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吸血鬼だって恋に落ちるらしい【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 119ページ)
関連タグ: ファンタジー 吸血鬼 オリジナル 恋愛 
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【番外編 危険な香りと甘い味】

シャカシャカシャカ

一定のリズムで軽い音が流れる。

シャカシャカシャカシャカ

まるで遊ぶようになり続けるその音は聞いていて飽きなかった。そして音と共に香ばしく微かに甘い匂いが漂ってくる。
ルリィは読んでいた本から顔を上げ、興味を抱きながら席を立った。
耳と鼻を頼りに館の中を探し歩いてい見る。どうにも台所からのようだ。
少しの不安と大いなる興味を胸にルリィは意を決して台所をのぞいてみた。そこにはエプロンをつけ手ではリズミカルに泡だて器を回す――
「おお、ルリィか」
――ナイトがいた。
ホイップを泡立てる黒髪のエプロン少年。それはいつものナイトとはかけ離れた光景だったが、どうにも絵になってしまう。
「…………何をしているの?」
一拍の間、まじまじとナイトを見つめ近寄って聞いてみた。
「何って見ればわかるだろう? 菓子作りだ」
「なぜお菓子作り!?」
ナイトの答えに驚いたような声を上げる。いつも近づくなオーラぷんぷんの青年がお菓子作りに精をだしていたら、そりゃ驚くだろう。
「なぜって……そんなのも分からないのか? 食べたいから、作るんだ」
小馬鹿にした顔でナイトはルリィを見る。ルリィの額にピキッと青筋が浮かんだのは言うまでもない。
「ええ、分からないわよ! ナイトがお菓子作りしてるところなんて初めて見たんだもの! それにお菓子作りなんて私、やったことないものね!」
まくしたてる勢いで言い放つと少しスッキリした。堂々と言えるような内容じゃないのだが。
この場にいると再度、馬鹿にされそうなので退出するべく足を台所の出口へと向ける。しかしその前にナイトの口からまた小馬鹿にした言葉が漏れた。
「菓子作りがしたことないって……嘘だろう? まさか菓子作りができないのか?」
なくなろうとしていた額の青筋が今度こそ強く浮かび上がる。ルリィは燃える瞳で振り返った。
「できないわけじゃなくてよ! したことがないだけなの。作ってやろうじゃない!!」
むんずともう一つのエプロンを乱暴につかみ装着する。負けず嫌いの心に火がついたのだ。
いつでも自分は人より一段も二段も上だった。こんなところでその誇りが気づつけられるのは避けなければならない。
「何を作っているの?」
薄力粉と泡だて器を手に持つ。準備はばっちりだ。
「ビュッシュ・ド・ノエルだ」
「ビュッシ・ドゥ・ノルッ……? なんていったの!?」
わけのわからない横文字の言葉に舌をかみそうだ。そんな様子のルリィを冷たい目で見つめつつナイトはため息を吐いた。
「……簡単に言うとだな、チョコレートケーキだ……」
あきれたような声で呟く。
「チョ、チョコレートケーキね! ええ、もちろん知っていたわよ!? ただちょっと度忘れをね」
冷や汗をかきつつあたふたと言い訳を述べる。ナイトの視線が刺さるのは気のせいだ、きっと。
「まずはあれね、土台のスポンジを……――わあっ!!」
視線から逃げるようにボールを取り出し、その中に粉を投入するべく袋が傾ける、が手が滑り中身が全部外へと落ちる。
「コホンッ、コホンッ」
辺りは粉が舞い散り真っ白だ。その粉を吸い、今度は咳が出る。それを手で振りつつ脇に置いてあったチョコレートへと手を伸ばした。
「ちょっと失敗しただけよ! スポンジは置いといて、次はチョコを刻むわね……――きゃあーっ!?」
ナイトの顔真横に包丁が通過する。そして壁に深々と突き刺さった。チョコレートを刻もうとして力を入れた瞬間、先ほどの粉が鼻をくすぐりくしゃみが出た。その衝撃で包丁が手を離れ飛んで行ったのだ。
ルリィの顔からさあと血が引いていく。だがそれとは逆に頭はグルんグルんと回りだした。つまり混乱状態に入ったのだ。
「きゃあ、ごめんなさい! もうチョコレートを湯煎するわね!?」
湯煎とはチョコレートを熱い熱湯で溶かすことだ。そうすることで滑らかな舌触りになる。
今のナイトの顔を想像するだけで身震いがした。何も言葉を発しない分、怖さ2倍だ。
「これくらいなら私にもできるわよ!? 安心して……」
そう言いつつ今度こそへまをしないように細心の注意を払い、熱湯の入ったボールにチョコの入ったボールを重ねる。
そっと、やさしく溶かすようにベラで混ぜてみる。すると素晴らしい速さでカチカチだったチョコレートが溶けていった。
「わあっ! ほらね言ったとおりでしょ!?」
見て見てと言わんばかりにルリィはボールをナイトのほうへ突き出す。しかしその勢いで熱湯が飛び跳ね、それが手にかかった拍子に熱さでボールを落としてしまった。チョコレートが飛び散る。
台所はまるで地獄絵だった。
「……」
「…………」
二人の間にながい沈黙が流れる。全体にかかった粉、壁に突き刺さった包丁、辺りに飛び散ったチョコレート。台所は今や、戦争後のようなありさまだった。
「……ナ、ナイト、さん?」
隣でこの光景をみつめるナイトにおそるおそる話しかけてみる。自分がお菓子作りといえないような馬鹿をしている間、驚くほどに静かにしていたので今、ナイトがどんな表情をしているのか全く想像できなかった。
横を振り向くとそこには一瞬で凍るような冷たいオーラを出して、髪にチョコレートをつけたナイトの冷たい表情……
「…………出て……いけーっ!」
「ひゃ、ひゃい! すいませんでしたー!!」
半分涙目になりながら、ナイトの指示に従ってルリィは台所を飛び出した。

【つづく】

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