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吸血鬼だって恋に落ちるらしい【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 119ページ)
関連タグ: ファンタジー 吸血鬼 オリジナル 恋愛 
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*101*

 大きいがしなやかな肉体が偉大さを発する。真っ黒な狼はルリィを守るように混乱して獰猛と化した狼の前に立った。落ち着いた黒い瞳で真っ黒な狼は静かに見つめる。それにびくりと銀褐色の狼が体を揺らした。
「なに、これ……動かない……」
 小さくかすれかけた声でルリィは呟いた。なにかに威圧されたように体が動かないのだ。唯一動かせるのは口と瞳だけ、あとは指一本動かない。まるで蛇に睨まれたカエルのような気分だった。
 必死に動けと脳で命じても本能は無視をする。それは銀褐色の狼も同じようで唸りながらもその場から足を浮かせることはない。
「グルルルルルッ!」
 銀褐色の狼がうなり声をあげて、何かを引きちぎるように危うい動きで駆けてきた。無理やり自分の体を動かしているようでバランスがなってなが銀褐色の狼はそれをものともせず突っ込んでくる。
「逃げて! だめ、だめよっ!」
 なぜか銀褐色の狼が猛スピードでかけてくるのに真っ黒な狼は動かない。ルリィはなぜかそれに危機感を覚え心から叫んだ。しかしいくら叫んでも真っ黒な真っ直ぐ前を見据えるだけで動こうとはせず、それどころか毛並みを整えている。
「お願い、逃げて……でなければ衝突して死んでしまうわ……! お願いっ」
 自分に銀褐色の狼が駆けてくるわけではないのに、ルリィはとてつもない恐怖を感じた。震えそうになる声で叫んだ時、初めて真っ黒な狼が驚いたようにこちらを見た。そして動けず座ったままのルリィを落ち着けるように真っ黒な狼もぺたんと座って見つめ返した。
『大丈夫』
 なぜかそういわれているような気がした。そしてそっと風がルリィの髪を撫でた時、真っ黒な狼が洞窟の天井へと、空へと向かって吠えた。
 場の空気がその時だけ止まったように感じる。世界の時間が止まって遠吠えだけが響き渡る。それは強く美しく、鮮やかな声音だった。
「ナイト……」
 一瞬だけ真っ黒な狼がナイトと重なって見えた。そんなはずはないと分かっているのにそう見えて仕方がないのだ。遠吠えは深く響き、聞く者を不思議な感覚にさせた。
 その遠吠えで猛スピードで駆けてきた銀褐色の狼は力が抜けたようにその場に倒れた。そしてもう一人、ルリィも気を失うようにゆっくりと崩れていった。


「――! ――……!」
 誰かに必死に呼ばれているが瞼が重たくて開いてくれない。
 このまま眠り続けてしまおうか。
 さまよう意識の中、ルリィは再び深い沼のような暗闇に沈もうとした。しかし微かな声が耳に何度も届く。
「……‼ ルリィ」
 はっとルリィは眼を開けた。そこには先ほどまでいくら手を伸ばしても届かなかったナイトの姿がある。嬉しすぎてルリィは確かめるようにナイトの頬に手を当てた。それに瞳を揺らしつつもナイトは安堵の息をついた。
「よかった……」
「ナイト、私を助けようとしてくれてありがとう」
 ルリィは嬉しそうに笑う。それにナイトも悲しそうに笑い返した。ふと違和感を覚え口を開こうとしたとき、ナイトがルリィの手を静かにおろした。
「ルリィ、俺はもうお前の傍にいれない。いたらお前に迷惑かけるだろうし、お前自身、怖いだろう……?」
 何もかもあきらめたような顔は、どこか出会った頃のナイトにそっくりだった。『傍にいられない』その言葉ただ茫然とする。全ての音が遠く聞こえた。
「貴方は狼なの……?」
 ルリィは震える声で、それでも聞かなければと思い口にしてみた。それにうなづくことも否定することもなく、ナイトは真っ直ぐにルリィを見つめる。肯定を示していた。
「俺は狼男だ。母が人間で父が狼男だったんだ。人間の血のほうが濃いから普段は人間の姿だが、自分の意思で狼にもなれる」
 やはり先ほどの真っ黒な狼はナイトだったのだ。常識離れした話に一瞬、ルリィは自分が物語の本の中にいるのではないかと思った。しかし洞窟の寒さもナイトの温かい体温も本物だ。
「俺は自分の意思で狼になれるが満月の夜は自然と狼になってしまう。そして……――人を襲ってしまうんだ。嫌でも狼の本能だからどうしても操ることはできない。あのオネエ野郎が言った通り、俺は化け物なんだ」
 苦しそうに吐かれた言葉にルリィは胸が締め付けられるように感じた。ルリィ自身も人間の血を吸わなくては生きていけない身、だがそれは進んでやりたいことではなかった。
 世の中にはどうしようもない理というものが存在するらしい。いくらあがいてもそれをくつがえすことはできず、結局無力に終わる。そんな現状が今、大きくつきつけられて見えた。
「ルリィ、俺を殺せ。元々お前の所に人質としてきたのは殺してもらうためだったんだ。契約ではエスプルギアの夜までお前を守ってから殺してもらうはずだったがもう無理なようだ。もうすぐで満月が来る。早くしないと俺は自我を失って……お前を傷つけてしまうかもしれない。――それは絶対いやなんだ」
 深刻に訴えてくる瞳はどこまでも悲しかった。ルリィはまるで息が詰まったようにうまく呼吸ができなくなる。
(私に殺せというの……?)
 自分の手でナイトを、考えた瞬間すさまじい寒気と嫌悪感に襲われた。
「……無理よ。そんなことできない」
 ナイトに出会った頃の自分だったら躊躇なく殺ることができたかもしれない。だけれどナイトの優しいところ、不器用なところ、笑顔を知ってしまったら傷つけることでさえできなくなってしまった。
「何言ってるんだ! お前じゃなきゃきっと俺を殺せない。それに殺されるならお前の手で……」
 ナイトがそういった瞬間、ルリィの手は一色とは別にナイトの頬を華麗に引っ叩いていた。
 パンッといい音が鳴り、ナイトが何が起きたのかわからないと唖然とする。ルリィはホコリを払って立ち上がった。
「なに血迷ったことを言っているの!? この世に殺さなきゃいけない命なんてないわ。それに貴方は私の物なんだから勝手に死ぬなんて許さなくてよ!」
 強気な態度でルリィはナイトを見下ろしながら傲慢に言い放った。ナイトはそれを呆然と見つめていたがはっと我に返ったように立ち上がる。
「血迷ったことを言ってるのはお前だろう!? 俺を殺さなきゃお前が危ないんだ」
「この馬鹿!」
 ルリィは叫んでナイトに抱きついた。いきなりの動作に驚き身を引こうとするナイトをがっしりと掴む。ルリィの抵抗にナイトは困惑しきって動きを止めた。ルリィは絶対に離すまいと腕に力を込めると震えそうになる声を抑えて、強気な声音を出した。
「貴方の背中に描かれている蜘蛛の模様、それは私の物である印よ。だから絶対に死ぬなんて許さないしさせないわ。貴方が狼になったときは私が止める」
 ナイトは弾かれたようにルリィを見つめた。細い腕で必死に自分の服を握りしめて逃がそうとしないルリィだが男のナイトにとってそれは簡単に振りほどけるものだった。こんな細い腕でどうやって狼になった自分を守るのかと思う。けれど強気なルリィに自分の運命を託してみたいと思った。
「ルリィ……本当にできるのか?」
「ええ、私にできないことはなくてよ」
「そうかよ」
 どこまでも強気な吸血鬼にふっと笑いが漏れる。やはり自分の主はどこまでも弱くて強く、綺麗だ。
「それじゃあ、もう少しだけ」
 もう少しだけと自分の心に言い聞かせ、ナイトはそっとこの世で一番愛おしい主を抱きしめ返した。

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