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*27*
〈コマリside〉
五月八日、土曜日。朝の十一時過ぎ。
私は杏里と大福に誘われて、隣の市にある映画館に来ていた。私の誕生日を記念して、大福が見たい映画のチケットを取っていてくれたんだ。
作品タイトルは〈怪異探偵Z ―劇場版―〉。
数年前から追っている大人気のバトルファンタジー。週刊少年誌で連載されている漫画で、アニメ化もされている。そのアニメの続きがなんとこの度、大きなスクリーンで放送されることになったのだ。
(わあ、チケット買ってくれるなんて! ありがとう大福大好き!)
私は高鳴る期待に胸を躍らせながら、二人と映画館の中に入った。座席を確認して、ポップコーンとチュロスを買って、あとはシアターに向かうだけ。
しかしここでも逆憑きの効果が発動。
なんと大福が、肝心のそのチケットを家に忘れてきてしまったのだ。
「だ、大福~!!」「大吉!」
「ごめん。マジでごめん。お、終わった。詰んだ……。俺もう友達やめる……」
ああ、そうと分かればこんな服も来て来なかったのに。
私はアニメの物販で販売された、原作イラストがプリントされた〈特製★探偵シャツ〉の裾を軽く引っ張る。
痛い。凄く痛い。色んな所が痛い……。
これがあれか。満身創痍ってやつなんだね。
私と杏里からの非難の視線を受けて、大福は気まずそうに目を伏せた。
彼は十回ほど鞄を漁っていたけど、「あれ、鞄の中にこれが」なんて奇跡は起きず。
スタッフさんの案内に続く観客たち。
「楽しみだね」「ねーっ」とキャイキャイする彼らの後姿を、苦虫を噛み潰したような表情のまま眺める私たち。
大福に至っては、無言でチュロスの棒を食べ進めている。
「あ、あの、ねえコマちゃん、大吉。向こうにおいしい喫茶店があったよ。た、食べに行かない?」
場の空気がよどみ始めたのを察知した杏里が、話題を振ってくれた。
「飲食物持ち込みオッケーだって! ゴミはそこのお店で捨てればいいよ。ねっ、行こう? せっかくの誕生日なんだし」
あ、杏里ぃぃぃぃぃ。
幸先の悪い展開が不安で涙目になっていた私は、彼女の言葉に顔を上げる。
オーマイゴッド! 親友が神様に見える……!
「ほら見てコマちゃん。喫茶店のインスタ。凄く可愛いよ! ほら大吉も見て!」
「あっ、ホントだ。かわいい!」「おぉ。すっげぇ」
喫茶店のインスタでは、華やかなスイーツがお洒落な文章と共に掲載されていた。
生クリームたっぷり、苺の赤とのコントラストが美しい〈春苺パフェ〉。
とろとろぷるぷるの半熟卵が丁寧にチキンライスに重ねられた、〈ゴロゴロ野菜オムライス〉。
何より私の目を引いたのは、白い泡でラテに絵を描く〈ラテアート〉と呼ばれるアートの写真だ。
うさぎ、クマ、猫のシルエットを生クリームだけで再現する。実際にラテアートを作っている動画も、リール動画として何本か投稿されてある。
「なんと文字も描いてくれるんだっ? 誕生日限定★イニシャルお書きします、だってさ。めっちゃいいじゃん。書いてもらおうぜ」
「う、うん!」
月森コマリだから、イニシャルはT.Kかな? 楽しみだなあ。
トラブルは発生したけれど、多分この後は順調に物事が進むはずだよね。
私は機転を利かせてくれた杏里に感謝しながら、大福の腕を引っ張って映画館をあとにしたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんでこうなるのぉぉおお」
こんにちは。
喫茶店・〈キャラメルガレッジ〉に到着したはいいものの、またもやトラブルに見舞われてしまったコマリ一行です。
まず一つ目。店の外に出来た行列に三十分並びました。
どうやら小中高生やカップルに人気の場所らしく、噂を聞きつけた学生さんが頻繁に来客するとのこと。
休日はもちろん平日もその客足は途絶えず、『行列のできる喫茶店』としてさらに世に名を広め、新たな客を呼ぶ。幸せの無限ループだ。
おかげでこっちは負の無限ループですけども。
二つ目。これは現在進行形。
頼んだラテアートのイニシャルが間違っていたんだ。
私の滑舌が悪かったのかもしれない。
しかし、「T・K」を「J・K」と間違える店員さんも店員さんだ。
せめて「M.K」にしてくれれば写真を撮ってこいとちゃんに送れたのに。
真顔で目の前に置かれたラテアートを凝視する私に、対面の大福がついに吹き出した。
お腹を抱えて、ドンドンとテーブルを手で叩きながら。
「じぇw ジェーケーww 月森コマリで、ジェーw ジェーケーwww ふっw」
「もう大吉、笑いすぎ。コマちゃん般若みたいな顔になってるじゃん」
「だって杏里、考えてみろよ! コイツの本名、ジュキモリ・コマリになってるんだぞ!?」
「……………。……っ」
数秒間沈黙していた杏里だったが、一分後、「ご、ごめんもう無理」と口元を震わす。
両手できちんと隠してるつもりだろうけど、私にはバレバレだよ杏里。
それにもういいんだ……。ポルターガイストや心霊写真に比べれば、イニシャルの間違いなんて些細なことだよ……(白い眼)。
「そうだよ。ジュキモリですよ私は。もういいよ、飲めば済む話だよ」
なんだろう。私が間違えたわけじゃないのに、私が悪いみたいになってて嫌だ。
口を尖らした私に、流石に言いすぎたのと感じたのか二人があわあわと両手を動かす。
「ちょ、ちょっとからかっただけだってば。そんな顔すんなよ!」
「ご、ごめんねコマちゃん。私、コマちゃんの気も知らずに。迷惑だったね。食べよっか」
「あはは、私もムキになっちゃったかも。ごめん。二人ともありがと」
真の友達とは、悩み事や不安をしっかり言い合える相手である。
小学生の時、好きだった国語の先生から教わったセリフだ。
こうやって怒りあい、時に励まし、時にからかう。そんな関係になれて良かったと心から思うよ。
いつか、逆憑きのことも杏里たちに話せたらいいなぁ。
ラテの入ったグラスに手を伸ばす。杏里と大福も、それぞれ選んだパフェやパンケーキを食べる為にスプーンを握った。
「「「いっただっきま—————………」」」
プルルルル プルルルル
と、不意にイスの背にかけていた私の小型リュックが震動した。
中にしまっていた携帯が鳴っているのだ。
「だ、誰だろう」
急いで鞄の中からスマホを取り出し、電源をつける。
通話画面に表示されたアイコン。相手は、もうすっかり聞きなれてしまった同居者の男の子だった。
「と、トキ兄!? もしもし、どうしたの?」
『――――え、っと。――に、――て』
「? 声が小っちゃくて聞こえないよ! も、もう一回。ワンモア!」
『――しちじに』
『夜の七時に、白雲公園前に来てほしい。大事な話がある』
「―――――――――――――――――え?」