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be there *完結*
作者: 花音  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*16*

 残り授業をあと僅か残して僕はみんなより先に夏休みに突入した。成績表や私物の一切は橋場さんに頼んである。残念ながら僕の部屋は見るも無残な結果になってしまっているので隣人に預かってもらうことになってしまったけど……。



 台所の上の棚の、使わない食器や一応の隠し場所にしている預金通帳の更に奥底へ隠していたモノを取り出して小さく溜息を吐いた。
「――裏切らないよ。絶対」
 タイトルも文章もない、今でさえ何が書かれているのか判らないでこぼこの点字ばかりが並ぶ白い本を撫でる。もう人は殺さない。ベビーフェイスはいない。これは西島千尋として、困っている友人を助けるに過ぎない。
 本と彼女と僕自身にそう言い聞かせてみたところで気配もなくドアがノックされた。
「西島さん?いらっしゃいますか?」
 平凡な男子高校生相手に敬語を使う人間は一人しか知らない。開いてますよ、と言うと彼は荒れた室内に眉をしかめながら入ってきた。
 勿論、土足で。
「報告書です」いきなり書類を取り出し「他に5人ほど名前が挙がりました」
「オーケイ。潰せない人数じゃないですね」
「それからこちらが依頼されたホテルの住所です。1ヶ月で宜しいんですか?」
 男――的場が想像しているのはどうしようもなくなった部屋の仮の住処といったところか。残念ながら頼んだ部屋は夏休みを有意義に過ごす為のモノじゃない。
「学校が始まるまでには何とかしないといけませんから」
「条件は全てクリアしています。ハウスメイドもご用意させました」
「ありがとうございます」
「――西島さん。何度も苦言を申すようですが、貴方は今は普通の高校生なんですよ?いい加減余計なことに奔走されるのは」
「人助けですよ。大切な友人の、ね」
 バスタブに眠る彼女を思い出した。
「あっちに」指で風呂場を示して「女のコが一人、倒れてます。怪我をしているんで手当てをしてもらえますか?」
「西島さん……」
「お説教は後でちゃんと聞きますよ。僕はそろそろ行かなくちゃいけませんので。僕がホテルに着くまでに彼女に手当てをして、ホテルへ送ってあげて下さい。くれぐれも途中で起きたりさせないように」
「――畏まりました」
 普通の高校生などに直角に一礼して電話をかけ始めた。医者かお抱えの運転手か何かを呼ぶつもりなのだろう。
 荒らされた室内には着替えなど全く残っていない。着ているのは制服なんだけどまあいいだろう。汚すつもりはないし。
 お願いします、ともう一度、電話をしている的場の背中に言って部屋を出た。こちらの状況は彼に全て任せておこう。その方が安心だ。
 踏み潰したもので廊下に靴跡をつけながらアパートを出る。部屋から持ってきたカナの携帯を取り出した。リダイヤルと報告書の名前を確認して発信ボタンを押す。
 長い、長いコール音だった。『仕事』前に身支度でもしているのか、と思っていたら、相手は見事な寝惚け声で電話に出た。
 ――どうしたぁ?
「もしもし」
 カナの番号が相手の携帯に出ているはず。電話の相手は「誰だテメェ?」と緊張感のあまり感じられない声で聞き返した。
「カナの友達だよ。初めまして」
 ――何だよ、あいつどうかしたのか?
「カナは関係ないんだ。僕が君に用がある」
 ――どういう意味だ?
「僕にもくれないかな?ドラッグ」
 空気が張り詰めた。何のことだ?と男が白を切る。
「無駄話はやめとこうよ。そろそろシノギの時間でしょう?」
 ――お仲間ってコトか。
「売ってくれる?」
 ――金、持ってんのか?
「『キング』でどう?」
 ヒュウ、と男が口笛を吹いた。
 ドラッグは大抵グラム数で値段で決まる。キングってのは隠語で、『13』――つまり1グラム3万円の破格な売買だ。聞いたこともない弱小暴力団の下の下がさばくモノなんて純度も低いし何が混ざってるか判ったもんじゃない。高校生でも買えるような代物は大体『ジャック』――1グラム1万円程度だろう。
 ――あんたそうとうヤッてんな。切羽詰ってる訳か。
「そう。もうどうしようもないんだよ。イライラして何も手につかない」
 ――カナの携帯に時間と場所をメールしとく。ちゃんと来いよ。
「勿論。君も必ず来てね」
 それだけ伝えて電話を切った。
 そういえば電話は受けた方が切るのがマナーだったっけ。
 そんな下らないことを考えながら男からの連絡を待っていた。

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