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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*34*

               † 十六の罪 “死が二人を別つ刻” (後)


「……おの……れ…………」
 片膝を突き、ガブリエルを睥睨する。
「ふふっ、苦しいかしら」
 肩を震わせて苦悶するルシファーを蹴り倒し、地を転げ回る様を恍惚と見下ろす彼女。
「悔しいでしょ、恨んでも恨みきれないあたしに倒されるなんてねぇ」
 天を仰いだ彼は、心身を蝕まれる苦痛に歯を食い縛る。
「あの時、あなたたち惜しいところまでいったのに、あたしが動かなかったから負けたようなものでしょう? 馬鹿ねぇ。みじめに没落してゆくあなたたちに付き合うわけないのに」
「――ずる賢さは昔からだったねえ。やっぱ美人は得なのかい?」
 その声に続いて閃耀が生じたと思いきや、数発の魔力弾が飛来した。
「……あら、お久しぶり。この正確な狙いだとまだボケてはないみたいねぇ。見た目の方は神に見放されてしまったみたいだけど」
 鮮やかな宙返りを見せると、新手の影に呼びかけるガブリエル。
「達人との果し合いは心躍るが、戦いしか出来ない腕にしてくれと願った憶えはないんだけどねえ。まったく……愛する者の手も握れなくなっちまったよ」
 雲の切れ間より月光が異形の姿を照らし出す。
「ま、この手もこれはこれで気に入ってんだけどさ……ッ!」
 満月を背に跳躍するアモン。
「……第二形態“liberatio(解放)”――弓(アルクス)!」
 弓状に変化させた左腕に右手を添えると、その先端より分裂してゆくように棘の如き突起が生成される。大量の針として射出されたそれらは、同じく宙に舞ったガブリエルを追尾するように全周より群がった。
「ざーんねんッ!」
 即座に結界を発動して受け止め、悉く灼き払う女天使。
「第三形態“liberatio(解放)”――鎌(ファルクス)!」
 今度は鎌と成した両腕を以て、アモンは斬りかかる。
「あいにくだけどあたしの守りは熾天使でも最高の堅さなのよねー」
 強固な魔法陣は破れる気配が無い。それでも彼女は、苦しそうに息を荒げて怒濤の連打を浴びせ続ける。
「あなたのその権能、発動すればするほどご老体に負担がかかるんですってねぇ。そんなに暴れていつまで理性を保ってられるかしら、おばあさんっ」
 攻撃の手が衰えた隙に距離を取ると、ガブリエルは再び弓矢を具現させた。
「させるかーッ!」
 双眸を血走らせ、肉体を脈動させる地獄侯爵。
「……最終形態“suscitatio(覚醒)”――放射(ラディウス)!」
 全身より伸び出でる棘状の突起物が鞭さながらに撓り、一斉にガブリエルへと迫った。

「――此処は……一体……?」
 気が付くと、ルシファーの前方には見覚えのある風景が広がっている。久しく目の当たりにしていなかったが、決して忘却ること無き場所。
「俺は何を…………」
 澄み渡った空気。眩い程に明るくありながらも、夜空に瞬く星々のように、あらゆる存在が美しく輝く。そして、彼方には二つの人影。
(ミカ……エル……?)
 遙か先といえど、神眼を有する彼が見紛うことは無い。何より、如何に遠く離れようとも、如何に永らく相見えずとも、かの者の姿は否が応でも視える。
その弟の傍らに佇む者は―――
(……大天使長時代の俺、か)
 まだ冥府へと堕とされるより前、あの頃はミカエルとよく眼下に広がる世界を眺めては語り合った。その遠き日の思い出が、自身の眼前にある。
「兄さん、将来の夢は何?」
 ミカエルが屈託無く笑って尋ねた。
「以前も明かしたであろう。愛すべき此の世界を、天使を、其れ等凡てを護ってゆくことに他ならない」
 呆れたようでいながらも、上機嫌に語る自分(ルシファー)。
「また聞きたくなったんですよ。兄さんが変わってしまっていないか心配しましたが、今の言葉を聞いて安心しました」
 弟も嬉しそうに戯けてみせた。
「戯言を……此の俺が変わると申すか。俺は変わらぬ、俺の視ている存在を護り続ける迄だ」
「できますよ。兄さんならきっとできる! だって兄さんは他者を誰よりも思いやれる方じゃないか、優しい兄さんのことだもの」
「他人事にするでない。お前と俺で共に成し遂げることよ」
「分かってますってー。ねえ兄さん、約束しましょ! その未来へ二人で手を取り合って協力してくって」
 ミカエルが目を輝かせる。
「良いだろう。仮に俺が変わり、此の身が誓いを違える行いに至った日にはミカエル、お前が止めよ。お前が宣言に反すれば、此の俺が手ずから制裁を加える」
「いやー、やっぱ天界最強と名高い神の右席だねー。でも決意を伝えてくれて嬉しかったですよ。このミカエル、心にとどめておきます! まあ僕も命が惜しいし、こんなおっかない相方を裏切るなんて愚かなことする気ありませんって」
 喜ぶ弟を、苦笑しながら見守る大天使長。
「――実に、此の上なく愚かしいな」
 二人の幻影は瞬く間に燃やし尽くされ、一面が火の海と化す。夥しい数の悪魔の軍勢が浮かび上がった。
「良き幻想(ゆめ)が視れたか、敗北者よ。斯様な夢物語の結末が世界を灼き滅ぼす業火であると云うのに」
 中央で憐みに満ちた嘲笑を浮かべる悪魔……この男も他ならぬルシファーである。だがしかし、先程の天使とは全く異なる闇の権化。
「……フッ、己自身にも会えるとは面白き日だ」
 自嘲(わら)って見遣る。
「理想を求め、渇望した哀れな貴様は漆黒へと染まった。あれ程までの罪と罰を受けて尚も力を望むと云うのか?」
「毒を喰らわば皿、皿を喰らわば毒を持った相手をも喰らい尽くす性質(たち)でな。斯様なものも含め、負のあらゆる事象を飲み干してこその魔王だ」
 自身を正視して答えた。
「……相も変わらず救えないな」
「云ったであろう、俺は変わらぬと」
 ルシファーが切れ長の眼を見開くと、その肢体が紫の魔力光に覆われ、足元より焔の波が迫り上がってゆく。
「如何にも。俺は――」
 火力は勢いを増し、正面の彼らに打ち寄せた。
「俺は……俺は、魔王ルシファー……!」
 灼熱に支配される世界。緋色に包まれた悪魔の群れがたちどころに無に帰す様を見届け、地獄の王者は毅然として宣言した。

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