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吸血鬼だって恋に落ちるらしい【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 119ページ)
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*65*

 なにも見えない、なにも聞こえない、なにもいない。
 ここにいるのは自分ひとり。
 一人ぼっち……そんなの昔から慣れていた。
 母は祖母のように魔女のような人だった。しかし、見た目はとても美しくやさしい人だった。
 だが困ったことに母は頻繁に家を留守にする。それは不気味な草やキノコ、生き物をつかえ前に行くためだ。そして帰ってきても部屋に閉じこもり研究に没頭した。
 自分と母が話す言葉はどんどん限られていき、一人で過ごす時間も多くなっていった。
 それでも良かった。時々話すときの母はすごく優しく自分を愛してくれたし、母にわがままを言って困らせたくはなかった。
 
 だけど一人ぼっちは悲しかった。
 寒くて、暗い何かが心を覆う。
 涙は出ないのに心が痛かった。

 そんな時、自分の笑いかけてくれたのがルリィだった。
 たまたま花畑に母へと捧げる花を採りに向かっていると今と変わらない姿のルリィに出会った。
 自分は一目で恋に落ちた。
 吸血鬼だあることなんて関係なかった。ただ、その時は自分の隣で笑うルリィが眩しかった。

「ずっと僕の隣で笑っていて……僕を一人ぼっちにしないで……」
 暗闇に手を伸ばす。
 なにもつかめないと分かっていても手を伸ばす。
 そうすることでなにかが起きる気がした。

「おい、子供。起きろ、おい……――ケイ!」
 暗闇が一気にはれ視界が開いた。雨のにおいが鼻をくすぐるが自分に雨は降り注いでおらず、周りは石で固められている。どうやらここは洞窟のようだ。そしてここには自分のほかに人が一人。
「ったく……心配させんな」
 詰まった息を吐き出すようにナイトが安堵のため息をついた。
「心配したのか」
 身を起こし、ケイは冷たく言い放つ。この状況からするとナイトは自分を助けてくれたようだが、警戒心は解けなかった。
「いや、俺はしていない。ルリィがしたんだ」
 感謝の念もこもっていないケイの言葉にナイトはむっと口をまげた。
「お前、一言くらいお礼の言葉があってもいいんじゃないか」
「別に助けてくれなんて頼んだ覚えはない。それに……助けてほしくなんてなかった」
 そっぽを向いて思ってもいない言葉を吐く。
 この男に例を言うなど自分のプライドが許さなかった。
 たった一言、思ってもいないことを言うと、次から次へと酷い言葉があふれてくる。
「お前なんて好きじゃない。助けられること自体不服なんだ。思えに助けられたことなんて一生の恥だ」
 言いたいことを言いきって、少しの沈黙が流れる。ナイトが反撃してくるかと思いきや相手は黙ったまま洞窟の外を眺めていた。
(少し言い過ぎたか?)
 ほんの少しだけ不安になり、気を探るようにナイトを見ると、くるりとナイトが振り返ってしゃがみ込んだ。
「っ!」
 驚きのあまり身を引くとナイトがケイに背を向けた。
「乗れ」
 たった一言、低い声で呟く。それには思っていたような怒りはなく、どこまで冷たかった。
「不服だろうが恥だろうが今は我慢しろ。お前その足じゃ歩けないだろう」
「……」
 ケイは押し黙り、自分の足を見る。そこには先ほど木の枝が刺さった醜い傷跡はなく、布で止血がされていた。そして薬草を塗りこんでくれたのか痛みも多少引いている。
「お前におぶられろと……?」
 どこまでも上から目線でケイは言う。
「そうだ。じゃなきゃ帰れないだろう」
 しかしナイトはそれに怒ることもなく、冷めた声音で返した。
 その様子にケイはより一層、不服な気分になった。
(なんなんだ、コイツ。僕がいくら馬鹿にしても怒ることもなく、むしろ助けてくれる。腕だって結構たつし、容姿も美形だ。黒い髪に黒い目で優しくて、強くて、勇敢で……ああ、まるで僕がなりたいものそのものじゃないか……)
 ケイは細い目でナイトを見つめた。目の前にいる男は自分が持っていないものをすべて持っている。
(なんで、いつも神様は理不尽なんだ)
 自分がほしいと思ったものは全てなく、手に入れるために走ったところで奪われる。結局はどうにもならない。
「やだ」
 ケイは子供のようにナイトを拒否した。
「な、わがまま言うな……」
「僕は大人なんだ! 一人でも大丈夫なんだ! お姉さまにふさわしい男になるんだ。僕は……」
「――馬鹿」

 ナイトが振り返って見下すようにケイを見つめる。
「お前は間違っている」
「へ……?」
 間の抜けたような声でケイはナイトを見つめ返した。
「ルリィにふさわしい男になる? 一人でも大丈夫? ふざけるな」
 そういうとナイトはケイと目線を合わせるように再度しゃがみこんだ。
「人は一人じゃ駄目なんだよ。誰かに助けてもらって、時には自分が誰かを助ける。助けてもらうことを拒否してしまえば……心は凍って動かなくなる」
 最後の消えかけた言葉が悲しげな色を伴っていたのは気のせいだろうか。
「それにな」
 明るく、ふっと笑ってナイトはケイの頭をぽんぽんと叩いた。
「お前がルリィのふさわしい男になったり、それで好きになってもらうんじゃない。お前が、ルリィの惚れるような男になるんだ。お前の、ケイの本当の姿そのまんまを惚れさせるんだ」
 ケイは目を大きく見開いた。
 今まで母に、誰かに嫌われて一人ぼっちになることが嫌で仮面をかぶるように違う性格を演じてきた。
 いつも可愛らしく笑って、礼儀正しくて、いい子ちゃん。本当の自分とは全く違ったもの。
「本当に、本当に素の僕でもいいのか……?」
 恐る恐る口に出してみる。それは今まで言いたくて言えなかった言葉。本当の自分でも好きになってもらえるのか。
 ナイトは太陽のような人を落ち着ける柔らかな笑みでうなづいた。
「ああ、当たり前だ」
 ケイの頭を再度、ぐりぐりと撫でる。しかし、それはとても愛情のこもったものでケイにはくすぐっくてならなかった。
「僕をおぶりたいなら、おぶってやられてもいいぞ」
 ケイはピンク色の頬を隠しながら言う。つんとした口調だが言葉にこもった温かさは出てしまったようで、ナイトは微かに苦笑して「はいはい」と返事をした。
 ケイは初めて心を許せる者を見つけられた気がした。
「帰るぞ、ナイト」
 目の前の男を信じてみよう。
 今はそう思える。そういえば、初めて最初から自分の正体を素を見たのはこの男たった一人だ。
(ナイトなら、きっと大丈夫)

 その時、けたたまし爆発音と真っ白な光が辺りを包み込んだ。あまりのまぶしさにケイは目をつぶり顔を手で覆う。
 洞窟から出ようとしていたナイトの姿も光で見えなくなり、一瞬、辺りは白一色になった。
 長いようで短いその一瞬が通り過ぎると、ケイはまだチカチカとする目をこすり、あたりを見渡した。
 焦げるようなにおいと雨の音が混ざり合って不安な気持ちに駆られる。
 助けを求めるようにケイはナイトの姿を探した。しかし、どこにもナイトの姿がない。
 全身を寒気が走った。
「まさか……」
 目の前にあるのは灰。風に吹かれて今にもなくなりそうな灰の跡。
「嘘だろう、なあ、嘘だって言ってくれよ!」
 誰にいう訳でもなくケイは叫ぶ。
「うそ、だろう……?」
 信じたくなかった。夢であってほしいと切実に願った。もしもう一度足に木を足に刺してその痛みでこの悪夢から覚めるならそれでもいいと思う。
 それほどこの現実は信じたくないものだった。

 ナイトが雷に撃たれたことなど。

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