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作者: 花音 (総ページ数: 23ページ)
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*17*
指定された時間の10分前に小さな公園のトイレの壁に寄りかかる。
この後の『仕事』もあるだろうし、初対面の人間相手に一人で来るということはまずないだろう。僕としてもその方が都合がいいし。相手が僕だと判断する為に、と指定されたのは週刊誌一冊を持っていること。ガキの考えそうな目印だね。
かちり、と音がした。
かちかち、かちかち、公園へ入ってくる男の手にはライター。相手側の目印だった。
「……高校生かよ」
男――正確には後ろに控えている連中も含めて6人。報告書通りの人数だ。男は制服を一瞥してそう呟く。
「……持ってきてくれた?」
「金が先だ」
ズボンのポケットから1万円札の束を見せる。生活費として貰っている分だが分不相応なので軽く10万は越えているだろう。
「ママの財布からくすねてきたのか?」
後ろにいた男たちが笑う。僕は笑えない。
「最近のジャリは羽振りがいいよなぁ。おこずかいもたっぷり貰えんだ?俺ら高校生の頃なんてシケたものだったぜ」
1週間位しか行ってないけどな、と付け加えてまた笑う。手にしていたライターをカチリと点けてお金と目印の雑誌を確認し、それから僕の顔を灯した。
「それとも、オヤジにケツでも売ってきたか?」
「……笑えないね。反吐が出そうだ」
「奥の方行けばそれなりに稼げそうなツラしてんじゃねえ?――オンナはいいよなぁ。ちょっとオヤジに股開きゃ、何万も稼げんだから」
「カナにもやらせたの?」
「ああ?」男の口が歪む。「ありゃダメだな。ビビッちまって。犬に噛まれたとでも思えばいいのにさ」
早く寄越せよ、と男が空いた手を差し出してきた。
僕は笑って――男を嘲笑って、見せつけていた札束をポケットへしまう。
「……おい?」
「生憎とこのお金は僕の大事な人から貰ってる大切なものなんだ。お前らみたいな連中に渡せるものじゃない」
「ふざけてんのか?そっちだってキレてんだろ?」
「……そうだね。苛々するよ。お前らみたいなのが僕の『友人』の人生を壊そうとしてるなんて、考えてると何も手につかない」
僕は電話でそう言ったつもりだけど?苛々する、と。何も手につかない、と。
「ふ…ざけんなよ!」
ライターを握り締めたまま男の拳が飛んでくる。蝿が止まりそうなスピードに思えるそれをヒラリとかわして背中に肘打ちを一つ。男は無様に地面へ転がった。
「マサト!」連中が叫ぶ。「やりやがったな!」
1対6なんて勝ち目のないゲームか?――僕は全く余裕だった。ヤクザ相手に修羅場を潜り抜けてきたのは伊達じゃない。それに僕は戦う為の人間だったのだから。
殴りかかってくる男たちの首や脇腹に次々と肘を繰り出していく。後のことを考えて拳が汚れるのは嫌だし、靴跡なんてつけてしまうのも困る。相手の顔を狙わないのは制服に血をつけられるのを避ける為。血液って臭いも染みも落ちにくいんだよね。
――と、まあ僕は非常に簡単に余裕綽々で6人を地面に静めてしまった。
「もう終わり?久しぶりにいい運動が出来ると思ったんだけどな」
「テ…メェ……」
「そんな地面の上から言われても迫力も何もないんだけど?」
くすくす笑ってハンカチを被せた手で男の尻をまさぐる。……あんまり気持ちのいい状態ではなかった。
「へえ?ちゃんと持ってきてたんだ。結構エライじゃん」
透明なビニル袋を取り出して男――マサト、と言ったか――の目の前にちらつかせる。
「僕はね昔の僕と同じ位ドラッグが大嫌いなんだよ」
ベビーフェイスは彼女が連れて逝ってくれた。だからドラッグも連れて行ってもらうことにしよう。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。公衆電話から110番して約30分。ちょっと職務怠慢な気もするけど上出来な方か。
袋を破って地面にぶちまける。魔物はさらさらと早すぎる雪のように散った。
「ココから先は僕の仕事じゃない。――警察にお願いしたからね」
踵を返して公園を出て行こうとしたら、がつっと足首を掴まれた。
「逃がすかよ……!」
「指紋とかつけないでくれる?後々メンドーだから」
容赦なく反対側の足を手首へと振り下ろす。踵に鈍い衝撃がはしった。この世のものとは思えない悲鳴を上げた男は安っぽい和柄のTシャツなどお構いなしに地面を転がる。
……折れたね、今の。手首。完全に。
「じゃ、そういうことで。……二度と僕とカナの前に現れるな」
サイレンの音と逆方向に退散することにした。
急所を突かれた男たちはまだ起き上がることができず、芋虫のように地面を這いつくばっていた。
通報を受けたパトカーが公園の入り口へ横付けされる。現れたのは交番勤務と思われる制服の警官が2名。警官たちは地面にうずくまる男達を抱き上たが、足元に散らばる白い粉を見つけるとすぐさまパトカーへ引き返して無線で応援を要請する。
通報の内容は『20代前後と思われる集団が公園で暴れている。どうやら覚醒剤らしきものをやっているみたいだ』というものだった。少年同士の喧嘩か、と警官たちは所轄に連絡をしなかったのだがどうやら内容は間違っていなかったらしい。
警官の一人が悲鳴を上げる少年に気づいて救急車の応援も頼んだ。
再び遠くからパトカーと救急車のサイレンが聞こえてくる。――しかしそれより早く現場に乗り込んできた車があった。
漆黒の闇を切り裂くようなブレーキ音と赤い外車。
車から降りてきたのはまだ若い女性だった。
「公園内は立ち入り禁止です」警官が阻む。「傷害事件が発生しました」
女は黙ってパーカーのポケットから何かを取り出す。それを開いて目の前の警官に見せると警官は慌てて敬礼をした。
「……警部でしたか!失礼致しました」
「こんな格好だからな」
警部と呼ばれた女はTシャツの上にジップアップのパーカーを羽織っていた。下はスリットの入ったミニスカート、靴ではなくサンダルを履いている。全てのバランスがどうしようもないほど崩れているのに何故か様になっていた。
「本部から緊急連絡が入った。ちょうど近くにいたんでな。人手不足なんだと」
面倒臭そうに髪を掻き上げて足元にうずくまる。乾いた土に混ざる白い粉。
「……とりあえず現行犯でしょっぴいてしまえ。野次馬が相当集ってるぞ」
何事かと騒ぎ始めている群集の中には物珍しそうに携帯のカメラに現場を収めている者もいた。緊張感というものがまるで感じられない。
「……ネズミだな」男の胸倉を掴んで「おい、誰にやられた?」
「知…らねぇ……」
「この期に及んで隠し立てか?」
「本当に知らねぇんだよ!見たこともないジャリだ!」
「そうか」
男の答えに期待はしていなかったらしい。女はそのまま相手を警官へ放り投げる。
「動ける者をまとめて連行しろ。あっちの男は救急車だ」
ヒィヒィとこの世のものとは思えない悲鳴を上げる男の手首はだらりと垂れ下がったままだ。どうやら骨が粉砕されているらしい。
「――おい」
「何でしょうか?」
「お前、何の躊躇いもなく人間の手首を粉砕できるか?」
「……出来ません」
警官はぶるりと身震いをして答えた。
「そうだろうな。普通なら出来ないさ」
「通報では少年同士の喧嘩ということでしたが……」
「あんなことが出来るのは痛みを知らないガキか」
痛みを知り尽くしてる人間か。
女の呟きは周囲の音たちに掻き消された。