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*36*
† 十七の罪 “剣戟の果てに” (中)
愛剣を振り翳し、突進する。
「甘いっ!」
見慣れた斬撃を受け止めると、押し返す団長。鍔ぜり合いからの抜き胴も危うげ無く防いでみせる。
「弟子の得意技ぐらい予想しておるわ!」
「……弟子弟子って、こんなむごいことをしといて師匠面するなぁああッ!」
嵐の如く撃ち込みを繰り出すイヴ。
(――これは……一撃一撃に一切の迷いが感じられない……こちらも出し惜しみはしてられんな)
連撃を返し、団長が優勢となる。後退する彼女を無慈悲な刺突が襲った。
「ッア……ッ! うぁああああ!」
脇腹を抉る白刃に悶絶する。
「勝負あったな。致命傷にはなり得ぬが、これだけ完封されれば分かっただろう」
だがしかし、顔を上げたイヴの目は闘気を失っていなかった。
(強い。これが団長の本気……でもわたしの剣も心もまだ折れてない。魂が折れない限りは、負けじゃない……!)
伝説の英雄であった父より継承せし剣を一目する。
「……まだよ。敵の息の根を止めるまでが戦いだ、そう教えたのは……団長、あなたでしょう」
血溜まりより立ち上がった弟子に目を丸くしたサルワートルであったが、眉間に皺を寄せると溜息を吐いた。
「お主じゃまだ儂には勝てん。大人になれ、イヴ」
それでも、彼女の真っ赤な手は再び剣を握る。
(お父様。力を貸してください……!)
ただでさえ少なくない実力差。手負いの身で戦闘が長引けば、勝算は絶望的だ。
「うおおおおおッ!」
――ゆえに初撃へすべてを乗せる。
「だから見えておるわ!」
団長の防御は完璧であった。だがしかし――――
「この一撃は……まさか……!?」
振り下ろされた刃は刀身を折り、得物ごと袈裟に斬り裂いた。
「……フッ」
彼の口元より、一筋の血潮が流れ往く。
「あいつと見紛うような強烈な撃ち込み……見事だ。ただ、惜しむらくは――」
背中合わせに立ち尽くしたまま、弟子の剣より自らの血が滴る様を眉尻を下げて眺めた。
「もうその技を見ることができないことか」
「団長…………」
イヴは剣先を振り抜いたまま俯いている。
「団長ぉおおおッ!」
深紅の世界に木霊する絶叫。
「まったく、いつまでたっても問題児だが……やはり腕は確かなようだな」
両断された剣が師の手を離れ、金属音を響かせた。
「……お主の勝ちだ。ゆけ」
死が師弟を永遠に別つ。彼女は震える拳を握り締めていたが、意を決したように駆け出した。
(ローラン。お主の娘は……あの剣にふさわしい騎士になったぞ…………)
遠ざかる弟子。終わりを迎えようとする肉体を横たえた団長は、その背を温かな眼差しで見送った。
燃えゆく街道。その真ん中に、白装束に眼鏡姿という出で立ちの美青年が立っている。
「――いいですねえ。大切な人を斬ったあなたに、もう恐いものはないでしょう」
走り来るイヴにそう呼びかけると、金髪を熱風に揺らして微笑した。
「ものすごい音と光がそっちの方角でしたけど、無事……ではないみたいだね」
ベルゼブブと共に姿を見せるアザミ。
「ガブリエルは始末した。無事ではないが、天使方(あちら)の思惑通りと云う訳でもなかろう。して、あの兄弟は如何した?」
予想していた質問ではあろうが、アモンは目を逸らして項垂れた。
「……ツェーザルは死んだよ……デアフリンガーが弔ってる」
「えっ、今なんて……!?」
大きな目をさらに瞠って少女が振り返る。
「……左様か」
「そんな……どうして…………」
「潔く息を引き取ったよ……勇敢で、男らしい最期だった。アイツがいなきゃ全員あそこで死んでたかもしれない」
さすがの地獄侯爵も痛ましい表情を隠せない。
「此れが戰だ。他の誰かが命を落としていたことも十分に有り得る。努々あの者の死を忘れるでない」
アザミは唇を噛み締め、小さく頷いた。
「現状を整理すっと、ガブリエル以下、敵の先遣隊は全滅。対してアタシらの方はツェーザルが戦死。次が最後の戦いになりそうだな」
腕を組んでアモンが唸る。
「決戰に備え、身体を休めておけ」
手短に伝えると、ルシファーは立ち去った。
「惜しい剣士をなくした。アタシがついていながら…………」
「アモンが落ち込んでも兄上は浮かばれないよ。僕は兄上の分も戦って戦って戦い抜いてやる……悲しむのは、それからでいい」
目を伏せる彼女とは対照的に、デアフリンガーの瞳は闘志に満ちている。
「若いのに強いねえ。さすがはあの達人の弟だけある」
「もっと僕は強くなる。あなたより強くなってやるよ……兄上が勝てなかったあなたを倒せるぐらい僕は強くなる!」
力強く首肯する少年。
「アモン。なんであなたは天使と戦うの?」
軽く吐息を吐くと、アモンは半笑いを浮かべた。
「アイツについてくって決めてんだよ。今までもそうしてきたし、ソイツぁこれからも変わらねえ。ながらくアイツとともにやってきて反省することはあっても、後悔なんて一度もしてないさ」