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作者: aya ◆jn0pAfc8mM (総ページ数: 23ページ)
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「媒体って、何なんだろうね」
僕はその道中、ふと言う。
「何だ、いきなり」
「いや、ちょっと気になって」
「まあ、気持ちは分からんでもないな」
凛はそう言い、少し微笑む。
あまり笑うところを見る事がないので、結構レアな微笑みだった。
「凛はどう思う?」
「そんな話をしていたら、きっと日が暮れると思うぞ。
色々な自然現象で力が生まれたりして、
それを集める機械がたまたま開発出来たって言う話で十分だろう?」
「十分じゃないよ。あの『7年前の奇跡』が関連ない訳ないじゃないか」
『7年前の奇跡』と呼ばれる謎の現象。
それは眩い光とともに、数々の有名な科学者を『消した』。
僕の両親も、それによって消えたのだ。
あの時を見て、唯一生き残った人間と言われる僕は、
その中の事を大人達に一生懸命になって説明した。
しかし、たった5歳の言葉は、あまりにも非現実じみて、誰も信じてくれなくて。
僕がそれを見た事実は、いつの間にか消えていた。
その生き残りが僕だなんて、誰も覚えていないのだ。
「……ああ、そう言えば、亮二は生き残りだったか」
と思っていたけれど、凛は事も無げにそう言った。
「知ってる人がいるなんて、驚きだよ」
「ん、言ってなかったか。私はアメリカで、あの奇跡について調べていたのだ。
それくらい常識で、知ってて当然だ」
「そっかあ」
僕もずっと、7年前の奇跡について調べていた。
他にもあれについて調べてくれる人がいたなんて、始めて知った。
僕の調べた結果をまとめていたら、一瞬真実を見たような気がしたが、
それは僕の見たものよりずっと現実感がなかったので、信じていない。
「で、その結果は何なのさ? 何か分かった事はあった?」
「どうだろうな。その辺は秘密だ」
くすり、と凛は笑う。
どのような声にしろ、凛が声を出して笑うのを見たのは始めてだった。
「っと、ここ曲がって……ああ、ここだ」
「……こんなところ?」
僕は顔だけ、少し平然を装ってみる。
細い道の、小さな店。
入り辛いが、凛がさっさと入ってしまうのでついて行く。
「あらあら、凛ちゃんじゃないの!」
店の中には、椅子が3脚、カウンター、その奥に無数の段ボール箱。
そこから、おばさんが出て来た。
「お久しぶりです、佐和子さん」
何度聞いても凛の敬語に違和感がある。
「久しぶりねえ。日本でも使ってくれるなんて、嬉しいわあ。
あら? そこの子って……正治くん? 大きくなったわねえ」
正治は、僕の兄だ。
よく顔が似ていて、勘違いされる事がある。
「初めまして、僕は正治の弟で、須田亮二です」
勘違いされたままは嫌なので、一応挨拶する。
「ああ、弟さん! 話は聞いてるわあ。
正治くんたまに来た時、凛ちゃんか亮二くんの話ばっかりだったし」
「そうなんですか」
恥ずかしい話とか聞いてたりするのだろうか。
「佐和子さん、媒体ください」
「そうね、買いに来たのよねえ」
と言って、その佐和子さんと言うおばさんは僕の方を向いた。
「何か希望はある?」
希望? 機種名とか知らないけど。
「今使ってるのとか、好きなメーカーとかあるか?」
あ、やっぱりそう言う意味か。
「いや、特に。おすすめ的なものでいいです」
「そうねえ。あれ、亮二くんは回復が得意なのよね?」
「あ、はい」
「もう試験だから、試験用も欲しいわね」
「試験用なんてあるんですか?」
「あるわよお。ランクはいくつ?」
「Bです。あ、回復はSの魔術も使えますけど」
「そうねえ……」
と首を傾げ、佐和子さんは奥から箱を1つ持って来る。
「ならこれとこれかしら」
「えっと、使ってみてもいいですか?」
「いいわよ」
中学卒業前の魔術師は、授業を除きD級以上の魔術を使ってはいけない。
僕はどこかの授業で聞いた話を思い出し、媒体を持って小さな炎を作った。
……おー、凄い。
使い心地よすぎる。
「えっと、値段は」
「1万! なんだけど正治くんの弟なら半額で5000円で」
媒体の通常価格は、大体3000円ほど。普通のもので最高金額は、6000円もないだろう。
1万とは少し高いが、5000円ならまあ高い程度。
結構使っちゃったなと頭をかきながら、僕は財布から五千円札を出す。
凛も隣で、6000円を出していた。
「ありがとうねえ」
帰ろうとする僕たちを、ほくほく顔で見送る佐和子さんだった。
「そう言えば、礼を言っていなかったな」
「何の礼?」
「龍に襲われたときの礼だ。欲しいものはあるか」
「別にいいよ」
と断る僕だが、凛は、
「1万円あればいいか?」
と言って財布を取り出している。
僕はふと思い出して、その1万円をもらうと、
自分の財布から5000円を出した。
「媒体を買ってもらった、でいいかい?」
「ふむ……それで満足だと言うなら、仕方ないな」
凛は僕の持っている五千円札を手に取った。
「あ、そうだ、食事でもおごるか?」
「いや、もう作ってあるから大丈夫だけど……」