばした。
「だからぁ……」
 紫の魔法陣が壁のように延々と連なってゆく様を目にして、ガブリエルが呆れてみせる。
「甘いって言ってるでしょ」
 だがしかし、魔力弾の斉射に続けて、ルシファーは無数の羽を射掛けた。
「え……ッ!?」
 矢の如く殺到する黒羽に悲鳴も掻き消される。乱気流に巻き込まれたかのようにして降下してゆくガブリエル。
「――甘いのは貴様であったな」
 地に伏した彼女の面前に、泰然と魔王は舞い降りた。
「……許さない。このあたしに傷をつけたなんて許さない……!」
 殺気に満ちた形相で傷だらけの身体を起こす。
「彼はあなたとの直接対決に水を差されないことをお望み。邪魔になりそうなあたしにあなたの愉快なお仲間たちと潰し合いをさせるつもりだったみたいね。でも残念だったわぁ。あたしが今ここであなたも含めて全員皆殺しにしちゃうんだもの。今頃あなたのお友達のとこにもあたしの兵隊さんたちが向かってるわ。皆殺しにするようにしてあるからその場の人間が死に耐えるまで暴れ続けるわよぉ」
 衣を切り刻まれ、白い肌が露わになった手には弓が握られていた。
「じゃああなたも死になさぁい。このあたしが奥義で殺してあげるんだからそんな怖い顔しないで喜びなさいよ」
 ガブリエルが弦を引き絞ると、稲妻が閃き、薄紅色の燐光に覆われた矢が姿を現す。
「くっ……!」
「躱そうたって無駄よぉ。この矢は必中必殺」
 射角より外れようとする標的を嘲嗤う女天使。
「運命が相手を押し潰す……いくらあなたが疾くても、この矢から逃れる術はないわ」
 弓が撓み、周囲に放射される魔力光が彼女の色白な顔を映射する。
「さあ。死にさらせ、悪魔ァアッ!」
 目も眩まんばかりの煌めきを伴って矢が解き放たれた。旋風が地面を薙ぎ払い、岩々を砕いてゆく。地響きと共に崩落する崖。遥か上空まで立ち昇った薔薇色の閃光が雲を四散させる。すべてを支配する轟音と眩耀。無数の矢に分裂すると、恰も意思を持っているかのように、横滑りして避けようとする獲物に四方八方より襲いかかった。


「効いたよ。完璧な一撃だった」
 かの者を灼き破った悪魔の後姿に称賛を贈り、ツェーザルは膝より崩れてゆく。
「馬鹿野郎が。勝手に先走りやがって……なんでアンタが死ぬ必要が…………」
 駆け寄って抱き止めると、変わり果てた彼を痛ましい面持ちで見つめるアモン。
「あの者と撃ち合っていずれは死ぬ身。最期に強者の奥義を味わって逝けるのなら武人の誇りと共に殉じたと言えよう」
 焦げついた顔で剣士は力無く笑った。
「戦ってみて分かった、お前は私より強い。お前の攻撃なら何とかなるかもしれない……そう考えただけのこと、そしてその推論は当たっていた。どうだ悪魔、騎士だって合理的に判断するのさ」
 自嘲するように苦笑いを浮かべるツェーザルを掴む手に力を込め、彼女は顔を顰める。
「――何してんだ兄上。何寝てんだ……そこで……何してんだよ!」
 険のある表情で立っているデアフリンガー。
「立てよ。兄上はどんな鍛錬からも脱落することを許してくれなかったよな……俺も認めないぞ、あなたが人生から脱落することを……!」
 言葉無しに弟を見上げ、兄は微笑んでいる。
「なあ早く立て、立ち上がってくれよ……僕より強い唯一の剣士なんだろ?」
「お前も十分もう強いさ。もはや俺が鍛錬する必要なんてない」
 両肩を震わせるデアフリンガーに、達観した笑顔を返した。
「おい、うぬぼれんなって言ってたのはてめぇだろうが。我ら兄弟は二で一人前……そうだろ!?」
「フフッ……お前はもう一人前だ、デアフリンガー。長老に伝えておくよ、弟が強くなったと――――」
 そう伝えると、ゆっくりと切れ長の両目を閉じるツェーザル。
「なんで立ち上がらないんだよ兄上……いつも口にしてたじゃんか、騎士たる者は自分にも他人にも嘘をついてはいけないと。なんで誰よりも騎士らしく生きた兄上が最後に背いた? なんで先に死にやがった! 死ぬ時は一緒と……一緒と約束しただろうが……!」
 如何に豪胆なアモンといえど、居た堪れずに目を背けてしまう。眠るかのように穏やかな兄の死に顔も、魂を絞り出さんばかりに慟哭する弟の泣き顔も直視することは出来なかった。

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