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*43*
† 十九の罪 “宿命の対決” (後)
「大事無いか?」
イヴを解放してルシファーが問う。
「来てくれると思ったわ。あなたはわたしに光をもたらしてくれる」
安堵と歓喜の混じった彼女の顔。
「光を齎す者と云われたのは今や昔――俺は暗黒に生きる身」
「でも……わたしにとっては、あなたが太陽。この世が闇に包まれるというのなら、あなたが月。わたしが迷わないように照らしてくれる月光」
「――“Vitiis nemo sine nascitur(誰も欠点無しには生まれない)” 故に人間とは誰もが違って誰もが不完全。迷えば良い、其れが人間の特権だ」
伝え終わると、彼は身を翻す。
「先に退避しておれ。此れより起こる戰闘は館ごと吹き飛ばし兼ねぬ。ベルゼブブ、悪いが三人を任せる」
肩越しに促し、歩き出した。
「もうイヴさんを助け出したんだし一緒に脱出すればいいじゃん」
困り顔で呼び止めるデアフリンガー。
「此処で逃げるは死ぬに等しい。案ずるには及ばぬ。然れば、後程――――」
足を止め、簡潔に述べると、魔王は再び背を向ける。
「待って」
黙していたアザミが咄嗟に発した。
「……えっと、その……お気をつけて」
ルシファーは僅かに目尻を緩ませ、徐に双唇を開く。
「其の言葉、其の儘返そう」
颯爽と去って往く後ろ姿を、茫然と見送る一同。
「……馬鹿ね、本当に馬鹿……不完全な人間よりよっぽど馬鹿じゃない…………」
溜息を吐きながらも、イヴは彼の痩身が見えなくなるまで、温かい眼差しで見つめていた。
外は静寂を取り戻している。敵影は見当たらない。撃墜され尽くしたのであろう。
そして、アモンの姿もどこにも無かった。
「嘘つき悪魔め。僕だって聞いたことないよ……頼まれてもいないのに人のために命を使いやがる変な悪魔なんて…………」
奥歯を噛み締め、握り拳を震わせて呻く少年。ちっぽけな三人の前に開けた空は、どこまでも蒼く果てしなかった。
「――やっと、二人きりで戦えますね」
正対する、天使と悪魔の長。
「世界に見捨てられたあなたは今日、再び裁かれる」
にこやかさの消えたミカエルが言い放つ。
「世界が俺を捨てた……? 此の身が貴様らを見限った迄のこと。道を捻じ曲げて敷き詰め続けてきたのが貴様らの造り上げた虚構と偽善に塗れた歴史とやらであろう。何が裁きか、笑わせる」
ルシファーの眼光は鋭く、強い。
「僕たち神の代行者はあなたのような世界を乱す方を成敗するのみ。神によってつくられた僕たちが、神を神たらしめる世界を守ることに理由がいりますか」
「相も変わらず己を正当化することに関しては一人前であるな。神等と云う空想の産物で人心を束ねようと云う薄汚く浅はかな魂胆が、醜くて――反吐が出そうだ」
ミカエルの形相が一変する。
「……反吐なら出させてあげますよ。嫌というほどにね」
そう言うと彼は、眼鏡を外した。
「貴様が此の身を退けて手にした凡てを見せてみよ。俺が手ずから潰して遣る」
睨み合う両雄。並の天使や悪魔であれば、その威圧感のみで尻込みしてしまう程だ。
「よろしいでしょう。今の僕に恐いものはない!」
ミカエルの覇気が急増する。黄金の後光が室内を照らした。
「あの日、世界が選んだのは貴様であったな」
静かに語りかけるルシファーであったが、その双眸は尋常ならざる殺気を含んでいる。
「其れ以来、俺は此の刻を待ち続けた。灼熱の煉獄で。冷たく暗い闇の中で。貴様に勝って汚名を晴らす瞬間を待ち続けた……!」
部屋を軋ませ、両者は波動を放ち始めた。
「……鞘より出でし剣。かの大戦であなたを仕留めたこの刃で、その命と引き換えに神の力を思い知らせてあげましょう」
虹の如く輝く彼の得物。
「さあ、此度は何れが選ばれるのか――――」
魔王もカルタグラを手にする。
「否、俺が世界の方を変えて遣る……!」
そう宣言した直後、時を同じくして双方共に夥しい魔力を放出させ、瞬く間に屋根が四散した。
「……ッ!」
それを合図に、新旧の大天使長は激突する。一合目の衝撃波で瞳に映るものすべてが白光に包まれた。目も眩むばかりの輝きが遮蔽物の無い天空をどこまでも照らし出してゆく。堅牢な要塞が易々と縦に裂け、最強の天使と最強の悪魔は宙へと浮上した。
ルシファーは開いた間合いを一息で詰め、魔王剣でミカエルに斬りつける。だがしかし――――
「甘いなあ」
魔王渾身の一撃は、現大天使長に軽々と防がれた。