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*64*
「はあ、はあ……はあっ」
雨が体を撃ちつけ、体温を急激に奪っていく。水分を吸った服は重く押しかかってきた。頭上では雷神が怒りを叫ぶように轟音と稲妻が飛び交い、風がまくしたてる。
「はあ……っはあ、はあ」
そんな中、ケイは走る足を止めずに山の中をひたすら無我夢中になって登っていた。
いつ土砂崩れが起きるか分からない、雷が落ちないとも限らない。つまり、ケイは非常に危険な場面にいたのだ。
しかし、ケイはそれを頭の隅で感じているもののもっと大きな感情があったため足を止めることはなかった。
「お姉さま、見ていて……僕きっとお姉さまにふさわしい男になるから」
衝撃的なルリィのナイトへの愛の告白を聞き、ケイは大きなショックを受けその場から逃げるように屋敷を飛び出した。そして行くあてもなくただ、ただ闇の中を突っ切るように進んでいった。
夜の冷たい空気のおかげでほってた頬が冷めてくると、現実を受け入れざる負えなかった。その中、ケイの頭にはルリィがナイトへ行った言葉の一部だけがぐるぐるとリピートされていた。
「勇敢で勇ましい人が好き」ルリィの言った一言はケイにとってケイ自身を否定するものだった。
まだ手足も細く、すばやい動きは得意だが力技ではいくぶん劣る。声変わりもまだだし、今のケイは勇敢というよりかは可愛らしいという言葉がよく似合っていた。
(今の、今の僕じゃダメなんだ)
自分を責めるように唇をかむ。
今の自分からルリィの望む男へ変わる方法、それはたった一つのように思えた。
(絶対にミレット山脈の頂上を拝めてやる)
まだ、誰一人として登り切ったことのないミレット山脈。登るにつれて緑も水もなくなり急斜面になっていくこの山は酷く残酷で挑むものも少なかった。
その山を自分自身が登りきる。そうすればきっと勇敢で勇ましい男になれると思った。ルリィにふさわしい男へと。
「お姉さま、お願い。僕を見て……いつまでも僕は子供の僕じゃない。あと数年すれば大人だっていうけれど、違う。僕はもう大人なんだ」
懇願するようにケイは息絶え絶えに呟く。
しかしその声は鳴りやまない嵐の音によってかき消された。
走り続けて数時間が経った。もう歩みは走るというより一歩一歩引きずるといったほうが正しい。
残っている体力もほとんどなく、いつその場に倒れてもおかしくはなかった。しかし、ケイは登りきるという強い精神だけに動かされ足を前に突き出していく。
その時、もうろうとしていた視界がぐにゃりと歪んだ。
「――っ!」
がくんと膝が折れ、その場に倒れる。
視界に入っていなかった石につまずいたようだ。しかし、ケイはついた土やすりむけた傷も目に留めず再度立ち上がろうとした。
ズキッと痛みが足をむしばった。苦痛に顔をゆがめ足を見てみると、深々と太い木の枝が足に突き刺さっていた。
「ちくしょう……」
涙が一滴こぼれた。
(なんで邪魔をするんだ。嵐が来て、雨が降って、木の枝が刺さって。皆、邪魔をする。あのナイトっていう男だって)
一滴流れた涙は、その次にとどめなく流れ出す。
涙と泥でぐじゃぐしゃになった表情でケイは木の枝に手を伸ばし、一気に引き抜いた。
「っあ!!」
鮮血が流れ、激しい痛みが体を襲う。だがケイはそれでも立ち上がろうとした。
「僕は、絶対にふさわしい男に……なる……ん、だ」
そんな願いも悲しく立ち上がろうとした力は抜け、ケイはその場に音もなく倒れた。