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吸血鬼だって恋に落ちるらしい【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 119ページ)
関連タグ: ファンタジー 吸血鬼 オリジナル 恋愛 
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*42*

一人、自室で反省と後悔に否まれルリィは小さく縮こまっていた。
(私、なんでお菓子作りなんてしちゃったのかしら……したこともなかったのに。あんなことになるなんて想像もしていなかったわ。それに片づけも……)
台所でとんだ大波乱を巻き起こし、しかもそれを片づけもしないで飛び出してしてきてしまった。それが今となっては重い石のように肩に圧し掛かる。
(きっと、嫌われてしまったわ)
自分があんなことに腹を立てて見返してやろうなんて思わなければお菓子作りは成功していただろう。そして今頃ナイトと3時の紅茶を……。
目頭が熱くなった。ふいに視界がぼやける。頭にナイトの怒った顔と、めちゃくちゃになった台所の場面が交互に浮かぶ。
もしやり直せるのなら今すぐにでもやり直したい。そう切実に願わずにはいられなかった。
「ごめん、なさい……」
頬を伝う雫と共に、言葉がこぼれた。誰にも届かない小さな反省……に返ってくるはずもない返事がされた。
「……別に気にするな」
ぶっきらぼうで静かな声。でも今一番聞きたかった声だ。
「ナイト……」
「ほら……これでも食って元気出せ」
差し出されたのはチョコレート色の鮮やかなケーキ。ナイトが言っていたビュッシュ・ド・ノエルだ。
「――! いいの……?」
恐る恐る聞いてみる。
ナイトは「当たり前だろう」と前へ突き出してくる。
「……ありがとう」
ケーキを受け取り、フォークで一口、口の中に入れてみた。
「わぁ……!」
口の中にふんわりとした甘さが広がる。チョコレートのビターな苦さもあるが、またそれが甘すぎるの押さえていて、いくらでも食べれそうだ。
「おいしいわ!」
満面の笑みでケーキの製作者を振り返ると、そこにはそっぽを向いて頬を微かに染めるナイトがいた。
(……え、照れてる?)
目を丸くして凝視すると、「見るな!」とさらにケーキが空っぽになったお皿に追加された。
渡されたケーキにかぶりつきながらも、横目で褒められて照れているナイトを見つめる。
「ふ、ふふふふ」
ささやかな笑みが漏れる。今はどうしてもナイトが可愛らしくて仕方がなかったのだ。
ナイトの作ってくれたケーキのおかげか、はたまた貴重な照れてる中の可愛いナイト張本人のおかげか、先ほどまで心の中にあった黒い塊は溶けていた。
「おい」
ケーキを夢中で口に運んでいると手が伸びてきた。
「ふえ、ふぁに(なに)?」
口に詰め込みすぎて、正しい発音ができなくなっていると、ナイトの手が顎をとらえる。くいっと上を向かされた。
「んっ……! ど、どうしたの!?」
驚きのあまり口に詰まっていたケーキを一気に飲み込む。
「動くな」
驚いて身を引こうとするルリィに、ナイトが一喝する。しかしそれは、今の状況では難易度の高いものだった。
(近いわよ……!)
お互いの距離はほんのちょっと。目の前にある、黒曜石の瞳に吸い寄せられてしまう。
ケーキの甘い香りに酔ってしまったのだろうか? これは危険な香りだったのか。
「ルリィ」
甘く妖艶で、しかし低い声に名前を呼ばれ、ドキッと心が跳ねる。
「な、なに?」
一拍遅れ、意識的に下を向いていた顔を上げた。
(この状況は……!!)
お伽話にあるような、女の子ならだれもが憧れる、あのシーンだろうか。
最近読んだ、吸血鬼と人間が恋に落ちる本にものっていた。二人にはどうにもできない吸血鬼と人間という高い高い壁を、懸命に乗り越えながら大反乱の末、月が光る丘の上、愛を誓った二人がとった行動……。
(キ、キ、キッー!)
「クリームついてるぞ」
ほらっと指でほっぺをこすられる。その指には先ほどかぶりついたケーキの白い生クリームがついていた。
「ったく、そんな急いで食べなくても、いっぱいあるから心配するな」
「……え、ええ」
それで用事は済んだように、ナイトはあっさり離れる。どうやら自分はひどく恥ずかしい間違いをしてしまったようだ。
(う、嘘でしょう!? 嫌だわ、私……一瞬でもキスを想像してしまったなんて…………!)
羞恥で頬が赤く染まる。穴があったら入りたい気分だ。
恥ずかしさでうずくまっていると、ナイトが何かを思い出したかのようにエプロンを放り投げてきた。
「ルリィ、今からお前にケーキ作りの基本を、一から叩き込んでやる」
「え…………えぇー!?」
もうケーキ作りはこりごりだと思っていたルリィの絶叫が館中に響いた。

【番外編 おわり】

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