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吸血鬼だって恋に落ちるらしい【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 119ページ)
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「長官、なぜ彼をこんな形で試すようにするのですか」
 キャッツは険しい目つきで訪ねた。画面に映し出されたナイトが理由もなっとくできずに、こんなことをやらせていて、なんだか不憫に思えてくる。
 なぜキャッツたちの目の前の画面から実況的にナイトの様子が映し出されているかというと、それは国の最先端技術による監視カメラのお陰だった。小さな石ころ型の監視カメラから映像が送られてくる。石ころは映し出す目的物についていく機能があるので、ナイトの様子をこっそり見るには好都合だった。最先端、高機能の監視カメラを使えるところは、さすがこの部というところだ。
 彼はいたって普通の少年だ。顔の知れ渡るような極悪人ではないし、角や耳がとんがっているような人間でない者でもない。あえて言うなら容姿が端麗だということだけだ。
「うーん、そうねえ」
 少しだけ言いにくそうにフレルは空を見つめた。何か思案しているようだったがルリィが安らかに深く眠っているのを確認すると内緒話をするように話し始めた。
「国王陛下直々の命令で彼を調査するって言ったじゃない?」
「はい」
 ここ秘密機関捜索情報本部に国王から直接命令が下されるのはいたってめずらしくない。もともとこの部は王族専用の裏情報部だったのだ。
 謀反を起こそうとするものや疑わしい者、危険性の高い者、つまり自分たちの敵となりうる可能性のあるものは裏から調査された。その調査をするのが昔のこの部の仕事であり、成り立ちだった。だが、いつからか時代が変わるにつれて平和な世界が訪れ政治も安定し始めたころ、元裏情報部は「秘密機関捜索情報部」と立派に言い直され、王族関係だけでなく様々なところから最高ランク級の情報が流れ込んだり捜索するようになった。その情報は一歩外に出せば国が亡びる恐れのあるものまである。だからそれを任せるのは信頼できる者を、信頼できる者には国王も頼るという具合だ。
「それでグレンちゃんがねー、ちょっと面白い情報が挙がったって言ってきたのよ。当然、聞きたくなるわよね」
「別になりませんが……グレンちゃんって」
 ひきつった顔でキャッツは心の底から国王をこんなふうに軽々しく呼ぶのはこの男でだけだと思った。グレン・ルキュアール・フレデリック、それが彼の、国王の本名だ。しかしフレルは親しく「グレンちゃん」と呼んでいる。二人の間にどんな関係が成り立っているのか知りたいようで知りたくなかった。
「その情報っていうのが『人間に化けた化け物が、この国に存在している」みたいなのよ。その時はまったく信用しようとはしなかったんだけど……それから東の魔女が訪れたのよ。王宮に」
「あの東の魔女ですか? 森に住んでいて滅多には明かりのあるところに出ないという」
 会ったことはないが、彼女のことは有名だった。とくに怖いという方向で。黒いマントに不気味な笑い声、そんな魔女には孫もいるとかなんとか。
「あたしも会ってはいないんだけどね、東の魔女は細く笑って言ったそうよ」
 王宮に現れた魔女は国王の前で少しだけお辞儀をして『厄介な野良が一匹いるんじゃが、そいつはもしかしたらこの町を、国を滅ぼすかもしれないし救うかもしれない。あの若い男は重大な役目を背負った。その役目に値するか、私、独断でも調べてるんじゃがなかなか面白い奴じゃ。最終試験はあんたらに任せたいと思う。好きなようにしてくれ、ひーひっひっひっひ!』と笑って消えた。それも煙が糸を巻くように。
「それで国王はなんと?」
 キャッツは身を乗り出すように訪ねた。自分の知らないところでそんな事件が起こっていたとは知らなかった。
「グレンちゃんはその男を探すことにしたのよ。いちよ危険注意人物ってことで。東の魔女の目的は分からないけれど、そのままスルーすることはできないものだからね」
 その言葉を聞いた後、キャッツは少し呆然としつつ眼鏡をかけなおして、画面の奥を見た。
「その怪しい男があのナイトってことですね」
「呑み込みが早くていいわねー。そういうこと、分かった?」
「はい、私も作戦に協力いたします」
 キャッツの眼鏡の奥にはもう、ナイトを心配するものではなく、冷めきった仕事に対する色しか残っていなかった。

 とうとうナイトは、一人だけの苦戦を強いられることになった。


「足元から微かだが空気の流れを感じる。きっとこの壁は偽造だろう。壊せるか、オオカミ?」
 隣で自分の出番を待っている狼に訪ねてみる。狼は迷うまでもなく突進する勢いをつけようと少し下がった。
「全体で体当たりするんじゃなくて、一点だけを衝(つ)け」
 狼は少しヒビの入ったところに、ナイトの言葉を受け取り突っ込んだ。その衝撃により、嘘のように頑丈に見えた土に壁が音を立て崩れた。一部だけ崩れ新たな道が見えたその矢先、大きな音を立てて次々に隣の壁も崩れ始める。
「なっ」
 予想だにしなかった事態に、ナイトはとっさに崩れてくる壁をよけつつ狼を安全地帯に走らせた。
 額を流れる冷や汗にぞっとする。目の前は洞窟ではなく大きな広場と化していた。土の壁が、がれきとして積もっている。それを乗り越えるように中央まで歩いていくと、洞窟の側面に一点だけぽっかりと空いた洞窟の続きを見つけた。
「あそこが続きか……こうしてみると大がかりな迷路だったな。これもまさかあの女装野郎の仕業か……?」
 人がやったとは思えない大規模な迷路仕掛けに頭をかしげた。フレルは本当に本性のつかめない男だ。こうして自分を試すようにして、どう、情報収集していくのだろうか。
「まあ、進むだけか」
 どんな時も、頭にちらつくルリィの姿が足を動かせた。そのまま再び狼に乗り込みナイトは洞窟の続きを目指した。

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