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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*35*

              † 十七の罪 “剣戟の果てに” (前)


「魔王とその盟友がこうして地べたに這いつくばっているとは滑稽ねぇ」
 耳を撫で回すかの如き挑発的な声で勝ち誇る女天使。
「あなたたちは切り札も使ったのにあたし一人に多少の傷を負わせただけで無様にもがき苦しんでるんだから笑えるわぁ」
「――切り札……? 俺が何時使ったと?」
 彼女が吃驚して振り向くと、黒衣を纏った痩身が佇立していた。
「其れは俺自身だ」
 疾風のように虚空を駆け、ガブリエルを蹴り飛ばすルシファー。
「小細工を弄して慢心するとは愚かしい」
 大地に叩きつけられた彼女に言い放つ。
「うそ……でしょ……なんで最大出力の奥義を受けて立ち上がれるのよ!」
「此の身は傲慢(スペルビア)を象徴する存在ぞ。斯様な矢の一つや二つ如きで我が歩みを止められるとでも思ったか」
(……必中必殺の理を捻じ曲げた……? 信じられない! この男の底力がまさかこれほどだったなんて…………)
 愕然と立ち尽くすガブリエルに、にじり寄る魔王。
「や、来ないで!」
 身震いして彼女が矢継ぎ早に魔力弾を撃ちかけたが、防ごうともせずにルシファーは悠然と突き進んでゆく。数発が直撃するも、依然として動じない。
「肉弾戦に持ち込まれると脆いのは相も変わらずであるな」
 苦し紛れに短剣を抜いたガブリエルの頭を鷲掴みにして耳元で囁くと、岩壁に打ちつけた。
「あぐ……ッ!」
 引き摺り倒し、幾度と無く足蹴にする。
「あぁ! やめ……やめでぇッ! おねがッ、やめ……!」
 倒れたままの背をルシファーは片足で踏みつけた。
「……嫌だ、死にたくない…………」
「――貴様に墓標は要らない」
 純白の翼を掴んで告げる。
「ね、ねえ。昔言ったと思うんだけどあなたは冗談だと思ってたかもしれな……」
 上目遣いで震える声を絞り出すガブリエル。
「天使としての死を迎えるにも値しない……!」
 六枚の翼を次々と魔王は引き千切ってゆく。
「いぁあああああッ!」
 響き渡るガブリエルの断末魔。ルシファーは首を握って沈黙させると、谷底へと放り込んだ。


 都の郊外。女騎士……いや、騎士であった少女は走り続けていた。どこまで逃げようと火の手が回っている。
 ソロモンの叛乱が終息した後、天使方の行動は迅速かつ残忍であった。元々利害の一致から一時的に結託したに過ぎない関係。機が来れば野心家の王は裏切るだろうし、天使側も彼を切り捨てる予定ではあった。今回の一件でソロモンが対天使武装の数々を用意していたことが明るみとなり、一派が再起する前に粛清しようと彼らは思い至る。王城は陥落させられ、敗走した者たちも悉く討たれた。残党狩りは軍のみならず、王家と関係の深かった商人や研究者、騎士の端々も例外ではない。イヴの部隊も壊滅。ただ一人、生き残った彼女は貧しい人々に私財を譲り渡すと、最低限の荷と剣のみで住み慣れた街を後にした。

(こんな外れにまで火が……! 逃げると言ってもどこに……竜の棲む谷も滅ぼされたっていうし…………)
 減速もすること無く、強引に角を曲がった直後――――
「……ッ!?」
 思わず目を疑った。人気の無い街道に、見覚えのある人影が佇んでいる。
「団長…………」
 イヴをはじめ、各隊を束ねる初老の男。亡き父ローランの戦友にして好敵手、そして……彼亡き後に剣を自身に教え込んだ張本人。上司であり、師であるその後ろ姿を見紛う筈も無かった。
「イヴ、なぜお主がここにいる? 騎士は始末された筈だが」
 向き直った彼を目にするや否や、駆け寄ろうとしたイヴは足を止める。その人物は騎士団長サルワートルに相違無かったが、戦場で磨かれた彼女の直感がその敵意の含まれた視線と物言いから彼は団長であって団長ではない、と警鐘を鳴らした。
「団長、あなたは何を……?」
 燃え盛る炎にも負けず劣らずの形相で睨みつける彼女。
「消したんだよ。新しい時代の弊害になる存在をね」
 新時代への野望へ果てた主君に対する忠誠心が理性を狂わせたのか、天使方に何らかの術を施されたのか、彼の瞳は濁っている。
「部下を、粛清した……と? あれほど仲間想いだったあなたがなぜ……!」
「これからの世に不要だから排除した。それまでだ」
 平然と述べるサルワートル。
「どうして! わたしに騎士たる者のあり方を教えたあなたが、どうして……これまで守ってきた人々にこんなことを……」
「騎士だからだ。前時代の遺物を処理するという汚れ役が騎士としての最後の仕事と判断した、それだけのこと」
 怒りと悲しみが混じったイヴの嘆きを容赦無く彼は一蹴した。
「この世界を王は再生すると望まれ、世界は今こうして再生されることを望むに至った。そのためには犠牲が……」
「罪なき人を殺さなきゃ再生できない世界なんて腐ってしまえ……!」
 遮るようにして吐き捨てると、剣の柄に手を掛ける彼女。
「お主は腕こそ立つが問題児だったな。弟子を正すのが師の務め。手加減はせぬぞ」
 無表情のまま、サルワートルは抜刀した。
「もう騎士はやめました。だから……一人の人間として、あなたを止めます!」

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