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*72*
「お世話になりました!」
45度にケイは頭を下げる。それにルリィは微笑んで「また来てね」と手を振った。
「この三日間いろいろ迷惑かけましたが、そのおかげでたくさんのことが学べました。人を信じること、人に自分を見せること、そして大切な人が目の前にいる幸せを」
「おお、いいことを学んだねぇ……ひっひっひ」
キューマネット夫人が細く笑う。
あれから丸半日、ケイを迎えに来たキューマネット夫人の手を借り館をもとに戻したりケイの怪我の手当てをしたりなど慌ただしく過ごした。
ナイトは奇跡的に雷を交わした末、その反動で転がり草の陰で見えなかった崖へと転落。それほどの高さはなかったものの少しの間、意識が朦朧(もうろう)としてたためケイの応答に答えられず、その後ケイの行方を捜しつつも山を下りてきたそうだ。
大きな怪我もなく擦り傷がいくつかできている程度だった。
「そういえばお姉さま、ナイトに告白してましたが返事はどうでしたか?」
ケイは一思いに自分が館を飛び出した原因となる、ルリィからナイトへの愛の告白の返事を聞いてい見た。本当は聞くのさえつらいことだが今は多少なりとも心穏やかに聞けた。
(この男なら、ナイトならお姉さまを任せても問題はなようだしな)
上から目線でナイトに評価をつけるが、この評価はケイにとって最高得点だった。
「……? こ、告白ー!? 何よそれ、知らないわ!」
ルリィがすっとんきょんな声を上げる
「なんだルリィ、いつ俺に告白したんだ?」
ナイトはどことなくそれを面白がりながらも本当にそんなこと知らないような顔で首をかしげた。
「え? だってお姉様が昨夜、台所で『ナイト……ずっと前から……愛しているの。…………勇敢で勇ましい人が好き、そう貴方みたいな。――ナイトは……好き?』って言ってましたよね?」
「なによ、その熱烈な告白!? 私は知らないわ!」
首がちぎれんばかりに大きく横に振る。どうにも嘘をついてるようではないらしい。
「じゃあ、あれはいったい……?」
頭の中でクエッションマークが複数浮かんだ。告白が本当じゃなくて嬉しいという気持ちよりもあの言葉がいったいなんだったのか気になる。
「もしかしてそれ、伝説の続きじゃないか?」
「伝説の続き?」
ナイトが突然ひらめいたような言葉にケイは眉をひそめて聞き返した。
「ああ、ミレット山脈にあるシナ湖の悲しい悲劇の伝説あるだろう? でもそれには続きがあるってあの時話してたんだ」
「続き?」
「ええ、続き。あれは本当は悲劇なんかじゃないのよ」
ルリィが指差した本の一部に目を向けてみる。
『――妖精と人間という壁がある、叶わない恋をしたアリアとシナ。その後アリアを想って数十年を過ごし空へと昇っていたシナですが、アリアが悲しみのあまり流した妖精王の涙により空から引き戻され、再び命をその体に宿します
ですが完全には結び付かず浮幽霊のようになりました。そのおかげかシナは当初の凛々しく若い青年へと戻り、アリアも三日三晩泣いて湖を作ってしまうほどの涙を止め、二人は末永く幸せになりました』
「まるでとって付けたような話だな」
ハッピーエンドで終わるその話にナイトは冷静な感想をつけた。
ルリィも肩をすくめ同意の意思を示す。しかし優しく文字を指でなぞって微笑んだ。
「終わりはどうだが誰にもわからないけど一つだけ確かにわかることがあるわ」
本を閉じて胸に抱きかかえる。まるで壊れ物を扱うようにふんわりと。
「それはねナイト、アリアはシナが年をとってもずっと前から愛し続けたし、シナもアリアを生涯の中で深く愛しているの。きっと二人は強い愛で結ばれていたのね……そうそう、もう一つ分かることがあったわ」
ルリィは優しい瞳と打って変わっていたずらな笑みを浮かべる。
「アリアは勇敢で勇ましい人が好きだったのよ。この本にはシナのことがよく書かれていてアリアの好みも書かれている。シナは料理も得意だったそうね。そう貴方みたな料理の腕前」
「ふーん、いろんなことが書かれてるんだな」
少し感心したようあいづちを打つ。
もともとお伽話のような伝説だから実際昔あったことかも分からないが、こうして深く語られている本を見るとどうにも真実味が沸いてくる。
「アリアは優しくて朗らかで男性が守ってやりたいって思うような女性だったそうよ」
「まるでお前と正反対だな」
「なによ! 私は守らなくても大丈夫なほど丈夫な女性だというの!?」
「え、違うのか?」
ナイトはからかうように笑う。ルリィはその態度に胸に抱えた本を投げてやりたい気持ちになった。
そんな衝動をこらえ、ふと、なんだか胸につかかった物に気づく。
「ねえ、ナイト」
それがなんだかわからず、思いのまま口を開いた。
「ナイトはアリアのようなか弱くて可愛らしい女性が好きなの?」
なぜかその言葉がズキンッと胸に刺さった。
「そうだったんですか!!」
ケイはパアッと笑顔になってルリィに詰め寄る。ルリィも変な誤解が解けたことに苦笑しながらもうなづいた。
(そうだったのか! じゃあ、僕はまだフラれていないってことか!)
一人突っ走って周りを見ようとしなかった自分を悔やみつつ、胸を歓喜で踊らせた。
(じゃあ、まだ好きでいていいんだ)
再びナイトをライバルに認定する。しかしそれは当初の刺々しいものではなく好意的だった。
「本当にありがとうございました」
ケイはまた頭を下げる。さすがにルリィも困ったようにケイの顔を上げさせた。
「私も今回はいろいろあったけれど楽しかったわ、ありがとう。ね、ナイト?」
「まあ、そうだな。めんどくさくて我儘な子供ではあったが張り合いはあった」
ルリィに見えない位置でケイが隠し持っている短剣を指さす。ケイはくすりと笑って笑顔を返した。
「まあ、また次の機会にでも決着をつけたいですね」
二人、無言の笑みで会話をする。ルリィは一人、首をかしげた。
「別れというのは辛くはあるが、それもまた次に会う時の幸せを倍にする悲しみ。そろそろ、な?」
キューマネット夫人はケイとナイトを交互に見やり、最後にルリィの手を取る。
「お前さんは結構筋の通った奴を見つけた。ケイがこんな風に笑うのを見たのは何年振りかだからねぇ。ああ、それとナイトという奴、さっき言ったケイの「次の機会には決着をつけたい」とかいうやつはな、『また会いたい』ていう意味も含まれてるんじゃよ。ひーひっひっひ」
「――なっ、おばあ様!」
途端、ケイは頬を染めてそんなことはないと否定し始める。しかしその否定は温かい目で見守られた。
「……〜っ。と、とにかくまた会う日まで!」
顔をさらに赤くし、照れる心を隠しながらケイは背中を向けしっかりとした足取りで家への道を歩み始める。
夫人はそれがとても温かく、嬉しい歩みに思えた。
もう、ルリィの館に来る前のケイはいない。誰にも素を表せず恋というものだけに執着する者はいない。信じようとする心を持っていない者はいない。
そこにいるのは、信じようと思える友としっかりとした心をもったケイだけだった。
(あの男のお陰で変われた、か……)
もともと細い目をもっと細めてケイを見つめる。まるで眩しいものを見るように。
(第二試験、合格じゃね。ひっひひー)
どこまでも続く空は、真っ青だった。
ケイは一人、高い高い空に向かって叫ぶ。
「ナイト、見てろよ。もっともっと大きくなっていつかはお前より素敵な男になってやる」
そして力強く拳を突き上げた。
「お姉さまー!絶対に僕に惚れさせてやります!! 覚悟しててくださいね」
猫と狼、その尻尾をからめ合う、のではなく優しく胸を張って見つめ合う。
その関係は、そう「友」というもの。
(3章 それは恋の試練 おわり)